廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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土曜日更新のノルマをすっかり忘れてて、焦って書きました。
少し時間が経つと結構修正入れていたりします。

原作を全巻読まれている方には、色んな意味で涙が湧いてくる回です。


17.マナトくんの地図

 グンゾウ達は、ダムローの西にある監視塔(かんしとう)を目指して、森を進んでいた。

 全滅の危機を乗り越えた経験と、ギルドにおける2週間の修練(しゅうれん)は確実にグンゾウ達の力量(りきりょう)底上(そこあ)げしていたようだ。それは監視塔を警邏(けいら)していたと思われる可哀想(かわいそう)な8匹のゴブリン達で実証された。

「うおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 この声はリョータではない。ヨシノの声だ。戦士特有の(スキル)である雄叫び(ウォークライ)だ。独特(どくとく)発声方法(はっせいほうほう)で、とんでもない大声を出し、敵を威嚇(いかく)する。心の準備をしていない生物は一瞬目の前の敵を忘れて耳を押さえてしまう。

 動きが止まった敵を戦士達が逃す訳が無い。

 リョータが一本突き(ファストスラスト)から憤怒の一撃(レイジブロー)(スキル)をつないで、2匹のゴブリンを瞬殺(しゅんさつ)する。1匹目は一撃で頭と体が離れ、2匹目は肩口から半分になった。グンゾウは、できればリョータに巻撃(ウインド)という鍔迫り合い(バインド)から切り返す(スキル)を覚えて欲しいと思っていた。しかし、一本突きの方が格好良いからという理由で選んだらしい。リョータらしいと言えば、リョータらしい選択だった。

 カズヒコ、ミッツもそれぞれ1匹ずつを迷い無く斬り伏せる。ミッツも踏み込みが深くなり、少しは戦士らしい自覚が身についてきたように見えた。

 クザクの目の前にいたゴブリンは素早いタイプのゴブリンで、クザクの長剣(ロングソード)(かろ)うじて(かわ)すと、クザクを踏み台にして、後衛を狙いに行く。

 ――クザク(あいつ)は、踏み台2号だな。

 クザクは資金を主に装備へ(つい)やしたようで、(かぶと)胴当(どうあて)背当(せあて)等が新調(しんちょう)されていた。一端(いっぱし)聖騎士(せいきし)に見える。

 ――クザクの体格じゃ、アキみたいにゴブリン装備は入らないしな。

 不運なのはクザクを突破したゴブリンだ。(スキル)を試したい(さか)りの後衛達の良い(まと)になった。

「ジール・メア・グラブ・フェル・カノン」

 ノッコの凍てつく血(フリージングブラッド)という氷結魔法(カノンマジック)が着地したゴブリンの足に命中する。ゴブリンの足元が凍り、地面とくっついてしまう。ゴブリンは転倒する。

「キシシ、ジェス、キシシシシ・イーン・サルク、キシシ・フラム・ダルト、フシシシシシ」

 ハイドは黄色い宝石が付いた杖を使ってエレメンタル文字を空中に描いている。2週間を空けて現れたハイドは杖を3本も持っていた。今回の修練で身に付けた魔法の系統にそれぞれ合った杖らしい。ハイドはいちいち使う魔法毎に杖を持ち替えている。

 いやらしく笑うハイドの詠唱が終わると電磁魔法(ファルツマジック)雷電(ライトニング)が発動する。相変わらず「キシシ」の部分が皆を不安にさせるが、ちゃんと発動するから謎だ。

 中空からゴブリン目がけて閃光(せんこう)が走る。少し遅れて、打楽器(だがっき)が一斉に鳴り響くような轟音(ごうおん)が追いかける。

 ハイドのお気に入りは雷電(ライトニング)のようだった。宿舎裏の雑木林で木が何本も縦に裂けて倒れているのをグンゾウは目撃している。「山火事を起こさないと良いんだが」とグンゾウは思っていた。

