廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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13.ダムロー旧市街攻防戦(後編)

 森の山道。空気は涼しいが汗は止まらない。見上げても空はあまり見えない。木々の枝々がどんどんと後ろに通り過ぎていく。木漏れ日(こもれび)が、時折(ときおり)(まぶ)しくグンゾウの目を照らした。

「きゃっ!」

 前を走っていたアキが転ぶ。疲労から脚が上がらなくなってきているのか、低い段差でも転んでしまうようだ。正直言えば、軽装のグンゾウでも限界が近い。苦しくて顎が上がり、さっきから上ばかり見ていた。そろそろ吐きそうだ。唾液(だえき)が止まらない。

「はぁはぁ、足を止めては駄目だ。剣と盾を貸して、はぁはぁ」

 グンゾウは右手でアキを起こしてあげながら、左手で剣と盾を要求した。

「んはぁ、ご、ごめんなさい、はぁはぁ」

 アキは長剣を鞘ごとと盾を2枚グンゾウに渡した。1枚は昨日拾った金属で補強された木製の丸盾(ラウンドシールド)だが、もう1枚、造りは似ているが逆三角形の歩兵用の凧型盾(ヒーターシールド)を渡された。

「はぁ、あれ? はぁ、なんで盾が2枚あるの? はぁはぁ」

 グンゾウは不思議に思って聞いた。

「はぁはぁ、あの……、今日のゴブリンの方がっ、んはぁ……、大きめの良い盾を……はぁはぁ、持っていたので、はぁはぁ」

 アキの(あえ)(ごえ)微妙(びみょう)(なま)めかしい。

「なるほど、はぁはぁ、大きい方が……弩には有効だもんね……はぁはぁ」

 よく見るとアキは倒されたゴブリンの(かぶと)も持ってきているようで、背中に背負っていた。アキの体格に合う大きさに見える。見た目は金属製の大きいお椀に、耳を守る革製の(たれ)が付いている感じだった。あまり格好は良くないが、命の安全には代えられない。

 ――この子(アキ)はゴブリンシリーズで装備を完成させるつもりなのか?!

 グンゾウはアキの行動に少し面白みを感じつつも、笑っている余裕などなかったので、今は生き残ることに集中した。

「はぁはぁ、先を急ごう、そのうち追いつかれる。はぁはぁ、それまでにせめてこちらが少しでも有利な場所へ、はぁはぁ、そして時間を稼がないと」

 ダムロー旧市街への挑戦初日、市街地に入ることもなく強烈な洗礼を浴びたグンゾウ達は、(いま)だ危機の中にいた。何メートル離したかは分からないが、確実にゴブリン達の隊が後を追ってきていた。時折、森の中からゴブリン達の鯨波(げいは)の声が聞こえた。

 グンゾウが周りを見渡す。余裕のありそうなのは軽装で身が軽い狩人(かりうど)のシムラと盗賊(シーフ)のチョコくらいだった。いつも後ろで「ぶひぶひ」五月蠅(うるさ)いハイドの姿が見えなかった。

 ――まずい、ハイドが居ない!?

 グンゾウが焦っていると、殿(しんがり)(つと)めているリョータとヨシノがハイドを腕組みで引きずってきた。ハイドはぐったりして、ほとんど2人の腕に寄りかかっている。

「てめぇ、さっさとてめぇで歩きやがれ!」「ドイハっち、そんなんじゃ、殺されちゃうよー」

「ふひ、ぶひ、キシシシ、これで……、体力、キシシ、ぶひ、はぁ……、温存、キシ、僕は、さいきょ、ぶぅええええぇぇぇぇ……」

 ハイドが引きずられながら嘔吐(おうと)した。吐瀉物(としゃぶつ)はほとんどハイド自身が被害を(こうむ)っているし、リョータもヨシノもそんなことを気にしている余裕がなかった。

 ――とりあえず、あそこまで……。あそこまで辿(たど)()くしかない……。

 グンゾウには思い当たる場所があった。

 

 

 そもそもオルタナからダムローへ向かう山道には複数の経路(ルート)がある。グンゾウ達が進んだ道はその中でも最短距離だ。遠い過去には存在をしていなかった。

 オルタナが今の姿ではなかった頃、天竜山脈からダムローに向かう旅人が山道を遠回りすることで迷ったり、崖から落ちたり、夜を森で過ごし獣や怪物(モンスター)に襲われたりと不幸な事故が()まなかった。そこで、さる高名なルミアリス教の神官が教団の支援を受けながら私費を投じて、厚い土の地層を掘り進み、迂回路を通らなくてもダムローへ行ける道を切り開いた。今ではこの切通(きりどお)しを「光明切通(こうみょうきりどおし)」、別名「ルミアリス切通(きりどおし)」と呼んでいる。

 この光明切通の特徴は、珍しく上方に土を残したトンネル形になっている。トンネルは高さ3メートル、長さ30メートル程、幅は狭く、人が2人並んで通るのも厳しい。切通しの上部には()()()()()()()()()石段で登れるようになっている。上部もそれなりに広さがあり、木が多く茂っている。上部から下を見下ろすと7~8メートル程ある。

 切通しから見た場合、ダムロー側の地形は一直線の細い道で下り坂、オルタナ側は50メートル四方の少し広い土地がある。これは切通しを開削(かいさく)する際に、掘削(くっさく)のための資材や掘り出した土を一時的に溜めておくための作業場所だと言われている。

 つまり、オルタナ側からトンネル出口を固めてしまえば、複数の敵から攻撃をされることを防ぐことができ、逆にオルタナ側からは複数人で飛び出した単独の敵を叩くことができるのだ。

 ただし、問題点もあった。オルタナ側の広場からオルタナに戻る道はやはり人が1人通れるくらいの狭い上り坂であるため、戦術家の言うところの囲地(いち)となる。トンネルが突破された場合、逃走経路に人が殺到してしまうため、逃げるには不向きである。

「はぁはぁ……、つまりここは守りやすいが、逃げにくい場所だって……はぁはぁ、ことだ。とにかく早く決めないといけない。ここでゴブリン達を迎え撃つか……はぁはぁ」

「さらに逃げるか……だろ? オッサン」

 リョータが言葉を()いだ。

「俺はやるぜ! あのクソ野郎共をぶっ殺してやる」

 リョータは力任せに両手剣(ツヴァイヘンダー)を地面に突き刺した。

「ちょっと休まないと……、このままだと逃げ遅れて捕まる仲間も出てきそうだし。徐々に倒されるよりは、ここで効果的に迎え撃つ方が合理的じゃないかな? 逃走中に野良のゴブリンにでも遭遇したら目が当てられない」

 カズヒコが周りを見渡して言った。

 全員目に見えて疲れ果てていた。後衛では体力の劣るハイドや年配のグンゾウ、装備の重い前衛がこれ以上走り続けるのは厳しい。全員、一旦足を止めたいという気持ちがあるのは間違いなかった。

「よし、じゃあ、迎え撃つ準備をしよう。休むのは準備が終わってからだ」

 カズヒコが手を叩くと全員動き始めた。

「はぁはぁ、じゃあ、前列は丸太とか、岩とか……、はぁはぁ、切通しの出口を防げるものを用意して……、はぁはぁ、中列、後列は切通しの上に岩とか、はぁ、投げてダメージを与えるものを運ぼう。はぁ、シムラは上に付いて、監視と狙いを定めて、はぁはぁ、1匹でも多く仕留めて、ぜー、はー」

