実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第55話 麻生

 日差しが上着を突き抜けて直に肌へと食い込みかのように炎天下の中、今まさに行われている準々決勝まで勝ち進んだ恋恋高校対パワフル高校の試合は、中盤の六回まで進み、六回裏の恋恋高校の攻撃が始っていた。

 既に、ワンナウト。

 小波は七番打者の御影が空振り三振に打ち取られたのを確認して、ツーアウトとなると、ベンチからゆっくりと腰を上げ、帽子を深く被り直し、バックスクリーンに並べられたスコアをジッと見つめていた。

 

 パ 000220

 恋 10000

 

 湧き上がる大歓声。

 在校生が観戦しに集まったパワフル高校のチームカラーである真っ赤に染まった三塁側スタンドでは、その勢いを止めまいと声を更に張り上げる。

 スコアは見てみれば、四対一。

 パワフル高校が三点をリードしていた。

 初回、恋恋高校は先頭打者の矢部のツーベースからチャンスを作り、ワンナウト二塁の場面でチャンスに滅法強い三番打者である星がタイムリーツーベースヒットで先制点を取った。

 幸先のいい展開を切り開けた恋恋高校だったが、対するパワフル高校のエースである麻生は屈せずに右腕を振るい上げる。

 悔しさからか、ギュッと握り拳を作る小波。

 頭の中で、一打席目の事を思い出していた。

 星のタイムリーを浴びた直後、麻生の雰囲気はガラッと変わり、小波に投じた全三球は全て鋭い切れ味のいいストレートだった。

 だが、その三球とも小波のバットに掠ることは無く三振に討ち取られる。

 二打席目も同様。

 右腕から放たれるストレートに手も足も出せずに倒れしまい、それ以降はフォアボールは五つ出ているものの麻生相手に完璧に抑え込まれしまっているのだ。

 対する恋恋高校の先発である早川あおいは立ち上がりこそは、完璧に近いピッチングをしていたのだが、試合が動いたのは四回表だった。

 ワンナウトランナーなしの場面で五番打者である戸井に初球のストレートをレフトスタンドへと運ばれる同点弾を浴びると、そこから早川の調子が狂い始めてしまう。

 フォアボールとチームのエラーを重ね、五回が終わる頃にはパワフル高校は四点を奪い取っていた。

「どう言う訳か知らねェが、今日の麻生は今までとは一味違ェ様だな。チームは最初の矢部と俺の一打席目のヒットの二安打のみ・・・・・・こりゃ完璧に抑えられちまってるな」

 チッと舌打ちを鳴らし、プロテクターを着用しながら星が呟いた。

「そうだな。けど、試合はまだ終わっちゃいない。どうなるかは分からないさ」

「どうだかな。どう言う訳か知らねェが、オマケにテメェが麻生相手に三打席連続で空振りの三振とは随分とらしくねェじゃねェか。あんな鋭いノビのあるストレートに手も足も出ねェようじゃテメェもまだまだ未熟モンだって事だななッ!!」

「はは・・・・・・そんなところだろうな」

 やれやれ中々手厳しい一言だ、と言わんばかりに苦笑いを浮かべて頭を掻いた小波。

「大丈夫だよ! まだ六回。三点差ならまだ望みはあるし、必ず追いつけるよ!」

「早川・・・・・・」

 二人の間に、九番打者である早川が、ヘルメットを被りながら割り込んで来た。

 ここまで球数は百球近く投げているアンダースローのエースはまだ試合を諦めてはいなかった。

 とは言え、現在の早川の体調は豪雨の中で行われた球八高校と一戦以来、本調子ではない。

 既に、スタミナの限界近くまで使い果たしているし、早川の息は次第に上がって来ている。前回みたいにいつ倒れても可笑しくはないだろう。

「任せてよ! もう点は取られないよ。ボクが最後まで抑えてみせるから!!」

「意気込んでるところ悪いンだが、残念だがテメェには次の回で降りてもらうぜ」

 そう言いながら、星がミットを手に取る。

「えっ・・・・・・!? どうして!!」

「小波と試合前に話をしてな。万全の体調じゃねェ今のテメェをこんな炎天下の中に放っておけば、更に体調を悪化させる可能性がある。短期決戦である以上、エースであるお前が無理して支障が出ちまったら元も子もねェンだからなって事だ」

「それは、そうかもしれないけど・・・・・・ボクなら大丈夫だって!!」

「早川さん。貴女には悪いけど、これは監督命令でもあるのよ」

 早川の肩をポンと叩く。

 振り返ると、橙色の髪が靡いた。

 肩に触れていたのは、監督である加藤里香だった。

「加藤先生・・・・・・。ボクは大丈夫ですよ!!」

「貴女はもう忘れたの? この前の試合でも言ったけど、私は恋恋高校の野球部の監督でもあり恋恋高校の保健医なのよ? 早川さんの体調が悪いのくらい簡単に見抜けるわ。それは自分が一番良く分かるんじゃない?」

「・・・・・・」

 黙ったまま、早川は俯いてしまった。

 悔しい気持ち以上に、またチームに迷惑を掛けてしまうと言う罪悪感が覆う。

「それでも!!」

「それでもじゃないわ。他人の心配より自分の心配が優先よ。そこは理解して頂戴」

「・・・・・・うぅ」

 納得の行かない早川。

「まぁ、自分の心配が優先。それをいの一番に言いたいのは早川さんでもなく『小波くん』なんだけどね・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 チラッと加藤は小波に視線を向けるが、小波はその視線に気付かないフリをして黙ったまま早川の肩にポンと手を置いた。

