廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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■原作アニメ「11. 生と死の間で」冒頭パートより
メリイ「(今回、1万文字もかけて全部下ネタって)どうなの? あれ(=本作)」
ムツミ「大変暑苦しい男(=西)だがね。ボクは嫌いじゃないよ。加えて言うならキミも(下ネタを)嫌ってないように見えるがね」
メリイ「時々、疲れるの。(土曜の朝から下ネタばっかりで「お気に入り」や「UA」が減っちゃうんじゃないかって)」

真面目なグリムガルファンには殺されるんじゃないかと思いながらも、気が付いたら全部下ネタだったので、お嫌いな方は読み飛ばしてください!

逆に下ネタ大好きな人は、どんどん読んでください!(感想・評価も募集していますYO!)



16.修師カレン

 それは平穏(へいおん)な日々だった。

 夏の太陽に(さら)され、害虫を避けながら野山を歩き回る必要もない。怪物(モンスター)とも無縁だ。命を危険に曝すこともない。もちろん命を奪う必要もない。金銭的にも余裕がある。衣食住に困ることはない。壁と兵に守られたオルタナの中で過ごす2週間。最高だ。グンゾウの少ない記憶の中で最も平穏な日々だ。

 否、日々だったはずだった。

「いぎだぐないぃぃぃ」

「何を言ってるんですか、グンゾウさん! 子どもじゃないんですから、行きますよ」

 同じ神官で、今日は一緒にルミアリス神殿へ修練に行くはずのタイチが、中庭のベンチにしがみつくグンゾウを引っ張っていた。

「タイチ君、いや、タイチ様、一生のお願いだから、俺を放っておいてくれ」

「駄目です。そんな聞き分けのないことを言わないでください」

「聞き分けとか、そういう問題ではないんだ。俺の命の尊厳(そんげん)に関わる重大事項なんだ」

 グンゾウが()()に気付くまでは、いつも通りの朝だった。1つ目の時鐘(じしょう)の前に目を覚ます。口を(ゆす)ぎ、顔を洗う。ルミアリス神への朝の祈りを捧げ、杖の訓練をする。裏の雑木林で寝ているハイドを迎えに行き、中庭でカウヒー茶を飲みながらヨシノとアキの起床を待つ。景色の良くなった中庭で、今日を生きている幸せを噛みしめる。

 そして、ヨシノの槍捌(やりさば)きを眺めている時に気付いてしまった。

 新しいスキルを習得に行くということは彼女……“修師(マスター)カレンに再度会わなければいけないかもしれない”ということに。

 グンゾウはこっそりと他の職業(クラス)の仲間を送り出し、最後にタイチだけ巻けばいいと思っていた。実際そうしたが、タイチを巻けなかった。

「いつもみたいに危機を切り抜けてくださいよ。みんなに(しめ)しがつかないでしょ」

 タイチはしぶとくグンゾウを引っ張る。それほど肉体派ではないが、若いだけあって持久力がある。そろそろグンゾウの体力が尽きそうだ。

「わかった。わかった。行く。行くから、引っ張らないで」

「はい。わかりました」

 素直なタイチはグンゾウを(はな)す。

 ――なんてね。大人はずるいんだよ。

 放されたグンゾウは身を(ひるがえ)すと、走って出口の方向に向かった。走りながらタイチを振り返り、グンゾウは声をかける。

「タイチー。ごめんねー。ルミアリス神殿は(ひと)りで行って。どうしても神殿には行きたくないんだ。少しオルタナ生活(ライフ)満喫(エンジョイ)するわー」

 グンゾウが前を向くと、そこにはあるはずのない壁があった。壁のように見えた。グンゾウは壁に顔面からぶつかる。「おふっ!」っと声が出た。思ったより固くない。ぶつかった壁にそのまま抱きしめられる。

 ――壁に抱きしめられた?

