実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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 勝利を手にした恋恋高校。二回戦の相手は――。
 そして、雪辱戦に燃えるパワフル高校対そよ風高校戦!


第19話 悔しさを胸に、パワフル高校は進む

 地方球場の上には、薄い雲が流れていた。

 どこまでも続いていそうな青空が広がっている。

 そんな、夏の熱と湿気を孕んだ風が強く吹きけて横を通っていく。

「小波くん」

 名前が呼ばれる。

 試合が終わり、それぞれが荷物をまとめ、恋恋高校専用の貸切バスの中へと乗り込む中、地方球場の外見を何気なく眺めていた俺に向かって早川が、腕組みをしたまま、今にも「早くしないと、置いていくよ」とでも言いたげな表情をしながらこちらを見ていた。

「悪い、悪い。今行くよ」

 俺は、荷物を肩に掛けてバスの中へと乗り込んだ。

 乗り込むと、前から二列目の左側に早川が座っていて、こっちこっちと手招きされて隣に腰を降ろした。

 周りを見渡すと、流石の熱さに疲労が溜まったのだろう。

 毛利や古味刈、赤坂など寝息を立てている者がいた。

「もう寝てやがる。ったく、今日の反省を踏まえて、二回戦の作戦を練ろうと思ったのに・・・・・・って、あれ? 加藤先生は? どこ行ったんだ?」

「加藤先生は、球場に残るみたいだよ?」

「残る? なんかあったのか?」

「大会の関係者に呼び出されちゃったみたいで、でも加藤先生は大丈夫よって言ってたよ」

「大会の関係者・・・・・・、ね」

 呼び出された理由について、ある程度は予想が出来ていた。

 恐らく、早川の事だろう。

 試合中、マウンドに上がった時とバッターボックスに立った時に、観客の異常な反応で察していた。

 早川あおいは誰がどう見ても女だ。

 数十年の長い歴史を持ちながら、全体的に男しかいなかった高校野球にしてみれば、驚くのも当たり前の事。

「大丈夫・・・・・・、だよね?」

 俺のユニフォームの肩口を、早川の小さな手がギュッと握り締める。

 正直、本部の人間がどんな処分を下すのかは分からないが、恐らく厳重注意程度で、出場取り止めなどの厳しい処置はしないだろう。

 それに、俺は早川を心配させたくはなかったから、少し濁して「心配する事じゃない、大丈夫だ」と言った。

「それより、早川。お前、試合が終わった後、ときめき青春高校の小山と何か話をしてたけど何を話してたんだ?」

「えっ!? あ〜それはね、秘密だよ!」

「オイラ、気になるでやんす!」

 俺の後部座席に座っていた矢部くんが、身を乗り出しながら言う。大きな瓶底メガネがまっすぐに早川の事を見つめていた。

 何だかちょっと口元がニヤついているから不気味で、早川は若干、引きながら、バスの窓の景色を青い瞳で見つめていた。その表情は、どこか嬉しそうに見て取れた顔だった。

 

 それは、試合終了直後の事だった。

 球審の合図で、両校が手を酌み交わし、ベンチへと引き下がっていくときのと事。

「小山くん!」

「・・・・・・早川さん」

 早川は、声をかけ、小山は脚を止めた。

「ちょっと、良いかな?」

「はい、何でしょうか?」

 不安そうに、小山の金色の瞳は、まっすぐに早川を見ていた。帽子を取り、黄緑色の艶のある髪が現れると、ぷるんと揺れる唇が動いた。

「小山くん。キミは女の子、だよね?」

「・・・・・・・・・・・・」

 コクリと、小山は無言で頷いた。

 すると、あおいはニコッと笑い、小山の手をギュッと強く握りしめたのだ。

「あ・・・・・・、あの、その・・・・・・」

「大丈夫! ボクは、キミ達の仲間とかに、キミが女の子だっていう事は、黙っていてあげるから」

「ありがとうございます! でも、どうして僕が女の子だって解ったんですか?」

「それはもちろん、筋肉のつき方が他の人達とは違って見えたからって言うのと、その胸・・・・・・」

 スッと指先を、小山の胸に向ける早川。

「何かを巻いてるんじゃあない? 何度か小山くんの守備を見ていて、最初の踏み出しがどうも鈍いと思ったんだ」

「・・・・・・正解です。僕は、早川さんの言う通り、胸にサラシを巻きながら試合に出ているんです。まさか、見破られるなんて・・・・・・さっきの試合と言い、どうやら恋恋高校には完敗みたいだった様ですね」

