実況パワフルプロ野球-Once Again,Chase The Dream You Gave Up- 作:kyon99
七月。
季節は既に春を終え、梅雨を越して、夏休みを迎えていた。
そして、高校球児には絶対に欠かせない甲子園をかける地区予選大会が幕を開けていたのだ。
もちろん。
俺たちの恋恋高校は部員数『八人』と言う人数不足により大会出場を辞退する事は決まっていた為、それぞれ練習に精を出している。
そんな中、今日の部活を疲れた体を休める為に休みにした俺は学校へ登校していて頭を抱えていた。
「……うーん。そうだな。足の速い矢部くんをセンターに置いて、野球経験者の山吹をレフト、サッカー経験者の古味刈をライトにすれば外野は埋まるか。それに内野は早川がピッチャー、星がキャッチャー、俺がファーストを守って海野がセカンド、ショートかサードに毛利を置くって感じはどうかな?」
俺は、授業で使う数学のルーズリーフのノートに、シャープペンシルで書きながらポジションの割り振りを同じクラスメイトの矢部くんと話をして居た。
「小波くん。悩んでるところ悪いでやんすが、オイラは今補習の課題と睨めっこ中でやんすよ……」
「あ、そうだったね。ごめん、ごめん」
別に約束をして学校に来た訳では無かった。
ポジション決めに夢中になって本来の目的を忘れてしまったが、俺は俺の用事の為。
矢部くんは『赤点の補習』で学校へ来ていた為、教室でバッタリと出くわしたのだ。
それもそう。
矢部くんは、殆どの教科を赤点を下回る点数を取っては、内申点を上げるノートや課題の提出率の低さのお陰で『クラス唯一』の赤点補習者なのだから。
「小波くんは、ファーストでいいんでやんすか?」
課題に飽きたのか矢部くんが尋ねる。
「どうしてだい?」
「ピッチャーはやりたくないんでやんすか? 小波くん『肘の痛み』はもう無くなったって言ってたでやんすよね?」
「あー、なんだそう言う事か。それは別にいいんだよ。今は野手として頑張りたい気持ちがあるし、それに高校野球は短期決戦だ。スタミナに不安のある早川だけ任せていられないし、俺もたまには投げたりしないといけないかもしれないよね。ま、支障が出ない程度にしなきゃいけないんだけどね」
「無理はしないで欲しいでやんす。ただでさえ小波くんは『故障人』なんでやんからね」
すると、心配そうな顔をしながら昼食に買ったであろうあんぱんを食べ牛乳で流し込みながら矢部くんが問いかける。
「……」
この教室に先生は不在だ。渡された課題を職員室に持って行くまで帰ることが許され無い為、話も出来るし間食だって取れるのだ。
でも、何故だろう。矢部くんには失礼だけど少し腹が立ってしまうのは……。
「心配してくれてありがとう。それでさ、これからの練習メニューのことなんだけどさ、星と早川が——、」
と、急に視界が暗くなる。
俺の目を、誰かが手で覆い被せて視界を奪った。
「だ〜れだ」
「その声は……、早川か?」
「へへっ、当たりだよ!!」
目を隠したのは早川だった。
高木幸子の一件から、早川が俺に対して積極的に話を掛けて来る様になった。
以前から部活や休み時間でバッタリ会った時も話を掛けてくるのは早川の方だったのだが、最近ではその頻度が日に日に高くなって来る様に思える。
「当たりだよ、じゃねえよ。今日は部活は休みのはずだろ? こんな所にいるって事は……!? まさか、早川。お前も補習なんか受けるような頭をしてるんじゃねえだろうな?」
「――ッ!? し、失礼だね。違うよ! 学校に用事があった幸子と少し話があったから話たくて学校に来ていただけだよ。そしたら、加藤先生が小波くん達は教室に居るって聞いたからちょっと顔を出しに会いに来たんだよ」
「そっか……高木と、ね。あれ? 七瀬は一緒じゃないのか?」
「うん。はるかも途中までは一緒だったんだけど……。はるかは体調が悪いからって先に帰っちゃったよ。それより小波くんこそ何をしているの? まさか、キミこそ補習を受けてるとか言わないでよね?」
「ああ、これはな。ポジションの割り振りと練習メニューを考えてたんだ。未だ八人だけだけど効率のいい練習がしたいからな。意外と難しくて頭を抱えていたところさ」
「ふーん。そうなんだ」
「なんだよ、その反応は……。折角、俺が考えてんのに興味ないって言うのか?」
