実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
その先に待ち受けるモノとは・・・・・・。
第1話 小波球太
人々で満員に埋まり、埋め尽くされ生まれる熱気に満ち溢れた球場。
夜の暗い闇を、スタンドの後方に聳え立つライトが色を着け替えるナイトゲーム、周りの視線がマウンドへと一気に視線を集めた。
そこに、俺は立っていた。
試合は、最終回を迎える九回の裏、スコアは俺たちのチームが一点差でリードしているのがバックスクリーンに映し出される電光掲示板のスコアボードを見て確認出来る。
赤いランプが二つ灯る。それを見てツーアウトだと言う事は理解出来た。おまけにランナーは満塁と一打で同点、最悪の場合サヨナラ負けというピンチを迎えていたのだ。
カウントはツーストライク、ツーボールの平行カウント。俺はプレートから足を外して一呼吸置いた。
小さく、大きく、ほんの少しの呼吸をしたのだが、ドクンドクンと胸の奥で脈は強く打っている。
ゴクリと息を飲む音が今にも聞こえそうな程、静まり返る球場内、観客席に座り試合を見守る野球ファンは勿論の事、両軍のベンチからもその緊張感は伝わって来た。
だが、逆に俺はその状況を迎えているのに笑っていたのだ。
この胸が高鳴るドキドキが、このドキドキこそが野球の醍醐味の一つでもあると自論を持つ俺にとっては、さらに野球と言うスポーツを存分に楽しんでいるからこそ浮かび上がっている笑みであるのだ。
俺は、マウンドのプレートの横に置いてあるロジンパックを右の指先に軽く馴染ませ、左手にはめてある黒い革のグローブの中にある野球ボールをギュッと握りしめた。そして、十八メーター四十四センチ離れた場所に座り、サインを出すキャッチャーのミットを見据える。
足を引き、振りかぶり、利き腕である右手を鞭のようにしなやかに振り抜いて投げ出されたボールは、左打席に構えるバッターのインハイを目掛けて飛んでいく。
球速は百五十三キロのストレート。今日一番のベストボールだ。
バッターは勿論、バットを振り抜く。しかし、そのバットは虚しくも俺のボールのストレートの僅か下を空振りし、ボールはキャッチャーミットへと収まった。
心地の良い捕球音が鳴り響くと共に、球審の叫び声が球場を轟かせる。
すると一間を開けて、今まで沈黙していたのが嘘かと思うほど歓声が湧き上がった。
俺は、その歓声に応えるかのようにマウンドで拳を高く突き出した。
勝利を手にしたチームメイトが喜びの声をあげ、続々とベンチから飛び出してグラウンドへと駆け出していく。そして拳を合わせて喜びを噛み締めるナインへ、俺へと飛び込んできた。
中には抱き合う者、掌で頭を叩く者、バケツ一杯に含んだ冷水を頭の上から被せる者、様々だ。チーム全員で喜びを噛み締める中・・・・・・。
「小波くん!」
突然、俺の名前を呼ぶ声と同時に、目の前に映る景色は霞んで消えて行ったのであった。
「小波くんッ!! もう放課後でやんすよ!! いい加減起きるでやんす!!」
「う・・・・・・ん?」
再び名前を呼ぶ声と共に今まで閉じていた重い瞼を開ける。
そこには先ほどまでライトアップされたマウンドから見える見晴らしいの良い球場とは一転し、真新しい白い壁に囲まれ蛍光灯の光に包まれた教室の景色が飛び込んできた。
まだハッキリしないボヤけた視界から薄っすらと確認出来る人影。目線を上げていくと、この寝惚けた目でも分かるほど、主張した瓶底メガネと刈り上げた坊主頭が見える。
「ん? 君は・・・・・・誰だい?」
寝惚け眼を擦りながら、気の抜けた声で俺は問いかけた。
「酷いでやんすッ!! さっき自己紹介したばかりのオイラの名前をもう忘れたでやんすか?」
時代に似合わない瓶底メガネを中指でかけ直し、コホンとワザとらしい咳を一つ零して、彼が口を開いた。
「オイラは赤とんぼ中学、野球部出身の矢部明雄でやんす。特にオイラの持ち味は俊足で、中には『スピードスターの矢部』なんて言う者もいたでやんすよ!」
矢部くんがそう言うと、思わずイラッとしてしまう程のドヤ顔を浮かべて此方を見ていた。
赤とんぼ中学校。野球の強さでは俺たちが住むこの頑張地方ではバス停前中学と並んで一位、二位を争う最弱のチームだ。
試合等で戦う事は一度も無かった為、その二つ名を耳にするのも始めての事だった。
「・・・・・・それはそうと、俺に何か用かい?」
