実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
七月三十一日。
午前十一時。
気温三十六度を超える猛暑日。
毎年、この季節を迎えると日本全国を熱気の渦に巻き込む「夏の風物詩」でもある高校野球。
高校球児が誰もが夢みる聖地、甲子園。
その夢の切符を掴む為、恋恋高校とあかつき大附属がぶつかり合う頑張地方の甲子園予選大会の決勝戦が行われようとしていた。
そんな試合を一目見ようと駆け付けるファンの人数は、三千人を超え、チケットも即日完売になり、チケットを求める人も少なくはなかった。
前日に「完全試合」を達成した左腕・猪狩守と「ノーヒットノーラン」を達成させた右腕・小波球太の投げ合いは、野球ファンの中ではかなり注目されている。
『只今より。先攻・恋恋高校のスターティングメンバーの紹介です』
超満員に埋め尽くされ試合開始を待つ地方球場。
ウグイス嬢のアナウンスが鳴り響くと、立ち待ち歓声が湧き上がった。
『一番・センター 矢部くん』
『二番・ショート 赤坂くん』
『三番・キャッチャー 星くん』
『四番・ピッチャー 小波くん』
『五番・レフト 山吹くん』
『六番・セカンド 海野くん』
『七番・ライト 古味刈くん』
『八番・ファースト 京町くん』
『九番・サード 毛利くん』
以上が、恋恋高校のスターティングメンバーとなり続いて。
『後攻・あかつき大附属のスターティングメンバーの紹介です』
去年は山の宮高校が甲子園に出場を果たしたが、王者たる貫禄は未だ健在と言っても過言では無い。
『一番・ショートㅤ羊山くん」
『二番・センター 牛澤くん』
『三番・キャッチャー 双菊くん』
『四番・ピッチャー 猪狩くん』
『五番・ファースト 蟹川くん』
『六番・ライト 獅子頭くん』
『七番・レフト 乙下くん』
『八番・サード 天秤くん』
『九番・セカンド 蠍崎くん』
と、紹介が終わると更なる活気が球場全体を包み込んだ。
「凄い、歓声だな」
人数分の声が重なり地鳴りがなるのでは無いかと思ってしまう割れんばかりの声援に驚きを隠せなかったのは、西満涙中学の二年生である六道聖だった。
中学の野球の試合で何度か訪れた事のある地方球場だが、流石に中学野球でここまでの熱気に包まれた声援を受けたことは一回も無い為、若干圧倒されるのは当たり前なのかもしれない。
「いよいよ決勝戦が始まるね〜。今年は何処が甲子園に行くのかな〜」
楽しみにしている感情とは思えない、のんびりした声で手にハンディタイプのビデオカメラを回しながら話す赤毛髪の女の子、六道聖の一つ上の先輩である明日未来だった。
「ねぇねぇ。光は恋恋高校とあかつき大附属のどっちが勝って甲子園に行くと思う?」
「……」
隣の青年に明日未来が問いかける。
同じ赤毛に顔立ち、ただ違うのは目の色と八重歯があるかないかの違いだけだけだ。
明日未来の双子の兄である、明日光。
昨日の山の宮と恋恋高校の準決勝の試合に引き続き、今日は私用で来れなくなった鈴本大輔の代わりに未来によって半ば強引で連れて来られて不機嫌そうな顔をしていた。
「……」
「無言じゃ分からないよ〜」
「……」
「それよりも未来先輩、一つ良いだろうか?」
と、急に聖が切り出す。
「ん? ひじりん、どうかしたの〜?」
「何故、カメラをずっと私の方に向けて回しているのだ? 撮ると言うのなら普通はグラウンドの方ではないか?」
「ん? あ、このカメラの事? ちっ、ちっ、ちっ、分かってないな〜ひじりんは。可愛い後輩の可愛い姿をビデオカメラで収めると言うのは、先輩の指名の一つでもあるのだよ〜」
「なーー!?」
顔を赤らめて叫び声を上げる聖。
「あははは、照れちゃって〜。ひじりん可愛いね〜」
「なーー!? わ、私の事など撮らなくていいから試合を撮ってくれ!!」