 ハイドの雷電(ライトニング)に撃たれたゴブリンはびくっと飛び跳ねた後、動かなくなった。

 ――いい威力(いりょく)だ。残り3。さて……。

 グンゾウが視界を広くすると、アキが目に入る。

 アキの目の前にいるゴブリンはふらふらだった。正確にはアキにふらふらにされてしまっていた。アキの(スキル)だ。

 最終的にアキが習得してきたのは癒し手(キュア)盾受(ブロック)盾打(バッシュ)だった。特に盾打(バッシュ)の練習に熱心なようで、隙あらば「えいっ!」「やっ!」等と声を出しながらゴブリンの顔面を逆三角形の歩兵用の凧型盾(ヒーターシールド)でバンバンと叩いていた。盾打(バッシュ)は相手の動きを予測して、カウンター気味に最適なタイミングで全体重をかけた盾を突き出す技だ。敵の武器を打ち払ったりもするが、今はゴブリン本体を叩いてる。

 真剣にゴブリンの動きを観察して、動き出しを見て全身でぶつかっていくアキの姿がかわいらしくもあった。

 ――あの技、ちょっと面白いな。

 前衛が手当されていない残った2匹のゴブリンの内、奥にいた1匹は矢が心臓付近の胸に2本刺さって倒れた。シムラが樹上(じゅじょう)から狙撃(そげき)したのだろう。シムラは速目(はやめ)という(スキル)を覚え、さらに命中率が上がっていた。速目(はやめ)特殊(とくしゅ)眼球運動(がんきゅううんどう)暗示(あんじ)により、遠目(とおめ)()く効果と、動体視力(どうたいしりょく)を向上する効果があるらしい。

 手前のゴブリンには、雄叫び(ウォークライ)を終えたヨシノが脱兎(だっと)(ごと)く駆け寄っているので、寿命は残り少ないだろう。ヨシノは「可愛かったから」という理由で片刃の曲刀(シミター)を2本買って腰にぶら下げている。まるで妖精の下羽(したば)だけ生えたようだ。槍が抜けなくなった時の武器らしいが、何故2本必要なのかは誰にも説明がなかった。

 ――終わったな。

 全てのゴブリンへ手当てが完了し、グンゾウは安心していた。

「グ、グンゾウさん。あれっ!」

 そこにタイチの声が届く。「おやっ?」と思い、目を()ると1匹のゴブリンが前衛を抜けて後衛の方に向かってきていた。

 ――9匹もいたのか。森の中は視界が悪いから厄介(やっかい)だ。やれやれ。

 ハイドとノッコはすぐに精霊(エレメンタル)魔法の準備に入ろうとした。グンゾウは左手を挙げて、魔法使い2人を制する。

「キシシシ、いいのか? グンゾウ」

「ああ、俺にも仕事させてくれよ」

 そう言うと、グンゾウは祝詞(のりと)(とな)え始めた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……咎光(ブレイム)!」

 咎光(ブレイム)は光明神ルミアリスの光で敵を()らしめる光魔法だ。短射程でダメージも小さいが、()らうと短時間敵の体を痺れさせ、動きを鈍らせることができる。

 この魔法は護身法と癒光(ヒール)を早めに習得できたグンゾウに、カレンが「役に立つから、これも覚えていくがよい」と期間ぎりぎりまでかけて習得させた(スキル)だ。カレンの本音は咎光(ブレイム)をグンゾウにかけ、(しび)れて苦しむ姿を楽しみたかったのがではないかとグンゾウは疑っている。