「早川、まだ終わった気になるなよ。お前には次の回まで投げて貰わなきゃならないしな。しっかり抑えてくれ。必ず俺がパワフル高校を抑えるし必ず俺達が点を取り返してやる!」

「えっ!? 俺が抑えるって・・・・・・事は、次に投げるのってキミなの!?」

「ああ、そうだぜ!!」

 何故か星が答える。

「ちょっと、何で星くんが自信満々であたかも自分が投げるぞ、みたいに答えるの? 別に星くんには聞いてないんだけど・・・・・・」

「別に良いだろがッ!! ま、何て言ったて小波にはまだ秘策があるからなッ!! この前の試合、高柳春海相手にに投じた『三種のストレート』は、未だ二つ残ってるンだしよォ!!」

「・・・・・・」

 逞しい野郎だぜ、とニヤリと八重歯を光らして小波の肩に手を回した。

 だが、小波はやや呆れ顔のまま表情をピクリとも変えなかった。

「『三種のストレート』・・・・・・? 星くん、キミは一体何の話をしてる訳? そんなのある訳ないじゃない」

「そういえば、あおいちゃんは知らないでやんすね。小波くんには『三種類のストレート』が投げられるでやんすよ!!」

「・・・・・・」

 小波は沈黙を続ける。

 矢部はテンションが上がったのか、言葉を続けた。

「きらめき高校戦で投じた『ノースピン・ファストボール』は、流石のオイラも度肝を抜かれた球だったでやんす!!」

 早川自身、途中で倒れてしまい小波が継投でマウンドに上がった事は勿論知っていたが、小波のピッチングの細かい内容を聞くのを忘れていた。

 そして、その内容を聞くと早川は稲妻のような迅速な驚愕を目に映す。

「へぇ〜。無回転のストレート・・・・・・『ノースピン・ファストボール』か。やっぱりキミって凄い人なんだね」

 早川は尊敬の眼差しで小波を見るが、小波は「ハァ・・・・・・」と呆れたため息を漏らすと。

「凄い人なんだね、じゃねえよ。お前はいつまでここに居るつもりだ? 毛利の次のバッターはお前だろ。早くネクストバッターズサークルに行けよ」

「あっ!! そう言えばそうだった!!」

「ったく、しっかりしろよな」

 慌ててベンチを飛び出していく、エースナンバーを背負った早川の背中を見つめる小波。

 だが、その表情は少し悲し気な瞳で、空へと目を向けた。

 誰も知る由も無いのだ。

 中学二年の時に肘を壊した理由が、三種のストレートの酷使で壊したと言う事を・・・・・・。

 

 

 

 麻生は、汗に塗れた顔をタオルで拭った。攻守交代となるとすぐさまベンチへ戻るなり、栗原からタオルを受け取るとスポーツドリンクを喉の奥へと流し込んだ。

「麻生くんの汗・・・・・・。普段の試合よりも多いのが気になるなぁ」

 スコアブックを片手に、麻生は一人でベンチの端の方にポツンと座り込んでいるのを見つめていた。

 ここまで小波球太にバットに掠らせる事無く抑え、恋恋打線を完璧に封じ込んでいる右腕エースを栗原は少し不安そうな表情を浮かべた。

「心配か? 麻生の事」

「戸井くん・・・・・・。うん、まあ、一応ね。球数だってもう百三十球近く投げてるから」

「球数とフォアボールが多くなってきた以外は特に問題ないだろうな。今の所はな」

「でも、麻生くんの『あの球』は球数の使用制限があるから余り多用は出来ないわよ」

「心配は無用だ。麻生曰く小波にしか『ポィンティド・ショット』を投げていないみたいだし・・・・・・スタミナの消費の調整は自分でやってるみたいだからな」

「それは、そうかもしれないけど・・・・・・。私の予感だときっと次の打席はそう簡単には行かないわ。今までの小波くんとは違う筈。その前に何か秘策を思いついて来るはずよ」

「秘策か、警戒しておかないとな。それに今までの小波とは違う点というのは、矢仲智紀との戦いで『ファール・バイ・アップ』を打ち砕いて見せた『超集中』ってやつか?」

「うん。きっと矢仲君との時と同様、四打席目で必ず『超集中』で打席に立つだろうし・・・・・・それに、一番怖いのはその小波くんの打席次第では、恋恋高校の勢いは更に増すはずよ」

 思わずゴクリと唾を飲む栗原に、小波の怖さが直に伝わった。

「随分と頼もしいマネージャーだ。それに流石は幼馴染って所かな? 彼の事はなんでもお見通しって事らしい。こりゃより一層気を引き締め無いと駄目だな」

「お見通し? ううん。そんな事は無いわ。幼馴染とは言えど、私でさえ小波くんの考えは良く分からないのよ。昔からね」

「成る程。なぁ、栗原」

「ん? 何? 戸井くん」

「お前ってさ、小波に好意とかあるの?」

 戸井の言葉に思わず、目を丸くした。

「——はぁ〜〜ッ!? えっ!? ちょ、ちょっと、試合中だよ!? いきなり何を言ってるのよッ!?」

「いや、幼馴染の奴に想いを寄せるってのは定番中の定番だろ? もしかしてって思って聞いてみただけさ」

「む、昔はね? 確かに、小波くんの事に好意はあったけど・・・・・・。今は無いかな? 小波くんは近くに居る様に見えて、一人で勝手に前に進んでいく人で、私には手の届かなくて追いつけない存在なのよ。それに今は、小波くんを近くで支えれる相応しい人がいるみたいだし」

