実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

56 / 71
第56話 覚悟

 七月も下旬へと差し掛かり夏休みも一週間程経過した夏真っ盛りの中、準決勝を次の日へと迎えた恋恋高校野球部は黙々と練習に打ち込んでいたが、恋恋ナインの表情は何処と無く暗かった。

 その理由はたった一つの事だった。

 今日行われた別ブロックの準々決勝の試合である。

 太郎丸と名島のバッテリーが率いる山の宮高校が、ときめき青春高校を相手に無失点一安打の好投で下した事により、準決勝の相手が山の宮高校との試合になる事が決まり、対する太郎丸の攻略に恋恋ナインは頭を悩ませていたのだ。

 百五十キロを超える豪速球に加え、太郎丸の最大の絶対的切り札と呼べる『アンユージュアル・ハイ・ストレート』は、あかつき大附属の左腕エースである猪狩守を凌ぐとも言われる稀代の逸材であると同時に春の大会では太郎丸に完全試合を献上した相手でもあるのだ。

 更に、今大会の太郎丸は絶好調で四試合での被安打は僅か五本。内二試合はノーヒットノーランを達成しているなどの活躍ぶりであり、そんな相手をどう攻略すればいいのかと模索に模索を重ねるものの、攻略の糸口を見つかる術など恋恋高校ナインは誰一人簡単には思い浮かばなかった。

「パワフル高校に勝てたのは良かったが、次の試合の相手がよりによって山の宮だァ? ぐわァァァァーーッ!! 本当に毎試合毎試合ッ今年の夏の俺達の相手はどうして強者ばっかなんだァ!! どうなってんだよッ!!」

 早川の投球練習を受けながら、星は練習が始まってからずっと不満を発散させるように叫んでいた。

「あのさ、星くん・・・・・・。さっきからぶつくさ言ってないで練習に集中してよねッ! ピッチングに集中したいのに、これじゃあ気が散っちゃうよ!」

「ッうるせェ!! こっちだってなァ文句の一つや二つくらい吐いていねェと落ち着かねェンだよッ!!」

 再度。星はグラウンドの中に響き渡るような大きな叫び声を上げると、それに呆れんばかりの重たい溜息を漏らした早川だった。

 山の宮高校との対戦が決まってから星は、ずっとこの調子なのだ。

 早川は、これでは本当に練習にならないと言わんばかりのムスッと両頬を膨らませた顔を浮かべていた。

「ちょっと球太くん!! このままだと全然練習にならないんだけどッ!!」

 クルッと顔をブルペンから、たった今、ノックを受けているグラウンドのファーストを守る小波に向けて、早川は張り上げた声で文句を叫んだ。

 キンッ。

 それと同時にノッカーの山吹から放たれた鋭い打球が小波を目掛けて飛んでいく。

「おっと」

 小波は左手にはめてあるファーストミットの手前で地面に落ち強く弾いたショートバウンドを難無く巧く捕球した。

「そんな事、俺に言われてもな・・・・・・。そもそも星は一体何に対して苛ついてんだ?」

「あン? そんなの太郎丸の打開策に決まってンだろォがァ!! あンなエゲツねェストレートなんて今まで見たことなんてねェし、打てねェに決まってンだろォがッ!!」

 ほぼ八つ当たりに近い罵声。

 小波も早川同様、重たい溜息を思わず零してしまった。

「お前な・・・・・・今でも矢部くんや悪道と一緒にストレートの打撃特訓をしてるんじゃなかったのか?」

「ん? ああ・・・・・・まァ、それはそうなんだけどよォ」

 歯切れの悪い返答。星は悔しさを強く滲ませてギュッと下唇を噛み締めて言葉を続けた。

「けどよォ・・・・・・。浩平の野郎ォには悪いんだが、浩平のストレートじゃ太郎丸の投げるストレートを打てるのには無理がある」

「・・・・・・」

「テメェも分かるだろ? 浩平と太郎丸とじゃキレもノビも段違いに桁外れだ。これ以上先に勝ち進み為には、浩平以上の球も簡単に打てるようになるしか他にはねェだろうがよォ」