 グンゾウの手元から放たれたまばゆい光が近付いてきたゴブリンの体を捉えた。

「ギャギャギャギャギャ……」

 ――この魔法は、ダメージが小さい割に結構苦しいんだよね。何回も喰らったからわかるよ。

 咎光(ブレイム)をまともに喰らったゴブリンは痺れに体の自由を奪われ、蹌踉(よろ)めいている。

咎光(ブレイム)からの、(スマ)っ!」

「やっ!」

 グンゾウが咎光(ブレイム)から覚えたての強打(スマッシュ)に繋ぐ連続技(コンボ)披露(ひろう)しようとしたところ、ゴブリンの後ろに現れたチョコが背面打突(バックスタブ)(とど)めを刺した。良いところに刺さったのか、チョコがダガーを抜くと、ゴブリンが前のめりに倒れる。

「あ」

 グンゾウが唖然(あぜん)としていると、チョコが気まずそうに頭を()いた。

「あ、ちょっと覚えた(スキル)を練習したくて」

「全然、いいよ。でも、声はかけてね。危うくチョコごと叩いちゃうところだったよ」

「気をつけまーす」

 チョコはぺこっと頭を下げると、ダガーに付いた血を一振りで払い、(さや)に収めた。チョコは新しい(スキル)以外に、服装が可愛くなっていた。

 その頃には、アキもヨシノもそれぞれの相手を地に伏せていた。

 グンゾウ達は、ほぼ瞬間的(しゅんかんてき)にゴブリン9匹を殲滅(せんめつ)することができた。

 ――楽勝だな、これ。自制(じせい)しないと油断しそう。

 

 

「おー、よく見える。でも、建物の影はやっぱり見えないな。いっぱいいるなー、ゴブリン達」

 グンゾウは監視塔の屋上にいた。木製の三脚を立てたブリちゃんの望遠鏡(ぼうえんきょう)(のぞ)きながら、(ひと)(ごと)を言っていた。

「あたしも見たいよー。グンちん替わってよー」

 ヨシノがグンゾウの傍で望遠鏡を覗きたくて、ぴょんぴょんと()ねている。跳ねる度に鎖帷子(チェインメイル)がチャリチャリと音を立てた。

 ――子どもみたい。子どもは鎖帷子着ないけど。

 塔にはグンゾウ、ヨシノ、ハイドだけ残り、他の仲間は塔に近付くゴブリンを狩るため哨戒(しょうかい)活動に出かけた。戦力の均衡(バランス)を取った結果だ。使える回数が少ないとは言え、アキが癒し手(キュア)を習得した結果、タイチとアキが居れば激しい戦闘でなければ回復量が足りてしまう。

「ちょっと待ってね。先に今日、確認する点だけ全部見させてね」

 グンゾウはダムローの大まかな地図を手帳に書き込むと、気になる事実と感じた感覚を(つぶや)きながら記載した。

「ぼろぼろが旧市街で、ある程度復興(ふっこう)されてるのが新市街と。新旧は川で別れてるのか。地図買えば良かったかな。思ったより値段が高かったんだよな。大きな橋は3ヵ所。だけど、まともに残ってるのは2ヵ所か。あれだけの兵がいるんだから、兵站(へいたん)を蓄えておく場所や、駐屯地(ちゅうとんち)があるはずだよな。どこかなー。広くて全然検討つかないな。ゴブリンの小隊は4から8匹にリーダーが1人が基本みたいだな。なんか理由があるのかな」

「早くー、早くー」

 ヨシノのぴょんぴょんが速くなり、落ち着きがない。そもそもゴブリン狩りではなくグンゾウの護衛についているのも退屈なのかもしれない。

 ――まあ、今日はここからどんな感じで見えるかがわかっただけでいいか。何回も通わないいけないしな。やっぱりせめて旧市街の地図が欲しい。しかも直近で詳細なやつが最高だな。