 栗原の視線は、自然と一点を見つめる。

 その目は、マウンドに立ち汗を拭う早川の姿を捉えていた。

 

 七回表のパワフル高校の攻撃は、早川の最後の気力を存分に振り切り三者凡退に終わった。

 マウンドに向かおうとする麻生に、戸井が声を掛ける。

「よぉ麻生、調子はどうだ?」

「どうもこうもねェよ。見ての通り球も走ってるし、思い通りのコントロールで放れてる。思ってる以上に絶好調だ。この調子で行けば難無く恋恋の奴等を抑えられそうだぜ」

「・・・・・・随分と余裕そうだな」

「ああ、余裕だ。任せておきな。今のオレを止めるのはそう簡単じゃねェよ。断言するぜ、この『ポィンティド・ショット』がある限り絶対パワフル高校に負けはねェ!!」

「なぁ、麻生。調子が良いのは良い事だが、あまり調子に乗ってると痛い目に遭うぞ?」

「戸井。人の話を聞いてなかったのか? パワフル高校に負けはねェんだよ。現に奴等は初回の二安打のみの鳴かず飛ばず。オレの球は、恋恋の奴等に充分通用するのは目に見えているんだ。残り三イニングでこの点差なら勝利は目前だ」

「あのなッ!! 油断は禁も・・・・・って、おい!! 麻生!! 麻生!!」

 聞く耳を持たず、麻生は残りのスポーツドリンクを飲み干すとグローブを片手にグラウンドへと足を進める。

「ったく、あのバカ。抑えられてるからって慢心してやがるな。分かってるのか? 『ポィンティド・ショット』は万能じゃない・・・・・・制限数もたったの数球程度な筈だ。投げ切った場合、身体が持たないのは練習中に分かりきってるって言うのに!!」

「戸井くん!! 落ち着いて!!」

「く、栗原。ああ、すまん・・・・・・」

 栗原の宥める声に、ハッと我に返る。

 だが、心なしか栗原の表情は暗めだった。

「ど、どうかしたか?」

「いや、今の麻生くんの感じ・・・・・・何だか昔みたいに見えたんだけど・・・・・・?」

「気のせいだろ。麻生ならきっと大丈夫。今の麻生は昔の麻生とは違う。違う・・・・・・はずだ」

 もし昔みたいになっていた場合。

 それでも、やるしか無い。

 自分たちのエースを信じるしか無い。

 戸井は、不安を抱いたままグラウンドへと向かって行った。

 

 

「流れは完璧にパワフル高校に向いてるな」

 真剣な表情を浮かべ観客席で滝本が呟いた。

「麻生のピッチングと言い、チームはそれに応えるかのようにバッティングをしている。理想的なゲームメイクだが、悪道、お前はこの試合をどう思う?」

「あン? さっきからゴチャゴチャと五月蝿ェなァ。テメェの独り言に俺を巻き込んでンじゃねェよ!!」

 と、舌打ちを鳴らす。

 苛立ちを隠し切れない悪道だった。

「まァ所詮、雑魚は雑魚だっただけの話だ。麻生如きに手こずり未だ打ち崩せてない様じャそれまでの話って事だ。これで恋恋の底が知れた訳だな。ここから打開策の一つや二つ出さねェと試合をひっくり返すのにも一苦労だろうぜェ? さもなくば、淡い甲子園とはおさらばだ」

 自分以外に負けるかもしれないと言う事に対して苛立っているのだろう。悪道の口調が早口だった。

「成る程な、打開策か・・・・・・。なら、今まさに恋恋高校はその打開策を思いついた様だな」

「はァ? 何を言ってやがンだ? テメェ」

 悪道がスッと、グラウンドに目を向ける。

 七回裏、恋恋高校の攻撃はピッチャーの早川から始まるが、ネクストバッターズサークルには早川の姿は無かった。

 

『恋恋高校。九番 ピッチャー早川さんに変わりまして椎名くん』

 

 突然のアナウンスに騒つく球場。

 そんな騒めく雰囲気など気に止めることなく、ネクストバッターズサークルでは二年生の椎名繋が黙々とバットを振り続けて居た。

 椎名は、練習の一環としてたまに行われて居た紅白戦以外の試合に出るのは初めての事であり、ややぎこちなさが伝わる。

「おい、一丁前に緊張してるのか? 椎名」

「まさか、そんな風に見えるのか? 赤坂」

 そこに現れたのは同じ二年生の赤坂だった。

 椎名とは違い一年生の夏の予選からスタメンを守って来た赤坂だ。

「やっとだな。待ちに待った初試合だからと言って、緊張するのは分からなくもないが冷静沈着がお前のウリだろ? 早川先輩直々の指名なんだから、ちゃんと気合い入れていけよ」