 星は、ただ悔しかったのだ。

 旧友である悪道浩平が指に豆を作り血を流しながら星や矢部の相手を夜遅くまで付き添っているにも関わらず、その練習の意味さえもまるで無駄だと言わんばかりに立ち塞がる太郎丸の

圧倒的な力の差を前に、いつもの威勢の良い星さえも為すすべもなかった。

 それは、他のナイン達も同じだった。

 完全試合を達成された相手。春の大会での試合結果だ。

 過去の戦歴、そして、目の当たりにした現在の太郎丸のストレートは、今まで出会った事がない程の威圧感に怖気付いてしまっていた。

「それならさ」

 それは、唐突に。

「球太くんが星くん達を相手に投げれば良いんじゃないの?」

 早川がパッと閃いた様に、言葉を漏らした。

「——ッ!?」

「・・・・・・」

 星は眉を片方上げ、小波は顔をグラウンドに向け黙ったまま、守備練習を眺めていた。

「球太くんのストレートには、太郎丸くんや猪狩くんに引けを取らない程の球速とノビを持っているんだし。いい練習になると思うけど?」

 その言葉を聞いた星は、ビビッと身体を跳ね上がらせて、早川の前まで一気に駆け出して早川の右手を強く握りしめた。

「ち、ちょっと!!」

「それはかなりの名案だぜッ!! 出来したぜェ早川ッ!!」

「急にボクに触んなでよ!!」

 触れいる星の手をまるで虫を叩くかのように払った。

「わ、悪ィ。・・・・・・でも、そうだな! 小波のストレートで俺たちの相手をしてくれれば多少は目が慣れるかもしれねェぜ!!」

「・・・・・・」

 だが。浮かれたのも束の間だった。

 小波の肘の故障の事に漸く気がついた。完治したとは聞いているとは言えど、この夏の大会で二試合、リリーフ登板したとは言え、故障者だったと言う事実には変わりなく、もし再発したらと言う懸念を抱き、無理をさせてたはいけないと感じた早川と星の二人は、小波を見る。

「あっ・・・・・・でも、球太くんは」

「そういやそうだったな。既に試合で何回か投げてるモンだからうっかり忘れてたぜ。テメェは一応、肘を一回やっちまってたんだよな。俺たち相手に全力投球して無理に投げたら悪化しかねないだろうな」

 気を使う二人に対して苦笑いを浮かべた小波は、下手くそな咳払いを一つすると、ニヤリと笑みを見せた。

「いいや、俺の方は大丈夫だ。俺の肘はもう既に完治してるし、身体に何処も異常なんて無いからな。それに・・・・・・太郎丸対策がそれしかねえんだと言うなら、お前らが満足するまで幾らだって相手くらいやってやるよ」

「小波・・・・・・テメェ」

「折角、ここまで来たんだ。皆の力でようやくここまで勝ち進んで来たんだ。あと二勝だ。太郎丸を打ち崩して、そんでもって猪狩のヤツもギャフンと言わして甲子園に行かなきゃ、お前と矢部くんの『モテモテライフ』なんていつまでたっても夢のまんまで叶えられねえだろ?」

「ヘッ・・・・・・小波、テメェ随分と好き勝手言ってくれるじゃねェか。甲子園に行けねェと俺たちはいつまで経ってもモテねェだァ? テメェがそんな風に言うンならよォ!? 否が応でも打てるようにならねェと駄目じゃねェて事かよッ!!」

