実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第69話 小波球太の最後のストレート

「三番、キャッチャー、猪狩進くん」

 地方大会決勝戦。

 試合は六回の裏。

ㅤこの回の先頭打者の牛澤との勝負でピッチャーゴロで打ち取ろうとした時だった。突然訪れた目が眩む程の激痛に襲われた小波はその場でバランスを崩してしまった。

 結果的に牛澤は一塁に進塁。ランナー一人を置いた場面で、あかつき大附属の攻撃は三番打者の猪狩進に打順が回った。

 真剣な表情で猪狩進は左バッターボックスに入りバットを構える。

 小波球太と猪狩進の勝負。

 二人にとって公式戦での戦いは実質七年ぶりの事だった。

(勝負です、小波さん。覚悟を決めた貴方に対して僕は遠慮はしません)

 バットの先端でホームベース数回叩く。

 ギュッとグリップを握りしめて、紫色の瞳で十八・四四メートル先に立つ小波を睨み付けた。

 スタミナを切らした小波は肩で息をしている。蓄積した痛みと疲労を顔に浮かべて。

 自分の身体ではないように身体が動かない。

 それでも、小波は痛みを堪えてセットポジションからまずは、一球目を放つ。

 その初球。三本指で投げる『スリーフィンガー・ファストボール』。

 

 

 

 

 

 シュッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン。

 

 

 

 

 

 

 

 と、何が弾む様な音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざわざわ。

 ざわざわ。

「——ッ!!」

 ボールが届かなかったのだ。

 そう。小波球太が投げたボールは星が構えるミットへと直には届かなかった。

 猪狩進が立つバッターボックスの一、二メートル手前で『スリーフィンガー・ファストボール』は球威を失って地面へと落ちる。

 ワンバウンド、ツーバウンドしてから星のミットへと収まった。

「ボール!!」

 バッターボックスに立つ猪狩進も、

 ネクストバッターズサークルにいる猪狩守も、

 マスクを被る星雄大も、

 グラウンドで守備についてる矢部明雄達も、

 ベンチで見守っている加藤理香も七瀬はるか矢部恋恋高校とあかつき大附属の他の部員達も、

 観客席で試合を見ている高柳春海や栗原舞、六道聖、明日光と明日未来、矢中智紀、悪道浩平、滝本雄二達も、その他の観戦者達も。

 その場に居る全員が目を疑った。

 マウンドで立つ小波球太に異変がある事にようやく気が付いた。

 

 

「小波。君は……もう」

 ネクストバッターズサークルで次の打席を待っている猪狩守は唇を噛み締め、握り締めるバットのグリップを強く、更に強く握り、行き場の無い怒りと悲しみを同時に吐き出す様に独り言を呟いた。

 

 

 

 

「一体、どういう事……なのだ」

 汗がたらりと喉元を伝う。

 決して暑さのせいでは無かった。

 冷や汗が六道聖の胸元をじっとりと濡らす。

 今の出来事を理解出来ずにいた。

「まさか、球太の右肩に異常が!?」

 バッとその場から立ち上がる。

 赤い目は、心配そうに潤む六道聖。心の中に拭い切れない影が雨雲のように広がる様な嫌な予感が頭の中に過ぎっていた。

「だ、大丈夫だよ、ひじりん。きっと今の小波さんのピッチングは投げ損じとかじゃないかな?」

 と、赤毛の女の子。明日未来は空かさず六道聖を支えるかの様に手を当てて言う。

 流石の明日未来もいつもののんびり口調では無くなっていた。

「投げ損じ……?」

 だったらどれだけ良い事だろうか。

 つい先程のピッチャーゴロのプレーを見ていなかったら確かにそうだろうと聖自身も素直に思えただろう。

 だが、今のは違う。

「……」

 心配する六道聖と明日未来。その横で明日光は薄灰色の『眼』で、マウンドに立つ小波球太をただ無言のままじっと見つめていた。

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁーーん!! やっぱり『愛しのダーリン』は、オラの気持ちを誰よりも理解してくれている漢の中の漢だべ!! オラに向けて手を振ってくれたのはきっとダーリンからオラに対しての『求愛』のサイン、この硬式球の赤い糸の様にオラ達は結ばれてるに違いないべ!!」

 前の回に星の放ったホームランボールを持参していたグローブでキャッチし、それを今でも大事そうに両手で持っては頬擦りを繰り返している矢部田亜希子は、ずっとこんな調子だった。

「求愛……、キャァァァァァァーー!! 心の準備がまだなのにどうするべ。オラ困っちゃうべ!!」

「……、」

 矢部田亜希子の叫び声が小玉する様に響いて数秒の間シーンと静まり返る。

 周りは誰一人として反応する事はしなかった。

 恋は盲目と言う言葉がある。

 今の彼女にどんな言葉をかけようとも話は全く通じないと言うのは百の承知である為、こうしてスルーするのがベストだと聖ジャスミン学園のリーアム楠達は判断していた。

「いやいヤ。まさか、本当に右肩が壊れているのカ。太刀川の言っていたのは本当の事だったらしイ」

 浮かれてる恋するラッキーガール元い矢部田亜希子を他所に、聖ジャスミン学園のキャプテンを務めていたリーアム楠が、今の小波球太のピッチングを見て腕を組みながら静かに低い声で言う。