「ああ、そのつもりだよ。任せてくれ」

 ギュッとバットを握り締める。

 だが、フルフルと小刻みに震えていた。

「おいおい、椎名。本当に大丈夫か? 駄目なら交代を——」

「赤坂。僕がいつ緊張してると言った? そんな風に見えるのかと、たった今言ったばかりだろ?」

「お、おおう」

「ただ・・・・・・嬉しいだけさ。この僕も先輩達と共に戦えると思うとね」

「椎名」

 思わず零れた笑みを隠し切れずにいた。

「ずっと、ブルペンやベンチから試合を見て来たよ。先輩達は、負けていてもいつでも野球を楽しんでいる。それを目の当たりにして来た僕からすれば、先輩達の最後の大会で漸く一緒に戦う事が出来ると思うと震えてしまうんだ」

「それは所謂、武者震いってやつだな。俺っちの最初の打席もそれりゃもう緊張しまくりだったぜ。だから焦るなよ」

「御影・・・・・・」

 ニヤリと笑う同じ二年生の御影も側に駆け寄って来た。

「なら、見せて来いよ。椎名。お前の気持ちを握ってるバットに込めてさ。まだ終わりじゃないって事を寧ろ、ここからが始まりだって事をパワフル高校に知らしめてやろうぜッ!!」

「勿論、そのつもりだよ。赤坂、御影。それじゃ行ってくる」

「ああ、頼んだぞッ!!」

「ぶちかまして来い!!」

 赤坂と椎名、そして御影の三人が互いに顔を見つめ合う。

 小波達にとって最初の後輩であり、次の恋恋高校を担う二年生はハイタッチを交わすと、椎名は「よっしゃーーッ!!」と、普段は出さない声を張り上げてバッターボックスへと向かって行った。

 

「ッたくよォ・・・・・・。知らねェ内に頼もしい後輩になったもンだよな」

 二年組のやりとりをベンチから眺めながら、星は感慨深いものがあると言う趣でポツリと呟いた。

「そうだな。それに、俺たちはもう三年生だからな。後輩としての意地があるんだろう」

 小波が続く。

「三年か。そう言えばそうだったな。あの三人とも一年達とも一緒に甲子園を目指すのはこの大会が最後なんだよなァ」

 ニカッと八重歯を光らせ、深呼吸を一つした後、ベンチから身を乗り出す様にして星が叫び声を張り上げる。

「だったら尚更だッ!!! 負けてるからと言ってしけた面なんか出来る訳ねェに決まってらァ!! オラァーーッ!! 気張って行って来いッー!! 椎名ッ!!」

「椎名くんッ!! 後ろにはオイラがついてるでやんすよ!!」

「椎名くん!! 頼んだよ!!」

 星が声を上げたのを合図に、矢部と早川、そしてベンチからパワフル高校の応援に負けまいと大歓声が沸き起こった。

 

 

 

 

 ——こんなに随分と舐められたとは落ちたモンだな、オレも。

 エースである早川の代打で出された椎名を前に、麻生は心の中で舌打ちを鳴らした。

 所詮は代打だ。オレのストレートの前に苦肉の策で出されたパッとでの下級生の餓鬼がバットにそう簡単には当てられる訳が無い。

 麻生の目の色は、既に勝利を確信したような余裕のある色そのものだった。不敵な笑み、大きく振りかぶった右腕は、キャッチャーミットを目掛けて腕を振り抜いた。

 その初球だった。

 

 ——キィィィィン!!!

 

「——なッ!?」

 椎名はバットを一心に振り抜いた。

 バットの芯をやや外したが、手応えのある感触が全身に駆け巡らせる。

「行けェェーーーッ!!!」

 打球は、麻生の股の下を破る痛烈なライターがセンター前に転がると恋恋高校のベンチは更に湧き上がった。

「よっしゃー!!」 

「ナイスバッチだぜ!!」

 赤坂と御影がベンチから身を乗り出して、グッと指を立てて椎名に合図を送る。

 やや照れながらホッと安堵の表情を浮かべながらニヤリと笑みを返した。

 ノーアウト一塁。

 打席には四巡目一番打者の矢部を迎える。初回のヒット以降、矢部のバットから音沙汰がないが、椎名に続けと言わんばかりに気合が満ち溢れていた。

 セットポジションからの初球。

 麻生はインコースを攻めるシュートを投じるがストライクゾーンから僅かに外れてボールカウントとなった。

 二球目。

 百四十七キロのストレートを見送って、ワンストライク、ワンボール。

 三球目。

 外角低めへの緩やかなカーブを巧くタイミングを合わせてバットを振り抜いた。

 

 カコンッ!!!