「そんな事ないよ! ボク達も、ときめき青春高校は手強い相手だって思っていたもん。勝てるかどうかなんて、実際、最後の最後まで思えない程だったよ」

「ありがとうございます! でも、次は負けませんからね!」

「もちろん! 次もボク達が勝つよ!」

 二人は、互いに拳を強く握りしめた。

「それと・・・・・・、早川さん。ありがとうございました」

「こちらこそ! 良い試合で楽しかったよ」

「違います。早川さんと、こうして出会う事が出来て、僕の・・・・・・なんて言えば良いか。ようやく肩の荷が降りたと言うか・・・・・・今は、負けたのに清々しい気分なんです!」

「それは、ボクも同じだよ! 同じ女の子が高校野球をやってるんだって知ったから、ちょっと嬉しい。また、試合やろうね!」

「はい! 次の試合も頑張ってください!」

 

 

 そして、話は戻ってバスの中。

 小波の携帯電話が鳴る。

 相手は顧問である加藤理香からだった。

 呼び出された理由を伝えに電話をかけて来たのかと思っていたが、次の対戦相手が流星高校と決まった事を伝えた電話だった。

 二回戦の相手となる流星高校は、走力が自慢の走る野球を得意とするチーム。盗塁と言う攻めを徹底的に実行してくるタイプのチームであると共に、次の塁を積極的に狙ってくる、厄介なチームだ。

「流星高校でやんすか・・・・・・。そう言えば、あの流星高校には『野沢くん』がいるでやんすね」

 まず、その高校名を聞いて矢部が反応した。

「ん、知り合いなのか?」

「オイラ達と同じ、赤とんぼ中学時代の元チームメイトでやんす。野沢くんは、オイラ以上に脚の速さを持っている選手でやんすよ」

「矢部くん以上か・・・・・・、そうなると、次の相手は、少し守備面の対策が必要になるかもしれないね」

 小波は、背もたれに体を倒しながら言う。

 矢部以上となると、セーフティバント、内野安打での出塁があるかもしれない。と、思考を巡らせていた。

「星、早川。盗塁の警戒は勿論、牽制は徹底的にな! 怠るなよ」

「任せて! と、胸を張って言いたい所だけど、実際問題、ボクってクイックとか苦手だから、少し不安だけど」

「・・・・・・・・・・・・」

 早川は、すぐに応答したものの、後ろの席で矢部の隣に、座る星からは何も返ってこなかった。

「どうかしたのか? 星」

「・・・・・・あン? 何がだよ」

「何が、じゃあねえよ。次の相手の流星高校戦に向けての対策を話をしてるんだよ」

「そんな事か・・・・・・」

「どうしたんだよ? 星らしくねえぞ?」

「悪りィな。なんだかよォ、試合が終わった後から、身体の疲れがドッと出てきてよ・・・・・・。さっきっから、頭がボーッとしてんだ」

 金髪頭を掻きながら、星は大きな欠伸を一つしたところで、キンキンに冷えたスポーツドリンクの入ったペットボトルを目元に当てた。

 その疲れの理由を小波は知っていた。試合中、星のここぞという勝負強さを更に昇華させた「能力解放」が、その理由にあるのだと。

 ミート、パワー、走力、肩力、守備、捕球などの分野において、得意分野の基本能力がズバ抜けて特化している者が、得られる特殊能力から昇華させる者も居れば、ある一定の条件を満たした上で、今まで以上の能力の発揮をする者がいる。そして、星は後者の方なのだ。

「疲れてるのは皆、同じだ。俺だけ異常に疲れてちゃあ情けねェよな。ま、取り敢えず、気を引き締めねえと・・・・・・、雄二の奴には負けたくねェからな」

 揺れ動く空を見つめ、恋恋野球部を乗せたバスは学校へと出発した。

 

 

 

