実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
俺たち恋恋高校の春の大会、第一回戦の相手は聖ジャスミン高校に決まった。元女子高から共学校に変わった両校、そして、去年の秋に初めて出会ったりと何かしらの縁があるのかは分からないが、兎に角、油断は禁物だ。
抽選会の後、真っ直ぐ学校に戻った俺たちは部員全員を部室に集め、聖ジャスミン高校との戦いに備えてのミーティングを行った。
「しかし、驚いたぜ。矢部に似た女と小波がいつの間にか会っていたとはよ〜。オマケに初っ端から一回戦でぶつかるってのはどういうこった?」
「まあ、俺も正直ビックリしたさ。でも、決まった以上はやるしかねえだろ」
「分かってるって、それよりも俺はちっと気になる事があるぜ! 元女子高っていうとやっぱり女だけなんだろ? これを気に『あ! あの恋恋高校のキャッチャーカッコ良くない? 彼女とか居るのかな? 居なかったら私、立候補しちゃおう〜』とか! ワンチャンあるかも!?」
「それは……ないな」
「うん。それは、ないね」
「ないでやんす。って言うか、星くんの話が長いでやんす。もっと簡潔に説明してほしいでやんす」
星の戯言に対して俺と早川、矢部くんは速攻にツッコミを入れた。女の子にモテたくてモテたくて今でも可愛い女の子がすれ違うならば直ぐさま飛び付きたくなる程の衝動を抑え、この二年間誰にも相手にされず、餓え続け、我慢していた星ならこうなる事は予想出来ていた。
「う、うっせェな! なんだよ、テメェら! この俺を全否定すんじゃあねェよ! 少しくらい俺に夢を見させてくれよッ!!!」
「はいはい、それで? 球太くん。聖ジャスミン高校の対策はしてあるの?」
早川が呆れながら星を宥め、俺に質問を問いかける。
「うぐ……」
おいおい、なんだ星……。
その無様な顔は、下唇を噛み締めて思いっきり涙目でコッチを見るなよな。俺より矢部くんの方を見てろ……。
「球太くん?」
「ん? ああ、勿論だ。既に昨日、御影と京町を偵察に行かせておいた」
そもそも聖ジャスミン高校自体、今大会が初参加な為に勿論、大会には出ていない。試合結果などの情報は限りなくゼロではあるが、二人のある程度の練習の偵察や生徒の聞き込みなどの情報は、僅かながらだが入手してある。
先ず、エースピッチャーを務めるのは、みんなに『ヒロ』と言う愛称で呼ばれていた、背丈の高く日に焼けた褐色肌をしていた太刀川広巳だ。あの時、手を握った時に感じたあの違和感とは、恐らく手に出来ていた豆は、バットを何百、何千、指先に出来ていた物は何千とボールを投げて来た謂わば努力の結晶だと今はハッキリと分かる。
そして、その相方を務めるのがあの日、ミゾットスポーツに居なかったら小鷹美麗がマスクを被る。偵察をしに行った二人から話を聞いたのだが、守備練習も打撃練習もしないで一人、グラウンドの隅っこで変な踊りに没頭していたらしく、それ程データは採取出来なかった様だった。
次に、二塁を任されている星川ほむらだ。彼女はなんと……古味刈や毛利同様、中学まで野球経験の無い初心者だと言う。だが、元から野球は好きだったらしいが、野球好きが高じて選手としてやる様になったと言う情報がある。
聖ジャスミン高校のクリーンナップの一角を任されているのが外野手兼一塁手を守る『ちーちゃん』こと、美藤千尋。ミート打ちに最も適したアベレージヒッターであり、非力にしてヒット性などで塁を稼ぎ点を取ると言う聖ジャスミン高校らしいバッターだ。
最後の主要メンバーは、矢部くんにそっくりな矢部田さんだ。矢部くんの持ち味である脚の速さは矢部くんの方が軍配が上がっているが、守備面は矢部田さんの方が上手だと言う。
御影や京町のお陰で全くノーデータとは言えないが、此処まで来たら、もう直接ぶつかってデータを得るしか無い。
春の大会。夏の大会に向けて、俺たちはただただ進むだけなんだ。