「それは駄目っしょ。グンゾウさん」

 壁がグンゾウを抱きしめながらぼそぼそと暗い声で(しゃべ)る。

「グンゾウさん。何してるんですか?」

 別の声も聞こえてくる。聞き覚えがある。聞き覚えがあるどころかグンゾウが好きな声だ。意外と低くて落ち着いている、でも可愛(かわい)らしい()()()だ。

「ア、アキぃ? なんでここにいるの?」

 グンゾウを抱き留めていたのはクザク、そして傍にはいつもは伏し目がちな目を丸く開いたアキがいた。

「ヨシノちゃんから『グンちんの様子がおかしいから、ルミアリス神殿まで連れて行ってあげて』って朝に言われたんです」

 ――なるほど……野生の(かん)が鋭いヨシノに気付かれていたか。無念(むねん)

逃走(とうそう)は諦めました」

 グンゾウは観念(かんねん)して、クザクの広い胸にもたれかかった。

 ――あ、なんか抱きしめられるって気持ちいい。

 

 

 義勇兵宿舎からルミアリス神殿へは、天望楼(てんぼうろう)前の広場を通って北区に向かう。行き道、グンゾウはほぼ(たましい)が抜けた状態で歩いている。左右をアキとタイチに挟まれ、後ろはクザクが(ふさ)いでいる。左右の腕は腕組みまでされている。まるで護送(ごそう)されている囚人(しゅうじん)のようだ。唯一、アキに腕組みされていることが辛うじて生きる力を与えている。

 ――アキとふたりっきりならこんなに楽しいことはないんだろうけど……。

「グンゾウさんの修師(マスター)はそんなに酷い人なんですか?」

 アキが聞く。

「うん……」

 グンゾウは力なく答える。

「確か、規定修練の時は、ほぼ食事抜きでしたっけ?」

 タイチが聞く。

「うん……」

 グンゾウは力なく答える。

「でも、逃げちゃ駄目だわな」

 クザクが言う。

「うん……」

 グンゾウは力なく答え……た後、思い直してクザクに言い返す。

「いや、(ちげ)ぇ! (つら)いだけなら俺も頑張る。でも命の危険があったら、それは避けるだろ? 死ぬって分かってて戦いを(いど)むのは(おろ)かってもんだろ? そんな命知らずの愚かな男が立てる戦術で戦えるか?」

「それは……まあ、そうっすけど」

 グンゾウ達は北区の市場を通り抜けていく。北区の市場は朝から(にぎ)やかだ。市場の喧噪(けんそう)がグンゾウ達を包んでいる。グンゾウの目の前で市場の商人と客が楽しげに会話し、屋台からは美味しそうな匂いが(ただよ)っている。露天商(ろてんしょう)軒先(のきさき)にぶら下げられた(おり)の中で、食肉用の鳥が悲しげに鳴いていた。グンゾウにはそう聞こえた。グンゾウはその鳥と目が合い、悲しげに見えるその目に共感を覚えた。実際は無感情な鳥の目だ。

 ――ああ、(とり)ちゃん。君と同じ運命だよ。俺はこれから地獄行きの檻に閉じ込められるんだ。娑婆(しゃば)雰囲気(ふんいき)を味わえるのもこれが最後かな。グリムガル(ここ)に来て、あんまり()いことなかったな。最期(さいご)は女性に抱きしめられたかったな。

 グンゾウの目にうっすらと涙が浮かんだ。

「あのリョータやハイドと上手くやれているグンゾウさんが苦労するってのは確かに修師の人に問題があるのかもしれませんね。じゃあ、私から神殿側に不必要に過酷(かこく)修練(しゅうれん)は止めるように申し入れますから、元気出してください」

 アキがいつになく優しい。グンゾウは感動してしまった。

「うぅ、ありがとう。アキ」

「僕もできる限りグンゾウさんを守ります」

 タイチもグンゾウに優しい顔でほほえんでいる。

「ありがとう。タイチ」

 グンゾウは何だか勇気が湧いてくる気がしてきた。

「まあ、たぶん、何も変わらないと思うけどね」

 前向きになってきたグンゾウの心をクザクがぶち壊す。

「なんなの? クザク、俺に(うら)みでもあんの?」

「いや、ないっす」

 グンゾウが恨みがましい目で後ろを()()()()と、クザクはいつものように白けた顔のまま目を()らした。

 ――嗚呼(ああ)、帰りたい。宿舎(おうち)に帰りたい。そうだ、帰ろう。帰ったっていいじゃないか、人間だもの。グンゾウ心の俳句。……あれ? なんか違う。

 グンゾウが心の中で(つぶや)いる間に、ルミアリス神殿は目の前に(せま)っていた。

 

 

 ルミアリス神殿の学院で、グンゾウは渋々(しぶしぶ)修練の申し込みをした。アキは本当に受付の女性に対して、過去にグンゾウが不必要に過酷(かこく)な扱いを受けたと説明をしてくれていたようだった。

 ――いつもより優しい。

 聖騎士と神官は修練する場所が異なるため、アキと根暗ノッポ(クザク)とは学院の入り口で別れた。グンゾウはタイチと2人きりになった。

 ――今なら逃げられるんじゃなかろうか?

