実況パワフルプロ野球‎⁦‪-Once Again,Chase The Dream You Gave Up-   作:kyon99

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第70話 新時代への幕開け①

「へ、へっくしゅんッッ!! ……、ごめんでやんす」

 突如、大きなくしゃみが響いた。

 このご時世では随分と耳馴染みのない珍しい口調だ。

 主に夕方の時代劇ドラマなどで良く耳にした事が一度位はあるであろう、あの特徴的な「べらんめぇ口長」が威勢よく飛び込んできた。

 ずずっと音を立てながら鼻を啜る。その男はすっかりと刈り上げたばかりの河川敷の芝生の様な坊主頭でこれまた現代にはそぐわない瓶底眼鏡を掛けていた。その男は恋恋高校三年生の矢部明雄だった。

「うう……最近はどうも冷えるでやんす。これはもうすぐで冬が来るでやんすね」

 坊主頭をポリポリと人差し指で掻きながらそういう呟きながら矢部明雄は口を尖らせて体を両手で摩る。

 勢いよく飛び出して響いたくしゃみ。その場に居る人たちからは注目を浴びるであろう今の大きなくしゃみは、まるで無かったかの様に誰一人として矢部に視線を向ける事は無かった。

 六時限目の授業を終え、一日を締め括るロングホームルームも終えた放課後。それでも生徒達は家路に着くわけでも勉強でもしてる訳でも無くただただ教室内に残っていては雑談に花を咲かせていた。

 殴り消しの黒板の横、やや大きめの壁掛けカレンダー日付は、十月の二十六日とチョークで書き込まれていた。

 それはそう。もう十月の下旬。

ㅤ季節は秋を迎えていたのだった。

 あんなにも熱の茹だる様な暑さが毎日続いた夏は瞬く間、あっという間に過ぎ去っていったのも部活を引退したのが大きな理由の一つだろう。

 この夏、甲子園を決める夏の大会で恋恋高校野球部は創設三年目にして初めて地区大会の決勝戦まで勝ち進むことが出来た。

 しかし、結果は延長十五回まで続いた決勝戦で対戦チームのあかつき大附属の猪狩守のサヨナラホームランで決着し、甲子園の切符まであと一歩の所で力負けしたのだった。

「それにしても皆中々帰らないでやんすね。まあ、帰らないと言う理由は分からなくもないでやんすが」

 と、矢部が言う。

 すると、矢部の目の前でふさっと黒髪の癖毛がぴくりと微かに揺れた。

「今日はプロ野球のドラフト会議だからね。早川がプロ希望届けを出したから、皆気になってるんじゃないのかな?」

 右腕に大きなギプスを付けて四方八方に揺れる癖毛、今にも眠たそうな眠気眼で黒い瞳の青年がニヤリと笑いながら言う。

 矢部明雄と同じクラスであり、恋恋高校野球部を率いた「初代」主将の小波球太だ。

「確かにでやんす。他の皆は大学進学や企業に就職のそんな中、あおいちゃんはただ一人プロ野球を目指してるでやんすもんね」

「うん。それに今日、早川がドラフト指名を受けたら女性初のプロ野球選手の誕生だからね。尚更だよ」

 と、小波は周りを目で眺めながら言う。

 先ほども小波が言った通り。何故こんなにも人が多く帰らずにいるのかは今日がプロ野球のドラフト会議が行われ、恋恋高校の早川あおいがドラフトに選ばれるかもしれないと言うのが理由であるからだった。

 また教室内だけでは無く、教室の窓から少し下に目を向ければマスコミなどの報道陣が朝から何十人と数多く校庭に集まっており理事長や校長も含め、その対応に追われて色々と大変な一日でもあった。

