実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第37話 リーアム楠の狙い

 晴天にして野球日和。

 そんな日も既にお昼の十二時を回って時刻は十二時四十五分。

ㅤ此処、地方球場は、宛ら縁日の様な賑わいを見せていた。

 ある選手の名前を呼ぶ場内アナウンスの声と共に、両翼のスタンドには沢山の人だかりから声が湧き出ていた。

ㅤその中でも目立ったのが、各高校の偵察やらプロのスカウトの姿でもなければパワフルテレビのマスコミと両校の生徒では無い他校の学生が群を抜いて多かったのが驚きだ。

 いやはや、そんなにも彼女はこんなにも人集りを集める有名人なのか、と不思議に思ってしまうと同時に俺自身の野球以外の関心の無さにも我ながら呆れてしまった。

ㅤ艶やかな黄金色に輝く髪は誰よりも目立ち、このファーストの定位置に立っていてもハッキリと分かる。矢部くんや星が言っていた容姿端麗な姿は頷ける程、高校生とは思えないほど顔立ちであり、大人のような綺麗な女性だ。

 だがしかし、野球選手としての実力は未だに未知数な訳で彼女の容姿の美しさなどに目移りしている場合ではない……対する八宝乙女の初打席、お手並み拝見と行こうか。

 

ㅤ早川の準備投球が終わり、主審のプレイの合図で二回表の聖ジャスミン高校の攻撃が幕を開けた。

ㅤ八宝乙女が右打席で構える。

 周りの選手と比べると体型は女性らしい小柄だが、そのか弱そうな体型とは裏腹に意外にも引き締まった体格をしていた。

ㅤチームの四番打者を務めるバッターだから一応の一発長打の警戒は怠らず、内外野手共に、守備は定位置よりやや後退に守らせた。

ㅤ星がミットの下から早川に向けて初球のサインを出した。

ㅤまずは、インコース低めへのストレート。瞬時に早川が頷くと、星がミットを構える。

ㅤ早川の腕がゆったりと振りかぶられ。グイッと体を沈め、地面スレスレのリリースポイントからボールを放り投げた。

ㅤそして、最初の一球目がミットに届いた。

 

——バシッ!!!

 

「ストライクッーー!」

 

「ナイスピッチッ!!!」

ㅤ球がはしっている。

 今日は何時もよりも増して調子が良さそうだ。

ㅤ気持ちが篭っているのがナイン全員に分かるほど早川の想いはピッチングと同時にビシビシと伝わってくる。

 リードのやり甲斐があるのだろうか、不機嫌そうな顔でマスクを被る星も思わず嬉しくてニヤリと笑ってしまっている。

 

ㅤまずは幸先よくワンストライクを取った。

ㅤ星が早川に返球を返した時だった。

ㅤ星からの返球を受け取った早川を打席から見る送ると、八宝乙女は軽く小さな息を吐いた。

 

「なるほど……同じ女性ながらも良い球を放り投げますわね。でもこの程度なら大したモノでも無さそうですわね」と、小さく呟いた。

 

「……あン?」

ㅤ八宝乙女の横に立っていた星は、その言葉を耳にして眉間を寄せるが、気にも止めずに定位置に腰を据えて二球目も同じコースをストレートで要求する。

ㅤ早川は素直に頭を振り、モーションに入り腕を振りぬく。同じ軌跡を描き、同じ場所に、百二十キロ後半のストレートが飛び込んできた。

 

「ットライク!ㅤツー!!」

 

「…………」

ㅤ乙女は、又してもバットを振らずにただただ見送り簡単にツーストライクへと追い込んだ。

「乙女ちゃん!ㅤ今のはラッキーボールだにゃん!」

「んだ!ㅤ今のは打ちに行けばホームランボールだったべ!」

ㅤベンチから猫塚と矢部田の声が飛ぶ。

 

ㅤ確かに……。

 今の球は初球と同じ場所、普通のバッターなら見逃しせずにスイングして来るはずだ。

 でも何故にバットを振らなかったのだろうか、小波は構えながら不思議に思った。

 

ㅤ続く三球目、此処で早川の決め球の高速シンカーを要求し、更にボール球から急激に落ちてギリギリストライクゾーンへのアウトローにサインを出した。引っ掛けさせれば内野ゴロ、上手く行けば見逃し三振。星と早川バッテリーの攻めの攻撃だった。

ㅤしかし、それに動じる事など微塵もなく八宝は脚を強く踏み込んでいて、腰を回転させバットで掬い上げるように真芯で捉えた。

 

ㅤ——キィィン!!