「グンゾウさん。今回は違う修師かもしれませんよ?」

 タイチはグンゾウの心の中を見透かしたように腕を(つか)んだ。

「そ、そうだよね。修師も暇じゃないんだし、毎回、毎回同じってわけはないよね」

 グンゾウは学院の入り口でタイチと話しながら、手続きを待っていた。案内の神官が現れる。グンゾウの名が先に呼ばれた。この後、修練の部屋に案内されるのだ。

「じゃあ、午前の修練が終わったら、食堂で会いましょう。グンゾウさん」

「ああ、わかった」

 グンゾウは緊張しながら案内の神官の後に付いていく。学院は入り口や受付がある本棟の他に、研究棟、図書館、修練場等の複数の建物から構成されている。各棟は渡り廊下で結ばれていて、その渡り廊下は中庭を囲むようにぐるっと回廊(かいろう)状になっている。修練場へ行く渡り廊下は長い。修練場はいくつかの建物で出来ている。

 グンゾウはその中のひとつに通された。建物の南北に入り口があり、修練を受ける神官は北側の入り口から入る。

「ここで待ちなさい。担当の修師が来ます」

 案内の神官にそう言われたので、グンゾウはお礼をして建物に入って扉を閉めた。

 建物の中は少し暗い。しかし、明かり取りの窓が南向きの天井付近に設けられているため、光が射し込んでくる。光が空気中の(ほこり)散乱(さんらん)し、光の通路が見える。神々(こうごう)しい雰囲気が(かも)し出されている。

 窓の下には白いカーテンがあり、その白いカーテンの向こうには南側の扉がある。担当の修師はその南側の扉から入ってくる。

 ――どうかあのカーテンから現れるのがカレン師ではありませんように。

 グンゾウは祈るのではなく、思わずルミアリス神に願いすがってしまった。

 そうしていると、建物に誰かが近付いてくる足音が聞こえる。グンゾウの心音が一気に高まる。周囲が静かなため、自分の心音が五月蠅(うるさ)いくらいに聞こえる。足音もだんだんと近付いてくる。

 ――緊張する。なんか過去に似たような経験をしたような気もするけど、もっと楽しい状況(じょうきょう)だった気がする。

 南側の扉が開く音がして、白いカーテンにさっと光が()す。カーテンに一瞬人影(ひとかげ)が映った。そんなに大柄な人物ではない。

 ――今の人影……まさか……。

 グンゾウの緊張がピークに達する。心臓の鼓動は既に限界近くまで速くなっていて、ダムローでゴブリン達から逃げている最中よりも速いのではないかと錯覚(さっかく)させる。呼吸も乱れ、脂汗(あぶらあせ)()き出している。

 カーテンが「シャッ」という音を立てて開けられる。

 そこに居たのは……。

 

 

 そこに居たのは、神官衣を(まと)い、手にショートスタッフを持った1人の女性だった。年齢(とし)は20代前半と思われた。

 彼女の身長は小さい。150センチくらいか。グンゾウ達の仲間で言えばチョコよりも少し小さい感じだ。目立つのは金髪(きんぱつ)のショートカット。光明神(こうみょうしん)ルミアリスに心から帰依(きえ)するためか、白いほどに金髪だ。肌も透けるように白い。そして()せている。この特徴はまるでアキのようだ。実際、彼女はアキを一回り小さくして金髪ショートカットにした感じだ。その金髪の下に小さい顔が付いている。眉毛(まゆげ)は黒いのできっと髪の毛は脱色(ブリーチ)をしているのだろう。さらにその眉毛の下、筋の通った小振りの鼻の上に眼鏡がかかっている。眼鏡のレンズの奥には(するど)くグンゾウを(にら)み付ける大きな目があった。薄い二重(ふたえ)で長い睫毛(まつげ)をしていて、常に睨んでいる前提でなければ可愛い目をしている。色白眼鏡美人(いろじろめがねびじん)だ。グンゾウの苦手な容姿では無い。むしろ大好物な方だった。