「べ、別に……そんな訳じゃないよ!!」
早川は笑いながら、俺の頭を軽く小突いた。
四方八方に跳ねる癖毛が揺れる。
「——ッ!!」
すると——、ゾワッと誰かの視線が俺に注いでいるような変な気分になった。
でも、その視線が一体『誰』なのかは直様分かった。
「あれ? あの女子生徒は誰でやんすか?」
「え? だれだれ?」
「いや、あの女子生徒。さっきからずっと小波くんの事ばかり見つめているでやんすよ?」
矢部くんが視線の主に気付いて俺に言う。
女子生徒と言う事で、確信した。
「ああ、やっぱり『彩乃』のやつか」
「あ、彩乃!? しかも、下の名前で呼び捨て!? も……もしかして、キミの知り合いなの!?」
少し強張ったトーンを張り、教室のドアへと鋭い目付きをしながら早川が言った。
「知り合いって言うかなんと言うか――」
「一体、どう言う関係なの!?」
ズリズリ、と此方に更に詰め寄って行く。
早川から発せられる威圧感が凄い。かなり。
「彩乃のヤツとは俺が中学の時に肘を怪我をして部活を辞めた後、肘の検査の為に入院してたんだ。その時、たまたま同室の患者さんがあいつの親父さんでな。その時に彩乃と知り合ったんだ」
「ふ〜ん」
そう、あの女子生徒の名前は『倉橋彩乃』。
綺麗な容姿に兼ね備えられた知性の持ち主であり、金色に染まったロングヘアで前髪はパッツンなのは出会った頃とは変わらない。
おまけに、この恋恋高校の理事長の孫娘でもあり俺たちの同じ同学年だ。
理事長は、俺と彩乃が顔見知りと言うことで気を利かせてくれたのだろう。野球同好会から野球部へ昇進させようと申請する時には、嫌な顔を一切浮かべず承諾してくれたりもした。
そして、当の本人はかなりプライドが高い。
以前、入学テストで全教科を満点で取った七瀬に対して悔しそうに嘆いていたのが、この倉橋彩乃だ。
俺と初めて会った頃は、俺が話をすると何故か喋らなくなるか、すぐ逃げるかのどちらかだった。
だが、今でも少し緊張してるのがこっちにも伝わってくるが以前と比べるとだいぶ積極的に話をしようとしてくるようになった。
俺が言うのもアレだけど成長したもんだ。
「よっ! 彩乃。そんな所でコソコソしてないで入ってこいよ!」
「――ッ!! こ、小波様!? ほ、本日も天気のよろしい事で……私が……その、えっ……と」
ダメだこりゃ。
彩乃のヤツ、かなりテンパっているみたいだな。
「だからさ、その『小波様』って言うのいい加減止めてくれよ。俺のことは球太で良いって言ってるだろ?」
「むぅーー。ん、んッ!!」
あからさまに、ワザとらしい咳払いが後ろから聞こえた。
おそらく早川が、後ろの方で両頬をハムスターみたいにプクッと膨らませているに違いないと、振り返らなくても分かった。
すると、コソコソしていた彩乃が教室の中へと入り込んできた。
どうやら何か用事があるらしい。
「どうした? 俺になんか用か?」
「あの……球太様! お忘れですの? 今日は予選大会の第三試合、パワフル高校とあかつき大附属の試合を観に行くと言っていたじゃないですの?」
「あ、ああ。そう言えばそうだったな。その為に学校に来て暇を潰してたのをすっかり忘れていたな」
パチン、と指を鳴らす。
「そ、そうですのよ」
彩乃はニコッと笑うが、それは一瞬の出来事だった。
スッと視線を俺の後ろの黄緑色の髪の早川に向けられた。
「それより球太様? その後ろの女性の方は一体、どちら様ですの?」
曇った顔で彩乃が訪ねて来た。
「ん? あれ、紹介はしてなかったっけ? コイツは早川あおい。ウチの野球部員だよ」
「初めまして、ボクは早川あおい。どうぞ、よろしくね」
どうぞ、の部分を強調して言ったような気がする。
「ふ、ふん。威勢だけは買って差し上げましょう。私の名は倉橋彩乃ですわ。以後、お見知り置きを……。早速ですけれども、早川あおいさんでしたわよね? 決して球太様の邪魔だけはくれぐれもなさらずお願いしますわ」
「ムッ……」
「むっ……」
なんだか気まずい雰囲気だ。
何故か彩乃の視線は先ほどから俺を通り越して早川を鋭い眼光で睨みつけている。
その視線に早川も流石に気付いている。
彩乃を見るなり、鼻で笑い、負けじと笑みを浮かべていた。
(一体、なんですの? このおさげ女は、球太様のなんなのよ!?)