「決して投げ損じなんかじゃない。今のツーバウンドは、真剣に投げた結果だよ」

 と、言葉にしたのは、褐色の肌に黒髪で紫の瞳をした太刀川広巳だ。

「って事は、小波くんは降板デ、次に投げるのはアンダースローの早川あおいさんがマウンドに上がると言った所かナ?」

「いや、恐らく早川さんの出番はまだ無いでしょうね」

 ひどく神妙な顔つきで、首を横に振りながら八宝乙女が言う。

「どうしてだイ? 今日の試合は何かと違和感だらけの小波くんだヨ? 彼の右肩が壊れてると言う事は恐らく恋恋高校の連中は知ってる筈ダ」

 と、リーアム楠が言う。

 すると、八宝乙女は透き通った瞳でチラッとグラウンドに目を向ける。

 それに釣られる形でリーアム楠もグラウンドに視線を向けた。

 そこに映るのは、マウンド上で一人立つ小波球太の姿が在った。

「今のピッチングをしたのに誰一人として彼の側に駆け寄らない。さっきのピッチャーゴロでは内野手が駆け寄ったのにも関わらずよ」

「……」

「それって……、彼にまだ投げさせるつもりなのカ!? 右肩を壊してるのにも関わらズ!?」

 八宝乙女の言葉に太刀川は無言。

 リーアム楠は驚きの声を上げた。

「全く、何処かのチームと似てますわね。エースが肩を壊してるのにも関わらず投げ抜く事を選んだたった九人しか居ない何処かのチームと……」

 八宝乙女が言う。

 その言葉に、リーアム楠も美藤千尋も恋に溺れて浮かれていた矢部田亜希子さえも暗い表情になる。

 ただ一人、太刀川広巳は清々しい表情だった。

 後悔は無い。

 八宝乙女やリーアム楠達と共に野球が出来た事を誇れと思える思い出が出来たのだから。

 春季大会にて太刀川広巳は、自分の左肩の事よりもチームが勝つ事を選んで最後の最後まで、止めに入った八宝乙女に怒鳴り散らし、小波球太にサヨナラコールドのソロホームランを打たれるまで投げ抜いた左腕は投げ抜く道を選んだ。

 今の小波と春先の太刀川、境遇は似ているのかもしれない。

 けれど、

「きっと……、私と同じ。小波くんも小波くんのやり遂げたい気持ちがあるんだよ。だからマウンドを降りないで投げている。それをチームメイトは知っている。あの春の試合。止めに来たのに最後まで投げさせてくれた八宝さんの様に、小波くんの思いを尊重してくれているんだと思うな。そう言う点なら確かに何処かのチームと似てるね。九人しか居なかった最高のチームに」

 と、太刀川広巳は笑って答えた。

「ふふ、そうね」

 と、八宝乙女も笑って返した。

 

 

 

 

「なんだァ? 今のやる気のねェ、ピッチングはよ?」

 目を覆う黒い髪の間から、路肩の小石でも見るかのような冷たい眼差しで極亜久高校の悪道浩平は吐き捨てるように言う。

 良い流れのまま六回裏へ進んだ試合で、牛澤のピッチャーゴロの捕球と今のツーバウンド投球をした小波に向けて呆れた様子だ。

「滝本ォ、これも似てんのかよ。八雲が言ってたって言う四年前の全中大会の試合とよォ」

 細く冷たい目で、チラリと隣で腕を組む長身の球八高校の滝本雄二を見る。

 たが、滝本雄二はジッとグラウンドを眺めていた。

「俺が八雲紫音から聞いた話とは違うな。小波に何らかのアクシデントが起こっているようだ」

「……」

 勿論、この二人も小波球太の右肩の爆弾の事など一ミリも知らない。

 一体、何が起きているのかすら分からないでいる。

「だが、小波以外にも星雄大や矢部明雄、お前の仲間も随分と成長した。何せあの猪狩から七点を取るまでの活躍を見せてるのに至ったのだから何も問題は無いだろう」

 悪道浩平に目を向けて意地悪くニヤリと笑みを浮かべていた。

「チッ……」

 くだらねェと、それに対して舌打ちを鳴らして悪道浩平は球場の出口の方へと足を進める。

「なんだ、もう帰るのか? 試合は未だ終わってないぞ」

 と、滝本雄二が声を掛ける。

「うるせェよ。これ以上ここに居るのは無駄足でしかねェ。アイツらが勝とうが負けようが俺には何一つ関係ねェ事だからな」

「まだ何が起こるか分からんぞ」

「そんなの知ったこっちゃねェんだよ。ただ、俺は此処で試合を見てるよりもやらねェといけねェ事を思い出しただけだ。……、それに雑魚共の試合観戦ほど身に一つにもなりやしねェモノはねェんだよ」

 一歩、一歩、踏み出して遠ざかる滝本雄二に振り向きもせずに、

「滝本ォ。確かテメェの進学先はあの弱小の『帝王大学』とか言ってたよなァ? 来年の春、覚えてやがれよ、クソッタレ」

 と、悪道浩平が言う。

 一歩、一歩、踏み出して遠ざかって行く悪道浩平の背中を見つめながら、

「ほぅ。俺の勘違いで無ければ面倒臭いんじゃなかったのか? それとも夏の暑さで思考回路ごとぶっ壊れたんじゃないだろうな?」

 滝本は悪道に言われた言葉をそのまま返した。

「チッ……。まァ、そう言う事だ。俺はアイツらにこのまま負けたまんまでいたんじゃ虫の居所が悪りィからな。テメェを利用してアイツらよりも届かない所まで行ってやる」

 一体、何をやる事を思い出したのか。

 勉強か、それとも野球の練習か。

 真意は謎のまま。

 その言葉を最後に、地方球場から姿を消した悪道浩平だった。

 

 

「何がどうなってるんだ?」

 グラウンドを一望できるバックネットの後方、二回席で球八高校の塚口遊助はどうして小波があの様なプレーをしたのかを必死に頭の中で考察してぐるぐると渦巻いていた。

「そこら辺で止めておけ、遊助。ただでさえ空っぽの頭なんだし、それに神島じゃねえんだ。答えにすら辿り着かないのは目に見えてるぜ」

 あはははっ!!

