実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第66話 反撃

「ねぇ、春海くん」

 と、栗原舞は隣に座る高柳春海の制服のシャツの袖を軽く握りしめながら震えた声で名前を呼んだ。

「もしかしたら小波くん。何処か身体の調子が悪いのかも……」

「うん。俺もそう思うよ。球太らしくないプレーだったのは今のプレーで確信した」

 恋恋高校の生徒達で陣取られた応援席。その後方から小波球太の幼馴染である二人は神妙な顔つきでグラウンドを見つめていた。

 高柳春海が言った『今のプレー』とは、小波が三塁打を放った後に、猪狩守によって牽制球で刺されてアウトになった事を示している。

「今日の試合は、あかつき相手に打ち込まれて球数は相当多いとは言っても、あの球太のスタミナだと未だ底は付いてるとは思えない」

「うん。それでも今日の小波くんは……見てて苦しそうに感じるんだよね」

 栗原の言葉に静かに頷き。口元に手を当て、考える高柳だが、一体どう言うことなのか検討も着かずにただ見守る事しか出来ずに居た。

 それでも。

 竹馬の友は、

「今の球太に何が起こっているのかは、分からないけど、でもあいつには『アレ』がある。それに球太の『本領発揮』はまだこれからさ」

 と、親友の勇姿を守り続けている高柳春海の目はとても力強いものだった。

 

 

「……球太」

 時を同じくして、高柳春海と栗原舞が座っている直ぐ近くでは六道聖も今のプレーを見て険しい顔付きで座っていた。

「おっ!? いいね〜いいねよ〜ひじりん。眉間に皺を寄せてるその表情……、凄く絵になっているよ〜」

 ハンディカメラを携えた赤毛の中学生である明日未来は、可愛い後輩の絵になる瞬間を逃さぬ様に必死にハンディカメラに収めていた。

 出来るなら私よりも試合の方を撮ってくれ、と聖は未来に対して言葉が喉の直ぐそこまで出掛かっては居たが、其れどころではなく言葉をゴクリと飲み込んだ。

「それよりさ〜ひじりん。今日の小波さんの調子は悪いのかな〜? 確かに昨日はノーヒットノーランという快挙を成し遂げて疲労は残ってはいるんだろうけど〜」

「うむ。それは私も気になっている所だ。今のは余りにも球太らしくないミスプレーなのは明白だった」

「それってさ〜『四種のストレート』の多投による疲労も多いんじゃないかな〜?」

「いや、確かにそれもあるのだが、今の球太は他に『超集中』も使用している。体力や消耗が激しい『超集中』を多用しているとなると……この先の展開は厳しいと言っても良いだろうな」

 険しい顔つきで六道聖は言う。

 だが、隣に座る明日未来は次に見せた六道の表情がとても印象的だった。

「それでも追い詰められた球太程、恐いものは無い。恐らく恋恋高校は凄まじい勢いであかつきを攻めるだろう」

 ニコッと微笑んだ六道聖。

ㅤそれは、普段では見たことのない表情をしていた。

 

 

「ストライクーーーッ!! バッターアウトッ!!」

 五番打者の山吹が見逃し三振で倒れ、アウトカウントは小波球太の牽制死を含めてツーアウトとなった。

 ノーアウトランナー無しの場面で、六番打者の海野がバッターボックスに立つ。

 

(小波、お前はどうして、あんな大事な事をずっと黙っていたんだよ!!)

 足場を均しながら、海野は冷静を保ちながらも怒りを抱えていた。

 それは先程、星が小波に向かって糾弾した時だ。右方に『爆弾』と言う怪我を負っていて、それも野球が出来なくなるレベルの大怪我を負っていながらも自分のプロ野球選手と言う夢を諦めてまで、他の部員達を甲子園に連れて行く為にマウンドに立ち続けていた事に対してだった。

 それと同時に、自分達の不甲斐なさも込み上がって来た。いや、小波の肩を壊してしまうきっかけを作ったのは寧ろ自分達のレベルの低さが招いてしまった悲劇でもあると、星や矢部、早川や海野達全員が、そう思っていた。

 小波が今まで、

ㅤどれ程の痛みに耐えていたと思う。

 どれ程の苦しみを味わったと思う。

 どれ程の辛さを噛み締めていたと思う。

(星の言ってた通りだ。小波に甲子園へ連れて行って貰うんじゃない。俺たちが小波を甲子園に連れて行くんだ!!)

