廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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10.始まりの波乱

 それは地獄だった。聖なる地で地獄の苦しみを味わった。少なくともグンゾウにはそうとしか思えなかった。二度と思い出したくない7日間だった。

 北区をとぼとぼと歩きながら、グンゾウは天望楼広場に向かっていた。解放感には満たされているが、体力の低下から足取りは重い。ルミアリス神殿で支給されたショートスタッフを支えに歩いていた。

「規定修練、二度と受けたくない。……受けることは無いけど。いや、修師(マスター)運が悪かっただけと思いたい」

 愚痴が口をついて出た。

 ――次回以降、修師って変えられるのかな?

 今後も新しいスキルを身に着けようとする(たび)に、あの修師に師事(しじ)しなければいけないと思うと、グンゾウの足はますます重くなった。

 途中北区の市場を通る。通りに並ぶ屋台から、たまらないご馳走の匂いがする。グンゾウはお腹が鳴るのと、(よだれ)が出てくるのを止めることができなかった。

 この7日間、グンゾウはろくに食事をしていなかった。否。食べさせてもらえなかった。

「食事付きだったはずなのに……」

 また、愚痴が出た。何故、食事をさせてもらえなかったか、思い出したくもない。

 まだ多少のお金は持っていた。市場で片っ端から買えば、小さくなったグンゾウの胃をパンパンに満たすくらいの食事は買える。しかし、グンゾウは決めていた。学院を出て、最初に口にするのはあの店の料理だと。宿舎のベッドでひもじさに耐えながら、朝が来るのを待っている時に思い出した料理。

 グンゾウはお腹が減りすぎて動きが悪くなった足を引きずって、天望楼の広場を西区の方へ向かった。

 ――喰うぞ、喰うぞ、絶対にお腹いっぱい喰ってやる!

 

 

 ――美味(うま)かった。

 グンゾウは肉18番で満たしたお腹を抱えながら、宿舎に到着した。一晩しか泊まっていないが、(いと)しの我が家だ。

「おー! グンちん、ひさぶりー! ……なんか()せた?」

 ヨシノがいつものように手を振って迎えてくれた。

「ただいま。痩せた……というより衰弱(すいじゃく)した」

 宿舎につくと既に何人かが中庭に集合をしていた。なんだか楽しそうに話している。7日間の訓練の過酷さを話し合っていることが予想された。

 全員、最後に会った時と格好が違う。ギルドから支給されたであろう使い古しの服を着ている。

 輪の中にはタイチがいた。タイチはグンゾウを見かけると駆け寄って、話しかけてきた。

「グンゾウさん、大変でしたね。大丈夫でしたか?」

 タイチだけが断片的にではあるが、グンゾウの修練の過酷(かこく)さを知っている。

「なんとかね……。大変だった」

 グンゾウが見渡すと戦士(せんし)神官(しんかん)盗賊(シーフ)のメンバーが戻ってきているようだ。グンゾウ達の小隊(パーティ)で戻ってきていないのはアキ、シムラ、ハイドだ。

 グンゾウも荷物を地面において、話の輪に加わる。

「だからよー、俺がズバッと(とど)めを刺してやったわけよ。すげーだろ?」

 リョータが自分の膝を手でバンバンと叩きながら盛り上がって、チョコやミッツに自慢話らしきものをしている。

「リョータどうしたの?」

 グンゾウはヨシノに聞いた。ヨシノは軽くため息を吐いてから、呆れた顔で説明を始めた。

「あたし達が基礎訓練に入ってすぐに、オルタナにオークんが攻めてきたじゃない? グンちん覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ。あれは大変だったね」

 確かにグンゾウ達がそれぞれギルドの門を叩いて2、3日経った頃にオルタナの街はオークの一団に襲われた。

 グンゾウはルミアリス神殿のベテラン聖騎士(せいきし)や神官に守られていたため、全く危ない思いをすることはなかったが、見習い神官のグンゾウも負傷した一般市民の手当などに駆り出され、忙しく働いた覚えがあった。

「それでねー、戦士ギルドでは(つよ)ーい範士(マスター)達と一緒にオークん退治に行ったのー」

「うんうん。それは突然だったね。ヨシノは大丈夫だったの?」

「うん、あたしは後方で見てるだけだったからね。そこでねー」

 ヨシノはそこで一旦言葉を区切ると、リョータの方に視線を向けて、再び軽いため息を吐いた。直後、グンゾウの方を向いて、耳元で話しかける。ヨシノの顔が近付き、グンゾウの鼻孔にふわっと良い匂いが漂った。

