実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第57話 準決勝VS山の宮高校

 それは余りにも桁違いだった。

 唸る左腕から放たれた直球は、瞬く間もなくキャッチャーのミットへと投げ込まれた。

 そのストレート——。

 百五十キロに迫る。それはまるで風を切るかのようにノビのある球だった。

 拳銃の弾丸のような高速横回転を掛けて放つ『ライジング・ショット』と呼ばれている切り札は紛れもなく高校レベルを遥かに超えていた。

 最後のバッター。この試合に対して「二十七人目」のバッターを遊び球無しの三球三振で仕留め、今日の試合、十八個目の三振に切り倒しすとバッターは、その場でバットを握ったまま己の悔しさが全身に伝わり、力無く膝を崩して泣き倒れ込んでしまった。

 しかし、左腕のエースは同情、哀れみなど微塵も表情に浮かべる事なく淡々とマウンドから青い色の瞳でジッと見つめているだけで、滴り流れる汗を腕で拭った。

 二十七人。

 完全試合と言う快挙にどよめく球場の歓声に包まれ、ナイン達が喜びを勇んでハイタッチを求め集まるが、青年は笑みを一つ浮かべるどころか、その青い色の瞳はジッと静かに前だけを見つめて——。

「まだだ。僕は、こんな所で喜んではいられない。……そうだろ? 進」

 と、誰にも聞こえない声で呟き、決勝の舞台にいち早く到達したあかつき大附属のエースナンバーを背負う猪狩守は足早に球場から姿を消した。

 

 

 

 

 

「それにしても猪狩くん。いつになく気合いが入っていましたね」

 ボロボロに使い込まれたノートブックに試合内容を書き込みながらバックネットの中段に腰を据え、スカウトの及川が呟いた。

「そうだな。ここに来て猪狩くんの闘争心がより一層引き上がった様に感じるピッチングに見えた。最後の夏を迎え、準決勝まで勝ち進むと甲子園を意識しだし上手い具合に投げ込めないピッチャーも多いが・・・・・・まさかここまでやるとはね。流石と言うべきか・・・・・・全く恐れ入ったよ」

 同じくスカウトの影山は、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまうほど圧巻なピッチングだった。

「プロ球団の数球団が猪狩くんを一位指名する動きがある中で、この完全試合は更に好印象を与えますね」

「うむ。この代はプロでも活躍できる稀有な才能を持つ選手が粒ぞろいだ。我々、プロ野球スカウト業界の中では既に『猪狩世代』とまで言わしめるほどだからな」

「猪狩世代ですか・・・・・・」

 及川は、思わずゴクリと生唾を飲んでしまった。

「猪狩くん以外にも東北地区では先日甲子園出場を果たしたアンドロメダ高校の「大西・ハリソン・筋金くん」に、関西地区では西強高校の「久方怜くん」と「滝本太郎くん」の名コンビも名を馳せているし、更に言うならば同じ頑張地方には、帝王実業のマサカリ投法の「山口賢くん」と有能な選手ばかりだ」

「これは・・・・・・まさに今後の日本球界が楽しみでなりませんね!!」

「ああ、及川くんの言う通りだが・・・・・・その前に、我々の仕事はこれからだ。その猪狩くんに並ぶ強者の二人の試合からは決して目が離せんぞ」

「はいッ!! 恋恋高校の小波くんと山の宮の太郎丸くんの試合ですよね、勿論です!」

 さっきまでの緩んだ二人の顔が険しく引き締まり、視線はジッとグラウンドへと向けられた。

 これから始まる恋恋高校対山の宮高校の準決勝はもう間もなく始まりを告げる。

 

 

 

 

 

 埋まった満員の観客席。

 前の試合の猪狩守の完全試合の余韻がまだ冷め止まぬ騒めく中、恋恋高校の星は大きなため息を漏らしていた。

「それにしてもよォ。一体どうしたって言うンだァ? いつにも増して随分とギャラリーがわんさか居るじゃねェか」

「それは当たり前でやんすよ。だって今日は準決勝でやんす! 皆んな気になって見に来るに決まってるでやんす!」

「まァ・・・・・・。それは、確かにそうなンだけどよォ」

 星は、ポツリと言葉を零した。

 どこか腑に落ちない。

 そんな表情を浮かべている。

「どうかしたでやんす?」

「ン? あァ、何て言うか。今日のオレ達は周りの目からして見たら、ただの「咬ませ犬」なンだろうぜェ。注目の的は、きっと向こうさんの太郎丸なんだろうよォ」

「前の試合で猪狩くんが完全試合をしたばかりでやんすもんね・・・・・・。それに中学時代なんかは「左の猪狩」と「右の太郎丸」なんて、周りから言われ比べられて来た実力者同士だし、オイラ達なんて眼中にはないのは当たり前なのかもしれないでやんす」