「簡単な話、そういう事だ」

「言ってくれるじゃねェか!」

 ニヤリと笑みを交わす小波と星。

「さてと、それじゃ早速始めようぜ。時間は限られてる」

 小波はクルッと踵を返してマウンドの方へと足を進めてピッチング練習を始める準備を始めようとした。

「よっしゃァァアア!! テメェら!! 今からバッティング練習に移るぞォ!!」

 高々に叫び声を上げ、星は守備練習をさっさと終わらせてバッティング練習の準備に移りかかった。

「オラオラッ!! さっさと支度しろッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボールに指がこれほどにもか、と思わず言いたくなってしまう位だった。

 左腕から放たれたボールは、鋭さを内包し手元でグワンと更にノビが増して、勢いよくボールネットへと突き刺さった。

 紛れもなく絶好調。

 次の準決勝の相手が、小波球太率いる恋恋高校と戦うことが決まったからか、或いは、小波球太が再びマウンドに上がった事に対する喜びが相まって調子が上がっているか定かでは無かったが、どちらかと言えば後者だろう。

「ふぅ・・・・・・」

 誰も居ないブルペンに一人、太郎丸龍聖は滴る汗に塗れた顔をフェイスタオルで被せて拭き取ると、不敵な笑みを浮かべたまま再びボールを握り締めて右腕を振るった。

「やはり此処に居たか。全くお前と言う奴は・・・・・・明日は大事な準決勝の試合だと言うのに、こんな時間まで残って自主トレとはな。毎度毎度呆れを通り越して関心してしまう・・・・・・が、そこまでだ龍聖」

 ガチャとブルペンの入り口からドアを開けて中へと入って来る青年が太郎丸に声を掛ける。

「っと、一誠か」

 もう一球と、ボールへと伸ばした手がピタッと止まるが・・・・・・。

「ああ、分かってる。もう次が最後だ」

 そう言いながらも、太郎丸は何球、何十球とひたすらボールネットへと渾身のストレートボールを放り続ける。

 それは何時もの光景であり、見慣れた名島一誠は「いいストレートだ」と、投球練習をただただ眺めていた。

「龍聖。今のお前の球を見る限り。明後日の試合は楽しみで待ちきれなくて仕方がないと言わんばかりだな。余程、あの小波球太・・・・・・いいや、恋恋高校との戦いが待ち遠しくてウズウズしてるようだな」

「ああ、待ちきれない・・・・・・そんなの当たり前に決まってるだろ。なんて言ったて相手はあの小波だ。それに今日の試合だってお前も見てただろ? 小波は『三種のストレート』を二つも投げた。それを目の前で見せられちまって黙って居られるほど、俺は大人しい性格はして無いぜッ!!」

「やれやれ・・・・・・相変わらず気合い充分で呑気な奴だ。小波球太と言う人物を中学時代から知っている俺達二人からしてみると、だ。あの球は随分と攻略が難しくて厄介なんだがな。それに恋恋高校は春季大会と比べて別のチームと考えても良さそうだ」

 それは、春の大会の第二試合目の事だ。

 太郎丸は恋恋高校を相手に完全試合を成し遂げる事が出来たが、その試合が終わった後もその余韻に浸る事は無く、太郎丸と名島は決して満足した面持ちなど見せる事は無かった。