「リョータがオークんに、勝っちゃったのよ」

「ほーう、すごいな」

「うん、それはね。でも、見習い戦士の中ではリョータだけがオークんを倒したもんだから、それから毎日食堂とかー、休憩所とかー、時にはトイレの外からリョータのオークん退治自慢を聞かされて-、もう疲れちゃったの」

「はは、子どもみたいだな」

 グンゾウは顔をほころばした。

「ほんとー。リョータって基本子どもなんだよねー」

 ヨシノも相好(そうごう)(くず)した。普段は陰影がしっかりした顔なので一見怖く見えるが、笑うと幼い可愛い顔になった。

「おいおい。そこで俺様を差し置いて勝手に盛り上がってじゃねーよ」

 リョータが嫉妬心丸出しでグンゾウを指差し、突っかかってきた。

 ――いつからこいつは「俺様」になったんだ。

 グンゾウは大人の余裕を見せて、リョータを持ち上げてみた。

「いやいや、ヨシノが勇ましいリョータのオーク退治について説明してくれていただけだよ。最高に格好良かったって」

 ヨシノが小さく「げっ!」と言った。

「え? そ、そうかぁ。やっぱり、ヨシノも格好いいいいって。そぅ、そぅ、そうだよなぁ。やっぱ俺って格好いいかぁ」

 リョータはお目当てのヨシノに褒められたと知って満足したのか、攻撃的な態度を(あらた)めた。

 そうこうしていると、いつの間にかアキとシムラが中庭の入り口に立っていた。その後ろからはクザクのひょろ長い影がやる気なさそうにトボトボと向かってきている。

 ヨシノが手を振って迎えている。

「おー! アキちゃん、シムちゃん、おかえりー! あとクザクんも、おかえりー!」

 ――あとは魔法使(まほうつか)いギルドの2人(ふたり)だけか。

「シムラ、アキ、お帰り。大変だったね」

 グンゾウも2人(ふたり)に声をかけた。

「ただいまっす。疲れたっすー」「ただいまです」

 シムラはイガグリ頭が少しだけ伸びて濃い黒になっていた。アキは髪の毛が邪魔になったらしく、ワンサイドでまとめて軽く編んでいた。

 ――ルミアリス神殿で少しみかけることはあったが、久々にしっかり見ると……。

 聖騎士と神官は同じルミアリス神殿で修行をしているため、宿舎や本殿ですれ違うこともあったが、お互いかなり厳しい修練をしていたので、話す時間すらほとんどなかった。同じ見習い神官のグンゾウとタイチも1日2回程度しか話す機会がなかった。

 規定修練における修師の厳しすぎる指導で、心身共に痛めつけられたグンゾウは、久々のアキの姿に癒やされていた。

 カズヒコが場をまとめる。

「さて、魔法使いギルドの2人は待つとして、今日はシェリーの酒場でささやかにお祝いをしよう。明日からはそれぞれの小隊で早速狩り(しごと)だ。森の中にいる単独のゴブリンになら、そうは負けないみたいだよ」

 久々のカズヒコは爽やかさに精悍さが少し加わり、男っぷりが上がっていた。

 みんな同意をして、魔法使いの2人を待ってからシェリーの酒場に繰り出した。

 

 

 全員で決めて、朝6時の時鐘(じしょう)で起き、狩り(しごと)に出かけることにしていた。

 グンゾウは鐘の音で目が覚めると周りを見回した。

 ――あ、義勇兵宿舎か……。

 ルミアリス神殿の宿舎でないことを把握しただけで、少し幸せな気持ちになった。

 グンゾウ達が寝泊まりしている部屋は4人部屋。2段ベッドが2つあって、それ以外は何もない。グンゾウは部屋の入り口から向かって左側の下段に寝ている。上はシムラ。向かって右側のベッドの下段にはリョータ、上段はハイドだ。最初は「俺様が上だ!」と言っていたリョータだったが、上半身を起こすと天井に頭をぶつけてしまうことに気付き1晩で考えを改めた。