 と、馬鹿にしたように煽る中野渡恒夫。

「なんだと!? ツネ、お前だって人に言えた頭してんのかよ!?」

「この前の期末テストではお前よりはお前より二点も上だったからな、お前よりはいい頭はしてるぜ」

「二点だぁ? そんなの大差ねえだろう!!」

「ちょっと、そこの馬鹿二人組。少しは黙っててもらえるかしら?」

 二人のやりとりにピクリとも顔を向けずに前を見つめて、期末テストでは堂々たる全教科満点を取って三年生の一位の座に君臨している球八高校の元マネージャーである神島巫祈が強目の口調で言う。

「バ!?」

「カ!?」

 と、塚口遊助と中野渡恒夫の二人はお互いの顔を見合わせるだけで、特に反論する事はしなかった。

「なあ、神島。君の「目」には、小波くんは一体どのように見えてるんだい?」

 周りの中で一番小柄、同じ高校三年生の十七、十八歳とは思えぬ童顔の矢中智紀は神島巫祈に尋ねるように聞いた。

「彼の事がどうなっているのか、此方が聞きたいくらいだわ。スタミナ、コントロールと言ったピッチャーの基礎能力が著しく低下してて、測定不可と言ったところかしらね。勿論、バッターとしての能力も然りね」

 その表情はいまいち読めない。と言った表情で、神島巫祈は言葉を続けた。

「この試合、彼は右肩に目を向ける回数が多いのよね。まるで庇う様に」

「右肩? まさか、小波くんは右肩に異常を来してると言うのか?」

「異常を来してるも何も最悪な事にもう壊れてしまっているのよ、彼の肩は」

「な、何だって!?」

 矢中智紀は、顔に驚愕の色を浮かばせる。

「言ったでしょ? 基礎能力が著しく低下している、ってね。それでも彼は能力に見合わないピッチングをして来ている」

 何が小波をそうさせているのだろう。

 右肩を壊して能力が大幅に低下してしまっているのにも関わらず、謎に満ちた『虹色の光』を纏ってピッチングを続けている。

 本来なら不可能に近い筈なのに。

 小波球太と言う選手は神島巫祈の『目』で能力は読めても、未知の力(にんげんせい)までは読めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ホームに届かないピッチングは、その後二球連続で投じる。

 ストレートの速球も初回よりも遅い百二十キロ後半まで急激に落ちてしまっていた。

 ボールカウントは、ノーストライク・スリーボール。ランナーの牛澤は盗塁を試みて既に三塁まで到達して、ノーアウト。ランナー三塁。

 恋恋高校はピンチを迎え、あかつき大附属はチャンスの場面を迎えた。

 バッターはアベレージヒッターの猪狩進。一打出れば一点差に迫る緊迫した場面。

 観客席は静寂に包まれていた。

 勝負の行方を見守る空気ではなく、小波球太の異変に声援を送る所ではないと言葉をただ呑み込んで見つめている。

 それでも小波球太はマウンドを降りようともしなかった。

 それでも加藤理香はマウンドを降りさせる様な事もしなかった。

「……はぁはぁ」

 意識が次第に遠退いて行く。

 目の前に居る星と猪狩進が十八メートル先に居るとは思えないほど、その距離五十メートルは離れているのでは無いかと思ってしまう程、遠退いていた。

 猪狩進に対する四球目。

 一瞬。

 だが、身体中に駆け巡った痛みは引いていた。

ㅤ気を引き締め、小波球太は右腕を振るう。

 シュッ!!

 球速。百五十キロの『ツーシーム』がズバンッ!! と星のミットへと突き刺さる。

「ストライクーーッ!!」

 初めて見る小波球太の『四つ目のストレート』の『ツーシーム』を見逃した猪狩進は何を感じただろう。

 これ程までも心身共に追い込まれながらも気迫が込められた『ツーシーム』を見て何を思ったのだろう。

 答えは、似てる。

 と、素直は感想だった。

(なるほど。これが兄さんや双菊さんが言っていた小波さんの新しい決め球の『ツーシーム』。あの人の投げる球に似ている。流石、小波さんだ)

 不適な笑みを零した猪狩進。たった今小波が投じた『ツーシーム』には見覚えがあった。

 猪狩進自身も同様。

 小波球太が神童裕二郎と出会った時に憧れの気持ちを抱いていた様に、猪狩進も神童裕二郎と出会った時に強く思う気持ちが生まれたのだ。

 

 

 

 猪狩進のコンプレックスは、実の兄である猪狩守の存在だ。

 

 