「カ、カレン……」

 グンゾウの声にカレンの左眉毛がピクピクと吊り上がる。

「ほほぅ。グンゾウ、再会早々(そうそう)()を呼び捨てとは、偉くなったものだな」

「あ、あぁ、久しぶりにカレン先生(せんせい)とお目にかかり、感動しまして、敬称(けいしょう)を忘れました」

 ――終わった……。俺の2週間オルタナ満喫(エンジョイ)生活(ライフ)は地獄へと変わり果てた。

「先生ではない。どうやったら私がお前のような中年(ちゅうねん)より(さき)に生まれていると思うのだ? 私のことは修師(マスター)と呼べと言ったはずだ。まだ……、()()()()()()()()のか?」

 「体が覚えていない」の部分でカレンの口元が初めて少しだけ緩む。グンゾウはその様子に(からだ)が縮み上がる。

「い、いえ。修師(マスター)カレン。覚えております」

「そうか。体で覚えたいのかと思った」

滅相(めっそう)もございません」

「ところで、今日は何の修練で来たのか?」

「あの、修師(マスター)のご尊顔(そんがん)拝見(はいけん)しにきただけで、本日はこれで失礼をさせていただきます」

「そうか。私の手元の紙には『癒光(ヒール)と護身法の習得を2週間かけて』と記載があるな。間違いか?」

 ――ば、ばれてる……。そういう仕組なの? 結構組織的(システマティック)なのね

「……。んー、手違いかもしれませんね。修師(マスター)にはお手数をおかけしました。受付で訂正して帰ります。それでは、これにて」

 グンゾウが立ち去ろうと後ろを向くと、グンゾウの背後から「ひゅっ」と風を切る音がする。

「がっ!」

 グンゾウは首の付け根、右の肩に激痛(げきつう)を感じた。

 ――さ、鎖骨(さこつ)が折れた?! 右腕が上がらない。

 グンゾウが前に倒れ込みながら後ろを振り向くと、快楽に歪んだ顔をしたカレンがグンゾウを見下ろしていた。名が示す通り美人なところがさらなる恐怖を感じさせる。カレンはショートスタッフの飾り部分を(てのひら)にペチペチと打ち付けていた。

「グンゾウ、今のが“強打(スマッシュ)”という護身法の技だ。体の関節を柔らかくして、最も効率的な軌道(きどう)で、遠心力を使った打撃を与える。非力(ひりき)なものでも大きな衝撃力が出せるぞ」

「痛い……、い、いや、別に覚えたくないです」

「そうか、じゃあ……」

 カレンが何か祝詞(のりと)を唱えるとグンゾウの前に神聖文字が浮かび上がり、温かな光が包む。グンゾウの右肩から痛みがどんどんとひいていく。

「今のが癒光(ヒール)だ。離れていても、光を浴びた者の全身の怪我を()やすことができる。覚えたかったんだろう?」

「いや、それは……」

 カレンはグンゾウに近付くと、左手で襟首(えりくび)(つか)み引き寄せる。か細い腕からは想像できない程力強い。お互いの顔が近付く。とっさにグンゾウは顔を(そむ)けた。カレンの小さく(とが)った顎先(あごさき)がグンゾウの頬に触れる。

 ――近い。

 強烈に甘ったるい、官能的(かんのうてき)な香水の匂いがする。ヨシノやアキと違い大人系の匂いだ。グンゾウは色んな意味で心拍数が上がる。

 カレンはグンゾウの耳元に口を近付けると怖いくらい優しく(ささや)く。

「2週間、たっぷりと楽しめそうだな」

 そう囁きながら、ショートスタッフの石突きでグンゾウの下腹部をグリグリと(ねじり)り押した。

 ――こ、殺される。

 

 