 だからこそ、その証明に叫ぶんだ。

 勝つべき相手に向かって、

 打ち崩さなければならない相手に向かって。

「来いッ!! 必ず打ち返してやるッ!!」

 

 

 その様子を祈る様に手を重ねてジッと見つめる高木幸子の姿が見受けられた。

「頑張れよ……、『浩太』」

 ボソッと、小さい声で囁く。

 今では恋恋高校内の殆どの生徒が恋仲である二人の関係性を知られているが、昨日の夜遅くに高木幸子と海野浩太の二人は珍しく電話をしていた。

 高校三年生である二人の会話の殆どは、次のデートの場所とか行きたい有名なデートスポットなどや流行りのテレビの感想、と言った一般的な会話では無く。

 殆どの会話が野球の事、ソフトボールの事で持ちきりななんとも不思議なカップルなのである。

「あらあら、なんだか妬けちゃいますこと」

 その隣、煌めく、金色に染まった髪に前髪が綺麗に切り揃えられた美少女の倉橋彩乃は少し苦笑いを浮かべて高木幸子を横目で見ていた。

「な、何よ。別に良いじゃない。ああ見えても一応、私の『彼氏』なんだし……」

ㅤ少し頬と耳を赤くして高木幸子が言う。

「それに昨日、『海野』は電話で言ってくれたんだ。例え『小波より』目立てなくても、俺のプレーを見ていてくれ、応援してくれって、必ず甲子園に私を連れて行くからってさ」

 と、高木幸子は言う。いつの間にか赤く染まっていた頬と耳は、いつも通りの色を取り戻していた。

「でも、きっと海野のヤツは知らないんだろうな。甲子園に行ったら私が応援団長として応援しなきゃ行けないって事をさ」

 黒髪の癖毛頭と二年前のあの日に交わした事を思い出しながら「アイツは私との約束を守ったんだし、私も守らなくちゃね」と言葉を付け足すと、倉橋彩乃はうんざりしながら小さなため息を溢した。

「高木さん。貴女達の惚気話ならもう沢山ですわ。応援する気持ちがあると言うのなら、そんな小声でボソボソとは言わず。堂々と声を大にして言うのが効果的じゃありませんの?」

 ガシッと、手を掴まれた。

「えっ!? ちょ、ちょっと!! 倉橋!?」

 倉橋彩乃は高木幸子の手を取って急にその場から立ち上がった。

 周りの目が一気にこちらに降り注ぐ中、高木は一人目を丸くした。

「立って言うべきですわ!! 高木さん。海野さんに一番届く声援は貴女の声だけです!!」

「倉橋……」

「球太様なら大丈夫。きっと恋恋高校を甲子園へ連れて行ってくれますわ。それは私が信じる事。でも高木さん、貴女は海野さんを信じればいいのです」

「……そうよね」

「昨日、海野さんは貴女に言ってくれたのでしょ? 応援してくれ、と。なら、応援するのが筋じゃありません?」

 それは可憐に。

 目の前で想い人である小波球太が満身創痍で野球をしている中、何一つ動じず、じっと見守って来た倉橋彩乃は笑みを溢していた。

 今にでも小波に駆け寄りたい気持ちでいっぱいな筈なのに。

「倉橋。アンタは見かけに寄らず、良い奴なのね。二年間ずっと気付かなかったわ」

「それはお互い様ですわ。高木さんも見かけに寄らず、ピュアな乙女だったなんて今さっきまで気付きませんでしたもの」

 こいつ、と意地悪そうに笑う高木。

ㅤそして。

 スッと息を吸い込んで、

「浩太ぁぁぁぁ!! 打てぇぇぇぇ!!」

 

 

 ツーアウト。

 カウントはツーボール、ツーストライク。

 振りかぶった五球目。

 猪狩守の渾身の『ライジング・ショット』が目の前で構えるキャッチャーミットを目掛けて腕を振り抜く。

 

 ギュルルルルルルルルッ!!!!