 今、隣のベッドではリョータがだらしなく口を開けて寝ている。シムラのいびきも上の段から聞こえる。ハイドの姿は見えない。

 ――もう少し、寝かしておくか。

 グンゾウは昨夜かなり飲んだ気がしたが、特に二日酔いもなく中庭に顔を洗いに行った。

 中庭には既に眩しい程の日差しが振り注いでいた。今日は暑い一日になりそうだとグンゾウは思った。

 中庭の井戸で頭から顔をザブザブと洗った。ついでに管理人から歯木(しぼく)に使える木を何本かもらっていたので、それを使い口を濯いだ。

 身を清めた後、グンゾウは中庭に(ひざまず)いてルミアリス神に朝の祈りを捧げた。修師のお陰で規定修練は地獄のようだったが、規定修練自体が悪い内容とは思わなかった。ルミアリスの教えは深淵で、愛と希望に溢れていた。7日間の規定修練で生まれ変わった心地がしていた。そして、今は心からルミアリス神に帰依している。

 礼拝を終え、グンゾウは中庭のベンチに座って、井戸水を汲んだ陶器のカップを眺めながらぼうっとしていた。

 ――朝ご飯とか、全然考えてなかったな。

 ふと、周囲に目を向けると裏庭に向かう道に杖が落ちている。魔法使い用の杖っぽい。

 ――あんな所に杖を置きっ放しにして、ハイドかな? それともノッコが昨日忘れていったかな?

 グンゾウは杖を拾おうと、腰を上げると視点が高くなり、視野が広がる。

 落ちているのが杖だけかと思いきや、杖の向こうにハイドが手を中庭側に伸ばして倒れている。

「うおっ! ハイド! 大丈夫か?!」

 グンゾウは一気に目が覚めてハイドに駆け寄る。急いで癒し手(キュア)を唱えようとしたが、抱きかかえたらぐっすり寝ているだけだった。

「なんだよ。驚かせるなよ」

 少しだけ悪態を吐いてしまってから、グンゾウは反省(はんせい)した。

 ――もしかしたら具合が悪くて倒れたかもしれないし。神に仕える身なのに軽率だった。

 よく観察をする。特に怪我をしている様子もない。夏なので風邪を引く心配もなかったため、とりあえず軒下まで運んで日陰で寝かしておいた。

 ――つくづく変わっている奴だな。夢遊病なのかな?

 しばらくすると、ヨシノとアキが起きて、中庭までやってきた。

「おはよー、グンちん。お腹空いたー、朝ご飯食べにいこーよー」

 ヨシノは朝から元気さんであった。そのまま井戸の方に向かった。ヨシノの後ろを半分寝ているアキがふらふらと付いていった。たぶん、多少無理に起こされたのだろう。

「おはよう。ヨシノ、アキ」

「ぉ……ょぅ……ぃ……」

 蚊の鳴くような声でアキが返事をした。

 ――そろそろ上の2人(リョータとシムラ)も起こすか。おっと、下の1人(ハイド)も起こさないとな。

 

 

 なんとか全員起き、朝ご飯は南区の職人街にある屋台村で簡単に済ませた。宿舎に戻り、身支度を調(ととの)え、全員で宿舎の入り口へ集合する時に事件は起きた。

 先に入り口へ到着していたリョータとグンゾウ、そしてシムラで立ち話をしていた。リョータは戦士ギルドでもらった中古の鎖帷子(チェインメイル)に刃渡り150~60センチはあろうかという両手剣(ツヴァイヘンダー)を装備している。

「オッサンは何であんなに酒が強いの?」

「へ? そうだった? それ以前に俺の名前はオッサンじゃねーけど」

 グンゾウが答えるとシムラも話に加わってきた。シムラは大きな木製の弓を抱え、麻布(あさぬの)で出来た服の上に硬い革で出来た胸当てや肘・膝当て、弓懸(ゆがけ)を装備していた。腰には剣鉈(けんなた)と呼ばれる刃物をぶら下げていた。剣鉈は枝や(つる)の伐採や、狩猟で獲た動物の解体に使える大きな肉厚の片刃ナイフだ。敵との近接武器にも使えそうだが、リョータの両手剣と渡り合うのは難しいと思われた。

「そうっすよ。グンゾウさん、ドえらい飲んでましたよ。最後はリョータもカズヒコも潰れちゃいましたし」

「え? ほんと? 全然覚えてないや」

 リョータは「マジかよ」と呟いた。

 そこに聞いたことがないようなハイドの悲痛な叫び声が聞こえる。ほとんど裏声になっている。

「な、ななな、なんでっ?!」

「な、何言っているの? ドイハっち。ちょっと誰か助けてー」

 ヨシノが助けを求める。

 弾け飛ぶようにリョータが走り出す。シムラとグンゾウも後を追う。

 声のする中庭に着くと、ハイドが自分のより背の高いヨシノの腕を掴んで、必死で何かを訴えている。

 リョータが乱暴にヨシノからハイドを引きはがす。ハイドは後ろにゴロっと転がる。

「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」

 リョータがハイドに蹴りを入れようとする。

「待てっ、待てっ!」

 リョータとハイドの間にグンゾウが割り込む。ヨシノはリョータの腕を引くが微妙に間に合わず、グンゾウが脇腹を蹴られる。

「おふっ!」

 ――折れた?!