(一体、なんなの? この前髪パッツン女は、小波くんのなんなの!?)
言葉を交えない何かで会話をしているのだろうか。
バチバチと、火花が散っていそうだ。
険悪な雰囲気に耐えられなくなった俺は、開いていたルーズリーフのノートをワザとらしく大きな音を立てた。
「と、とりあえず今日のところは終わりにして、俺は地方球場に行こうとするかな」
「あっ! 待ってよ、小波くん!!ㅤボクも一緒に行くよ!!」
「オイラも――」
「それは絶対にダメですわ!! 球太様は、個人で敵チームの偵察に行かれるのであって、そんな大勢で行ったら逆に目立つだけですわ! それに……貴女みたいな人が球太様と一緒に野球観戦だなんて、この倉橋彩乃が許せませんわ!!」
「むむっ……。ボクと小波くんは同じチームメイトだもん! それ位は別に良いでしょ?」
「それ位……ですって? それは絶対にダメですわ!!」
「何でなの!?」
「球太様と一緒はダメと言ってるのですわ!!」
「だ・か・ら!! ボクは小波くんとは同じチームメイトなんだし、それ位いいじゃないの!!」
「絶対に、ダメですわ!」
彩乃も早川も一歩も譲らない。
俺からすれば着いてきても着いてこなくてもどっちでも良いんだけども……この感じは更に険悪なムードになって来るよな。
こう言う時は、変に話をかけないで大人しく立ち去った方が良いのかもしれない。
取り敢えず、矢部くんにでも声を掛けようとしたのだが、矢部くんの様子がどこか可笑しかった。
「矢部くん。君はどうするんだ? 俺と試合一緒に観に行こうか?」
「……、……」
「矢部くん?」
「……」
返事がないただの屍のようだ。
フルフルと体を震わせる矢部くんだったが――。
ㅤバンッ!! と、机を叩く大きな音を出して叫んだ。
「――がァァァァァァァァァッ!! このモテモテ男がァァァァァァァァァーーッ!! ずるい!! オイラにはオイラには、今の小波くんの様に女の子に取り合われる事が憧れだったのにィィーーーッ!!」」
「矢部くん!?」
すると、俺の呼ぶ声を無視し勢い良く教室から飛び出して行ってしまった。
矢部くん、語尾に「やんす」を付け忘れていたよ。
試合は三回戦。
パワフル高校対あかつき大附属の試合。
古豪と名門の、古くからのライバル校同士の対決カードと言う事で観客人数はそれなりに入っていた。
それもそうだ。
両校の先発投手が『一年生同士』って言うのも、人を集めた理由の一つでもあるだろうし、それよりまずは『アイツ』の人気がズバ抜けているからかもしれないな。
『アイツ』と言うのはそう――、『猪狩守』だ。
俺のライバルでもあり、俺の親友でもある。
いや、親友と思ってるのは俺の一方通行な思いなのかも知れないが、第一、猪狩守と言う人間はそう言う事をどうとも思わないタイプの人間なのだ。
出会ったのはリトルリーグ時代で、初めて会ったときから俺たちは互いにライバル意識を持っていた。
中学時代は運悪く同じあかつき大附属中学に入学して野球部に所属した。二人ともピッチャーを務めていたのでエース争いを競い合って更に敵対心を強くした。
俺が故障した後、猪狩がリリーフで登板し、準決勝、決勝と勝ち星を挙げ、見事全国制覇を成し遂げ、胴上げ投手になって世間から注目の目を浴びた男だ。
基本的に人を見下すやつで、気に障る言葉を吐くが、キザで根は優しい部分も持っていたりする。
俺が退部する時、怪我をした俺をチームメイトが責める言葉を吐かなかった中、唯一、猪狩だけが俺を責め続けた。
その中の言葉でも印象に残った言葉が――。