 ――同時刻。

 同じブロックの別の試合が、遠く離れた第二地方球場で行われていた。パワフル高校とそよ風高校の試合だ。両校の戦いは、去年の秋季大会の二回戦ぶりの戦いとなる。前回の戦いではそよ風打線が先発のピッチャー麻生に対し、八点を取る猛攻により、三回裏にノックアウトされ、また、コールド負けを喫してしまったパワフル高校にとっては、雪辱を果たす絶好の機会となっていた。

『そよ風高校! この回も連続ヒットが飛び出しました!』

 観客席に座る一人の高校野球ファンの男性の耳を繋いでいるラジオのイヤホンから漏れ流れる実況のアナウンサーの声が聞こえた。

 ちょうど今、パワフル高校の麻生の右腕から放たれた百四十三キロのストレートを綺麗にレフト前に運ばれ、そよ風高校が四者連続ヒットで繋ぎ、スコアボードに二点が追加されたところを伝えていた。

 パワフル高校とそよ風高校との試合は四回を終えて六対二と、そよ風高校が四点をリードしている。

 

「チッ・・・・・・。何故だ! 何故、このオレ様が、こんな雑魚の寄せ集めの様な糞みたいなチームなんかに・・・・・、オレ様の球は打たれるわけがないンだ!!」

 マウンド上で汗を拭う麻生が舌打ちを鳴らしていた。

 マウンドのプレートの土を乱暴に蹴り上げながら、打たれたバッターをギラリ、と睨みつけていた。

 

 ―――――。

 

 

「今日は、そよ風との試合だッ!! 戦力的にはこちらが上といえよう! だが、油断は決してするな!! 向こうには、キャプテンであり、エースでもある。その右腕から放たれるキレの良い変化球を投げ、巷では『変化球のスペシャリスト」』との異名を持つ『阿畑やすし』が、マウンドに上がるからな! 簡単には打てないと言うことを頭に入れておけ!」

 それは一時間前に遡る。

 パワフル高校のキャプテン尾崎が気合いを入れろと、笑いながら言う。

 試合前のミーティング中で活気を与えようと尾崎が皆んなを集める中、一人、麻生はその輪の中には姿がなく、選手の更衣室のドアの側で腕を組みながら、興味の無い瞳で、天井のライトを見ていた。

「くだらねェな。ガキじゃあるめェし、仲良しごっこはさっさと卒業しろよな」

 ボソッと呟き、麻生がドアノブに手を掛けた時のことだ。

 戸井が麻生の腕を掴んだ。

「おい、麻生! どこへ行くんだ? 今は、試合前の大事なミーティングだぞ? チームの輪を乱してどうする」

「戸井。お前は一体、何処までマヌケなんだ? オレ様はな。こんな仲良しこよしやっている低レベルなチームなんぞのチームの輪に入ったつもりはねェンだよ!! お前らの力に頼らずとも、オレ様の実力で雑魚のそよ風を抑えてるぜェ!」」

「お前な!! いくらなんでも相手を見下しすぎじゃあないか?」

 戸井が、麻生の手を掴んだ。

「痛ェな、離せよ。このオレ様に気安く触るんじゃあねェよ。それにオレ様はな。お前たちに学ばせてもらったぜ。低レベルの奴らに任せたら勝てる試合も勝てなくなるって事がな」

「――ッ!? お、おい!! 麻生!!」

 掴んだ手を振り払った麻生は、ドアを叩く様に閉め、更衣室の外へと出て行ってしまった。

「・・・・・・すいません。尾崎さん」

「いいや、気にすることはねえよ。あいつにだって、自分のやり方で試合に集中したいだけだろ」

 ニコリと笑いながら戸井に話す。

「しかし・・・・・・。はい、そうですね」

 尾崎の言い方に納得行かなかったが、諦めた様に静かに、腰を下ろした戸井は、どこか悔しそうな表情だった。

「戸井くん・・・・・・、麻生くん・・・・・・」

 マネージャーを務める栗原舞は、二人の様子をジッと見つめていて、心配そうな顔つきで立っていた。前に、小波に話した二人の疎遠となって、更にギクシャクした関係が、ここで遂に崩れてしまったと、それを悟るかのようにチームメイトは、試合前なのに既に負けたかのように沈んでしまっていた。