 

 

「えッ!?」

「な……何!?ㅤ早川の高速シンカーを初見で打っただと!?」

ㅤ星と早川が同時に驚く。

ㅤ金属バット特有の快音を轟かせて打球は高々とレフト方向へと飛んでいくのを確認し、完璧に捉えた、と言わんばかりの余裕の顔つきで一塁ベースに向かってゆっくりと走っていく。

ㅤ一塁ベースを踏もうとした頃、ファーストを守り、腕を腰に当てて立っている小波に八宝乙女は声を掛けた。

「まずは一点。と、言ったところですわね。小波球太さん?」と、ニコッと笑う。

「ああ、そうだな。とりあえずはワンナウトと言ったところだろ?ㅤ八宝乙女」

ㅤ小波は、八宝の顔を見ながら口角を上げて笑った。

「なッ・・・・・・。可笑しい人ですわね。何を言っておりますの?ㅤ今のこの私の打球は、完璧にボールを捉え……」

「——アウトッ!」

「——なっ!!」

ㅤ塁審の甲高い声が響く。

ㅤ八宝はその声にビクッと身体を反応させ、足を止めた。そして、立ち止まったまま、視線をレフト方向へと変える。

ㅤ紫色の瞳の視線の先に捉えたのは、レフトを守る山吹がフェンスギリギリで打球を捕球していた所だった。

「まさか・・・・・・。今の打球・・・・・・と、届かなかったとでも?ㅤいや、そんなはずはなくてよッ!!ㅤ確かに今のタイミングは完璧だったはずですわ!」

「残念ながらアウト、だ。それよりも早川の事を過小評価してるなら止めておくんだな。そんな簡単にホームラン打たれる程、早川のボールは柔じゃあねえんだ」

「…………ッ!?」

ㅤギリッと歯を噛みしめ悔しさを滲ませているその表情は、何処か心を抉られるような不気味な感じがしたのを小波は感じた。

ㅤそして、一死となりネクストバッターの五番打者である美藤千尋が打席に立ち、レフトフライに倒れた八宝はゆっくりとベンチへと戻り腰を降ろした。

 

「アハハッ!ㅤまさかあの乙女が簡単に討ち取られるとは思ってはいなかったナ!」

ㅤ嫌味混じりに大きな声で聖ジャスミン高校のキャプテンを務めあげるリーアム楠が、八宝の元へと歩きながら言う。

「もう……笑い事じゃあなくてよ!」

ㅤ不貞腐れながらヘルメットを脱ぎ、左右に頭をって金色の髪を靡かせる。その横を聖ジャスミン高校野球部のマネージャーを務める猫塚かりんがタオルを八宝乙女に手渡しをした。

「ありがとう、子猫ちゃん」と微笑みながらお礼を言うと、猫塚は嬉しそうに「にゃん!」と返事を返して監督の隣へと戻っていく。

ㅤ八宝乙女はチラッとマウンドに立つ早川を見ると、悔しそうに唇を尖らせる。

「この八宝乙女……。少し早川あおいさんのピッチングを見縊っていた様ですわね」

「まぁ、君が予想していた以上二、早川さんの高速シンカーにはキレがあったって言う事だネ。うーん、これは中々面白そうだヨ」

ㅤ楽しそうにリーアム楠は笑い、視線をたった今、低めのカーブを引っ掛けてショートゴロで倒れる美藤に切り替える。

「オレも早川さんと戦うのが楽しみになってきたヨ。けど……一番楽しみなのは小波球太くんとの勝負だけどネ。出来るなら彼とは是が非でも戦いたいけど……悪いけど、それは叶わないんだろうナ」

 

 

ㅤ六番打者の小鷹をツーストライク、ツーボールの平行カウントまで追い込み、アンダースロー独特の下から浮き上がるように迫り来るストレートでキャッチャーフライに仕留めて二回表の聖ジャスミン高校の攻撃を終わらせた。

 

「四番、ファースト、小波くん」

ㅤ二回裏の攻撃、先頭バッターは俺だ。一回のピッチングを見て思ったが、太刀川のストレートはそこそこ速く、思ったよりもノビがあって重みがある印象を受けた。

ㅤ矢部くん、赤坂、星の三者共に全球ストレートで仕留めてる為、どんな変化球を使うのかマトが当てづらいと言うのも忘れずに——よしっ!ㅤ来い!

