実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
手に汗握る恋恋高校と山の宮高校の甲子園を決める準決勝。
試合は二回の表まで進んだ。
先攻の山の宮の攻撃が始ったが、マウンドに上がる小波は冷静沈着の中、右腕を振り続けては先頭打者である四番の坂上をツーストライクに追い込んでから『ノースピン・ファストボール』でファーストゴロに打ち取ると、続く五番の東を『バックスピン・ジャイロ』で空振りの三振に仕留めてあっという間にツーアウトとなり六番打者である太郎丸の打席を迎えた。
——ワァァァァッッ!!
ドッ、と湧き上がる歓声の中、何も恐れるものなど無いかのような、寧ろ、この試合を楽しんでいるような少年のような顔つきで太郎丸は堂々と打席に入り、バットのグリップを強く握りしめて十八メートル先のマウンドに上がっている小波を両の目で捉えていた。
その目。ただ成らぬ威圧感を感じる。
ピリピリした空気がチクチクと肌を叩く。小波は、額から頬を叩い顎から汗が一つ垂れ落ちると同時にニヤリと口角を上げて太郎丸を見つめて笑った。
あかつき大附属高校のエースである猪狩守同様、既にプロ数球団が一位指名で交渉権を狙うと公言しているほど、またメジャーリーグスカウトマンからも注目されているその右腕の取り柄は百五十キロを超えるピッチングと抜群のコントロール、強靭なスタミナでも『アンユージュアル・ハイ・ストレート』だけでは無い。
長打率はチーム二を争い、打者顔負けのバットコントロールも群を抜くほど打撃の方にも定評があるのだ。
一瞬の気の緩みが命取りだ。と、小波は強く頭の中で意識をしながらゆっくりとボールの縫い目に沿って「人差し指」「中指」そして「薬指」の『三本の指』を添えた。
そして、太郎丸に対して振りかぶった一球目を投じる。
キィィィィン!!!
内角へ投げ込まれた小波の得意とする『三種のストレート』の内の一つである『スリーフィンガー・ファストボール』を難なくバットへと当てグラウンドに金属音が響き渡るが、打球はキャッチャーの後方、バックネットへ勢いよく飛んで行った。
「ファール!!」
「……っ」
やはり『三種のストレート』であっても、準決勝まで勝ち進んできたチームのエースを担う太郎丸をたった一球目であっさりと仕留められる程、甘くはないようだ。
それは、お互いにそう感じたのだろう。
小波と太郎丸は互いの顔を見合わすなり笑みが溢れていた。
続く二球目。
小波は再び『三種のストレート』の一つである無回転のストレートである『ノースピン・ファストボール』を投じる。
キィィィィン。
——しかし。名島同様、太郎丸は初見にも関わらずバットを振り抜き『ノースピン・ファストボール』も難なくカットした。
カウントはノーボール、ツーストライクとなり小波が太郎丸を追い込んだものの、太郎丸は依然として焦りなど微塵も感じさせずにドッシリと構えていた。
そう、それはまるで『打てる』という自信が確信に近いと言う満ち溢れた面構えで、名島を捉えたもう一つの『三種のストレート』を待っているかのように、ただただ太郎丸は笑っていたのだ。
「どうやら、舐められてるって訳か……」
小波は流れる汗を拭う。
その表情は、ただただ笑みを浮かべたままであった。
青年の顔つきは穏やかでは無かった。
数時間前、予選大会の準決勝戦において完全試合を達成したあかつき大付属の左腕である猪狩守は学校には戻らず、真っ先にその脚は球場から少し離れた頑張中央病院に訪れていた。
理由はただ一つ。
つい先日の事だ。帰宅途中の不意な交通事故に巻き込まれてしまった弟である猪狩進のお見舞いを兼ねた試合報告をしに足を運んでいたのだ。
猪狩守はドアの前で脚を止めて、コンコンと拳で軽いノックを二回鳴らした。