「怪我を負った君でもやれる事はあるぞ。それは、この僕が打ったボールを拾いに行く球拾いさ。それはそれでお似合いだろ?」
だと言うのは思わず笑ってしまう。
あれはあれで、野球が好きな俺の事を良く知っている猪狩なりの優しさだったんだと今は思っている。
しかし、本来はエースの『一ノ瀬さん』を登板させるはずも、これまで温存して、この試合も投入する戦法は、流石の千石監督も猪狩を高く評価してるのだろうな。
千石監督とは中学時代は面識こそなかったのだが、中学校まで噂が広がって来て耳にタコが出来る程、その噂話を聞かされていた。
流石に高校の練習レベルを超えていると言われているほどだった。
あかつき大附属の野球部は、一軍と二軍に分かれていて、一軍のレギュラーでも結果を出さなければ胴上げ投手だろうと、全打席ホームランを打ったとしても、容赦無くニ軍に落とされると言う。
しかしあかつきのキャプテン・エースの一ノ瀬先輩を差し置いて、ここまで連投している猪狩を投げさせているのは、千石監督が猪狩を今後のあかつきを担うエースとしての自覚を持たせる為の連投なのだろうと思った。
だが俺は、それ以外にも気になっている事がある。
それは、以前から栗原聞いてた『麻生』と言う男の事だ。
一年生ながらも、パワフル高校のエースを背負う、その実力を見ておきたい。
両校が挨拶を交わし、プレイボールと球審が高々に宣言して、試合が始まった。
まず先攻はパワフル高校だ。
立ち上がりのピッチングに、観客の期待が寄せる中、猪狩は緊張の一つも見せない程、全く微動だで自然体だった。
涼しい顔を、何一つ変えないまま投球練習を始める。
一つ上の二年生の『二宮瑞穂』の構えるミットへと投げ込む。
ミットの快音が響くとたちまち周りから歓声が湧き上がるのは相変わらずだ。
やっぱり猪狩守。こいつは化け物だ。
今の速球はおそらく百四十キロ前後だろう。
猪狩の特徴から言うと尻上がりに調子を上げて行くタイプ。
速球は言うまでもなく変化球のスライダー、カーブ、フォークなどの球種のキレも勝るとも劣らない程と言えよう。
目の前に映るライバルの成長した姿をじっくり見てると、後ろから俺の名前を呼ぶ声が飛び込んできた。
「お久しぶりですね、小波さん」
その声の主は、『猪狩進』。
この猪狩進は、猪狩守の実弟であり俺達の一学年下の後輩で現在中学三年生であかつき大附属中学のキャプテンを務めている男だ。
兄と似た顔立ちだが、兄と違い、優しい雰囲気に包まれていて、紫色の瞳を輝かせ、頬に絆創膏が貼ってあり後ろ髪を縛ってある。
「久しぶりだな。進。お前、身長伸びたんじゃねえか?」
「ええ、まだ兄さんには届きませんけど、これから伸び盛りです」
それもそうだ。最後に会ったのが二年前、俺が中学二年生で進は中学一年の頃なので、その頃より約二十センチ近く伸びて筋肉の付きもだいぶついてありがっしりしていると思った。
「聞きましたよ。小波さんがまた野球を始めたと言うのを」
「もうお前の耳に入ってたか……。ま、それもそうだよな」
「兄さんと会って勝負をしたんですよね?」
「ああ、つい『この前』な。余裕で負けちまったけどな」
「その日の兄さんはいつなく喜んでましたよ。小波さんが野球を始めた事と今度は同じチームじゃなく別の高校でライバルとして戦える事を」
「って言ってもだぜ? やっぱり二年のブランクを埋めるのもこっちは一苦労なんだ。それなのにあいつと来たら手加減と言うものを知らなすぎだ。無駄に全力で俺を捻じ伏せようと来たもんだから参ったぜ」