 

 唸りながら迫り来る高速横回転のストレート、猪狩守の『ライジング・ショット』

 勢いに怯まずに海野はタメを作り、バットを振る。

(くそッ!! 圧倒されてる。これが、『ライジング・ショット』。なんて言う球だ。俺がこんな凄い球を打てる筈なんて無いんだ)

 諦めかけた、その瞬間。

 何千人と居る歓声が轟く中。

 一人の声が海野の耳に聞こえた。

 

「浩太ぁぁぁぁ!! 打てぇぇぇぇ!!」

 

 その声の主は、海野が一番知っている声だ。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 キィィィン!!

 

 真正面に返す様に自然にバットが振れた。

 手に残る感触は心地が良い。

「——な、何ッ!?」

 真芯で捉えた打球は猪狩の頭上を遥かに超えてセンター前の綺麗なヒットとなった。

 海野は一塁ベースに戻ると、恋恋高校の応援席をジッと見つめて、声の主に向かって少し照れながらも大きなVサインを送る。

 

「よっしゃああああッ!! 海野の野郎、遂に猪狩からヒットを打ちやがったぜッ!!」

 恋恋ベンチでは、星が喜びの声を上げる。

「まだオイラ達は誰一人諦めてなんかいないでやんすよ!! これからが試合の本番でやんす!!」

 矢部も同じく声を上げた。

「ははは……。まさか、海野先輩。昨日、自分が言った事を根に持ってるんじゃ無いッスよね?」

 と、その後ろで赤坂は引き笑いをしていた。

「ナイスバッティングだ。海野」

 小波はニヤリと笑みを浮かべて、海野に向かって『親指を立てジェスチャー』を送る。

 海野はヘルメットのツバに手を当てて了解の合図を取った。

「さあ、猪狩。ここから俺たち恋恋高校の反撃開始だ!!」

 

 ナイスバッティングだ。

 と、褒め称える言葉が聞こえた。

「まるで『紫音』から話で聞いた。四年前の全国大会の試合を見ている様だな」

 綺麗なセンター返しで一塁ランナーとなった海野の姿を眺めながら、球八高校の滝本雄二が言葉を発する。

「さっきの小波の珍しい牽制死。その次の山吹が三振で倒れてからの海野のヒットは、もしかしたら試合の流れが変わるかもしれん。お前はそうは思わないか?」

「チッ……、滝本ォ。テメェはいい加減、独り言くらい声に出さずに喋れねェのか? いちいちそんな事この俺が知った事かよッ!!」

 と、太々しく頬杖をつきながら悪道浩平は舌打ち混じりで言葉を返した。

「さっきもお前に言ったが、あの全国大会の試合で小波は『驚異的な成長』を遂げた。だが、それだけじゃない」

「ああ、そう言えば……テメェは、『チームは勢いを上げて逆転勝利を収めた』とか言ってたやがったな」

 悪道は小波に対して、『相変わらずムカつく野郎だ』と、言葉を付け足しながら言う。

「それで? それがどうかしたのかァ?」

「もしかすると、この試合今まで見たことのないくらい面白い試合になるかもしないぞ?」

「面白い試合だァ? 誰がどう見てもこの試合はあかつきの勝ちで決まった様なモンだろ。肝心の小波の野郎は見ての通り役に立たずだ。他の連中がどうこうして勝てる相手じゃねェと思うが?」

 悪道はギザギザに尖った歯を剥き出しに滝本をギロリと睨んだ。

 睨まれた滝本はフッと笑い、

「お前は未だ知らないだけさ。『能力解放』と言う『未知なる力』をな」

 

