廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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11.それは幕あい、そして交わる点

 夕方の市場は大賑わいだ。

 夕飯の食材を売っていたり、仕事帰りの人間でごった返していた。商売品を宣伝する商人の大きな声と、値引きを求める客の声などが相乗効果で勢いを増し、市場中怒鳴り声だらけになっている。それに加えて、鍛冶職人の鎚を打つ音や商品の家畜の鳴き声などが混ざり合って混沌(こんとん)様相(ようそう)(てい)している。

 その買取り屋は市場の北門寄りにあった。いくつか並んだ露天商のひとつで、白髪で眼鏡をかけた「教授」とか「博士」と呼ばれていそうな雰囲気を持つ中年の男性がお店をやっていた。 

「んー。これは1個25カパーってところかな?」

 買い取り屋のおじさんはゴブリンから()た戦利品の石を見つめながらそう答えた。

「えー、おじさーん、もうちょっとサービスしてぇ」

 ヨシノが語尾に甘えるような(あで)をもたせて、買い取り屋のおじさんに秋波(しゅうは)を送った。

「んんー。んんんー、じゃあ、1個30カパーでどうかなぁ? ちょっとそれ以上は難しいかな、ほっほっほ」

「ちぇー、あたしの魅力も5カパーかぁ」

 ヨシノは残念そうにため息を吐いた。

 ――見返り無しで1個5カパー増しは結構すごいと思うけどな。

 最初の戦闘後は、昼過ぎに2匹狩った後、初日で疲れたため、慎重を期して帰ることになった。

 帰路に2匹のゴブリンと遭遇し、結果としては午前3匹、午後4匹の計7匹のゴブリンを倒すこととなった。

 転倒や衝突による多少の怪我(けが)はあったが、大きな怪我はなく、初めてにしては順調な滑り出しだと皆が思っていた。

 人でなし(リョータ)は「誰も大怪我しなかったから神官は仕事してねーな、かっかっか」とのたまわっていたが、ヨシノに「グンちんが仕事しないのが小隊(パーティ)にとって一番いいことでしょ!」と怒られていた。グンゾウはいい気味だと思った。

 ――でも、ヨシノ。俺もちゃんと仕事してたよね。思い出して。

 午後に倒した4匹もほぼ全裸に近いゴブリンだったが、銀貨2枚と最初に見つけた牙の首飾りに似たものが1個とボロボロの装備品が手に入った。2つ目の首飾りは大きな牙が5つも付いていて少し立派だった。

 初日の戦果は銀貨6枚、綺麗な石(1個30カパー)2個、牙の首飾り2個(大と小)、その他屑鉄の装備品だった。

 首飾りは買取り屋さんに「首飾りとしては価値は無い」と言われ一瞬全員がっかりしたが、材料の牙は黒狼(こくろう)の牙ということで、1個1シルバーにもなった。狩人が信仰する白神のエルリヒと敵対している黒神ライギルの眷属(けんぞく)が黒狼である。黒狼は呪術的な力宿っていると信じられていて、魔除けの材料などになるそうだ。

 ――あのゴブリンは牙を5つも身に着けてて殺されちゃったから、あんまり御加護はなさそうだな。

 とグンゾウは思った。

 それ以外に持ち帰った装備品が重かった割には7匹分全部で20カパーにしかならず、皆とても残念な気持ちになった。

 宿舎代を差し引くと、ひとり2シルバー10カパーの稼ぎだ。グンゾウ達にはこれが良いのか悪いのかわからなかったが、とりあえず2~3日分の生活費にはなりそうだと思った。

 ――今日もみんなでシェリーの酒場にでも行こうかな? あ、でもその前に汚れた神官衣を洗わないと。

 グンゾウはお酒が飲めると思い、少し嬉しくなって鼻歌を歌った。

 

 

「あの森はぁ……効率が(わり)ぃ」

 ここはシェリーの酒場。さっきまで寝落ちしかけていたろくでなし(リョータ)が突然切り出した。蒸留酒(スピリット)が回り、完全に目が座っている。

 貧乏人のグンゾウ達にとって醸造酒(エール)はアルコール度数の割に値段がはるため、蒸留酒を飲んでいる。色々種類はあるが、いまグンゾウ達のテーブルで飲まれているのは芋を材料とした蒸留酒だ。蒸留の回数が多いのか、強烈にアルコール度数が高い。ボトル1本で24カパーというお手頃価格だ。2~3人で飲むなら1本でしっかり酔える。井戸水とどっかの魔法使いが氷結魔法(カノンマジック)で作り出した氷で割って飲むと美味い。ただし、グンゾウはそのまま()でぐいぐい飲んでいた。