「史上初は凄いでやんすね!! って、事は。オ、オイラ達はその歴史に残る場面に遭遇するかもしれないでやんすか!? オ、オイラ少し緊張してきたでやんす……」

 と、矢部はあたふたとテンパり始める。

 別に矢部くんがドラフト届を提出している訳でもないのに、と少し対応に困りながらも小波は苦笑いを浮かべていた。

 すると。

「小波くんは、その……本当に良かったでやんすか?」

 それは、急にだった。

 浮かれムードから一転し言葉に詰まりながらも表情は真剣で矢部が問いかける。

 矢部の目線は小波球太の右肩に在った。

「ん? ああ、うん」

 左手でギプスで固定している右肩を触る。

「まあ、平気だよ。俺のやりたかった野球は全てあの試合で全部置いてきたんだ。悔いなんかもう無いよ」

 小波球太の右肩には感覚が無い。

 いや、感覚が無い言うよりは完全に壊れて回復が不可能と言うのが現状だ。

 あの夏の決勝戦。右肩に爆弾を抱えながら満身創痍の中、小波球太は限界を超えて最後の最後までマウンド上に立ち続け、野球人生を終える程の怪我を負った。

 試合途中でマウンド降りた小波球太は球場に駆けつけた救急車で病院に搬送されて緊急により手術を行った。

 その時の出来事は今も鮮明に覚えていた。

 救急車に搬送される時、幼馴染みであるきらめき高校の高柳春海とパワフル高校の栗原舞、そして六道聖と聖の一つ上の先輩の明日未来の姿が在った事は覚えている。

 手術は無事に成功。

 だがしかし、思っていた以上に身体に負担が掛かっていた為、野球は疎か日常生活以外に右肩を使う事が全く出来なくなってしまったのだ。

 最高の仲間達と自分の望んだ楽しい野球が出来ることが出来た。

 最高の好敵手と心から楽しめる野球をする事が出来たのだから悔いはない。

 

 

 それに、だ。

 小波球太にとって全てが終わったわけでは無い。

 これが終わりでは無い。

 自分がこれからの道をどう歩むべきか、その答えは既に決まっているのだから……。

 

「小波くんがそう言うのなら良いでやんす。オイラ、小波くんの分まで大学で野球を頑張るでやんす!!」

 キリッとした太眉で、強く言う。

「それは嬉しいよ。頑張ってね、矢部くん。応援するよ」

「ありがとうでやんす!! ……あ、そう言えば小波くん。何か決めてるでやんすか?」

 ふと、何かを思い出したかのように矢部が小波に問いだした。

「ん? 何が?」

「何がって、あおいちゃんのプロ入りの祝いでやんすよ!! ドラフトの当日だと言うのにオイラ何も用意してなかったでやんす!!」

「ああ……」

 気の抜けた返事が返ってくる。

「ああ……って、まさか小波くんも何も考えて無かったでやんすか?」

「いいや、ちゃんと考えてあるよ。矢部くん、耳貸して」

 と、小波は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針は十六時半を少し回っていた。相変わらず校内には生徒たちで溢れ返っている。

 恋恋高校の一階、百人程は座る事が出来る食堂には既に早川あおいを初めとした恋恋高校の野球部員、教員、マスコミが大画面のテレビを目の前としてパイプ椅子に座っていた。

「まったくよォ。後三十分そこいらでドラフト会議が始まるって言うのに、あのバカ野郎は一体何処で何していやがんだ?」

 舌打ちを鳴らし、眉間にぎゅっと険しい皺を寄せ、座る椅子をカタカタと貧乏揺らしをしながらツンツンと整髪料で固めた金髪頭に刺々しい八重歯を光らせた星雄大はその「バカ野郎」の姿を大人数で溢れかえる食堂内をぐるりと見渡しながら言った。

「さあ、球太くんの事だからね。ちゃんと時間になったら此処に来るとは思うけど……」

 と、首を傾げたのは、透き通った黄緑色の艶やかな髪に可愛らしいおさげ髪をぶら下げた女生徒、そして今日の注目を浴びている恋恋高校のエースナンバーを背負っていた早川あおいだ。

「もし、早川が速攻でドラ一に選ばれたらどうするつもりだァ!?」

「ちょ、ちょっと星くん!? な、何言ってるの!? ボクみたいなピッチャーは一位に選ばれるとは思ってないよ!!」

「オイオイ、なんだァ? 早川、テメェ。こんな日に随分と弱気なんじゃねェのか!?」

「実際、猪狩くんや太郎丸くん達はボクなんかよりも他の人達の方が凄い成績や実績を持つ人達ばかりだからね。特に今年は甲子園で活躍してメディアの注目を浴びた選手も多かったみたいだし」