「ほい。いいよ。ヨシノ」

「わーい!」

 グンゾウは望遠鏡を覗く位置をヨシノに(ゆず)った。ヨシノはグンゾウと入れ替わると食い入るように覗きこんだ。鼻歌を歌いながら、ダムローを観察している。

「ほんとだ。ゴブちんいっぱいいるー。これ、お金払わなくてもずっと見れるのがいいよねー」

「それ、どういうこと?」

 ヨシノはグンゾウと顔を見合わせてから、不思議そうな顔をした。

「ん? あれ? あたし、なんか変なこと言ったよね? 望遠鏡ってお金払って見る感覚があったー」

「ははは。なんでだろうね」

「キシシシシ、つ、次は僕が観る」

 ハイドも望遠鏡を覗きたいらしく、ヨシノの後ろに列を作って並んでいる。

 ――みんな子どもだな。

 ガサガサと音がして、チョコが塔の下の茂みから顔を出す。

「いたよ。4匹。ダムローの一団じゃない。野良だと思う。ヨシノどうする?」

「行ってもいい? グンちん」

 ヨシノが瞳をきらきらさせながら、グンゾウの顔を見る。

 ――4匹なら往復3分だな。こんな顔されたら断れないよ。

「はいはい。いってらっしゃい。すぐ戻ってきてね」

 ヨシノはグンゾウの返事を聞くや否や、望遠鏡をハイドに譲ると、槍を持って出掛けてしまった。望遠鏡を譲られたハイドはダムローを観察し始めている。

「チョコー。終わったらみんなを戻して。今日の監視は終わりにする」

 グンゾウが話しかけると、チョコはぺこっと頭を下げると、茂みの中に消えていった。

「キシシシ、戦士は野蛮(やばん)。シシシ」

「まあね。そういう面もないと困るからね」

 ハイドは集中してダムローの様子を眺めている。グンゾウは塔の壁にもたれて座った。手帳の内容をまとめながら、オルタナに帰ったら何を準備すれば良いか考えていた。

「シシシ、グンゾウ、これ見てみろ」

 ハイドが望遠鏡を覗きながら、声だけでグンゾウを呼ぶ。

「ハイドー、俺はお前の親じゃないんだから、声だけで呼びつけるなよ」

 グンゾウが振り返っても、ハイドは望遠鏡から目を離さない。

「見た方がいいぞ。フシシ」

 ――そう言われると気になる。

 グンゾウが重い腰を上げてハイドに近付くと、ハイドは望遠鏡を手で押さえながら「覗け」と身振(みぶ)りをする。(いざな)われるままに望遠鏡を覗くとそこには見覚えのある(あか)い鎧を身に(まと)ったゴブリンの姿が見える。

「あいつは……!」

 グンゾウが顔を上げて、ハイドを見るとハイドは「シシシ」と笑った。

 グンゾウは紅鎧(べによろい)のいる大体の位置を確かめると、手帳に大体の位置と建物の特徴を記載した。グンゾウは紅鎧(べによろい)の観察を続けた。相変わらず武器は槍だ。槍の穂先に妖魔石榴石(ゴブリンカーバンクル)は入っていない。たぶん一番良い武器を失って、グンゾウ達への恨みは大きいだろう。

「しかし……、新しい武器を手に入れてんな……」

 グンゾウは頭を抱えたくなる事実を見つけてしまった。紅鎧(べによろい)の隣に従者(じゅうしゃ)のように控えている1匹のゴブリンがいた。ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの亜種(あしゅ)と思われた。グンゾウは知識として知っていたが、現実には初めて見た。

「それにしても……でかい。ハイドも見た?」

「シシシ。見た。でかいな」

 ハイドは楽しそうにコクンコクンと頭を縦に振った。

 ホブゴブリンはゴブリンに比べ知能が低いため、ゴブリンに捕まると奴隷(どれい)のように扱われる場合があると聞いている。知能が低い分、肉体的にはゴブリンより恵まれていて、体格は人間と同程度らしい。しかし、紅鎧(べによろい)の後ろに控えているホブゴブリンは人間と同程度というには大きい。どう見積もっても2m近くあった。首には金属製の首輪が()められ、そこから太い鎖が伸びていた。鎖は特に誰に(つか)まれているわけではないので、飾りと思われた。手には大型の棍棒が握られていた。