 走・攻・守に恵まれた実力を兼ね備える猪狩進は、いつも猪狩守の影に埋もれてしまう。

 どれだけ試合で活躍しても、例え四打数四安打の好成績を残してたとしても、周りから見られる評価の声は、いつも同じ言葉だ。

 『流石は、猪狩守の弟』。

 別に周りから認められたい訳ではない。

 でも心の底では、兄を超えて自分のことを一人の選手として見てもらいたい、と言う気持ちを誰にも打ち明けずにずっと心の奥に閉まって過ごして来た。

 

 神童裕二郎に強い気持ちを抱くきっかけになったのは……。

 猪狩進が小学五年生の時だった。

 リトルリーグ時代のとある秋の日。

ㅤその日は『かっとびレッズ』と『猪狩ブルース』との合同引退試合を兼ねた練習試合が行われていた。

 当時、六年生だった右腕・小波球太と左腕・猪狩守の投手戦になり、力投に力投を重ねお互い得点を許さず引き分けで終わる。

 その時に、河川敷で行われていた試合を通りかかった当時あかつき大附属の高校一年だった神童裕二郎が試合観戦を見ていたのだ。

 試合後、小波球太と猪狩守がピッチングについて揉めて言い合いになった時だ。

 二人の仲裁に入った神童裕二郎が投げて見せたあかつき大附属のキャッチャーが誰も取ることの出来なかった『ツーシーム』を初めて投げて見せる。

 小学六年生の少年・小波球太はいつかこの球を物にしたいと憧れを抱き、

 猪狩守は、何を思ったのかは謎だが。

 猪狩進は、強く芽生えた感情があった。

 それは、この人のピッチングならいつか兄を倒せる人物だと感じたのだ。いつの日にかこの人とバッテリーを組みたい。そして、いつの日か兄を完膚なきまでに倒して、兄を超えたいと言う兄への対抗意識だった。

 

 カウント。ワンストライク・スリーボール。

 懐かしい記憶を思い返していた猪狩進の口元は緩んでいた。

 

(流石ですよ。小波さん。あの人の球を見事に表現出来ています。それでも貴方から打たなければ始まりません)

 

 あの夜。

 小波さん僕にくれた言葉は嬉しかった。

 

『どうしても周りの奴らは猪狩と比べるかもしれない。それでも、お前はお前だよ。お前が信じる野球をやって、いつか『自称天才』なんて名乗るバカな兄貴を超えてやれ!』

 

 この人は、周りとは違う。

ㅤ唯一、兄と対等に好敵手と認めてくれる人であり、仲間だと思ってくれている。

 僕は僕なりの野球で、神童さんとバッテリーを組んで兄さんを超える選手になりたい。

 でも、

 それよりも先ず先に、

 ならば、此方もそれに応えなければならない。

 好敵手と認めてくれたのなら、

 そう思ってくれているのなら、

 まずは小波さん。貴方から、

 その好敵手から打たなければならない。

 そうしないと、きっと届かないから。

ㅤそうしないと、きっと超えられないから。

 

(小波さんと兄さんの壁は、僕自身が思っている以上に高く聳え立っている)

 

 だから、遠く離れた貴方に一歩でも多くでも近づく為には、ここで貴方の『ツーシーム』を打ち砕くまで!!

 

「勝負です!! 小波さん!!」

 

 

 

 対する五球目。

 小波球太は三塁ランナーの牛澤を警戒しながらセットポジションから投球モーションに入る。

 右腕で振り抜いた『ツーシーム』は、百五十キロの球速表示した。

 バットを振る。

 

 ブンッ!!!!

 

 しかし、鳴ったのは空音だ。

「ストライクーーッ!!」

 ややシュート気味の変化、沈み軌道を描く『ツーシーム』をミート力が高く、ヒット性の打球を飛ばす事に長けているアベレージヒッターの猪狩進のバットに捉えることが出来なかった。

 何とか持ち堪えて、ツーストライク目を取って猪狩進を追い込んだ。

 カウントは、ツーストライク・スリーボール。

(なんて人だ。右肩を壊して、一度倒れている筈なのに、ここまで気迫の籠ったピッチングが出来るなんて……小波さん、本当に貴方は凄い人だ)

 糸の切れた操り人形のようにクタクタなのに。一体何処から気力が湧いてくるのかは去る程に、恐るべき点は、『ツーシーム』だった。

 対戦し、その球を目の当たりにしたチームメイトが『まるで、キャノン砲みたいだ』と口々に言っていた。

 全く、その通りだった。キレもノビも球威も他の球種とは段違いな『ツーシーム』に猪狩進も思わず口角が吊り上がっていた。

(ああ、楽しいな)

 小波球太との勝負が楽しい、と。

 幼い頃から中学までずっと側で何度も何度も見てきた。

 兄・猪狩守と小波球太の二人の勝負はいつも楽しそうだった。と。

 猪狩進は、好敵手との対決がこんな風に心から楽しめる勝負だったのかと初めて知り。胸に火の塊のような熱い気持ちが沸沸と湧き上がってくる感覚がした。

 

 

 

 六球目。

 

 七球目。

 

 八球目。

 

 九球目、十球と。

 際どい球をカットした。

 

 猪狩進は、投げ込まれる『ツーシーム』を全てバットに当てて弾き返すが、全てファールゾーンに打球は転がる。

 周りから見たら、粘り強いと思う者も居るだろう。

 当の本人は、まだ終わりたくない。この楽しい戦いを続けたい。

 たった、それだけだった。

  