 

 バットの先端。

 鈍い音を立てた打球はショートへと小フライで空へと打ち上がった。

「円谷ッ!! 行ったぞッ!!」

 麻生が声を張り上げる。

「オーライ!!」

 パワフル高校で二年生。ショートを守る円谷一義が落下地点に到着して手を上げる。

 難なくワンナウト。と誰もが想像出来た事だった・・・・・・。だが、円谷は上げた手を顔の前に当てた。照りつける日差しと打球が被ってしまったのだ。

「椎名ッ!! 二塁へ走れッ!!」

「えっ・・・・・・でも・・・・・・は、はいッ!!」

 小波は、ベンチから声を張り上げた。

 小波は、円谷の一瞬の動きを見逃さなかったのだ。

 もしこれで打球が円谷のグローブに収まった場合、ファーストに投げられたらダブルプレーと最悪な展開になってしまうが・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 ポロッ。

 矢部の打ち上げた打球が円谷のグローブを弾いて地面に転がった。

「——あッ!!」

 慌ててボールを拾ってみせたが、既に一塁ランナーである椎名は悠々と二塁ベースに到達していた。

 怒号の歓声が球場を揺らす。

 バックスクリーンには『E』のランプが点灯していた。

 

「ふぅ・・・・・・もし、今のをショートが取ってたと思うと冷や冷やしたぜェ。大博打過ぎるぞ小波ィ!!」

 額に手を当てながら星が弱々しい声を当てながら小波を睨みつけた。

「ああ・・・・・・。でも、一か八かの賭けは吉と出たな。この勢いで流れをこっちのモノにしたいところだ」

「・・・・・・ったく、何を呑気な事言ってンだ、テメェはよォ」

「この先、博打でも何でも悪足掻きの一つ位はしておかないと駄目って事さ。そう簡単に勝ちはもぎ取れないからな」

 小波は前を見つめる。

 黒い瞳はジッと何かを見据えていた。

「悪足掻き・・・・・・か。まァ、しねェよりは幾分かマシなんだろうな。それならこの俺も一つ悪足掻きでもしてみるか。椎名と矢部が繋いでくれたンだからな。この俺も続かねェと男が廃るってモンだろ」

「ならお手並み拝見と行こうとするかな。頼んだぜ、星」

「ああ、任せろってンだ!! この試合のヒーローになるのはこの星雄大様だぜェ!!」

 そう言いながら、星はヘルメットを被りバットを片手にネクストバッターズサークルへと足を進めた。

 小波は、見送ると静かに両の目を閉じて集中力を高め始めた。

 

 

 ノーアウト。一、二塁のチャンスで二番バッターの赤坂を迎える。

「・・・・・・」

 赤坂はバッターボックスに立つ前に、気持ちを落ち着かせようとソッと目を閉じて深呼吸をした。

 

 

『椎名、ちょっと良いか?』

 この夏の予選大会が始まり、一回戦に極亜久高校との試合が行われる前の日の事。

 練習終わりのグラウンド整備の途中で赤坂が椎名の名前を呼んだ。

『どうした、赤坂』

 手に持つトンボをピタッと止め、椎名が眉を寄せる。

『いや、別に大した事じゃ無いんだけど。今日の練習中、ふと思った事があって・・・・・・この大会が最後なんだなって』

『最後? 小波先輩達と一緒に戦う事がか?』

『ああ。先輩達と未だ未だ一緒に野球をやりたいって日に日に強くなる。未だ終わって無いのに寂しいんだ』

『奇遇だね。それは僕もさ。ここに居る先輩達はみんな好きだからね』

『ああ、俺もだ』

 ニコッと笑う椎名。

 赤坂も同じくニコッと笑った。

 そして、少し間を開けて言葉を続けた。

『早川先輩は、今日もブルペンで早川先輩の球を受けてたけど、あの人は本当に負けず嫌いで本当に野球が好きな人だ』

 と、椎名が言う。

『星先輩は口が悪いし、普段から目を覆いたくなる程のチャランポランな人だ。だけど何だかんだで皆んなを見てる』

 と、赤坂が言う。

『海野先輩、山吹先輩もシニア野球経験者で頼りになるし、毛利先輩に古味刈先輩も高校から野球を始めたって言うのに様になってる』

『そして、キャプテンである小波先輩だ』

『早川先輩の事件があってあの人が居たからこそ今の恋恋高校がある。正直、俺はあの人を尊敬してるよ』

『それは僕もさ。諦める事を知らないし、何よりチームワークを大切にしてる。野球に大切な事を改めて教わったよ』

『・・・・・・』

『・・・・・・』

 沈黙。

 二人は立ったまま、それぞれこの二年間を思い出すかのように振り返っていた。

 部の設立、初試合、早川あおいの女性選手問題、完全試合での敗北・・・・・・。

 色濃い思い出は、中々充実した物だった。

『なあ、椎名』

『何だ、赤坂』

『先輩達にとって最後の夏って言うなら、俺たちにとっても最後の夏だよな』

『そうなる、ね』

『なら、恩返しをしよう。先輩達を甲子園に連れて行くんだ!!』

『赤坂・・・・・・』

『俺は先輩達から色々な勇気を貰った。俺はその勇気を一つ一つ紡ぎ、恩返しって気持ちで先輩達の目指す甲子園という夢を叶えさせてやるんだ!!』

『なら僕は、それを次の世代である早田達やその更に次の世代へと繋げられる様にしよう。恋恋高校野球を絶えさせない為に、ね』

 赤坂紡と椎名繋。

 二人は無言で頷いた。

 これからの予選大会をどんな覚悟で挑んで行くのかが決まったのだ。

『あれ、ちょっと待てよ? そう言えば、先輩達の中で誰か一人忘れてるような・・・・・・』

『いや、気のせいだろ? 僕達の先輩達は八人だぞ』

 再び、顔を見合わせる。

 そして、思い出したかのように声に出した。

 

 

 

 

『あっ、矢部先輩の事・・・・・・忘れてた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしゅん!! でやんす!!」

 一塁から矢部のくしゃみが聞こえた。

 赤坂はふと目を開ける。

 

(椎名が打ち、矢部先輩が続いた。なら、俺もこのチャンスを無駄には出来ない——必ず打ってみせるッ!!)

