実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第43話 野球が好き

『お前は野球が好きか?』

『お前に取って野球はなんだ?』

 

ㅤそれはまるで無垢な餓鬼が覚えたてのストレートを投げ付ける濁りのかけらもない透き通った何かを心に投げ付けられたような気がした。

ㅤ酷く濁った汚い上にドス黒さ纏う心を持つ俺の中へと、そのどストレートに投げ込まれた言葉はただ素直に慣れず皮肉れ、いつの間にか気持ちを隠すようになった俺をまるでハッキリと見透かしたようだった。

ㅤ核心に触れるかのように、何の関わりもない小波は同時に『お前は、本当は野球が好きじゃないのか?』と問いかけている様な気もした。

 

ㅤその言葉に俺は苛ついた。

ㅤドクンドクン、と胸の高鳴りは音を沈める事なく次第と脈を打つごとに『ドッドッドッ』と強く脈打ち、怒りは全身を駆け回り腹の底が凭れ気持ちが悪く吐き気がしそうだ。

ㅤ余りにもビルの建設工事の騒音みたいに止む事はなく騒めき、身体には耐えきれず、今すぐにでもどうにかなりそうで、その音は今の俺にとってはとても余りにも目障りで、どうしても喧しい……。

 

 

ㅤ小波球太……。

ㅤお前は一体何なんだ?

 

 

 

ㅤ気に食わねェ……。

 全くもって気に食わねェ……。

ㅤ貴様如きにその問いに返答などするつもりは微塵も無いが、頭にパッと直ぐに浮かんだ答えだけは教えてやっても良いが、それは俺の中で喰いちぎって消化してやる。

ㅤお前に答えるのは至ってシンプルな答えだ。

ㅤ俺にとって野球はやる度にチクチクと胸が痛むほど野球は嫌いで、ただの暇つぶしだと言う事だ。

 

 

 

 

 

 

ㅤ俺が野球を始めたのは、小学四年生の時だった。

ㅤたまたまクラスメイトに人数合わせの為に誘われた事がキッカケで始めた野球だったが割と楽しめていた。

ㅤ芝生を蹴け抜けて身体をダイブさせてグローブで掴んだボールの感覚も、豆ができて血が滲むほど投げ込んだボールも、素振りしたバットにボールを当てて飛ばす感覚も、強打者を相手に自分の全力を出して戦う事も、最初の内は楽しめたが、それは日を増すごとに楽しみは消え失せ、俺はウンザリしていた。

ㅤ周りの連中が圧倒的に弱い奴らばかりで、俺にはやっている事は『野球』では無く、そいつらは仲良しこよしでただ球遊びをしてるだけにしか見えなかったからだ。

ㅤそんな弱い連中に限って試合になると妙に張り切りやがる。打席に立ち、これ以上は無理と言わんばかりに見開き目をキラキラッと輝かせて野球を楽しんでいる姿は、俺には余りにも滑稽に見え、とてもイラつき、目障りで嫌いだった。

ㅤそんな野球にも嫌気が指した頃だった。

ㅤそれでも俺はマウンドに立ち続け腕を振り抜いた。

ㅤ野球は全員野球だ、と名も知れない誰かが言っていたのを聞いていたことがあるが、今となりゃ笑っちまう言葉だ。

ㅤこんなのが野球か?ㅤ違うだろ?

ㅤ投げては三振、打っては長打、キャッチャーは構えてただ俺が放り投げるボールを受け取り続ければいい、他の奴らは打球を捕るだけでいい、何もしなくても簡単に俺一人で勝ててしまうんだからな。

 

ㅤしかし、俺はある日、気に食わねえ事に名も知れない奴に打たれた挙句、打席でも完膚なきまでに抑えられた。

ㅤその試合、思い通りに行かなくなって相当頭にきていた俺は、そいつの次の打席で腹癒せにワザと頭部に目掛けてボールを投げ込んでやった。

『ドガッ!!』と鈍い音が一つ響くと、ヘルメットは意図も簡単に粉々に砕け散り、そいつはバッターボックス上でピクピクと痙攣して倒れていて動かなくなっていた。

「…………は、はははッ!!」

 

ㅤその時だ。

ㅤ俺の中で感情が揺れ動く。

 

(これだッ!ㅤ俺に足りなかったのはこれなんだ……これが欲しかったんだッ!)