「もちろんだとも〜。キチンと撮るから安心したまえ〜。それにね、こうしてビデオカメラで撮ると言うのは中々無い機会だから『記念』になるんだよ〜。いつの日か見返す時が来て懐かしく思う時が来るものだしね。ほらほら光も〜」
くるりと横を向き、明日光を捉える。
灰色の瞳で未来を見つめたまま無表情でビデオカメラに収まっていた。
「……」
「いつか、光と同じグラウンドに立って甲子園を目指す日が来ると良いな〜」
カメラを回して光を写しながら未来は言うが、光は短く切り返した。
「……そんな日は来ないよ」
「そんなのは未だ分からないでしょ? だって、私の『夢』は光と野球をやる事なんだもん」
「……僕は野球なんてやらないし、それに未来の夢はパン屋じゃなかったっけ?」
「あれ、そうだったかな〜? えへへ、忘れてちゃってたね〜」
「……」
「何にせよ、人は何かのきっかけで行動が変わるモノだよ〜。光だってもう一度、野球をする日が絶対来るかもしれないし〜。それでも私は、光と野球が出来るその時が来るのをずっと楽しみにしてるからね〜」
と、未来はニコッと笑みを浮かべたままビデオカメラを光からグラウンドに向けた。
「さぁ、いよいよ始まるね」
「うん……。あぁ……、でも、ちょっと待って。どうしよう。私、全然関係ないけど緊張して来ちゃったよ」
恋恋高校の応援席にて、男女の二人組が会話をしていた。
その二人とは、小波球太とはリトルリーグからの幼馴染であるきらめき高校の高柳春海とパワフル高校の栗原舞だ。
「舞ちゃんがどうして緊張してるんだい?」
「だって、春海くん。この試合勝てば小波くんは甲子園に行く事になるんだよ!?」
「まぁ、決勝戦だしね」
「小波くん、リトルリーグの時からずっと言ってたじゃない。『甲子園に行って、プロ野球選手になる』って、それが念願の夢が叶うと思うとワクワクよりドキドキの方が勝っちゃうよ」
未だ試合は始まっても居ないのに手に汗握る栗原舞。高柳春海はそんな栗原を見ながら笑う。
「あはは、大丈夫だよ。心配しなくとも甲子園に行けなかったとしても、球太は既にプロ野球選手になれるレベルだよ」
「行けなくても? 春海くんは、小波くんには甲子園に行って欲しく無いの?」
「いやいや、違うよ。寧ろ行って欲しいに決まってるし、優勝して欲しいとも思っているよ」
「うん」
「球太は、恋恋高校の皆は、辛い思いをこれまでに沢山して来たと思う。それでも誰一人欠ける事なく此処までやって来て、強敵相手に勝ち進んで来た。だから、球太には高校野球の頂点に立って堂々とプロに行って欲しいんだよ」
「うん、そうだね。でも、春海くんもプロに行くんだよね?」
「ああ、『目良先輩』を必ず神宮で胴上げさせて俺もプロに行くよ。欲を言うのなら球太と同じチームでプレイしたいなとは思ってるんだ」
「良いと思うよ!! 私も見てみたいな。小波くんと春海くんが『かっとびレッズ』以来の同じチームでプレイしてるのを見てみたい!!」
眩しいような深い喜びを顔いっぱいに滲ませて手を叩く栗原舞。
その表情を見て、高柳春海は思わず「ドキッ」と胸が高鳴り顔を赤く染める。
「その時が来たら、舞ちゃんには『一番近く』でずっと俺の事を見ていて欲しいと……思うんだ」
「え……? それってどう言う……?」
と、栗原舞は高柳春海を見つめた。
また、同じく恋恋高校の応援席の一番後ろの通路で一人の長い黒髪の青年がグランウドを睨みつけていた。
星雄大と矢部明雄の中学時代の元チームメイト、極亜久高校のエースである悪道浩平も地方球場に訪れていた。
「チッ……。オレもどうかしてやがるな。こんなくだらねェ試合を観に来ちまうなんて焼きが回ってやがる」