 息が止まる。グンゾウは脇腹を抱えてうずくまる。シムラがグンゾウに駆け寄る。

「グンゾウさん! 大丈夫ですか?!」

 シムラが心配そうにグンゾウの顔を覗き込む。呼吸が少しずつ戻り始める。

「……出発前だけど治療してもいいかな? ちょっと、わりと、痛くて」

 修練以外で初めて使う癒し手(キュア)がまさか自分に対してとはグンゾウも想像していなかった。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒し手(キュア)

 グンゾウの手に聖なる光が宿り、脇腹の傷を癒していく。グンゾウが自分の治療をしていると、騒ぎに気付いたアキが装備を調えて中庭に降りてきた。状況を見て、びっくりした顔をしている。フード付きの鎖帷子の上に神官衣を(まと)っている。鎖帷子も神官衣も少し大きいのか、スカートのようになっていて結構かわいい。肩から長剣(ロングソード)のベルトをかけて、手持ちしていた。

 ヨシノになだめられているが、リョータはまだ息が荒い。

 (やわ)らいでいく痛みの中で、グンゾウは(こと)顛末(てんまつ)を確かめる。

「なんで、こんなことになったの? んーっと、ヨシノから」

「いやー、わかんないんだけどー。装備を調えてー、中庭に出てー、ドイハっちに挨拶したら、突然ドイハっちが『な、なんで、そんな格好してるんだー?!』って興奮し始めたの」

 ――そんな格好?

 ヨシノは戦士ギルド支給の中古の鎖帷子に金属で補強された革手袋(グローブ)長靴(ブーツ)と特に違和感のある格好はしていなかった。リョータと同じだ。違う点と言えば、武器が槍だという点か。

「それで、ハイドはなんでそんなことを言ったの?」

 ハイドはくしゃくしゃの頭をこすりながら、辿々(たどたど)しく理由を話し始めた。

「キシ……、お、女戦士は……もっと、こう……」

「んだ、てめぇ、早く言えや!」

 狂犬(リョータ)がきゃんきゃん吠えるため、ハイドが(おび)えて口が止まってしまう。

「リョータ、まあまあ、ちょっと待てってハイドが話せないだろ」

「そんな奴、どうでもいいんだよ!」

 ――俺を蹴ったこともきっとどうでもいいんだろうな。

 アキとシムラは雰囲気に飲まれてしまって、沈黙して固まっている。

 ヨシノも今回は自分が関係しているので、リョータを暴れないように抑えるのが精一杯で、いつものように仲裁はしてくれない。

「お、女戦士は! もっと、ろ、露出してないとダメなんだっ! キシ!」

 ハイドが大きな声で叫んだ。

「ああん?」「はぁ?」「えっ?!」「なんやて?」「??」

 その場に居た全員から疑問符が飛び出た。

「ぼ、僕の知っている世界では、キシ、女戦士は、露出が高いって、キシシ、き決まっているから……」

 続けてハイドは妄想みたいなことを真剣に語った。ハイドの記憶では、女戦士はほぼ全裸に胸と局部だけを鉄板で覆った位の装備で戦うのが一般的なので、ヨシノの装備を見た時に期待を打ち砕かれて取り乱してしまったということだった。

 全員ぽかんとして説明を聞いていた。

「そんなんじゃ、人前で戦えないよー。あたしはみんなを(まも)って前線で戦わないといけないんだよ?」

 ヨシノは呆れた顔をして、当たり前のことを親切に説明してくれた。

「てめぇはアホかよ」

 流石のリョータも呆れて何も言えなくなったようだった。グンゾウ達には過去の記憶がほとんど無いため、記憶が濃く残っているハイドの発言には少し説得力があり、強くは責められない。

