実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第51話 ダイジョーブ博士

 無邪気な青色。

 まるで子供が、画用紙いっぱいに使い、無邪気に絵の具で染め上げた様な青空が広がっていた。

 街の中に、脚を止めた一つの影。

 青年、高柳春海は、雲一つない空をただただジッと見つめていた。

 ふわりと吹いた微かなビル風が、毛先を撫でた。

くらまるで、誰かの指先で優しく撫でられたかの様に、揺れる。

 余りにも優しい風だった為か、春海の瞳は思わず暖かい何かで、目の前が霞んでしまった。

 危うく目尻から暖かい雫が溢れそうになったが、意地なのか、堪える様に、ふと目をギュッと閉じる。

 すると、脳裏の奥底に焼き付いた先程の景色が鮮明に流れ始めたのだった。

 

 

 

 それは、数時間前に行われた予選大会三回戦である恋恋高校との試合。

 勝てばベスト八が決まる意地と意地のぶつかり合いは、今大会一番と言える乱打戦となり、両チーム、九対九の同点で迎えた七回裏のきらめき高校の攻撃の事だった。

 中学二年の中体連全国大会の決勝戦以来、約四年振りにマウンドに上がった小波球太が、打席で構え待ちをしていた自分に対して投じた初球のあの球が、どうしても忘れられずにいた。

 

 

『これが"ノースピン・ファストボール"だッ!!』

 小波の気迫の言葉。

『行くぞッ!! 春海ッ!!!』

『来いッ!! 球太ッ!!!』

 其の右腕から放たれたボールに、高柳春海は集中した眼でボールを捉えた。

 速球は、およそ百四十キロ後半は出ているストレート。

 一見、何の変哲も無い球。

 しかし・・・・・・、向かってきた球は、ただのストレートでは無かったのだ。

 集中を途切らすこと無く、目を凝らす。

 それは、次第にハッキリと、両の目が映し出した。

『なんだ——、この球はッ!!』

 ビリっと衝撃と言う名の雷が、身体を貫ぬくような感覚を受ける程、春海は自分の目を疑った。

 そのストレートは、よく見て見ると、無回転だった。

『——なンだァ!! この球ッ!!』

 思わずキャッチャーの星もビックリ声を上げるほどだった。

 そう、小波が投げたストレートは、回転が一切、掛かっていなかったのだ。

 呆気に取られ、驚いて声を上げた春海だったが、タイミングはバッチリと合わせてバットを振り抜いた。

 

 ——キィィィィン!!

 

 気持ち良い快音と感覚が全身に広がった。

 手応えの感じからして、ストレートはバットの真芯で捉えた。

 この打球は、左中間を真っ二つと破る長打になる、と予想した。

 

 ——だが。

 

『ぐっ!!!』

 

 真芯で捉えた感覚とは裏腹に、打球は虚しくも弱々しいゴロとなり、小波の前に点々と転がって行った。

 打った春海は、その場から一歩も動く事は出来ずに、ただ、バッターボックス上で膝を曲げ、左手を庇って、立ち止まっていた。

 小波は軽快に捌いて、一塁に送球して、十四球も粘った春海の打席は終わりを告げた。

 

 そして、遂に両チームの決着が着いた。

 春海が倒れ、後続の五番打者の広瀬が立ち向かったが、小波の前に、ノビのあるストレートとキレの鋭い変化球で翻弄され、結局、誰一人バットに掠るモノは居なく、反撃の狼煙を上げる事は出来ず、無得点のまま八回の裏のきらめき高校の攻撃が終了した。

 九回表の恋恋高校の攻撃時、ここまで一人で投げ抜いて来たエースの具志堅に、とうとう限界が訪れてしまう。

 三番打者の星、四番の小波、五番の山吹が連続四球で出塁し、ノーアウト満塁のチャンスの場面で六番の海野に打席が回った。

 ツーストライク、スリーボールからの六球目のことだった。

 放り込まれたアウトローいっぱいのストレートを打ち返され、左中間を破る決勝点を掴み取る走者一掃のタイムリーツーベースを放ち、十二対九と突き放したのだ。

 九回裏、小波がマウンドに上がり、打者三人を相手に九球、三奪三振で、先攻の恋恋高校に軍配が上がった。

 