 と、早川あおいは意気消沈気味だった。

 今年の甲子園の覇者、あかつき大附属の左腕である猪狩守を筆頭に数々の球児達が夏の風物詩である甲子園に置いて目まぐるしい活躍をしたのは言うまでも無かった。

 そんな中でも地区大会で敗退したチームの中でも山の宮高校の太郎丸龍聖や名島一誠など甲子園出場を果たした事のある球児達もドラフトの注目を集めているのも多数いるようだ。

「そんもん関係ねえだろ。始まる前から落ち込んでんじゃねェって言ったんだよ!! お前がプロ野球選手になってくれなきゃ俺が大学で自慢出来ねェだろうが!!」

「自慢って……。あ、そう言えば星くんは何処の大学に進学希望出してるんだっけ?」

「あん? 俺はイレブン工科大学だ。ま、言わずもかな野球は続けるつもりだぜ。それに絶対に打たなきゃならねェバカが大学で待ってるんでな」

 と、星はニヤリと八重歯を光らせる。

「打たなきゃいけないバカ? それって一体、誰のこと?」

 と、早川は首を傾げた。

「打たなきゃいけないバカってのは悪道浩平のクソったれのバカ野郎の事だよ。最近、元赤とんぼ中の同級生のダチから聞いたんだ。しかしよォ、話を聞いて驚いたぜ。浩平の野郎はどうやら帝王大学に進学して野球を続けるらしい」

 口調とは裏腹に、嬉しい気持ちが抑えられない声色だった。

「それに球八高校のキャッチャーだった滝本雄二の野郎も同じ帝王大学に行くみてぇだな」

 拳を強く握りしめた後、「大学に行っても負けていられねえ」と呟いた星を見て早川あおいはニコッと笑みを溢していた。

「オイラはパワフル大学、海野くんは近代学院大学、古味刈くんは駅前大学に進学で山吹くんと毛利くんは一番星自動車、天下建設にそれぞれ就職で皆野球は続けるでやんす!!」

 と、矢部明雄が言う。

 それに釣られるように三年生部員の四人はコクリと首を縦に振った。

「私も満通万大学に進学希望なので、もし合格する事が出来たらまた野球部のマネージャーをしようと思っています」

 と、七瀬はるかがニコッと笑った。

「な、何ですとォ!? は、はるかさんは満通万大学に進学希望なんですか!? ……チッ、こうなったらこの漢・星雄大もイレブン工科大学なんかじゃなくて満通万大学に行くしかねェって事じゃねェか!!」

「いやいや、どう考えたってそれは無理でやんすよ。星くんみたいな空っぽの頭じゃ満通万大学には通えないなんて事は火を見るよりも明らかでやんす。自明の理でやんすよ」

「なんだとォ!? 舐めた事言ってんじゃねェぞ、この腐れメガネがァァァァァァァァァァァァーーーッ!!」

「ギャァァァァァァァァーーーーッ!!」

 相変わらず、何度も何度も見てきた。

 いつもの変わらない光景。

 その様子をこの高校生活で何度も眺めて来た早川あおいはまた再びクスッと笑みを溢した。

「良かった。それじゃあ皆、卒業してそれぞれの進路に進んでも野球は続けるんだね」

「おうよ!!」

「当たり前でやんす!!」

 と、矢部と星が言葉を返した。

 何気ないやりとりを続けた後、その運命の時間がやってきた。

 食堂に押しかけるマスコミ、生徒達の野次馬が溢れかえる中、時計の針は十六時半を指していた。

 大画面のテレビのチャンネルがドラフト会議の中継特番に変えられた。

 

 

 

 

 ドキドキ、

 今にも周りに聞こえそうなほど早川あおいの胸の鼓動が高鳴っていく。

 まだ小波球太の姿は見当たらなかった。

 それでも、

 ギュッと、

 強く拳を握る。

 そして、

 今から始まる、

 運命のドラフト会議に目を向けた。

 

 