するとドアの向う側から「はい」と、気の弱い小さな声が聞こえる共にドアを開けて病室の中へと入って行った。
広くて白い病室にただ一人。
少し開いた窓の隙間から入ってくる風に透き通った様な茶色の髪を靡かせ、赤い色よりも濃い紫色の瞳で猪狩進は外を見ていた。
隣に置かれたラジオから、たった今行われている準決勝戦である恋恋高校対山の宮高校の試合中継が流れていた。
「やぁ、進。体調はどうだい?」
「兄さん、お疲れ様でした。体調はもう大丈夫みたいです。心配かけてすみません……」
「そうか……。それは良かった」
つい先ほどまで穏やかでは無かった猪狩の表情は一転して優しい顔つきに戻った。
「ただ、お医者さまが言うには明後日には退院出来るけど、やはり練習は八月いっぱいまでは休養を要するようにとのことです」
「ああ、分かった。その事については千石監督に僕から伝えておくよ」
「ごめんなさい……。兄さん達が大事な時だと言うのに」
「いや、それは良いんだ」
猪狩は進が横たわる医療ベッドの前に椅子を置き腰を掛けた。
そして、進に決勝戦に進出した事を改めて伝えた。
「……進。僕は、必ず明日の試合で優勝旗を奪還し甲子園に出場する。試合に出れないお前の為にも僕は……この左腕を壊してでも勝たなければならない!! それが太郎丸か小波であろうとも……僕は負けられない」
「……」
進は無言でニコッと笑った。
しかし、その顔は何かを隠してた様な暗さを猪狩は見逃さなかった。
「……進? 何かあったのか?」
「いや……別に……」
短く歯切れが悪い返事を返す。
猪狩から少し目を逸らしながら猪狩進は首を横に振ったが、少しの間を置き息を吐くと猪狩進は再び口を動かした。
「兄さん……もしかしたら僕よりも小波さんの方が重症なのかもしれません」
「——ッ!? 何だって!?」
「もしかすると、です……」
進の言葉に対し、猪狩は眉を寄せた。
「僕。薄っすらと覚えてるんです。あの日の夜の事故の事を……。車のライトに気づかず危うく轢かれそうになった間一髪の所で、小波さんが駆けつけてくれた時、僕を庇いながら小波さんは右肩を強くアスファルトに打ち付けたんです……」
と、そこで進は言葉を止めた。
猪狩はそのまま進を見つめていた。
進の紫色の瞳が微かに潤んでいた。
取り替えたばかりの白いシーツを力一杯にギュッと握りしめると、再び、進は口を開く。
「その時に聞こえてしまったんです。小波さんの上半身……いや……右肩の方から骨が軋むとても鈍い音が……」
「……何ッ!?」
進はこれ以上は話さなかった。
その話を聞いた猪狩は予期せぬことに言葉が出なかった。
実の弟を救ってくれた恩人であり、小学生の頃から好敵手だった小波は、もしかしたら今現在、右肩を痛めたと言う軽いレベルでは済まされない程の重症を抱えているのかも関わらず危険を隠してマウンドに立っているのだ。
小波球太と言う人間は、元々はそう言う人間だ。自分の事など顧みず、他人の為になら自己犠牲だって厭わない男だという事を……。
何よりもその事を色濃く象徴しているのは中学時代にチームメイトだった猪狩自身、中学二年生の全国大会の試合の途中、目の前で小波が右肘を壊した姿を目撃し、小波は自分勝手にチームの勝利、優勝の為に無理をする人間だという事を猪狩は知っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
病室に沈黙が訪れる。
すると、ラジオから流れる中継が静寂を破るような大声で響き渡った。
『これもまた三振だァァァァッ! 恋恋高校三年生の小波球太くん!! あの山の宮打線を五回表も三者凡退に見事抑えましたッ!! 依然パーフェクトピッチングですッッ!!!』
準決勝は五回の裏まで進んで0対0の投手戦となっていた。
