実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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小波球太 第四章 恋恋高校三学年・夏予選大会編
第40話 春の終わり。


ㅤ春の大会二日目。

ㅤ聖ジャスミン高校との戦いで勝ち進んだ恋恋高校は山の宮高校と激突した。

ㅤ去年の夏以降、前代未聞である女性初の大会出場が認められ全国区に成るほどの話題となった右のサブマリンこと早川あおいと、今現在プロからの要注目を浴びている期待の星の速球派左腕投手太郎丸龍聖の戦いは高校野球ファン野球ファンの注目を寄せると同時に、かなりの観客が地方球場へと押し寄せた。

ㅤ期待を寄せた試合。

ㅤだが、試合は歴然の差を着けて終わった。

ㅤスコアは十対零。

ㅤ試合は太郎丸龍聖の完全試合で幕を閉じたのであった。

ㅤ投げては速球百五十キロオーバーを連投、ノビのあるストレートで次々と三振の山を築き恋恋高校野球から十五人の打者に対して圧巻の十三奪三振と圧倒的な力で捩じ伏せた。

ㅤ対して早川あおいは、聖ジャスミン高校との戦いでの疲労から思うようなピッチングが出来なかった。早川あおいの持ち味でもある制球力は乱れ、らしくないコントロールでの四球から守備陣のエラーを重ね長打を浴び二回ツーアウト七失点の所で早々とマウンドを降りた。

ㅤ試合を終えた恋恋高校のダグアウト。

ㅤ誰もが口を閉じて落ち込んでいた。今まで経験して来なかった百五十キロを超えるストレートを放り投げるピッチャーとは出会ったことがなく。太郎丸と言う相手に誰一人として太刀打ちする事は皆無だったからだ。

ㅤ次にある小波含めた三年生にとって高校最後の夏の大会を迎えるにあたり、太郎丸は勿論の事、更には秋の大会で山の宮高校を捩じ伏せた猪狩守率いるあかつき大附属高校も予選大会で同じブロックでもある事実を受け入れなければならないのだ。

 

 

 

「完敗だったやんす」

ㅤ球場を後にし後ろを振り返る事なく矢部くんが呟いた。

「チッ・・・・・・悔しいが違いねェな。俺たちは思った以上にまだまだ実力不足だったって事だ」

ㅤ星が後ろ髪に手を当てながら言う。

ㅤギリッと八重歯を噛みしめるもののその表情は、十点差コールド負けした悔しさから暗くなっていた事など忘れたかのように晴れ晴れとしていて何処か吹っ切れている様子だ。

「なァ・・・・・・。小波。こんな調子で俺たちは夏までに甲子園に行けるほど強くなれると思うか?」

ㅤ星が此方の顔を一切見向きもせずに問いを投げた。

「強くなれるか・・・・・・か。随分と難しい事を聞くな」

「ああ、簡単な事じゃあねェって事は分かってる」

「そんな事が分かるなら誰だって苦労はしねえだろ。ただ一つ言えんのは気持ちで負けてたらそこで終わりだって事だ。実力で劣っていても気持ちだけは負けん気があればどうにかなるもんさ」

ㅤ今日の試合、実際に全員が気持ちの面で負けてしまった点は否めない。太郎丸龍のピッチングは思っていた以上に俺たちの前に立ちはだかる大きな『壁』だった。俺は二打席連続内野ゴロと辛うじて唯一三振は免れたものの予想以上のボールのノビに抑え込まれてしまってチームの士気を下げてしまったのは事実だ。四番打者としてなら尚更だ。

「矢部くんの言う通り、太郎丸……いや、山の宮高校は強かった。完敗だ。でも、エースのあいつがあんな事言ったならやるしかねえだろ」

ㅤ俺はクルリと踵を返し脚を止め、遠ざかった球場を暫く見つめて再び脚を進める。

ㅤ目の前を歩く仲間たちは誰一人顔を下へ落とす事なく前へ前へと歩いていく。

ㅤ次が最後。それなら本当の最後まで踠いて足掻いてやろうじゃねえか。小波は身体の内側で確かに燃える一つのやる気を胸に照りつける太陽の下を見上げ流れる雲を眺めると共に心に刻んだ。

ㅤ——夏を制するのは俺たちだ。

 

 

 