準々決勝のパワフル高校と恋恋高校の試合を観戦し、準決勝の山の宮高校との試合もこっそり観戦し、今日の決勝戦もしっかりと観に来てしまった自分自身に溜息を漏らす。
「ま、ツンデレってところだな」
と、囁く声で目の前がやや暗くなった。
屋根で出来た日陰に立っているのにも関わらず影がより濃くなる。
悪道浩平の目の前に誰かが立っていた。
「あン!? 誰だッ!! テメェ!!」
悪道浩平が見上げてしまうほどの長身長、その男は見知った男だった。
「滝本ォ……」
「やたら球場で会うな。俺とお前は」
三日前に球場で出会した球八高校の滝本雄二だった。
「そんな事、知ったこっちゃねェ。偶然に決まってンだろうがよッ」
「俺にはお前が星と矢部の二人の事が心配で仕方が無いように見えるんだがな」
「……アァ? テメェ、ふざけたこと抜かしてンじゃねェぞ!? 俺はただ雑魚どもの負け試合を観に来てやってるだけだ。テメェには、関係ねェンだよ」
「そうか」
と、短く返し不敵に笑う滝本だ。
悪道は眉間にシワを寄せて睨みつける。
「テメェは、まだ『敗者の務め』だとか体の良い事を抜かすンじゃねェだろうな!? 負けて終わった高校野球に未練タラタラとは情けねェぜ」
「未練か……。未練ならあるさ。自分自身の甘さで招いたから今の俺は此処に居るんだからな」
思い返す。
あの試合、雨が降り注ぐ恋恋高校の試合で星の不意のセーフティバンドを拾ってファーストに向けて投げた時、自分の甘さから生まれたあの『余裕』さえなければ……と、滝本は未練を断ち切れずにいた。
「だから俺は『帝王大学』に行って自分を磨くと決めた。智紀の球を打つため、弱気自分を挫くためにな」
「オイ、帝王大学って言えば『大学野球』の中じゃ『弱小』のチームじゃねェか。ま、テメェみたいな逃げ腰にはお誂え向きって所だな」
「別に弱いチームでも構わん。強い相手と戦って自分を磨く、だからこそ燃えて来るんじゃないか?」
「チッ……。死んだ魚の目をして街の中を彷徨ってたヤツとは到底思えねェ台詞だな。知らねェ間に随分と人間らしい目をするようになったじゃねェか」
「ふっ、それはお互い様だ。てっきりお前は喧嘩慣れして潰れた拳の他に、指先に豆を作り潰すまで投げ込みする様な純粋な人間だとは思わなかったんだがな」
「——ッ!!」
滝本の言葉に癇に障ったのか、悪道は露骨に嫌な顔をした。
「だからこそ、どうだ。悪道。俺と大学で共に『バッテリー』を組む気はないか?」
「はァ? 正気で言ってンのか? まさか、夏の暑さでいよいよ思考回路ごとぶっ壊れたンじゃねェだろうな?」
「ああ、俺は正気だ。それに、俺はお前の切り札、『ドライブ・ドロップ』に伸び代を感じている。それを武器にして一度は外れた道を歩んだ者同士、のし上がるのは面白いとは思わないか?」
悪道浩平は、滝本を睨んだままだった。
ピクリとも反応を示さず、滝本の言っている事は本心だと分かった。
「俺は、負けて野球を辞めた人間だ。そんなくだらねェ茶番に付き合うなんてゴメンだぜ」
「お前は、恋恋高校との試合で本来の野球の楽しさを初めて知った筈だ。大学野球で、本来の野球に触れるのも悪くないだろ?」
「……チッ」
と、舌打ちを鳴らす。
滝本雄二は冗談では無く本心を語っている。
イライラを募らせた悪道浩平は、グラウンドに目を向けてベンチ前でストレッチをしている矢部と星を捉え、口元を少し緩めながら言う。
「ったく、面倒くせェな」
「頑張れ、あおい」
恋恋高校の在籍生徒達が一ヶ所に集まった専用の席で紅花の濃染の深みのある真っ赤な紅——、紅の八潮の髪の女生徒が手を重ねて祈っていた。
早川あおいの幼馴染にして、親友であるソフトボール部主将を務める高木幸子の姿だった。
中学時代、野球部に入るものの周りから色眼鏡で見続けられ耐えられずに部を去る。その際、止めに入った早川あおいと勝負をして打ち負かす形で決着を着けてから疎遠になっていた。
