実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

34 / 71
第34話 ヒロとほむほむ、たまにちーちゃん

「君が小波球太くんだね。初めまして、私は聖ジャスミン高校の二年生の太刀川広巳。よろしく」

 開口一番。

 褐色の肌に灰色でボーイッシュな髪型が特徴的な女性が俺に向けて手を差しのばして来た。

 身長は百七十センチは超えていて、百七十八センチある俺と視線はほぼ変わらなかった。

 その差しのばされた手に触れ「よろしく」と軽く会釈して俺も握り返すと……、何故か違和感を感じた。

 女性にしては随分ゴリッとした手をしてるんだな、と軽くながら驚いたが、それは返って太刀川に失礼な事だと思ってしまった。

「ヒロと同じく二年の美藤千尋よ」

 清潔感溢れる青髪に眼鏡姿、見るからに聖ジャスミン高校の生徒会長でも受け持っていそうな程、知的そうな印象を抱く。

 先程の太刀川は『ヒロ』と言うあだ名で呼ばれている様だ。

「因みにみんなには、ちーちゃんって言う愛称で呼ばれてるッス」

「――ッ!? だ・か・ら! 私の事をちーちゃんって呼ぶなー!!」

「え? ちーちゃんはちーちゃんッスよ。それにちーちゃんだって『ほむら』の事を学校とかではいつも『ほむほむ』って呼ぶじゃないッスか。おあいこッスよ」

 口を挟んだ女性は、桃色の髪に帽子を逆さ被りして、矢部くんや矢部田さんの様に最近は語尾に『ッス』と着けるのが流行ってでも居るのだろうか……。

 とても不思議な女性だった。

 そして、この二人は今もまだあーだこーだ言い合いをしている為、俺は呼び止めらたのにも関わらず、そっちのけにされ、何故かその場に取り残されてしまうという何とも言えない状況に置かれてしまった。

 すると、太刀川がそっと隣に歩み寄って俺に声を掛けた。

「なんか、騒ぐしてごめんね。あのピンク色の髪の女のは、川星ほむらさんって言うんだ。本当は、もう一人小鷹っていう子が来るはずだったんだけど……ちょっと今日は用事があってここには居ないんだ」

「・・・・・・それで? 俺に何か用でもあるのか?」

「なるほど。小波くんって、中々勘が鋭いんだね」

 太刀川がニヤリと笑う。

 俺は少しながら違和感を感じていた。

 まず矢部田さんに名前を名乗りった後、直ぐさま矢部田さんがこの三人を連れてきた時だ。

 まず、太刀川が俺の顔を見るなりして『君が小波球太くんだね』と言った事が、頭に引っ掛かっているのだ。

 初対面の相手に恰も俺の事を知っている様な素振りなんてもんは普通はしないだろう。

 恐らく野球関係者と見た。何処かの野球部から任されたスパイでもしてるのかと言うくだらない想像をしてみたが・・・・・・俺が知ったのはそれを遥かに上回る程、驚かされる事実だった。

「私達、聖ジャスミン高校野球部なんだ」

「は? 野球部……? 確か、聖ジャスミン高校って女子高じゃないのか?」

「いいや、今年から君たちの恋恋高校と同じく共学になったんだ」

 今年から……共学?

 それは全くもって初耳だった。

「それで? 聖ジャスミン高校の野球部が俺に何の用なんだ? もしかして、練習試合の申し込みとかか?」

「う〜ん。それは、それで結構面白ろそうで良いアイデアだけど……今回は感謝を言いたい、かな?」

「・・・・・・感謝?」

「そう! 君にね、小波くん。だって君は、恋恋高校の同じチームメイトの早川あおいさんの女性選手問題を解決した張本人でしょ?」

「……」

「私達も訳があって野球部を一から作る事になったんだけど、私達って女子だから試合も出来なくてね……。それで、高野連のルール改正で私達も試合参加が認められることになったって聞いたときは、いつか小波くんに会ってお礼を言わなきゃって思っていた所だったんだ。ありがとう」

「・・・・・・私からもお礼を言うわ。ありがとう」

「ありがとうッス。小波くん」

「ストーカーさん、ありがとうだべ」

 太刀川、美藤、川星、矢部田さんが頭を下げて感謝の言葉を述べた。特に矢部田さんの言葉には本当に感謝の気持ちがあるのかすら、甚だ疑問を抱いたがそれは置いといて、太刀川達の感謝の気持ちに対して俺は何も言い返せずに立ったままだった。