 ポタリ、ポタリ・・・・・・。と雫が溢れる。

 これは、夏の暑さで流れた汗では無い。

 高校球児である自分達の最期の夏の終わりを告げる涙だと言うことは、春海はとうに知っていた。

 春海は、立ち止めた脚を再び進めて帰路を歩み始めた。

 人混みが、行き交う街を涙を隠すようにやや俯き加減で歩く。

 普段は歩き慣れた道、しかし、その足取りは重い。

 二十分くらい歩いただろうか・・・・・・。

 繁華街を抜ける為、歩き続けると、自然に囲まれ、随分と見慣れた、生まれた街である頑張市の少し外れに位置するパワフル商店街に着いた。

 もうすぐ、家に着く。

 春海は、先程、涙を流して赤く腫れた目元をハンカチで拭って、実家である『パワフルレストラン』を目指して歩き出そうとした時だった。

「——め、目良先輩ッ!!」

 思わず脚が止まった。

 春海の目の前に、先輩である舘野彰正と目良浩輔、そして、実姉の高柳千波が家の前で立っていたのだ。

「おッ! ようやく帰ってきやがった。よォ、お前の帰りを待ってンだぜ!  春海ッ!!」

 最初は、目良が手を挙げて名前を呼んだ。

「ご苦労様だったな、春海」

 舘野が続き、

「良く頑張ったね! 春海」

 千波は目に光る雫を浮かべ、春海に歩み寄ってギュッと強く抱きしめた。

 気丈にも涙を流すのを見せずにいたが、全身は小刻みに震えていた。

「姉さん・・・・・・、目良先輩、館野先輩・・・・・・ゴメンなさい」

「ううん、何を謝るのよ。春海は、良く頑張ったよ!」

「そうかな・・・・・・俺は、頑張れたのかな? 結局、俺は球太に勝てなかったし、それに目良先輩達を甲子園に連れ行くことが出来なかったんだ」

 グッと拳を握る。

 悔しさに耐えるように唇を噛み締めた。

「そんな事ねェさ! 春海! お前は充分に頑張った。甲子園に行けた行けないより、俺はお前が俺たちの分まで、甲子園を目指して来たって言うその心意気に万感の拍手を送りたい気分だぜ!」

「目良先輩・・・・・・」

「ああ、浩輔の言う通りだ。負けたらって俺たちはお前を責めはしないぞ? お前は良くやったよ」

「うん! そうだよ! 春海」

「・・・・・・ありがとうございます。もう、終わったんですね。俺の高校野球は・・・・・・」

 堪えていた涙が頬を伝った。

 三人の前では決して流さないと決めていた涙は、暖かさが包まれていた。

「高校野球は、な。でも、まだお前の野球人生は、こんな所で終わらねェだろ?」

 俯いた春海の肩に、優しく手を置く目良。

「・・・・・・はい! 勿論です!」

「・・・・・・」

 そこから約十秒ほど、変な間が空いた。

 沈黙を破る様に、目良が口を開いた。

「だったらよォ? 春海、もし良かったら俺たちの居るイレブン工科大学に来ないか?」

「えっ!?」

「今日の試合観てたらさ、なんか、お前とまた野球がやりたくなって来てな!」

 ニヤリと笑みを浮かぶ目良、その後ろで舘野と千波も笑っていた。

「でも、お前が進みたい道があるって言うんなら、別に断っても構わねェ。考えといてくれねェか?」

「・・・・・・の、言わなくても・・・・・・決まってるじゃあないですか!」

「あん? 何言ってるか分からねェぜ?」

「そんなの! 決まってます!!」

 ポタリ、ポタリと溢れる涙。

 ずっと、ずっと決めていた道が、春海の中にあったのだ。

 それは、去年の山の宮高校の敗北。

 目の前に立つ目良達を甲子園に連れて行く事が出来なかったあの日から、いつか大舞台にこの人を連れて行くと心に決めていた。

 そう、答えは一つ。

「俺も、また、目良先輩達と一緒に、野球がやりたいです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 身体が重い。