 

 

 ―――――。

 

 麻生は未だノーアウト満塁のピンチの中、キャッチャーのシンカーのサインを無視をして独断で、渾身のストレートを放り込む。

 タイミングを合わせたバットが振り抜かれ打球は、快音を鳴らして高々と上がる。

 レフトが捕球体勢に入ると、三塁ランナーはタッチアップの体勢をとる。

「レフト! タッチアップが来るぞ!! バックホームだ!」

 尾崎の声響き渡る。

 捕球と同時に、サードランナーは走り出す。

 レフトからの返球は間に合わず、更にもう一点を追加することになったそよ風高校は、点差を五点とした。

「――クソッ!!」

 グローブを叩きつけ荒れる麻生。マウンドの土を雑に足で蹴り上げる。

 それでもナインは何も言ってこない。

 別に声をかけてきて欲しい訳じゃない。

 それは、麻生自身もよく分かっていた。

 

 麻生は、少年時代は何をやらせても一流だった。

 基礎能力が高いのか、飲み込みが早かったのかは別として、スポーツや勉強など、やる事なす事なんでも出来た。

 年を重ねる毎に、いつしか、自分は他の人とは違うのだと、周りを見比べ始めるようになって行った。

 小学校の帰りによく河川敷を通っていては、そこで行われているリトルリーグの練習を眺めていた。

 正直、野球には興味があり、テレビ中継を見るのが日課になるほど好きだった。だが、プレーをしている同い年ぐらいの少年達の笑顔がとても、羨ましかった。

 あんなに一生懸命努力をして、オマケに楽しそうに野球をやっていている姿を見て、反対に何もしないで熟せてしまう自分は、何をやるにしても楽しさが湧いてこず、笑みの一つも浮かべないでつまらそうにやっていることを比べてしまった。

 でも、麻生は、小学五年生の時に、近所の育成会として活動していた草野球を始める。

 最初は、ワクワクした楽しみを感じていたが、その思いは徐々に薄れていく。

 自分の力と周りの力の差が格段に違い過ぎていたのだ。

 そして、仲間など必要がないと思い始めた。

 自分だけが強くなれば、周りの力など必要がないと言う考え方をしてしまったのだ。

 そう強く思ってしまったのは、猪狩守の言葉だった。

「僕はなんて言ったって、天才だからね。凡人達と合わせる必要がないんだ」

 麻生と猪狩守は顔見知りなのだ。

 リトル時代の時、猪狩守は全体練習には、全くと言って良いほど参加しておらず、隅っこの方で、一人で黙々と自主練をやっていたのが、たまあま目に入り、声をかけたのだ。

 猪狩守から受けた言葉をキッカケに、今の麻生が生まれてしまったのは誰も知らない。

 猪狩かは感じた、同じ感覚。

 そうだ、周りに合わせる必要なんか無い。

 自分の力を信じてやっていけば、更に強くなれると思うばかり、天才故の慢心。

 人を見下し始めては、誰も信頼を寄せることも無く、信じなくなり、やがては、一人相撲となった。

 投げては抑えて、打っては点を取る。

 ただ、それが楽しいと思った事は一度も無かった。

 そして、中学生に進学し、かつて猪狩守がいたリトルチームのシニアリーグに入るが、そこには猪狩の姿はなかった。

 話を聞けばあかつき附属に入学したと聞いて肩を落とす。

 天才と自称する猪狩守とチームメイトになれば、似たもの同士の二人がいる事により「何もかも勝ち続けられるし、怖いものなんかない」と、思えるし、同じ天才の故の孤独な気持ちを持ち会えば、万力の力にもなり得るだろうと麻生は、残念と思っていた。

 しかし、いつか猪狩守と同じチームメイトになって、全国へ行きたいと言う希望を胸にシニアリーグを続けて、その右腕を振り続けて行った。

 その思いを叶えるその日まで、と。

 しかし、そんなある日、中学の試合を観戦して全てが壊れる。

 

 ――何故だ? 何故なんだ?

