実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
夕暮れの時刻になり第二グラウンドの使用時間がギリギリに迫る頃、球八高校野球部はグラウンドを均す為にレーキ掛けを行っていた。
キャプテンである矢中智紀の計いで、一年生は午前八時から十三時、二年生は十三時から十八時の時間に分けて練習が行われた為、二年達がグラウンド整備に努めている。
「しっかし、ビックリしたな。まさか、ツネと智紀が恋恋高校のあの早川あおいと幼馴染だったとはな」
内野側のレーキを肩に掛けながら、帽子のツバを後ろの方へと逆に被った塚口遊助が不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
今年の夏、早川あおいによる前代未聞の女性選手出場問題が大変な注目を浴びた為、自分のチームメイトにその「有名人」の同級生がいた事に対して驚きを隠せずにいた。
「まあな。俺も智紀も実際、面と向かってあおいに会ったのは中学の卒業式以来だから久しぶりだったけどな」
ニヤリと中野渡が笑う。
その顔は、久しぶりの再会と言うよりも明日に練習試合が行われる事に対しての笑みなのかもしれない。
そして中野渡は立ち止まり言葉を続けた。
「それに俺は、智紀とあおいの両方と中学時代ではバッテリーを組んでいたからな。あおいがアレからどう成長したか気になるんだ」
「ふーん」
肩に掛けたレーキを手に掛けては、鼻で返事を返し、再び土を均し始める。塚口は何か言いたげな少し切なそうな表情を浮かべていた。
「なぁ、ツネ。お前はこのままで良いのか?」
「……このまま? 何がだよ」
「本当は、今も智紀とどこかでバッテリー組みたいと思ってるじゃねえのか?」
「……あのな、遊助。一体、何を言い出すかと思えば何を言ってんだよ。今のあいつの相棒は雄二だろ? 今の俺は大人しく内野に専念するつもりだよ」
少しの間はあったものの、ニカッと中野渡は誤魔化すかのように白い歯を見せる。その整った歯は夕陽により橙色に染まっていた。
「ああ、そう言えばそうだったな」と短く返した塚口は、「すまん」と言葉を付け足して少し戸惑いを滲ませながらレーキを掛けた。
俺とあおいは幼稚園の頃からの幼馴染であると共に俺にとってもっとも親しい人物で身近に居た
幼稚園の頃の思い出は今となっては微かに思い出せるかどうかあやふやである。
しかし、その頃から野球には興味があった事は確かな事であおいとも同じ組ではなかった様な気がする程、兎に角、記憶は曖昧なのだ。
だが、思い出せるのは小学四年になった頃、俺はこの頑張地区にある四つあるチームの一つの『おてんばピンキーズ』と言うチームに所属していた。
そこにあおいも所属したのはきっちり今でも覚えている。
黄緑色の髪、昔からお下げ髪が妙に印象的だった。
あおいと同時期、高木幸子と言う女子生徒も同じリトルリーグチームに所属した。あおいと幸子はお互い初対面だったものの、チーム内唯一の女子同士だった二人が、「野球をするのが大好き」とお互いに笑いながら毎日言い合う程、仲良くなるのには時間は掛からなかった。
その内、俺も高木幸子達と練習を通して仲良くなって行くと共に、小学校内での三人で行動をする事が多くなっていく。
こんな楽しい仲がいつまでも続くんだろうと俺は子供ながら思っていた――。
そんな思いが叶うとは知らずに……。
俺たちが中学に上がりリトルリーグから中学野球部に所属した頃、二人は四月の練習試合でいきなりベンチ入りを果したが、当の二人は少し浮かない顔を揃えていた。どうして一年生の自分達が即ベンチ入りしたのかあおい達も疑問に思ったのだろう。