「わかるよ。わかる。お前の言っていることはもっともだ」

 グンゾウは優しく受け止めてあげる。

「だろぉ? オッサン話がわかるな。……おらぁね、もっと、ばったばったとゴブリンを切りたいわけ……。つーか、あんなの楽勝なわけよ、はわあぁぁあ」

 酔っ払い(リョータ)が大きなあくびをする。グンゾウは適当に相づちを打つ。

「そうかそうか」

「だけどよ、森の中にはあんまりいねぇから……。歩き回らなきゃいけないし、木が邪魔で(せめ)ぇだろぅ? 俺様の力が出せないわけですよ」

 ――おっと、敬語になった。

「……だから……」

 「だから」の続きを告げずに酔っ払い(リョータ)はテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 それを一緒に見ていたカズヒコとグンゾウは笑う。テーブルにはリョータ、カズヒコ、そしてグンゾウの3人だけが残っていた。

 他のメンバーは夕飯を食べると、義勇兵初日に疲れたのか、宿舎に戻っていった。

「お酒ご馳走になってすいません。」

 カズヒコが笑いながら頭を下げる。

「いやいや、安い酒だし。もっと稼げるようになったら美味い酒飲もうよ」

「是非! いやぁ、正直リョータ小隊(パーティ)が羨ましいです」

「そう? リョータ(こんなの)がリーダーでも?」

「ははは、まあ、リョータ(こんなの)がリーダーでも、ですね」

 グンゾウとカズヒコが一緒に笑う。

 その後、カズヒコは少し真剣な顔になる。

「リョータが戦士ってのは頼もしいですよね。しかも後ろにグンゾウさんとか冷静に指揮ができる人がいるじゃないですか。うちは僕が全部やってるところがあって、指揮しながらだと戦いに集中できないし、戦いに集中しちゃうと動きがバラバラになっちゃうってのがあります」

「なるほどねー」

 宿舎で合流した時、カズヒコ達の小隊はあまり(かんば)しい戦果ではなかったと聞いていた。最初は穴鼠に翻弄され、その後遭遇したゴブリン1匹には散々怪我(けが)をさせられ、全滅の憂き目(うきめ)に遭うところだったとのこと。タイチは治療に奔走(ほんそう)したらしい。

「あとは、職業(クラス)と性格の問題かなー? リョータのところは勇敢な2人が前衛にいるってのはいいです。うちは僕も含めて、みんな臆病なので」

「慣れるまで仕方ないよね。でも、その間に命を落としたら洒落にならないしなー」

「……です、よね」

 カズヒコの顔はますます暗くなる。

 ――うーん、俺やハイドを選ばなかったのはカズヒコだとしても、このままカズヒコ達に何か有ったら可哀想だしな。

「じゃあ、各人戦闘に慣れて、スキルとかいくつか覚えるまで一緒に行動するか」

「本当ですか?」

 カズヒコの顔が明るくなる。

「まあ、リョータ次第だけど。ちょっと持ち上げれば、全然大丈夫でしょ。ヨシノやアキは安全重視派なので、人数多い方が喜ぶと思うよ」

「ありがたいです」

 カズヒコは立ち上がると、グンゾウの手を握って頭を下げた。

「ちょ、ちょっと止めてくれよ。まだ小隊の決定はわからないし。俺もカズヒコには感謝してるんだ。最初色々とまとめてくれて、助かったよ」

「ありがとうございます」

 カズヒコは爽やかに微笑を浮かべた。

「そして、さっきリョータが言っていたことも、解決策を調査済みなんです」

「え?」

 グンゾウは間抜けな声を上げた。

「ダムローの旧市街を中心に狩りをしていた義勇兵の小隊、通称ゴブリンスレイヤーと呼ばれる人達が最近は獲物をサイリン鉱山のコボルトに変えたようで、ダムロー旧市街で狩りをしている義勇兵はいないみたいなんです」

「ほうほう」

「だから、ダムロー旧市街にはゴブリンが沢山いるそうなので、そこで狩りをすればリョータも、沢山のゴブリンを、木に邪魔されることなく狩れると思うんですよね」

 ――カズヒコは調査力高いな……。

「よく調べたね。誰から聞いたの?」

「え? あー、夕方くらいにオルタナに戻ってきてから、市場にいた女の子の義勇兵に声をかけたら教えてくれました、あはは」

 カズヒコは爽やかに笑ってみせた。

 ――んー。女たらし臭が半端ないぜ。

「俺はダムローに行く前に、2、3回は森で狩りをして、各人の役割を確認したいな。慣れとかないと怖いしさ」

「そうしましょう!」

 ――10人くらいだったら目も届くし、なんとかなるかな?