「しかし、まあ、女戦士は半裸じゃなきゃいけないっていう世界の決まりがあるなら、俺は賛成しねぇでもねぇけどな」

 そう言ってリョータはヨシノをちらっと見たが、ヨシノに逆に(にら)み返された。

「お、俺も、俺も」

 何故かシムラが顔を赤らめながら乗っかった。

「そこ、乗っかるんかい!」

 グンゾウはシムラのイガグリ頭を軽く叩いた。シムラはキラキラした目で振り返ると、笑顔で親指を立てた。グンゾウも笑顔を返した。

「あの、そろそろ行きませんか? カズヒコ小隊が待ってます」

 アキが落ち着いた静かな声で軌道修正をしてくれた。

「そうだね。行こう」

 グンゾウが仕切ると、リョータが口を挟む。

「オッサン仕切るなよ。よし! 行くぞ!」

 ――面倒くさい奴だな。オッサンじゃねーし。蹴ったの謝ってねーし。

 敵と戦う前に神聖魔法を使うとは思わなかったグンゾウだったが、とりあえず小隊の波乱を切り抜け狩りに出られそうなことに安堵した。

 

 

 グンゾウ達は、カズヒコ小隊と北門まで一緒に行って、そこで別れることにした。カズヒコ小隊は東の森へ、リョータ達は西の森へ行くことにした。

「じゃあな、リョータ、死ぬなよ!」

 カズヒコがリョータに声をかけて、手を挙げる。

「へっ、お互いな」

 リョータは強めのハイタッチをしてからカズヒコに笑い返す。

 少し感傷的な場面を見た後は、お互い森の中に入っていった。

 西の森の先にはダムローという廃都市があり、ゴブリンの根城となっている。そのため、西の森の方がゴブリンという怪物に遭遇する機会が多いと、昨日シェリーの酒場で先輩たちから話を聞いた。

 このオルタナは山に囲まれた盆地にあるので、基本的には山道を歩いていくことになる。

 グンゾウやシムラ、ハイドは軽装なのでさして辛くはないが、リョータ、ヨシノ、そしてアキは重装備のまま夏の山登りをしなければならず辛そうだ。移動するだけで体力を奪われる。

 特に線の細いアキには厳しいようで、ちょくちょく休憩を申し出た。

 太陽が真上に来るまでで、既に4回目の休憩を取っていた。

 今は比較的広い山道の木陰で荷物をおいて休憩をしている。

「おいおい、こんなんじゃ敵を探す前に日が暮れちまうぜ」

 リョータは遠慮の無い台詞(セリフ)を言った。

「リョータは優しくないなー」

 ヨシノに真っすぐ指摘されて、リョータは返す言葉に詰まっていた。

 ――本当にヨシノ以外には優しくないな。まあ、現実的にはちょっと進行が遅いけど。

 強気な態度をしているがリョータも(らく)そうには見えなかった。ヨシノも休憩の度にストレッチをして、体の()りをほぐしていた。

 ――これで戦うってすごいことだな。

 軽装のグンゾウも額から流れ出る汗を拭くのに忙しかった。リョータに怒られてからグンゾウの後ろをぴったりと離れないハイドも「フヒフヒ」と暑苦しい。

「アキ、荷物は俺が持とう」

「いや、あの自分で持ちます。持てるようにならないといけないから」

 グンゾウが手を差し伸べるとアキはすまなそうに断った。

「わかった。もちろんそうだけど、今日は初日だし、敵と遭遇したらアキには前線で戦ってもらわないといけないから、俺が持つよ。装備の重さに慣れたら、自分で持つようにしよう。今日はそうして欲しい」

 グンゾウは有無を言わさず、アキの荷物を持ち上げた。

「すいません……」

 アキが消え入りそうな声で謝った。

 ――こういう時は「ありがとう」って真っ直ぐ甘えてもらった方が男は嬉しいのに。ヨシノの方がその辺りは上手そうだな。

 グンゾウがそんなことを思っていると、森からシムラの声が聞こえてきた。ひとり元気なシムラは敵襲に備えるため、周囲を哨戒(しょうかい)していた。

「みぃーつかっちゃったぁーっすー!!」

 それを聞いて、グンゾウ達の間に緊張が走る。

「シムラァー、何匹ー!」

 グンゾウが叫ぶ。ガサガサという音がして、シムラが斜面の上からグンゾウ達の前に飛び出してきて、地面に転がって受け身を取る。急いで立ち上がるとグンゾウ達の方まで走り寄り、グンゾウの後ろに回り込んで隠れる。それから指を2本突き出す。