「あはは。なんだか兄さんらしいです。早く戦ってみたい気持ちでいっぱいですけど……。来年まで僕は楽しみにしてますよ。来年は兄さんと僕とで小波さん。貴方と甲子園の舞台を競う戦いをしたいです」
「ああ、勿論、俺も負けないぜ! って、おい。もう行くのか?」
「はい、僕もこれから中学の全国大会の抽選会の結果発表を見に行きますんで……。と言っても兄さんの『采配』がどうしても気になっちゃっうんですけど」
「それは特に心配しなくても平気だろ。采配ならキャッチャーの二宮先輩のリードだからな。安心出来るだろ。それより進、頑張れよ」
俺は進に、握った拳を突き立てる。
「はい! ありがとうございます」
と、にこやかに笑いながら、拳で返してペコと実兄の猪狩ならしないであろう、行儀の良い深い一礼をして、その場を去っていくのを見送り、視線をそのまま猪狩守に向けた。
丁度今、パワフル高校三番の尾崎を空振り三振に仕留めチェンジとなった所だった。
「猪狩の野郎、絶好調じゃねえか」
小さく呟く。
すると、「まさか? この距離で?」と思ってしまった。
猪狩は、俺がいる三塁ネット裏に目を向けていた。相変わらず自信満々な笑みを浮かべて、コッチを見ていたのだ。
「ったく、あのヤロー。自信満々が見え見えなんだよ」
俺は頬杖着いて、あかつきナインがベンチへ下がっていくのを見ていた。
あれは数日前の事だ。
梅雨を迎えていた六月の下旬頃だろうか。
野球部の練習も、いつの間にか形になってきたと感じ、皆の成長ぶりがしみじみ身に染みた頃のある日の部活帰りだ。
俺はいつもの河川敷を歩いていた。
すると。河川敷でシャードピッチングをしている一人の男の姿があった。
暗い闇の中、目を凝らしても分かるほど、色の濃い茶色の髪の毛に、顔の整った顔立ち。
懐かしい顔が見えたのだ。
俺はその男の方に次第に近づ居て行くと、予想的中だ。
そいつが猪狩守だと分かったのだが声をかける前に猪狩が俺の方に気付いた。
「こ、小波!?」
まるてお化けにでも出会したみたいに驚いた表情をした。
「相変わらずまた『一人』で夜な夜な練習とは自称・天才の猪狩守も中学の頃から何一つ変わらないんだな。おまけに一人で練習熱心なのは頭が下がります。てか、こんな河川敷じゃなくて自分の家のデカイ敷地内でやれよな」
「ふっ……。僕は君みたいな『凡人』じゃないんでね。僕みたいな天才は時と場所を選ばずに好きな練習できるんだ』
猪狩は俺の事など一切、気にせず黙々と、手に握るタオルで振りかざしながら、フォームの調整をしていた。
「あのさ……お前に一つ聞くけど。まさか高校に入学してもそのキャラじゃねえだろうな? 学校で一人だけ浮いてるって事はないよな?」
昔も一人で、天才だからみんなと練習するのは効率が悪いとか何やら、子供みたいな事を言っては、よく放課後に一人で練習していたっけと、思い出しながら俺は猪狩に聞いてみた。
「――ッ!? ふざけるなよ!? 何を言う!! この天才の僕が学校で浮くなんて事はない!!」
このテンパり具合。その様子からすると図星なのだろうか。
正直、どうでも良いので俺はあまり突っ込まないようにした。
「ま、お前は夏の大会が近いんだ。時にはチームワークってのを深めるの事も大事だぜ」
「フン。そんな事『凡人』である君に言われなくても分かってるさ。それより小波。確か君は『恋恋高校』と言う野球部のない高校に進んだそうじゃないか」
「そうだけど? ま、今の恋恋高校の野球部は八人だけしか居ないんだけど、最近は随分と様になってきてるぜ?」