ㅤまずは初球。

「ボッ!!」

ㅤ百四十キロのストレートがインコースへと突き刺さるように投げられたが、僅かに外れてワンボールとなった。

ㅤなんて勢いのあるストレートだ。

ㅤ左腕から放り込まれる二球目は、勢いを感じさせるストレートが真ん中高めのストライクゾーンをバットに当てるが、ボールを掠めて後方に飛んで行った。

「ファール!」

ㅤㅤ二球続けてのストレート。なかなか強気なピッチングを見せてくる。

ㅤこれでワンストライク、ワンボール。次は何でくる?ㅤ三球続けてストレートか、それともタイミングを外して変化球か?

ㅤゆっくりと振りかぶり、太刀川は三球目を放り投げる。先ほどのストレートとは違い勢いのある球だ。

 

ㅤ——ブン!!

 

「ストライクーーッ!!」

ㅤチッ、此処で変化球か……。てっきり三球連続ストレートと踏んでいたが外れてしまった。

ㅤ横にズレる高速シュートを空振りして、ツーストライクに追い込まれる。

ㅤ四球目、緩やかなカーブはインコース低めのボール球となりカウントはツーストライク、ツーボールとなる。

ㅤ五球目は、ストレート!!

 

ㅤㅤ——キィィン!!ㅤ

 

ㅤ百四十一キロのストレートをなんとか当てるが打球には勢いがない。高々と打ち上がるだけで飛距離は出ずに、セカンドフライに倒れてしまった。

ㅤそれにしてもなんて重い球だ。

 手がジーンと痺れている……こりゃこっちも簡単には点は取れそうにもないな。

ㅤワンナウトとなり後続の山吹を太刀川のストレートで三球三振に仕留め、海野を変化球でサードゴロへと立て続けて凡打に抑え、こちらも二回裏の攻撃は三者凡退で終わった。

 

ㅤ試合は三回の表へと進んで、聖ジャスミン高校は七番打者森永から試合が始まる。

ㅤ早川の投球練習を行なっている間、リーアム楠は、森永に耳打ちをしていた。

「…………で、いいヨ」

「えっ?ㅤㅤ はい!ㅤ分かりました!」

「頑張ってネ」ニヤリと笑いながらリーアム楠は森永を見送った。

 

 

「…………」ベンチでは、八宝がそれを黙ったまま見ていた。

 

 

ㅤウグイス嬢のコールが球場に響き、聖ジャスミン高校の攻撃。

ㅤ早川が振りかぶるモーションに入ると、すかさずバントの構えを見せる。

「早川ッ!ㅤセーフティーだ!!」

ㅤ星の掛け声で巧く反応し、ボールの軌道を変えてダッシュをした。森永はバットを咄嗟に引きボールを見送る。

「チッ!ㅤなんだよ、やらねえのかよッ!!」

ㅤ星は軽く苛立ちながら、早川にボールを返球する。

ㅤそして、続く二球目もバントの構えを見せた。次は明らかなストライクコース……だが、決してバットには当てず引くだけだった。

ㅤ三球目。森永は最初から猫背気味に身体を畳み、地面と平行にバットを突き出す形のフォームをしていた。これは、明らかに狙いはセーフティーバントをする構えだ。

ㅤ早川がピッチングに移行する。それと同時に小波と毛利がダッシュを始めた。

ㅤストレート真ん中低めに放り投げると次はコツンとバットに当ててサードへと転がる。

「毛利くん!」

「ま、任せろ!」

ㅤトントン、と打球の勢いを殺さず転がり、毛利は難なくボールをグラブで捌き、ファースト小波へと送球して、まずはワンナウトを奪う。

「ナイスフィールディングだったぜ毛利!ㅤまずはワンナウトだ!」

ㅤキャッチャー星がナインに向かって掛け声をあげると、毛利を始めとして全員が声を上げ始めた。

 

『八番、レフト、リーアム楠くん』

 

「ふふ、成る程ネ。これで解ったヨ」

ㅤ不敵な笑みを浮かべ、静かに左打席の前に立ち構える。主審と星に一礼をするとバッターボックスに入り、スパイクの先で足場を慣らす。

ㅤ見る限り何か企んでそうだ。

ㅤ小波は、バッターボックスに立つリーアム楠を捉えながら、そう感じていた。

 

ㅤ……この違和感はなんだ。何をしてくるつもりだ?