 なるで鉛を背負っているかの様な重さだった。

 最後に見た記憶が、薄っすらと過ぎるが、果たして、それが現実だったのかはたまた夢なのか、区別が付かないほど、意識が薄い。

 それでも確かに、現実だったと言う事が分かる事が一つだけあった。

 遠ざかる意識の中、聞こえた言葉、彼が最後に呟いた『また、後で』だけは、ずっと早川あおいの頭の中に残っていたのだった。

 

 

「・・・・・・う〜ん。あれ? ここは?」

 一体、どれくらい、目を閉じていたのだろうか。

 漸く開き、薄ら眼で映ったのは、カーテンの隙間から溢れる陽の光は、既に橙色に染まった医務室の天井だった。

「そっか・・・・・・ボク、倒れたんだ」

 今までの事を一瞬にして、思い出した早川は、不意にキュッと胸を絞ったように悲しみが押し寄せて、唇を噛み締めた。

 大事な試合、息巻いてマウンドに上がったものの、たった数球で倒れた自分の不甲斐なさと、チームメイトに迷惑をかけたと言う罪悪感が、目に涙を溜めさせる。

 泣いちゃダメだ。

 だが、早川はグッと堪える。

 窓の隙間風がびゅわーっと吹き黄緑色の髪を靡かせた時、ふと、早川はハッと何かに気づいたのか、重たい身体を起き上がらせ、辺りをキョロキョロと見渡した。

 そう、辺りは橙色に染まっていたのだ。

 恐らく、既に十七時は過ぎていて、行われていたきらめき高校との試合はとっくに終わっている時間帯だった。

 ドックン、ドックンと胸の鼓動が段々と上がって行くに連れ、同時に血の気が引いた。

 試合はどうなったのだろうか?

 もしかして・・・・・・負けてしまったのか?

 それはきっと・・・・・・ボクのせいだ。

 不安が押し寄せる中、無意識に布団に被さった足元へと目を向けると、そこに一人の青年がパイプ椅子に腰を据えて、カクンカクンと首を揺らしながら眠っていた。

 黒髪が彼方此方にピョンピョンと跳ね上がった毛先、特徴的な癖毛頭に見覚えがあった。

「球太・・・・・・くん?」

 目を見開いて、ポツリと出た名前。

 そこに眠っていたのは、小波球太だった。

 いつもの様に、小さな寝息を立て、優しさがある無垢の少年のような安らかな寝顔を覗かせていた。

「ん? ああ・・・・・・早川。起きたのか?」

 眠気眼を軽めに擦りながら、大欠伸を一つ吐いた。

「ねえ、球太くん!! し、試合は!? どうなったの?」

 早川が気になって仕方がなかった質問を投げかける。

「落ち着けって! 安心しろ、早川。大丈夫だ。春海に・・・・・・いや、きらめき高校に勝ったよ」

「ほ・・・・・・本当に!? よ、良かった・・・。もし、負けてたらって思ったら、ボク・・・・・・」

「何言ってんだよ。あの時に言ったろ? 後は、俺たちに任せとけって」

「あははは。まあ、確かにそんな事言ってたね」

 安堵の表情を浮かべる。

 早川はホッと息を吐いた後、少し神妙な顔つきで問いかけた。

「もしかして・・・・・・ボク倒れた後ってキミが投げたの?」

「え? ああ・・・・・・まあな」

 早川の問いに、歯切れの悪い返答が返ってきた。

 自分が倒れた後、小波がマウンドに上がるだろうと確信していたのだ。

「肘は・・・・・・? 痛みは? ない?」

「全然。今のところ痛みはないな。毎日、何十球と投げ込みはしていたし平気だよ」

「なら、良いんだけど・・・・・・。そう言えば、今此処に居るのって球太くんだけなの?」

 早川は、医務室に小波の姿しか見えなかった事を疑問に思っていたらしい。

「いや、さっきまで皆居たんだけど、余りに誰かさんがグッスリ寝てるもんで、安心して帰っちまったよ。俺は、お前が起きるまで待ってるつまりだったんだけど・・・・・・」

「成る程ね。キミもついつい寝ちゃったと言うわけ?」

「どうも。そうらしいな」

「あはは。なんか、球太くんらしいね」

「らしいってなんだよ! ったく、熱も下がってるみたいだし、そろそろ帰るぞ」

「う、うん!」

 小波は、眉間に皺を寄せて、やや困惑した表情で立ち上がり、野球道具が詰まったバッグパックを背負うと、ピンク色のアコーディオンカーテンを閉めて早川が制服に着替え終わるのを待つことにした。