「リャンっす!」

 ――2匹。最初から複数いけるか。そして何故、俺を盾にする? シムラ。

「しゃーっこの野郎! 来いってんだ!」

 狂犬(リョータ)はのっしのっしと歩いてきて、グンゾウ、アキ、シムラ、ハイドを背にするように立ってから両手剣を中段に構えた。

 リョータの左隣には槍を構えたヨシノが駆けつける。ヨシノは手槍と言っていたが、その槍は長い。穂も含めた長さはヨシノの身長よりも長く、180センチ程度ある。

「みんな、危ないからなるべく下がっててねー」

 リョータとヨシノの武器は長いため、混雑を避ける必要があった。

「荷物は置いて、下の道に下がろう」

 グンゾウが後衛を下げようとしたところ、黒い影が2匹森から飛び出てきた。2匹とも恐ろしい早さでリョータとヨシノに襲いかかる。

「ギャッギャッッッッッ」「ギャー!」

 噂には聞いていたが、初めて見たこの生き物は衝撃的だった。

 やつらの名前はゴブリン。ゴブリンはこのグリムガルで最弱のモンスターと言われている。とても醜悪な姿だ。背は総じて人間の子ども程度だが、顔や体は(しわ)だらけで老人のようだと聞かされていた。

 ――老人に失礼だな。老人の方がきれいだ。

 手斧を持っているゴブリンAが、リョータの両手剣を手斧で叩いて交わすと、そのままリョータに肉薄し、「ギャー!」と叫びながらリョータを叩き切ろうと手斧を振り上げる。

「くっそ、なめんな!」

 リョータは両手剣を振って、ゴブリンAを剣の平で叩こうとする。

 ゴブリンAはリョータの腕に足をかけるとジャンプをして、後方宙返りし、間合いを取った。

「ギャギッギギャッ、ギィッヒッヒッヒ」

 ゴブリンAはいやらしい笑い声を上げた。言葉の意味は分からないが、人間の言葉で言えば「(はえ)が停まるくれぇ遅ぇな、うぇっへっへっへ」と言った感じだ。リョータは完全に()められている。

 剣を持っているゴブリンBはヨシノに飛んで襲いかかったが、逆にヨシノの鋭い突きを喰らいそうになった。辛うじて身をよじって(かわ)し、地面に胴体から着地すると、飛び跳ねるように後ろに下がった。槍の射程が長いので(ふところ)に入り込むタイミングを計っているようだ。ヨシノとの睨み合いが続く。

「ゴブちんには悪いけど、死んでもらうよ」

 ヨシノの目は爛々と燃えている。

 ――本気になったらリョータよりヨシノの方が怖いんだな。

 戦闘が膠着(こうちゃく)する。その間にグンゾウはゴブリン達を良く観察した。

 ゴブリンの上半身は痩せているがお腹はぽっこりと出ている。緑色系の肌と尖った耳を持っている。黒目がちのつぶらな瞳をしているが、瞳の奥に非常に凶悪な意志を感じる。背は小さいが手足は人間のバランスより長く、そのためリーチが長い。また柔軟な体を目一杯使って技を繰り出してくるので、とにかく動きが素早い。

 睨み合いに()れたリョータがゴブリンAに両手剣で斬りかかる。

「うおおおりゃあぁぁい!」

 ――振りが大きすぎる!

 リョータの攻撃は素人のグンゾウから見ても大振りに見える。

「ギギッ!」

 ゴブリンAはリョータの両手剣をバックステップで躱すと、平然とリョータの腕と頭を踏み台にして、上空からリョータを抜く。

「なっ! 俺を踏み台にしたぁ!?」

 リョータが間抜けな名台詞(めいぜりふ)を吐く。ほぼ全裸のゴブリンAが()()をぶらぶらとさせつつ空中から後列先頭にいたグンゾウに襲いかかる。思いっきり振りかぶった手斧を小細工無しに振り下ろしてくる。

「くっ」

 グンゾウはショートスタッフで手斧を防ごうとする。グンゾウも杖を使った護身法はちゃんと教わっていた。「ガチン」と金属同士がぶつかる音がして、ショートスタッフの飾りと手斧が噛み合う。変形ではあるが、鍔迫り合い(バインド)の状態になる。

 ゴブリンAの体重は軽いが、全身のしなやかなバネを使い、全体重を乗せた攻撃は相当な威力があり、グンゾウの手に痺れが走った。

「い、今、今、は、早く」

 グンゾウがシムラとアキに言うと後ろにいたシムラが慌てて剣鉈を抜き始めた。それを見て、隣のアキが長剣を抜き始める。

 ――おぉぉ、遅いぃ……。 

「ギャッ! ギャッ!」

 シムラとアキが動き始めたのでゴブリンAは鍔迫り合い(バインド)状態の手斧を引いて、グンゾウから離れたいようだった。しかし、ショートスタッフの飾りが噛み合ってしまって抜けないため、グンゾウの顔に足をかけて力任せに引っ張って抜こうとしている。