 俺個人としては感謝されるという事が意外だったと言う事だ。

 正直に言えば俺はただ、同じチームメイトの早川に野球をやらせたいと言う救いっと言う一心、その想いしかなかった。

 こう目の前にして太刀川達の感謝の言葉を貰うと俺は早川だけじゃなく、野球が好きだけど女性と言う事で色眼鏡で見られ、出来なかった女性選手達の事を救えたのだと思うとそう悪い気はしなかった。

「感謝の言葉を有り難く受け取るよ。春の大会で戦う機会があったら、よろしく頼むな」

「此方こそ。改めてよろしくね小波くん。私は聖ジャスミン高校のピッチャーの太刀川広巳」

 俺と太刀川は、お互いに手を交わした。

 違和感を感じたのは、太刀川の手には多数の豆を出来ているだった。指先と手のひらには練習に費やした努力が何重にもなって硬くなっているのだ。その手に触れ、俺達の恋恋高校ときっといつか戦う日が訪れるのは、そう遠い話では無いとその時に感じた。そして、聖ジャスミン高校といい試合が出来る事を待ち望む様に、俺たちはそこで別れる事にした。

 

 

――――――

 

 …………。

 ……。

 

 目覚めが悪いのは、随分と久々だ。

 空気が冷たい上、おまけに身体が寒い……。

 真冬真っ盛りの外は、晴れ間の見えない曇り空が広がっている。それが今日で何日目なのかなんて勿論、知る由も無かった。

 嗚呼、今日も曇りかと……。別に被害を被る訳でも無ければ不幸になる訳でもない。何一つ『僕』には問題もない為、他人事の様に寝そべるベットの上から薄く開いた瞳で空を眺めていた。

 すっかり目を覚ましてからも中々ベットから体を起こすことは出来ず、部屋は時計の秒針が坦々と進み鳴る音だけが聞こえるだけの静かさが漂っていた。

 時計の針は午前の十時を回っていて、流石にヤバイなと体を起こそうにも思った以上に体が重かった。今日は土曜日、勿論学校は休みであるため、普段の休日は家事全般をこなしているのがいつもの過ごし方だけど、今日くらいはゆっくり好きな読書に没頭していてもバチは当たらないだろう。

 出来るだけ穏便な生活を送りたい……。

 どうか、嫌な事だけは起きません様に……。

 ふわっと大きなあくびを漏らし、枕元の充電器に刺さっているスマートフォンを手に持ち何気なくメニューを開いてみた。

 そこには一通のメールが送信されて来た事がディスプレイに表示されていた。

 その送り先の名前を見た瞬間に、僕の目は完全に目を覚まさせたのだ。

 

 ――ごめん! 部活で着る練習着と道具、リビングに置いたまま学校に来ちゃった! 学校まで送ってくれると助かるよ〜――

 

「……」

 もやは呆れるのを遥かに超え通り越して笑いが出そうな程の酷い内容だった。

 土曜日の休日で部活に行くと言うのは今に始まった事じゃ無いはずなのに、その一式を忘れるとは一体どう言う神経をしているのか、と思わず問い質したくなってしまう。

 だが、それがこのメールの送り主らしいと言えば送り主らしいのだ。

 メールの送り主は、僕の妹である『未来』からで、未来は野球部に所属している。

 ここまで僕の通う中学は頑張駅の直ぐ近くにあるが、僕の住んでいるマンションは頑張駅から少し離れたデパート街を抜けた高層住宅地帯にある為、この寒い外の中を歩くとなると思うと、そう余り乗り気ではない。

 どうやら、今日の僕に穏便な生活をそう簡単させてはくれないらしい……。

「はぁ・・・・・・」

 溜息を吐き、自室からリビングまで重たい足取りで歩く。大きな窓を覆った純白のカーテンを開けると、そこにはどんよりとした灰色を纏った暗い雲に覆われた空が僕を迎える。

 こんな寒い中、部活をするのにどんなメリットがあるのだろうか……。

 そういう僕も野球は小学五年の時までやっていた。

 だけど、野球なんてスポーツに『今』は全く興味はないし、冬の日にまで野球をやる事自体、僕には全く理解が出来ないが、未来から送られてきた嫌な事が起きてしまった以上、潔く諦め、仕方なく荷物を持っていく事にした。

「……」

 その後、シャワーを浴び、学校指定の制服に素手を通した。空模様と同じ一向に晴れる事のない憂鬱な気分を引きずりながら僕はドライヤーで髪を乾かして、未来の置き忘れた荷物を右肩に乗せた。