 小波達がこの程度では終わらない無い筈だ。

 それ以上に必ずレベルを更に上げて、二人の前に立ちはだかってくると強い予感がしていたのだ。

 極亜久高校、球八高校、きらめき高校、そしてパワフル高校と勝ち進み、準決勝まで登り詰める程のレベルまで到達していた。

 強くなると言う確信が的中したとなれば、今直ぐにでもこの左腕で捩伏せたいと言うピッチャー、いやエースとしての性が現れたのだろう。

 太郎丸の左腕から放たれるボールは、いつにも増して気合が十二分に込められていた。

「うしッ!! これだけ投げれば後はもう十分だろう。さてと、そろそろ終わりにして帰るとするか」

 太郎丸は最後の一球を投げ終えると、ネットに投げ込まれたボールを拾い始めようとした時だった。何かを思い出した太郎丸は、ボールを掴もうとした手がピタリと止まった。

「おっといけねぇや。一誠に言わなきゃいけない話があった事を忘れてたぜ」

「言わなきゃいけない話……? それは、なんだ?」

「明日の試合さ。『大海』と『世那』が試合を観に来るんだとよ」

「へぇ、大海と世那が? それは良かったじゃあないか。わざわざ関西から来るとは、兄としちゃ嬉しい限りだろ?」

 大海と世那。

 この二人の名前は太郎丸龍聖の弟の名前だ。

「まぁな。何せ大海は今や西強中学のエースを務め、世那はリトルリーグで正捕手。俺たちは相変わらずの野球好きな兄弟だよ」

「なるほどな。そう言えば大海のやつはもう中学三年になったんだったよな? 来年は高校生だろ? 進路は決めてあるのか?」

「ああ、どうやら『帝王実業高校』にするらしい」

「帝王か。俺はてっきり西強高校に行くと思っていたが違ったか」

「どうしても帝王でエースナンバーを張り合いたいピッチャーがいるんだとさ」

「張り合いたいピッチャー? ほぅ、それはどいつか気にはなるが、帝王実業中学で名の知れたピッチャーと言えば、あの『友沢亮』か?」

「ああ。その友沢からエースナンバーをもぎ取って甲子園で優勝するのが大海の夢らしい」

 実の弟の夢を語る兄である龍聖は照れ臭そうに笑みを浮かべていた。その笑みをチラッと眺めながら名島は口を開く。

「ふふ、流石は兄弟と言ったところだな。レベルの高いピッチャーととことん張り合いたいのが龍聖だもんな」

「俺は自分の限界を超える戦いがしたい、それだけだからな。だから俺は小波や猪狩のいるこの地区へと編入して来たんだ。でも、やっぱり山の宮に来て正解だった。俺はまだまだ強くなれる、そんな気がするよ」

「そうだな。お前なら更に手強いピッチャーになれるだろう。明日の試合、頼りにしてるぞ龍聖!!」

 スッと拳を出す名島。

「はぁ? 何を言ってやがるんだ? お前のリードがあってこその俺だ。こっちこそ明日の試合頼むぜ、一誠」

「ああ、そのつもりだ。小波を倒し、猪狩をも倒して必ず甲子園に行くぞ!!」

 二人は、拳をコツンと突き合わせてブルペンを後にした。

 

 

 

 

 太陽もすっかりと山の奥へと沈み、空は暗く黒く染まり、つい先程までの暑さがまるで嘘かと思うような涼しい風が火照った身体に吹きつける。

 明日の試合に備えて始めた練習も終えて、それぞれが重たく疲れ切った身体をずるずると引きずるように帰路に着く中、小波球太はたった一人で誰もいないグラウンドのマウンドに座って空をぼんやりと眺めていた。

 早川の提案で始めた太郎丸対策の打撃練習のピッチャーを務め上げ、レギュラーの八人に対してストレートオンリーの十五球をワンセットを二回も投げ抜いた小波は全身の筋肉がぶちのめされた様に疲労感を漂わせて今にも眠りそうな表情をしていた。

「・・・・・・」

 小波は。

 ふとした、何気ない気持ちで左手で右肩に触れてみた。

 

 ——ピリッ!!!!

 

 止めどない痛みが全身へと一気に駆け巡る。

「ぐっ——痛ッ!!」

 思わず蹲ってしまう程の身体に駆け巡る激痛と肩への違和感が襲う。

 一瞬にしてグニャンと歪み霞む視界に遠のく意識。

 この痛みを経験するのは小波にとって人生で二回目だった。

 一度目は、中学二年の時の全国大会での肘の故障の時に感じた痛みと全く同じだった。

「こりゃ・・・・・・ほんとのほんとにヤベぇな。アイツらを甲子園に連れて行かなきゃならねえって言うのに・・・・・・こんな所で一人リタイアなんて言うわけには行かねえだろ」