 対する十球目の『ツーシーム』を猪狩進がカットした後方に飛んだ打球を眺めながら、小波球太は流れる汗を袖のアンダーシャツで拭う。

 

 

 進のヤツ、随分と楽しそうな表情をしてるな。

 楽しそうでなによりだ。

 こっちも負けていられねえ、な。

 俺だってまだお前と勝負していたいぜ。

 

 けど。

 

 チラッと自分の右を見る。

 ガタガタと小刻みに震えていた。震える度に高圧電流を流されているみたいに痛みが全身の内側から広がる様な感覚しかない。

(でも、もう残り十球も投げられ無いだろうな)

(あいつらが繋いで勝ち取った二点だけは最後の最後まで必ず俺が死守しなければならない。だから——、)

 

 

 

 

 ——進、この球でお前を抑えてやる!!

 

  

 

 

 

 

 そして、勝負の十一球目。

  

 

 セットポジションから、

 小波は腕を振り抜いた。

 

 

 

 

 

「——ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 プツン。

 

 

 

 

 と、小波球太の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 そして投げ込まれたのは、

 またしても『ツーシーム』。

 だが、その球速表示は、

 百三十キロにも及ばない棒球だった。

 

「……」

 投げた瞬間に、力の抜けた小波はふらっと前へと倒れ込んでしまった。

 遂に力尽きてしまったのか、小波の瞳は光の灯らない惘々とした目つきをしていた。

「こ、小波ィ!!」

 星が思わず声を荒げる。

「失投!?」

 猪狩進も同様に。

 小波のアクシデントに気付く、が。

 

 

 

 ギュッと握りしめるバットは、

 その『ツーシーム』を強振で振り抜く。

 

 

 

 

 カキィィィィィン!!!!!

 

 

 

 

 振り抜いたバットはボールを真芯で捉えた。

 快音を残して打球は上がる。

 誰もがその打球に視線を向ける。

 澄み渡る夏の青空に一つのボールが高々と打ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポゴンッッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 高々と打ち上がった打球は、

 バックスクリーンのスコアボードに直撃した。

 

 

 

 

 

 猪狩進の同点の起死回生の一発。

 センターオーバーのツーランホームランが飛び込んのだ。

 

 

 

 

「わあああああああああああああああああああああーーッ!!

 

 響めき、唸る歓声。

 その声が一点に集合し巨大な地響きを作り地方球場はまるで火山の様に大きく湧き上がった。

 

 青のチームカラーであるあかつき大附属のベンチと保護者や関係者が座る応援席は大賑わいを見せる中、猪狩守と猪狩進の兄弟だけが浮かない顔を覗かせていた。

 同点である七点目のホームを踏み、ベンチに戻る途中。

 次のバッターである猪狩守が待っていたネクストバッターズサークルで足を止める。

 兄である猪狩守の表情は、喜びよりも悲しさの感情の方が大きく顔に出ていた。

「兄さん……」

「ああ、分かってる。僕たちが甲子園に行く為には必要なのは、どんな形であろうと小波に勝つ事だ。例え、右肩を壊していようとも、棒球であろうとも」

 ググッと、自身の拳を強く握りしめる。

 何かを堪えるように唇も強く噛んでいた。

 そう、小波球太は終わったのだ。

 猪狩守が好敵手と認めているたった一人の好敵手は、此処で野球人生の終わり告げたのだから——。

 色々複雑な感情を噛み砕き、

「進。僕たちは前に進むぞ。小波の分まで僕たちは甲子園に行って優勝する」

 

 

 

 

 

 マウンド上で、両手両膝を地面に着けて蹲る小波球太。

 星や赤坂、毛利、海野、京町の内野手全員がその場に駆けつけて小波を囲んでいた。

 誰一人として大丈夫か、と言う心配の声をかけられなかった。

 それほど、今までに無いほど疲弊していた。

 口を開いても微かに声帯が震えて息を吸うだけの掠れた音がするだけだった。

 

 

 ボロボロで情けない。

 正直、見せたく無かった。

 せめて、お前達の前だけではこんなにも弱った情けない姿なんか見せたく無かった。

 キャプテンとして、みっともない姿は見せなく無いと思っていた。

 キャプテン、か。

 

『おいおい、俺たちの事も忘れるんじゃねェよ、小波キャプテン』

 確か、星が俺の肩に手を回しながらそう言ったんだっけ。

『……キャプテンって俺かよ!? キャプテンはこの野球部を作ろうとしていた矢部くんがやれば良いじゃないのか?』

 そして、俺は露骨に嫌がった。

『いいや、オイラにリーダーシップなんてモンは皆無でやんす。小波くんがキャプテンならオイラたちも安心するでやんす!』

 矢部くんの海野達の部員勧誘の仕方にキレた早川と星に殴られた矢部くんの姿を思い出す。

 

 まったく、懐かしい記憶だ。

 

 思い返せば、あれから二年。野球部が創設した時半ば無理矢理な形でキャプテンにされたんだよな。

 俺はキャプテンなんて務まる器な人間じゃねえのに。

 でも、それも悪くなかったな……。

 このチームのキャプテンで良かった、と今では素直に胸を張れる。

 

 

 ちょっと位は、あいつらに俺が理想に掲げていた野球って楽しくて素晴らしいスポーツだって事は伝えられてあげられたのかな。

 俺も少しくらいは、憧れてた勇気や元気をあげられる選手になれたのかな。

 

 もう思い残す事は……、無い。

 精一杯やったんだ。

 

 でも、まだあいつらと一緒に野球やりたかったって言う気持ちが消えない。

 

 喜んでいる顔が見たい。

 

 だから、こそ!!