 夕べの食堂。まだ太陽は落ちていないが、広い建物のため奥の方は薄暗い。机の上に洋燈(ランプ)が置かれている。食事は豆や野菜を中心とした質素(しっそ)なものだが、バフェスタイルのため量は自由だった。グンゾウはタイチと向かい合って夕食を食べていた。グンゾウやタイチ以外にも数人の神官が食事を摂っていた。恐らくルミアリス神殿に勤めている人達だろう。

 アキの申し入れが(こう)(そう)したのか、それともグンゾウが()せたのでカレンのお許しが出たのか、夕食を()ることができた。ただし、昼飯(ランチ)は抜きだった。

「大丈夫ですか? 怪我はしてないみたいですけど」

 タイチが心配そうにグンゾウの顔を覗き込んでくる。

「ありがとう。怪我は部屋を出る前に治してくれるんだよ。……散々虐待(プレイ)を楽しんだ後でね」

「プレイ?」

「あ、こっちの話」

 ――シェリーの酒場で聞いた(うわさ)じゃ、盗賊(シーフ)ギルドでは40シルバー払うと、30歳前後のセクシーで美人な盗賊(シーフ)の先生にご褒美(ほうび)(もら)いながら(スキル)を身に着けられるって話だ。天国(パラダイス)じゃないか。大違いだ。俺も盗賊(シーフ)になれば良かったかな?

 タイチは自分の修師にカレンのことを聞いたようで、情報を共有してくれた。

「しかし、そのカレン師という方は、オルタナのルミアリス神殿では有名な方のようですね。オルタナ出身で幼くしてルミアリス神殿の門を叩き、学院で優秀な成績を収め、最も若く修師になったらしいです」

「そうなんだ……」

 ――うちも美人は美人だが……。虐待(ぎゃくたい)をしている時のカレンは最高に(えつ)に入った表情をしているよな。あれはドSだ。

「ルミアリス神信仰の歴史を研究していて、古文書から過去に失われてしまった祝詞を復元させ、新たな光魔法を復活させたこともあるみたいですよ」

「そうなんだ……」

 ――出会った時から鋭い目はしていたけど、ここまでの暴力はなかった気がする。やっぱり()()以降だよな。

「ただ、出る(くい)は打たれるということで、色々権力争いとかにも巻き込まれて……グンゾウさん、聞いてますか?」

「そうなんだ……」

 ――とにかく、時間を戻してこうなった背景を詳細に思い出そう。

 グンゾウは全くの(うわ)(そら)だった。過去の規定修練の頃を思い出すことに注意力の(ほとん)どが奪われていた。タイチはグンゾウに話かけるのを諦めると食事に戻っていった。

「あ、ごめん、今なんか話しかけた?」

 グンゾウは今更タイチに聞き返した。

 

 

「じゃあ、グンゾウさん。おやすみなさい。また明日」

 グンゾウはタイチと宿舎の自室前で別れた。

「タイチ、今日は色々と心配してくれてありがとう。また明日」

 グンゾウは部屋に入ると、手に持っていた行燈(ランタン)から部屋にある洋燈(ランプ)に灯りを移す。薄暗い部屋の中が橙色(だいだいいろ)の柔らかい光で満たされ、明るくなる。グンゾウはベッドに仰向けになった。明るくなった天井を見ながら、規定修練の頃を思い出す。

 ――()()()、どんなやり取りだったかな。

 

 

 カレンは出会った初日から暴力的なわけではなかった。もちろん厳しい修行を()してはいたが、それはどの修師も同様で、度を超えているという水準(すいじゅん)ではなかった。

 その日は、規定修練の2日目で、初めてショートスタッフを使った護身法を習う日だった。今日の修練はそろそろ終わろうという時間、防御の練習をしている際だ。グンゾウはすごく疲れていた。カレンの華麗(かれい)杖捌(つえさば)きに翻弄(ほんろう)され、杖を落とし、生身(なまみ)で打撃を受けて怪我をしてしまった。

 痛みでしゃがみ込むグンゾウに、怪我の治療のためにカレンが近くに寄ってきた。

 先に言い訳をすれば、グンゾウはグリムガルにきて数日間は、当然に禁欲的(きんよくてき)な生活を()いられていた。さらに慣れない修練初日と2日目の疲労が絶頂(ぜっちょう)に達していた。そこへ初めて味わう癒し手(キュア)の心地よさと、カレンから(ただよ)う官能的な匂いにグンゾウの下半身が反応してしまった。

