実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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小波球太 最終章 Onece Again,Chase The Dream You Gave Up
第61話 決戦前夜


 甲子園予選大会の準決勝、山の宮高校との試合を一対〇の辛勝にて勝利を収めた恋恋高校は、試合後、その場解散となりそれぞれの家路へと戻っていく。

 

 夕刻の街の中。

 ツンツンと整髪料で固めた金髪を靡かせて、気だるい表情を浮かべた星雄大と坊主頭の瓶底メガネの矢部明雄が、コンビニの前で百円程の値段がするアイスキャンディーを頬張っていた。

「明日、勝てば甲子園でやんすね」

「ああ、そうだな。でも、次の相手はあの猪狩守率いるあかつき大附属だ。今日の試合と同様に、とても楽な試合展開にはなりそうもねェよな」

「思えば、色んな事が沢山あったでやんす」

 振り返る今日まであった様々な出来事。

 決して楽しい事ばかりではなかったのは確かなことだった。

「ああ、そうだな。ま、泣いても笑っても明日の試合で全てが決まるんだ。俺たちの『モテモテライフ』の為に明日は頑張るしかねェだろう」

「そうでやんすね! 甲子園に行って、オイラたちはモテまくりでやんす!」

「モテまくるぜェェェェェェ!!」

 二人は、お互いに顔を見合わせてニヤリと下心満載の笑みで笑っていた。

 傍から見れば、それはそれは気持ちの悪い絵面なのは明白でなのだが、当の本人たちは一切気にしてはいない。

 が、そこに一人の人物が舌を鳴らし、呆れたトーンで二人には向けて声を発した。

「チッ……。テメェら気色悪ィな。今日の試合ノーヒットだった雑魚共が、揃いも揃ってイキがってンじゃねェよ!!」

 ドスの効いたの声。

 見知った顔。

 目を完全に覆う長い黒髪、牙のようにトゲトゲしく生え揃った白い歯で、時折風に吹かれて覗かせる眼光で二人を睨みつけていたのは、極亜久高校の悪道浩平だった。

 このコンビニに買い物にでも来たのだろうか、半袖の無地のTシャツにスウェットズボンと随分とラフな格好をしていた。

「浩平!?」

「悪道くん!?」

 同時に驚く星雄大と矢部明雄。

「お前、まさか試合観に来てたのか?」

「はァ? 何を言ってやがるンだァ?」

「いや、だって、テメェが試合結果知ってるからだ。てっきり試合観戦でもしてたのかと思っただけだよ」

「貴様はバカか? わざわざ仲良し子好しでやってる草野球レベルのテメェらの試合を観に行くほど、俺も暇じゃねェンだよ。今の時代は、携帯一つあれば結果なんて直ぐ調べれば分かるだろが。ったく、どいつもこいつも太郎丸相手に無様な姿を晒しやがって、まさか実力で勝てたとでも思い上がって喜んでンじゃねェよな?」

「……ッ!?」

 ぐぐ……、と反論しようとした言葉を飲み込んだ。

 悪道浩平の言葉は、星達にとって全く持って的を得ていたからだ。

 実際、今日の山の宮高校との戦いは小波球太の投げてはノーヒットノーラン、打っては値千金のソロホームランと完全に一人舞台であり、星たちは蚊帳の外だった。

 今日の試合、仮に小波が太郎丸に抑えられ打てなかったら決勝戦には山の宮高校が進出していたかもしれないと言うまでに、小波以外は太郎丸龍聖のピッチングに完膚なきまでに抑えられ手も足も出なかったのも事実だ。