そして、恋恋高校に入学して直ぐの事、よく分からないメガネオタクと不良気取りの金髪、黒髪の癖毛頭と早川あおいの四人で『野球同好会』を発足し、グラウンドを巡って勝負をする事になったが、結果的に早川あおいのシンカー空振りの前に空振り三振に仕留められたのをきっかけに再び和解して以前の関係を取り戻した。
恋恋高校のベンチで和かなに笑っている早川あおいを確認すると、高木幸子も思わず口角が吊り上がる。
中学時代では、決して見られなかった親友の姿に嬉しくなったのだろう。ベンチに居るだけの見世物として扱われていて沈んだ顔をしている親友の姿は、そこには無かった。
「あの馬鹿、ちゃんと『約束』を守ってくれているんだね」
その馬鹿とは、小波球太の事を示していた。
グラウンドを巡って早川あおいと勝負し終わった時、小波球太と高木幸子は一つの約束を交わしていた。
『一つだけ約束しなさい!! あおいを、もうあんな辛い目に合わせないであげて!!』
『ああ、約束する』
ただ、一つだけ早川ああいを辛い目に合わせてしまった大きな問題とも直面しりもしたが。
それは昨年、世間を賑わせた早川あおいの女性選手としての出場問題の時も、小波球太はたった一人で署名活動を行い結果として出場を認められる事になったのも高木幸子との約束を守るための行動だったのでは無いかと、本人は思っていた。
「球太様は、優しい方ではありますが、『馬鹿』と言う汚ない言葉で球太様を示そうなんて聞き捨てなりませんわね」
高木幸子の隣から声が聞こえる。
煌めく金色に染まる髪、前髪が綺麗に揃っているパッツン髪の同じ三年生の女生徒である倉橋彩乃が言う。
「そう言えば倉橋は小波のことが好きなんだもんね。それは悪かったわ」
「——ッ!? た、高木さん!? 私がいつ球太様に好意を寄せていると!?」
「普段の接し方からみれば分かるわよ」
倉橋彩乃は成績優秀であり兼ね備えられた容姿から他の生徒から人気が高く、また理事長の孫娘と言う絶対的な肩書きがあり学校内でも何にも臆せずに堂々たる立ち振る舞いをしているのだが、いざ小波球太を前にするとその立ち振る舞いはぐにゃくにゃと崩れる。
例えば、小波が廊下を歩いているのが見えると空かさず物陰に隠れたり、小波が側にいると顔を赤らめて全力ダッシュでその場から立ち去ったり、テンパったり、ぎこちなかったりと様々な姿を目撃されている為、そう捉えられていても可笑しくは無い。
だが、小波に好意を寄せているのは確かな事ではあるのだが想いを伝えられずに過ごしている。
「高木さんには関係なくてよ!! そう言う貴女こそ、海野浩太さんとは『恋仲』と言う『噂』を耳にしておりますが?」
赤面した倉橋彩乃は、『反撃』に出る。
「——ッ!? ど、どうして『その事』を倉橋が知ってる訳ぇ!? それは海野と私しか知らないことよ!?」
「その様な反応……、『その事』と戯けていると言うのは、どうやら『噂』は本当の様みたいですわね」
「だから、どうして知っている訳!?」
「ああ、それでしたら。以前に、野球部の星さんと矢部さんが廊下で話しているのを耳にしましたので、私以外にも貴方達二人の関係を知っているのは多いと思われますが?」
「……。アイツらいつか殺す」
高木幸子は、星と矢部の二人に向けて殺意の念を込めながら睨みつけていた。
球場に居る人達以外にも今日の決勝戦が気になって居るモノ達も居た。
山の宮高校の野球グラウンドの片隅に位置するビニールハウスに形取られた屋根付きのブルペンでは、太郎丸龍聖と名島一誠はプロ入りを目指す為に自主練習を行っていた。
出入り口付近にパイプ椅子の上に、ラジオをほど良い音量で流しながら二人は投球練習に勤しんでいた。
「行くぞ、一誠。次はストレートだ」
「来い、龍聖」
ズバァン!!