 グンゾウの顔がゴブリンAの足で変形していく。

「ウデデデデ、顔が取れるぅ、臭いぃぃィデデ」

 シムラが剣鉈でグンゾウの顔の上に乗っているゴブリンAに斬りかかる。

「往生せぇや!」

 ゴブリンAは手斧を諦める。手斧から手を離し、グンゾウの顔を蹴って、後方宙返りをしながら剣鉈を躱す。顔を蹴られたグンゾウはバランスを崩して尻餅をつく。剣鉈を空ぶったシムラは倒れたグンゾウの足に(つまづ)いて、前のめりに転んだ。

「てやーっ!」

 ゴブリンAが着地した場所にアキが両手持ちした長剣で横なぎに斬りかかる。

 タイミング的には良かったが、アキの剣は腰が引けていて踏み込めていない。

 ゴブリンAは軽々とバックステップで躱して間合いを取る。それから武器を失って空いている両手で拍手をして、グンゾウ、シムラ、アキの3人を馬鹿にするように笑った。

「ギィッヒャッヒャッヒャッ」

 言葉の意味は分からないが、人間の言葉で言えば「お前達(まえら)の攻撃なんて当たらねぇよ、うぇっへっへっへ」と言った感じか。

「マリク・キシシ……、エム・キシシ……パルク!」

 尻餅をついているグンゾウの頭上に青白く光る魔方陣が現れ、その魔方陣から光弾が発せられた。ハイドの魔法の光弾(マジックミサイル)だ。

 馬鹿笑いして油断していたゴブリンAの顔面に光弾が直撃し、「ギャッ」という声を上げてゴブリンAが後ろに倒れる。魔法の光弾(マジックミサイル)は大人のパンチ程度の威力がある。

「おおっ」「おおっ」「わあっ」

 グンゾウとシムラとアキが同時に声を上げる。

「ギギ……」

 ゴブリンAは眩暈(めまい)のする頭を左右に振って、立ち上がろうと上体を起こした。その瞬間。

「お前の相手は俺なんだよ」

 ゴブリンAの後ろで目を怒らせたリョータが、最上段に振り上げた両手剣を地面に叩きつけるように振り下ろした。

 ()()()()()()()()が完成した時、ヨシノの槍はゴブリンBの喉笛(のどぶえ)を貫いた。

 混乱はしたが、リョータ小隊初の戦闘は、大きな負傷者を出すことなく勝利を収めた。

 

 

「顔が臭い」

 グンゾウはしかめっ面をしていた。川が近くになかったので水筒の水を節約しながら顔を布で拭いた。少しはましになったが、なんかゴブリンの足の臭いが顔に染みついている気がする。

「オッサン男前になったぜ」

 リョータが「他人の不幸は最高に楽しい」という顔でグンゾウの肩をぽんぽんと叩いた。

 ――踏み台のくせに……。よし、顔の臭いが取れるまで、踏み台(リョータ)と呼ぼう。

「おーっし! 戦利品を回収しようぜ!」

 ゴブリン2匹の死に祈りを捧げ終えたグンゾウは、ショートスタッフに()まった手斧を知恵の輪のように解いていた。

「なんかグンゾウさんの杖、ええ奴ですね」

 シムラがショートスタッフの高級さに気付く。

「ああ、そうかもね。修師(マスター)が自分の使ってたものをくれたんだよ」

「へー、ええ人ですねー」

 グンゾウは修師を思い出して、震えながら暗い声で否定した。

「シムラ。俺の修師に良い人の要素は全くない。ドS中のドSだ。この杖をくれた時だって……」

「トラウマスイッチ入れちゃいましたか?」

 シムラはトラウマスイッチの入ったグンゾウからこそこそと離れていった。

「おい。なんかこっちのゴブリンは何にも持ってない気がするぞ! どうなってんだ」

 リョータが()()になったゴブリンAの死体を落ちていた木の棒で腑分(ふわ)けしながら悪態をついた。

「こっちは牙でできた首飾りだけー」

 ヨシノもつまんなそうに報告した。

「キシ、キシシ」

 ハイドがグンゾウの袖を引っ張る。

「ん?」

 グンゾウがハイドを見ると、ハイドは茂みを指差した。視線をやると茂みの前にアキがかがんで丸くなっている。遠くからみると神官衣が白いので、卵みたいだった。グンゾウはアキの傍に寄って、話しかける。後ろから見るアキのうなじは白い。