 アウトカウントはツーアウト。一塁に海野を置いて七番ライトの古味刈が右バッターボックスに立ち構える。

 猪狩やあかつき大附属のナイン達の様にある程度の力のある選手には、そのバッターの雰囲気でどの様なバッターなのかがある程度把握する事が出来ていた。

 古味刈の構えを見たあかつきナインの結論は、見るに耐えない程だ。

 緊張しているのか、バットを握りしめる両手は不自然にプルプルと小刻みに震えいたのだ。

(海野と言うヤツにヒットを打たれたのは、ちと予想外だったが……。恋恋高校は小波と星を警戒しておけば後は簡単に抑えられる)

 と、キャッチャーマスクを被る双菊は猪狩にアイコンタクトを送る。

「……」

 と、アイコンタクトを受けた猪狩は少し間を置いて小さく頷く。

 対する一球目。

 セットポジションから高速横回転のストレート、『ライジング・ショット』を放ったり

 ズバァァァァン!!

「ストライクーーッ!!」

 インコースの高めに百四十九キロの『ライジング・ショット』が、乾いた音を立てて双菊のキャッチャーミットへと突き刺さる。

「——ッ!!」

 勢いのあるストレートに、思わず古味刈は身体を仰反ってしまった。

(ま、無理も無いな。見るからに初心者に毛が生えた程度のヤツじゃ、猪狩のストレート相手にバットを振る事は到底至難の技だな)

 マスクの下でニヤリと笑みを溢す双菊。

 それに対して、猪狩は声を上げた。

「双菊ッ!! ランナーを見ろッ!! 走っているぞ!!」

「何ィ!?」

 猪狩の声に気付いた時には既に遅かった。

 一塁に居た海野は、猪狩が投げた瞬間に二塁へとスタートを切っていたのだ。

「まさか、ここで盗塁……、だと!?」

 定位置で一人。

 唖然と乙下は立ち尽くしていた。

 

「オっしゃァァァァァァァァァッ!! ナイスランだぜェ!! 海野ォ!!」

「ま、オイラから言わせれば、今の海野くんのスタートは未だ未だ甘い走塁だったでやんすけどね!!」

 海野のナイス盗塁に湧き上がる恋恋ベンチ。

「もしかして、この試合。本気で海野先輩は小波先輩より目立つつもりじゃ無いっスよね?」

 と、再度。

 赤坂は一人、引き笑いをしていた。

「球太くん。それにしても良く気付いたね。双菊くんの集中力が散漫しているなんて、普通じゃ気が付かないよ」

「ああ、それは三回の双菊での打席さ。星と会話をして、アイツは俺たちを随分と下に見てるのが分かったからな。野球歴二年と短い古味刈を相手に舐めてかかると思ったから、予めに海野には『サイン』を送って置いたんだよ」

 と、小波は『親指を立てたジェスチャー』を皆に見せながら言った。

「へへッ!! 相変わらず博打過ぎるぜ、テメェってヤツはよ!! そう言えばパワフル高校戦との試合でも大博打打ちやがったな」

「ま、そうだな。博打でも——」

「『博打でも何でも悪足掻きの一つ位はしておかねェと駄目』、だろ?」

 小波の言葉を遮り、星がニヤリと口角を上げて言った。

「分かってるって俺たちはそんな事くらい。この際、無様でも格好悪くたって良いぜ!! 勝って、お前と共に甲子園に行けるんならよ!! どんな悪足掻きだってしてやろうじゃねェか!!」

「星……。ああ、そうだな。一緒に行こうぜ甲子園に」

 

 

 ツーアウト。ランナー二塁。

ㅤこの試合で初めて、あかつき大付属がピンチの場面を迎える事になった。

 カウントは、ワンストライク。

 猪狩守は、薄々嫌な予感に勘付いていた。

(不味いな。小波の『アレ』が徐々に効果を発揮して来ている様だ。それにしても双菊の油断をどうにかしたいものだが……)

 チラリと視線をずらし、ベンチに立て掛けてある背番号「2」のユニフォームを捉えた。

 本来なら、目の前で座ってミットを構えている筈である弟の猪狩進は今は無い。

(この天才である僕がマウンドに立っている以上、このピンチを乗り越えなければならない。この試合に勝って優勝旗を奪還して、進の元に帰るのが僕たちあかつき大付属だ!!)