 グンゾウは仰向(あおむ)けに横たわりながら指示した。

「オッサン、息切れすぎじゃねーの?」

 リョータが嫌みを言う。

「はぁはぁ、お前も、俺の(とし)になったら、はぁはぁ、分かるよ」

「わかりたくねーな」

「はぁはぁ、今日、生き残れなかったら、味わえもしないな……、はぁはぁ」

「けっ! 縁起でもねぇ」

 リョータはそう言うと丸太や岩を探しに行った。

 ――みんなに味わって欲しいよ。歳取るってことを……。

 呼吸が調ってきたので、グンゾウが防衛の準備を手伝おうと上体を起こすと、隣でハイドがうつぶせで横たわっていた。

「ハイド。起きろ。準備しないと全員の命に関わるぞ」

「キシ、グンゾウ、僕はちょっと寝る、キシシ」

 グンゾウはハイドの対応に少しカチンとした。

「あ? 何言ってんだよ。みんな一生懸命準備してるんだぞ。起きたら殺されてる可能性もあるんだし」

「キシシ、だから、僕も準備する。信じろグンゾウ……、やばくなったら起こせ」

 ハイドはそう言うと目を(つむ)って、入眠(にゅうみん)してしまった。

 ――なんなんだ、こいつは。大体、今日1回も魔法使ってないし。……あ、俺もだ。

 グンゾウはハイドに苛立っても仕方がないと気持ちを切り替え、立ち上がると、老体に(むち)を打って、ゴブリン達を迎え撃つ準備に加わった。

 

 

 トンネルを塞ぐものは大して無かった。そこら中の木の枝を伐採(ばっさい)し、トンネル内に積めるだけ積んだ。とにかくトンネル内の足場を悪くして、相手に不利な条件を積み重ねるしかなかった。

 手頃な岩は迎撃用にトンネル上部に運んだ。盾を持っているし、兜もかぶっているので、ほとんど被害を与えることは期待できない。嫌がらせに近いだろう。上部からの攻撃はシムラが頼りだ。

 グンゾウ達の持ち物はトンネルの出口付近に積んだ、12人分を積むとそれなりの障壁(しょうへき)になった。

 時間が無い中では、それなりに準備ができた。皆、必死だった。

 トンネル上部にはシムラとチョコ、そして初期はリョータを配置して、残りは広場に待機することとなった。

 入り口はヨシノ、クザク、カズヒコ、ミッツの4人で固めた。リョータが後から合流するという手筈(てはず)だ。アキは残念そうな顔をしていたが、今は前衛に凧型盾(ヒーターシールド)を持たせる必要があったので、借りることになった。カズヒコと話し合って、クザクに持たせようと考えたが「使い方わからないから、()らねっす」と断られ、結局ミッツが持つことになった。

「あの……。私はどうしたらいいと思いますか?」

 ノッコはハイドが寝ているため、魔法の使い所をグンゾウに尋ねてきた。

「え? あ、あのハイド(ばか)が寝てるからか。そだな、誤射(フレンドリーファイア)が怖いからね。魔法の光弾(マジックミサイル)って曲げられる?」

 グンゾウが聞くと、ノッコは手と首を同時に左右に振って出来ないことを動作で伝えてきた。

「まだ、自信がないです」

「そか、あと何発打てる?」

「わからないですけど……たぶん、4発くらい……だと」

 ――んー。ハイドと随分違うな。魔法の技術(テクニック)も、管理(マネジメント)も、上限(リミット)も。

「そか、じゃあ、切通しの上で待機して、トンネルからこちら側に出てきたゴブリンに対して頭上から撃ち下ろして。タイミングは前衛の誰かが怪我して、防衛線が乱れた直後がいい。しばらくは瞑想(めいそう)して、休んでて。魔法使いはピンチの見極めが大事だから」

「は、はい。わかりました。」

 ノッコは石段を登って、切通しの上へ向かっていった。

 グンゾウはタイチと治療の可能量について話し合う必要があると思っていた。

「タイチ、癒し手(キュア)はあと何回いける?」

「たぶん、連続では、あと6か、7です」

「オッケー、俺は10回だと思う。お互い、少しでも瞑想しておこう」

「そうですね」

 タイチは笑顔を浮かべて返事をすると、素直に岩の上に座って目を閉じた。

 グンゾウは自分の能力を把握するためにほぼ毎日限界まで癒し手(キュア)を使いきっている。最近の検証から自分が残り12回は癒し手(キュア)を使えると確信していた。しかし、2回は意識的に数えるのを止めようとしていた。いざと言う時、主力のリョータかヨシノ、または2人に使いたいと考えていたからだ。

 ――確実性な線で考えて、癒し手(キュア)はタイチと合わせて16回。これを有効に使わないと勝てない。

 グンゾウは心に刻んだ。

 もうひとつ、グンゾウはシムラと打ち合わせしておく必要があったので、切通しの上に向かった。

 切通しの上に付くと、そこには大量の石や木の枝等が積まれていた。リョータが少し離れ場所で石を投げる(フォーム)の練習をしていた。チョコは森を少し進んだ先の方で監視をしていた。ノッコは傍にはいなかった。静かな場所で瞑想しているのかもしれない。そして、シムラはトンネルの入り口直上から下の道に向けて弓を放つイメージトレーニングをしていた。

 ――丁度良い。

「シムラ……、ちょっといいかな」

「あ、グンゾウさん、何か?」

 グンゾウはシムラの傍に寄ると耳元で(ささや)いた。

「シムラにしか頼めないことがある」

「なんでっしゃろ?」

「前衛が突破されて、タイチと俺の癒し手(キュア)が尽きたら、シムラはチョコとノッコを連れて逃げろ」

「なっ!」

 シムラはグンゾウの顔を振り返り、驚いた顔をした。

「シッ!」

 グンゾウは口元に人差し指を当てて、シムラを(にら)んでから続けた。

「黙って聞いてくれ。こんなことお前にしか頼めない。少なくともお前とチョコは逃げ切れる」

「そんな……」

 シムラが何かを言いたそうなのを、グンゾウは押し切って話を続けた。

「考えてくれ。俺等が()られたら、死体を回収しないと不死王(ノーライフキング)の呪いで不死怪物(アンデッドモンスター)になっちまう。オルタナに戻り、ブリトニーに回収を依頼してくれ。ブリトニーが頼りにならない場合は、ルミアリス神殿の……カレン師に頼むんだ。お前にしかできない」

 グンゾウは自分の修師(マスター)であるカレンの険のある表情を思い出した。死んでからもしごかれている姿を想像し、少しだけ背筋が冷たくなった。

「グンゾウさん……」

 シムラは悲しそうな顔をした。

「じゃ、配置に付いて。頼んだぞ」

 ――シムラ、残酷なお願いをしてすまない。

 グンゾウは笑顔を作ると、シムラのイガグリ頭を軽く撫でた。そのまま立ち上がり、下の広場に歩き始めた。シムラはうつむいていた。

 グンゾウが石段を下がり始めると、シムラは立ち上がって叫んだ。

「グンゾウさん! 俺! 全部仕留めます! 1匹残らず! この弓と矢で! 絶対に外さないから!」

 グンゾウは目頭が熱くなるのを感じた。

「大丈夫、シムラ。()()()()頼りにしてる」

 グンゾウはシムラのことを振り返らず、右手を振るとそのまま石段を下がっていった。

「馬っ鹿、イガグリ、俺様が全部仕留めるに決まっているだろ。お前になんて……」

 リョータが感動的な情景(シーン)を台無しになるような台詞(セリフ)()き始めたので、グンゾウは早足で石段を下がっていった。

 

 

 直後にゴブリン達はやってきた。

「来たよっ!!」

 切通しの上部からチョコが顔を出して叫んだ。

 ――意外に時間がかかったな。

 グンゾウはそう感じた。

 ――もしかしたら逃げ切れたのかも?