太郎丸のピッチングを前にし恋恋高校は九つの三振を奪われて無四球無安打の完全に抑え込まれている。
だが、負けじと小波も太郎丸に食らいつくかのように気迫のピッチングを続けた。
昨年あかつき大附属を降して甲子園出場を果たしている山の宮打線を相手に、小波は得意の『三種のストレート』で打線を翻弄し、これまでに八つの奪三振を奪い、太郎丸同様、無四球無安打で完全に抑え込んでいた。
「おいおい……マジかよ。随分とヤバい試合だな。こりゃ……決勝戦と勘違いする程、今までの歴代の準決勝よりかなり見応えのある投手戦になるんじゃねぇか? お前はどう思うよ? 春海」
と、ベンチに引き下がる恋恋ナインを見つめながら塚口が言う。
「……ああ、見ての通りだよ。太郎丸も球太の両者とも素晴らしいくらい圧巻のピッチングをしてるよ。流石に此処までの試合展開になるだなんて此処に至るまで俺だって想像なんか出来なかったさ」
予想しなかった試合展開に高柳春海も苦笑いをするしかなかった。
そう。今行われてるのは準決勝だ。レベルが高くなるくらいは当然の事だ。
「……」
しかし、高柳春海の表情は決して晴れやかな顔つきでは無く険しめだった。
「でも、少なくとも今日の試合に一つだけ。球太に対して違和感を感じるものがある……」
「違和感? なんだよ、そりゃ」
「初回から球太は『三種のストレート』の全てを投げている、と言う事だよ。未だに攻略不可能な球で『絶対的な切り札』とも呼べるモノだけど、それは球太にとって『三種のストレート』を投げること自体、肘や肩に負担がかかり過ぎる」
「負担……? あぁ、そう言えば中学の時に噂で聞いた事があるな。確か小波はあかつき附属の野球部に所属していた時代、それも全中の大会の最中その『三種のストレート』を酷使し過ぎて肘を壊したのが理由で、野球部を辞めたって言うのは小耳に挟んで認識はしていたが……。まさか、それ程にまであの『三種のストレート』を投げるのはデメリットがデカすぎるって訳か」
「その通りだ。それだけリスクのある球を初回から全力で投げ込んでいるとなると……球太の勝利に対する覚悟は相当なモノなんだろうね」
と、春海は嫌な予感を察知するかのような不安げな顔つきを隠せないままその視線は恋恋高校のベンチの方へと向けられていた。
「負けるなよ、球太」
五回の裏、恋恋高校の攻撃は四番の小波から始まる。
その小波は、ネクストバッターズサークルの中でじっくりと太郎丸の投球練習に目を向けていた。
「うーむ……」
「どうかしたでやんすか?ㅤ星くん」
「ん? いや、どうも変な気がするンだよな。今日の小波は、いつもとはどっかが違ェ様な気がしてよォ」
と、星がベンチに引き返し腰を据え、七瀬からスポーツドリンクを受け取って喉の奥へと流し込んで言う。
「変……でやんすか?」
「うん。星くんの言ってる事、ボクには分かる気がするよ」
賛同する様に早川が頷いた。
「えっ? あおいちゃんも分かるんでやんすか? 一体どう言う事でやんすか?」
「それはね。いつにも増して集中してると言うか……球太くん、球数が増えて回が進むにつれて段々と言葉数が少なくなっているよね」
「確かに、そう言われて見ればそうでやんすね」
「まァ、実際無理もねェだろ。何せ此処まで太郎丸同様、『パーフェクトピッチング』を継続中だしなッ! つい意識して緊張しちまって喋れなくなると言う気持ちは、分からなくも無いが……よく考えてみると、小波も所詮は俺たちと同じでまだまだひよっこだって事だなァ! あはははははっ!!」
声を高らかに笑って見せる星。
それに反して早川は真剣な表情で小波を見つめていた。
(ううん……それはきっと違うよ。星くん)
早川は何処と無く分かっていた。
小波自身が今の現状を、パーフェクトピッチングをしている事など一切気にしてはいない事を——。