 

ㅤ早川がリーアム楠に対する一球目。

 アウトハイへのストレートを迷わずバットを振り抜いて、打球は逆サイドのレフトのファールゾーンへと転がっていく。

ㅤしっかり踏み込んで行く辺り、ただの守備重視で置かれた八番バッターと言う訳では無さそうだ。それもそうだ相手は聖ジャスミン高校の主将……何かを策を練っていてもそう可笑しくはない。

ㅤ続く二球目。インローへの高速シンカーを次も流し打ちでサード毛利の脇を突き破りファールゾーンへと切れていく。

ㅤ三球目、四球目連続で臭い球をカットするが全て流し打ちだった。

ㅤ……まさか毛利の事を狙ってるんじゃあないだろうな?

ㅤこの打席を見て思った事がある。

ㅤリーアム楠は比較的バットコントロールに長けている点と流し打ちが得意という事……そして毛利には、少なからず抱いている守備の不安要素があると言う事を既に見抜いている、と言うこの三点だ。

ㅤ恐らく俺たち恋恋高校の試合等のデータを入手していて、それを確認する為に前の打者・森永に「セーフティーをするフリをして野手を揺さぶれ」などの何かしら指示を出していたのだろう。

ㅤそうなると今、一番避けなければならないのが三塁線側に強い打球を打たせない、と言う事だ。

ㅤさっきのプレーで毛利はある程度の自信が着いた筈だ。それを次のプレーでエラーを起こしまえば一気にテンションはガタ落ちになり次々に狙われ最悪失点を招く可能性がある。

ㅤここは二人にインコースを重点に流し打ちをなるべく阻止する様なサインを出させないと行けない。

 

「早川ッ——」

 

ㅤ言葉を投げかけようとした時だ。早川が既にモーションに入ってしまっていた。

ㅤ三振か詰まらせようとアウトコースへと滑り落ちて行く高速シンカーをリーアム楠は見逃さなかった。

 

ㅤ——キィン!!

 

ㅤ痛烈な打球が勢い良くサード・毛利の前へと飛んで行く。毛利自身、リーアム楠の流し打ちに気付いていたのか少し前進守備をしていた。

ㅤ僅かグローブ手前でボールが地面を抉る。ショートバウンドとなりグローブを掬い上げようとしたが……。

「あっ!!」

ㅤタイミングを誤り先端に当たってエラーをしてしまった。

ㅤボールはショートを守る赤坂の足元へと転がり、当然打者のリーアム楠は一塁ベースを蹴り上げた所だった。

 

「毛利先輩、大丈夫っスか!?」

「お、おう!ㅤ俺は、大丈夫。少し焦っちまった様だ……すまん!」

「毛利くん!ㅤドンマイ!ㅤ今のは気にせず行くよ!」

ㅤ赤坂と早川がフォローの言葉で毛利の不安を取り除く。今のプレーで気持ちが切り替えて欲しい所だが、頼むぞ毛利。どうか不安に押し潰されないでくれよ。

 

「データ通り、巧く行って助かったヨ」

ㅤ振り返ると一塁ベースに立ち、百九十センチある長身のリーアム楠がこちらを見下ろしていた。

ㅤ不敵な笑み。

 成る程な、やっぱりデータを取られていた訳か。

「早川さんの今日のあの調子じゃ、楽に点は取れそうにないんでネ」

「随分、気が早いじゃあねえか。まだ一死一塁の場面だ。次のバッターでダブルプレーがあるかも分からねえだろ?」

「悪いが、それは無いヨ。早川さんを崩して君をマウンドに引きづり降ろしてやりたい所だけど、残念ながら今の俺たちにはそんな余裕を持出る程の時間が無いんでネ。彼女の為にも……」

「彼女の為・・・・・・??」

 

———

——

—。

 

ㅤ成る程……。

ㅤ先ほどの耳打ちはそう言う事でしたのね。

ㅤ森永さんにワザとセーフティーバントの構えさせて毛利くんの動きは、子猫ちゃんとほむらさんが取ってきたデータ通りなのかを改めて確認する為の行為。

ㅤㅤ少々、卑劣なやり方だと自分でも知っておきながら、敢えてそのやり方を選んだ意味は、この私はちゃんと知ってるつもりですわ。

ㅤ貴方は貴方なりにこのチームを勝たせたいと言う思いが、正々堂々戦って勝ち取るよりも何よりも強いのですわね。

ㅤ是が非でも一刻も大量得点を奪いコールド勝ちをし無ければならない、と言う勝ち急ぐ気持ちは分からなくもないですけど……。

ㅤこの私と貴方が魅せられた甲子園に行ける可能性を持ったエースが、肩に爆弾を抱えてるなんて知ってしまったのなら尚更……ですわ。

 