 そんな考えが頭をよぎったが、今更何も変えることはできない。グンゾウは余計な考えを振り払い目の前のことに集中することにした。

 入り口が突破された時に邪魔になるのでハイドを広場の端っこの方に引きずっていった。

「よし! 僕らの義勇兵人生で最大の戦いだ! みんな気合いを入れて、勝ち残ろう!」

 カズヒコが声を上げた。皆、それぞれに士気を高める。

「うんっ!」

 グンゾウの傍でアキが力を入れて頷き、気合いを入れたようだった。

 ――できればアキも逃がしてあげたいが、聖騎士(せいきし)という職業(クラス)の使命として難しいだろう……。

 こんな風に物事を考えるなんて義勇兵に染まってきたなとグンゾウは思った。

 切通しの上部から喚声(かんせい)が聞こえる。主にリョータの声だった。

「喰らえ! この野郎! ひゃっほーい、ざまぁみろ!」

 ザラザラと岩や木の枝が落ちる音も続いた。

 ――あれでは、シムラが狙撃に集中できないだろうな。リョータを上げたのは失敗だったかな?

 切通しの上部からチョコが顔を出して、下の前衛達に声をかける。

「たぶん、5匹くらいトンネルに入った! シムラが3匹仕留めたよ!」

 ――3匹。上出来だ。

 グンゾウはシムラの活躍に喜んだ。しかし、若干の違和感を感じた。

「良し! トンネルを飛び出してきた奴を倒して、とにかくここを突破されないように防ごう、僕が先陣を切る!」

 カズヒコが前衛に声をかける。

「リョータ、早く戻って来て! 早く!」

 ヨシノがリョータを呼ぶ。いつになくヨシノの口調がきつい。表情も固い。相当集中が高まっていると見て取れた。

「待てよぉ」

 リョータが少し情けない声を出しながら、ガシャガシャと音を立てて、石段を降りていく。

 その間も全員がトンネルの出口に積まれた荷物で作られた障壁に集中をしている。「ギャッギャッ!」という声がしてゴブリン1匹が障壁を蹴飛ばして飛び出してくる。トンネルの正面はカズヒコだ。

 次の刹那、カズヒコが右足を大きく踏み込み、両手持ちのバスタードソードで下段左下から右上へ切り上げ、飛び出したゴブリンAを半分に斬り裂く。

 そのカズヒコめがけて、次のゴブリンBが剣を上段に振りかざしながらトンネルの暗闇から飛び出してくる。「はっ!」っとカズヒコは返す刀で右上段から左下に振り下ろす憤怒の一撃(レイジブロー)でゴブリンBを一刀両断(いっとうりょうだん)する。一瞬にして2匹のゴブリンが肉塊(にくかい)と化して、カズヒコの両側に散らばっていく。

 カズヒコは顔を上げると同時に乱れた前髪をかき上げた。飛び散る汗が輝いて見える。

 ――やだっ、イケメン!

 思わずグンゾウがときめいてしまうくらいの活躍でカズヒコはゴブリンを圧倒した。

 残りの3匹のゴブリンは戦意を削がれ、トンネル出口付近でおろおろしている。これはヨシノが放っておかない。

「やあぁぁっ!」

 ヨシノが踏み込んだ槍の突きを繰り出すと、ゴブリンCが槍の餌食(えじき)となった。クザクやミッツもここぞとばかりにゴブリンCに止めを刺す。他の2匹はトンネルを引き返して逃げていった。

「2匹逃げたぞ!」

 下からカズヒコが叫ぶと、情報がチョコを経由してシムラに伝わる。

 切通しの上部からチョコが顔を出して「1匹はシムラが倒して、1匹は逃げた」と伝えてきた。シムラは狙撃で4匹も倒したことになる。

「いやぁぁぁったぁぁぁー!」「やっほー!」「やった!」「勝った、勝った! へへへっ」「うすっ」「ざまぁ、見ろってんだ。俺様の活躍の場がねぇぜ」

 皆が口々にゴブリンの撃退を喜んだ。

「良かった……」

 グンゾウも安堵の胸をなで下ろした。しかし、なんだか先程から感じている違和感がぬぐえない。グンゾウにもそれが何か分からなかった。

「あれ? ゴブリンの装備……」

 アキがカズヒコに(ほふ)られたゴブリンの死体を見て(つぶや)いた。

 それを聞いて、グンゾウもゴブリンの死体を見る。森でよく遭遇する半裸タイプの野良ゴブリンだ。

 グンゾウの中で、先程までぼんやり感じていた違和感が急速(きゅうそく)輪郭(りんかく)(あら)わにした。

「まずいっ! こいつらは(おとり)だ! 入り口を固め直せ! チョコっ! 上の状況は?!」

 グンゾウはいつになく大声で叫ぶ。全員がグンゾウの方向を見て固まっている。叫び声と同時に切通しの上から「うわっ」と言うシムラの声が聞こえる。

 グンゾウは石段を走って上る。上がりきる前から目の前を弩の矢が通過した。

「伏せて! 木の陰にかくれるんだ」

 グンゾウが切通しの上部にいた3人に声をかける。

 シムラはグンゾウがいる側の木の陰に転がり込んだ。

「くそっ! 撃てへんかった!」

 シムラが悔しそうに握り拳で隠れている木を叩いた。

 チョコとノッコはトンネルの上部を挟んで反対側の木の後ろに身を(ひそ)めている。

「チョコ、敵の数は見えるか?」

 グンゾウが聞くと、チョコは木を背にしながら手鏡を取り出して、覗き込む。手鏡を持つ手が震えている。そのチョコの背後でノッコが真っ青な顔をして座り込んでいた。

「15、6匹。弩持ちは4。追ってきた奴ら……だと思う」

 ――迂闊(うかつ)だった。あいつ達は遅れてきたんじゃない。行軍の途中で、囮をさせるための野良ゴブリン達を徴発(ちょうはつ)していたんだ。まさか、ゴブリンがこんな戦術を仕掛けてくるなんて……。

 囮ゴブリン達は(いのち)()して見事にその役目を果たし、グンゾウ達の防衛準備を消耗させた。

 その戦術を考え、グンゾウに一泡吹かせたゴブリン、(くれない)甲冑(かっちゅう)(まと)ったゴブリン・リーダーが悠々と切通しのトンネルをくぐろうとしていた。

 

 