 

 その目に映ったのは、異様な光景だった。

 あの周りに一切群れ無かった猪狩守が、楽しく野球をやっていたのだ。攻守交替の合間に野手とグローブでタッチを交わしたり、コミュニケーションを取っていて、楽しそうに野球をやっているのだ。

 それを見て、麻生はまた変わってしまった。

「ふっ・・・・・・あはは!! 所詮、猪狩守も凡人程度の男だったんだ。ならば、天才は二人は要らない! 『俺』だけが・・・・・・『オレ様』だけが、天才で良い! それで充分だ!!」

 

 それから、月日が経つ。

 それは、去年の夏の予選大会。あかつきと当たり敗北を喫してしまった試合の後の事。

 麻生は、試合後のミーティングを抜け出し、一人で球場の周りを歩いていた。

「君は、パワフル高校の麻生だね。気に食わないが、少し僕に似てるじゃあないか。ま、僕の方が断然に顔が良いけどね」

「猪狩守・・・・・・」

 先ほどの試合で、逆転ホームランを打った本人が目の前に現れた。

「なんだ? オレ様から勝利を勝ち取ったお前が、わざわざオレ様を見下しに来たのかよ」

「フン、君みたいな。天才気取りの凡人を見下すほど、僕はそんなに性格は腐ってないよ」

「・・・・・・なンだと? お前も人のことが言えるか? 凡人達と混ざって楽しく野球なんぞやりやがって!」

 麻生は、猪狩に向かって、怒鳴り散らすかのような大声で叫んだ。今までの積もり積もった怒りを曝け出す様に強く。だが、猪狩はクスッと笑ったのだ。

「フッ、何を言うのかと思っていたら・・・・・・麻生。君は何か勘違いをしているよ。僕が、いつ凡人達と楽しくしていたって? 君の目にはそう映ったのだろが、ただ時には、僕のような天才も凡人達の力が必要な時もあるのさ。それは、あいつが教えてくれたからな」

「何を言ってる?」

「麻生、野球は一人でやるもんじゃない。ましてや九人でもない。そのチーム全体の力を合わせてやるのが野球なんだ。この僕も、そんな当たり前の事を中学時代に気付かされたけどね」

「分からねえ・・・・・・分からねェよ! お前の言ってる事・・・・・・。オレ様は天才で、他の奴は凡人以下のカスだッ! オレ様が投げて、点を取ればいい! 簡単だ、たったのそれだけだろ!」

「そうか。なら僕は君に言うことは何もない。ただ一つだけ言わせて貰うよ。このままだと君は、その凡人と見下した相手に負け続ける事になるぞ」

 猪狩は、言い残し、横を通り過ぎて行ってしまう。その顔には、少し麻生の事を可哀想だと言う哀れな目で見ていた。

 

 試合は九回のツーアウトを迎えていた。

 点差は三点差。麻生は、その後もそよ風打線に捕まったが、対する阿畑の調子も良いとは言えず、なんとか点を奪い返し、スコアは十一対八となっていた。

 最終回。この回に四点を取らないと負けてしまう。それでも、パワフル高校は、誰一人諦めてはいなかった。そして、打席には五番打者の麻生が右のバッターボックスへ入る。

「麻生ッ! 塁に出てくれッ! 俺がなんとかして必ずお前をホームに返してやるッ!」

 ネクストバッターズサークルに入り、六番打者の戸井が叫びを散らす。

 ――戸井。お前なんぞに、そんな事を言われなくても解ってる!

 お前に言われなくても解ってる! このオレ様が、こんな所で負けるはずなんかないんだよ!

 阿畑から投げられる百三十四キロのストレートを、見事に打ち返した。打球は痛烈な当たりとなり、ライトオーバーのツーベースヒットを放った。

 すると、ベンチからは「ナイスバッティング!」と麻生を讃える声が飛び交うが麻生は、それを無視をしていた。

「あいつらが、このオレ様を讃えるのは当たりだ。オレ様は、お前らと違って格上の存在。敬わなければならない天才だ」

 すると、二塁ベース上に立つ麻生は、猪狩守に言われた言葉を思い出していた。

『このままだと君は、その凡人と見下した相手に負け続ける事になるぞ』

 

 ――解ってる。

 猪狩に言われた事は、本当は解ってるんだ。

 自分の考え方、やり方が、間違ってる事を・・・・・・。

 それじゃあ、どうすれば良いんだ?