 

ㅤ俺に今までの野球では感じれなかった。

ㅤ知らなかった。こんなにも相手にぶつける事でイライラが清々しい程に消えるのかと、それに対する楽しさ、弱い奴や気にくわない奴を苦しませて絶望へと追い詰める事への満足感はこの上なく最高に快感で、心地が良くもあり、今までに感じた事が無かった感情が初めて芽生えた。

ㅤそうさ、気に食わない奴なら潰せば良い。

ㅤその爛々と輝かせている目を今にも失いさせてやるッ!

ㅤこの俺にもっともっと、その絶望した眼を見せてくれ!

ㅤそれが俺の提示する野球だッ!

ㅤ文句を垂れるのなら打席に立ち今すぐバットを握れッ!

 俺の野球の前に有無を言わせずに潰してやるッ!

 

 

 

———。

 

 

「……」

ㅤ過去の断片が脳裏を過り、汗が垂れ落ちた。

ㅤ湧き上がる歓声が球場を彩り、スコアボードをドシンと力強く叩く一つの音でハッと我に返った。

ㅤ振り返ると、そこは恋恋高校に八点目となる数字が点灯していた。

ㅤ試合は九回表まで進んでいた。

ㅤ星にバックスクリーンへの特大のツーランホームランを打たれた後、小波を再びデッドボールで出塁させ度重なるラフプレーで追い詰めるも、盗塁を決められた後に突如ピッチングが乱れ始めた。後者に連続ヒット、そして再び星の打席を迎えて、今日の試合二本目となるホームランを今度はレフトスタンドへと追加点を許し試合は、八対三で恋恋高校が五点のリードを取っていた。

 

ㅤ何故だ?ㅤ何故だッ!!ㅤ何故だッ!!! 何故だッ!!!!!

ㅤ何故、俺が打たれる。どうして俺の『ドライブ・ドロップ』が打たれるんだ……!?ㅤ

ㅤそんな筈は無いんだ!

ㅤ此奴ら雑魚如きに打たれるほど、そんな柔じゃ無いはずなんだッ!ㅤ俺の球は!ㅤクソッタレがッ!

 

ㅤ焦る気持ちと同時に、この上無い怒りが込み上げて来た。

ㅤ屈辱的な痛みが胸の奥にズキズキと悲鳴を上げてくるが、同時に小波の『お前は野球が好きか?』との声も頭の中で交差している。

 

ㅤ——五月蝿ェッ!ㅤ黙りやがれッ!ㅤ消えろ!ㅤ今すぐ俺の中から消えろッ!

ㅤ振り払おうとも身体の中で巡る巡り訴えかけてくる問いにどうにかなりそうな位だ。

 

「四番ㅤファーストㅤ小波くん」

 

 

「全く見てらんねえぜ、浩平の野郎」

ㅤ今日の試合、先制のツーランホームランを放ち追加点となるスリーランホームランと今日の試合で五打点の活躍を見せた星は五打席目はサードゴロに打ち取られ既にベンチへと引き返していた。

ㅤ九回表、ツーアウト。右打席に立った小波を見送った後、マウンド方面に視線を変えながら呟いた。哀れむ様なその表情は何処か残念そうでもある。

「浩平の野郎……自分を見失いかけてやがる。小波に的を絞って潰そうとしたのが仇になったな」

「悪道くんが自分を見失ってるってどういう事でやんすか?」

ㅤ矢部の問いに、星は一瞬口を閉じる。

ㅤ少し間を開けて、また口を開けた。

「まァ……自分の気持ちに素直になれないって事だ。ラフプレーを好んで極悪非道を貫いて来たからこそ、今となって引き返せない所まで来ちまったんだって浩平自身がもう気付いちまったんだろうな……」

ㅤ目を凝らし、マウンドを見つめる星。

「何もかも手遅れだったけどな」と小さく零した。

 

 

ㅤ五打席目。

ㅤここまで真面な勝負はさせてもらっていない。四つの死球を喰らわされてる。身体の彼方此方と痛んでやがる。

ㅤ覚悟を決め足場を固めてバットを握りしめたその初球だった。

 

ㅤ——ズバァァァン!!

