実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第64話 虹色の光と四つ目のストレート

 手には複雑な鍵の付いたキャリーケースを持ち、看護婦らしい白衣を見に纏った小柄な女性が一人。

 人影が何一つ無い病室に居た。

 からからとガラス張りの窓を開けると、緑に染まる大きな木々に止まって羽を休めていた雀達がバサっと一斉に空へと羽ばたいていく。

 フワッと入り込んで来る熱を帯びた夏の風が短くカットされた綺麗な緑色の髪が靡かせる。

 見るからに二十代前半と思われる大人の女性。

 それに可愛いらしい垂れ目。

 両の耳には真紅の玉がキラリと光り輝くピアスが着けてあった。

 薄紫色の大きな瞳で何処までも晴れ渡る青空を見上げた女性はニコリと微笑むと、誰も居ない病室の中でゆっくりと白衣をひらり、ひらりと剥いで行く。

 ナースウェア、下着、ストッキング、ガーターベルトなど見に纏う全てを脱いでは丁寧に畳んでベットの上に優しく置いた。

 布一つ纏わない露わな姿になると、窓から入り込んで来た外からの日射で透き通りそうな白い肌をより一層引き立てる。

 鍵の付いている持ち込んだキャリーケースの鍵をガチャリ。と開ける。

 そのキャリーケースの中に入っていたのは大きな『紫の布が一枚』だけ、ただそれだけが入っていた。

 アニメか漫画のキャラクターなのか、はたまた戦隊モノのコスプレ衣装(色合い的には敵キャラっぽい)か何かなのだろうか……。

 目の部分が半円で真っ赤に染められていてまるで『着ぐるみ』らしきとても奇妙なモノだった。

 すると全裸の緑髪の女性が誰一人居ない病室の中で独り言を囁いた。

「さてぇ、『そろそろ』かしらねぇ。小波球太くん。貴方の『驚異な成長力』は『科学の発展には絶対に役立つ』ハズだから、『科学の進歩のために貴い犠牲』になってねぇ」

 と言い終えるとその紫色の布を被る。

 モゾモゾと動きだした後、その紫色の着ぐるみが声を発した。

 先程の緑髪の女性の声では無い、増しては人の声色では無くノイズ混じりの不思議な声で。

「ギョ」

 そのたった一言だけ呟くと、既に誰も居ない病室だけが残っていた。

 

 

 

 三回の表、五点差を追いかける恋恋高校の攻撃は七番の古味刈の打席から始まる。

 気合を込める声援を送るが、恋恋高校のベンチ内は今までの様な活気は見当たらなかった。

 ただ一人の様子を。ベンチに引き返してからずっと項垂れたままの小波球太の様子を皆が心配そうに見つめていたからだった。

 誰がどう見ても様子が可笑しいと言うのは分かっていた。

 コントロールの良い小波が二者連続でストライクを一球も投じずにフォアボールを出してしまい。七番打者の乙下に走者一掃のタイムリーツーベースを打たれ、続く後続を抑えたもののまたタイムリーで二点を奪われてしまった。

 らしく無い投球内容に、一度はあかつき打線の方が一枚上手だと誰しもが思っていたのだが、マウンド上で苦しそうな顔をして既に疲れ果てて倒れそうな小波を見て思いが変わった。

 やはり。どこかが変だ、と。

 小波球太の右肩の具合を知る者は、早川あおいと加藤理香のみである為、小波が今の現状を知る事は無いに等しいのだ。

「球太くん……」

 早川あおいは、目の前で項垂れる小波を見つめる。

 いつもの平然として野球を楽しんでいる姿はそこには無かった。

 苦しそうな呼吸、ポタリと流れ落ちる汗の量は半端では無い。無意識に痛みを堪える様に下唇をギュッと強く噛み締める小波を見ていると視界は霞んで再び涙が出そうになる程、見ては居られない姿が目の前にあるのだから。