 この考え方しかして来なかった自分に・・・・・・。

 今更、他のやり方なんて解らねえ・・・・・・。

 変えられねえ・・・・・・。

 

「麻生ッ!!」

 バッと、名前を呼ぶ声が聞こえて、麻生は俯いていた顔を上げた。目の先には、バッターボックスに立ち、ニカッと笑みを浮かべている戸井の姿が写っていた。

「戸井・・・・・・」

「そこで、大人しく待ってろ! 必ず、必ずお前を此処に戻してやるからよ!」

 戸井の放たれた言葉が、麻生の胸の奥に響いた。熱くなっていく胸の高鳴りと共に、目に込み上げてくる何かを、見せたくは無い為、それを振り払うかのように「バチッ!!」と、顔を強く叩く。すると、周りはシーンと、静寂に包まれ、全員が麻生を見ていた。バッターの戸井も唖然とその姿を見ている。

 スゥーっと深呼吸をして、麻生が叫んだ。

「戸井ッ! 頼むぞッ! 必ず打って、このオレをホームに返してくれッ!!!」

 今までには無い。恐らくパワフル高校野球部員にとっては、初めて耳にする麻生らしくない言葉を放った。

 始めて麻生はチームメイトを頼ったのだ。

 自分の口から・・・・・・始めて。

 

「おいおい、一体どうしたんだ? 自称天才さんはよ。らしくない言葉・・・・・・、いきなり言うもんじゃなあないぜ!」

 それに答えるかの様に、戸井はニヤりと口元を緩ませて、阿畑の初球を叩く。勢いがあり、かなりの鋭い打球だ。ライトオーバーのフェンスへと飛んでいく。あわやホームランと言う当たりだったが、フェンスに直撃し、跳ね返りが強く、あっという間にライトが追いついて、捕球をして、セカンドを中継にホームへ送球される。

 打った戸井は、全速力で一塁を蹴り上げて、二塁へと向かうが、ホームベース上で麻生のベッドスライディングは虚しくホームベースには届かず、タッチアウトされていて球審が「ゲームセット」と、終わりを告げる。

 

 

「畜生・・・・・・畜生・・・・・・畜生ッ!! こんなチームにこの俺様が、二度も負けるなんて・・・・・・」

 ホームベース上で、涙を流し、蹲る麻生を尾崎は優しく立ち上げさせた。

「良くやったよ・・・・・・。お前らは良く頑張った!」

 キャプテンであり、最後の夏を終えた尾崎が肩を叩きながら笑顔を見せた。そこには、薄っすらと輝かしい一筋の涙が垂れ落ちている。

「・・・・・・尾崎。すまないな」

「ははは、麻生。最後の最後くらい、先輩くらいは付けろよ」

 尾崎は、麻生の黒い頭髪の頭を軽く叩き、麻生は尾崎の広い肩に顔を埋めて泣き叫んだ。

「おいおい、天才さんよ。らしくない言葉を言ったと思えば、次はらしくない涙か?」

 戸井が小走りで、麻生の元にやってくる。

「ほらよ」

「・・・・・・戸井?」

 一枚のタオルを麻生に渡す。受け取ろうとして顔を上げた麻生の瞳には、戸井の顔が映り、そこにも戸井の涙が映っていた。

「麻生! 悔しいなら這い上がれッ! お前が俺たちと共に戦って取り返せッ!!!」

「戸井・・・・・・お前」

「さぁ、整列だ! 俺たちの二年目の夏は終わった。次に向けて、胸を張って並ぼう!!」

「ああ・・・・・・」

「歩けるか? 良かったら肩を貸すぜ?」

「そんなのいらねェ」

 二人は、顔を合わせて思わず吹き出しそうになった。

 互いの顔には砂に汚れた顔に加えて、涙で濡れた情けない顔が映ったのだろう。今まで見たことの無い表情がそこにはあったのだ。

 その姿を見て、キャプテンである尾崎は思った。このチームは強くなる。今まで以上のパワフルなチームになって、強くなる。と・・・・・・。

 晴天の空へと、終わりを告げる一つのサイレンが鳴り響いた時、また新しいパワフル高校と言う新しいチームが、此処に誕生した。

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