 俺はまだ此処で終わる訳にはいかねえんだ!!

 

「……、」

 

 

 

 

 ガタガタと小刻むに震える身体。

 力を入れてもびくともしない身体。

 

 

 

 

 

 俺の身体は、まだ動く。

 頼む……。

 動いてくれ。

 こいつらの前だけでも、せめて最後の最後まで恋恋高校のキャプテンとして立たせてくれ。

ㅤこいつらを絶対に甲子園に連れて行かなくちゃならねえんだ。

 だから、頼む。

 動いてくれ。

 俺はまだ、投げれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タイム!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙を切り裂く声が響く。

 

 伝令、だった。

 

ㅤ恋恋高校の監督である加藤理香が球審にそう告げる。

 そして、

 恋恋高校のベンチからグラウンドに入ってきたのは——、黄緑色の髪におさげをぶら下げる早川あおいの姿だった。

 ブルペンで肩を作っている筈の早川あおいがグラウンド内に入り、小波が蹲っているマウンドに向かって駆け足で向かう。

 

 

「早川……?」

ㅤ早川がどうして此処に……?

 ……。

 ああ、そうか。

 加藤先生も遂に痺れを切らし交代を告げに来たって訳か。

 俺の最後の我が儘でマウンドに立たせて貰っているけど、それももう右肩は愚か身体すら動く気配が無い。

 勝負を決める筈だった渾身の『ツーシーム』を進に同点のホームランを打たれちまったんだ。

 オマケにこんなにも心身共にズタボロだ。

 降板するのは当然といえば当然か。

 ……。

 ここに来て折角、皆が繋いで、猪狩から捥ぎ取ってくれた大事な二点だったのにそれを俺が台無しにしちまった。

 悪いな、皆。

 ここまで投げ抜いて、最後の最後に無様な姿をみせちまったもんだ。

 本当に……、ごめん。

 俺は、もう此処でリタイヤだ。

 

 意識があるのが不思議な程、誰がどう見てもボロボロに戦い果て、疲れ果てる小波球太に向けて労いの声や心配の声を掛ける事も出来ずに、星達はただ早川あおいの言葉を待っていた。

「ねえ、球太くん」

ㅤ肉体の疲労もピークを超え、朦朧とする意識、歪んだ視界の中で早川あおいが小波球太に問う。

「……、なんだよ」

「球太くん。キミは野球は好き?」

ㅤ……え。

 思わず耳を疑った。

 このタイミングで早川あおいが来たと言う事は交代を告げるのだとばかり思っていた。

 しかし、小波が思っていた早川あおいの言葉は予想の斜め上を行くものだった。

 野球は好き……?

 胸の奥でじわっと広がる暖かい気持ち。早川が声をかけたその言葉の響きに何処か懐かしさを感じていた。

「おいおい、随分と可笑しな事を聞くんだな。野球が好きじゃ無かったら、俺は今、此処に立ってなんかいねえだろ」

「そうだよね。なら、この恋恋高校野球部はどう? 好き?」

「……ああ、好きだよ」

 俺だって出来る事ならコイツらと一緒に甲子園に行って野球がしたい。

 まだまだ一緒に野球がやりたい。

 俺の身勝手で余りにも馬鹿な考えをしてて、星に胸ぐらを掴まれ、早川に目の前で泣かれて、皆んなに心配を掛けてしまったんだ。

 当たり前に決まっている。

 何よりも大事なチームメイトだ。

 一緒に甲子園に行きたい。なんて夢を誰よりも強く思っている位に好きなチームだ。

「ねえ、球太くん」

 再度、名前を呼ぶ。

 大きい目。青い色の瞳には、大粒の涙が今にも溢れそうなほど溜め込んでいた。

 優しい声色で、名前を。

 一字一句。噛み締める様に名前を呼んだ。

「そんな辛い顔なんてしないでさ。『周りの目なんて関係ない。楽しく野球をやろうよ』。ボク達の事なんて気にしないでさ」

「早……川?」

 それは。

 いつの日かホームランを打った少年が、マウンドに立つ少女に言った言葉だった。

「キミの好きな野球を最後の最後まで描いた小波球太と言う野球選手としての野球を貫き通してよ!! だから、お願い球太くん。キミが『夢』を叶えるところを見せて!! ボク達に『夢』を叶えるところを見せてよ!! そして——、ボク達を連れて行って、その『夢』が叶う場所へ」

「……」

 

 描いた小波球太と言う野球選手、として?