 誰もが視線をテレビに焼き付ける中、淡々とドラフトの説明が始まった。

 『猪狩世代』と呼び名が定着したこの世代、十二球団のプロ野球の球団からまず最初にドラフト指名を受けたのは——、

 

『楽天イーグルス、第一巡目選択希望選手、太郎丸龍聖、投手、山の宮高校』

 ザワザワと騒つくテレビの奥の会場と恋恋高校の食堂だ。

「ほう、太郎丸の野郎は楽天か」

 星がボソリと呟く。

 二年前の頑張地区の覇者、無名校にして初の甲子園の地を踏み、恋恋高校と今年の春と夏に激闘を繰り広げた百六十キロを超える豪速球『アンユージュアル・エクシード・ストレート』を放る左腕である太郎丸龍聖がまず選ばれた。

『中日ドラゴンズ、第一巡目選択希望選手、滝本晃一、内野手、栄光学院大学』

 続くのは、セリーグ。

 選ばれたのは大学生の一人の名前だった。

 名は、滝本晃一。

 球八高校の滝本雄二の実の兄の名前だ。

『西武ライオンズ、第一巡目選択希望選手、久方怜、投手、西強高校』

 今年の夏、準決勝戦であかつき大附属との激闘の末に破れ去った西強高校のエースである久方怜が指名を受ける。

『ヤクルトスワローズ、第一巡目選択希望選手、奥居紀明、内野手、一芸大附属高校』

 ヤクルトスワローズが一位指名したのは、今年の中部地方から甲子園初出場を決めながらもベスト八まで登り詰めた一芸大附属高校のキャプテンを務めた男の名前が呼ばれた。

 そして、次々とドラフト一位の指名が進んで行った。

 オリックスバファローズに、アンドロメダ高校の大西=ハリソン=筋金。

 阪神タイガースに、西強高校の和重。

 千葉ロッテに、さわやかなみのり高校から遊撃手の丘夕日。

 広島カープには、大東亜学園から投手の鋼毅。

 ソフトバンクには西強高校のキャプテンを務めた滝本太郎。

 横浜DeNAには久方、滝本、清本同様西強高校から正捕手である堺住吉が選ばれた。

 そして、

 パ・リーグ第一希望選択選手、最後の一名は――、

『日本ハム、第一巡目選択希望選手、名島一誠、捕手、山の宮高校』

 楽天イーグルスに一位指名された太郎丸龍聖とバッテリーを組んでいた名島一誠の名前が呼ばれた。

 続くセ・リーグのドラフト一位がモニターにたった今映し出される。

『東京読売ジャイアンツ、第一巡目選択希望選手、猪狩守、投手、あかつき大付属』

 『ライジング・ショット』と言う弾丸のようなストレートの武器を持ち、小波球太の昔馴染みの人物。

 恋恋高校と決勝戦で激闘を繰り広げ、甲子園での優勝旗を掲げて世間から『猪狩世代』と呼ばれる筆頭となった左腕の名前だった。

 テレビに映るその名前を見て、恋恋高校の野球部員と報道陣達は驚きの声は上がらなかった。

「ま、猪狩自体ドラフト前から巨人入りを強く熱望してたし、何なら巨人以外ならどこの球団も拒否するって堂々と言っていたから当然な結果だよな」

「それにしてもドラフト一位のメンバーが濃い人達でやんすね。どれも甲子園で活躍して話題になった凄い人ばかりでやんす」

 と、矢部と星が言う。

「まあ、結局ドラフト一巡目で早川の名前は呼ばれなかったな!!」

 と、意地悪く星が早川あおいの顔を見るなりニヤリと言う。

「あ、当たり前でしょ!? ボクみたいな選手が一位なんかに選ばれる訳なんてないもん!!」

 早川は再び困惑顔で言葉を返した。

 

 

 そして、小波球太の姿は見ぬままドラフト会議は二巡目を迎えた。

 

 

 恋恋高校の食堂がマスコミや生徒達が集まり人溜りが出来る中、入り口付近で橙色に染まる艶やかな髪を靡かせた白衣を纏う女性が一喜一憂する生徒達を見るなり苦笑いを浮かべていた。