確かにあおいや幸子のレベルは、このチームにおいてかなり郡を抜いて高い方にあるが、俺自身、いきなり二人がベンチ入りを果たした事は流石に可笑しいと思えた。
しかし、その日の試合は二人はベンチに座っているだけで試合に出る訳でもなかった。
そんな日々が長々と続いた。中体連では背番号を貰えたものの試合は出れず、女子生徒がいると言うだけで周りから揶揄いの言葉、黄色い声が浴びせられているのを俺はずっと応援席で百円ショップで部費で購入されたメガホンを握りしめて見つめ立っているだけだった。
そんな批判の言葉を受け始めた頃には昔から言い合っていた「野球をやるのが大好き」と言わなくなっていた……。
だが、きっと二人はお互いが好きな野球を楽しく出来るように、また言い合える日を待ち望むかのように我慢をし続けて練習に打ち込んでいたのだろう。
俺とあおいはピッチャー志望でお互いにピッチャーとしての練習を積み重ねた。時には指摘しあい、時には褒めあったりなど休み時間はおろか、帰り道はずっと二人でその話で持ちきりだった。そんな日から幸子は一人で帰る事が多くなっていたことも知らずに……。
冬が近づいたある日、俺たちは三人で帰る事になった。中学になり三人で帰るのは随分久しぶりだった。
果たしていつぶりだろうか。
だけど、久しぶりの帰り道は三人とも無言だった。
冷え切る空気に静寂が訪れ、虚しくもコンクリートに打ち付ける靴の踵の音だけが寂しさを漂わせる。
『もう直ぐ……冬ね』
少し曇った鼠色の空を見つめて幸子が開口一番に白い息を吐くと共に口を開いた。
『そうだね。そう言えば、昔はよく三人で雪合戦して帰ってたよね』
『そうね。あおいは大きな雪玉を作るし』
『幸子は小さな雪玉で攻撃回数が多い』
ああ、そうだった。あおいは大きな雪玉を作る為時間をかけ過ぎて標的になり、幸子は小さい雪玉を作る為にコソコソと隠れていたから当てるのは難しかった。懐かしい記憶に思わず口が緩む。
『それより智紀? あんた一体、何を笑ってるよ? 不気味よ、不気味!』
続くかの様にあおいも口を開いた。昔の思い出を思い出したのもあるが、なんせ二人が会話をするのも随分久しぶりに見たので思わず口がニヤけてしまっていた事を幸子に見られてしまい、幸子から厳しくツッコミが入る。
『べ、別に何もないさ』
『ふーん。それなら良いんだけど』
何歩が先に後ろに手を組みながらあおいが前を歩く中、ジッと俺の顔を見つめる幸子。何か言いたそうなその表情に俺は首を傾げる。
『幸子?』
『そう言えば智紀。あんたに一つ聞きたい事があるんだけど、いいかしら?』
『いいよ、なんだい?』
『智紀ってあおいの事――』と言葉を言いかけた途端、幸子はあおいの顔をチラッと見るなり『いいわ、何でもないわ。気にしないでちょうだい』と直ぐ、言葉を切った。
幸子は、一体、俺に何を聞きたかったのだろう。
言葉を切る時、少し唇を噛み締めていた様にも思えたが、俺は何もそこには触れる事は出来なかった。
そして、三人で久しぶりに帰った日から約二週間程経過した時だ。その日は、雪が降り積もりグラウンドが雪で真っ白に覆われていた。
これから更に降り積もると予測した顧問が本日の部活動は中止という事を放課後、たまたま用事で職員室に来ていた俺に告げ、それを部員たちに伝えようと教室に赴こうと足を運んでいた時だった。
前を通り過ぎる三人の女性の会話が耳に聞こえて思わず目を丸くしたのだ。
『ねぇねぇ、知ってる? 野球部の高木さん、来週からソフト部に転部するんだってさ』
『聞いた聞いた。もう退部届は提出したらしいわよ』
思わず耳を疑った。
どうしてそんな冗談を言えるのだろう。
俺はピタリとその場で足を止め会話の続きに耳を傾けた。