 

 

 だが——。

 

 

 

「ストライクーーッ! バッターアウトッ!」

 麻生から投じられたのは、たったのはストレートの三球のみだった。

 赤坂はバットを振り抜き、強く抱いた想いも虚しく、空振り三振に倒れてしまった。

「どんまい、どんまい!」

 ネクストバッターズサークルに立っていた星が、ヘルメットを脱ぎ、ベンチにトボトボと足取りの重い赤坂に声をかける。

「星先輩、すいませんッス」

「あン? 何を謝ってやがンだァ?」

「このチャンスの場面で、三振なんかしちゃって・・・・・・気合い入れてんスけど、本当にすいませ——」

「あ〜五月蝿ェ五月蝿ェ。チャンスの場面で活躍しよモンなら然は問屋が卸さねェ。なんせこのチャンスは、この星雄大が決めるって相場が決まってンだよ!! 馬鹿たれッ!!」

 ——パチッ!!!

「痛えッ!! ちょっと何するんスか!!」

 赤坂は頭を抑えて、その場に蹲った。

 星が赤坂の頭を目掛けて拳骨を一発浴びせたのだ。

「ベンチで見ときな。先輩の意地ってヤツを見せてやらァ!!」

 

 

 

『三番 キャッチャー 星くん』

 

 汗が滴り落ちる。

 マウンドは更に熱気を帯びている。

 真っ赤に燃えるようなチームカラーである赤のアンダーシャツで汗を拭う。

 一回の裏以来のピンチを迎えたこの場面だが麻生は未だ余裕の表情を見せている。

 対する初球。

 百四十九キロのストレートを放り投げて、星はピクリとも動かず見送りワンストライク。

 

(動かない。いや、動けないと理解した方が正しいか。オレの球は通用する。どうやらさっきの二年の当たりはマグレだろう)

 キャッチャーからの返球を左手のグラブで受け取りながら、麻生が声に出さず呟くと、続く二球目へとピッチングモーションに移行した。

 ——ズバァァン!!

「ぐッ・・・・・・」

 星は再び見送り、麻生のストレートは再び百四十九キロを叩き出した。

 

(これでツーストライク。星を抑え、次の小波を捩じ伏せれば残りは下位打線。万が一でもヒットを打たれる可能性はねェ。って事は、二つアウトを取れば・・・・・・オレ達パワフル高校、いやオレ様の勝ちで準決勝だッ!!)

 

 ふぅー。と息を吐いて、思わず下を向く。

 ふるふると麻生の身体は、小刻みに震えていた。

 

(勝利は目前。ククッ・・・・・・。駄目だ、未だ笑うな。ヤベェ、笑いが止まらねェぜェ)

 

「・・・・・・」

 麻生は無心の様に目を閉じていた。

 自分を自分で落ち着かせた麻生は目を閉じたまま星に対して留めの三球目のストレートを投げ込んだ。

 

 ワァァァァアアアーーーーッ!!

 湧き上がる歓声に胸が高鳴った。

 空振りか、見送りか?

 どちらにせよ、三振で決まりだッ!!

 三振を確信した麻生は、ギラッと白い歯を覗かせる笑みを浮かべると共に、閉じていた目を開くと目を疑う光景が広がっていた。

 哀れで滑稽で悔しさを滲ませているはずの星の姿が目の前に居なかったのだ。

 来るっと身体を振り向かせると、センターを守る二年生である猿山武が走ってフェンスにぶつかった打球を追いかけているのが見えると動揺と共にたった今何が起きたのかが電気が流れる様に瞬時に判断する事が出来た。

「う、打たれた・・・・・・だとッ!!!」

 センターオーバーのタイムリーツーベースヒット。

 スコアは四対三。

 その差は、一点まで縮まった。

 麻生は、マウンド上で固まったまま動かなった。見開いた瞳はただ一点を見つめる。七回裏の恋恋高校のスコアボードに刻まれた『2』と言う数字を見つめて居た。

 そして、間髪入れずに立ちはだかる男がゆっくりと右のバッターボックスへと脚を進めて居た。

 

 

『四番 ファースト 小波くん』

 

 アナウンスがその名を告げた瞬間、ピリッとした威圧感が球場内に広がると、パワフル高校も恋恋高校のベンチも観客席に居る全員が悪寒に襲われたようにわなわなと震え出していた。

 

 

「ここで小波に打順が回って来たって事は、ここがこの試合の山場だな」

 と、滝本が打席に向かう小波に焦点を当てながら呟いた。

「この打席次第で試合が決まるぞ」

「どうだろうなァ。次は、三打席連続三振と不調の小波だ。四打席目も三振かも分かりャしれねェぜ」

「いや・・・・・・三振は有り得ないだろうな。なんせ、あの時と状況が似てる」

「似てるだとォ?」

「俺は今のあの小波の雰囲気を知っている。対恋恋高校戦で智紀から『フォール・バイ・アップ』をホームランにした時と同じだ。俺達はあの尋常じゃない威圧感と集中力で圧倒された」