俺はキツくしまった制服のネクタイを緩め、机のフックからカバンを取り出して帰宅の準備をしながら、目の前にいる矢部くんに聞いた。
「そうでやんす! 小波くんの名前を聞いた時、どうしても聞きたかった事があるんでやんすが、クラスのレクリエーションが終わった途端、ずっと眠ってて聞けず仕舞いだったでやんす!」
少し怒った様な、驚いた様な複雑な態度を取りながら矢部くんが言う。それも無理もないだろう。今年の春、今日から俺は高校生になり、この学校へ入学した初日だと言うのに十分押しで始まった入学式の後のホームルームを寝て過ごしていて、今に至るのだから仕方ない。
すると、矢部くんは間髪入れずに本題へと入っていく。
「小波くん。君は二年前の夏の全国大会で大会史上初の百四十キロ近くのボールを放った・・・・・・あかつき大附属中学の小波球太くんでやんすね?」
「まあ・・・・・・。そうだけど、それがどうかしたのか?」
「オイラと一緒に野球やらないでやんすか?」
「え? ここ野球部なんてあるのかい?」
「いいや、ないでやんすよ」
「なら、なんでさ」
「オイラと共に野球部を作らないでやんすか? オイラ・・・・・・この学校で野球部を作りたいでやんす!!」
目に大きな瓶底メガネの奥底をキラリと輝かせて、矢部くんは俺の手をガシッと強く握りしめて言った。
何故、矢部くんが野球部を作りたいと言ったのかは理由がある。俺が今ここにいる高校は恋恋高校と言い、去年まで女子校だったのだ。
入学式の最中に渡されたパンフレットの記載には、今年の新入生百二十六人の内、男子生徒はたったの七人だと言う事だ。なんでもこの学校の理事長が学校改革の為に共学にする事を決めたらしいのだが、受験シーズンにその大事な話を、各中学校に共学になると言う告知のタイミングを大幅に遅らせて伝えてしまったせいでこの数の生徒としか集まらなかったという。
そして、あかつき大附属中学とは、俺がつい最近まで通っていた学校だ。言わばスポーツの名門学校と言う事で全国的に有名であるが、文武両道を心掛けた学校でもある。
特に野球部は特殊なまでの力の入れようで、全国各リトルリーグチームからスカウトされ特待生として入学する者、個人が希望して実技テストを行うセレクションに合格し、さらに厳選された者だけが入部出来るなど、異様なほどだった。
そこ俺も野球部として夢を追いかける為に、必死で厳しい練習に食らいついていた。良き仲間、良きライバルに恵まれて充実した日々を送っていたのも二年前、中学二年の夏の全国大会までだった。
体の出来ていない中学生だった為か当時、ピッチャーだった俺の肘は、全国大会の準決勝の試合中に突然、悲鳴を上げて壊れてしまったのだ。
その最後に投げたボールが、先ほど矢部くんが言った異例の百四十キロをマークしていたのだ。その次の日、学校を休んで病院に行き診断された言葉、医者には「状況は最悪、これ以上投げればもう二度と投げれない」と言われ俺は、チームが全国優勝したその日に静かに退部届けを出した。俺が野球を辞めても誰も責めはしなかった。ただ一人は除いてはだが・・・・・・。
俺には夢があった。プロ野球選手になると言う夢だ。野球と出会ったのは五歳の時だ。
夜になると毎日、親父がビールとつまみをテーブルに置き、ソファで寝転びながら眺めるテレビに映し出された試合中継を一緒になって見ていたからだ。
そこで野球に興味を持ち、小学四年になった頃には「かっとばレッズ」と言うリトルリーグに所属したのだ。
野球を学び、野球をプレーし、勝ち負けの喜びと悔しさを知り、どんどん野球と言うスポーツが好きになっていった。
野球は今でも好きだ。だけど故障し、医者に通告を受けた俺が選んだのは野球部の無いこの恋恋高校なのだ。だから、矢部くんには悪いけどその要望には応えられそうにも無い。
「・・・・・・ごめん。俺、野球はもうやらないんだ。二年前の大会で肘をやっちゃってね」
申し訳なさそうにして、俺が言う。
「そうでやんすか・・・・・・。あの小波くんと一緒に野球をやりたかったでやんすが、残念でやんす」
「もしさ、部活動が無事に受理されて活動できるようになったら時々練習を見に行ってもいいかな?」
「勿論でやんす! あの名門出身の小波くんが指導してくれるなら心強いでやんす! それじゃあ、早速オイラは残りの五人の勧誘をしてくるでやんす!」
「頑張ってね」
すると矢部くんは素早く、自分の席へと向かいカバンを取り出して教室のドアの方へと向かって行った。
お互いに挨拶を交わし、矢部くんの姿は消えてしまった頃、既に空は真っ赤な空へと色を変えていた。