『でも、なんで急に? 確か、その高木さんって野球部の一年生で直ぐにベンチ入りした凄い選手なんでしょ?』
『詳しい理由は知らないけど、ソフト部に入部ならソフト部にとって大きな即戦力になるわね!』
後ろへと通り過ぎる女子生徒達はソフトボール部の部員の生徒で、その会話は嘘にしては余りにも酷な内容だった。
しかし、ここ最近の幸子の練習への態度には前には見えた覇気は全くなく、ソフトボール部の生徒と仲良くしているのは何度か目にしていた。
でもまさか、既に退部届を出しているとは思わなかった。
かなりショックを受けた俺は、三階にある自分の教室へと戻り帰りの身支度を整える。複数の生徒達が窓の外の雪景色を眺めていた。すると……。
『あれ? グラウンドで何かしてない?』
『本当だ!! あれって、早川さんと高木さんじゃない?』
窓の外へと指を差しながら生徒が言う。
俺はバッと窓へと駆け寄り、鍵を開けて体を乗り出してグラウンドの方へと目を向けた。
冷たい風と降り続ける雪で遮られた視界を凝らしながら見てみると、確かに二人の姿が見えた。
マウンドに立つ黄緑色の生徒はあおいで、バッターボックスに立ち白い鉢巻を巻く短髪の赤髪は幸子だ。
あの二人……一体、何をしてるんだ?
ここからじゃ何も理解出来なかった俺は、一目散に教室を飛び出した。
教室から廊下を駆け抜ける、直ぐに曲がって階段を降りようとした時だ。
——キィィィン!!!
と、金属音が聞こえる。
音からして幸子があおいから快音を飛ばしたのに違いがない。
冬なのに嫌な汗が喉を伝う。
暫くし昇降口にある下駄箱に辿り着き、いつもなら丁寧に置きならべる靴を無造作にねじ込みながら通学用の靴へと履き替えた。
既に、快音は五回、鳴り響いた。
外へ出て積もる雪をお構いも無しに踏んでいく、冷える冷たさなど感じない程、気持ちは二人の出来事で一杯一杯だった。
そして、六回目の快音が鳴り響く。
グラウンドへ続く中央階段を勢い良く降りると、そこには幸子が目の前を歩く姿が見えた。
今にも泣きそうな・・・・・・瞳が暗い。幸子だった。
『幸子!!』
『と、智紀!? なんで、あんたが此処に・・・・・・?』
『幸子・・・・・・野球部辞めてソフト部に行くって話は本当なのか?』
『——ッ!? あんたが何でそれを……』
『本当……、なんだね』
『えぇ、本当よ』
目線を合わせずに、幸子は俯いたまま頷いた。
『もう耐えられないのよ……私。だって、こんなの野球じゃあないもの……』
『…………』
言葉が出なかった。
何度も繰り返し揶揄われ、野次を飛ばされ続け、その度に何度も我慢をし続けて来た幸子の心はこんなにも傷ついてた。
『……それで、あおいは? 何か言ったのか?』
『一緒にソフト部に転部を誘ったわ。でも、断られちゃったの。あおいが私を止まる為に、あおいと一打席勝負をしたけど……六打席しても全部打ち返して、私が勝ったわ』
『本当に辞めるのつもりでいるのか?』
『ええ』
『考え治せないのか? 俺もあおいも——、』
『うるさいわねッ!!! 男子のアンタに私の気持ちなんか……解る訳ないわッ!!』
俺の言葉を遮り幸子は怒鳴り声を上げる。
今まで聞いた事のない声に本当の怒りを感じた。
幸子は、そのまま立ち去るようにグラウンドから姿を消した。
雪の足跡だけを残して……。
周りを見渡すと、直ぐ側には六つの野球ボールが転がっていて、ずっと奥にはマウンドの上であおいは膝をついて空を仰いでいた。
その日からずっと俺は、幸子とは疎遠のままでいる。
―――
俺とあおい、幸子の三人が仲良く並んでいる三人の写真が一枚ある。いつ撮ったのか定かではないが纏っているユニフォームから推測してコレはリトルリーグ時代に撮った写真だ。