ㅤ試合を終え学校に戻ってきた山の宮高校の野球グラウンドに太郎丸龍聖は、一人でブルペンに入り投げ込みをしていた。

ㅤ十八メートル先に立て掛けてあるボールネットは一球放り込まれる事にカタカタと上下左右に揺れると共に鈍い音を立てる。

「試合後の投げ込みは向上心があると見て取れて感心するが、オーバーワークは故障の元だぞ? 龍聖」

ㅤ数十球の投げ込みを終えて一区切り着いた所で、ブルペンのドアが開いた。其処に現れたのは名島だった。

「ん? ああ、分かってるッ!!」

ㅤ太郎丸は淡々と言葉を返すと再び左手にボールを握りしめてまた一球、ボールネットへと勢いのあるストレートを放り投げた。

 投げ込まれたネットをジッと見つめながら、名島は口を開いた。

「今のお前を見て分かるのは、今日の試合はお前にとって不完全燃焼だった様だな。思っていたのとは違ったか? 期待していた小波球太との戦いは」

「それはどうだろうな。まぁ、少なくとも俺の思っていた以上だったのは確かだぜ。一誠、お前だってそう思ってんだろ?」

ㅤ二人はニヤリと笑みを浮かべる。名島はセカンドバックから見るからに使い熟されたキャッチャーミットを取り出すと、太郎丸から少し離れた投げ込まれていたボールネットの前に立ち、腰を下ろした。

「俺の『アンユージュアル・ハイ・ストレート』を凡打ながらもバットに当てたのは奴が初めてだ。きらめき高校の目良さんだって当てられなかった球をアイツは当てた」

「ああ、それに二打席目はかなりタイミングを合わせて振ってきた。三打席目が在ったのなら芯で捉えられていて、最悪真芯で打ち砕かれていただろうな」

「試合は呆気ない結果に終わっちまった。だが、最後の夏の大会……小波は更に打者としてスキルアップしてくるだろうぜ。なら、俺も迎え撃つ側として、ピッチャーとしてそれ以上になってなくちゃ相手に悪いだろ?」

「ふっ、確かにそうだな。だが……そういう事ならまず相棒でもある俺も一緒じゃなきゃ駄目だろ?ㅤ龍聖。俺たちで捩じ伏せよう」

「ああ、そうだな!」

ㅤ山の宮高校のグラウンドからは夜遅くまでキャッチャーミットの捕球音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

ㅤ山の宮高校との戦いで敗れた俺たちは翌日、学校へと登校していた。

ㅤ既に新聞記事や現地で目撃した人からの口コミで負けた事は既に全生徒に知り渡っていて、席に着くとクラスメイトから励ましの言葉を掛けてもらった。

「なんだかんだ言って期待されてるんだな」

ㅤ時刻はお昼過ぎを迎えていた。

ㅤ学食で購入した昼食を済ませた後、賑やかな笑い声に包まれた教室を眺めていると、ふと何も考えずに言葉が出てしまった。

「そうでやんすね。最初はオイラと星くん、小波くんがいてあおいちゃん……皆んなが集まったでやんす。ちっぽけな愛好会からここまで来れたでやんす」

「……ここまでって今で満足なのか?」

「え?」

ㅤ困惑する矢部くんの表情を見て俺はハッとした。今のは咄嗟に出た言葉だった。

 

ㅤ俺はここまでで満足はしていない。

ㅤまだ先を見たい。

ㅤまだその先に行きたい。

ㅤ俺が必死に喰らい付いてくる皆をもっと先の光景を見せてやりたい。

ㅤ其処に辿り着くまでにどんな事が起きようとも俺は俺自身を犠牲にしてでも甲子園と言う舞台で皆と野球をしたい……と、そんな事ばかり考えてしまう。

「…………」

「小波くん?ㅤ大丈夫でやんすか?」

ㅤ暫く考え混んでいたようだ。

ㅤ恐る恐る此方に顔を覗かせる矢部くんは心配そうにしている。

「いや……ごめん、大丈夫だよ。それにさ、俺はちっぽけだなんて思った事は無いよ」

「えっ?ㅤどう言う事でやんす?」

「えっとそれはね……。いや、それは今度機会があったら言うさ」

ㅤそう言い残し俺はサッと腰を上げる。

ㅤ此処で本音を言うのは気が引けた。

「小波くん?ㅤ何処か行くでやんすか?」

「うん、まあね。そう言えば昼休みになったら早川と会うって約束してたの思い出した」

ㅤそれじゃあ、と矢部くんに手を振り「五時限目には遅れないでくるでやんすよ!」と若干小馬鹿にした苦笑いをしながら矢部くんが言葉を飛ばしたのを聞き流して俺は教室を後にした。