「明日勝てば甲子園だァ? 自惚れるのもいい加減にしやがれッ。何も出来やしねェ雑魚だろうが」

「五月蝿ェなッ!! そんな事はテメェに言われなくても分かってるつーの!! 俺たちだって別に悔しくねェって訳じゃねェんだからよッ!!」

「ほ、星くんの言う通りでやんす。小波くんばかりに負担は掛けられないでやんす」

 星の言葉、矢部の言葉を聞いた悪道浩平はふっと鼻で笑う。

「ハハハッ!! 相変わらず威勢だけは良いじゃねェの。ま、負け犬の遠吠えにならねェ様に精々頑張るンだな」

 と、悪道浩平は買い物に来たはずのコンビニの前でクルッと踵を返し、馬鹿にするような意地の悪い不気味な笑い声で二人の前から立ち去って行く。

「浩平の野郎……。わざわざ馬鹿にする為に声を掛けたんじゃねェだろうな?」

 不貞腐れ、星が後ろ姿を睨み続ける。

「あの態度は悪道くんなりのオイラたちへの優しさだと思うでやんす」

「あのな……。メガネテメェ、今の浩平の言葉の何処に心温まる優しさってモンが在ったんだ??」

 星は、呆れていた。それはまるで、いきなり海の真ん中に放り出された気分だった。

 だが、しかし。

 そんな星とは逆で。矢部は喜びを顔中いっぱいに漲らせていた。

「こうして悪道くんと面と向かって会話が出来ているのも小波くんのお陰でやんす」

「まぁ、それもそうだよな。普通に考えれば俺たちと浩平はずっと相容れぬ仲だったんだもんな」

 小波球太が居たからこそ、歪んだ野球をして来た悪道浩平に心の変化が見られ、三人の間にあった大きな壁が徐々に崩れ始め、やがては矢部と星の打撃練習の特訓まで付き合ってくれるようになって行った。

 星と矢部は、素直に小波球太に感謝している。しかし、それを直接本人に向けて気持ちを述べた事は一回も無かった。

「明日の試合が終わったら、ちゃんと小波の野郎に礼でも言うとするか」

「そうでやんすね。それは賛成でやんす」

「おっしゃーーッ!! そうなると明日は絶対に勝って優勝だ!! そして必ず『モテモテライフ』を実現させてやろうぜ!!」

「おお……。星くんが気合で燃えてるでやんす」

「当たり前だッ!! はるかさんに『あんなチビの彼氏』が出来てしまった今、俺は直ぐにでも新しい出会いを求め無ければならねェんだ!! なんて言ったって、高校生活も残り僅かなんだからな!!」

 さて、帰ろうとするか。

 二人は食べ終わったアイスキャンディーの空袋をゴミ箱に捨てて家路に着こうと足を進めた、その時だった。

「——ッ!?」

 星の様子が少しばかり可笑しかった。

 何か嫌な予感!?