 

「ボール!」

ㅤ悪道が投じてきたストレートはインコースのボールゾーンだった。

ㅤ僅かに手元が狂ったのか、それともデッドボール狙いじゃなくなったのか、どちらにせよ今の気迫の篭ったストレートには、先程まで感じていた悍ましい違和感はすっかり消えている代わりに何処か焦燥しているような何かを感じられた。

ㅤこれなら、叩くなら今だろう。

ㅤそうなれば此方も遠慮はしない。何にせよここまで満足にバットなんか振ってねえんだからな!ㅤ全身全霊掛けて打たせてもらうぜ。

ㅤ——来いッ!ㅤ悪道浩平!

 

ㅤそして、二球目。

ㅤ今度もストレートだ。前のボールとは異なる更にノビを増した勢いのあるボールでアウトローへと突き刺さった。力のある良い球だった。今の球は全く手が出せなかった。

 

「タイムッ!!」

ㅤワンストライク、ワンボールからキャッチャーの犀川がタイムを取りマウンドへ向かう。

「どうした、浩平。目的は小波を潰すんじゃ無かったのか?」

「…………」

「浩平ッ!!」

「あン?ㅤ五月蝿ェよ!ㅤお前に言われなくともそんな事は解ってやがる!!」

ㅤ見るからに焦っていた。犀川はこんな何かに怯えている悪道を見るのは初めてだった。

ㅤ悪道の絶対的切り札である"ドライブ・ドロップ"をホームランに打ち砕かれた事でちょっとした余裕すら持てなくなっていたのだ。

「気に入らねェ……何もかも気に入らねェんだよ!! 小波のあの眼……この俺が必ず潰してやるッ!」

「落ち着けッ!ㅤ浩平ッ!」

ㅤデッドボールにラフプレーと身体に相当のダメージを与えても尚、変わらぬ強い眼差しで立ちはだかる小波に対して悪道にはやや恐怖心が芽生え始めていた。

「何故、倒れねェ……。どうしてまだ立ちやがる!」

ㅤどうしてなんだ……!?ㅤ

 

 

 

 

「底が知れたな。どうやら次の対戦相手は恋恋高校と当たる様だ」

ㅤ三塁側のスタンドからマウンドに立ちつくし気力さえも薄れた悪道を見つめて、球八高校の滝本が呟いた。

「相手を潰すだけに満足する様になった野球なんて、野球じゃない。その事も彼も改めて知ることが出来たんじゃないか?」

ㅤ矢中智紀は、打席に立つ小波を眺めていた。

「ああ、そうだな。だとしても浩平はもう二度とユニフォームに袖は通さないだろうな」

「……そうか。それは残念だね。彼の投げる変化球には同じピッチャーとして少し興味があったんだけど」

「踏み間違えた結果に待ち受けてる当然の罰だ」と言葉を切り捨てる。

「あはは、ずいぶん手厳しいんだね、雄二は」

「ふっ、例え『俺』でもそうしたさ。もしかしたら俺も浩平の様になっていたかも知れないしな」

ㅤ目を閉じて過去を振り返る。

ㅤ滝本雄二にも思い当たる節がある様だ。

「いいや、そんな事はないさ。過去に何があったって、雄二に野球は嫌いになれないさ。それは俺が一番良く知ってるよ」

「智紀……。あぁ、そうだな」

「おーい!ㅤ智紀、雄二!ㅤそろそろ練習しに学校に戻ろうぜ!」

ㅤ中野渡が痺れを切らし、声をかける。その声に返答を返して二人は腰を上げて、球八高校の四人は球場から姿を消した。

「次の試合、楽しみにしているよ。あおい、そして……恋恋高校」

 

 

 

ㅤキィィィィン!

ㅤ鋭いストレートがアウトコース高めに投げ込まれバットを振り抜くが後ろに飛んでファールとなった。これで七球目のファール。

ㅤここに来て、今日一のストレート。中々、前には飛ばない。

ㅤもう既にデッドボール狙いでは無くなっていた。カウントはツーストライク、スリーボール。

ㅤ悪道の球数は今の球で百三十球を超えた。スタミナも底を尽きかけ、一球一球の間が空くようになっていた。

 

(クソッタレがァ!! 何故、お前は倒れねェ!ㅤなんで俺の野球を否定する様に眼を輝かせて立ってやがる!)

ㅤ思い込めてボールを振り投げる。

ㅤ百四十八キロのストレートはまたしても小波によってカットされる。

(俺の野球は目の前の奴を"潰し"そいつの夢を"壊す"……それしかないんだ。勝ち負けよりも潰すことが何よりの快感なんだッ!)