 それは、ただの独り言。

 その言葉は誰に言うわけでも無く、他ならぬ自分に言い聞かせるように呟いた。

 打撃投手を務める前に、小波は星に対して一つの嘘をついたのだ。

『身体に何処も異常はない』

 小波自身は身を持って分かっていたのだ。

 先日の猪狩進を事故から守る為に飛び込んでアスファルトの上に強く肩を打ち付けてしまったことによるダメージだと思い込もうとしていた。

 だがしかし、それとは別に小波の右肩に今でも蝕んでいる『爆弾』を抱えていると言う事を小波自身は既に知っていた。

 それは、パワフル高校との試合を二日前に控えた日の事だった。

 

 

 

 蝉の声がミンミンと響き渡る熱い日。

 授業が終わり放課後のホームルームを終えた俺と矢部くんは、急いで部活の練習に向かおうと身支度を整えようとしていた時だった。

『明後日の試合はいよいよ準々決勝。遂に古豪パワフル高校との試合でやんすね! 恐らく今まで以上の苦戦に強いられる白熱の戦いになりそうでやんす!』

『ああ、楽しみだけど正直気は抜けないね。今日の練習である程度のコンディションの調整と対麻生への対策が少しでも練れれば良いんだけどね』

 暫しの談笑を交えながら、二人で教室の引き戸式のドアを開けて廊下に出ようとした時だった。教室の先には白衣姿を見に纏った加藤先生が立っていた。

『こんにちは、小波くん。矢部くん』

『加藤先生。こんにちはでやんす!』

『・・・・・・こんにちは』

 何故、加藤先生が此処にいるんだろうか。と言う一つの疑問が真っ先に浮かんだ。

 少し嫌な予感を覚えながら。

 基本的に、加藤先生は普段の学校生活や部活中でもよっぽどの事が無い限り保健室から出て来る事はない。

 なら、今ここに居ると言うことはよっぽどの事があるに違いないと、俺は少しばかり険しい表情を浮かべながら口を閉じた。

 

『・・・・・・』

 沈黙。少し間が空いた。

 橙色に染まる加藤先生の瞳には、何かを言いたげに俺の顔を真っ直ぐに捉えていた。

『小波くん。部活前に行く前に少しだけ良いかしら? 少し貴方に用事があるの』

『用事ですか?」

 神妙な面持ち。その表情で重要な話だと言うのが見て取れた。

『何の用事でやんすか? まさか、急な力仕事とかの手伝いか何かでやんすか!? それならオイラも一緒に着いて行くでやんすよ!』

 矢部くんは意気揚々と一人淡々と話に食いつく。

『いいえ、矢部くんはそのまま部活に行って貰って構わないわ。私は小波くんに真剣な話があるのだけなの』

 まるで矢部くんの言葉に耳を傾けていなかったのか、加藤先生は即答で拒否をした。

『はい・・・・・・でやんす』

 ガックリと肩を落として矢部くんは、そのまま重たい足取りに重いトーンで『先に行ってるでやんす』と、ポツリ呟きながらトボトボと廊下を歩いて行った。

 矢部くんが曲がり角を曲がったのを見送ると・・・・・・。

『小波くん。ここだと他の生徒達に話を聞かれるから保健室に行くわよ』

『・・・・・・はい』

 と、淡々な口調で言葉を発した加藤先生は保健室へと脚を進める。

 俺は、その後を不安を抱えながら付いて行った。

 