 メラリと静かに闘志を宿し、恋恋高校をこれ以上勢い付けてはならないと、猪狩は二球目の『ライジング・ショット』を放り投げる。

 ギュルルルルルルルーーッ!!

 フォーム、動作、指の掛かり具合、文句のない渾身のストレートを放り込めたと猪狩は確かな手応えを感じていた。

 それと同時に、勘付いていた嫌な予感が拭えた訳では決して無い。

 

 古味刈がボールをしっかりと目で捉え、バットを振り抜く。

 

 心地の良い、金属音。

 

 猪狩守の嫌な予感は的中した。

 

「わあああああああああーーッ!!」

 打球は高々と打ち上がる。

 ぐんぐん、ぐんぐんと伸びて行く。

 レフトの乙下が加速して打球の落下地点へと駆け出すと、センターの牛澤も追いかける。

 

 カコーン。

 

 古味刈が、無我夢中で一塁を蹴り上げた頃。

 目の前に映った景色は、ボールがレフトの前に転がっていたが、乙下は追いかけるのを止めていた事と三塁塁審が右手を挙げて回していた事と、スタンドと球場全体が大きな歓声で揺れていた事だった。

 見たことない景色に、何が起こったのか定かでは無い古味刈の動きは見るからに相当ぎこちないモノであり、

「古味刈先輩ッ!! ホームランです!! 打球がレフトのポールに当たったんですよ!!」

 と、一塁コーチャーを務めている御影龍舞が顔を真っ赤にして喜びの声を上げた。

 それを聞いた古味刈は、思わず恋恋ベンチに目を向ける。

 ベンチから半身を乗り出して雄叫びを上げる星や両手を天高くに掲げてはしゃぐ矢部、抱き合って喜び合う早川あおいと七瀬はるか、それぞれの姿が瞬間に目に焼き付いた。

「うぉ……」

 と、踏み出した一歩を踏み締める。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!」

 拳を高く。

 古味刈は、ほんの小さく控えめなガッツポーズをしてダイヤモンドを走り出した。

 そして、恋恋高校に待望の『2』と言う得点のランプがスコアボードに灯ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あの猪狩の『ライジング・ショット』をホームランにして打ちやがったぞ!! 正直言って何でレギュラーなのか不思議と思ってはいたが……えっと確か名前は……、コミカルだっけ?」

 ホームランの瞬間。危うく飲みかけていたスポーツドリンクを一気に吹き出しそうになった球八高校の塚口遊助は目を点にしながら言う。

「違うぞ、コミカリだ。それにしても海野と言い古味刈と言い……猪狩相手に良くもあんな好打を見せてくれたモンだよな。な? 智紀」

 どっしりと背もたれに寄りかかりながら、試合を眺めている球八高校の中野渡恒夫だった。

 その隣で、小柄な童顔の青年である同じく球八高校の元エースの矢中智紀は真剣に試合を見つめていた。

「どうも不思議だよ」

 と、矢中智紀が言う。

「小波くんのアウトから、一気に流れが変わった雰囲気がしたんだけど普通ならその逆だ。あかつきに勢いの流れが行く筈なのに……どうしてなんだろうと不思議で仕方がないよ」

 理解出来ない何かが起こっている。

 しかし、その何かが分からず矢中智紀は真剣に考えていた。

「神島。お前のデータ収集に秀でている『目』には恋恋高校はどう見えてるんだ?」

 と、塚口遊助が問う。

 すると、神島巫祈は『目』を見開いて驚きの表情を浮かべていた。

「それが私の『目』ですら全く予測が付いていないのよ。猪狩くんから打った二人ともミートやパワーでは完全に押し負けていて長打なんてとてもじゃないけど打てる筈なんてないのに……。基礎能力が試合中に向上するなんて……」