 不意に水を浴びせられたような悪寒が全身を走り抜ける感覚に陥り、恐る恐る嫌な予感がする方へと目線を向けて行くと——、

「あっ!! 『愛しのダーリン』( ・・・・・・・ )だべ!!」

ㅤ情熱的で、

 強烈的で、

 本能的な、

 今にも張り裂けそうな喜びを隠しきれずに星の顔を見かけた『ある一人の女の子』が歓喜の声を上げたのだ。

「げっ!! テメェは……」

 星が思わず絶句した、その声の主は。

 今風の茶色に染まった前髪が波の様にウェーブしているが、ただ一つだけ時代錯誤を感じざる負えない、何処か既視のある瓶底メガネを携えた女の子だった。

「お久しぶりだべ。オラは聖ジャスミン高校の矢部田亜希子だべ」

 右手を閉じ、星に向けてウインクをする。

 ゾゾッと、全身が悪寒で震え危うく肩に掛けているセカンドバッグを落としてしまうところだった。

「自己紹介なんぞ、どうでも良いッ!! その『愛しのダーリン』ってのは、一体何なんだよッ!!」

「実は……オラはあの時、星雄大くん、いや、ダーリンに恋をしてしまったべ」

 ポッと頬を赤く染め、もじもじと恥ずかしげに言う。

「えっ!?ㅤあの時、俺に……、恋をしただとぉ?? おい、このメガネ女!! あの時って一体いつの事を言ってんだよ!?」

 対照的にさーっと、青ざめる星。

「あら、もう忘れただべ? オラは忘れもしねえ。今年の春季大会の試合、星くんはオラの事をギュッと大切に抱き抱えてくれたべ」

「……はぁ!? 抱き抱えたとか、そんなの知らねェよ!!」

 と、言いつつも春季大会の聖ジャスミン高校との試合を思い返してみる。

 そんな事は無いはずだ

 そんな事があってたまるか。

 星は記憶を探る。深く、深く。

ㅤ思い違いであってくれ。頼む。

 懇願、虚しく。星の期待を打ち砕くかのように記憶の隅にあった。

 矢部田の言っている『抱き抱えられた』と言う言葉に少し語弊であるが、バランスを崩して倒れそうになった矢部田の腕を掴んで支えた事は事実だった。

「……あ」

 確かにそんな事があった事を思い出すものの、その事実を無かったことにしたいと否定すべく星はただひたすらに首を横に振った。

「悪いけど、そんなメルヘンチックな出来事なんぞ、俺の記憶には一切ねェ!! テメェの勘違いかなんかじゃねェのか!?」

「オラ、男の子にあんなに優しく抱き抱えられたのは十七年間生きて来て生まれて初めてだったべ。星くんになら、その……、オラは抱かれても良いと心の底から思ったべ」

「——ひッ!! ちょっと待ってくれよ!! 抱かれても良いって!! おいッ!! まさか……冗談だろ!?」

「オラ、冗談なんか言わんべ」

 本心だと、顔つきで分かり更に血の気が引いて青ざめていく。

「わー。良かったでやんすね!! 星くん。新しい出会いを求めてた矢先に念願の彼女が出来たでやんすよ」

 感情が何一つ込められていない棒読みで矢部はパチパチと二人の仲を祝福でもするかのように拍手を送る。

 矢部と矢部田。

 見間違える程に瓜二つの顔が、星の苛立ちを更に煽り立てる。

「このクソメガネ、テメェなァ!? その同じ顔で、この矢部田と『似たような顔』で、ふざけた事言ってんじゃねェェェェェェェェ!!」

 ——、ダッ!!

 その場から逃げ出して、一目散に走り去る星。

「待つべ!! 愛しのダーリン!!」

 星の優しさに触れて恋に落ちた純情乙女を貫き通している矢部田は、愛しのダーリンを決して逃しはしない。

 逃げ出した星を追いかけるべく全力疾走で走り出した矢部田であった。

 

 

 

 

 

 

 早川あおいは未だ学校に残っていた。

 世間は夏休みと言う事で、夕暮れ時の校舎には影一つ無く、勿論、グラウンドにも人の姿が無く静かだった。

 日中の暑さを少し含んだ微風が、優しく頬を撫で、黄緑色のお下げ髪が濡れる。

 ただ、表情は暗い。

 試合に勝った嬉しさが全く無いという訳では無いのだが、それ以上に小波球太のやろうとしている事に対して感情を噛み砕くのにも戸惑っている様子だ。

「どうすればいいんだろう……」

 小波球太と加藤理香の会話を聞く限り、小波球太は『もう長くは投げれない』と自ら口にしていた。

 恐らく、身体の何処かに『異変』を感じてるのに違いない。それも『プロ野球選手になると言う夢』を諦めてしまう程。

 止めるべきなのか、止めないべきなのか。

 何が正解で、何が不正解なのか。

 為すべき事を模索するものの、また悩まされるのには変わらない。

 ただ、悩みの中でも嬉しいと思う事があった。

 きらめき高校戦との試合、リリーフ登板した矢先に体調不良で倒れて医務室に運ばれ、試合後に小波球太と球場から二人で帰っている時に聞きそびれていた小波球太の『夢』の事だ。

 どんなプロ野球選手になりたいか、早川あおいがなりたい野球選手像と小波球太が語った野球選手像が全く同じだったのだ。

「球太くんとボクが目指す野球選手が同じだったなんて、ビックリしちゃったな」

 と、思わず頬を緩めてニヤけてしまう。

「……」

 そこではっきりと分かる。

(やっぱりボクは、球太くんの事が好きだ)

 でも、どこが?

(リトルリーグ時代に色眼鏡で見ずに接してくれたから? 確かに、その時から球太くんの事を意識し始めたけど……)

 ただ、それだけか?

ㅤいいや、他にもあるはず……。

(ボクが球太くんを好きな本当の理由って……いったい、なんだろう)

 

 

 

 

 

『さあ、此処で各球場の試合速報です。まずはヤクルト対阪神戦。今日の注目選手は、ヤクルトの二年目にして去年の新人王に選ばれた『一ノ瀬塔哉』と今年のルーキー『二宮瑞穂』バッテリーですね』

 と、テレビから流れてくる。プロ野球のナイター中継が始まり、時刻は十九時を過ぎていた。

『千葉ロッテは、ルーキーの『八雲紫音』のタイムリースリーベースで先制点を……』

 テレビの画面に目を向けていたのは、恋恋高校の三年生である海野浩太、毛利靖彦、古味刈孝敏、山吹亮平。

 二年生の赤坂紡、椎名繋、御影龍舞。そして一年生の早田翔太の八人は、パワフル商店街の『パワフルレストラン』に居た。

 店内を見渡せば、カウンター席にて『茶髪のボサボサ頭』がボソボソと山積みにされた課題に追われて文句を垂れ流していたり、その隣では宥めながら優雅にコーヒーを飲みながら読書に勤しむ友人の姿が見受けられたり、会社終わりの独り身のサラリーマンがガッツリと定食を頬張っている姿だったりと様々だった。