――――――。
そして、俺たちは聖ジャスミンとの試合の日を迎える。あの日、夏の大会以来の久しぶりの大会で、皆は少し緊張したのか、いつもよりも顔が硬かった。
「よし! そろそろ俺たちの大事な復帰第一戦だ。その前にオーダーの発表だ、いいな?」
「おう!」
後攻・恋恋高校先発オーダー
一番 センター 矢部明雄
二番 ショート 赤坂紡
三番 キャッチャー 星雄大
四番 ファースト 小波球太
五番 レフト 山吹亮平
六番 セカンド 海野浩太
七番 ライト 御影龍舞
八番 サード 毛利靖彦
九番 ピッチャー 早川あおい
―――
――
―。
これが今の俺たちのベストオーダーだ。と言っても、それぞれ代打や代走、リリーフとして使って行けるところは使っていこうと思っている、此処にいる皆がベストオーダーだ。
先攻・聖ジャスミン高校先攻オーダー
一番 センター 矢部田亜希子
二番 セカンド 星川ほむら
三番 ピッチャー 太刀川広巳
四番 ショート
五番 ファースト 美藤千尋
六番 キャッチャー 小鷹美麗
七番 サード 森永麻理恵
八番 レフト リーアム楠・貫人
九番 ライト 安坂玲
「本当に全員が女の子でやんすか?」
対する聖ジャスミン高校のオーダー表を覗き込んで、矢部くんが驚きながら言う。
「いや、全員じゃないよ。八番打者の楠って居るだろ? そいつは聖ジャスミン高校野球部で唯一の男だ」
「あン? なんでテメェが、そんな事を知ってるんだ? 御影達のデータじゃ、そんな情報は無かったンだろ?」と、星が尋ねる。
「ああ、ついさっきの事さ。主将同士でオーダーのやり取りをしに行った時、そいつが居たからな。俺はてっきり太刀川がキャプテンだと思い込んでだけど、どうやら違ったらしい」
それもそうだ。あの日、抽選会場に居たのは太刀川だったからのだから……。まあ、当日風邪で寝込んでいて代わりに太刀川が行ったなんて、俺たちには知る術もない訳だ。
「って、オイオイ……。こいつ一人だけ? あの女だけの野球部にこいつ一人だけだとッ!? それって!! つまり!! 俺が求めてた超ハーレム状態じゃあねェーーーーかよッ!!!」
妬み、悲しみ、憎しみ、様々な感情が一気に顔に現れて、それは何とも残念で何も言えない複雑な表情を浮かべた星、大声で叫びたい声を必死に殺して「羨ましい」と小さなトーンでポツリと一言だけ呟いた。
「まぁまぁ、星の事は置いといてさ。なあ、皆。この四番打者の八宝乙女ってどこかで聞いたこと無いか?」
何か知っているが、思い出せない海野がオーダー表を細く目を凝らして眺める。
「―――ッ!! 八宝?」海野の言葉を受けて凹んでいた星が、反応した。一体誰なんだ?
「それ、聞いたことあるよ。猪狩コンツェルンや橘財閥と競合してる大企業だったね。今は確か頑張市の拡大計画って言うのに乗り出してるってこの間のニュースで見たよ」
驚く事に早川もその名前を知っていた。
「そうでやんすよ!! 八宝乙女ちゃんは八宝カンパニー次期社長にして跡取りの嬢様!! 八月八日生まれのA型でやんす! 好きな食べ物はローストビーフで、学校では一年時から生徒会長を努め上げ、更には校内人気を独占してる美人さんでやんす!」
えへん、と威張る矢部くんだが、まるでアイドルのファンみたいに熱心に語っていた。
血液型? 好きな食べ物? どうしてそこまでの情報を持っているのかは甚だ疑問ではあるし、そもそも全く野球から離脱してる。試合前だぞ、と注意しようかと思ったが、さっきの緊張感はいい感じに解れて来ているようで此処は我慢することにした。
「ちょっと……ちょっと待てーーーー!! 矢部ェ!!」
関係無い話で、遂に星が怒鳴る。
「なんでテメェが俺より八宝乙女ちゃんの情報を持ってやがる! 好きな食べ物がローストビーフだって? そんな情報何処から入手しやがった!? 俺は初耳だぞッ!!」
――違かった!! それにどうでも良い事に対して怒っていた!!