 ズコッ――。

 ズシッと来るバストンバックの重量感に耐えきれなかった僕はその場に思いっきり体勢を崩して倒れる。

 なんて重いんだろう……。

 野球部は良く平気でこんな重い荷物を持って街中で和気藹々と動ける姿を見かけたりするけど……ある意味凄いもんだ、と感心するどころかちょっと引いている。

 

 ○

 

 僕は、消極的な人間だ。

 周りと戯れあったり、馬鹿騒ぎしたり、友達を引き連れて遊びまわるのは苦手で、時に僕はそれを見ては呆れている。

 騒がずに大人しく、周りと関わらずに色々な本を読んで過ごすのに最も適しているの人間なのでは無いかと思ってしまうのだ。

 周りは、新しく買ったばかりの塗り絵の本の様に白いだけで、そこには何一つ色も無く、勿論こんな僕自身にも色は無い。

 無色透明で存在は皆無だ。

 此方から馴れ合う事をしなければ、向こうからも決して馴れ合ってはこないのだ。誰とも関わらずに人との縁を作らずに生きていきたい。

 僕こと、『明日光』はそういう人間なのだ。

 

 重たい荷物を抱え、ふと立ち止まる。少し歩いたが一先ず、一休みをしよう。確か、ここは学校に行く時に通る河川敷だった。下方には寒い中、野球グラウンドでは練習試合が行われているようだ。寒い中ご苦労様です。

 因みに練習試合の学校はどこだろうかと、未来に会うついでに話のネタにはなるだろうと思い、僕は少し目を凝らしてボードに書かれている文字を遠くから見つめた。

 僕はこう見えて目が生まれつきなのかとても良い。視力もかなり良いが、それよりも動体視力の方が優れていて時速百五十キロのスピードで動く物はゆったりと見えたりする。僕みたいな今はスポーツに何の縁もない人物が、この優れた動体視力を持っていても、それはただの宝の持ち腐れなのだ。

 そんな事よりも話を戻そう。試合は始まったばかりなのか、一回表の攻撃中だった。

 そこには『帝王実業中学』と『聖タチバナ中等部』と書かれているのが解った。帝王実業中学は、確か僕の通う西満涙中学から一キロも離れてなく、あかつき大附属と張り合う程のスポーツの名門校だったと記憶している。対する聖タチバナ中等部は、橘財閥の事業の一環で学園設立したと言うのが三〜四年前にニュースで取り上げられて話題になっていたのをたった今思い出した。思い出した所で、僕には全くもって関係はないし、その二つのチームがどう言うチームなのか知らない為、道草を食わずにさっさと届けようと脚を進めようとした。

 すると―――。

「退いてッ!! そこの赤毛くん! ちょっとそこを退きなさい! どいて、どいてーー!」

 およそ五メートル弱、目の前をユニフォーム姿を纏った女の子が此方を目掛けて走って来たのだ。髪は水色に艶やかで瞳はパッチリ大きな緑色に染まっていた。

「―――ッ!!」

 突然の出来事に思わず対処をし忘れてしまった。

 突っ立っている僕に対して、その女の子は鬼の様な形相で「退きなさいって言ってるでしょ!」と、怒鳴り声を上げると、僕を突き飛ばす様に、女の子の手が僕の胴へと強く押し出す形で、僕はその場に倒れてしまった。

「・・・・・・」

「ゴメンなさいね。でも、今のは退かなかったあなたが悪いんだからね! あーもうッ!! 試合とっくに始まりそうじゃないの!」

 倒れた僕に脇目も一切に振らず、オマケに僕が悪者扱いされてしまった。女の子は、下方で野球の試合がすでに行われてることを知ると頭を掻き毟り『って、もう! 試合始まってるし! これじゃ、遅刻じゃないのよ!』と言い残しすと降りていってしまった。

 一体、何だったんだろう……。

 今の出来事は本当に起きた事なのか、果たして夢だったのか、物事が速く進んだ為、頭で情報を処理し整理するのが困難な程、あまりにも不思議な出来事でしばらく僕はこの場から動けなかった。

 

 

 ○

 

「遅い! もう練習は来た時から既に始まってるんだよ〜!」

 同じ赤毛は僕よりも少し長く、青い色の花の様に主張の激しい瞳、そして何と言っても尖った八重歯が手に入る。学校指定の冬用のダークブールのブレザーを羽織り、腰に手を当てて怒りを表しているのは確かなのだが。それは余りにも怒ってるとは到底思えない随分気の抜けたトーンで話している。