 明日の決勝戦に向けての激励会と今日の試合の反省会を行う目的でこの『パワフルレストラン』に訪れた八人だったが、入店してから無言であり屯っているテーブル席の空気はとても異質であり、かなり重めである。

 百六十キロを超えるストレートを放り投げた絶対的エースである太郎丸龍聖と名島一誠率いる山の宮高校相手を主将である小波球太たった一人のお陰で勝つ事が出来た試合に、全く手も足も出ずに悔しいと思いをしているのは星や矢部以外にも居たようだ。

 春の大会、山の宮高校との試合では太郎丸龍聖に『完全試合』で負けている。

 あの試合は誰一人としてヒットを打つ事も出来なかった。

 そして、今日の試合も小波球太のホームランのみで他はノーヒット。

 振り返れば、此処まで来れたのも全ては小波球太がきっかけで勝利に繋がったのではなかっただろうか。

 返って足で纏いになっているのではないだろうかと、決勝戦の相手、名門あかつき大付属高校との試合を前に七人の不安は自信の無さへと変わっていた。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

 と、重たい空気が漂うテーブル席に大学生と見受けられるウェイトレス姿のアルバイト店員がトコトコとやって来た。

 一言で美女。

 血管が浮くような細い腕と脚はすらっと長く、全身がキュッと細く、茶髪のセミロングパーマ、白く透き通った艶かしいまでに美しい顔立ちでニコリと笑みを浮かべている。

 もしこの場に星が居て、このウェイトレス姿のアルバイト店員さんを見れば大発狂するのでは無いかとその場にいる八人全員が思うと重たい空気は自然と無くなっていた。

 それぞれが慌てて注文を頼む。ソフトドリンクと全員で軽く食べれるポテトフライを注文すると「ご注文ありがとうございます」と笑顔でカウンターの奥へと消えていく。

 雰囲気が解れ始め、頼んだポテトフライを摘みながら、激励会や反省会とは掛け離れた世間話に話がシフトしていた。

 あれやこれやと和気藹々としていた八人だったが、話はマネージャーの七瀬はるかの彼氏が球八高校の矢中智紀だと言う話題に切り替わる。

「それにしてもビックリしたッス。はるか先輩が球八高校の矢中智紀さんと付き合ってただなんて」

 と、話を切り出した赤坂が、海野に向けて質問を投げる。

「そう言えば、海野先輩はソフト部の高木先輩とは今どんな感じなんッスか?」

「——ぶぶッ!!」

 海野は、思いもしなかった爆弾の投下に危うく口に含んでいた紅茶を吐きかける。

「あれれ? ちょっと何スか、その反応。もしかしていい感じだったりするんッスか?」

 赤坂は海野の今の反応に嫌味すら感じるほどの悪戯な笑みを浮かべていた。

「何故、お前がその事を知ってるんだ!?」

 と、海野は驚愕する。

「赤坂だけじゃなく、ほぼ全員が知ってる事だと思うぞ」

「ああ、前に矢部と星が部室で話してたな」

「海野が高木にアプローチを仕掛けていくとかどうたらこうたらってな」

 と、山吹と毛利と古味刈はポテトフライを摘みながら言う。三人とも顔がにやけていた。

「……」

 椎名は無言で興味ないフリをして耳を傾けながらオレンジジュースを一口入れる。

「俺っちも気になります!」

 と、御影が興味津々と身を乗りだして海野を見つめる。

 自然と赤くなる顔。

 七人の視線は海野に釘付けだ。

「あれから少しは発展したんスか?」

「まぁ、ある程度は……」

「ある程度? って、どのくらいッス?」

「ある程度はある程度だ」

「それじゃ分からないッスよ。海野先輩が口を割らないなら高木先輩本人に直々に聞いてみるしかないッスよね」

「——ッ!! 分かった、分かった!! 言うよ!! 付き合ってるいるよ!! 高木と!!」

 穴があったら入りたいと全身が燃えるような恥ずかしさを振り切って海野が言う。

「ふぅーーー!! おめでとうッス!! 星先輩が聞いたら怒号が飛び交うッスね!!」

「頼むからあまり広めないでくれよ……。知っているのは誰も居なかったんだから」

「って事はもちろん、明日の試合は観に来てくれるんスよね?」