「ふふふ、星くん。オイラたちが生きている時代は何かと便利になってきたでやんすね。何かに頼る事は悪い事では無いでやんすが、オイラたちには脚があるでやんす。この脚は、何の為の脚でやんす? 星くんは、まだ開かなくてはならない扉を開いていないでやんす! いいでやんすか? この世の中には隅から隅まで探さなくちゃ見つからない情報なんて幾らでも落ちてるでやんすよッ!!!」
「クソォ―ッ!! 俺とした事が・・・・・・それは全くもって盲点だったぜ!」
何故か悔しがって膝から崩れ落ち、ガツっと拳でベンチを殴りつける星だった。
何だろう・・・無性に腹が立つのは。
「まぁ、馬鹿はほっといて、そろそろ試合だからしっかりして行こうね!」
球審の合図で、両チームが一斉にホームベースへと駆け出して対面する。俺の目の前に立つのは、色白の肌に坊主では無いが、スッキリとした短髪をしていて、百九十センチはあるだろうか、見上げるほど背の高い、スラリとしたモデル体型のリーアム楠が、不敵な笑みを浮かべて俺を見つめている……のだが、その隣に立つ黄金色のオーラを一際輝きを放つ女性が、長くてくるりと反り返ったまつ毛に、紫の瞳でこちらを見つめている奴が一人いた―――それは八宝乙女だった。
「貴方が、猪狩守さんとエースを競い合っていた小波球太さんね?」
「ん? ああ。そうだ」
矢部くんが言っていた血液型や好きな食べ物などの前情報が余りにもどうでも良くて、その癖多いため、少し変な目で見てしまう。
「初めまして、私の名前は八宝乙女。太刀川さんから貴方の事は伺ってますわ。色々、言いたい事が在りますが、今日は良い試合をしましょう」
「ああ、こちらこそ。よろしく」
俺と八宝乙女は、手を交わした。俺の隣に立つ矢部くんが嫉妬に満ちた表情を浮かべているなんて事は言うまでも無いだろう。
そして、聖ジャスミン高校との試合が幕を開けた。
先攻は、聖ジャスミン高校だ。
ウグイス嬢のアナウスで、一番打者の矢部田さんが呼ばれて右打席に立つ。
春の陽気が、グラウンドを包み、マウンドに立つ早川はフッと息を吐いた。
此処に立つまで、沢山の力添えが在り、再びこうしてみんなと一緒のユニフォームに袖を通す事が出来た。
―――負けない。
きっと早川の中で、力強い感情が芽生えているのだ。彼女独特の投球フォーム、体を沈ませるアンダースローの低いリリースポイントから放たれた速球は、右打席に構える矢部田さんの胸元を抉るようなストレートが突き刺さる。
「ストライクーッ!!」
百三十キロには満たないストレートだが、気持ちのこもった良いボールだ。
球審のコールで、観客席は湧き上がる。初戦にして六千人弱、去年の夏に名を馳せた早川を一目見ようと一万人を収容出来る地方球場の内野席は殆ど埋め尽くされているとなると、その注目度は高いと認識せざる得ない。
続く二球目は、変化球のカーブで巧く引っ掛けさせ、ショートを守る二年生の赤坂が丁寧に捌いて、ワンナウトとなった。
一死となり、二番打者の川星ほむらが打席に構える。簡単にツーストライクに追い込む、星は釣り球を要求する。それに対してコクリと頷き、ど真ん中高めのボールゾーンへとストレートを放り込んだ。
―――ブン!!
「ストライクーッ! バッターアウトッ!」
見事、釣られた川星は、悔しさを滲ませながらベンチへと引き上がっていく。此処まで球数はたったの五球、スタミナに難がある早川にとってはまずまずの出来だろう。
そして、三番打者の太刀川がバッターボックスに悠々と入る。
―――その初球だ。
アウトコースへと逃げるように落ちる低めのカーブを真芯で捉えて金属バットの快音を鳴らし、打球は高々と、勢いを付けて飛んで行ったが、レフトスタンドのファールゾーンへと切れて行った。
危ない危ない。落ちるカーブを引っ掛けて内野ゴロを誘う星の目論見も危うくホームランって言う当たりだったが、太刀川広巳……なかなかパワーがある方じゃあねえか。これで星も迂闊に責められ無くなった訳だが、勿論、心配は無いよな? 早川。お前には、もう一つ得意球が在るんだからな。
ワンストライクから際どいボール球を二球続けツーボールとなって、四球目、右打席に構える太刀川に対してインコースに切れ味が抜群の今度は、逆側へと落ちる高速シンカーを巧くアウトローへと捩込ませた。
「くっ!!」
コツ、と鋭い変化にバットスイングは追いつく事は出来なかった。鈍い当たりは早川の前に転がり、スリーアウトチェンジ。初回に連打を浴びて失点する早川にとっては、良い立ち上がりだろう。
「ナイスピッチだぜ、早川!」
「調子が良いみたいで安心したでやんす!」
「球太くん、矢部くん。ありがとう!」
初回を難なく切り抜いたエース早川とグローブでタッチを交わした。この調子で先制点を奪って流れに乗って行ければ良いと思いながらベンチまで駆け足で向かう。
「…………」