 それでも早川は小波の側に寄り添う。

 小波の『夢』を叶える瞬間を見るまでは、どうにか支えなければならないと強く思うと同時に自分の非力さ無力さに痛感させられる。

 

 

「この試合、勝負あったンじゃねェか?」

 ドスの効いた低い声で唸る様に、悪道浩平は詰まらなそうに言葉を吐いた。

「もう決まりだろ。小波の球はあかつき大附属には通用しなかった、結果は見えてる」

 練習試合と公式試合の二度戦い、一度は『小波潰し』を画策する程、小波の実力をある程度は身を持って知っている悪道浩平はスコアボードに点灯されている数字を見て舌打ちを鳴らした。

「……」

 だが、隣に立つ球八高校の滝本雄二は腕を組んだまま無言だった。

「小波が役に立たないなら、恋恋高校には勝ち目はねェ。星や矢部は勿論、他の連中のレベルは底が知れてる」

「……ま、『普通』なら誰しもがそう思うだろうな」

 と、漸く閉じて無言を貫いていた口を開いて滝本雄二が言う。

「何ィ?」

「小波球太と言うヤツはとても不思議なヤツでな。此処ぞと言った時に、何かしらアクションを起こしてくる選手だ」

 お前も良く知っているだろ、と付け足すと滝本雄二はニヤリと不敵に笑う。

 球八高校との試合でも相棒の矢中智紀の切り札『フォール・バイ・アップ』を攻略の時も『超集中』で切り抜いて見せたり、パワフル高校との試合では椎名を打席に立たせてきっかけを作ったりと、滝本雄二は懐かしそうに思い出していた。

「ま、そうした所で猪狩守から五点差をひっくり返すなんざ出来やしねェだろ。幾ら何でもアイツら雑魚共とは次元が違い過ぎる」

「そうだな。でも小波球太はそう言う時だからこそ実力を発揮させる」

「……それで? さっきから小波、小波って何が言いてェンだァ? テメェはよォ」

「何故、小波が中学二年の全国大会の試合中に、いきなり『百四十キロ』のストレートを投げたのか知っているか?」

「そンなの知らねェに決まってンだろうが」

 勿体ぶらねェで早く言え、と悪道が付け足して言う。滝本は右の口角を吊り上げて笑いながら言った。

「当時の小波は『三種のストレート』の多投で肘がボロボロだったらしい。それでもマウンドに上がり投げ抜いた……その試合も今日みたく負けていたようだ」

「……」

「誰もが負けを覚悟した。しかし、その試合中に小波は変わった。『驚異的な成長』を遂げた小波は相手チームを完璧に抑え、挙げ句の果て中学生では有り得ない『百四十キロのストレート』を投げ、チームは勢い上げて逆転勝利を収めた。どうだ? 随分と似てるとは思わないか? この試合」

「チッ。それで、小波のクソ野郎が急に変わった理由ってのは何なンだ?」

「さぁな、それは俺にも分からん。当時試合を観戦していた知り合いから聞いたんでな」

「知り合いだァ? 一体、誰だよ」

「フッ。流石のお前でも名前くらいは聞いた事はあるだろ? 去年の千葉ロッテのドラフト一位で入団した『八雲紫音』だよ」

「八雲紫音……」

 滝本が口にした名前に聞き覚えがあった。

 それも一度だけでは無い。数年前にも今でも夜のスポーツニュースで度々その名前を聞いた覚えがする。

 そう、確か。

「ああ、去年の甲子園の準優勝した竜王学院のキャッチャーか」

 去年の決勝戦。

 アンドロメダ高校と竜王学院高校の試合が行われていた。

 中部地方の強豪校で甲子園には春夏と常連チームの竜王学院高校のキャプテンを務めていた八雲紫音。

 彼は去年のプロ野球ドラフトの注目株の選手でもある。

 キャッチングに秀でていて、その捕球技術はストライクゾーンからギリギリ外れるボールさえもストライクと判定させる程の見事な捕球力を誇り、同年代のキャッチャーであるあかつき大付属の二宮瑞穂をも凌駕する実力の持ち主であった。