 見たことない表情に、矢中と塚口、中野渡の三人はお互いの顔を見合わせた。

 そんな三人の事など気にも止めず、神島巫祈はバッグから一冊のノートを取り出して、ボールペンで殴りつける様に文字が書かれたページをジッと見つめる。

(それよりも小波くんが『虹色』の光を纏った事が一番気になるわ。『金色』の光は『能力解放』、つまり『超特殊能力』の解放……。だけどあの虹の様な光は……これって、まさか!?)

 

 

 

「三点差まで追い上げた。未だ油断は出来ないけれど、球太達にとってはこれは大事な二点だね」

 と、高柳春海は少し胸を撫で下ろしながらゆっくりと言った。

「うん。未だ三点も点差があるからね。それに試合は未だ中盤。何が起こるか分からないものね」

 と、栗原舞も不安は徐々に緩和されたのか焦った不安の表情は和らいでいた。

「春海くん。これって……」

「舞ちゃんの思った通りだよ。きっと球太の『アレ』、つまり『精神的支柱』で皆のモチベーションが上がってるんだよ」

「やっぱり……。それじゃ、きっかけは小波くんがアウトになってからだよね?」

「ああ、きっとベンチで球太と恋恋メンバーの中で何かがあったんだと思う。五番の山吹はネクストバッターズサークルに居たから何が起きたかは彼は知らなかったんだろう。六番の海野から明らかに雰囲気が変わったからね」

 この流れを大事にしろよ、と高柳春海は優しく恋恋高校に向けてエールを送った。

 

 

 恋恋高校00002

 あかつき5000

 

 

 五回表、ツーアウト。

 スコアは五対二であかつき大附属がリードしている決勝戦。

 恋恋高校の攻撃は八番・ファーストの恋恋高校の中では唯一のレギュラーを務める一年生の京町一樹がバッターボックスに立つ。

 

 

「この勢いだト。もしかすると、あかつきが恋恋高校に呑まれる可能性があるネ」

 観客の為に解放された外野スタンドで、ハーフ顔のリーアム楠が呟いた。

「そうなるとオラの『愛しのダーリン』が甲子園の大観衆で注目の的になるべ!! ダーリンがモテたらどうするべ!!」

 と、嬉しさ半分嫉妬半分の複雑な表情で瓶底眼鏡の女生徒の矢部田亜希子が頭を抱えながら反応を示した。

 外野スタンドから試合を観戦している聖ジャスミン学園の一行の中で、一人だけ目立つ日傘を差して太陽の熱を避けている金髪の美女は不敵な笑みを溢していた。

「何だか嬉しそうだネ。君の言う『Plan 3rd R.』の足しにはなりそうかイ?」

 と、リーアム楠が金髪の美女——、八宝乙女に向かって言葉を投げる。

「ええ、勿論ですわ。『猪狩守』を筆頭に、『小波球太』『久方怜』『滝本太郎』『清本和重』『太郎丸龍聖』『大西=ハリソン=筋金』と言った『猪狩世代』が今後のプロ野球界を担う存在になるのは明らかですから」

 八宝乙女はクスッと笑う。

「それは楽しみだヨ。でも、俺は卒業したらアメリカに戻らないと行けないかラ、彼らの活躍をリアルタイムで観れないのはとても残念ダ」

 リーアム楠は残念がる。

「そうですわね。来年の春には卒業。それぞれの進路がありますわね。皆様はもう進路は決めてますの? ま、この私は八宝カンパニーでの仕事がありますから問題はありませんけど」