 

 

ㅤ一時間ある昼休みの内、昼食を済ませた後にわいも無い会話をしていた事で既に待ち合わせた時間から十分程遅れてしまっていた。

ㅤ二階から三階に上がる階段を翔け登り、更に屋上へと続く階段を踏み出しながら『どうか早川が怒って無いよう』にと誰に祈るのか分からないまま屋上まで急ぎ足で向かう。

「ちょっと、そこの癖毛頭。止まらなさい」

ㅤ二、三歩踏み登った時だった。

ㅤ此方に向かって声が飛ぶ。

「ん?ㅤ癖毛頭って……俺のことか?」

ㅤ振り向くと、そこに立っていたのはソフトボール主将の高木幸子だった。短髪ながらも艶のある赤髪が窓の隙間風にひらりと靡く。

「そうよ!ㅤどっからどう見てもそんな癖毛頭は他にアンタ以外はいないでしょ?」

「呼び止められた所悪いけど俺、今、急いでるんだけど……何の用だ?」

「まあ、昨日の試合観てたわよ。残念だったわね。あの山の宮相手によく頑張ったわ。それにあおいのスタミナ不足はかなりの問題よ?ㅤ夏の大会まで解決しないと苦しむわね」

「お、おう……」

「……ちょっと何よ?ㅤその反応。アンタちゃんと分かってる訳?」

「いや・・・・・・勿論分かってるけどさ、高木。お前はお前なりに早川の事気に掛けてくれてるんだな」

「——ッ!?ㅤバ、バカ!ㅤそんなんじゃあ無いわよ!ㅤただ、私はあおいが負けて可哀想と思って・・・・・・」

「分かった分かった。そんなに照れんなって」

「べ、別に、て、照れてなんてないんだからッ!」

「あ、そう。それに夏の大会まで早川の事なら大丈夫だ。必ず俺が甲子園まで連れって行ってやる!ㅤあとは俺に任せておけって!」

「アンタねぇ・・・・・・何を根拠にそんな自信満々で言うわけ?」

「ま、こっちにも色々考えがあるんだよ。それよりお前達も頑張れよな!」

「頑張れよな・・・・・・って何をよ?」

「高木・・・・・・ソフトボール部としての目標は全国大会なんだろ?ㅤ行くんだろ?ㅤ頑張れよなって事だよ」

「そっちもね」

ㅤ海野は素っ気ない表情で「あおいに会いに行くんでしょ?」と言葉を続けその場からゆっくりと去って行った。

ㅤ全く、普段話なんて早川以外に掛けて来ない癖に気を遣いやがって……。ま、今日は素直に有り難く受け止めておくか。

 

 

「お・そ・い・よッ!!ㅤ球太くん!!」

ㅤ屋上のドアを開けると目の前に仁王立ちの構えで立ち塞がっていたのは、何処からどう見ても怒りに怒った早川の姿だった。咄嗟に「悪い!」と謝りの言葉を使っても、鬼の様に睨みつける視線に、流石の俺も少しビビってしまった。

「なんてね。まぁ、キミの事だからいつも通り忘れてて急に思い出したとかじゃ無いかと思ってたよ」

「ははは……」

ㅤ参ったな。

 全くその通りだよ。早川。

ㅤクスクスと笑いながら早川は屋上から見える景色を眺めて背伸びをすると、そのまま立ち止まった。

「どうかしたのか?ㅤ早川?」

「ボク達、負けちゃったね……。強かったよね、太郎丸くん達は」

ㅤ漸く振り返ると、早川はニコリと笑った。

ㅤ無理やり笑っている、作り笑いにも見えた。

「ねぇ。昨日のボクが言った言葉覚えてる?」

 

 

——

———。

 

 

ㅤ昨日の試合は惨敗だった。

ㅤコールド完全試合、負けた悔しさは二倍以上にも感じた。手も足も出ない、ただ一方的な力の差だけを見せつけられて、ただ殴られるだけの試合だった。

ㅤ暗い顔をぶら下げてベンチ後ろの控え室に戻ると、早川は泣き崩れた。

ㅤ去年の夏に悔しい思いをし、秋と冬を越えて漸く船出することが出来た事は何もよりも嬉しかった筈だ。しかし、その圧倒的な強さの前に自分の今までやって来た事が無駄にも無理にも感じてしまったのだろう……。