「チッ・・・・・・。ふざけやがってッ!! やっぱり潰しておくべきだったぜェ!! 本当に気に入らねェ野郎だ、小波球太はよォ!!」

 

 

 

「小波くん・・・・・・」

 幼い頃からチームメイトとして野球をしているのを目の当たりにしてきた栗原にとって、これ程まで敵に回るとゾッとするバッターだったのかと改めて痛感した。

「やっぱり『超集中』をこの場面で使って来たわね」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 呆然と立ち尽くしていた。

 オレ様は、一体何をしている。

 何故オレ様はこんなにも無様な姿を晒している。

「・・・・・・い・・・・・・生ッ!!」

 そんな事は考えなくても分かっている。

 オレの一瞬の甘さが原因だ。

 抑えられる。その気持ちが命取りだった。

 オレのストレート・・・・・・『ポィンティド・ショット』は何のために生み出した?

 猪狩の『ライジング・ショット』を越えるためか?

 いいや、違うだろ。

 オレの目標はあの日から『猪狩を越える』事じゃねェだろう。

 このチームで勝ちたいからだろうが。

 このチームで甲子園を目指す為に作ったのがこの『ポィンティド・ショット』だろうが。

 今まで散々好き勝手やって来て迷惑をかけたからこそ、罪滅ぼしの気持ちで甲子園を目指して来た。

 バカか、オレは。

 ここまで来て、何してんだよ。

「おい、麻生!! 聞こえてんのか!?」

「・・・・・・」

 またマウンドまで来たのか戸井。

 どうした? 

 ふざけるなと、文句でも言いに来たのか?

 良いぜ、聞いてやるよ。

 好きなだけ言えよ。

 悪いのは、全部このオレさ。

「次は、小波だ。気を引き締めて行けよな」

「・・・・・・」

 その言葉に、オレは言葉が出なかった。

 気を引き締めて行けだ、と? 

「ふざけるなよッ!! 戸井ッ!! このオレに何か言いたい事あるだろッ!?」

「言い事? あるさ、そりゃ出会った頃から沢山な。でも、それを言った所でどうにかなるのか? ならないだろ? 言った所でどうにかなる様なお前ならこんな所にはいないさ」

「だったら、何故ここに居るんだ?」

「一つ言いに来たんだよ」

「なんだ?」

「行くぞ、甲子園!!」

「・・・・・・くっくく。ははははッ!!!」

 なんだ、その下手な台詞は。

 思わず笑っちまったぜ。

「オイオイ、笑う事はねえだろ?」

「・・・・・・色々と、すまねェな。戸井」

「いきなりどうした? 何がだよ?」

「色々とお前達に迷惑を掛けて来た事を、だ」

「何を今更言ってるんだか・・・・・・許して欲しければ、一緒に甲子園に行く事だな」

「ああ、分かった。さっさと戻りやがれ、気が散るぜ」

「おう!!」

 戸井が戻って行く。

 ありがとうな。戸井。

 オレみたいなヤツを見捨てずにいつも側に居てくれて・・・・・・今のオレはお前と出会えた事を誇りに思えるぜ。

 だから。

 一緒に甲子園に行こうじゃねェか!!!

 

 

 

 

———。

 

 

 

『四番 ファースト 小波くん』

 

「球太くん!! 頼んだよ!!

「星くんをホームに返すでやんす!!」

 

 ベンチからの声援。やっぱり励みになるな。

 それにしても星のヤツには恐れいったぜ。しっかりとチャンスをモノにしやがった。良くやってくれたよ。後は、俺が決める!!

 さぁ、来いッ!!!

 

 初球。

 麻生の右腕から放たれた鋭いストレートがバットの空を切った。

 球速表示は百五十キロを記録した。

 最初の打席に投げてみせ、尚且つ俺だけに投げて来てる『ポィンティド・ショット』ってヤツか。

 厄介な上にやっぱり速えな。

 流石の『超集中』でも追いつけないストレートだとは敵ながら天晴れだぜ。

 それにしても、戸井との会話から一変、麻生の雰囲気がガラリと変わった気がする。

 今の球。今日一じゃねえか?

 そう来なくちゃな、燃えてくるぜ。

 

 二球目。

 小波の目が漸く慣れ始めたのか、麻生の投じたストレートに漸くバットが当たった。

 ——キィィィィン!!!

 打球はバックネットへと飛んでいき、ツーストライクへと追い込まれる。

 

 続く三球目、四球目と麻生は変化球に頼る事なくストレート勝負、小波はバットを振り続けてしぶとく食らいつき、互いに引かない粘り強い勝負を繰り広げる中、球場は静まり返ってその勝負をジッと見つめている。

 麻生は、小波に対して七球目のストレートを投じてカットされファールゾーンに飛んで行くのを確認する。

 すると、麻生の息は上がり始めていた。

 既に百三十球を越える球数。

 スタミナの消耗が激しい『ポィンティド・ショット』の連投で限界間近に迫っていた。

 

 

 

 麻生、お前は凄いピッチャーだ。

 でも、俺はお前から打たなければならない。

 お前のありったけの気持ちを全部注ぎ込んだ渾身のストレートを投げて来い。

 俺もそれに応えてやる。

 