 でも何故。そんなキャッチャーと滝本雄二が知り合いなのか、と悪道浩平は疑問に思った。だが、悪道自身それほど興味が湧かなかったのもあるが、それを聞いた所で自分に利益が無いことだと理解して聞かないことにした。

 

 

「おい、マジで小波の野郎は大丈夫なんだろうな?」

「ベンチに戻ってきてからずっと項垂れているでやんす」

 星雄大と矢部明雄の二人は、遠目からぐったりとしている小波を見ていた。

「まさか、熱中症が悪化したとか言うンじゃねェだろうな。どうするよ、小波は交代させるか……?」

「ピッチャーはどうするでやんすか? あおいちゃんは風邪で医者からはドクターストップが掛かってるでやんよ?」

 矢部の言葉通り。

 一週間前の豪雨の中で行われた球八高校との試合で、早川あおいは風邪を引いてしまった。更に次の試合のきらめき高校との試合で倒れてしまった為、ベンチに入る事は許されたが試合出場は当面禁止されているのだ。

 残る投手は、一年生の早田翔太。

 その早田を登板させるのは星も矢部の二人とも良い策とは思えなかった。何せ、このプレッシャーが掛かる試合は早田にとってかなり重荷過ぎると判断したからだ。

「心配すんなよ……。俺は、大丈夫だぜ」

 疲労が蓄積された辛い表情と疲れ果てて覇気の無い声で小波は言う。

「って言ってもな。今日のお前はあかつき大附属に相当打ち込まれてるって疲労感満載って事、少しは分かって言ってるんだろうな!?」

「……もう打たせるつもりは無い。なに平気さ、俺にはまだ『切り札』はあるからな」

 小波の言葉に星は首を傾げた。

 『超集中』、『三種のストレート』以外にも未だ知らない『何か』を隠していると言うのだろうかと不思議に思った。

「切り札だと?」

「ああ、俺の『三種のストレート』には、まだ投げたことがないストレートが『一つ』だけ……ある。それを投げれば……どうにか凌げる筈だ」

「って言うと、昨日の山の宮の試合でテメェが言っていた『奥の奥の手』って言うのはハッタリじゃ無かったって事かよ」

「……」

 小波は無言だった。

「テメェな。未だそんなに『切り札』が残ってたならどうしてもっと早く投げなかったんだよ」

 星は呆れながら言った。

 それもそうだ。小波の言う『切り札』を早く投げていれば五点取られる事も無かったであろう。しかし、それは出来なかったのだ。

 小波はこの試合、右肩の爆弾がいつ爆発しても良いと言う覚悟を持って挑んだ。

 そう長くは無いと自分では分かっていた。だからなるべく爆発事態を引き延ばす為にも負担になる『三種のストレート』も三本指で投げる『スリーフィンガーファストボール』のみしか投じて来なかった。微力な延命行為をしていたが……。

 その延命も虚しく、右肩の爆弾は早くも終わりを告げてしまった。

 それでも僅かながらも『超集中』で痛みを堪えて投げる事が出来ている為、小波球太はチームを甲子園に連れて行くと言う『夢』の為に、今はもう出し惜しみはしない。

 

 三回の表の恋恋高校の攻撃は、あっという間に三者凡退で抑えられてしまう。

 昨日の試合、完全試合を成し遂げた左腕の調子は正に絶好調と言うべきだろうか。

 猪狩守の冴え渡るストレート、『ライジング・ショット』で恋恋高校を翻弄させる。

「やるな、猪狩。試合はまだこれからだ。俺も……負けちゃいられねえよな」

 ライバルの好投を目の前にし、折れぬ闘志を燃やしながらもギュッと強く右手を握り締めた小波球太はふらつきながらもマウンドへ上がる。

 ゆらり、と七色に輝く『虹色』が一瞬。

 過去に二度も見せた『金色』では無い。

 全身を覆う纏まった『光』が灯った。

 神島巫祈や八宝乙女が知っている『能力解放』とはまた違う何か……。

 この試合で小波球太に隠された底知れぬ潜在能力を開花させようとしている事を誰も知らない。

 