 ――ま、ざっくり言えばクザクと同じか……。

 そう考えるとグンゾウは少し前向きになれた。

「おう! 帰ってきたぜ、オッサン」

 リョータが帰ってきた。塔の下から急に声をかけられて、グンゾウとハイドはびくっとした。

「なんだよ。随分、辛気臭(しんきくせ)ぇ顔してんじゃん。朝から俺……の活躍を見て、心が晴れ晴れとしてねぇの?」

 ――こいつ、いま「俺様」って言おうとしたな。

「リョータ、あたしのゴブちんをまた取ったでしょー。女の子の楽しみを奪うってどうなの?」

 後ろからヨシノやその他の仲間も帰ってきた。ヨシノはお楽しみを奪われたようで(ほお)(ふく)らましていた。

「ヨシノの手を少しでも汚させたくなかっただけだって」

 リョータはタジタジしながら答える。

 グンゾウは立ち上げると、塔の下にいる仲間に向けて声をかけた。

「あー、ちょっとみんなに見て欲しいものがあるんだけど。ハイドがいいもの見つけたよ」

 

 

 今日は、帰り道でも3匹のゴブリンの群れに遭遇し、計16体を倒した。1人2シルバー程の稼ぎで、良くも悪くも無いといった感じだった。16時の鐘の前にオルタナに戻り、危険な場面が全くなかったことを考えれば、良い日だったのかもしれない。

「じゃあ、今日はここで解散しようっか」

 北区の市場でカズヒコが声をかけて、解散となった。リョータはニヤニヤしながらカズヒコを連れだって天空横町の方へ向かっていった。ハイドは「杖を探す」と言って市場に消えていった。「まだ買うのかよ」とグンゾウは思った。

 女子達は今日はマライカというお店で女子会のようだ。マライカは女性客が大半で、女性義勇兵の間では有名なお店らしい。

 シムラ、ミッツ、タイチ、クザクはそれぞれ生活用品の買い物や洗濯がたまっている等で自由に散っていった。確かにシムラは洗濯を全くしていない。宿舎の部屋に洗濯物が山積みになっていたので、今朝リョータに「汚ねぇ」と怒鳴られていた。

 リョータはがさつな性格だが、洗濯や料理、装備の修理等を器用にこなす上に、結構綺麗好きた。この2週間の間で、買ってきた木材で宿舎のトイレを改修して、座式の便所に替えていた。流石のグンゾウもこの件に関してはリョータに感謝した。

 グンゾウは1人になって考えを整理したかったので、花園通りにあるシェリーの酒場に行った。少し早めの時間であるため混んではいなかったが、既に多くの義勇兵で盛り上がっていた。

 グンゾウはカウンターの一番(はし)に座ると、ビールとペビーの串焼きを何種類か注文した。正式な義勇兵になったのでビールは1杯3カパーだ。グンゾウはビールが届くまでの間、考え事に集中していた。

 ――目的、目的を明確にしないと。ダムローを監視するにしても、俺等の最終目的はダムロー旧市街から新市街のゴブリンを撤退させることだ。そうすると、旧市街に来ている新市街の司令官を倒す? 司令官って誰だよ。じゃあ、全滅させる? あの数じゃ現実的じゃないな。上手くやっても半年はかかってしまう。あいつ等はゴブ算的に増えていくし。新市街で生み出されたゴブリンを旧市街に送り込めないように、旧市街のゴブリンが生活し(づら)くなるようにしないと。つまり方向性は士気を下げるだな。

 グンゾウの前にビールと塩茹でしたペビーの小腸が出された。小腸の歯ごたえを味わいつつビールを口に含んだ。

 ――美味い。

 美味しいビールとおつまみによってグンゾウのやる気が高まった。

 ――やっぱり士気を上げたり、下げたりするのは食料だよな。あれだけのゴブリンを生産能力のない旧市街で活動させるためには、新市街から兵站(へいたん)の補給があるわけで、それを()つか、焼き払えばいいんじゃないかな。そうすると物資の()()()()()()()を知る必要があるわけか……。