 

 

 その帰り道の事だった。

 すっかり日が暮れる帰り道、星が燦爛と夜空に彩りを添える空の下を二人並んで歩いている。

「ねえ、球太くん」

「なんだ?」

「あの・・・・・・今日は、ありがとう」

「・・・・・・?」

「なんで無言なの!?」

「いや、いきなりなんだよ。ありがとうって、何に対してだ?」

「何にって・・・・・・今日の試合の事! ボクの代わりに投げてくれた事に感謝してるの!」

「ああ・・・・・・、それのことね」

 小波はクスリと笑って、並んで歩いていた早川の前を歩く。

 少しムッと両頬を膨らませる早川。

「別に感謝なんてしなくても大丈夫だ。俺たちはチームメイトなんだし、助け合いなんて、そんなのは当たり前の事だろ?」

「それは、そうだけど・・・・・・。でも、キミの場合は、無茶しかねないでしょ? ボクの試合出場を認めさせる署名集めだって、球太くんが勝手にやり始めてたし」

「あれ? そうだったっけ?」

 ニヤっとイタズラに微笑み返す。

「それに、キミには肘のことだってあるんだから・・・・・・少しは意識はしてた方が・・・」

「なんだ、心配してくてんのか?」

「あ、当たり前でしょ!」

「ははは、ありがとな」

 人がこんなにも心配しているのに、なぜこの人は、いつも、こんなにも余裕で居られるのだろうと、早川は不思議に思った。

 そして、不思議に思ったと同時に、ずっと聞きたかった事を思い出す。

「あ、そうそう。球太くんの『夢』って、今まで聞いたこと無かったんだけど」

「夢? それは随分と唐突な質問だな」

「どうしても知りたかったんだけど、タイミングが合わなくて聞きそびれてたよ」

「聞きそびれるような質問なら、別に興味なんてないんじゃないのか?」

「揶揄わないでよ! それで? キミの夢がなんなのか早く教えてよ!」

「そう、ガッツクなって! それより、そう言うお前は? 夢はないのか?」

「え? ボク? ボクはね・・・・・・あるよ!」

「へえ〜。なんだよ。言ってみろよ」

「えへへ、今まで考えた事なんて無かったんだけど・・・・・・プロ野球選手かな?」

「お、良いじゃねえか」

「もしね、ボクがプロになれたら、きっとボクみたいな女の子と言う色眼鏡で見られる事が少しは無くなるんじゃないかなって思うんだ」

 早川の頬の頬は、赤みを帯びていた。

「それに、ボクはそう言う子達に勇気や元気とか、野球を知らない子達に、野球って言うスポーツは、こんなにも楽しいんだぞって伝えたいんだ。・・・・・・いや、伝えたいな」

 すると、小波は足をピタリと止めた。

「・・・・・・そうか」

「でも、今のボクの実力じゃ、まだまだだから、厳しいのは分かってるんだけどね」

「いいや、そんな事ないさ。・・・・・・早川」

「うん?」

「・・・・・・その夢、叶うといいな!」

「うん! これからも頑張んなきゃね!」

 そのまま、二人は夜の帰り道を歩いていった。二人の手は、自然に繋がっていた。

 小波の夢は聞けずじまいなまま、恋恋高校は予選大会四回戦であるパワフル高校との試合を迎える。

 

 

 

 

 早川と別れた後のこと。

 小波の携帯に一通のメールが届いていた。

 宛先は高柳春海からで、『今から会えないか』と言う内容だった。

 待ち合わせ場所は、春海の実家であるパワフルレストランへと向かった。

 家から自転車で十分もかからず、小波はカランと鈴が鳴るドアを開けて店内に入ると、店自体は既に営業が終わっている為、一番奥の六人掛けの椅子に春海だけが座っていた。

 