 

 そして、試合は三回の裏。あかつき大附属の攻撃が始まる。

 先頭打者、既に二打巡目を迎える三番打者の双菊がバッターボックスに立つ。

 その一球目。

 百三十六キロのストレートが高めのストライクゾーンに投げ込まれる。

「ストライク!!」

 ニヤリと笑う双菊。

 まるでこの程度の球ならいつでも打てると言っているかの様に余裕に満ちた笑みを浮かべていた。

 二球目を再び見送って、カウントはツーストライクに追い込んだ。

 続く三球目。

 今度はキレの無い細々とした微妙な軌道しか描かないスライダーを投じるも、双菊は見送る。

「ボール」

 星はキャッチャーミットで捉えたボールに目を向けた。

 小波が投じる球に気持ちは篭って居るが重みの無い力の無い球だとはっきり伝わっていた。

「(マジで、一体どうしちまったんだ。小波の野郎はよォ)」

 小波に向けて返球する。

 すると、上の方から声が聞こえてきた。

「随分と呆気無い試合になりそうだな」

「……あん?」

 声を掛けてきたのは、目の前に立つ双菊だった。

「俺は高校からあかつきに入ってるから、中学時代の小波の事は話でしか知らない。猪狩や四条や先輩達を含めた他の連中はやたら警戒心が強いからどんな奴かと思って心待ちにしていたら実際はこの程度でしか無かったとはな。本当期待して残念だぜ。ま、この試合まで来れたのなら高校生活の思い出としては胸を張れるんじゃねえか」

「……」

 嫌味交じりに嘲笑う双菊。

 星は黙ったまま聞いていた。

「どう足掻いても猪狩相手にお前らレベルは打てそうな雰囲気は無いし、小波は見ての通りポンコツだろ? こりゃ甲子園も貰ったも同然だから楽な試合だぜ。さぁ投げさせろよ。華々しく散らしてやる」

「あのな……」

 黙ったまま聞いていた星が口を開いた。

「テメェはこの打席、ヒットでも打てるとでも思ってる訳か?」

「ふん。ヒットとは言わずこの程度ならホームランも打てるぜ」

 率直な感想だった。

 あかつき大附属の総合レベルから言わせてみれば、今日の小波の球なんて打撃練習以下のピッチングに見えているのだろう。

 それでも星は、疲労するキャプテンを馬鹿にして鼻で笑う双菊に向けて怒りを込めて静かに言う。

「一人で盛り上がってる所悪いんだが、テメェらはもう誰一人塁に出る事なんかねェんだぜ」

「何ッ!?」

 バッと顔を星から小波に向ける。

 サインは既に決まっていた様だ。

 ゆっくりと振りかぶり、脚を高々に上げた小波球太は右腕を振り抜いた。

 シュッ!!!!

 一見してそれは普通の『ストレート』だった。

「ハッタリか、この球は貰ったぜ!!」

 巧打一閃。見定めて真芯で捉えたとバットを振る。

 ググッ。

 だがしかし。小波の投じた真っ直ぐな軌道を描く『ストレート』は手元で歪な動作をした。

 そして、何よりもスピードが違かった。

「——、何ッ!?」

 と双菊が。

「何だァ!? この球はッ!!」

 と星が、いつも通りのリアクションをした。

 球速表示、百五十キロの小波のストレートは星のミットにズバンッと収まった。

「ス、ストライクーーッ!! バッタァーアウトッ!!」

 見事に双菊を空振りの三振に仕留めた。

 舌打ちを鳴らし悔しがりながらあかつき大附属のベンチに引き返す双菊の背中をチラリと見た星は、ニヤリと笑みを浮かべていた。

「べらべらと五月蝿せェ野郎だったぜ。そう言う奴に限って打てねェってのは相場が決まってンだよ」

 と、星は言った。

 