 保健室に着くと、加藤先生は背もたれ付きの診察チェアに座り、俺は患者用の丸椅子に腰を下ろす。

 余談ではあるが此処に来るのは一年生の時の加藤先生との初対面時以来だった。

『何か飲むかしら? コーヒーか紅茶でも淹れるわよ?』

『いえ、結構です』

『そう・・・・・・』

 と、短く言葉を切り、一つのマグカップを棚から取り出して、インスタントコーヒーの袋を取り出してお湯を注ぎ始めた。

 何処と無く怪しい雰囲気が感じ取れる。

 こちらから目を見て話しているのに一向に目線を合わせて来ない、寧ろ、逸らされている辺り何か俺に言いたい事があるんだろう。そうな感じが確信に変わった。

 何だろうか。

 そう言えば昨日のきらめき高校との試合、マウンドに上がった時に呼び出されて先生にヤケに怒っていたっけ。

 まぁ・・・・・・実際、昨日は昨日で早川の体調不良の事もあり、俺自身がマウンドに上がる事になったのは仕方の無い事だった。

 それに、昨日の登板を経て現在、肘の調子は痛みも感じない。

 俺は肘の事なら大丈夫ですよ。と、今まさに言おうとした時だった。

『単刀直入に言わせて貰うわ。小波くん、これ以上マウンドに上がると言うのなら、貴方の野球人生は終わりを迎えるわよ』

『・・・・・・』

 

 

 えっ・・・・・・?

 終わる・・・・・・?

 

 ドクン。

 

 胸の奥の鼓動が強く。

 

 ドクン。

 

 また一瞬。

 

 ドクン。

 

 脈を打つ音がハッキリと鳴り響いた。

 加藤先生の言葉に対して耳を疑い、ハッと我に返るのに数秒の間が出来た。

『い、今なんて言いました?』

『これ以上の投球は、貴方の野球人生は終わりを迎える、そう言ったのよ』

 どう言う事だ?

『いやいや、待って下さい。それって・・・・・・俺の右肘の事ですか? 肘なら全然、問題なんて無い筈で——』

『いいえ、右肘は小波くんの言う通り何の問題もないのが現状よ』

『・・・・・・それなら、一体何なんですか!?』

 食い入る様に言葉を返す。

『残念だけど今の貴方の右肩には「爆弾」が出来てしまっているのよ。それも選手生命を断つ程の重症な爆弾なの』

『肩!?』

 いつの間に?

 肩に違和感なんて全く無いのに・・・・・・。

 肩に爆弾?

 それも選手生命を断つ程の・・・・・・。

『・・・・・・』

 汗だけが流れる。

 だけど、何故だ?

 なんで先生が俺の肩に爆弾を抱えている事を知っているのだろう?

 いや、待て・・・・・・加藤先生が俺の肘の事を気にかけて脅している可能性もある。

 しかし、俺は心の何処かで冗談では無いと分かっていたのかもしれない。

 爆弾があると告げた言葉が、こんなにも恐ろしく響いたのは——根拠なんて無いけど、きっと加藤先生は、ただの「保険医」では無いからだろう。

『理由は詳しくは言えないけど、プロを目指すと言うのが貴方の夢である以上、この先は大人しくしている事ね』

『・・・・・・』

 言葉が出なかった。

 本音を言うならば。

 再び野球を始めて聖相手にピッチング練習を始めた時から、肘の怪我の再発——いつ壊れても可笑しくない事を前提に、ある程度の覚悟を決めて今まで投げ込んで来た。

 それでも俺は、どんな結末を迎えようとも最後の最後まで投げると決めたから、再びマウンドに立つ事を決めた。

 どんな事になろうとも、俺はアイツらを甲子園に連れて行くと『あの日』に決めたんだ。

 もう腹は括っているんだ。

 今更、退くことは出来ない。

 けど・・・・・・。もう野球が出来ないと告げられて襲い来る不安が、何とも不気味で他の言葉に言い換えられる事の出来ない感情が渦を巻く様に気持ち悪く身体中へと広がって行った。

 俺は・・・・・・どうすればいいのだろうか。

 

 

『はるかさーーん! 練習始めるんで、この漢・星雄大の為に、はるかさん特製のスポーツドリンクを作っておいて下さーーい!!』

 

 突然、轟いた叫び声に思わず拍子抜けしてしまった。

 今の叫び声は、野球部のグラウンドの方向から聞こえた。今の声は星の声で間違いないだろう。

 まったく、だらしねえな。

 今はとっくに練習中の筈だぞ。俺が居ないと練習も碌に出来ないのか? 