——

———。

 

ㅤ九番打者の安坂が右打席に立つ。

ㅤミート重視。グリップを短く握りコンパクトに振るつもりなのだろう。

ㅤ早川の初球を引っ張る様にバットを振り抜いた。勿論、打球はサードへと飛んでいく。

「毛利先輩ッ!ㅤ行ったっスよ!」赤坂が声を上げる。

「ま、任せろッ!!!」

ㅤしかし、最悪だった。

「あっ!!!」

 真正面に来た打球をまさかのトンネルで後逸してしまったのだ。

 そのままレフト前に転がって行くと、一塁ランナーのリーアム楠は快速を飛ばして二塁ベースをも蹴り上げて三塁へと向かう。

「山吹くん!ㅤランナーは三塁に向かったでやんす!」

「くっ…………!」

ㅤセンターの矢部もカバーに向かいながら山吹に状況を伝えるが、捕球した時には既にリーアム楠はスライディングをして三塁に到達していた。

ㅤ一死、一・三塁。

『一番、センター矢部田さん』

ㅤ迎えるバッターは二巡目を迎えて矢部田亜希子。

「このチャンス、オラがものにしてやるべ!」このチャンスをものにしようと意気揚々と右のバッターボックスに入る。

ㅤ一打席目は緩めのカーブでタイミングを外され引っ掛けてしまいショートゴロに倒れてしまったが、今度は打つ気は満々の様だ。

ㅤ対する早川の初球は、アウトローへの百三十三キロのストレート。

ㅤアンダースローの下から上がるボールに未だ慣れてはいないようで少しバットを振るタイミングが遅れてしまう。

ㅤカッ、とバットの先端を掠めてファールとなった。

ㅤこのピンチの場面でも早川のピッチングは堂々として、プレッシャーにブレる事なくいい感じに腕が振れている為、星のリードの選択肢が広がる。

ㅤ二球目。高速シンカーを投じた。

 

ㅤ——ズバンッ!!!

「ストライクーーッ!ㅤツー!!」

ㅤいいボールだ。

ㅤ切れ味抜群の変化球を被りに仕留め、ツーストライクへと追い込んだ。だが、それと同時に一塁ランナーの安坂は二塁へと脚を進める。

「ナイスボールだ!ㅤ次も頼むぜ、早川!」

「うん!」

ㅤ星は返球する度に声をかける。良いボールは褒め、悪い時は相変わらず上から目線の口調で叱る。

ㅤミット越しから三球目のサインを出そうかと決めかけた時、一つの熱視線を感じた。

「…………」

「あン?ㅤなんだ? テメェ、なに見てやがる」

ㅤその視線を送っていたのは、矢部田だった。

ㅤ矢部同様、浮世離れした瓶底メガネの奥底の瞳から星をジッと見つめている。オマケに頬が少し赤く染まっていた。

 星の言葉を受け、プイッと顔を逸らしてポツリと漏らす。

「べ……別に……何もないべ」

「はァ???」

ㅤ何がなんなのか分からず、星はインハイへストレートを要求した。

ㅤコクリ、と早川は頷きセットポジションからストレートを放り投げる。

ㅤ矢部田はググッと身体を引きタメを作りバットを振った。

ㅤ——カンッ!!

ㅤ打球は後方のバックネットへ飛んでいきファールとなる。

「えっ!」

「お、おい!」

ㅤ矢部田はタメを作った事により踏み込み脚のバランスを崩して倒れそうになる。

「おっと!」

ㅤカランカラン……と金属バットの転がる音が聞こえた。

ㅤ矢部田は倒れはしなかった。

ㅤ星が咄嗟に矢部田の腕を掴み離さず支えていたのだ。

ㅤ一瞬、二人は見つめ合っていた。

「危なっかしい奴だな……大丈夫か?」

「ほ、星くん……」

「——ッ!! 馬鹿野郎ォ!! か、勘違いするんじゃあねェぞ!ㅤテメェが倒れそうになったのは自然とそうなっただけで、俺は好きでテメェを助けた訳じゃあねェ!!」

「ありがとう……だべ」

「・・・・・・こ、今回だけだからな」

ㅤなんとも言えない空気が二人の周りに流れ始めた。

ㅤ早川、リーアム楠、八宝乙女達はその状況を目を点にし、それを眺めていていた。

ㅤそして、小波は「試合中に何してんだ?」と呆れた顔で小さく呟いた。

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