この先、例え山の宮からヒットを打たれたとしてもピッチングには一切、何の影響も及ばないのだと言うことを。
ただ小波は、チームが勝つ為にいつも通り何か秘策を考えながら、太郎丸からの攻略と山の宮からの勝利だけ……たったそれだけしか見えていないと言う事など早川は分かっていた。
「恋恋高校の攻撃……四番……ピッチャー小波くん」
小波の名を告げるアナウンスと同時に、小波は立ち上がった。
滴る汗が顎から垂れ落ちる。
三十五度を超える炎天下の中、準決勝も中盤戦へと差し掛かり、グラウンドも更に熱さも増していた。
右のバッターボックスに立った小波は小さな吐息を吐いて目の前の太郎丸を黒い瞳で捉えて睨みつける。
太郎丸と小波の二打席目の対決。
ここまで両チームとも未だに一塁ベースを踏んだ者は居ない見事なまでのピッチングを見せている。
やられてばかりじゃ終われやしない。
「……」
瞬間。
ベンチからの声援、球場内から飛び交う様々な声、バッターボックスの土を均す足音、熱気を孕んだ夏の風と言った小波の耳に入るありとあらゆる音が遮断された。
それは、二試合目の対球八高校との試合で矢中智紀の最大の切り札、アンダースローから放り投げられるフォークボールである『ファール・バイ・アップ』をホームランにして見せた小波の秘策の一つである『超集中』で太郎丸が投げるのを待っていた。
その眼は。
ただ、一点のみ。
太郎丸の渾身のストレート。
それだけを待っていた。
太郎丸と小波の直接対決の二打席目。
サインが決まり、太郎丸が右腕から放った豪速球がど真ん中にズバン、と決まった。
球場内がドッと歓声で沸き上がる。
バックスクリーンに表示される電光掲示板には「157キロ」と球速が写し出されていた。
五回まで完璧に抑え、肩も暖まり調子も上がって来たのだろう。今までのストレートの最速は百五十二キロだった球を五キロ上回るストレートに、小波の『超集中』を持ってもバットを振る事も出来ず見送るだけだった。
「……ッ」
流石に驚きを隠せない、と言った意外な表情に思わずニヤリと笑ったのは名島だった。
「流石の小波でも驚いただろ? これが現時点での龍聖の『アンユージュアル・ハイ・ストレート』だ。直訳して『並外れた豪速球』と言っても過言ではないだろ?」
今のストレートに焦っているのにつけ込んでわざと小波に聞こえるように囁いて見せるものの……。
「……」
小波は、ピクリとも動じずに太郎丸を見つめていた。
(成る程、な。これが球八戦で使ったと言う『超集中』か。初めて目の当たりにしたが……驚くべき集中力だ)
バッターボックスに立つ小波からチリチリと肌を刺すような威圧感を受ける名島だったが、信頼している太郎丸の持つ豪速球の前に怯む事も無く再びストレートのサインを出すと、太郎丸はすぐ様に首を縦に振る。
対する二打席目の二球目。
緊張感が漂う中、その対決は余りにもあっさり。そして、豪快に決まった。
真芯で捉えたストレートは、快音を轟かすと共に低空のライナー性の当たりでレフトスタンドへと一直線飛んで行くのだった。
「「――ッ!?」」
太郎丸は、唖然とした表情でレフトスタンドに目を向けて小波の放ったホームランボールの着弾点を見つめていた。
「嘘だろ……」
と、太郎丸がマウンド上で呟く。
名島も同様だった。
「今のはコースを完全に読まれた上に、スイングのタイミングが完璧だった」
脱帽。それ以外の言葉が見当たらない。
一塁へと颯爽と走り出し、恋恋ベンチにガッツポーズをして見せる小波の後ろ背中を黙って見続けているが、その顔はどこか不安と似たような感情を滲ませていた。
今し方、少し気になった事があった。
それは、小波が太郎丸のストレートをバットで振り抜いた時だ。
小波の右側――いや、右肩と言うのが正解だろうか。
ㅤ何か鈍い音が、嫌な音が名島の耳に聞こえたのだから。