 そんなもんじゃ説教モンだぜ、星。

 気がつくと、不気味な感情が消えていた。

 そうだよな。

 迷ってなんかいられねえよな。

 もう、決めたんだ。

 それに、俺のなりたかった夢、なろうとした夢をきっと叶えてくれるヤツが、今は居るから何も心配なんてないんだから。

『加藤先生。俺の夢は・・・・・・もうプロ野球選手になる事ではありません。今はアイツらとこの恋恋高校野球部のメンバーとで甲子園に行くのが俺の夢なんです! だから、次の試合もその次も俺はマウンドに立ち続けて、その夢を叶えます!」

『小波くん、貴方ッ正気なの!? 今の私の言葉が聞こえてなかったの!? もう二度と投げられなくなる可能性があるのよッ!! そんないつ爆発するか分からない爆弾を抱えてまでマウンドに上がる理由は一体なんなの!?』

 今まで聞いた事のボリュームで声を高々に上げる。

『俺・・・・・・本当、自分の事ばっか優先して後先考えないで突っ走る大馬鹿者だって事くらい自分で分かってるんですよ』

 そう・・・・・・。

 俺は中学時代から何一つ変わってない。

 あかつき附属の時も全国制覇を目標とし、三種のストレートを手に入れチームの為に腕を酷使し続けた結果、俺は右肘を壊してしまった。

 それをまた再び繰り返そうとしている事も分かっていた。

『けど、これだけは譲れないんです。他の人からしたら馬鹿な事だと思うかもしれない。でも早川の為、アイツらの為、それだけで俺が腕を振るう理由は十分にあるんです!!』

『それでもし肩の爆弾が爆発したら? 貴方はもう野球が出来なくなるのよ!? それで勝って甲子園に行けたとしても、あの子達は何も嬉しく無いはず・・・・・・』

 張り上げていた声のボリュームが徐々に小さくなっていき、やがて言葉が止まった。

 まるで鳩が豆鉄砲を食ったような、目を見開いて空いた口が塞がらないと言った表情をして居た。

『小波くん・・・・・・貴方は・・・・・・』

 加藤先生に見える今の俺は今までに誰にも見せた事が無いほど、きっと悲しい顔をしているのだろう。

 目頭が熱く込み上げてくる『何か』のせいで目の前が少し霞んで見える。

『加藤先生、ありがとうございます。俺の事を思ってくれての発言だと言うのは十分に伝わりました。だけど、すいません・・・・・・。俺はこのままの自分の信念を貫き通します』

 俺は頭を深々と下げた。

 譲らない。その気持ちをしっかりと胸に刻みつけ、そのまま無言で保健室を後にした。

 廊下に出ると、帰宅するグラウンドから活気に満ち溢れた声が聞こえて来た。

 そろそろ部活に行かなければ・・・・・・。

「——ッ!?」

 学校から出ようと脚を進めようとしたが、よろっと脚が縺れてしまった。今まで誰にも言わずに心の中に溜め込んでいた本音を始めて打ち明けた疲れがドッと押し寄せて来て、思わず壁にもたりかかると——。

『バカな子。貴方の行動は、私には全く、何一つ、理解できないわ』

 誰も居なくなった保健室で加藤先生の独り言が聞こえた。

 

 

 

 

——。

 

 

 

 甲子園まで残り二勝。

 果たしてこの肩が持つかどうか・・・・・・か。

 だけど明日の試合、必ず太郎丸達を下して猪狩達にも勝ってみせる。

 俺の今までとこれからを全て引きずり出してでもこの右腕を振りぬかなきゃいけない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。