しかし、何故か一人だけ浮かない顔をしてる奴がいた。
「どうしたんだ? 星」
「あん? いや……ちょっと、な」
「何かあったのか?」
「まさ一番打者の矢部に似た……えっと……」
「矢部田さんか?」
「そう、その矢部田って奴が試合前と言い、打席に立つ時と言い、俺の事をずっと見つめで来やがるんだ……何だか気色悪くてよ。テンションが下がっちまうぜ」
―――。
「ゴメンね、チャンスを作る事が出来なくて」
聖ジャスミン高校のベンチでは、たった今ピッチャーゴロで倒れた太刀川が沈んだ表情で戻ってきた。プリムローズ・イエローカラーのトップに光沢が掛かるヘルメットを脱ぎ、ピンク色で色合いが濃いカメリアのツバが特徴のヘルメットを脱ぎ捨てながら、ため息を一つ。
「ドンマイ、ヒロ。次にデカイのを一発、期待するわ」
相方を務めるキャッチャーの小鷹が自前の青い色のゴーグルを掛けながら声を掛けた。
「それにしても一発長打も期待できる太刀川がまさかのピッチャーゴロとは驚くネ」
モグモグと口にチューインガムを含み、ピク〜〜っと風船を作るリーアム楠は、意地悪くニヤリと笑う。
「貫人くん、今のは早川さんが一枚上手だっただけ。でも、次は打つよ」
「なら、問題は無さそうだナ。さあ、次はオレ達の守備ダ。行こウ!」
キャプテンのリーアム楠を先陣に、ナインたちは勢いよくグラウンドへと駆け出した。
「乙女ちゃんは行かないのかにゃん?」
だが、その中でも一人悠々とその可憐な容姿を崩さぬように立ち上がった八宝乙女に声を掛けたのは、聖ジャスミン高校の野球部のマネージャーを務める猫塚かりんだった。
「にゃん」と言う語尾の口調はややキャラ作り感は否め無く、それは独特的とでも言うべきだろう。口調に合わせたかのように雑貨店などで展示されていそうな白と茶色の二色の点模様がある猫の被り物を頭に被せていて、小さい背丈の割にはスタイルが良い。
「別に心配なさら無くてもよろしくてよ? 可愛い子猫ちゃん」
不思議な空気。優しい雰囲気に包まれるその笑顔で、八宝乙女はニコッと笑みを浮かべながら猫塚の顎を撫でる。
「ん……あっ……ああ……んん」
猫塚から甘い吐息が漏れると、その表情はまるで猫そのものだった。八宝乙女は、またしても笑みを浮かべ、そのままベンチに置いてあるグローブを取ってグラウンドへと歩いて行行くのを見つめながら「物足りないにゃん」とポツリと呟いた。
一回裏、俺たちの攻撃を迎える。
長身である太刀川の左腕から放り込まれる速球は「ズバンッ!」とキャッチャーミットの音を鳴ら程、勢いがあった。
『一番、センター矢部くん』のアナウンスと共に、ネクストバッターズサークルから脚を踏み出して矢部くんは右打席へと向かう。太刀川広巳がどんなピッチャーかは知らないがお手並み拝見と行こう。
先ず初球。右打席に構える矢部くんの足元へと投げ込まれたクロスファイアは、百四十キロの速球でストライクを取った。
そして、ど真ん中のストレートでツーストライクを奪い、三球目はインハイに気合いの籠ったストレートで三球三振に打ち取られた。
続く赤坂だったが、赤坂も太刀川のノビのあるストレートで一度もバットに当てること無く三振に切られてしまった。
「チッ! どいつもこいつもバットに当てられねえのかよ。この俺が何の為にバットを持ってるのか教えてやるぜ」
「星、ボールをよく見て打つんだぞ?」
「あん? 小波、テメェ……馬鹿にするんじゃあねえよ! 俺の事を初心者とでも思ってるのか? 舐めんじゃあねえぞ?」
吐き捨てるかの様に「行ってくるぜ!」と一言だけ言い、金属バットを振り回しながらバッターボックスへと歩いていく。
『三番、キャッチャー 星くん』
「よっしゃーッ!! 来やがれ!!」
星は、声を張り上げ構える。
左から放り込まれるストレートをタイミングを合わせて振り抜くが……空振り。ワンストライク。
続く二球目。アウトコースのギリギリに百三十九キロのストレートを見送りツーストライクとなる。
「―――ッ!?」
星が球審を見た。今の球はボールのコールが鳴っても可笑しくは無いが……太刀川のコントロールは中々良いのだろう。だがしかし、今のはキャッチャーである小鷹のキャッチングの巧さでカウントを取った。敢えてストライクかボールかのギリギリのコースに要求して、キャッチング時でミットの微調整したのだ。まだワンストライクだと言うのに強気のサインを出すと同時に、小鷹の意図をキッチリと理解して投げる太刀川とのコンビネーションがしっかり取れている為、このバッテリーから簡単にヒットは出せないだろうと密かに感じた。
星に投じる三球目。
明らかに手元が狂い、高めに浮いたボール球を星は脚を踏み込んでバットを振った。
「あっ……!!」
「ストライクッ!! バッターアウトッ!! チェンジ!!」
俺たちの攻撃は、三者三振で終わった。
「星、ボールは良く見て打つんだぞ……」