渇いたミットの音が鳴る。ノビのあるストレートがキャッチャーミットへと収まった。
昨日の試合で、軽く百球を超えるピッチングをしても落ちる事のなかった球威、上がっていく球速と『限界』を超えて更なる進化を遂げた太郎丸龍聖は今も腕を振り抜いていた。
負けた悔しさは、二人には無く。プロ野球に挑む為に今は前を見据えている。
もうすぐで試合が始まる。
こんなに緊張感のある試合は随分と久しぶりにも思える。
そう、猪狩守は心の中でこれから始まる試合を楽しみながらグローブを右手に填めて後ろを振り返る。
そこには一つのユニフォームが映る。背番号「2」と刺繍されているユニフォームがベンチの椅子に立て掛けれていた。
それは、猪狩進のモノだ。
現在は、病院にて体の疲労を癒すべく入院していて試合には出れない。
その事は、千石監督、マネージャーの四条、あかつき大附属全員が周知しているが外部には情報は漏れる事は決して無かった。
猪狩守の意向により対戦相手のチームの士気が乱れるのを防ぐ為でもあり、騒ぎ立てようとしたマスコミは猪狩コンシェルンの圧力により捻じ伏せられている。
しかし、猪狩守は決して心穏やかでは無い。
理由は一つ。小波球太の『右肩』に対して疑念を抱いているからだ。
交通事故から進を庇った際、アスファルトに強く打ち付けた衝撃で肩の骨が軋み嫌な音を聞いたと進本人から聞いていた。
昨日の晩、小波球太に確認の電話を取るものの何もないと言う返事だけで曖昧なままだった。
(小波の『性格』からして怪我をしていてもヤツは必ずマウンドに上がるのは間違いない。それなりの強い『信念』があるのだろう。中学二年の時の全国大会のように『全国大会で優勝をする』と言っていた様に、今の小波にも成し遂げ無ければならないモノがあるんだろう)
でも、それは此方も同じだ。
今も病院で一人待つ弟の為に、甲子園への優勝旗を取り返す為に、猪狩守は全力を持って挑まなければならない。
ベンチの前にズラっと並ぶあかつきナイン。
猪狩守は試合が始まり目前にして、ナイン達に自分自身に向けて檄を飛ばす。
「後一つ。勝てば甲子園だ。王者、あかつきの名に掛けて優勝旗を取り返すぞ!!」
「おう!!」
全員の声が一つの束となる。
「行くぞッ!!」
あかつきナインは、ホームベースに向かって勢い良く駆け出した。
そろそろ整列の時間になる。
試合が始まるのはもうすぐだ。
この試合に勝つ事が出来れば、念願の甲子園に初出場が果たせる。
小波球太は、空に照りつける太陽を見つめてニコッと笑みを浮かべる。
晴れ渡る空、絶好の野球日和だ。
「あれ? 星さん。元気が無い様に見えますが大丈夫ですか?」
と、マネージャーの七瀬はるかがグッタリとしている星に向けて声を掛ける。
「ああ……、女神だ」
「え? 女神、ですか?」
「昨日は、試合後に『メガネ女』に散々追いかけ回された挙句、強制的にアドレス追加されて……、くっ。今のはるかさんは愛おしい天使の様に可愛い!!」
「はぁ……」
困惑を隠せない七瀬はるかは、顔に戸惑いながらも心配してくれていた。
「星先輩、何かあったんスか?」
と、面白コンテンツのアンテナで何かを感じ取り受信した赤坂がニヤリと忍び寄る。
「昨日、星くんに『可愛い彼女』が出来たでやんす。それもとびっきりの『美女』でやんす」
「えっ!? 星先輩にも彼女が出来たんスか!?」
チラリ、と赤坂は海野に目を向けるが海野はビクッと身体を震わせ知らないフリをした。
「テメェ、クソメガネ!! 良い加減な事抜かしてるんじゃねェよ!!」
「まあまあ、星くん。落ち着くでやんす」
ニンマリと笑うその顔に、昨日の走り迫ってくる矢部田の影がチラついた。
「うえ……。今日の試合はダメそうだぜ」
「星さん。大丈夫ですか?」
優しさ、まるで女神とも思える七瀬が星の背中を撫でてくれた。
「は……はるかさん」
「彼女さんを大事にして上げて下さいね」
「——ッ!?」
これ以上に無い星への精神的ダメージ。
七瀬はるかの優しい言葉は星にとってはオーバーキルに等しいが、恋恋高校のベンチは笑いに包まれて緊張とは程遠いほどいつも通りの緩い雰囲気に包まれていた。
「……」
だが、一人。笑みを見せずにぼうっと座り込む早川あおいがいた。
あれから色々と悩んで考えたが結局、結論には辿り着けずにいた。
「毎回の事だが、星には参るよな。ま、いつも通りみたいだからいい事なんだけど」
ㅤそこに、いつも通りの表情、落ち着いた声で小波球太が声を掛けて来た。
「うん……。そうだね」
「なんだ? お前も元気ないのか? また風邪でも引いたんじゃないだろうな?」