「よっ、春海」

「やあ、球太。お疲れ様、疲れてる所呼び出して悪かったね」

「いいや、別に、疲れてんのはお互い様だしな」

 テーブル席に腰を降ろす。

 春海の表情は、今日の試合で負けたから暗いと思っていたが、対照的に明るくて、清々しい表情をしていた。

「それで? 呼び出した理由ってのはなんなんだ?」

「球太、お前なら呼ばれた理由くらいとっくに気付いてる筈だろ?」

 流石、小学校からの幼馴染の事だけあって小波の考えはお見通しだった。

「"ノースピン・ファストボール"のことなら、アレはお前が体感した通り、無回転の重たいストレートだ」

「やっぱりな。真芯で捉えたつもりだったんだけど・・・・・・それにしても、球太の『三種のストレート』には驚かされたよ。出来るなら残り二つも見せて貰いたいくらいだよ」

「そんな事なら、いつだって相手になってやるよ。でも、時間は限られてるけどな」

「えっ? それはどう言う意味だ?」

「あ、いや・・・・・・今のはただの独り言だ。何でもない」

 小波は、慌てて首を横に振って、春海が用意してくれていた烏龍茶を喉へと流し込む。

「球太。次は、舞ちゃんの居るパワフル高校と試合だな」

「ああ、もちろん勝つさ。そして、太郎丸にも猪狩にも勝って甲子園に行ってやるさ」

「応援するよ。俺たちの分まで、頑張って来い!」

 二人はグッと握手を交わす。

 春海の悔しさの分も小波は受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町外れに廃れた一棟ビルがあった。

 数十年間、人が気軽に出入り出来ない様な不気味なビルの地下の一室に、怪しげな影が二つあった。

 蜘蛛の巣が張り巡らされてる八畳程の部屋に診察台が一つ、メスや鉗子、注射器などの医療器具が多数、彼方此方と床に散乱していた。

 その部屋の中にそぐわない。目を閉じても網膜に焼きつく橙色の艶やかな長髪に、白衣を纏った女性・・・・・・恋恋高校野球部の顧問を務める加藤理香がそこにいた。

「ここ最近見ないと思ったら、何処で何をしてたのかしら? 後、研究所に戻ってたのなら、連絡一つ寄越してちょうだい」

 加藤理香は、困惑した表情を浮かべ——。

「ダイジョーブ博士」

 その名前を呼んだ。

 そして、もう一つの影は、大きめな診察椅子をクルッと回転させた。

「そーりー、そーりー。チョットシタ実験ヲシテタデース」

 頭のトップにたった一本だけの髪、後は禿げ上がり、ハチまわりはもっさりと白い髪が生え揃い、丸い瓶底眼鏡をかけた怪しい中年男性が、片言で話ながら不敵な笑みを浮かべていた。

「はぁ〜」

 それとは、対照的に加藤理香はため息を漏らした。

「また何処かで、対象外の一般人を人体実験とかされると困るのよ。四年前の小波球太くんみたいにね。すっかり『起きた事』の前後の記憶は消失してるけど」

「小波球太・・・・・・? コナミキュウタ。アーアノ少年ノコトデスネ! 覚エテマス! ソウ言エバ、今日ノ試合二出テマシタ!」

「え? 博士。まさか、今日の試合を見に来てたの!?」

「ハーイ。げどークント一緒二。途中デ投ゲ始メタ少年二見覚エガアリマシタ」

「・・・・・・」

「イヤ〜。スッカリ良クナッテマシタネ。デモ、彼ニハ残念ナ事ヲシテシマイマシタ」

 ダイジョーブ博士が放った言葉に、思わず加藤理香は首を傾げる。

 良くなったと言っておきながら、残念な事をしてしまった。と、言う言葉が妙に引っかかったのだろう。

「・・・・・・残念って、それはどう言う意味かしら」

「彼ノ肘ヲ治シタ時、手違イデ、着イテシマッタノデース」

「な、何を?」

「肩二爆弾デース。ソレモ、選手生命ヲ断ッテシマウ程ノ大キナ爆弾ヲ」

「——ッ!?」

 言葉を聞いた加藤理香は、驚き、言葉を失った。

「医学ノ進歩、発展ノタメニハ犠牲ガツキモノデース・・・・・・」

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