「茂みに何かあった?」

 グンゾウが声をかけるとアキが振り返る。アキの顔は透き通るくらい白い。そして、瞳は涙に潤んでいた。その潤んだ瞳をグンゾウに向けて、何か言いたそうに口を震わせている。

 ――かわいい。

 グンゾウは心臓が一瞬掴まれたと勘違いするくらいドキリとした。アキはスローモーションでグンゾウに抱き付く。ふわっと女性特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。心臓の鼓動が跳ね上がる。

「あ、アキ、え、どう」

 次の瞬間、アキはグンゾウの胸に吐瀉物(としゃぶつ)をぶちまけた。

「え?」

 

 

「すいません!」

 アキが本当に申し訳なさそうに頭を下げている。

「いやいや、大丈夫だよ、仕方ないよね」

「本当にすいません。私、血が苦手で……」

「いいんだよ、全然。若い女の子のなら歓迎だよ……ってのもなんか違うけど」

「……すいません」

 恐縮して謝り通しのアキをヨシノが慰める。

「アキちゃん、大丈夫だよ。グンちんはそんな小さいことを気にする人じゃないから」

 ――流石にヨシノは持ち上げ方が上手いなあ。

 グンゾウは神官衣の汚れた部分を内側にたたんで鞄の中にしまった。

「オッサン、今日は男前2連続だな。はっはっは!」

 踏み台(リョータ)は本日2度目の「他人の不幸は最高に楽しい」という顔で大笑いをしていた。

「誰かさんに朝から脇腹(わきばら)を蹴られて、今日は3連続だよ」

 グンゾウも(いや)みで返した。思い出したのか、踏み台(リョータ)は言い返せず、言葉に詰まる。

「うぅ、まあ、ともかくだなぁ。お宝が()ぇ。ゴブリン袋とかいう奴が()ぇぞ。ヨシノが見つけた首飾りだけじゃ俺様の活躍と割に合わ()ー」

 踏み台(リョータ)が気まずくなって話題を変える。

 ――そんなに活躍したか? 踏み台(リョータ)

「戦利品を持ってないゴブちんもいるって先輩言ってたねー」

 ヨシノが牙の首飾りを指でいじりながら、残念そうに答えた。

「とりあえず、武器は屑鉄(くずてつ)になるだろうから重いけど持って帰ろう。首飾り(それ)、いくらで売れるんだろうね?」

 グンゾウがヨシノに聞くと、みんなが適当に予想を始める。首飾りの値段を予想しあっていると、シムラがおずおずと手を挙げた。

「ん? どうしたイガグリ」

 踏み台(リョータ)がシムラに気付く。

「あのぉ、ゴブリン袋って奴なら、向こうで死んでるゴブリンは持っとったかもっす」

「はぁ?」「え?」

 皆から疑問の声が上がる。

 シムラが案内した場所には、頭を矢で貫かれたゴブリンの死体が転がっていた。

 理由は簡単で、シムラは()()()()()()()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 バレずに倒せると思ったシムラは木の間に身を隠し、狙撃(そげき)で1匹を仕留めるも、居場所がバレて追いかけられたということ。

「勝手なことしてんじゃねーよ!」

「シムちゃん! 危ないでしょ!」

 シムラは怖い兄さんと姉さんに怒られる。

「グンゾウさーん」

 シムラはグンゾウに助けを求めてくる。

「駄目。少し怒られなさい。敵を見つけたら報告。その後、作戦を立てて、体制を調えてから攻撃。これがルールだっただろ? シムラが命を落としたらどうするの?」

 シムラは一撃でゴブリンを沈める活躍をしたが、怖い兄さんと姉さんに散々たしなめられた。

 シムラが倒したゴブリンは、革でできた結構立派な袋を持っていた。

「よし、行くぜ! ほらっ!」

 踏み台(リョータ)は袋の中身を地面に全て出す。「カチン」と音がして4シルバーと綺麗な石が2個出てきた。

「おおー、やたぁー! うれしー!」

 ヨシノが両手を上げて、跳ねて喜ぶ。

「これ、当たりとちゃいますか?」

 シムラが興奮して鼻の穴を膨らませた。他の仲間も嬉しそうにしている。そんな皆の様子を眺めてグンゾウは深呼吸をした。

 ――色々な波乱があった。反省すべき点も多々ある。でも、皆が無事で本当に良かった。

 そんなことを思っていた。

 

 

 グンゾウ達の義勇兵活動初日は順調な滑り出しだった。

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