 矢部と星は互いに顔を見合わせると、また再び大きなため息を零した。

「コラッ!! 二人とも、試合前に弱気を見せてどうするのさッ!!」

 突然の叱咤。

 二人の頭にコツンと小さな拳が振りかざされる。そこに居たのは眉を寄せて険しい顔を見せた早川あおいだと思っていたが、少し和かに笑顔を見せていた早川あおいだった。

「痛ェな!! 早川ッ!!」

「痛いでやんす!!」

「それは叩きたくなるよ!! 試合前だって言うのに、もう負けたような顔をしてるんだもん!!」

「ッたく。それにしてもどうしてテメェはいつに無く元気なンだァ? 何か良いことでもあったのか?」

 あまりの不思議さに気になった星は思わず質問した。

「だって今日の先発は球太くんなんだよ!」

「あン? 小波が先発だからって、何でそれでテンション上がってるンだよッ!!」

「えっ!? ボクは……別にテンションなんか上がってなんかいないよ!」

「どォだかな。だったらよォ、さっさとあの癖毛頭の馬鹿野郎に告白の一つや二つくらいしたらどうなンだァ?」

「——告白ッ!? ほ、星くんのバカッ!!」

 パチンッ!!!

「うぐッ!!」

 切れのある重たい一撃が星の頬に乾いた音が鳴り響くと同時に、早川は赤めてモジモジと恥ずかしがりながら一目散にベンチの外へと飛び出して行った。

「・・・・・・俺、今変な事言ったかァ?」

「正に。女心が分からない、デリカシーのない事を言ったのは確かでやんすよ・・・・・・」

 そんなやり取りを気にかける様子さえ見せずに、小波と監督の加藤理香は真剣な表情で何やら話をしていた。

「・・・・・・貴方の言う通り。早川さんは体調の調整の為、先発から外しておいたわ」

「ありがとうございます」

「小波くん? 念の為に聞くけども・・・・・・本当にこれでいいのよね? 今ならまだ間に合わうわよ」

「いえ、大丈夫です。俺の覚悟はもう決めてますので、意思は決して変わらないです」

「そう・・・・・・。貴方がそれで良いと言うのなら、それを私から止めることも他に言う事は無いわ」

「はい。助かります」

 小波はギュッと握り拳を作り、ただ一点を見つめた。晴天の空、透き通った青空をただジッと見つめていた。

 

 

 試合開始五分前。

 まだかまだかと騒めく球場の中を一人の青年が席を見つけようと探し歩いていた。

 だが、埋まり尽くした観客席から見つけようにも埒があかないので、ため息を一つこぼして、立ち見にする事に決めた。

 その青年。高柳春海は、竹馬の友である小波の試合を観に来ていたのだ。

「頑張れよ、球太。あと二つで甲子園だ。俺たちの分まで登り詰めてくれよな」

 小波に向けた聞こえない声援。小声で囁くように呟いた。

 すると——。

「あれ? お前・・・・・・春海だろ!? 高柳春海だよな?」

「えっ!? って・・・・・・ゆ、遊助!?」

「これは驚いたな!! まさかこんな所で会うなんて!!