 

「すみません」

 ベンチに引き返し、あかつき大附属の監督を務める千石忠に深々と頭を下げた。

 あかつき大附属のベンチ内はシンと静まり返って顔色を伺っていた。

 理由は一つ。

 見た目通りの怖さには最早貫禄さえ伝わって来る。髭をたくわえ、筋肉がガッチリとした肉体、漆黒に染まるサングラスの奥は見えないものの何かと鬼気迫る威圧感を放つ漢、千石忠は無言で腕を組んでベンチに腰を降ろしていた。

「双菊、今の球はお前にはどう見えた?」

 静かに、低い声で千石が問う。

「はい。今投げた小波の球は、おそらく『ツーシーム系』だと思われます。ただ、ストレートがまるで『キャノン砲』みたいに速い厄介な新しいストレートだと……」

「ふむ。現在、我々の確認が取れている小波球太のは球種は『三種のストレート』のみだったがまだ一つあったとはな。此方もデータを上書きせねばならん様だな」

「はい、お任せ下さい」

 と、空かさず返事を返したのは明るい紅みの紫色の髪に眼鏡を携えたマネージャーの四条澄香だった。

「監督。次の打席は任せて下さい。必ず、攻略して見せます」

 と、双菊は深々と頭を下げて言う。星に偉そうな事を言った割には二打席連続と呆気なく打ち取られている自分自身に腹が立っていた。そんな事はあってはならないと己の中で自戒を込めながら拳を強く握った。

 だが、そんな双菊の事など気に留めることもせず猪狩守はネクストバッターズサークルで会話を聞いていた。

 小波球太ただ一人に目線を向けていた。

 絶不調で百三十代しか投げて来なかった好敵手にいきなりの変化が見られた事、そして、何よりもたった今放った『四種目のストレート』が気になっている様だ。

「ツーシーム……。まるで『あの人』を彷彿させるな。それに『キャノン砲』、中々良い響きじゃないか」

 と、言いながら猪狩はバッターボックスへとゆっくりと向かって行く。

 

「うむ、今の球。漸く『完成』した様だな」

 恋恋高校の応援席。

 双菊を三振に斬り伏せた小波に向けて声援を送る中、一人だけ首を縦に振っている六道聖。

「完成? え、なになに〜。何故かひじりんだけ一人納得した様子だね〜。むむむ、これは怪しいですな〜」

 明るく元気な特徴のある口調で、明日未来はハンディカメラをくるりと写す。

 グイグイと迫りくる未来。

 良い加減にカメラを向けるのを止めて欲しいと切に願う聖だが、そう簡単に未来を止められれば苦労はしない。

 半ば諦めた状態で、聖は言う。

「一年前から球太と私で『新種』の開発を行って来たのだ。球太は、肩と肘に負担の無い球を作るつもりだった」

「だった? と言う事は? 変わっちゃったって事、だよね〜?」

 コクっと頷く聖。

 二年前の夏に、小波球太が感覚を取り戻す為に恋恋高校のメンバーには内緒で六道聖とピッチング練習を始めた。

 そして、一年前の春に聖の言葉通り四個目のストレートを物にする為に練習を積み重ねて来たのだ。

 どの球よりも速く。

 力に満ちた一球。

 小波球太はある程度のイメージを完成させてはいたが、根底から覆す事になる。

 それは、昨年の秋季大会に置いて猪狩守が『ライジング・ショット』を編み出した事を知った小波がその球に触発されたのだ。

「球太にとって『四つ目のストレート』は、原点回帰と言っても過言では無いだろう。リトルリーグの時に影響を受けたからこそ『三種のストレート』が生まれたのだからな」

「小波球太さんって凄いんだね〜。ストレートが『三種類』も投げれるんだもん〜。これはしっかりとカメラに収めなきゃならないよ〜」

 忙しい忙しいと繰り返して明日未来は、しっかりとカメラをグラウンドに向けた。

「……」

 隣に腰を下ろす灰色の瞳をした明日光の本をめくろうとしていた手はピタリと止まっていて、何かを焼き付ける様にジッと『眼』を小波球太だけ捉えて静かに見つめていた。

 