 グンゾウが対ゴブリン戦をどう指揮したら良いか想像を巡らせていると、カズヒコがグンゾウの肩を叩いて、少し声を押さえて話しかけてきた。

「来ましたよ。あれがゴブリンスレイヤーです。実は義勇兵宿舎の1号棟に住んでいますけどね」

 グンゾウはカズヒコが指差したゴブリンスレイヤーと呼ばれる義勇兵の小隊を見た。彼等はグンゾウ達より少し前に義勇兵になったらしい。記憶喪失組だ。ゴブリンスレイヤーという名称は名誉のある呼び名というよりは、いつまでもゴブリンばかりを相手にしているその小隊へ、ベテラン義勇兵から皮肉を込めて付けられた名称だ。

 全員が若い。10代半ばから後半といったところだ。男の子が2人に、女の子が2人。

 鎖帷子(チェインメイル)の上に革鎧(レザーアーマー)を身に着け、長剣(ロングソード)を担いだ、小柄な天然パーマの少年を先頭に、1階隅の薄暗い卓に陣取った。

 残りは、大きな弓を持ったお下げの女の子と、魔法使いの杖を持った女の子、そして酔っ払い(リョータ)位の大きな体格で優しそうな顔をした男の子だ。彼はバスタードソードを壁に立てかけた。

 ――4人小隊……なのかな?

「あの魔法使いの女の子は胸が大きすぎますね」

 カズヒコが(つぶや)く。グンゾウも魔法使いの女の子に目を()る。

「確かに、あれは暴力だな」

 グンゾウも(つぶや)く。

 魔法使いの女の子は遠目でも分かるくらい立派な胸の持ち主だった。グンゾウはどちらかと言えば体も胸もスリムな女性が好きだったが、気になるものは気になってしまうのが悲しい男の(さが)だった。

 隣でカズヒコの喉が「ゴクリ」と音を立てた。グンゾウは蒸留酒をチビリと飲んだ。喉が焼けるように熱い。

 ――よく考えたら、みんな()()()の方はどうしてるんだろう? 若いわけだし? そういう店とかもありそうな気もするけど。今度、情報通のカズヒコに聞こう。是非とも聞こう。でも聞くだけ。聞くだけだけどね。神官だし。聖職者だし。

 酒場のドアがまた開き、今度は男女の2人組が入ってくる。そのまま、ゴブリンスレイヤーの席に合流した。遅れてきた仲間のようだ。男は盗賊(シーフ)のような動きやすい格好をしていて、女は神官衣にショートスタッフという出で立ち(いでたち)だった。

「あの女の子はヴェール級ですね」

 カズヒコが再び(つぶや)く。

「確かに、あれはメジャーリーグ級だな」

 グンゾウも再び(つぶや)く。「メジャーリーグ」の意味はわからない。

 カズヒコの言った意味は分かる。遅れて来た女性はヴェールを彷彿(ほうふつ)とさせる美女だった。美少女とも言える年齢かもしれない。その移り変わりの美しさがまた魅力的だった。そして、顔の小ささ、手足の長さ等のバランスが異常に高いレベルでまとまっていた。

 ――()()()()()、ふさわしい言葉に悩む。すっごい美人だけど、異次元感はヴェールの方が上かな? あの子は生きていて、血の通った感じがする。ヴェールは……。

 カズヒコもグンゾウもゴブリンスレイヤーの美女神官に見とれて呆けていた。その時は記憶にも残らなかった盗賊風の男が、その小隊のリーダーであることを後々(のちのち)知ることとなる。

 

 

 そして、時間(とき)は元の流れに……。

 

 

「グンゾウさん、みんな行っちゃいますよ?」

 アキの少し低いけど、かわいらしい声でグンゾウは急に我に返った。上目遣いでグンゾウの顔を見つめている。横に流したアイライン前髪(バング)から少し垂れた目が覗いていた。

 ――今、俺は何を……。

 周りを見渡すとそこは先程ゴブリンを倒した林の中の河原だった。いつも後ろにいるはずのハイドがいない。

「どうかしましたか?」

 アキが心配そうに聞いてきた。

「あ、ごめん、なんかグリムガルに来てからのこと、思い出しちゃって」

 グンゾウは慌てて答える。

「そうですか、大変……でしたもんね」

 アキはいつものように伏し目がちの表情になった。

「私、足が遅いから行きますね」

 アキは後ろを向くと、鎖帷子をチャリチャリと音をさせながら、駆け足気味に仲間の(あと)を追っていった。ワンサイドで軽く編んだ髪の毛が左右に揺れる。

 林を抜ける涼しい風がグンゾウを包み込むように吹いた。グンゾウは目を閉じて、無意識にルミアリス神へ祈りを捧げた。

 ――良し。行こう。

 グンゾウは仲間の背中を追った。

 

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