「何も変わらない! さっきと同じように飛び出してきたゴブリンをみんなで仕留めていこう。トンネル出口(ここ)さえ抜かれなければ大丈夫だ」

 カズヒコは周囲を励ますように声をかけて、トンネルの暗闇の向かってバスタードソードを中段で構える。トンネルの中からゴブリン達の影が迫ってくる。

 全員がトンネルの出口を集中していると、次の瞬間、ものすごい勢いで紅色(べにいろ)の影が飛んできてカズヒコの肩に槍を突き刺す。

 紅色の影はそのままカズヒコの肩に槍を刺したまま、傷口を(えぐ)るように、棒高跳びの要領でカズヒコを飛び越えると背後に着地する。

「あぁぁぁぁぁあぁぁ!」

 今まで聞いたことが無いようなカズヒコの絶叫が森の中に木霊(こだま)する。

 紅色の影はカズヒコから抜いた槍を後ろ手に構えると、そのまま背後からカズヒコの後背部を突き刺す。口から「がふっ」と()()()()()とカズヒコは前のめりに倒れた。槍が()()まされているのか、(あやつ)る技術が高いのか、まるで鎖帷子など無いかのように穂先が肉を捉えている。

 全員呆気に取られて動くことができない。

 続けざまに紅色の影、つまりゴブリン・リーダーは槍を上段に構えると、跳躍をしてカズヒコの後ろ5メートル程にいたタイチに襲いかかる。

 タイチはショートスタッフで防ごうと動くが、ゴブリン・リーダーの動きは速く、無残にもショートスタッフごと右肩から左下に斬り下ろされる。ゴブリン・リーダーは流麗(りゅうれい)な動きで一回転すると、回し蹴りでタイチの胸を蹴飛ばす。タイチは蹴られるままに後ろへ飛ばされ、仰向けに倒れて「ごふっ」と咳をした。

 そのタイチにさらに(とど)めの一撃を加えようと槍を振り上げたゴブリン・リーダーに対して、今度は別の影が襲いかかる。

「シッ!」

 ヨシノだ。ヨシノの突きが空気を斬り裂き、(うな)りを上げてゴブリン・リーダーに襲いかかる。ゴブリン・リーダーもとっさに危険を察知し、跳躍して避ける。タイチから離れ、ヨシノと距離を取る。ヨシノは追撃の構えを見せて、ゴブリン・リーダーを広場の奥へ、奥へと移動させる。この危険な敵をできる限り仲間と離すためだ。

 ここまでおよそ5秒。グンゾウを含めほとんどの仲間が何も認識することのできない時間(とき)の流れの中で、ヨシノだけが本能的にゴブリン・リーダーに対応することができた。

 遅れてリョータがゴブリン・リーダーに突っ込む。

「ぬぉぉぉりゃあぁぁ! 俺様参上(さんじょう)っ!」

 リョータお得意の大振りの両手剣は、体を(ねじ)るだけで(かわ)される。リョータは逆に脇腹に蹴りを入れられて地面に転がる。しかし、ゴブリン・リーダーは止めを刺そうと動かない。実際は動けなかった。ゴブリン・リーダーが注意を払っているのは目の前に転がっている狂犬(リョータ)ではなく、隙あらば鋭い突きで命を奪わんと狙っている女豹(ヨシノ)の方だった。

 ――立て直さなければ! 先に回復するのは出血量の多そうなカズヒコか? 回復要員のタイチか? 迷うんじゃない。()()俺が司令塔だ。そして唯一の治療者(ヒーラー)だ。動け、俺の足! 回れ、俺の頭脳!

 グンゾウはタイチに向けて走り出すと、指示を出す。

「クザク、ミッツ! なんとか残りのゴブリン達を防げ! アキ、2人の支援を頼む! ノッコ、もう魔法の光弾(マジックミサイル)を惜しむな! 今が最大のピンチだ!」

 ――ヨシノとリョータへの指示は必要ない。あの化け物(ばけもの)は2人に任せるしかない。

 グンゾウが動き始めると、全員が動き始める。

 泣きながらカズヒコに向かおうとするミッツの腕をクザクが引っ張っている。

 トンネル出口からは鎖帷子に槍を装備したゴブリンDが飛び出てきた。その後ろには剣と盾を装備したゴブリンEが顔を出している。

 槍ゴブリンDの頭上に魔法の光弾(マジックミサイル)が落ちてくる。

 突然の上からの攻撃に不意を突かれ、槍ゴブリンDは前屈(まえかが)みによろめく。

 よろめいた槍ゴブリンDの背中に矢が突き刺さる。シムラだ。槍ゴブリンDの体に2本目、3本目、4本目と矢が突き刺さる。その度に、びくっと痙攣(けいれん)をして、槍ゴブリンDは倒れた。剣ゴブリンEはそれを見て、驚いて顔を引っ込める。

 滑り込んでタイチの体に辿り着いたグンゾウは考えるより先に神聖魔法を唱えた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒し手(キュア)

 タイチの体を縦断(じゅうだん)している傷口をどんどんと塞いでいく。タイチには意識があった。混乱(パニック)で口や体を動かせなかったようだ。肩から胸部の傷は深かったが、斬られたショートスタッフのお陰で腹部の傷は浅かった。

 ――1回分では直りきらないかもしれない。早く切り上げて、カズヒコを回復させないと、あの出血量では5分も()たない。傷は(ふさ)げても出血でショックを起こして死んでしまう。

 長い、長い10秒だった。致命的になりかねない10秒を(つい)やして、タイチの傷口を大方(おおかた)塞いだ。

「タイチ、動いてくれ。一緒にカズヒコを治療しよう。彼は死に(ひん)している」

 グンゾウはタイチの手を引っ張ると、少し乱暴に立たせた。

「は、はい……」

 タイチは震えながら立ち上がった。まだ混乱(パニック)状態からは立ち直っていない。

 グンゾウはタイチを置いてカズヒコの元に走って駆け寄る。振り返るとタイチは震える足でよろけながら付いてきているようだ。

 カズヒコの様子を看る。カズヒコは意識が無かった。地面に広がった血溜(ちだ)まりからみて出血量は1リットル近い。

 ――出血が多い。特に背中は腎臓(じんぞう)がやれているかもしれない。こっちが先だな。

「タイチ! 肩の傷を頼む! 光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒し手(キュア)

 グンゾウは背中の傷へ念入りに手を当てた。体の内部まで怪我をしている可能性が高い。本人の意識が無いため、治ったかどうか確認が取れない。

 タイチが加わって、カズヒコの肩を治療し始める。

「グンゾウさん……僕、怖いです……」

 タイチはカズヒコの顔を見ながら、グンゾウに話しかけてきた。タイチの手が震えて、目には涙を浮かべている。

「俺も怖い。でも今、君の後ろと俺の後ろでもっと怖い思いをして戦っている仲間がいる。だから最後の1秒まで仲間の傷を癒やすんだ」

 タイチの後ろでは、クザクとミッツ、そしてアキがトンネルから出てきた剣ゴブリンEと槍ゴブリンFを押し返そうと奮戦していた。()()クザクが先頭に立ってゴブリン達と切り結んでいる。

 そして、グンゾウの後ろではゴブリン・リーダーに対してヨシノとリョータが死闘(しとう)を繰り広げていた。

 

 

 ヨシノは上段の構えになっていた。

 ヨシノ本人も初めての構えと認識している。「あいつの頭を押さえないと、頭を押さえないと」、そう考えている内に、今の構えになっていた。ヨシノの思考の一番大きな部分を占めている思いは“悔しい”だった。同じ槍の使い手として、甲冑を纏っている相手の方が装備は重いはずなのに、敏捷性、精密性において明らかに負けていた。