「そんな事は、無いけど……」
「そっか。あまり無理するなよな」
小波球太は昨日の山の宮との試合にて、加藤理香との会話を早川あおいに聞かれていた事は知らない。
右肩の爆弾、野球人生が終わり、不吉な言葉達が頭の中で入り乱れていた。
それでも小波球太は、平気で笑っている。
「さてと、そろそろ行くとするか」
と、小波はベンチ前に歩き出す。
よし、整列の準備だ。
その前に一人一人に向けて
先ずは、矢部くんからだ。
「矢部くん。君のおかげで『野球同好会』から始まったこの野球部が誕生して此処まで来る事が出来たよ。本当にありがとう」
「小波くん? 急にどうしたでやんすか?」
ヘルメットを着用しながら矢部くんは頭にハテナマークを浮かべて首を傾げた。
聞き返されても答えない。
それで良い。恐らく『最後』になる。
このチームのキャプテンとしてキャプテンらしい事をしてきたか分からないけど、一年生の春の部の設立から共に歩んで来た八人に向けて、俺の言いたいこと、言わせて貰うぜ。
「星。お前と矢部くんの夢の『モテモテライフ』ってヤツを叶えようぜ」
「ああ……。俺は『矢部田』なんかに追い回されるのは真っ平ゴメンだぜ!! 必ず美女たちに囲まれてモテまくってやる!!」
星は、何かと聖ジャスミン高校の矢部田さんに気に入られるみたいだな。
「山吹。どうだ、俺と一緒に野球やってて良い夢は見れたか?」
「本音を言うなら、想像以上だったよ。甲子園に行って良い夢を見させてくれ」
拳と拳を軽く合わせる。
「海野。悪いな、高校野球に無理矢理付き合わせちまう事になってさ。でも俺は楽しかったぜ」
「此方こそ、良い思い出が出来たさ。この最高のメンバーで甲子園に行って良い思い出を増やそうぜ」
海野も山吹も高校野球をするつもりは無かったのに良く此処まで付き合ってくれた。
「毛利、古味刈。お前ら二人とも野球初心者だったのに、良く立派に成長してくれたよ。頑張ってくれてありがとう」
頭を下げる。
このチーム内で一番成長したのは、高校から野球を初めたこの二人だと断言できる。
サッカーやバスケとは体の鍛え方も運動量も全然違う。それでも必死に食らいつき、泣き言も言わずに黙って付いてきてくれた。
「高校から始めた野球だけど、意外と楽しくて俺も毛利も大学でも野球やろうと決めてんだ」
「ああ、小波みたいな凄い選手になるのは無理だけど……、一応『夢』として追いかけるのは悪くねえだろ?」
ああ、悪くない。
いつか俺を超えてくると期待してるぞ。
「七瀬」
「はい!? 私もですか!?」
「体調が悪いのに無理してでも俺たちのサポートをしてくれて助かったよ。たまには自分の事も考えろよ? 支えてくれて、ありがとう」
「そ、そんな!? 私も、このチームの一員になれた気がして……嬉しいです!!」
バカを言うなよ、七瀬。お前は野球部が出来た時から恋恋高校のチームメイトに決まっているだろう。
「……」
そして、最後は早川だ。
「早川。お前の目指すプロ野球選手は、勇気や元気を与えられる選手になりたいって前に言ってたよな」
「うん」
「俺はなれると思うぜ。俺もお前から沢山の勇気を貰った。だから、その勇気を糧に甲子園に連れて行く。約束だ」
ああ、そうさ。
俺はとうの昔に腹を括ってんだ。
野球を好きでいて良かったって、野球をやってて良かったって、そう思ってもらう為に俺はコイツらを必ず甲子園に連れて行くんだって。
だから、猪狩。
俺もこの戦いだけ譲れないんだ。
右肩が、肘が、腕が全部がダメになったとしても甲子園に行くんだ。
「よしッ!! 行くぞ、皆!!」
「おう!!」
俺たち恋恋ナインはホームベースを目が掛けて勢い良く駆け出した。
最後の戦いが始まる。
球審の合図と共に整列。
猪狩と小波は、お互いの顔を見る。
リトルリーグで出会って初めての好敵手になり、
中学時代ではチームメイトになり、
高校野球では再び好敵手となり、この高校野球で最初で最後の戦いが甲子園を決める決勝戦となった。
「悪いが、小波。この試合は勝たせて貰う」
と、猪狩守は力ある眼差しで言う。
「こっちも譲れない。勝つのは俺たちだ」
と、小波球太も負け時に言い返した。
『一回の表、恋恋高校の攻撃は。一番、センター矢部くん』
ウグイス嬢の声で、矢部明雄は意気揚々とバッターボックスへと進んで行く。
少し緊張を浮かべている矢部明雄に対して猪狩守は、笑っていた。
(恋恋高校のレベルは目に見ている。小波以外は大した選手が居ないのは火を見るよりも明らかなのは間違いない)
「プレイ!!」
球審の合図で、試合が始まった。
一球目。
ズバァァァァン!!