「そりゃ来るさ。決勝戦だし、それに高木は早川とはリトルリーグ時代からの幼馴染なんだからな。甲子園を決める試合だし応援には来るだろう」

「じゃ、是が非でも『小波先輩より』活躍して良い所見せないと彼氏らしいアピールは出来ないッスね!! それも猪狩守さん相手だと、ハードル高くなりそうッスね」

「ぐっ……」

 言葉に詰まらせる海野。

 赤坂のニヤニヤは止まらなかった。

「それじゃ乾杯しましょうか!! 海野先輩の幸せを祝して、明日の試合に向けて……」

ㅤと、海野弄りに満足したのか赤坂が何も無かったことのように仕切り出し、バッと立ち上がり音頭を取る。

 海野は赤面を隠すし俯きながらもソフトドリンクのグラスを上げ、他の六人も笑いながら赤坂に続いて声を合わせた。

「乾杯ッ!!」

 

 

 

 

「乾杯、じゃねェんだよ!! おい、彰正。何処かのオッサン達がレストランを居酒屋と勘違いして騒いでんじゃねェだろうな!?」

 声がする方からやや離れたカウンター席に座り、びっしり積まれた参考書を必死にノートに書き殴りながら茶髪のボサボサ頭の青年が不機嫌そうに呟いた。

「浩輔。残念ながら高校生の様だぞ。制服からして恋恋高校みたいだな」

「恋恋高校?? まだ決勝戦も終わってねェのに随分と余裕なモンだな。こっちはこっちで大忙しだって言うのによ!!」

 フン、と鼻を鳴らす。

「小波とか早川の姿が見当たらないから、他の部員達だろう」

「小波は兎も角、早川って確か尻が大きめで胸が残念系女子だろ? もうちょっと胸が大きければ、全体的に見てバランスが良いピッチャーだったよな?」

「お前は一体、どんな覚え方しているんだ。それより、浩輔。課題は終わりそうか?」

 カウンター席に座っていたのは、イレブン工科大学に通う大学一年生の目良浩輔と館野彰正の二人だった。

「そんなの終わる訳がねェだろう!! なんなんだよ、この尋常じゃない量はッ!! あの『関原』のクソ野郎ッ!! 俺に赤点者に渡すイエローカード用のホルダーを渡しやがって!!」

 ドンッ!!

 机を勢い良く叩き、目良は怒る。

「今回ばかりは、お前が授業をサボって赤点を取ったのが悪いんだ。それにウチの大学は文武両道がモットーって事はお前も知ってるだろ。それに関原教授の事を呼び捨てにするのは止めておけ」

「そんなの俺の知ったこっちゃねェよ、このクソ真面目。俺の大学生初の夏休みが、こんな勉強漬けになるなんて笑えねェんだよ……」

「頑張る事だな。それに浩輔、千波と約束したんだろ? 今年は二人で海に行くって」

「ああ、そうだ。海に行って可愛い水着姿の女子達に囲まれてチヤホヤされたい……ただ、それだけなんだよ!!」

 ガックリと項垂れる。

 現実はそんなには甘くは無く。毎日、こうして先生から出される山のような課題を学校以外のプライベートを削ってまでやり終わらなければ『留年』と言う悲しい事実を突きつけられている目良浩輔なのだ。

「そんなくだらない事を言っていると、千波の奴がまたキレるぞ。この間は着替えている所を覗いて顔面に二発喰らっただろ」

「あのな、良いか? 彰正。毎度毎回、鉄拳制裁を浴びる身にもなってくれよ。こんなに暴力を振るわれる彼氏っていねェぞ?」

 ご存知の通り。高柳春海の実姉である高柳千波は目良浩輔と付き合っている。

 ナンパ癖で性格難の目良ではあるが、交際して一年が経過していても二人の仲は睦まじくそこそこ上手くやっている様だ。

「あら? そうかしら。よく考えてみたら浩輔くんの方が悪いとは思うけど?」

「げっ!!」

 二人の前にウェイトレス姿で現れたのは茶髪のセミロング髪の美女、この『パワフルレストラン』を営む高柳家の長女の高柳千波だった。

「浩輔くん。早く課題終わらせないといつまで経っても海には行けないわよ? 折角、新しい水着買ったんだもん!! 私だって楽しみにしてるんだからね!!」

「……ッ」

 千波の言葉に目良は『水着』と言う単語に反応しピタッと身体を固まると、視線を綺麗な顔立ちの顔からモデルように色白くて細い足元へと舐めるように上から下へと動かしていた。