誰も居なくなった教室は当たり前の静寂で、カバンを肩に掛けて教室の電気を消した時、俺はボソッと複雑な顔を浮かべて呟いた。矢部くんに名前を呼ばれるまで見ていた景色はあれはやっぱり。
「夢だったのか・・・」と・・・・・・。
学校から自宅までは徒歩三十分と言う近さだ。ちょうどその中間を裂くように長い河川敷がある。幼い頃、ここでリトルリーグの練習場であり、昔と比べても何も変わらない事に対してなんだか懐かしい気持ちが蘇っていた。
今でも思い出せる懐かしい日々。泥だらけになっても必死にボールに喰らい付いたり、ふざけ合ってスポーツ飲料水を一気飲み比べをしたりしていた時の事を思い出していた。
「小波くん!」
河川敷のグラウンドを眺めている俺に向けて名前を呼ぶ声が聞こえた。その声の方へと顔を向けると、夕陽を背に桜色の綺麗な髪を靡かせたショートカットの女生徒がこちらへと小走りでやってくるのが見えた。
「栗原?」
「やっぱり小波くんだ、久しぶりだね。会うのは小学校の卒業式以来かしら?」
ニコッと笑う笑顔は何処か可愛らしく、三年ぶりに出会ったせいか、随分大人になった印象を受けた。彼女の名前は栗原舞。
小学校まで一緒だった幼馴染で、リトルリーグ時代ではマネージャーを務めてくれたりしていた。
「ああ、久しぶりだな。栗原、お前その制服はパワフル高校のか?」
「うん、当たりだよ。それでね? 小波くんはどう思うかな? この制服、似合ってる?」
「まぁ、普通だな」
「ふ、普通か・・・・・・。なんか小波くんに言われるとショックが大きいよ」
「何凹んでんだよ。最初に聞いてきたのはそっちだろ? それに俺は思った事はちゃんと言う人間だぞ?」
「もう、分かってるわよ。小波くんとは何年の付き合いだと思ってるわけ?」
「だよな」
「あっ、そう言えば小波くんは恋恋高校に入学したんだね? ねぇねぇ! 恋恋高校はどんな感じの学校なの?」
「一言で言えば斬新だな。なんせ男子がたったの七人しか居ねえからな」
そう言うと俺は、思わずふっと笑みが零れてしまった。それにつられて栗原も笑う。他愛の無い会話、そう言えば昔も変な会話ばかりして帰り道に栗原と笑っていた事を思い出した。
「そう言えば私ね、パワフル高校の野球部のマネージャーを希望したんだよ!」
「へぇ」
「パワフル高校は古豪だけど今年の夏は打倒あかつきって先輩たちが目標を掲げてて、活気に満ち溢れてて早速サポートしなきゃって思ったんだ」
「ま、あかつきは手強いからな。先輩たちの足を引っ張らねえように頑張れよ」
「うん! もちろんだよ。・・・・・・でも小波くんは野球やらないんだよね。やっぱり二年前の怪我でやれないの?」
「・・・・・・」
スッと静まり返る。夕日に照らされた俺たちの間を温かい春の風が吹き抜けていくのを体全身で感じた。
俺自身、野球は好きだが夢を諦めた以上、自然と野球の話などの会話はなるべく避けるようになってしまっているのも分かっていた。
「そうだな。俺だって本当は野球やりたいけど、今は他のやりたい事を探すとするよ」
「そう・・・・・・。私的にはちょっと寂しいけど。小波くんが決めた事なら仕方ないね。あーあ、出来るならもう一度見たかったな。小波くんがマウンドで投げる姿」
「おいおい、無茶言うなよな。怪我したんだ・・・・・・もう投げられないって」
「そう? 無茶じゃないと思うけど?」
「なんでだよ」
「だって小波くんリトルリーグの時、ファーストも守ってた時だってあるでしょ? それに野球はピッチャーだけじゃあないわよ」
野球はピッチャーだけじゃない。そんな事はもちろん知っている。しかし、今の栗原の言葉を聞いた俺はハッとさせられた。
まったく、馬鹿か俺は。
一体、何を俺は諦めてんだよ。
ピッチャーに拘ることなんて無かったんだ。
と、完全に諦めていない事を確信した俺は、急いで止まった足を動かした。
「ちょっと? 小波くん? 急にどうしたの?」
栗原が驚いた表情で呼ぶ。俺は走り、振り向きながらに言った。
「やっぱ、俺、野球やるわ! やらないで後悔するよりはやって後悔したいしな! 早速、練習するんだよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」
そうさ、まだ終わりじゃない。まだ終わりになんかしないんだ。
俺の名前は小波球太。夢はプロ野球選手になる事だ。怪我で諦めた夢への物語は今から始まるんだ。