「それはこっちの台詞だ。まさか遊助がこの試合を観に来るなんて・・・・・・」

 そこに現れたのは、球八高校のセカンドのレギュラーを務めていた塚口遊助だった。

 春海とは同じきらめき中学の出身であり、かつては同じセカンドのポジション争いを繰り広げたライバルでもあり親友でもあった。

 久しぶりの再会に喜びを感じる春海だったが塚口を見て、一つの疑問が浮かび上がった。

「あれ? 遊助って山の宮か恋恋に知り合いでも居たっけ?」

「居ねえよ。俺は別にこの試合を観に来るはずは無かったんだ。だけど、智紀の奴がプロ入りを目指してるもんでな。毎日毎日自主練習ばかりしてやがるんだ」

「休む間も無く練習とは感心するね」

「それでたまには外の空気でも吸って気分転換がてらに、と強制的に連れてきたんだが・・・・・・智紀のヤツ、目を離したらいつの間にかどっかに行っちまったらしい」

「あはは。成る程ね。でも矢中のあのアンダースローからの『フォール・バイ・アップ』が投げるのなら、プロでも活躍は間違い無いだろうね」

「さぁ? それはどうだろうな。プロ志願なら智紀は、もうちょいと身長伸ばした方が良いとは思うけどな」

 塚口は鼻で笑う。最近、練習と同時に身長を意識して牛乳を飲み始めた矢中の事を思い出し笑いながら言う。

「身長は仕方ないだろう。それより遊助はプロ志願はしないのか?」

「いや、俺はプロには行かねえよ。大学にでも行こうと思ってる。ま、大学でも野球はやるつもりだが。それで? そういうお前こそ進路はどうなんだ?」

「俺も大学進学だよ。イレブン工科大学」

「イレブン工科大学?」

「ああ、どうしてもそこに胴上げしたい先輩がいるんだ」

「そうかい。なら、共に頑張ろうぜ。神宮で頂点に立つのは俺だ」

「望む所だよ。それより大学に行けるように勉強を頑張るべきだね」

「うっ・・・・・・久々の再会だって言うのに痛い所を突くなよな。まったく、やっぱりお前と智紀はどこか似てる気がするぜ」

 冷や汗を流しながら、塚口はトホホ・・・と我ながら情け無いと感じて肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 整列の準備が始まり、山の宮高校と恋恋高校がベンチ前に立ち球審の集合の合図が告げられると両校がホームベースを目掛けて一斉に駆け出して、試合が始まった。

 

 先攻・山の宮高校スターティングメンバー

 

 一番 ショート 西新京太郎

 

 二番 ライト 中野啓介

 

 三番 キャッチャー 名島一誠

 

 四番 センター 坂上和雄

 

 五番 サード 東忠

 

 六番 ピッチャー 太郎丸龍聖

 

 七番 ファースト 高円寺未希

 

 八番 レフト 石田凛太朗

 

 九番 セカンド 勝俣一志

 

 後攻・恋恋高校スターティングメンバー

 

 一番 センター 矢部明雄

 

 二番 ショート 赤坂紡

 

 三番 キャッチャー 星雄大

 

 四番 ピッチャー 小波球太

 

 五番 レフト 山吹亮平

 

 六番 セカンド 海野浩太

 

 七番 ライト 御影龍舞

 

 八番 ファースト 京町一樹

 

 九番 サード 毛利靖彦

 

 

 マウンドに上がった小波が投球練習をし始めた。その様子を山の宮ベンチからじっくりと抉るような視線を向けているのは、太郎丸と名島のバッテリー二人だった。

「てっきり今日の先発は早川で来ると予想していたんだが・・・・・・どうやら当てが外れた様だ」

「へっ、そんな事気にすることは無いぜ。小波と存分に投げ合えるって事だろ」

「龍聖。お前がやる気を出すのは一向に構わないが・・・・・・猪狩の試合のことあまり意識するなよ」

「猪狩? ああ、さっきの完全試合の事か。心配してくれてるところ悪いが一誠、今の俺は眼前に立ち塞がる小波との投げ合いが楽しみすぎて気にしちゃいられねよ」

「よし、なら問題は無さそうだな。龍聖、存分に楽しんでいくぞ!!」

 

 

 投球練習の最後のストレートを星に向けて放り込む。

『山の宮高校の攻撃 一番 西新くん』

 右打席のバッターボックスの中に入り、鋭い目つきでギラッと威嚇し小波を睨みつける。

 それに対して、小波は思わず笑みが零れてしまった。

 流石は準決勝だ。オマケに去年の甲子園出場したチームだけあって、今までのどのチームよりも気合いの入り方がまるで違った。

 対する一球目。百四十七キロのストレートが勢い良くど真ん中に突き刺さる。

「ストライクッ!!」

 二球目。鋭いキレのあるスライダーで空振りを誘い、あっという間にツーストライクへと追い込んだ。

 そして、三球目。星が出したサインに対して小波はコクリと縦に頷く。

 右腕から振り抜かれた球は、三種のストレートの一つである無回転のストレートだ。

 西新はテイクバックをしっかりとったバットスイングでボールを捉えるものの、無回転と言う重さに負けた打球はショートの赤坂の前へと転がりワンナウトとなる。

 続く二番打者の中野が左打席のバッターボックスに構える。しかし、小波は淡々とストレートと変化球で中野のバットに掠る事さえさせずに三球三振で仕留めた。

『三番 キャッチャー 名島くん』

 初球。百四十九キロのストレートをインハイへと放り投げたが、臆する事なくバットを振ってカットされる。

「チッ・・・・・・今の球をカットかァ。流石は、太郎丸の相棒って訳だぜェ」

 星が思わず舌打ちを鳴らす。

「良い速球と良いコースだ。だけど悪いが、この程度の速球は俺は嫌と言うほど取り慣れてるんでね」

 ニヤリと名島は笑った。

 続く二球目には『ノースピン・ファストボール』三球目には『スリーフィンガー・ファストボール』と立て続け放り投げるが初見にして難なくカットされ、四球目、五球目に投じた変化球を選球眼の良さでギリギリ見送り、カウントはツーストライク、ツーボールとなった。