「ジロジロ見ないでよ。ちゃんと聞いてるの? 浩輔くん!!」

 無言になった目良に声を掛ける千波。

「ん、ああ。ちゃんと聞いてるよ。極小のマイクロビキニで海に行っても別に平気だろ」

「ば、バカじゃないの!? そ、そそ、そそそ、そ、そんな際どい水着なんて着る訳ないでしょ!! 一体、何を聞いてたのよ!!」

「あん? 何を聞いてたって、今年の夏は極小マイクロビキニで攻めちゃおうかな〜って千波が今言ったんだろ? 別に『極小』でも良いんだが、俺的にはもう少し攻めに転じた方が——ぐぶっ!!」

 パチンッ、と一発目。

 お馴染みの千波の掌が綺麗に決まり目良の頬をクリーンヒットさせる。

「痛ッ……何しやがる!!」

「もう本ッ当にバカなんじゃないの!! そんなエッチな水着を着るなら浩輔くんの前以外(・・・・・・・・)では着たくないわよ!! あっ……」

 千波は無我夢中で言い放った。

 言い放った後に気が付いた。

 とんでもない事を口にした事を。

「……ッ!!」

 目良は呆然と口を開けたまま、今にも爆発しそうになっている千波の真っ赤な顔を見つめていた。

 その様子に釣られる目良も負けじと顔を赤らめながら、ポツリと溢す。

「バ、バカやろう……。俺だってお前の際どい水着姿なんか他の野郎共に見せたくねェに決まってんだろうが……」

 お互いにお互いの顔を背け、なんとも言えない気不味い空間になる。

 そんな中、優雅にコーヒーを飲みながら館野彰正は「惚気、ご馳走様」と心の中でそっと呟くのであった。

 

 

 

 完全に陽が落ちて、インクをぶち撒けたように夜が黒く染まる。

 時間帯、二十時を過ぎた頃。

 小波球太は日課である特訓の為、隣の西満涙寺に住む六道聖の元へ訪れていた。

「明日勝てば甲子園なのだな」

 と、紫髪に大きい赤い瞳で六道聖は感慨深い表情で言った。

「ああ。今、思えば長かったけどな」

「それにしても、ノーヒットノーラン達成とは恐れいるな。もう少しで完全試合だったのに」

「完全試合もノーヒットノーランなんて、ただの記録だよ。それよりも成さなきゃいけない大事なモノがあるからな」

「……そうか」

 小波球太は、縁側に腰を下ろして夜空をジッと見つめていた。

 月明かりに照らされ、目を凝らせば雲ひとつ流れない星がキラキラと輝きを放つ、気持ちの良い空をしていた。

「そうだ、球太。明日の決勝戦は応援に行くぞ」

「別に来なくても良いんだぞ?」

「いや、本当は今日の試合も観に行くはずだったのだが……少し用事が出来てしまって行けなかったからな」

「ふーん。用事、ね」

 チラッと目線をズラす。

 客間として使っている和室のテーブルに置かれた大きなビニール袋を目にする。

 そこに頑張市のパワフル商店街に古くからの老舗名店の『パワ堂』と印刷されている袋の中に溢れそうに入っているのは、聖が大好物の和菓子であるきんつばだった。

 本日限りの『パワ堂』の特売セールを行うと、近所の人が話しているのを聞いてしまった聖は断腸の思いで先輩達と野球観戦よりきんつばに走ってしまったらしい。

 小波の視線に気付いた聖は「コホン」とワザと咳払いをして袋を隠す。

「それでどうなのだ? 猪狩守率いるあかつき大附属に勝てそうか?」

「さぁ、どうだろうな。戦力差的に厳しいかもしれない。けど、此処まで来たのならやるしかねえさ」

 右肩に目を向けながら小波は不安を隠して平然的に言う。

 右肘の時と同じ『違和感』を感じていた。

 今日の試合、終盤の投球で四球でランナーを出した時から肩に激痛が走り未だ収まって居らず、今でも少し震えてるくらいだ。

 肘を壊した時の痛みほどでは無いが、明日の試合にはかなりの影響が出るのは確実で、それでも小波はマウンドに上がる気でいる。

 その事を聖は知らない。

 小波は、誰にも言うつもりもない。

「なら、頑張るのみだ。今の球太には『三種のストレート』と『例の球』があるのだからな」

「ああ、そうだな。明日、勝って甲子園にアイツらを連れて行くさ。……必ずな」

 