 さらに運悪く、グリムガルに来たばかりのグンゾウは着替えが無いため、神殿から与えられた粗衣(そい)を着ていた。その粗衣の隙間(すきま)から屹立(きつりつ)したグンゾウの()()が顔を出してしまった。しかも、グンゾウの治療をしているカレンの目の前にだ。

 グンゾウも驚いたが、カレンは驚きのあまり目を見開(みひら)いて数秒停止した後、「きゃあっ!」っと言って、ショートスタッフでグンゾウの下半身と顔を叩いて離れた。

「あ、これは……その……」

 カレンは顔を紅潮(こうちょう)させ、下を向いたまま肩を振るわせていた。グンゾウが言い訳の文章を組み立てようと考えを巡らせていると、カレンが先に口を開いた。

「そういうことか……。お前は体が(たる)んでいるだけではなく、無駄な精力(せいりょく)も余っているようだな。食事を抜いて、少し身を清めるがよい。食堂に、貴様には水以外の食事を出さぬように伝えておく」

 そう言うとカレンは修練場の扉を強く閉めて、後にした。

 

 

 ――やばい。今思い出しても恥ずかしい。

 グンゾウは独りベッドで赤面(せきめん)してしまった。

 

 

 次の日もグンゾウの不運は続いた。早朝から水で身を清め、ルミアリスへの祈りを終えてから修練場に入るのだが、その際に回廊を歩いているアキを見かけてしまった。アキもグンゾウ同様に粗衣に身を包んでおり、丈の短い上衣(チュニック)を着ていた。その短い丈から出ている白くて細い脚が、朝日を浴びて(まぶ)しかった。

 その眩しい脚の映像が(まぶた)に焼き付いて消えないまま、修練場に入った。グンゾウは少年ではないが、まだまだ現役の男性だ。朝であったことや諸事情(しょじじょう)が諸事情により、何が何して、またしても下半身の元気が収まらない状態でカレンの到着を迎えてしまった。

 昨日のこともあり気まずい。朝一から護身法の訓練であった。体の一部が不自由なグンゾウは(なめ)らかに体を動かすことが出来ないでいた。

「ふざけているのか? 貴様」

 カレンの怒気(どき)()もった渾身(こんしん)の一撃を上手く受けきれず、グンゾウは頭部に怪我をしてしまった。グンゾウはうつ伏せに倒れ込んでしまう。

「ふざけているから、そういうことになるのだ!」

 カレンは怒りながら、グンゾウの治療をしようと近付いてくる。そして、カレンがグンゾウを仰向けに起こすと、またしてもグンゾウの()()が顔を出してしまった。カレンは一瞬笑ったような歪んだ顔をした後、グンゾウを突き飛ばして、「いい加減にしろ」と(しか)った。グンゾウは頭を打った衝撃で朦朧(もうろう)としていたので、どう返事をしたか覚えていない。何か言い訳をした記憶があるだけだった。

「貴様は仕方のないド変態(へんたい)だな。グンゾウ」

 カレンからそう言い放たれた。

 

 

 ――あの時、なんて言ったのか思い出せない。

 グンゾウは脳震盪(のうしんとう)を起こしていたのか、その辺りの記憶がさっぱりなかった。

 

 

 その日からカレンのグンゾウへの当たりは厳しくなっていった。特に護身法の修練時は容赦(ようしゃ)ない攻め方をされた。カレンは傷付いたグンゾウをこまめに治療するのを()め、ぼろぼろになった最後に光の奇跡(サクラメント)で治すようになった。グンゾウには、カレンがグンゾウの苦しむ姿を楽しんでいるように見えた。

 

 

 ――よく考えたら、俺はカレンが恐ろしくて1回もちゃんと言い訳をしていない。それに「暴力は止めてくれ」とも言ってない。カレンに変態だと思われているなら、もしかしたら、俺のことを超M男君だと思っているんじゃないか? だとしたら暴力が()むわけがない。カレンにしてみれば、修練と一緒に利害の一致する趣味(プレイ)を楽しんでいるくらいにしか思っていないことになる。よし! 明日は必ずしっかり説明しよう。俺はMじゃないって!