それを俺は今でもドラムバックの中に大事にしまっている。
「どうしたんだ、智紀。寝ないのか?」
すっかり夜は更け、今俺たちは合宿所の借りている部屋にいる。
二十人以上は余裕で入れる大きな部屋の中で練習に疲れた皆が寝息を立てていた。
そんな中、俺は一人その写真を眺めていると隣に寝ているはずの雄二が此方に背を向けながら小声で話し掛けてきた。
「ああ、すまない。起こしたか?」
「いいや。それより、明日戦う恋恋高校との試合だが」
「ああ、勿論。練習試合とは言え、俺が先発をするよ」
雄二はクルリと体を返し、真正面を向く。
真っ直ぐ見つめるキリッとした目を俺は見つめ返した。
「な、なんだよ」
「フッ。何故かは知らんが燃えてるな、智紀」
「燃えてる? まあ、否定はしないよ。明日、マウンドに立つ向こうのピッチャーは昔からのライバルでね。それが楽しみなんだよ」
自然と顔がニヤける。
あおいとは今まで同じチームだったから、こうして敵同士として試合をするのは初めての経験になる。楽しみに決まっている。
「それに……あおいは俺の憧れなのさ」
「憧れ?」
雄二が目を見開いて俺を見る。「おいおい、そんなに驚く事か?」と心の中で呟いた。
「なあ、雄二。明日はきっと良い試合になると思うよ」
「・・・・・・」
「恋恋高校には、あのあかつき大付属中学にいた小波くんもいるからね。相当、手強い相手になる」
「小波球太か……。名前は猪狩守に次いで有名だと聞いてはいるが、どんなヤツなんだ?」
「小波くんは、投打に於いてかなりの実力を持っているプレイヤーだ。俺たちが甲子園を目指すなら戦って勝たねばならない相手さ」
「なるほど……な。でも俺はお前が打たれる姿は余り見たくはないぜ」
「あはは、雄二。俺は負けないさ。小波くんにもあおいにも勿論、誰にもな。お前は俺の約束を守ってくれた、次はお前の約束を俺が守る番なんだからな」
何時もの様にフン、と鼻で笑う。雄二はそのまま体を仰向けにし、布団を首までかけるとやがて眠りに落ちた。
俺は寝付いたのを確認すると、手に持っていた写真を再びドラムバックの中へと大事そうに入れてチャックを閉め、時計の針を確認して床に就いた。
――――
浜風が吹き、押し寄せる波の音は豪快に鳴る夜の浜辺を一人で歩いていた。
先日に見かけた、素振りをしていたあの金髪の少年の姿は、そこには無く、その痕跡も無かった。
どうやら地元の人間では無かったらしい。
それよりも明日の試合に注意を向けないと球八高校との練習試合は急遽に決まった。
しかし、驚いたのが早川の幼馴染の居るチームだと言う事だ。
やれやれ、署名活動の時の猪狩兄弟と言い、ミゾットスポーツ店での春海達と言い、世間は本当に狭いな。と、ため息が溢れる。
恐らく、向こうはもう来月に迫っている秋季大会に向けての調整をしてくる為、ベストメンバーで挑んでくるだろう。
こっちは試行錯誤の途中で色々試したい事があるが、試合をする以上は勝ちに行きたいのも本音だ。
今日の練習である程度、打順、ポジションは頭の中に入っているが―――今は、あれこれ考えても仕方がない。
兎に角明日は出来るだけの事をやるしかないな。
砂浜に一つの石が転がっているのを見つけてそれを拾い上げる。
サラサラ……と石に被っていた白い砂が落ちるのを眺め、それを海に向かって冗談半分でシンカーを投げる様に手首を捻らせて水切りをした――三、四、五、六回と跳ねて七回目に海の中へとポチャンと沈んでいった。
「何してんだよ、俺は」
ポリポリと頭を掻き、一つの欠伸をする。
腕時計の針に目をやると、既に午前二時を過ぎていたのを確認すると、俺は踵を返して合宿所へと足を向けた。