 これが、僕の妹である『明日未来』だ。

 思わぬ出来事に時間を取られた事は言い訳にはならない。

 それよりも先ず、部活があると知りながら荷物を忘れる未来本人が一番悪いのではないのか? わざわざ持って来たと言うのにそんな言われ方には、酷く苛立った憤りがジリジリと胸の奥に食い込む思いだ。

「・・・・・・」

「未来ちゃんのマイペースぶりには、正直恐れいるよ。ご苦労様、光」

 情けないほどに息が上がっている僕に、パワリンドリンクをそっと手渡す。顔の整ったイケメンに黒髪に紫眼の相性は抜群だ。

 彼は僕と同じクラスの鈴本大輔。

 クラスは一緒だけど基本的に会話をした事はないのも、クラスではかなりの人気者なので休み時間には人集りが出来るのは当たり前な事で、僕みたいな根暗で日陰者には、鈴本は程遠い存在だからだろう。

 だけど、こうしてよく未来の忘れ物など届けるといつも僕を気遣ってくれる優しい人だと解る。因みに鈴本は、西満涙中学の野球部員でポジションはピッチャーを任されていて、今年の新人戦ではかなりの好成績を残して注目の的になっているらしい……。

「……」

 僕は無言で頷いた。

 話すのは未だに慣れない。鈴本もそれを解ってくれてる様で、彼は直ぐさまニコリと笑顔を見せてくれた。

「未来先輩。申し訳ないのだが、部活の副部長として心構えがなって無いのではないのか?」

 そこに呆れた顔をしながら、一学年後輩であり、鈴本とバッテリーを組み、キャッチャーとしてチームの司令塔を務める六道聖がやって来た。凛々しい口調、鋭い目つき、後輩ながらも芯が強い女の子だ。どんな物事に対しても表情を表に出さないと言う厳重なポーカーフェイスをしていて、殆どの生徒は六道に近寄り難い事で有名だ。オマケに西満涙寺の御息女で、厳格な育てられた為、携帯電話やファミリーレストランと言う単語を知らない浮世離れが目立つのもきっと近寄り難い理由の一つなのだろう。

「あ、ひじりんだ〜」

 しかし、未来の前ではそれは通じない。まるで小学生の遊びで良くある戯れあいで『バリアー』と言って攻撃を防いだとしても『そんなの知りません、関係ないです』と言って相手の防御を勝手に自分ルールで無効化する為、最初は険悪な態度を取っていた六道も心が折れ始めて来たのか、流石に最近では未来の馬鹿みたいな発言などを普通に流す事を覚えた。

「未来先輩。取り敢えず、その『ひじりん』と呼ぶのだけは辞めてくれないか?」

「なんで〜? だって、ひじりんはひじりんだよ〜?」

「……」

 あの六道も、未来の前ではあっという間に黙り口になってしまった。全く、誰に対しても振れない未来にはついつい脱帽をしてしまう。

 そんな事を思いながら、ここにも僕の色は一つも無く、いつものようにただ無色透明で漂うだけだった。

 

 ○

 

 雨が降り出しそうだ。

 そんな空模様も、先ほどとは変わって灰色に染まった空がドス黒く広がって行く。はあーっと吐き出す白息は、吸い込まれる様に天高く空の方へと消えていった。

 未来に荷物を渡した事で目標は達成し、これ以上学校に留まる理由が何一つ無い僕は、学校を後にして帰路を辿っている。

 また同じ所で脚が止まった。そして自然と下の方に見える河川敷の野球グラウンドに目を向けてみた。先ほどの試合は一回表の攻撃も今では五回の裏まで進んでいたようで、点数は三対二と、帝王実業中学が一点のリードしている形だ。

 黒い帽子が連なって守備に着き、マウンドでは金髪の青年が右腕を振り抜いた。

 ―――スパン!!

「ストライクッ! バッターアウト!」

 剛球が橙色のヘルメットのバッターの横を通り抜ける。スイングする間も無くバッターは三振に打ち取られて、スリーアウトとなり、守交代になった。

 ―――すると、次の光景に僕は、思わず両の目を見開いてしまう。

 先ほど僕に勢い良く突っ込み倒した、あの水色の髪をした女の子がマウンドへと上がっていたのだ。もしかすると……あの女の子がピッチャー?