「オラは大学さ行くべ。私はイレブン工科大学に行こうと決めてるべ。文武両道がモットーの理系大学、オラにぴったりだべ」

 と、矢部田。

「私と小鷹、ヒロの三人は満通万教育大学に決めてるわ。野球やソフト関係のコーチとかの勉強がしたいしね」

 と、美藤が言うと隣に座る太刀川もコクリと頷いた。

「私は、もう選手としてはグラウンドに立つのは無理だから。治療しながら通う感じになるけどね」

 左肩に巻かれた包帯を見つめながら言う。

 太刀川広巳は過度の投球練習、オーバーワークが祟った『インピンジメント症候群』を発症してしまったのは既に周知の事だとは思う。

「……」

 その太刀川を横目に見る八宝乙女は、申し訳ないと言いたそうな表情をしていた。

 春の大会。対恋恋高校戦の試合途中にて太刀川の左肩は限界を超えてしまった。

 誰がどう見てもとても投げられる状況では無い中、それでも太刀川はマウンドを降りる気は無かった。

 その時、八宝乙女は太刀川本人に投げる事を許可した。

 もし、この時にマウンドを降りさせて棄権試合で終わっていたら……、太刀川広巳は此処まで酷い怪我をする事は無かっただろう。と、八宝乙女は責任を少なからず感じているのだ。

「何浮かない顔をしてるの?ㅤ八宝さん」

「え……? いえ、そんな」

「まさか私の左肩の怪我の事、自分の責任とか思ってたり?」

「……」

「私たちの高校野球は春の大会で終わっちゃたけど、その事に対して悔いは無い。私はこの聖ジャスミン学園で貫人くんや八宝さんと皆と野球が出来たことをずっと誇りに思う。だから、これで良いんだよ」

「……。そう言って貰えると助かりますわ」

 口元を緩めながら、八宝乙女は深々と頭を下げる。

「でも、俺的にはマウンドに上がった小波球太くんと一試合だけ戦って見たかったナ。『怪童』の『能力解放』のピッチャーなんて出会えるモンじゃ無いしネ。オマケに星くんは『勝負師』の『能力解放』の可能性も秘めてる様だシ」

「そうですわね。本来の貴方の力なら、良い勝負になっていたかもしれませんわ」

「そう言う君こソ、『アーチスト』の『能力解放』が出来るから楽しい試合になると思うけどネ」

 過ぎた事はもう良いか、とリーアム楠は鼻歌を交えてグラウンドに顔を向ける。

 対して、この人は何処までも自由人なのかしら、と不服そうな顔つきでリーアム楠を見ていると、

「ねえ、八宝さん」太刀川が声を掛ける。

「何かしら?」

「もしかしたら、だけど。小波くん右肩を壊しているかもしれない」

 今日のこの試合、小波球太のピッチングに違和感を感じていた太刀川が言った。

「——えッ!?」

「今日の小波くんの立ち上がり。何かを痛みを庇うようなフォームだった。スピードもボールの勢いも無かったでしょ? それにさっきの打席の三塁打の後……」

「まるで牽制球が見えていなかった。恐らく疲労と痛みが限界を超えて、一時的に気を失った……という事かしら?」

「恐らく……」

「太刀川さんの言ってる小波くんが右肩を壊していると言うのが本当だったラ、失点以降の彼のピッチングは凄まじいネ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 球場から遠く離れた場所。

 大きな白い建物、頑張中央病院の薄くドアが開いてあるとある一室からラジオ中継の音声が漏れ聞こえていた。

『さぁ、予選大会の決勝戦。ようやく試合が動き出しました!! 海野くんのヒット、盗塁でチャンスを作り、続く古味刈くんのツーランホームランで三点差まで詰め寄りました!! 続くバッターは、八番打者の京町くんに打席が周りました!!』

 廊下に微かに響くノイズ混じりのラジオ中継に気付いた看護婦が、ドアを開ける。

「もう。猪狩進さん!! ドアが開いたままでしたよ? これじゃ他の患者さんにも迷惑……」

 看護婦が言葉をピタリと止めた。

 一瞬。さーっと、血の気が引いた。

 その室内に居るべき筈の、猪狩進の姿はそこには無かった。

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