『四番、ピッチャー 猪狩くん』

 湧き上がる歓声。

 一打席目に先制のソロホームランを放った猪狩守が左打席に立つ。

 小波球太と猪狩守の対決が再び、始まる。

 ドクンドクン、と高鳴る鼓動。

 小波球太が右腕を振り抜く。

 その初球。

 百五十二キロの『四つ目のストレート』を放り投げる。

 コースはインコース。

 鋭い直線を描いたストレートが、猪狩の胸元で右方向に歪に曲がり星のミットに突き刺さる様に収まる。

「ストライクーーッ!!」

 見定める為だろうか、まず猪狩はその球をただ見送る事にした。

「……ふふ、はははっ!!」

 想像以上のキレに思わず笑みが溢れてしまう。

 

 成る程。

 双菊が言っていた事は理解出来たよ。

 確かにこの『ツーシーム』は『普通』では無いね。

 まるで堅いの良い『キャノン砲』から放たれたレーザビームの様な球だ。

 流石だ、と言わざる負えないな。

 さすが、小波。この僕が認めた男だ。

 これでこそ僕の永遠の好敵手、相手にとって不足は無い。

 

 

 キリッと眉間に皺を寄せ、ギュッと強くグリップを握り締める。

「——ッ!?」

 ビクッ。

 と、ただならぬオーラに思わず星が圧倒してしまう程、如何にしても猪狩が本気さが伺える。

 空なら降り注ぐ太陽の熱がジリジリとグラウンドの土を焦がす中、小波は振りかぶり二球目を投じた。

 球速百五十四キロ。

 初球と同じ、『四つ目のストレート』が放たれた。

「(残念だが、小波。この球はもう見切らせて貰ったぞ」)

 テイクバックから、猪狩は腰を回転させた勢いでバットを振り抜く。

 

 スカッ。

 

 バシィィィィィン!!

 

「——ッ!!」

 猪狩は驚いた様に目を見開く。

 空を切る感覚だけが残っただけだった。

「ストライクーーッ!!」

 猪狩は未だ驚いている。

 予想以上のキレから軌道を逆算し、今の球はバットに当たる筈だったのに、バットに擦りすらしなかった。

 知らぬ間に下唇を噛み締めていた。

「……」

 ハッと猪狩は我に返り。

 眼前に立つ小波を見る。

 今にも疲れ果てて倒れそうな小波のストレートが徐々に球速を上げている事に気付く。

 三球目を投じる、その時だった。

 小波球太の振りかざす右腕が一瞬、七色に輝く『虹色』のオーラを見に纏った。

 

「(まさか……。これは、あの時の)」

 

 ピクリ、と身体は動く。

 だが、間に合わなかった。

 右腕から振り抜かれたストレートは速度を上げて瞬く間に星の構えるミットにズバンと決まった。

「ストライクーーッ!! バッタァーアウトッ!!」

 球速百五十五キロのど真ん中ストライクを見送りの三振で小波の球に手も足も出なかった猪狩守は悔しさを顔に滲ませ、クルリと踵を返してベンチへと引き下がった。

 

 

 そして、決勝戦は中盤に差し掛かる。

 四回の表、恋恋高校の攻撃が始まろうとしていた。

 調子を上げて来た小波球太ではあるが、それと同時に崩壊へのカウントダウンも近づいて来ているのを誰も知らない。






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