「やっぱり、詳細な地図が必要だな。こりゃ、必須だわ」

 グンゾウは思わず独りなのに大声で(つぶや)いてしまった。すると、そんなグンゾウに近付く影があった。

「よー、よー、元気ー、また会ったじゃん。何か独りで大声出ちゃってたみたいだけど、悩みごとー? ずーちー? ずーちーって黄色くて美味しいやつー?」

 グンゾウが顔を上げると、話しかけてきたのは陶製のジョッキを手に持ったキッカワだった。

「お。キッカワか。俺、独り言を言ってた?」

「言ってた、言ってたー。聞いてた、聞いてたー。どうしたのー? えーっと……」

「名前はグンゾウね」

「ああ、ゴメン、ゴメーンね。知り合いが多すぎて、名前覚えられなくてさー。ほら、グンゾウって名前固すぎない? そんなことない? 覚えるのに関係ない的な? で、グンゾっちはどうしたのかなー?」

 ――相変わらず落ち着きが無い。

「あー、前に話したけど、ダムロー旧市街のゴブリンを追い払うことを考えているんだけど、いくつか足りないものがあって、現在のダムローの詳細な地図が欲しいなって思ってたんだよ。旧市街のだけでもいいんだよね」

 グンゾウがそう言うと、キッカワはいつもよりも目を細めて考えこむ。そして、急に目を見開くと、左掌(ひだりてのひら)右拳(みぎこぶし)を打ち付けると、また饒舌(じょうぜつ)に話し始めた。

「ひらめー、ひらめー、ひらめついたよー。だったらさー、ハルっち達に聞けばいいんじゃなーい? ハルっち達は最近までダムローに通い詰めちゃってた訳だから、内部のじょーじにも、くわしーんじゃない?」

 ――確かに、ゴブリンスレイヤーならダムロー旧市街の事情にも詳しいかもな。

(ひらめ)いたね。あと情事(じょうじ)じゃなくて、事情(じじょう)ね。ゴブリンの男女で繰り広げられるドロドロとした肉体関係とかあんまり見たくないしね」

「まーまー、あんまり細かいことは気にしないー、気になるけど気にしないー。じゃあ、ハルっち達を紹介するよー。さっきランタを見かけたから、ここに来てると思うしねー」

「助かるよ、キッカワ」

 グンゾウはキッカワに礼を言うと、ペビーの小腸を全て口の中に詰め込み、ビールをぐいっと(あお)った。立ち上がり、キッカワの後に付いていく。

 ゴブリンスレイヤーはいつも定位置である1階隅っこの薄暗い卓に陣取(じんど)っていた。そこには以前グンゾウがカズヒコと一緒に見かけた、天然パーマの男の子、体の大きな優しそうな顔をした男の子、お下げ髪のニコニコした女の子、そして爆乳(ばくにゅう)、いや、既に魔乳(まにゅう)の領域に入った胸の大きな女の子の4人が座っていた。

「よー、よーう。元気してるー?」

 とゴブリンスレイヤー達にハイタッチを誘いながら、気楽にキッカワが声をかけると、天然パーマの男の子が慣れた仕草で「いえーい」とハイタッチで応じる。お下げ髪の女の子は「あー、キッカワやんなー」と何だか変なイントネーションでゆっくりしゃべっていた。

 キッカワはキョロキョロしながら、ゴブリンスレイヤー達に(たず)ねる。

「あれー? ハルっちは-? 今日は紹介したい人がいるのにー。すーるー、すーるー的な? スルーみたい? いまいちわかりにくい? るーすー的な?」

「ああん? あのバァカは財布を忘れたとかで、宿舎に取りに行ったよ。何だったら、その紹介ってのは俺様が、あ、この最強暗黒騎士の俺様が受けてもいいぜ。おい、キッカワ、当然紹介ってのは目もくらむようなバッキンバッキンのボインボインのおねーちゃんだろうな? その後ろに連れてる辛気臭(しんきくせ)ぇ、おっさんだったら許さねーぞ」