 

 プルルルルル。

 

ㅤプルルルルル。

 

「ん?」

 突然、小波のズボンに入れていた携帯電話が揺れる。電話が掛かってきた様だ。

 面倒くさそうに取り出してディスプレイを見て相手の名前を確認すると——思わず目を疑う人物からだった。

「猪狩……?」

 そう、明日の試合の対戦相手であり、中学時代に共に高みを目指したチームメイトであり、リトルリーグ時代からのライバルでもあるあかつき大附属の猪狩守から初めての電話だった。

「もしもし……」

 と、小波は恐る恐る電話を取る。

『やぁ、僕だが』

 猪狩の第一声を聞き、思わず眉を顰めてしまった小波である。

「こんな時間に何のようだ?」

『今日の試合結果を四条から聞いてね。残念ながら明日の朝刊は僕が一面を飾る事になりそうだね。ははははっ』

「お前は、相変わらず随分と目出度いヤツだな。わざわざそんな事を言いに電話してきたのか? それなら電話を切るぞ」

『待て待て。まぁ凡人の君には分からないだろうね。天才故の悩みだよ、全く』

「……あのな。用件はそれだけか?」

 いい加減にして欲しい。と、小波が呆れて電話を切ろうとした時だった。

 雰囲気がガラリと変わる。

 向こう側から聞こえて来た静かな低音の品位のある声で猪狩が尋ねて来た。

『小波、君の怪我の調子はどうなんだい?』

「ああ、お陰様で『肘』の調子なら絶好調だぜ」

『いいや、僕が聞いているのは『右肩』の方だが?」

「……」

 ピタリ、と小波は反応する。

 そして、誤魔化した。

「何言ってんだ、忘れたのか? 俺が怪我したのは右肘だ」

「この前、進を事故から守った時だ。君は何処を強打した?」

「……」

 猪狩は知っている。

 あの日、猪狩進を庇った時にアスファルトに身体、それも右肩を強く打ち付けた事を知っている様だった。

『進から話を聞いたよ。君の右肩付近から骨が軋む音がしたと言っていた』

「……」

『明日の試合は、君は出場しないでくれ』

「……」

 小波は無言だった。

 後を振り返ってみると、聖は首を傾げて此方を見つめながら買ってきたきんつばを一つ口にしていた所だった。

『君はまた同じ過ちを繰り返すつもりか。右肘の次に右肩を壊したら、君の野球人生が終わってしまうぞ』

 これは優しさだった。

 友として、好敵手として小波球太を認めている猪狩守の優しさだった。

 これ以上、投球を続ければ一体どうなるのか位は分かっている。

 だからこそ止めたい。

 中学時代と同じ思いをさせたくない。

 猪狩の想いは小波にも伝わっている。

 しかし、もう止まれない。

「何言ってんだ、猪狩。今日の試合結果を知ってるんだろ? 全然、問題はねえよ。それに、明日はお前たちを捻じ伏せてやるから首を洗って待ってろよな」

『小波——』

 ガチャ。

 猪狩の言葉を遮り電話を切る。

「ん? もう電話は終わったのか?」

 聖は摘んでいたきんつばを食べ終える。

ㅤ急須で入れたお茶で流し込み小波の傍に近寄ろうと客間から縁側まで歩き出したが、その脚がピタリと止まった。

「球太……?」

 心配顔で聖が小波の名前を呼ぶ。

 思わず脚を止めたのは、聖が今まで見たことの無い。人を寄せ付けないような悲しげな表情を浮かべていた小波が一瞬目に見えたからだ。

「球太、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ」

 と、何事も無かったかのようにニコッと笑みを浮かべ、小波と聖は最後の調整の為に日課の投げ込むを始めた。

 

 

 そして、物語はクライマックスを迎える。

 小波球太率いる恋恋高校と、

 あかつき大附属率いる猪狩守の試合。

 甲子園を決める決勝戦が、始まる。

 

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