 ヨシノはゴブリン・リーダーの横薙ぎを槍で受ける。その威力を回転力に変えて反撃をしようと、自ら回転し、舞のような槍術を披露する。普通のゴブリンや人間相手であれば見事に決まる技の流れが、避けられ、(ふせ)がれ、再反撃のきっかけにされている。

 こちらの攻撃の機会は見出(みい)だせず、相手の攻撃は致命傷を防ぐのが精一杯だった。ゴブリン・リーダーの槍は十字の()がついており、避けたつもりでも体の出っ張りが引っ掛けられたりする。気が付けば、細かい怪我が増えていた。右手は血だらけで槍の握りが滑る。そもそも左利きのヨシノは右手を滑らして突きを繰り出すが、それにしても摩擦(まさつ)が無さすぎる。耳も切られて痛い。

 気が付けば、ヨシノの目から涙が溢れていた。

 仲間全員がゴブリン・リーダーの圧倒的な機動力に翻弄(ほんろう)されている中、電光石火(でんこうせっか)の反撃で仲間の全滅を(ふせ)いだヨシノ。そのヨシノがゴブリン・リーダーとの力量差に打ちひしがれて、泣いていた。

「リョータ! 悔しい! あたし、こいつに勝てない!」

 ヨシノやリョータが勝てないということは小隊(パーティ)の全滅を意味した。遠くない未来に訪れる敗北の影像(イメージ)が頭から消せない。

「ヨシノ! すまない!」

 リョータも泣いていた。弱い自分を表にすることのないリョータが泣き枯れた声で叫んだ。周りの人間なら誰でも分かるくらいリョータはヨシノが好きだった。そのヨシノが泣いている。その事に対して自分は何もできない。その無力感が(たま)らなく辛かった。好きな女の笑顔も守れない自分の未熟さが悔しかった。

 両手剣を振り回しても、それらは全て虚空(こくう)を切る。次の瞬間には、敵に蹴り飛ばされる。何度も地面を舐めた。しかし、ゴブリン・リーダーは(とど)めどころか、リョータの方向を向くことすらしなかった。“眼中にない”。遠慮のない敵からの評価に、自分が許せなかった。

「リョータ! 振りを小さくして、敵を引き付けろ! ヨシノを治療する。30秒稼げ!」

 グンゾウが叫ぶ。

「うっせぇ! ジジイに言われなくてもやってやるよ! 俺様は……」

 リョータから続きの言葉が出ない。つい1分前まで(ほこ)っていた自尊心は、言葉にできないくらいボロボロだった。

「俺は……。俺は……(よえ)ぇ」

 リョータの涙が止まらない。両手剣の先を地面につき、左手で顔を押さえてしまった。

 ――リョータ……。

 グリムガルに来てから、グンゾウはリョータに共感したことなど無かった。ヤンキーで、傲慢(ごうまん)で、自信過剰(じしんかじょう)で、礼儀(れいぎ)を知らない、むしろ(いと)う存在だった。しかし、リョータが(みずか)らの弱さを認め、愛する人のために心を痛めている姿を見て、胸が熱くなった。グンゾウの瞳から一粒だけ涙が(こぼ)れる。

 そこに最愛のヨシノが声をかける。

「リョータ、泣かないで。一緒に強くなろう。あたし達、今日はダムロー初日なんだよ」

 まるで子どもにでも言い聞かすような、いつにない優しい声だった。明日があるかもわからない状況で、ヨシノは未来(あした)を見ていた。

 数秒の沈黙。

 リョータは顔を上げると、ゴブリン・リーダーを睨み付けた。

「そうだ……。俺は……弱い。でも、弱いってわかったから、(つえ)ぇ! 弱いってわかったから、(つえ)ぇ! 弱いってわかったから、(つえ)ぇ! 大事なことだから3回言った!」

 リョータはゴブリン・リーダーに両手剣を正眼に構えると、ジリジリと()るように足を動かした。初めて見せる慎重な動きに、ゴブリン・リーダーがリョータを気に留める。

 リョータは両手剣を小さく、そして素早く振りかぶると、右足で踏み込みながら、ゴブリン・リーダーへ打ちかかる。

 「キンッ」と金属同士がぶつかりあう音がして、リョータの両手剣が槍に弾かれる。初めて、ゴブリン・リーダーがリョータの剣を受けた。リョータはすぐにサイドステップで距離を取って、次の機会を狙う。

 ――そうだ。それでいいんだ。お前は強い!

 グンゾウはカズヒコを地面にそっと寝かす。怪我の治療は済んでいるが、あの出血量では起きても戦うことはできないだろうと思われた。タイチにクザク達を任せると、ゴブリン・リーダーの広い攻撃範囲を避けるように遠回りでヨシノに近付く。

「ヨシノ、怪我を治そう」

 グンゾウはヨシノの切れた耳から治療を始めた。グンゾウが治療をしている間も、ヨシノはゴブリン・リーダーから目を離さない。隙があればグンゾウを振り払ってでも襲い掛かる構えだった。

 次は細かい怪我が多い右手、右脚、それから左手を治療した。グンゾウが左手に癒し手(キュア)を当てながら、問診をした。

「ヨシノ、痛いところはない?」

「ないよ。グンちん」

「気分は?」

「すごく……」そこでヨシノは一旦言葉を区切ると、口元に笑顔を張り付かせて「()いよっ」と、いつものように元気な声で答えた。

 もう、ヨシノの目に涙はなかった。グンゾウはヨシノの左手に皮製の水筒を渡した。何も言わずにヨシノは水を飲み、空っぽになった水筒をグンゾウに返した。

「ヨシノ、いつも明るい気持ちにしてくれてありがとう。ヨシノは俺が何度でも治す。だから、思いっきり戦っておいで」

 グンゾウはヨシノの背中を優しく叩いた。

「うん!」

 ヨシノは空を見上げると、足の動きを確認するように、リズムを付けて、ステップを踏み始める。まるでこれからダンスをする準備かのようだ。

「今度は、悔しくても、怖くても、最後まで泣かない」

 言い終わると、ヨシノは前を向いた。槍を1回転させると、弾けるように飛び出す。跳躍から槍を思い切り振りかぶり、リョータに集中しているゴブリン・リーダーへ上から叩きつけた。ゴブリン・リーダーは槍を横真一文字に構え、ヨシノの槍を防ぐ。タイミングを合わせてリョータも両手剣で細かく突きを繰り出す。ゴブリン・リーダーはそれを嫌がり、槍を頭の上で回転させると、穂先でリョータの肩口を斬り裂き、石突きでヨシノの腹部を突いた。リョータもヨシノも距離を取り、再度攻撃への起点を探し始めた。

「ギェッギェッギェッ」

 広場に飛び込んできてから終始(しゅうし)無表情だったゴブリン・リーダーの口元に笑みが浮かんだ。ようやくリョータとヨシノが相手になるレベルに達したことに満足しているかのようだった。

 

 

 トンネル出口の戦いも、けして楽な戦いではなかった。気が付けば出口付近には7匹のゴブリンの死体が転がっていた。囮のゴブリン達3匹を除いても、この数分で鎖帷子で武装したゴブリンを4匹も倒したことになる。真ん中で大雑把(おおざっぱ)に長剣を振るっているクザクの神官衣は、既にゴブリンの返り血で真っ赤になっていた。アキとミッツも盾を使い、飛び出そうと機会を狙うゴブリン達を牽制(けんせい)しつつ、飛び出してしまったゴブリンを攻撃して、クザクを助けている。全員、呼吸が乱れ、疲れているのがわかる。