猪狩が放り込む洗礼のストレート、『ライジング・ショット』が双菊のミットへ放り込まれた。
「ストライクーーッ!!」
百四十五キロの拳銃の弾丸のような高速横回転で浮き上がった速球に矢部は見送った。
二球目のスライダーで空振りに取った後、三球目を『ライジング・ショット』で空振りの三振に切り伏せた。
続く二番の赤坂も緩いカーブを引っ掛けてショートゴロに打ち取られ、あっという間にツーアウトになり、打席には三番の星が右打席に入る。
「来やがれッ!! 猪狩!!」
睨みつけて猪狩守に向けて威圧する。
その威圧を吹き飛ばすストレートが、胸元のインハイに『ライジング・ショット』が捻じ込まれた。
「——ッ!!」
思わず避ける星だが。
「ストライクーーッ!!」
しかし、猪狩守のボールコントロールにより際どいストライクゾーンに投げ込まれる。
続く、二球目。
外側に逃げるように曲がるスライダーでバットの先端に引っ掛ける形でファーストゴロにより、全球ストライク、遊び球を放り投げる事なくスリーアウトチェンジとなった。
一回表が終わり、裏のあかつき大附属の攻撃が始まる。
先頭打者、一番の羊山が左打席に入る。
初球。
ストレートを放り投げ、見送りストライクを先行。
「ストライク!!」
球速表示、百三十八キロ。
小波球太の平均速度より『やや遅め』のストレートだった。
続く二球目。真ん中のコースの低めへと落ちるフォークボールを放り投げるが、
——キィィィィン!!
快音を響かせた羊山の打球は、勢いよくライトとセンターの右中間を抜く長打となる。
フェンスに当たりクッションボールを古味刈が拾うが、走力『A』の俊足を飛ばしてランナーは悠々と三塁まで到達していた。
「……」
いきなりのピンチを招く恋恋高校。
先制点が欲しいあかつき大附属の千石監督が二番打者の牛澤と三塁ランナーの羊山にサインを出す。——スクイズだ。
「毛利ッ!! 京町!! 前に出ろ!! 気合入れて死守しろよ!!」
スクイズを警戒し、星が二人に前進守備をさせる。
小波と星は、サインを決める。
コクリと短く頷き、一球目。セットポジションから小波球太は低めのストレートを放り投げた。
「ストライクーーッ!!」
一瞬、スクイズの構えを見せたが直ぐにバットを引き、ランナーも走る素振りすら見せたなかった。
二球目。
再びストレートを放り投げるようと、脚を上げた瞬間だった。
「は、走った!!」
羊山はホームにへとスタートを切り、毛利が声を上げる。
小波球太は、ボールを放り投げる。
コースはアウトコースの高め。球種は『三種のストレート』の『スリーフィンガー・ファストボール』だった。
凶暴な変化を見せる三本指で放り込む『スリーフィンガー・ファストボール』を辛うじてバットに当てた牛澤だったが、
ㅤコツン。
打球は小さく低い小フライとなった。
「——ッ!!」
中間地点に辿り着いた羊山は急ストップを掛けて見守る。
落ちたらホームへ、取られたら三塁へと引き返さなければならない。
一瞬の迷いが命取りとなる。
しかし、恋恋高校の一塁の京町、三塁の毛利の反応は遅れている為、羊山は思い切ってホームへと脚を進める。
「羊山、戻れ!!」
すると、三塁のあかつき大附属のベンチから猪狩守が大声を上げた。
羊山は思わず目を疑った。
小フライに打ち上がった打球をピッチャーの小波がダイビングしてグローブにキャッチしていたのだ。