 なんと無く意外だった。

 女の子が野球をやる事は、未来や六道など身近な人間がやっている。

 だが、未来はサード、六道はキャッチャーを守ってる為、基本的には女の子は野手だと言う思い込みをしていた。だから、なんと無く意外と思ってしまった訳だ。

「……」

 暫く見てみるとしよう。勝手に僕の脳内はそう処理され、自然とその場に腰を下ろした。

 女の子は左利き、横から腕を振り抜くと言う癖のある妙な投げ方をする。なんだろうかあの投げ方は、横投げ……? スリークォーターと言われてる投げ方だ。実際に見るのは初めてだが……。

 野球の専門用語はまだ、覚えている。勿論其れなりには知っているし、毎日、未来に嫌な程聞かされている。

 先ほどの金髪の青年よりボールのスピードはそれ程速くは感じないけど、コントロールが良いのだろう。キャッチャーが一球、一球ミットの位置を変えても綺麗にそこに収まっている様だ。

「あん? おい、見てみろよ。中坊の練習試合がやってるぜ?」

「本当でやんす。え〜と、どことどこでやんすか? 聖タチバナ中等部と……帝王実業中学でやんすか!!」

 腰を下ろし、何となく試合観戦している僕の横を二人の青年が通り過ぎて足を止めた。野球のユニフォームを纏い、ピンク色の変わったアンダーシャツが目に入り、胸元には「R」と施されていた。

 恐らく、恋恋高校の頭文字から取ったのだろう。

 その一人は金に染めた髪、吊り上がった目、見るからにして『人生で関わりたくない人間』第一位の容姿の人物と、もう一人は……ここは年号一つ昔の人なのだろうか、時代に相応しいとは到底思えないけど、瓶底眼鏡と刈り上げた頭は、妙にベストマッチだと思った。語尾に「やんす」とは中々に珍しい。

 僕の心の声は、二人には聞こえるはずもなく会話は進む。

「聖タチバナ中等部って、ひょっとするとアレか? 聖タチバナ学園と同じあの金持ちの橘財閥が絡んでる・・・・・・」

「そうでやんす。それよりも帝王実業中学は、去年の全中の優勝校でやんすよ!」

「あん? そうなのか?」

「……星くん、知らないでやんすか?」

「知る訳ねェだろうがッ!! 言っておくが、俺はな、中坊なんぞに興味はねェンだ! 分かったか矢部ェ!」

「やっぱり、年上が一番でやんすか?」

「ああ、そうだな! 出来れば加藤先生みたいな人が一番いい気もするが・・・・・・しかし、同い年のはるかさんも捨てがたい・・・・・・。悩みどころだな」

「分かるでやんす!」

「おお、分かってくれるか!! 矢部ェーー!!!」

「・・・・・・」

 この二人は一体、何の話をしてるのだろう。

 全く関係の無い話をしているような気もするが……。

「星、矢部くん。こんな所でサボりか?」

「ゲッ!!!」

「あ、小波くん」

「なんだ、なんだ? テメェ、まさか俺達がサボってると思ってンじゃあねェだろうな!!」

「ほう。それじゃ脚を止めて、仲良く話をしてるの事がサボりじゃ無いのなら、一体なんだって言うんだ?」

「えっと……それは」

「今はランニングの途中だろ?」

 そこにもう一人、やや長めの黒色の髪、彼方此方にくるりと跳ねる癖毛、キリッとしている顔付きだが、何処となく優しさが感じる。

 僕は、この人を知っている気がする。

 あ……確か父さんの会社に来ていた人だ。

「こんな所でサボってると、また早川が怒るぞ?」

「ひっ! それは勘弁してほしいでやんす」

「分かったよ! 今のは小休憩だ!! ったく、さっさと行けば良いんだろ?」

 矢部さんと星さんの二人は、溜息を吐くと河川敷の奥の方へと走り去って見えなくなった。

 

「君って、確か明日光だよな?」

「……」

 すると、残っていた小波さんが僕の名前を呼ぶ。

 僕が覚えていた様に、彼もまた僕の事を覚えていた。

「野球、好きなのか?」

「……」

 隣に立ち、彼はまっすぐ河川敷のグラウンドの方へと見を向けたまま、そう問いを投げた。

 返答は既に決まっていた。

 僕は『もう』野球は好きじゃない。

「君の知り合いから聞いたよ。以前は野球をやっていたんだろ? 友達が引っ越ししてそれ以来、野球から遠ざかってるらしいじゃないか」

「……」

 ブワッと風が吹いた。

 彼の黒髪がふわりと撫でられた様に靡く。

 彼は、少しハニカムとそのまま後を去っていった。

 

 忘れもしない、寒い冬の日だ。

 僕は小波球太と、『水色の髪の女の子』と出会った。

 この日が、僕の人生の中での重要な分岐点であり、今後の僕の人生に、有りもしない程、目まぐるしく世界が変わるとは、この時の僕は全く思いもしなかった。

「……寒い」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。