ㅤ投じても投じても、そのボールは意図も簡単にバットに当てられる。

 

「ふぅ……」

ㅤ無駄だぜ、悪道。

ㅤ俺は簡単に倒れる事なんて出来ねえんだ。

ㅤお前が俺を潰し、壊す事なんて出来やしねえんだよ。

ㅤ俺の野球にお前の野球は通じない。

ㅤそれにここで潰れる訳には行かねえんだ。

ㅤまだ先を見たいからな……。

 忘れちまってるなら思い出させてやる。

ㅤ思い出せ……お前が好きな本当の野球を!

 

 

 

ㅤ——キィィィィン!

 

ㅤ——キィィィィン!

 

 

 

ㅤ小波に対して十三球目を投げ込んだ。

ㅤしぶとい奴め……いい加減倒れやがれ。

ㅤお前は絶対、この俺がキッチリと三振に仕留めてやるッ!

ㅤパシッ!

「…………チッ」

ㅤ犀川からボールを受け取った時、ふと思った。

「いや、ちょっと待て。俺は……一体何をやってるんだ?」……と。

 

ㅤどうして俺は、小波に危険球を投げない。

 

ㅤどうして俺は、小波にストレートばかり投げている?

 

ㅤどうして俺は、小波を自分のピッチングで抑え込もうとしている?

 

ㅤどうして俺は、ムカついているのにこんなにも楽しそうな顔をしているんだ?

 

 

「痛ッ……」

ㅤ突然の痛みに怯み、ボールを見る。そこには指先の豆が潰れ血が付着していた。

ㅤじわっと染みる痛みに懐かしさを感じた。

ㅤああ……そうか。

 そういうことか……。

ㅤ勝手に野球を詰まらなくしたのは周りの連中のせいではなく、この俺自身だったって事か……長らく楽しむ事を忘れていたせいか、この楽しさには随分と久しぶりだと感じる。

ㅤ小波……。

ㅤ喰いちぎって消化した本当の気持ちを吐き出して、この球に込めて投げてやるぜ。

ㅤだから……これで最後の全力の一球だ。

 

ㅤ——ゾワゾワ。

「——ッ!!」

ㅤ来る!ㅤ悪道の本気が……。

ㅤ脚を上げ、振りかぶった瞬間に俺はすぐさま感じた。

ㅤ全てを振り抜き絞りますかの様に今までに無い球が来ると、感じ取った。

ㅤなら、このバットで受け取ってやる!

ㅤガシッと踏み込む。

ㅤ放り込まれたのは悪道の渾身の"ドライブ・ドロップ"だった。

ㅤ頭を目掛けて緩やかな放物線を描いてアウトコース低めへと落ちて行く。

ㅤ予感通り。この球には悪道の気持ちが全て篭っていると言い切れる。キレも凄まじい、いいボールだ。

 

ㅤ小波はバットを振り抜き、快音が轟くと高々と打ち上がった打球を悪道はずっと見つめていた。

ㅤ青空を何処までも飛んで行く飛行機の姿が見えなくなるまで眺めるようにずっと見つめていた。

「チッ……。楽しみから目を背けは逃げ……挙句に皮肉れたこの俺の負けだ。何処までも飛んでいけコンチクショウ!」

 

ㅤ推測百四十メートル弾となった小波のソロホームランによって完璧に沈められた極亜久高校は恋恋高校に十対三の七点差をつけられて、見事に恋恋高校は一回戦を突破する事となった。

 

 

 

 

 

 