 トンネルの上部を見上げると、ノッコは既に魔法力が尽きているようで、座り込んで目を閉じている。チョコは下の戦いを眺めて、たまに石を見つけては投げていた。シムラは弓に矢を(つが)えて、ゴブリン・リーダーを見据えていた。シムラの背中の矢筒(やづつ)には既に1本も矢が残っていない。(まさ)に一矢報いるために、注意深くゴブリン・リーダーの観察をしていた。

「タイチ! あと何回だ!」

 グンゾウはタイチに確認する。タイチはグンゾウの方を向くと指を2本立てた。

 ――タイチはあと2回……。俺も残りは4回+予備の2回。全部で8回。

 絶望的だった。ゴブリン・リーダーは倒す目処がついていない。それどころか、リョータとヨシノが倒されるリスクだって低くない。トンネルの中にはまだ重装備のゴブリンが10匹以上待ち構えている。このまま疲労が蓄積し、体力が落ちていけば突発的な事故も起きてくる。まさにジリ貧だ。

 ――くそっ! このままではやばい!

 グンゾウは打開策(だかいさく)の無さに、焦燥感(しょうそうかん)だけを(つの)らせていた。

 その時、グンゾウの頭の中に声が蘇った。「信じろグンゾウ……、やばくなったら起こせ」。その言葉を思い出したグンゾウは広場の隅で寝ているハイドの元に向かった。

 グンゾウはハイドの襟首(えりくび)を掴むとハイドの頭を持ち上げ、耳元で大声を出した。

「いい加減、起きろ!」

 ハイドは驚いて、目を覚ます。

「キシシシシ。グンゾウ、おはよう」

「『おはよう』じゃない!」

 グンゾウはこの緊急事態にとぼけた表情のハイドに、怒りを(あら)わにした。

「キシ、やばいのか?」

「やばい! カズヒコは倒れた。生きているが戦闘は無理だ。リョータとヨシノは今、全力を出して戦ってるが、ゴブリン・リーダーに勝てる見込みがない。トンネルの敵をアキとクザクとミッツが防いでいるが、まだ奥に10匹以上いて、体力の限界が近い。ノッコの魔法は尽きた。シムラの矢も残りは1本しかない。タイチと俺の癒し手(キュア)も6回しか残っていない。みんな命がけで頑張っている。何もせずに寝ているのはお前だけだ!」

 グンゾウは感情に任せるまま、ハイドに現状を早口でまくし立てた。目には涙を浮かべていた。襟首をつかまれ、ハイドは苦しそうにしている。

「ごめん、グンゾウ。わかった。今、みんなを助ける……」

 そう言うとハイドは立ち上がる。寝癖ではねた髪の毛は変わらないが、いつになく凜々しい顔をしている。

「え? お前普通に話せ……」

 グンゾウが呆気にとられているのを尻目に、ハイドはすたすたとトンネル出口へ歩いて行く。グンゾウも遅れないように後ろを付いていく。

 ハイドはクザク達の10メートル程後ろに立つと、魔法使いの杖(メイジスタッフ)をタイチに(ささ)えさせて、地面に立たせていた。

 それから後ろを向いて、グンゾウに話しかける。

「グンゾウ、キシシ、僕が魔法を詠唱し終えるのと同時に、出口にいる3人を僕の前からどけてくれ、邪魔、死ぬぞ、シッシッシ」

「あ、ああ、分かった」

「よし、キシシ」

 ハイドは偉そうに返事をすると、タイチに立たせている杖に向き合う。しかし、再びグンゾウの方を向く。

「キシ、あと、もうひとつ。お願いがある。キシシ」

「なんだ?」

「キシ、帰り道……いつもみたいにおんぶしてくれる?」

「はぁ? 何言ってるんだ。今がどういう状況だか……」

 グンゾウが最後まで話す前に、ハイドは続ける。

「おんぶしてくれないと、できない、キシシシ」

 グンゾウは呆れながら、返事をする。

「わかった、やってやる。おんぶで帰ってやるよ。無事帰れるなら、大喜びだ!」

「よし。行くぞ、アキ達に説明をしてこい、キシシ」

 ――今はハイドを信じるしかない。

 グンゾウはアキ達の近くに行くと、大声で説明をした。

「アキ! クザク! ミッツ! 戦いながら話を聞いてくれ! 今からハイドが魔法を使ってゴブリン達を一掃するらしい。撤退の笛を吹いたら、トンネルの入り口から横にはけてくれ。もう一度言う、撤退の笛を吹いたら、トンネルの入り口から横にはけてくれ。巻き込まれたら死ぬらしい」

「わかりました!」「うっす」「まじかよ! へへっ!」とそれぞれに返事が返ってきた。

 グンゾウは3人の確認が取れると、急いでハイドの元に戻った。

「説明してきたぞ」

 グンゾウが話しかけたが、ハイドは既に目を閉じて意識を魔法に集中をしており、何かぶつぶつと唱えながら、グンゾウを無視した。

「キシシ、じゃ、行くぞ」

 ハイドが目を開くと同時に、空中に()()()エレメンタル文字を描きながら、呪文の詠唱を始める。

「マリク!」

 ハイドの前方の空間、杖の向こう側に、普段の3、4倍はあろうかという大きい魔方陣が広がって描き出される。魔方陣の放つ目映(まばゆ)い光にグンゾウは目を細める。

「エム!」

 ハイドが次の詠唱を行うと、魔方陣の中心に周囲の空間から光の粒が急速に集まり、やはり普段の3、4倍はあろうかという巨大な光弾(こうだん)が出現する。光弾から吹きだす風で、周囲の枝葉が揺れる。また、光弾が放っていると思われる低周波の振動が地面に伝わり、地震のように揺れている。

 グンゾウは急いで胸に架かっている骨笛を吹いた。「ピーーーーーーーーー」という甲高い音がして、それに呼応するようにアキ、クザク、ミッツの3人がトンネル前から散開(さんかい)する。既にハイドの魔法による異変は、その場にいた全員が認識するものとなっており、グンゾウ達もゴブリン達も動きを止めて、光弾を見つめていた。

「パルク!」

 ハイドは最後の詠唱と共に、両手を前に突き出して光弾を撃ち出す。

 ――魔法の光弾(マジックミサイル)なのか?!