「星!!」
滑り込みうつ伏せの小波は、目の前に立つ星にグラブトスをしてボールを渡す。
「ナイスだぜ、小波!!」
受け取ったボールを三塁カバーに入った赤坂に送球して、ダブルプレー成立となりいきなりのピンチを切り抜けた。
「ワァァァァァーーッ!!」
見事なスーパープレーで湧き上がる歓声。
土に塗れたユニフォームを払い、小波球太は周りを見渡しながら人差し指と小指を立てた。
「ツーアウト!! 締まって行こうぜ!!」
「あの子……。また無茶なんかして」
小波の今のプレーを恋恋高校の監督を務める加藤理香は固唾を呑んで見守っていた。
右肩に爆弾を抱えていて、それがいつどのタイミングで『選手生命を奪う』程の故障をしても可笑しくない状況なのにも関わらず、小波は自らダイビングキャッチをした状況に戸惑いを隠せない様子。
だが、この三年間の付き合いの中で小波球太と言う人間性は重々承知している加藤理香ではあるが、出来れば選手生命を奪いたくないと強く思っているのも事実だった。
「球太くんは、それでも無理をする人です」
「早川さん……、あなた」
加藤理香の横に早川あおいが立つ。
「ボク達が止める言葉を言おうとも、球太くんは止まらない……。言う事なんて聞かずにボク達を甲子園に連れて行く為に無茶をする筈です」
そう早川あおいが言うと、丁度、小波が三番打者の双菊に向けてストレートを放り投げた。
球速は、百三十五キロのストレート。
二人は顔を見合わせる。不安を覚えたそんな表情をしていた。
決勝戦と言う事もあり、殺到した観客達の為に外野スタンドも開放している地方球場。
そこにも小波達と戦ったモノ達も紛れ込んでいた。
「やっぱり、マスク姿もカッコいいべ。オラの愛しのダーリン」
見惚れながら、瓶底眼鏡の女子——、聖ジャスミン学園の矢部田亜希子の姿があった。
「えっと……『愛しのダーリン』? って言うのは一体、誰の事を言っているんだイ?」
と、ハーフ顔が矢部田を見る。
百九十センチ程のスラリとしたモデル体系の短髪の男子生徒、リーアム楠・貫人は首を傾げながら問う。
「星雄大。恋恋高校の捕手、だそうよ」
と、清潔感溢れる青い髪に眼鏡姿の女子生徒である美藤千尋が教える。
「そうなんダ。いつの間にか二……通りで矢部田さんが生き生きしてると思ったヨ」
あははは、と笑うリーアム楠のその後ろには、日傘を刺した艶やかな金色に染まる髪を撫でている美女の八宝乙女ともう一人。
紫色の瞳、褐色の肌に灰色でボーイッシュな髪型が特徴的とも言える聖ジャスミン学園の三年生である太刀川広巳の姿があった。
ㅤしかし、太刀川の左肩には包帯が巻かれていた。理由は一つ。春季大会の恋恋高校との試合後、太刀川広巳は日頃のオーバーワークが祟り負担が掛かり、故障寸前まで痛めていた左肩の"インピンジメント症候群"の治療の為に包帯を巻いているのだ。
「それにしても今日の小波球太さんの調子は絶不調の様子ね。ストレートのスピードもイマイチ、と言った所かしら」
八宝乙女は残念そうに言葉を溢すが、隣の太刀川広巳は険しい表情を浮かべている。
小波球太は三本指から繰り出す『スリーフィンガー・ファストボール』を放り投げて簡単に打ち取り、一回の裏のあかつき大附属の攻撃が終わった。
恋恋高校のベンチに引き返す小波球太の姿を見た太刀川広巳はポツリと、
「もしかして……」
と、誰にも聞こえない独り言を呟いた。