「やっぱり貴方の予想通りね。猪狩くんは巨人に一位指名されたわよ」

ㅤと、隣に立つ黒髪の癖毛頭の青年を見つめながら「小波くん」と付け足した。

「昔から猪狩は巨人にプロ入りするって言い張ってましたからね。一先ず夢が叶ったって事でおめでたいですね」

 ライバルである猪狩守のプロ入りに対して頬を緩めながら小波球太は言う。

「そう言えば、夏の入院中に猪狩くんがお見舞いに来たんですって? 妹の京子から聞いたけど」

「あ、京子さんから聞いたんですね。まあ、ちょっとだけですけど見舞いに来ましたよ。甲子園優勝した後だったんで凄く嫌味たらしく優勝の自慢をされましたけどね」

「そう。ついでに貴方が今後何をしようとしているのかも京子から聞いてるけど、それは本当の事なの?」

「……、はい。そうです」

 と、小波は自身のギプスで固定されている右肩に目を向けた。

 もう野球では使えない、右肩に。

「小波くん、貴方が進もうとしてる道は随分と険しい道のりだとは思うけれど貴方ならきっとやりきれると思うわ。その為に定期的にリハビリも受けてるんでしょ? 存分に頑張りなさい」

「はい、ありがとうございます」

「ああ、それと、貴方に言っておくべき事が一つだけあるわ。それは――、」

山口賢(・・・)の事ですか?」

 と、空かさず小波球太は言った。

 山口賢、と言う名前を聞いて加藤里香はコクリと頷いた。

「ええ、そうよ。数年前にダイジョーブ博士が本来診るべきだった子、帝王実業の山口くんは中学時代から右肩が悪かったのよ。地元の病院では何処もただの軽い炎症と診断されてたみたいだったけど……でも、ダイジョーブ医学ではそうじゃなかったの」

「……」

「貴方と同じ境遇だった訳ね。たまたま博士が右肘を故障した貴方と出会い、ダイジョーブ医学で右肘を完治され手術は成功した。その手術のせいで右肩に爆弾が付いてしまったけど……。何故、選ばれたのは山口くんじゃなく貴方だったのか……それは小波くん、貴方は『驚異的な成長力』を持ちながら『真・能力解放』も持つ稀な選手だから博士の目に止まったのよ」

「……」

「ま、安心しなさい。君の現状も過去の経緯も山口くんは既に知ってる。恨んでもいないし怒ってもいない、山口くんの右肩は京子のお陰で今は安定してるわ。それについさっきオリックスに一位指名されたアンドロメダ高校の大西くんと言う素敵な友達からの助言もあって来年の春から帝王大学に進学が決まってプロ入りを目指す為に右肩の完治を目指すわ。勿論、野球部に入って野球を続けるそうよ」

「そうなんですね。いつか山口と同じ野球の舞台に立って色々話たいです」

「ええ、私もその時が来るのを楽しみにしてるし、きっと彼もそう望んでる筈だわ」

 ニコッと笑う加藤里香。

 そして、小波のトン、と背中に優しく手を添えた。

「どうしたんですか? 加藤先生」

「こんな隅っこの奥の方でこそこそと話してるよりも、そろそろ早川さんの所に行ってあげなきゃならないんじゃない? 必要な準備(・・・・・)はこっちで早めに済ませておくわ」

「すいません。ありがとうございます」

 小波は軽く会釈をして人集りの方へとゆっくりと歩き出して行った。

 

 

「あっ!! 小波、テメェ!! 今の今まで何処に行ってやがったんだ!! ドラフトも三位指名まで進んだぞッ!!」

 ゆっくりと歩く小波の姿を見つけて真っ先に声を上げたのは星雄大。

「悪い悪い。ちょっと用事があったんだ」

「球太くん。猪狩くんは巨人に一位指名されたよ」

「おう、知ってるよ。さっき遠くから観てたからな。きっと今頃嬉しさで喜んでると思うけど」

 と、小波球太は親友であり好敵手である猪狩守の姿を思い浮かべてニヤリと笑みを浮かべた。

 