 何の魔法なのか分からない光弾は、稲妻が空気を引き裂くような音を立て、凄まじい速度でゴブリン達に向かっていった。光弾は先程までクザクと切り結んでいた先頭のゴブリンを光の中に飲み込むとそのままトンネルの中に消えていった。

 

 

 耳鳴りがする。

 グンゾウは「キーン」と鳴る耳を押さえながら、光と風の収まった周囲を見渡す。

 ハイドの魔法が通り過ぎた後、つまりトンネルの出口とその先には、最初からあった7匹のゴブリンの死体以外は何も残っていなかった。

 その周りにはアキ、クザク、ミッツが伏せていて、ひょっこりを頭を上げて、キョロキョロと一変(いっぺん)した周囲の状況を確認していた。

「勝った?」

 グンゾウの足下でハイドの杖を支えていたタイチが呟いた。

「勝った?」

 グンゾウも同じく呟いた。

「勝ったんですか?」「勝った?」「へへへっ? へへ?」

 アキ達3人もだんだんと現状を理解し、ゴブリン達が一掃されたのを認識し始めた。

「うおぉぉぉぉぉぉぉ! やったー!!」「やりましたね! グンゾウさん」

 グンゾウはタイチとハイタッチをする。10匹以上いた武装ゴブリン達をハイドが一撃で(ほうむ)り去った。

「キシシ、グンゾウ、痛い」

 グンゾウは興奮のあまり、うつ伏せに倒れているハイドを踏みつけているのを気が付かなかった。

「お、おぅ! すまん!」

 グンゾウはハイドを仰向けにして抱きかかえると質問をした。

「ハイド、何なんだあれは? 魔法の光弾(マジックミサイル)なのか?」

 ハイドは疲れたのか、目を(つむ)りながら、ゆっくり答え始めた。

「キシ、魔法使いギルドで魔法を教わった頃から、ずっと考えていた。キシシ。精霊(エレメンタル)魔法とは? エレメンタル文字とは? キシシ。精霊の力を使役する魔法は分かる。精霊の属性に応じた特性の魔法が発動するから……。キシシ。じゃあ、魔法の光弾(マジックミサイル)とは何なのか? 特性もなく、純粋なエネルギーの塊だ。キシシ。ずっと検証を続ける内に、曲げることができたり、魔法力を多く消費することで、大きさや、キシ速度を変えられたりすることに気付いた……」

「じゃあ、さっきのは大きくして、速くしただけということ?」

「キシシ、端的に言えばそうだ。これも検証中だが、2倍の大きさにするためには、大体2倍の魔法力を必要とする。シッシッシ。2倍の速さにするには、2倍の魔法力。キシシ、そのため、2倍の大きさの2倍の速さを実現するには4倍の魔法力が必要になる。キシシ」

 ハイドはここで大きくあくびをする。

「ハワワシシシ、さらに不思議なことに、魔法の光弾(マジックミサイル)については大きさを2倍にすれば、威力もほぼ2倍になるが、キシ速さを2倍にすると、何故か威力はおおよそ4倍になる、シシシシ」

「じゃあ、さっきのは……」

 グンゾウが聞くと、ハイドは答えた。

「キシシ、さっきのは……少し()()()()もあるが、大きさ3~4倍の、速さ6~8倍というところだと……思う、キシシシ」

「何だよ、『思う』って。あんなにすごいことやっておいて。てゆうか、お前は一体、普通の魔法の光弾(マジックミサイル)なら何発撃てるんだ?」

「24発、キシシシシ」

「え? お前、そんな……」

 グンゾウは次の質問をしようとしたが、あまりに驚くことが多すぎて言葉が出てこなかった。

「キシ、あとは検証中なので、秘密、キシシシシ。もう、寝る。おんぶ……約束……」

 ハイドは今にも眠りそうな声で約束の件を伝えると眠りに落ちていった。

 ――いつも生意気なくせに、子どもみたいな顔して寝やがって。本当に……助かった。

「ハイド、ありがとう」

 グンゾウは眠ったハイドを静かに地面に下ろしてから、立ち上がった。

 ――さぁ、幕引きだ。

 

 

 自分は天に選ばれた存在だと思っていた。自分には武の才能があった。周りのどんな奴らよりも強かった。自分には()の才能があった。軍を率いれば負け無しだった。「なのに、どうして?」

 ――そんな顔していやがる。

 グンゾウは思った。

 流石のゴブリン・リーダーも動揺(どうよう)の色が隠せなかった。ハイドの魔法の光弾(マジックミサイル)が発動して以降、攻めにも守りにも精彩(せいさい)を欠いていた。

 自分が飛び込み、主力の戦士や神官を(ほふ)ってしまえば、残りの雑魚(ざこ)は部下が一掃(いっそう)できると考えていたに違いない。(ふた)を開ければ、自分は足止めを喰らい、部下はよく分からない魔法で一掃されてしまった。

 グンゾウにも焦る気持ちが手に取るように理解できた。

「みんな、油断しちゃ駄目だよー。このゴブちんはめっちゃ強いから」

 ヨシノがゴブリン・リーダーの周囲を囲むように集まる仲間に警告をした。

「そうだ! てめぇらは(よえ)ぇんだから、離れて、囲んでろ」

 リョータが偉そうに言った。

 ――泣いてたくせに。もう少し痛い思いしないと、性根(しょうね)は治らんな。

「行くぜ! ヨシノ!」

 リョータはヨシノに声をかけると、ゴブリン・リーダーに突進して、両手剣を素早く何度も打ち下ろす。ゴブリン・リーダーに槍で弾かれることを計算に入れて、小振りで隙が少ない攻撃だ。

 リョータの急襲(ラッシュ)に押され、ゴブリン・リーダーは少しずつ下がっていく。しかも、ゴブリン・リーダーは気を抜くことができない。その真横から中段右前半身構えに構えを戻したヨシノが静かな殺気(さっき)で隙を狙っている。

 不意にゴブリン・リーダーがリョータの打ち下ろしを槍で避けず、積極的に鎧の肩当てに当てる。

「おっ?!」

 リョータの両手剣はゴブリン・リーダーの紅鎧に弾かれて、バランスを崩す。あれは鎧などの防御性能を活かして攻撃を弾き返す鋼返し(スチルガード)という技だ。

 槍での防御を不要にすることで生まれた余裕でゴブリン・リーダーはリョータの首を獲りにいく。左から右への素早い横薙ぎだ。

 リョータは横薙ぎを躱そうと後ろに反るが間に合わず、右頬に穂先が当り、大きく裂けた。

 この瞬間をヨシノが逃すはずもなく、鋭い突きをする……と見せかけて、ゴブリン・リーダーに足払い(フットスウィープ)をかけた。以前、グンゾウはヨシノから、戦士ギルドの槍使いが最初に教わるスキルは足払いだと聞かされて、「なんで、決定的な技じゃないの?」と笑ったことを思い出した。

「槍は突きだけじゃないのよー」

 突きを予想していたゴブリン・リーダーは色んな意味で足を(すく)われて、初めて転倒する。

 そこへ、血まみれの裂けた右頬から歯を見せて笑うリョータが、最上段まで振りかざした両手剣を振り下ろす。

 避けきれない。ゴブリン・リーダーは槍でリョータの両手剣を弾こうとするが、転倒した体勢から重力も含めた最大出力のリョータの両手剣を穂で弾くことはできず、柄の部分に当てるのが精一杯だった。

 槍が折れる。その衝撃で両手剣の方向がずれた。ゴブリン・リーダーは見苦しく体を(ひね)り、窮地(きゅうち)(だっ)する。すぐに立ち上がると、宙返りをしながらリョータから離れていった。

「ひゃらーん、かっかへ」

 右頬に穴が空いてるため「ちゃらーん、勝ったぜ」というつもりが間抜けな発音になったリョータだった。しかし、あれだけの怪我を顔面に負ったのに(ひる)まず攻撃をしたことは驚嘆(きょうたん)(あたい)する。