ㅤ暫く嗚咽だけが響き渡った。

ㅤ七瀬からハンカチを貰い涙を拭った。

ㅤ赤く腫れた目、その奥に光る碧い色をした瞳は、此処から大分先の光を見据えるかのように輝き満ちていた。

ㅤやがて早川は、口を開く。

『もう……これで負けるのは最後だよ。ボクは負けないエースになる!ㅤボクを救ってくれた皆と一緒に甲子園に行きたい!!』

ㅤヒクヒクと震えた言葉だった。

ㅤけど、何よりも意思がある力強い声でもあった。

『よっしゃァァァアアアーーー!!ㅤよく言ったぜェ早川ッ!! その話乗ったぜ!!ㅤテメェらも聞いただろ?ㅤ負けるのはこれで最後の最後だッ!!ㅤこの夏に向けてやるしかねェよな!』

『星くんの言う通りでやんす!ㅤ凹む余裕があるなら前に進むでやんすよ!』

ㅤそして早川の言葉で、俺たちは山の宮高校に負けた悔しさを乗り越えた。

 

 

———

——

—。

 

「ああ、覚えてるよ」

ㅤ暖かな風が俺と早川の間をすり抜ける。

「でもね、球太くん……」

 

ㅤ早川は言葉を詰まらせた。

ㅤ表情も何処か暗い。

 

「あんな事言ったけど……自信がないんだ」

 

ㅤ紡ぎ出した言葉は、弱音だった。

 

「弱音を言っちゃダメなのは分かってるよ。でも……」

 

ㅤ——ガシッ。

 

ㅤ早川が俺に抱きついて来た。ほんのり香る柑橘系の香りが漂う。

 

「——ッ!?ㅤ早川!?」

「怖いんだ。本当は怖いんだ……」

 

ㅤ予想にもしなかった。

ㅤ負けず嫌いな早川の事だ、また闘争心を燃やして練習に打ち込むだろうと安易な考えをしていたが、太郎丸との投げ合いは同じピッチャーとしての劣等感をまさかこんなにも早川が受けていたのか……。

ㅤ今にも晴れた空から急に降りだしてくる天気雨のように、泣き出そうとする碧い色の瞳に溜まった雫を俺は指で拭った。

 

「球太くん……?」

 

ㅤ——早川、お前は言ったよな?

ㅤ——もう負けないんだろ?

ㅤ——だったら泣くのもアレが最後だろ?

「バカだな……らしくねえ弱音なんて吐くんじゃねえよ。いつもの明るい早川あおいは何処に行ったんだ?」

ㅤぎゅっと小さな体を抱き締めた。

「ゴメン……」

「任せておけって、俺が連れて行くから」

「えっ?」

「約束する。どんな事が起きようとも俺は・・・・・・お前をアイツら必ず甲子園に連れて行く」

「・・・・・・球太くん?」

「だから……一緒に行こうぜ。甲子園」

「うん!」

ㅤ暫く俺は早川を暖かく抱き締めていた。

 

 

「あおい……もう大丈夫そうでよかったです」

「チッ……はるかさんがあんなにも早川の事を心配してたからちょっと様子見に来てみればこの様だぜェ!! あのバカ共めはるかさんの目の前でイチャつきやがって!」

「何言ってるでやんすか。星くんだってあおいちゃんの事を心配してたでやんすよ?」

「うるせェな!! 俺はただ相棒のキャッチャーとして気遣っただけだ!ㅤま、大丈夫ならそれで良いんだけどなッ!!」

ㅤドア越しから二人を眺めていたのは、七瀬はるかに矢部、星の三人だった。

「うぅ……。球太様と早川さんがあんな至近距離で……抱きつき……今まさに"キス"しそうな雰囲気まで気を許してしまうなんて……倉橋彩乃一生の不覚ですわッ!!!」

ㅤその三人の背後、ギリギリとハンカチを噛み締めて涙目を浮かべて倉橋彩乃が立っていた事に気付き三人共、吃驚した。

「うわッ!!ㅤテメェは金髪パッツン孫娘ッ!? いつのまにそんな所にいやがった!?」

「お黙りなさいッ!!ㅤこの不良気取り!!ㅤ私の心は今それどころではありませんのよッ!!

「は、はいッ! すんません・・・・・・」

 

ㅤこうして、春の大会は終わると同時に街に色を付けていた桜も散った。

ㅤそして……最後の夏がやってくるのだった。

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