 そして、ドラフト三巡目が始まった。

 高校野球、大学野球、社会人野球とそれぞれの土俵で戦い、活躍して話題になった選手が次々と指名を受けて行く中――、

「横浜DeNA、第三巡目選択希望選手、矢中智紀、投手、球八高校」

「――ッ!!」

 指名された名前には随分と耳馴染みがあった。

 呼ばれた名前は球八高校の矢中智紀。

 小柄な体型で特殊な投球モーションであるアンダースローから放たれるフォークボールの『フォール・バイ・アップ』を操るピッチャーの名前だった。

 また、早川あおいや高木幸子と幼馴染みであり、マネージャーを務めていた七瀬はるかの恋人である男の名だ。

「うそッ!! 智紀くんがプロ野球選手に選ばれた!!」

 思わず立ち上がり喜びの声を上げる早川あおい。

「と、智紀……さん。お、お、おめでとうございます!!」

 目に大きな水溜りを作り震えた声で笑顔で言う七瀬はるかの姿があった。

「やったね、はるか!! 智紀くんにおめでとうの連絡入れないとだね」

「はい!! 智紀さんにはプロ入りのお祝いで『七瀬家家宝・剣』を渡す手配をしなくちゃいけませんね」

 恋仲である矢中智紀に対して、笑顔と泣き顔が混在する七瀬はるかであった。

「……ぐぐぐ」

 目を涙で滲ませて喜びを露わにしている七瀬はるかの姿を見て星雄大は下唇を強く噛み締めていた。

 強い何かを想い、

 悲しみの何かを殺し、

 新しい何かを決め、

「はるかさん!!」

 ガシッと、星は七瀬はるかのか細い手を握りしめた。

「は、はい!!」

 七瀬はるかの目は未だ涙で滲んでいる。

「……。ばるがざん……」

 ズズッと、鼻を啜り。

 星は涙声で、今まで聞いてきた低い男らしい声では無かった。

「どうが……矢中とじあわぜになっでぐだざいね!!」

「あ、ありがとうございます。星さん」

 七瀬はるかに対して強い恋心を想い、

 七瀬はるかに恋人がいる事で知った己の魅力の無さへの悲しみを殺し、

 星雄大は失恋をして新たな想い人を見つけると新たに決意した。

「オイラ達は一体、何を見せられてるでやんすか」

 と、矢部明雄はただただ呆れていた。

 

 そんな事は他所に、

「智紀くんが遂にプロ野球選手か……。なんだか羨ましいな」

 と、ポツリと呟く。

 早川あおいは幼馴染みのプロ入りに素直に喜ぶと共に自身がドラフトで指名されるのかどうかと言う不安も強くなっていた。

「未だこれからだろ。きっとお前なら選ばれる筈だよ、しっかりしろよ」

 隣に座っている小波球太が声をかける。

「うん……、そうだと良いけど。でも、やっぱり幼馴染みがプロ野球選手に選ばれるなんて自分のことみたいで嬉しいね!!」

「そうだな。俺も猪狩が無事にプロ入り出来て嬉しいからな」

「幼馴染みと言えば、球太くんのもう一人の幼馴染みの高柳春海くんと栗原舞さんの進路はもう決まってあるの?」

「ああ、春海はイレブン工科大学に進学で栗原はパワフル大学にそれぞれ進学希望出してるよ」

「そうなんだね。そう言えば、球太くんの進路は? 進学? 就職? ボク、未だ聞いてないんだけど?」

「俺? 俺は……まあ、秘密かな」

「秘密? まさか……就職も進学もしないつもりじゃないよね?」

「だから秘密だって」

「もう、球太くん。本当にキミは秘密主義にも程があるくらいだね。そう言う所がボクがキミに惹かれた……」

「そう言うところが何だって?」

「いや!! 何でもないよ!!」

 恥ずかしい言葉を口に出してしまいそうだと思ったのか、後半の部分はゴニョゴニョと口籠って赤面してしまう早川あおいだった。

 ドキドキ、ドキドキ。

 不安と期待が入り混じる変な感情で胸の鼓動は強くなって行くと同時に三巡目の指名も進んで行った。

 

 

 そして、

 

 遂に、

 

 運命の時がやって来た。

 