 ――出た、俺様2号。咎光(ブレイム)したろか。

「いやー、なんて言うか、ランタ。そのおっさん的な? この愛すべき後輩の新入り義勇兵グンゾウっちが紹介したい人なんだよねー」

 キッカワがヘラヘラしながら、グンゾウのことを手で示して紹介した。

 ――キッカワ(おまえ)も新入りじゃないか。

「どうも……」

 グンゾウはランタと呼ばれた少年が作り出した悪い雰囲気に飲まれ、ぺこりと頭を下げただけの()()()()挨拶しかできなかった。「どうも」「どーも」「はじめまして……」と、ランタ以外の3人が恐る恐る挨拶を返した。

「ほら、バカランタの所為(せい)で、なんとなく微妙な空気になってもうたやん。グンゾウさんに失礼やろー」

 お下げ髪の女の子が(ランタ)に素晴らしい指摘をした。

「バッカ、バッカ、俺様の所為じゃねーよ。辛気臭いものを辛気臭いと言って何が(わり)ぃーんだよ。むしろ、俺様は正直にものを言った、正直者、モストオネストボーイだ。将来、大統領になれる逸材だってことなんだよ。わかるか? ()められこそすれ、頭に花が咲いてるユメにどうこう言われたくないぜ。大体、おっさんすぎて新人義勇兵に見えねーんだよ」

「ユメ、頭にお花咲いてるかなぁ? きれいやんなぁ」

 ユメと呼ばれた少女は頭に花が咲いていると言われて何故かニコニコと喜んでいるように見えた。

「あの、ユメ。今のは褒め言葉ではない……気がする」

 魔乳さんが説明をすると、ユメはきょとんとした顔をした。

「え? そうなん? ユメ、褒められたと思ってたわー」

「バッカ、シホル! 余計なこと教えんじゃねーよ。その無駄にデカイ(ちち)揉むぞ!」

 ランタがとんでもない暴言(ぼうげん)を吐くと、シホルという名の魔乳さんはむっとした顔をした。

「……汚物。早くこの世から掃除されちゃえばいいのに」

「てめぇ、このっ、表現が遠慮(えんりょ)なさすぎだろ? 腹黒(はらぐろ)(ちち)デカ娘、あんまりひでぇこと言うと泣くぞ!」

 ――なんだ、この小隊(パーティ)。気絶しそうなくらい、会話にまとまりがないぞ。リョータ小隊(うち)がまともに見えてきた。

 ゴブリンスレイヤーの騒がしさにグンゾウの意識が遠のき始めた頃、体の大きな男の子が口を開いた。

「あ、あの、みんな。なんでグンゾウさんをハルヒロくんに紹介する必要があるのか、聞こうよ」

 そうやく場が静まり、話せる状況になった。「俺が……」と言って、キッカワを制するとグンゾウは話し始めた。ダムロー旧市街の状況、新市街のゴブリンを追い払う戦略を練るために、直近の詳細な地図が必要なこと、直近でダムロー旧市街を探索していたゴブリンスレイヤーに情報を教えて欲しいことを説明した。

「ダムロー旧市街の状況については知ってるがな。そうか、そうか、それはご苦労なこって。地図はある。俺様が作成したスーパーでスペシャルなやつがな。で、その地図とやらを俺等がおっさんに渡すと、どんなメリットがあるんだ? 謝礼(しゃれい)でももらえんのか?」