「一回戦突破だァァァァーー!ㅤオラァァァァァーー!」

ㅤ試合を終えた後、球場の前で今日の反省点と次に備えての軽いミーティングを行った。

ㅤ今日五打点とチーム一番の活躍を見せた星はいつになく上機嫌だった。

「見たかテメェら!ㅤこれが俺の実力だ!」

「今日の星くん、カッコよかったでやんす!」

ㅤ目をキラキラ輝かせて矢部くんが星に尊敬の眼差しを送る。他の部員たちは「また始まったか」と冷ややかな視線を早川に湿布を身体中に貼って貰いながら見つめる。

「ったく。気楽で良いよな。俺なんかあっちこっち……イテテ!」

「ごめん!ㅤ球太くん!」

ㅤ極亜久高校との戦いでデッドボールにラフプレーの打撲の傷が無数にあると言うのに……。まるで少年漫画の主人公のようだ。

ㅤまぁ、今日くらいは許してやるとするか。

 たまには頼りになるじゃねえか星のやつ。

「次は……球八高校と戦うんだね。ボク、次の試合で投げるのが楽しみだよ」

「ああ……そっか。そう言えば球八には早川の幼馴染の矢中智紀が居るんだったな」

ㅤ次の相手は球八高校。そのエースである矢中智紀は早川同様アンダースロー投法を用いるピッチャーだ。

ㅤ前回の練習試合は途中で雨によって中断したが、正直言えばかなりの難敵だろう……。

ㅤ意外にも同世代のピッチャーの中で猪狩、太郎丸に次いで三番目となる奪三振数を誇る矢中智紀だ。そう簡単に打てるとは限らない。

ㅤただ不安なのは矢中もアンダースローという点だ。言わなくても分かるほど、早川対策は万全という事になるな。

ㅤでも大丈夫だ。早川の"アレ"はほぼ完成している。試合の中で如何に発揮するかはまだ未知数ではあるが、向こうもそう簡単に打てるほどの球じゃないのは保証済みだ。

「さてと、そろそろ帰るとするか。明後日の球八高校戦に向けて今日は此処でお開……」

ㅤ腰を上げてこれから帰るようにと、促そうとした時だ。俺は言葉を切った。

ㅤその理由は目の前に、極亜久高校の悪道浩平が立っていたのだ。

「浩平ッ!ㅤなんでテメェが此処に!」

「負けた腹癒せにきたでやんすか!?」

「フン、馬鹿が……。テメェらのような雑魚に今更興味なんて言う感情なんざ持ち合わせてはいねェぜ」

ㅤコツコツと脚を進める。

ㅤふてぶてしく大股で歩き、その脚は俺の真ん前で止まった。

ㅤギザギザと欠ける歯をギリギリと噛み締めて鋭い眼光は俺を捉えていた。

「小波ィ……テメェ俺たちに勝てたからって良い気になるなよ?ㅤテメェさえ潰せれば俺はそれで良かったんだッ!!」

「ああ、そいつは悪かったな。でも、これで俺は生半可な事じゃそう簡単に倒れはしねえってことは分かっただろ?」

「生半可か……随分と好き勝手に言ってくれるじゃねェか」

「でも最後の打席は楽しかっただろ? 悪道!」

ㅤ俺は握手を求めて手を差し伸ばした。

「……これはなんの真似だ?」

「見てわかるだろ?ㅤ握手じゃねえか!ㅤそれにお前も本当は野球が好きだったんだな!」

「アァ?ㅤこの俺が野球を?ㅤ馬鹿にすンじゃねェ!ㅤいいかッ! 俺が此処に来た理由は、次の試合はテメェらはボロ負けして華々しく夢でも散らせって言いに来ただけだッ!!」

ㅤ俺の差し伸べた手には触れる事なく、歯をギリギリと噛み締めた悪道。

「もう二度と野球はやらねェ!!」と怒鳴り散らして踵を返し、この場から立ち去ろうとした時だった。

ㅤ星が声を張り上げて叫んだ。

「おい、浩平ッ!!ㅤお前のような素直になれねェ捻くれ者の大馬鹿者に言ってもしょうがねェかもしれねえけどよォ!ㅤたまには俺たちとキャッチボールくらいしようぜ!」

「そうでやんす!ㅤまた一緒に野球をやろうでやんす!」

ㅤ星と矢部くんの叫びは届いたのか、届かなかったのかは知る由も無いが、此方を振り返り立ち止まる事なく悪道は立ち去って行ってしまった。

「シカトかよ!」

「悪道くん……これからどうするんでやんすかね?」

「うっせ!ㅤ知るかッ! そんなもん!ㅤどうせまた野球から離れて不良青年に戻るんじゃねェのか?」

ㅤ元チームメイトの二人も悪道のことを気にかけているようで、その表情も何処か寂しそうにも思えた。

ㅤいいや、あいつは野球から離れないさ。

ㅤ最後の打席、悪道浩平の投げたボールには隠していた本当の気持ちが篭っていたんだからな。

ㅤ野球の楽しみを見間違えて踏み外して殺してしまった感情は、身体の何処かで覚えていて結局、最初に覚えた感覚を取り戻せることが出来たんだ。

ㅤ『野球が好き』と言う思いをアイツも改めて知ることが出来たんだから、いつかアイツはまた再びマウンドに立って、腕を振り抜くだろう。

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