「千葉ロッテ、第三巡目選択希望選手、早川あおい、投手、恋恋高校」

 三位指名、選ばれた名前は早川あおいの名前だった。

「わあああああああああああーーッ!!」

 食堂に一斉に湧き上がった歓声。

「えっ!? ボク!?」

 ガタッ。

 思わず立ち上がり驚きの声を上げた。

「おい!! 早川、テメェ!! 遂にやりやがったなァ!!」

 と、星が、

「やったでやんす! あおいちゃん!! プロ入りでやんす!!」

 と、矢部が、

「あおい!! おめでとう!!」

 と、七瀬はるかが、

「早川先輩ッ!! やりましたね!! おめでとうございます!!」

 と、後輩達が、

「早川あおいさん!! プロ入りについて一言お願いします!!」

 カシャカシャとシャッター音を鳴らして今の心境を聞き出そうとするマスコミが早川あおいを囲むようにぞろぞろと集まり出した。

「あ……ボク……」

 突然の指名で正直に言えば、頭の中は真っ白だった。

 しかし、そんな中でも確かに感じるモノはあった。

「皆と……、この恋恋高校野球で野球が出来た事が何よりも誇りです。このチームだったから好きな野球を辞めずに続ける事が出来たと……強く思います」

 気付けば視界は滲んでいた。

 まるでプールの中から外を眺めているようなぐにゃぐにゃと歪んだ景色の様な。

 暖かい雫が頬を伝った。

ㅤ視線が自分に集まっているのは、それはきっと今の自分は嬉し涙を流して泣いているからだろう。それでも、そんなのお構い無しに早川あおいは、言葉を続けた。

「プロの世界で、ファンの皆さんに笑顔や勇気を与えられるような選手になれるように頑張って行きたいと思いますので、これからもよろしくお願いします!!」

 と、早川あおいは深々と頭を下げる。

「……」

 パチ……パチ。

 静まり返った食堂内に一人の拍手が響く。

 小波球太がニコッと笑って拍手を鳴らしていた。

 パチパチ、パチパチ。

 パチパチ、パチパチ。

 その音が重なって強い音へと変わった。

 その場にいる全員が早川に向けて暖かな拍手を送っていた。

「早川、プロ入りおめでとう」

「ありがとう。球太くん……。ボク、プロでもやって行けるかな?」

「もう不安になってんのか?」

「ボクには猪狩くん達みたいに秀でた才能なんかないから……」

「バカ言ってんじゃねえよ」

 コツン。

「——ッ!!」

 小波球太は早川あおいの頭を左手で、軽く小突いた。

「ほら見てみろよ」

「え?」

 小波球太が指を指す。

 早川あおいはその指された方へと目を向けると、

 そこには――、

『彼女を選んだ理由の一つとして、昨年の夏の予選大会から彼女のシンカーに目を付けていて、『マリンボール』と言う高速シンカーのキレがプロの世界でも充分に通用すると言う判断を――』

 と、監督のインタビューが流れていた。

「これって……」

「お前のボールはプロでも通用するって事だよ。それに去年の夏の大会から目を付けていたって事は、女性選手問題で棄権する前の事でお前が世間で有名になる前って事だ」

「つまり……」

「つまりお前は実力で実を結んだんだ」

「うん!!」

「頑張れよ、早川!! 応援してるからな」

「任せて!! 球太くんの夢の分も頑張って見せるから!!」

「ああ、頼んだぜ」

 早川と小波はガツっと拍手を交わした。

 