「……君は何を言ってるんだい? 確か恋恋高校に『野球部』は存在しないはずだろ?」
冗談だろっと、困った顔を見せる猪狩だったが俺はニヤリと口元を緩める。
「ああ、今年の春まではな? 知らなかったか? 今は存在してるんだぜ? 恋恋高校公式野球部がな」
「……小波。君も野球部に?」
「ああ、もちろん! ポジションはファーストだけどな」
「そうか・・・・・・。そうか・・・・・・」
猪狩は何かを噛みしめる様に、同じ言葉を二度つぶやいた。
「君なら、またいつか僕の前に立ち塞がる時が来るだろうと思っていたよ!」
「思い通りになって良かったな。それより、どうだ? 猪狩、久しぶりに一打席勝負といかないか?」
「ふふふ。良いだろう。君にはいつも負けてばかりだったが、僕は天才・猪狩守! 凡人の君には負けるつもりはない」
「相変わらず自信満々だな。っても場所はもう暗いしどこでやる?」
「なら、僕専用のグランドでやろう」
「分かった」
俺は昔、何度か猪狩と自主練習をした事のある、猪狩守専用のグラウンドへと足を運んで、一打席勝負をしたが、結果三球三振、全部ストレートで俺は、猪狩に負けを喫したのだ。
「ふははは、良いトレーニングになったよ!」
ご満足の猪狩の笑い声だけが響き渡った。
全く嫌な事を思い出しちまった。
さてと、試合の方に集中する事にするか。
確か、パワフル高校の投手は麻生だったな。パワフル高校の強さは、それ程ではないものの選手層はかなり厚い。
その中で一年生ながらも、レギュラーを取るという実力は、前から気にはなっていた。
見た所、容姿が少し猪狩に似ていると思わせる髪型に顔立ちだな。
少し違うのは右投げと髪が黒と言うところだが・・・・・・どうだ?
『一番・レフト 七井君』
球場のスピーカーから流れる、ウグイス嬢のアナウンスが鳴る。
呼ばれた七井と言う男は、ヘルメットをゆっくりと装着しバッターボックスへと向かう。
金髪頭に真っ黒のサングラス。そこそこ見た目にインパクトがある男は、中学時代では見たことがなかった。
それもそのはずだ。七井は、高校進学時の時に親の都合で日本に来たのだから、俺ももちろんあったこともない、全くのノーデーターの相手と言うわけだ。
暖かい風が、マウンドに佇む一人の男を撫でる。
「さて、あかつきの一番打者の七井さん。早速、お手並み拝見と行くとするぜ! おい、麻生。あの人は意外とパワーヒッターだぞ? 簡単に打ち取れると思うなよ」
「はぁ? おいおい。心外だぜ、戸井。まさかこのオレ様が、あんな雑魚に打たれると思うのか?」
「馬鹿野郎! ゴールデンウィークの合同合宿の時の練習試合のことを、もう忘れたのか? 練習試合で四打席四ホーマーを打たれたのはどこのどいつだ!」
同じチームメイトの戸井鉄男は、呆れながらもトンッとグラブで麻生の胸を叩いた。
「オイ。これは、なんの真似だ? 戸井」
「石原先輩を、俺たちの手で甲子園に連れて行くんだよ! エースのお前に懸かってるんだ! 頼んだぞ?」
「夢物語なんか語ってんじゃあねェよ。オレ様はな! 石原なんぞを甲子園に連れて行くつもりなんて毛頭ねェよ!」
「そうか、でもお前が俺たちのエースなんだ。頼むぞ、麻生!」
戸井は、麻生にニヤリと笑みを浮かべ、スタスタとファースト定位置の方へと、歩いて行くのを麻生は、チッと舌を鳴らして見送った。
パワフル高校の麻生と戸井もいずれは小波達の前に立ちはだかる最大のライバルになることなど、誰も知らない・・・・・・。