 

 『ある日のある試合』で少年は少女に『ある言葉』伝えた。

 今日の決勝戦で、早川あおいは小波球太にあの時に似たような言葉を掛けたのだ。

 かつて自分が言われて救われた様に。

 かつて自分が言われて今も胸の奥でしっかりと思い出に焼きついて残ってる様に。

 今度は自分が、小波球太を救う番だ。

 周りからすれば青臭い言葉なのかもしれない。

 或いは、安い言葉なのかもしれない。

 でもその言葉で過去の自分(早川あおい)が救われたのは紛れも無い事実なのだ。

 どれくらい恩を返せるかなんて正直言って分からない。

 それでも、どうしても小波に伝えたかった言葉だった。

 

 ポタリ、ポタリ。

 大きな青い色の瞳から、涙が溢れていた。

 

「ボクが必ず……。必ずボクがプロ野球選手になって球太くんの『夢』をボクが叶えるから!!」

「早川……」

「それに、ボクに託すって決めたんでしょ」

 昨日の山の宮高校との試合。

 小波球太と加藤理香の会話を盗み聞きしていた早川あおい。

「それにもう……ボク以外にもちゃんと伝わってるよ。球太くんの想いは皆の中に根づいてる」

 大粒の宝石の様な涙をポツリポツリと流しながら早川あおいはニコリと笑う。

 後ろを振り向かなくとも伝わってくる。

 きっと、皆同じ顔をして笑っているのだろう。

 そんな暖かい気持ちに包まれていた。

 

 

 ああ、

 そうか。俺は叶えられたのか。

 俺の中でずっと信じていた野球を、

 周りに笑顔や元気を与えられて、

 周りと楽しく野球が出来る、

 ずっと俺がなりたかった野球選手に。

 やっと俺はなれたのか……。

 

 

「早川。……ありがとな。その言葉ですこしは元気出たぜ」

 と、小波球太はゆっくり身体を上げる。

 惘々とした目つきは晴れ、

 燃え輝く目を据えて、

 小波球太はマウンド上で立ち上がった。

 

 ギュッとボールを右手を握る。

 

 前を見据えて、

 立ちはだかる敵を定める。

 猪狩守を定める。

 

「うん。球太くん。ボク達に見せてね。キミの信じる野球を」

 零れる大粒の涙を拭い早川が言う。

「やれやれ。こんな今にも倒れそうな情けねェナリなのに、俺たちのキャプテンは諦めが悪くてしょうがねェな」

 トン。と、

 星が小波の背中に優しく手を置いた。

「ああ、全く同感だ」

 と、同じく毛利が星の背中に手を置く。

「でも、そのキャプテンの影響かな。どうやら俺たちの方も諦めが悪くなってしまったようだ」

 海野が。

「俺もッス。けど、この恋恋高校の魂は次期キャプテンの俺がその想いを紡いで行かないと行けないみたいッスね」

 と、赤坂が。

「なんだか負ける気がしないですね」

 と、京町が赤坂の背中に手を置いた。

「さあ、キャプテン。ボク達に言いたい事あるでしょ?」

 と、早川は京町の背中に手を置いて、小波の背中に手を置いた。

「ああ、そうだな」

 ニヤリと口角が上がる。

 この試合、見せなかった笑顔に溢れていた。

 早川の背中に、星の背中に手を置いて、マウンド上で一つの大きな円を描く。

「本当に最高な仲間を持てて俺は幸せだ。だから最後に一つだけ言わせてくれ」

 スゥッと息を吸って、

 そして、一言。

「楽しい野球をやろうぜ!!」

「オウ!!」

 

 

 

「四番、ピッチャー、猪狩守くん」

 

 伝令を終えた早川あおいはベンチへと戻って行き、ウグイス嬢が猪狩守の名前を読んだ。

 左打席に入る前に、猪狩は不審の眉を寄せていた。

 何故だ、小波。

 どうして君はまだマウンドに立っている。

 もう終わった筈だ。

 進に本塁打を打たれた時、何かが切れた筈なのに……どうして君は其処に居る。

 幼い頃から小波球太と言う人間と幾度無く勝負して来た猪狩だが、この状況は今まで以上に理解出来なかった。

 四年前。同じ状況を目の前で見ていた。

 右肘を壊したあの試合ではマウンドを降りたのに今はどうしてそこに立っているのか。

 

(本当に、小波球太(きみ)と言う好敵手はいつまでも僕を驚かせてくれる)

 

 それでも立ち上がっていると言うのなら、完膚なきまでに叩き潰すだけだ。

 ニヤリと、不敵な笑みを零す。

 猪狩守と小波球太の最後の勝負が始まる。

 

 

 一球目。

 右腕を振るう。

 身体に『虹色』を纏い、投げ込まれたのは『スリーフィンガー・ファストボール』だ。

 球速、百五十六キロを見送った。

「ストライクーーッ!!」

 痛烈な捕球音の後に、高々と叫ぶ球審の声が響き渡る。

「痛〜〜ッ!! 最初から投げれるんだったら最初から投げやがれッ!!」

 キャッチャーマスク越しで顔を歪めて、星雄大は小波向けてボールを返す。

「小波は万全の様だな」

 と、猪狩守が星に向けて言う。その顔はしっかりと小波を見据えたままだ。

「当たり前だろうが、小波はテメェを捻じ伏せるまでもう折れたりはしねェよ。小波は最後の戦いにテメェとの勝負を選んだんだ」

「そうか。この先の将来よりも僕との勝負を選んだという訳か。凡人の考える事は分からないモノだ」

 ギュッと強くバットを握りしめる。

 キリッとした吊り目で、眼前に立ちはだかる好敵手に向けてバットの先端を突き出し、

「かかって来い!! 僕に凡人の悪足掻きと言うモノを見せてみろ!!」

 と、猪狩守にしては珍しく大声を上げた。

 対する小波は言葉にせず少年の様な笑みを浮かべてただコクリと頷くだけだった。

 そして、二球目を投じる。

 百五十六キロの『ツーシーム』だ。

 ブンッッ!!!!