 グンゾウはどうしようもない決心をしながら、安らかな眠りについていった。

 

 

 翌日。グンゾウはカレンの前に立っていた。オルタナでの普段着の上に、神官衣を着ている。ダムローからの撤退戦でゴブリンと対峙(たいじ)した時よりも緊張していた。

 修練の前にカレンへ切り出す。

修師(マスター)カレン、きちんと説明しておきたいことがあります」

 カレンは一瞬眉間(みけん)(しわ)を深くしたが、普通に戻り話を聴く体勢になった。

「……なんだ。聴こう」

 グンゾウは真剣な顔をし、胸を張って、不退転(ふたいてん)の決意で話した。

「私はマゾではありません。なので、痛みを受けることに喜びを感じていません。過去に修練で怪我をした際にお見苦しいモノをお目にかけたのは、反省しております。その……修師(マスター)が美人なのでつい体が反応したもので、けして殴られたことに興奮したのではありません。誤解しないでいただきたい」

 ――言い切った……。あとは野となれ、山となれ。

 カレンは聞き終わると、下を向く。表情は見えない。そのまま180度くるりと後ろを向いてしまった。少しだけ背中が震えている。

 ――怒らせちゃったかな?

「……くくくくくく」

 ――あれ?

「くっくっくっくっく。はっはっはっはっは。あーっはっはっはっはっは」

 カレンはお腹を抱えて笑っている。

 ――あれ、あれ? 思ってたのと違う反応だ。

「くふふふふ。こんな馬鹿な男は初めて見た」

「はぁ……すいません」

 カレンはお腹を抱えながら、グンゾウに近付いてくる。肩に手を置く。グンゾウは思わずびくっと震えてしまう。

「そうかそうか。よく分かった。私も勘違いをしていた。私に欲情したわけで、痛みに興奮したわけではないってことだな」

 ――お。理解してもらえた!

「そ、そうなんです」

 次の瞬間、カレンのショートスタッフがグンゾウの鳩尾(みぞおち)を鋭く貫く。

「ぐふぉぁ!」

 グンゾウはお腹を抱えて、体を折り曲げる。胃液が食道まで上がってくる。体を折り曲げた状態で、カレンを見上げる。

「何故ぇ……」

 カレンは快楽の極みという目をしながらグンゾウを()()()()。そして、グンゾウの耳元に口を近づけていく。強烈に甘い匂いがする。

「理解はしたが、世の中には()()ってものがある。()()()()()()()()()()。少し付き合え」

 そう言うとカレンはグンゾウの耳に優しく息を吹きかけた。グンゾウはぞくぞくと震える。

「お前には()()()()()()を感じるしな。()普通(ノーマル)なのは理解した。少しずつ育ててやる」

 カレンはグンゾウから離れると正対(せいたい)して直立する。

「さて、今日が本当の初日だ。何を習いたいか言え。オルタナ史上最若年の修師が稽古をつけてやる」

 ――なんだか……、解決したような、していないような。

 そこから、グンゾウとカレンの新しい関係が始まった。

 

 

 その日の修練終了後、結局ぼろぼろにされたグンゾウは床に仰向けに倒れながら(たず)ねた。

 ――確かに、今までより少しましだったかもしれない。

「あの……、修師(マスター)……、私は規定修練2日目に頭をぶつけた際、なんて言っていましたか?」

 カレンは溜息(ためいき)()いて椅子ヘ座ると、退屈そうに、倒れているグンゾウの腹をショートスタッフの石突きでつんつんと突きながら答えた。

「お前は切なそうな顔で『修師(マスター)カレン、もっとぉ、もっとくださぁい』って言ってたぞ。あの欲しがりようでは聡明(そうめい)な私でも勘違いするよ」

 ――なんてこった……。

 グンゾウは軽い絶望感の中、早く光の奇跡(サクラメント)して欲しいと思っていた。

 

 

 




後半の燃料のため、感想・励まし・評価を激しく×5募集中です!

■「灰と幻想のグリムガル level.9 ここにいる今、遥か遠くへ」8月25日発売。楽しみ、楽しみ。

下ネタ読みたい方は本作でお楽しみください。
西はノーマルなのでけして、Mではありません。
違いますよ。違うったらぁ。
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