 その後、早川あおいは改めてドラフト指名を受けてインタビューを受ける事になった。

 プロ野球が始まって以来の初めての出来事である女性選手のプロ入りに、マスコミ達の熱気は収まるまでに時間が掛かった。

 早川のインタビューを終えるのを待っている小波達野球部員以外の生徒達は既に下校時間が過ぎているために帰宅して、先程の喝采が嘘のように静まり返っていた。

 早川あおいがインタビューを受けている間にドラフト会議は幕を閉じる事になった……のだが、

『えっと……、えっ!? そ、速報!? 此処で皆様に大変重要なお知らせがございます!!』

 例年だと既にドラフト会議のテレビ放送も終わりの筈なのに、急遽速報のテロップがテレビ画面に映し出された。

 急に資料を渡されたアナウンサーが慌てる姿から見て、ただ事では無いと伺える。

「あん? 速報だァ?」

「急に何でやんす? オイラ達は明日の準備があるでやんすよ」

 と、星と矢部は画面をジッと見つめた。

 画面が切り替わる。

「えっ!! このお方は!!」

「この美女は……あの!!」

 その画面に映し出されたのは、

 まるで大女優並みのオーラを解き放ち、金色に輝くボブ髪で、長くてくるりと反り返るまつ毛が特徴的で紫色の瞳で真っ直ぐと前を見据えて立っていたのは、

「八宝乙女ちゃんでやんす!!」

 聖ジャスミン学園の八宝乙女だった。

「どうして、八宝がここに居るんだ?」

 不思議に思った小波が思わず口に出した。

「八宝カンパニーの次期社長を務める八宝乙女です。この度はドラフト指名された皆様へ、大変おめでとうございます。長い間の努力、功績が身を結んだ結果がプロ野球選手に選ばれた事だと思います。これからもより一層のご活躍でプロ野球界、野球界、スポーツ界を盛り上げて頂きたいと心からお祈り申し上げます」

 と、八宝乙女は深々とお辞儀をした。

 そして、強い瞳で前を見据えて口を開く。

「只今より皆様、プロ野球ファンの方々にご報告が御座います」

 と、前置きし、

 八宝乙女が次に言葉にしたのは、

『私ども八宝カンパニーは頑張市の地域拡大に伴って今現在のセ・リーグ、パ・リーグの二リーグの撤廃を検討しておりました。今後のプロ野球界の成長を促す為には、もう一つのリーグを追加して三つ巴の状態であれば、プレーオフなど含めプロ野球、野球界全体がより白熱すると言う考えに至りました』

 会場内から騒めく声が微かに聞こえ始めたりし出したが、それでも八宝乙女は関係なしに言葉を続ける。

『そして、私たち八宝カンパニーはこの考えをプロジェクト『Plan 3rd.R』として、二年後のプロ野球に新規リーグの設立を、その名も『レボリューション・リーグ』もとい『レ・リーグ』を新しく追加させて頂く事を此処に宣言いたします」

 以上、と言葉を残して八宝乙女は再度深々と頭を下げてカメラの前から姿を消した。

 

「――ッ!!」

 八宝乙女の衝撃な発言に、一同は声も出さずに驚きの表情を浮かべていた。

「新規リーグ、レボリューション・リーグ……で『レ…リーグ』でやんすか」

「こりゃ偉い事になっちまったな」

 矢部、星は互いに顔を見合わせるなり無言のまま小波の方をジッと見つめていた。

「何だよ。気色悪いな」

「き、気色悪いって言うな!! 小波、テメェ的にはどう思うんだ? この三リーグ制に対してだよ!!」

「別に、野球界を盛り上がる事が目的なんだから良いんじゃねえか?」

 と、少し嬉しそうな表情で小波球太は言った。

「あのな……。呑気に喜んでじゃねェよ」

「それに考えてみろよ。十八球団もあれば、お前たちだって大学野球の頑張り次第じゃ、プロ野球入りも出来るかもしれないんだぞ?」

「――ッ!! ……って、事は!! 俺たちにもプロに入って、女達にモテモテになれるって事じゃねェかよ!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーっ!! これはかなり熱い朗報でやんすよ!! オイラたちの『モテモテライフ』が現実味を帯びるでやんす!!」

「お前たちは本当に芯がブレなくて助かるよ。って、まだモテモテライフは諦めて無かったんだな」

 矢部と星の盛り上がりに、小波球太は呆れるのを通り越して尊敬の念を抱き始めた。

「それより二人とも、明日の準備はバッチリなんだろうな」

「おう!!ㅤ手筈はバッチリだぜ」

「もちろんでやんす!!」

 二人はグッと親指を立てたジェスチャーで返してきた。

 明日は、早川あおいがプロ入りを果たしたお祝いを恋恋高校野球部員で盛大なサプライズをするつもりで居る。

 きっと、喜んでくれるに違いないだろう。

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