 平行カウント。次に来るのは恐らくただのストレートで仕留めに来るだろうと、名島は予想を立てた。

 そして、六球目。

 小波は右腕を振りかぶり、撓った腕から勢いのあるストレートが投じられた。

 高めに投げ込まれた百四十キロ前後のストレート。

「甘いッ!! 貰った!!」

 名島はストレートの予想を的中させた、とバットスイングをした。

 ——ククッ!!

 しかし、ボールは突然に浮き上がるかのようにホップしたのだ。

「な、何ッ!? この球は・・・・・・まさか!?」

 ——ズバァァァァァン!!

「ストラック!! バッターアウトッ!! チェンジ!!」」

 スイングしたバットから避けるように浮き上がったストレートが星のミットへと音を立てて収まると観客席からドッと響き渡る歓声が湧き上がった。

「・・・・・・」

「ドンマイ、一誠。切り替えていこうぜ」

 ベンチに引き返してくる名島に向けて太郎丸はキャッチャー用具を用意しながら言う。

「ああ、龍聖。すまない」

「別に良いって。それより小波の今の球は、三種のストレートの球か?」

「ああ。初回で『三種のストレート』を全部投げてきたと言うことはかなり本気らしい」

「こりゃ、面白い試合になりそうだ」

 左手をギュッと握りしめ、太郎丸はニヤリと白い歯を輝かせた。

 

 

 

「ふぅー。暑い暑い」

 小波はベンチに戻り、帽子を取って七瀬から渇いたタオルを受け取り「ありがとう」と礼を伝え、彼方此方に跳ねる癖毛を拭ってドリンクを喉に流し込む。

「球太くん!!」「オイ!! 小波ッ!!」

 早川と星が同時に小波の前に立ち塞がった。

「・・・・・・なんだよ。二人して」

「なんだよ、じゃねェよ!! テメェな!! 今の最後の球は一体なんなンだァ?」

「そうだよ! ストレートが『ホップ』した様に見えたし、もしかして今のは猪狩くんの『ライジング・ショット』?」

「ああ、あれか。いいや、最後の球は猪狩の『ライジング・ショット』とはまた少し違うんだ。俺の『三種のストレート』の最後の一つ『バックスピン・ジャイロ』だ」

「ばっくすぴん・じゃいろ……?」

「ま、説明が難しいから簡単に言うとライズボールだな。猪狩の『ライジング・ショット』程の威力は無いから、言わば下位互換みたいなもんだな」

「ノースピンにスリーフィンガーと来て最後にはバックスピンだとォ? ったく、大したモンだよテメェはよォ。でもまァ、これで全部出し尽くしちまったって訳だ」

「さあ? それはどうだろうな。もしかしたら「奥の奥の手」なんてもんがあるかもしれないぜ?」

「「——っっッ!?」」

「えっ!? 球太くん・・・・・・三種のストレートだけでも十分凄いのに、その他にもまだ隠してるのがあるの!?」

 小波の言葉に、早川は驚きを隠せなかった。

 しかし、早川以外にも余りにも驚いた顔をしたナイン達に小波は焦りを感じ、誤魔化す様な苦笑いを浮かべる。

「あははは、なんてな! あったら良いな、と言うただの冗談だよ」

「テメェ、小波ッ!! バカか? こんな大事な試合だって言うのに冗談なんか抜かしてる場合じゃアねェだろうがッ!!」

「分かってるって、だから冗談だって・・・・・・」

 小波はソッと顔をタオルで拭う。そのまま冷静な表情へと変え、星たちはその表情に気付く事なく一番打者である矢部がネクストバッターズサークルへと向かったところを見送り檄を飛ばした。

 ベンチの一番端に腰を据えて試合を見守っていた加藤理香は、無言のままジッと視線を小波に向けて、小さな溜息を漏らしながら小さな声で「本当にバカな子・・・・・・」とだけ呟いた。

 

 

 後攻、恋恋高校の攻撃が始まる。山の宮の左腕のエースである太郎丸はマウンドの土をスパイクの先で均していた。

 真剣な眼つき。小波のピッチングに感化されたのか気合いに満ちた表情だった。

『恋恋高校の攻撃、一番 センター 矢部くん』

 右打席に構える矢部に対して、太郎丸が投じた初球は、轟音を鳴り響かさるような百五十二キロを超えるストレートが矢部が構えるインコースへと、クロスファイヤーがズバリと名島のミットへと収まった。