「やるな・・・・・・麻生」

 ニヤリと笑みを浮かべて小波が言う。

「いい加減、楽になりやがれ小波」

 苦笑いを浮かべて麻生が言い返す。

「なら来い、麻生!! 必ず打ってやる!!」

「チッ。五月蝿ェ野郎だ。それになんて楽しそうな顔をしてやがる。戸井かテメェは」

 舌打ちと皮肉混じりで、麻生が呟いた。

「どこでも居るモンなのか? ああいう戸井みたいな純粋野球馬鹿はよ。まァ、相手にとって不足はねェ・・・・・・捩じ伏せてやるッ!!」

 

 そして、麻生が振りかぶる。

 投じる八球目。

 振り抜いた腕は、まるで轟音を響かせた。

 

 

「小波ィ!! これで終わりだァァァッ!」

 

 

 渾身のストレートがキャッチャーミット目掛けて放り込まれる。

 今日一番のストレートだと、麻生は手応えを感じていた。

 しかし、小波は憶する事なく脚を踏み込み腕を畳んでバットを振った。

 快音が鳴り響く。

 打球は、大きな弧を描くようにレフトスタンドへと高々に打ち上がって行く。

 まるで空を飛ぶ飛行機を見るかのように麻生は、打球をぼんやりと見つめていた。

 

 

 

 

 こんな所でオレは終われない。

 戸井達と夢の舞台である甲子園に行くんだ。

 夢の舞台?

 そうか・・・・・・。

 そう言えばそうだった。

 戸井達にとって甲子園は夢なんだな。

 罪滅ぼしの為に行くような所じゃねェのは今更気付いた所で手遅れか・・・・・・。

 

 

 小波の放った打球は、レフトスタンドをさらに超えて場外となるツーランホームランとなり恋恋高校は遂に逆転に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 小波の逆転ツーランから、麻生は猛打を浴びて点差を更に広げられて七回裏終了後にスコアは七対四となり、三点差となっていた。

 八回表の攻撃から早川あおいに変わって小波球太がマウンドに上がった。

 小波のノビのあるストレートにキレのある変化球、そして魔球に呼ぶに相応しい『ノースピン・ファストボール』で翻弄されてあっという間に三者凡退に打ち取られてしまった。

 そして、試合は三点を追う九回表の攻撃を迎えており、ツーアウトランナー無しの場面で三番ファースト戸井がバッターボックスへ向かおうとした時だった。

「戸井ッ!! オレまだ繋いでくれ!!」

「当たり前だ!! 任せろ!!」

 意気揚々と張り上げる声。

 ベンチからも飛び交うパワフル高校の声援はまだ試合を諦めていない。

「来いッ!! 小波!! まだ試合は終わってはいないぞ!!」

 戸井はバットを翳した。

 強く意思を示して瞳には薄っすらと光る物が込み上げていた。

 戸井に対する初球。

 小波は無回転のストレート『ノースピン・ファストボール』を投じたが。

 ——キィン!!!

 戸井はバットに当ててファールで凌いだ。

「——ッ!!」

「コイツ、小波の無回転のストレートをいきなり当てやがった!?」

 星が思わず絶句する。

「グッ・・・・・・。これが例の『ノースピン・ファストボール』か、意外と重いんだな。次は前に飛ばしてみせる」

 続く二球目。

 また再び無回転のストレートをファールで粘られるがツーストライクへと追い込んだ。

 ざわざわし始める球場。

 

 

 流石は準々決勝。

 この球は、幾ら初見とは言え当てられ、二球目も同じく粘られるとは戸井の目もパワフル高校の目はまだ死んじゃいないって事か、どうりで強い訳だ。

 でも、楽しかったぜ。パワフル高校。

 悪いが、俺たちは勝って更に上を行かせてもらう。

 ギュッとボールを『三本指』で握る。

 行くぜ、戸井。

 三種のストレートの二種目だ。

「これが俺の『スリーフィンガー・ファストボール』だッ!!」

 

 小波は腕を振り抜いた。

 百四十四キロのボールが星のキャッチャーミットへと吸い込まれる様に投げ込まれる。

 

「ここでムービングファストだと!? 舐めるなよッ!!」

 戸井がグッと力を貯める。

 ジッとボールに集中して着球点を絞ってバットを振り抜こうとした。

「貰ったッ!!」

 ——ククッ!!

 だが、投げ込まれたボールは、その予想を超える不規則な軌道をし始めていた。

「いや違う!! これは、ムービングファストじゃない!? ムービングファストより更に凶暴な軌道ッ!?」

 戸井は思わず目を疑った。

 今まで見たことの無いパーム

「——なンだァ!! この球ッ!!」

 星も声を上げた。そのリアクションはきらめき高校戦と丸っ切り同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして——。

 

 

 

 

 バシッィ!!

 乾いたミットの捕球音が鳴り響く。

「ストライクーッ! バッターアウトッ!」

 試合終了のコールを球審が告げる。

 準決勝進出は恋恋高校に決定した。

 三振に斬って取られた戸井はそのまま地面に膝から崩れ落ちてその場で蹲ってしまった。

 これで、麻生と戸井のパワフル高校の最後の夏は終わりを迎えた。

 

 

 

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