 グンゾウ達全員から距離を取って、穂が無くなり柄だけになった槍を見つめたゴブリン・リーダーは苛立(いらだ)った表情をして、「チッ」と舌打ちをした。

 さらにゴブリン・リーダーを災難が襲う。ずっと、()()()が狙っていた。「ビンッ」という音がして、シムラが最後の矢を放った。

 ――勝った。

 と思ったのはグンゾウだけではないはずだ。しかし、「パシッ」と音がして、ゴブリン・リーダーは何事も無かったかのように折れた柄で矢を叩き落とす。

「なんやてっ?!」

 シムラが悲鳴に近い声を上げる。次の瞬間、ゴブリン・リーダーは槍投げの要領で折れた柄を切通しの上にいるシムラめがけて投擲(とうてき)する。

「ひゃあ」

 今度はシムラが本当の悲鳴を上げて、飛来物(ひらいぶつ)を避ける。

 ――なんて奴だ……武神(ぶしん)みたいな奴だな。

 ゴブリン・リーダーは深々とため息を()くと、リョータに向かって「ギャギャギャアギャッギャア、ギャア」と言うと左手の中指を立てて、前に突き出す。

「はんはと、ひゃんのかこの」

 とリョータが突っかかっていこうとした瞬間、ゴブリン・リーダーは跳躍をして、背後の森の中に消えて行った。

 ゴブリン・リーダーもリョータも何を言っているか良く分からなかったが、恐らくゴブリン・リーダーは「次遭ったら覚えとけよ、この自己中(じこちゅう)傲慢(ごうまん)クソ馬鹿リョータ」と言って、リョータは「なんだと、やんのかこの」と言ったことにしようとグンゾウは心に決めた。

 しばらく静寂の時間(とき)が流れる。

「……んー、……っおわったーーーー!!」

 ヨシノが両手を上げて叫び、そのまま後ろに倒れた。それをきっかけに全員が歓声(かんせい)を上げる。

「やったでー!!」

 シムラが大声を上げる。

「ほっひゃー! て、いふは、ほおはいへぇ、なおへ、うんほー」

 リョータが良く分からないことを言っている。グンゾウは何を言っているか、何となくわかったが、わからないフリをしてタイチに任せようと思った。

 ――どうせなら、アキの治療をしよっと。

 グンゾウはアキの方に歩いて行くと、アキは疲れ果てた顔で地面に()()()()()をしていた。

 ――アヒル座りは神ポーズだな……。

 グンゾウはアキを見ただけで魔法力が少し回復した……気がした。

「アキ、怪我はしてない?」

「あ、盾があったし、ほとんどクザク……とミッツが盾役(タンク)になっていたので。軽傷です」

「そっか、良かった」

 レギンスの太股(ふともも)に少し血が(にじ)んでいたので、癒し手(キュア)をした。そっと触れるだけだが、アキの体温が伝わってくるようで、グンゾウはドキドキしてしまった。

 (そば)にいたクザクにも念のため、同じ事を聞いてみた。

「大丈夫っす。打撲が主なんで。他の怪我を優先してもらって。でも……、ちょっと、今日の戦いはきつかったー」

 珍しくクザクが笑顔で3語以上の文章を話している。

「立派だったよ、クザク」

「っす」

 座っててもでかいクザクはぴょこっと頭を下げた。

「俺も、俺もっすか? グンゾウさん。うへへへ」

 ミッツも承認を求めてきたので、グンゾウは「う、うん、そうだね」とだけ言っておいた。

 ――ものすごい長い時間だった気がするけど、まだ昼前だ。危ない場面もあったけど、全員の協力でなんとか切り抜けることができた。本当に良かった。明日がある。なんて素晴らしいんだ。

「よし。オルタナへ帰ろ」

 グンゾウは(ひと)(つぶや)いた。

 

 

 その後は楽しい戦利品回収タイムだった。ハイドの魔法で吹き飛んだゴブリン達の死骸はトンネルの先に()()()()()()()。数匹の死体は木っ端みじんになっており、装備品も粉々になっていた。それ以外のゴブリン達からは出来る限り、装備品を持ち帰ることにした。正規兵の給与なのかシルバーや宝石入りのゴブリン袋を身に着けていて、正直美味しかった。銀貨だけで50枚を超えていた。皆、疲れが吹き飛んで、ほくほく顔だった。ゴブリン装備マニアになりつつあるアキは、使えそうな装備を探し、一番大きくて新品の歩兵用の凧型盾(ヒーターシールド)を見つけた。また、金属製の肩当(かたあて)手甲(てこう)脛当(すねあて)も手に入れて、(かぶと)と合わせてグンゾウ達の中で一番装備が充実してきた。アキの身長はゴブリンより若干高いが、線が細いため、ゴブリン装備の大きさがかなり合うようだ。グンゾウは、アキがどんどんゴブリンに見えてきた。装備が充実するのは良いが、かわいらしさが台無しになっているのが(たま)(きず)だと思った。

 盾は豊富に余っていたが、クザクは(かたく)なに「重いから()らねっす」と言っていた。

 ――聖騎士(せいきし)なのに、盾役(タンク)をやる気ないのかな?

 一番高価な戦利品と思われたのはゴブリン・リーダーが使っていた十字槍の穂だった。穂の中心には2センチ程の深紅の宝石が埋まっており、その周りには金属で装飾がなされていた。一瞬ヨシノが自分の槍に取り付けたそうな素振(そぶ)りを見せたが、「買取り金額次第かなー」と諦めた。確かに今は装飾品というよりは、正式な義勇兵になることと生活の安定が大事だった。

 その見る者を魅了(みりょう)する怪しい光を(たた)えた深紅の宝石が、その後グンゾウ達の運命を左右することになると、その時は誰も思いもしなかった。

 戦利品回収をしている間にカズヒコの意識が戻ったが、重度の貧血で歩いて帰れる状態ではなかった。木を伐採し、担架を作り、リョータとクザクが協力して、担いで帰ることにした。

「最初のゴブリンを倒すところまでは()い感じだったんだけどね。リョータに大分差をつけられちゃったな」

 とカズヒコは弱々しく自嘲(じちょう)気味(ぎみ)に笑った。

 そして、グンゾウは約束通りハイドをおんぶして帰った。ハイドは、背は低いが、小太りで体重は少し重い。おまけに服が嘔吐物で汚れていたので、脱がして下着の状態でおんぶした。パンツを直に触っているので、ハイドの臀部(でんぶ)(ぬく)もりが手に伝わってきて、少し気持ち悪かった。

 ――アキに触れた手の感覚が消え失せた気がする。

 グンゾウは何回かハイドを森に置いて帰ろうと思ったが、今日の功労者の1人でもあったので我慢した。

 オルタナの街が見えてきた頃、グンゾウの背中でハイドがもぞもぞと動いた。

「ハイド、起きたなら、自分で歩いてくれよ。正直、……重い。」

 グンゾウが話しかけると、ハイドは「……嫌だ、キシシ」と答えた。

「お前なぁ……」

「キシシ、大人なら約束は守れ」

 ハイドはグンゾウの背中にしがみついた。グンゾウは諦めてハイドをオルタナまで運ぶことにした。

「ところで、お前、毎朝おんぶされてたの知ってたの?」

 グンゾウが聞いても、ハイドは返事をしなかった。

 ――なんだか、良くわからん奴だ。でも、今日は俺たちを救ってくれたから甘やかしてやるか。

 ダムローを初めて見たのも、ゴブリン達を撤退させたのも午前中の出来事だったが、オルタナに着いた時には16時の鐘の音がグンゾウ達を出迎えていた。

 

 ここからグンゾウ達のダムロー攻略という長い挑戦が始まった。

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