「ストライクッ!!」

 矢部はその場で思わずゴクリと喉を鳴らしてしまうほど、太郎丸のストレートの球威の予想を遥かに上回っていた。

 二球目。同じくストレートがインコースへと突き刺さり簡単に追い込まれてしまう。

「矢部ェーーッ!! バット振らねェと持ってる意味ねェぞッ!!」

 ベンチから星が声を上げたが、その檄も虚しく、三球目のストレートを空振りし三球三振に仕留められてしまった。

 

「チッ。ったく、何したんだよテメェは」

「ごめんでやんす・・・・・・」

 星の叱咤に矢部は肩を落としてベンチへと引き下がってきた。

「それで矢部くんはどう感じた? 太郎丸のストレートを」

「全く持って、去年とは別人でやんす。ノビもキレも段違いでやんす」

「そうか。やっぱり、去年の甲子園を経験して一皮剥けたと言う訳か・・・・・・」

「でも、オイラ達は必ず打つでやんすよ! 小波くんが疲れ果てるまでオイラ達を相手に投げ続けてくれたんでやんす! 無駄だったとは思わせないでやんすよ!」

「矢部くん・・・・・・」

 思わず笑みが零れる。

 優しさが籠っていて、オマケに背中を押してくれる言葉だった。

「良く言ったぜェ!! 矢部!! こうなったら太郎丸をさっさとボコボコにして決勝戦に行ってやろうじゃねェか!!」

 

 

 

 だが。

 

——ズバァァァァン!!

 

「ストライクッ!! バッターアウトッ!!」

 百五十二キロのストレートを星はバットを一度も振る事無く見送り三振に仕留められてしまい、恋恋高校の攻撃は無得点のまま一回表を終えた。

「クソったれがァァァァァーーッ!!」

 星は悔しさを込めた叫び声を一つ、空に向かって吠えるのを小波は呆れた顔で見つめていた。

「お前ってヤツは本当にある意味で期待を裏切らないな……」

 

 

 

 

 

 

「えっと、ここじゃなくて・・・・・・あっちか?」

 遠くからでも聞こえる歓声。

 だけど目的地になかなか辿り着かない。

 確かにこの辺だぞ、とスマートフォンのアプリの地図を見つめ、向かうの作業をかれこれ十五分程繰り返していた。

「大海兄ちゃん、もう試合が始まってるよ?」

 あどけなさがある顔つき、見るからに小学高学年の少年が面白く無そうに呟いた。

「世那。分かってるから、だから、その、焦らせないでくれないか? ここの土地感がゼロなんだからさ」

 スマートフォンと今現在、絶賛睨めっこをしている大海と呼ばれた青年が冷や汗を流しながら言う。

 二人は、太郎丸龍聖の実の弟である太郎丸大海と太郎丸世那だった。

「龍聖兄ちゃんの試合だよ?」

「分かってるって、兄貴の試合が見たくて頑張地方まで来たのに迷子は笑えないぜ」

「他の人に聞いた方が早いんじゃない?」

 それは名案だ。と言わんばかりに大海が手を叩き、丁度タイミング良く横を通り過ぎる本を片手に持った赤毛の青年に声をかけた。

「あの、すいません。場所を訪ねたいんですけど・・・・・・」

「・・・・・・」

 燃える様な烈火の様な赤い髪とは裏腹に覇気の無い灰色の瞳。大海と同い年と思われる青年は無言で頷いた。

「頑張地方球場ってどこだか分かります?」

「・・・・・・えっと、ここを真っ直ぐ行って、左に曲がって・・・・・・」

 声が小さい。大海が必死に耳を傾ける。

 聞き取れるかどうかあやふやなボソボソとした細い声で場所を丁寧に教わった。

「ありがとう。助かったよ」

「・・・・・・あの、それじゃ、僕はこれで」

 ペコっと目を合わさず、赤毛の青年がその場から立ち去ろうとしたが、大海が声を掛けた。

「あのさ、良かったら君の名前を教えて貰ってもいいかな?」

「・・・・・・何故です?」

「何故って言われても・・・・・・、あっ!! そうだ、そうだ。俺、来年からこの街に住む事になってるから、今度どこかでばったり会った時にお礼したいし、一応な」

「・・・・・・僕の名前は、明日光です」

「明日光、か。俺の名前は太郎丸大海、よろしくな」

 赤毛の青年こと明日光に再度「ありがとう」とお礼を言うと、二人は足早に球場へと向かって行った。

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