 空を切る音の後に痛烈な捕球音が再び響く。

「ストライクーーッ!!」

 

(ボロボロで尚、まだこんな球を投げれるのか。本当に凄い奴だ。天才のこの僕の好敵手として相応しい相手だ)

 

 十八・四十四メートル先に立つ好敵手の瞳はギラリと燃えるような熱い目をしていた。

 その熱意に思わず、猪狩守はゴクリと生唾を呑み込む。気を緩めば一気に流れが押し込まれてしまいそうな程の威圧感があった。

 

(やはり敵わないな)

 ああ、そうだとも。

 その揺るぎない強い瞳をした君だから、

 僕は君に憧れていたのかもしれないな。

ㅤ君の様に皆で楽しむ野球が出来る事が何よりも羨ましかった。

 でも、僕は僕である為に自分を天才だと自称して君みたいに素直になる事は出来なかった。

 今更その様な野球は出来そうにない。

 だからこそ、

 僕は僕らしいやり方で僕の野球を貫くだけだ。

 

 

「兄さん……」

 あかつき大附属のベンチで猪狩進は見た。

「猪狩……」

 監督である千石忠も四条澄香も他のナイン達も猪狩守を見て、驚いていた。

 

 

 左バッターボックスに立つ、

 その表情は、

 野球を初めて楽しんでいる少年の様だった。

 

 

 

「……」

 猪狩の野郎、思いの他楽しんでんな。

 いい顔をしてるぜ。

 さあ、猪狩。

 お前との勝負も残り時間も後僅かになって来た所だぜ。

 これが正真正銘、最後の勝負だ。

 残り一球。

 最後の最後まで楽しもうじゃねえか。

 

 

 どうやら春に見た可笑しな夢みたいな試合は出来なかったけど、それでも満足だ。

 楽しい試合だったぜ。

 

 

「さあ、ラスト勝負と行こうぜ猪狩。そして受けとれよ。これが……」

 

 好敵手に向け、

 大きく振りかぶる。

 ヒップファーストで軸足の膝を曲げ、軸足の母指球に重心を残す。

 肩甲骨を引き寄せて腕を振るうパワーを蓄えて腰を回転させる。

 腰の回転に肩の回転が追いつき、右肘が前に出て行く。

 下半身から体幹部、体幹部から肩へと伝わって来たパワーが腕に集約されて手首が出る。

 手首が振られ、

 ボールを叩く様に、

 リリースされた。

 

 

 

「これが小波球太の最後の全力投球(すべて)だぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

 

 虹色に光る身体は、鮮やかで強い光を放つ。

 

 

 

 

 

 ボキボキッ!!

 バキバキッ!!!!

 

 

 

 

「——ぐッ!!」

 

 身の毛がよだつ程。不気味な音。

 自分の右肩の骨が砕け散る音が一音足りとも残さず鮮明に聞こえるほど、それは大きかった。

 無我夢中に、

 『虹色の光』を纏って、

 小波球太の右指から放たれたボールは、

 『螺旋状の真紅の炎を纏ったエフェクトが掛かったボール』だった。

 それは——。

『ノースピン・ファストボール』でも無く、

『バックスピン・ジャイロ』でも無く、

『スリーフィンガー・ファストボール』でも無く、

『ツーシーム』でも、『ただのストレート』でも無かった。

 でも、それはまるで。

 小波球太の『ツーシーム』と猪狩守の『ライジング・キャノン』が混じり合った様な誰も見たことのない球だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウッッッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 唸りを上げる速球。

 

 

 

 

 

 

 ギュルルルルルルルルルルルルルルルルルルーーッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月三十一日。

 午後十三時。

 気温三十六度を超えた猛暑日。

 毎年、この季節を迎えると日本全国を熱気の渦に巻き込む「夏の風物詩」でもある高校野球。

 高校球児が誰もが夢みる聖地、甲子園。

 その夢の切符を掴む為、恋恋高校とあかつき大附属がぶつかり合う頑張地方の甲子園予選大会の決勝戦は、

 延長十五回にまで及んだ試合は、

ㅤあかつき大附属の猪狩守のサヨナラホームランで決着が着いた。

 二年ぶりの甲子園の切符を手に入れたのは、あかつき大附属で、惜しくも恋恋高校は準優勝で甲子園の土を踏む事も出来ぬまま高校野球の幕を下ろし、小波球太の野球人生に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、月日は流れ。

 季節は、秋。

 十月の末(ドラフト)を迎える。




 次回更新(最終話)は、未定です。
 更新が決まり次第、活動報告やTwitterの方で告知させて頂きます。
 

 あとがき
 約四年と数ヶ月の割と長い期間でしたが、稚拙かつ拙い文章を最後まで読んでくださりありがとうございます。
 感想や指摘等も沢山頂いて、とても励みになりました。
 投げ出す事なく最後まで描けたのは皆さまのお陰だと思います。
 書きたい話もまだまだあったり、削った話も多々ありましたが、この辺で締める事に決めさせて頂きます。
 それでは最後に、
 小波球太の物語の結末を見届けてもらえるように頑張りたいと思います。
 本当に長い間、どうもありがとうございました!とても楽しかったです。
 また書かせて頂く機会がありましたら、その際はよろしくお願いします。
 kyon999
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