「あれは、マナトくんが書いた地図でしょ」

 (ランタ)が口を開くと、シホルが白い顔を真っ赤にして否定した。

「そうやんなぁ」

 ユメがシホルに同意して(うなず)く。

「謝礼はしたいが、先輩義勇兵を喜ばせられるような資力(しりょく)はないと思う。なので、正直なところただ頭を下げるくらいだ」

 グンゾウは頭を下げた。それを見て、ランタは大袈裟(おおげさ)溜息(ためいき)()く。

「だーめだ、駄目だ、駄目だ。話になんねぇ。そんなんで他人(ひと)からなんかもらえると思ったら甘いぜ。大甘だ。ベットベトのギットギトだぜ」

 ――駄目だ。正論かもしれないけど、(ランタ)がいる場にはもう1分も居たくないわ。

「そうか。残念だけど、仕方ない。時間を取らせてすまなかった」

 グンゾウは再び頭を下げると、(きびし)を返す。キッカワの肩を軽く叩いてから、その場を立ち去った。

 グンゾウの後ろで「見せてあげるくらいええやん、ケチランタ」「うっせぇ、地図はバカパルピロが持ってるから、元々ここにはねーんだよ」という声が聞こえてきた。

 ――ハルヒロってのはあの盗賊(シーフ)風の男の子か……。彼を見かけたら聞いてみるか。

 グンゾウはシェリーの酒場にいると、気分の悪さが(おさ)まらなさそうだったので、串焼きだけお持ち帰りにして、店の外に出た。

 お店に入ってから少し時間は()っていたが、まだ(よい)(くち)だった。オルタナの空は枯れ葉色をしている。花園通りを()()う人の数も多い。日が落ちて少し涼しくなった店の前、グンゾウがストレスを発散するために深呼吸をしていると後ろから声をかけられる。

「あ、あの……」

 グンゾウが後ろを振り返ると、ぬうっと大きい人影が目の前にあった。ゴブリンスレイヤーの一番大きな男の子がグンゾウの後ろに立っていた。グンゾウは少し驚く。

「おわっと、えっと、あの、ゴブリンスレイヤーの?」

「さっきはランタくんが失礼な感じで……すいません」

 男の子はこれまた大きな頭を下げた。

「い、いや、頭を上げて。君が謝ることじゃないし、俺が無理なお願いをしたので」

 男の子は頭を上げて照れたように笑うと、「あの、これ……」と言って手に握った紙をグンゾウに差し出した。グンゾウは紙を受け取る。受け取った紙を広げていくと、大きな一枚の地図になった。

「これは……、ダムロー旧市街の地図? すごい書き込みだ」

「そ、そうです。それはマナトくんが、あっ、マナトくんて言うのは僕らの小隊(パーティ)の神官でリーダーで、あ、だったんだけど、そのマナトくんが書いた地図を僕が(うつ)したものです」

 ――神官はあの美人じゃないのか? 良くわからない部分もあるけど、()()()()()()()()の写しってことだな。

「最近はサイリン鉱山しか行かないし、ハルヒロくんが原紙を持ってるから、それは差し上げます。マナトくんも色んな人の役に立った方が嬉しいと思う……から」

 グンゾウは一気にこの心根(こころね)の優しい男の子の事が好きになった。

「本当に? すごく嬉しい。ありがとう。えーっと名前は?」

「あ、そうだった。僕はモグゾーです」

 グンゾウはモグゾーの大きくて厚い手を取ると、頭を下げた。モグゾーの手は温かくて、そしてずっしりと重かった。

「本当にありがとう。モグゾー君。このお礼はいつか必ず」

「えへへ」

 グンゾウのお礼に対して、モグゾーは最高に優しそうな笑顔で応えてくれた。

 ――良かった。()い人も居るんだな。

 

 

 こうして、グンゾウは()()()()()()()()を手に入れた。ダムロー旧市街の攻略に向けて大きく一歩前進することとなる。




後半の燃料のため、感想・励まし・評価を激しく×6(しつこい?)募集中です!

■「灰と幻想のグリムガル level.9 ここにいる今、遥か遠くへ」8月25日発売。あれ? 来週じゃね?
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