「小波のヤツ……。いや、そんなまさかな」
「うぉぉぉぉーーーッ!! 小波の野郎ッ! 遂にやりやがったぞォォォォォォォ!!」
グラウンドを指差しながら、塚口遊助は声を上げた。
「今の、ストレート、百五十七キロ、真芯、当てて、ホームラン……って凄ぇな!!」
興奮を抑えきれず、歯切れの悪い言葉が単語帳の様に吐き出されている。
被弾数の少ないピッチャーなら尚更だ。
塚口の隣で固唾を呑んで見守っていた小波の竹馬の友である高柳春海は、黙ったままグッと拳を顔の目の前で強く握りしめて「よし!」と小さく呟いた。
「しかし。よくもまあ、あの太郎丸の球を打ち返せたもんだな。あの並ならぬスピードじゃビビってバットなんて怖くて振れねえよ!!」
「確かに、ね。それでもハッキリとボールは見えていたよ。それに、今のは球太の秘策の一つだからね」
「秘策……だと? 何だよ、それ!ㅤもったいぶらないで早く言えよ!!」
「……あれ? 遊助ならとっくに察しが付いてるのかと思ったんだけど?」
「察し……って、一体なんの事だ??」
ハテナマークを頭に浮かべ、間の抜けた情けない返答で答えた塚口。
「全く、これだから遊助は……お前はもう忘れたのかい? 小波くんの秘策の一つと言う答えは……『超集中』だ」
そう言いながら、ひょこっと高柳の隣から顔を出した。中学生と言っても通じるであろう小柄な青年は、矢中智紀だった。
「と、智紀ッ!? お前、今の今までどこに行ってたんだよ!!」
「あははは……。試合前にちょっと知っている人に声を掛けられてね。随分と話込んじゃってたんだよ」
「試合前? はは〜ん、さては智紀!! 最近出来た『彼女』と仲良く話してたんじゃねえだろうな??」
「――ッ!? ゆ、遊助……お前は、きゅ、急に何を言い出すんだい?」
矢中智紀は一瞬にして顔を真っ赤にした。
「はっはっは!! 情報は既に神島から話は聞いたんだよッ!! この間、美女と二人で仲良く商店街を歩いてたってなッ!! それなのに……俺は……俺達は……むさ苦しいツネや滝本達と毎日、毎日……ゲーセンやらファミレスやらで高校野球ですっぽかしてた青春を取り戻そうと謳歌して……」
あれやこれや、と喜怒哀楽の怒りと哀しむの感情でブツブツと不満を垂れ流し、やがて頭を抱えた塚口は涙を目に浮かべて天を仰いだ。
それを横目に春海はただただ苦笑いしていた。
「ははは……相変わらず遊助の相手をするのは大変だよな。心中を察するよ、矢中」
「まあ……正直、もう慣れてしまっている自分がいるよ。それより高柳くん」
少し間を置いて、矢中智紀は真剣な表情で高柳春海に声を掛けた。
「……ん?」
「この試合、恋恋高校もとい小波くんは自滅でもするつもりなのかい?」
「……どうしてそう思う?」
「ここまでの小波くんのピッチングのペース配分に対して目に余る、と言うのが同じピッチャーとして正直な感想でね」
ㅤと、矢中はやや冷たい口調で言うと言葉を続けた。
「何より投手層が極端に薄いのが弱点でもある恋恋高校だ。それに今のあおいは投げれない以上、小波くんがマウンドを降りたら自分たちの首を絞めることになりかねない」
早川あおいが投げれない。
矢中は唇をギュッと噛み締める。
今の言葉に高柳春海は「何故?」と首を傾げたが、そう言えばあの日、恋恋高校との試合で一年生の早田に代わりリリーフとして登板したものの、直ぐに降板してしまったと言う事を思い出して納得した。
「早川あおいの事が心配なんだな、矢中は」
「心配? いいや、俺はあおいの事はもうなに一つ心配してないよ。あおいは強い、それに頼もしい仲間達に囲まれている。それだけで十分さ」
矢中は恋恋ベンチに目を留める。
ㅤホームランを放ち先制点を取った小波球太の横に嬉しさを隠しきれずに満面の笑みを浮かべている早川あおいの表情がそこに在った。