廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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現在仮住まいなのですが、インターネット回線が工事できないというとんでもない物件で、更新滞っています。

11月には解消しますので、しばらく更新の頻度と内容が悪くなります。

内容は元々……げふんげふん。


18.繰り返す日々に意味が無いなんて、怠け者の言い訳

 (しずく)が落ちる。

 ひとつ。

 そして、また、ひとつ。

 雫が落ちる(たび)、黒い()みが石畳の上に広がった。

 目の前には、既に大きな染み。

「……それは(けが)れ無き乙女(おとめ)が神の(いつく)しみを願い……」

 美しい聖詠(せいえい)の詩句が、()まれている。

 その韻律(いんりつ)が狭い室内の石壁に反射し、輪唱(りんしょう)のように響いた。

 甘すぎる官能的(かんのうてき)な香りが鼻孔(びこう)を刺激する。

「……慈悲(じひ)の光を我等に(あら)わし(たま)え……」

 掌の感覚が麻痺し、腕の震えが止まらない。

「くっ……くく……ぅ」

 限界。グンゾウは(うめ)き声を出した。

 刹那(せつな)、空気を斬り裂くような鋭い音が室内に響く。同時に臀部(でんぶ)へ痛みが走る。

「グンゾウ、騒がしいぞ。大切な祈りの途中である」

「ふぐっ、うぅぅ……」

 グンゾウはさらに呻いた。

「騒がしい奴め。今、話せるようにしてやる」

 カレンは気怠(けだる)そうに手を伸ばし、グンゾウに()めていた、玉口枷(たまくちかせ)を外す。玉口枷は穴が空いた木の玉と革ベルトでできていた。

「くはっ! 修師(マスター)、もう限界です」

 前腕の筋肉が熱を帯びて、焼けるような痛みを発していた。一番負担のかかる膝頭も痛い。

 再び、カレンの振り上げた六条鞭(ろくじょうむち)がグンゾウを襲う。

「『限界』なんて言葉が出る内は、道半(みちなか)ばだ。愚か者め。そして言葉(ことば)が不足しているぞ、グンゾウ。まだまだ師に対する感謝と畏敬(いけい)の念が足りないようだ」

 カレンは()つん()いになった()()()()()()()()()()説教をしていた。

「ありがとうございます。でも、もう……」

 グンゾウは崩れ落ちる。カレンは平衡(へいこう)を保ち、そのままグンゾウの上に座り続ける。

「祈りを続けるぞ。……神よ、我が肉は裂け、力尽き果つる時……」

 再び、カレンの美しい声が聖詠を(つむ)ぎ始める。

 ――なんで……()()()()()()なんだ。

 グンゾウは薄れていく意識の中で思った。

 

 

 結果には理由がある。

 

 

「はわわわわ、あー、面倒くせぇ」

 宿舎を出発する時、リョータが大欠伸(おおあくび)をしながら文句を言った。

「地道な努力以外に、目的を達成できる方法があるわけないだろ」

 グンゾウが(たしな)めると、リョータは悪びれる様子もなく「へいへいっと」と言って、歩き始めた。

 ダムロー旧市街の地図を手に入れたグンゾウ達は、それから毎日交替で監視作業を続けた。

 ゴブリンスレイヤーの戦士モグゾーからもらった地図のお陰で、駐屯地(ちゅうとんち)や食料庫になりそうな建物の位置、大量に物資が運べる舗装(ほそう)が無事な道路や橋が把握できた。そのため、監視作業も効率的に実施できるようになった。

 毎日、毎日、来る日も、来る日も、ダムロー旧市街に向けた望遠鏡を覗く。

 監視は意外に体力と気力を消耗(しょうもう)する。前者と後者どちらの消耗が激しいかと言われれば、グンゾウは迷わず後者と答えた。とにかく退屈なため、集中力が続かない。

 監視だけしていれば良いというわけでもない。全員、来たるべき紅鎧(べによろい)との決戦に備えて、覚えた(スキル)慣熟(かんじゅく)をしなければならない。また、ダムロー旧市街の戦力削減もしなければならない。

 監視は12人を4チームに分けて、交替で監視をすることにした。1チームが監視中は3チームが削りの作業を実施する。

 監視を継続し始めてから3週間くらい経った頃。その頃になると、森の中のゴブリン達を狙うというよりは、積極的にダムロー旧市街のゴブリン達に挑発行動をして、本体と分断しては叩くという戦術的な動きをするようになっていた。ダムロー初日以来、紅鎧(べによろい)が出てくることはなかった。

 グルムガルに来て、生きていくこと以外、無目的だったグンゾウ達だった。しかし、ダムロー旧市街の奪還(だっかん)紅鎧(べによろい)討伐(とうばつ)は、若干の生きていく動機(モチベーション)をもたらしていた。

 しかし、同じ事の繰り返しは若干の緩みももたらす。

 その日もダムロー旧市街から5匹のゴブリン達を森に誘い込もうとしていた。

 森の中には前衛にヨシノ、カズヒコ、クザク、中衛にアキ、グンゾウ、タイチ、後衛はハイド、ノッコがいた。(おとり)はミッツだ。

 森に誘い込む直前、弩を装備した1匹のゴブリンが放った矢がミッツの脚に刺さった。

「へへ、こんなのかすり傷なんだよ」

 矢を抜き、そのゴブリンを切り伏せに行こうと動く。そのミッツの脚から(ちから)が抜けて、急に倒れる。

「あれ? へへへ、おかしいな。力が入らないや」

「ミッツ、どうした? 下がれるか?」

 グンゾウが声をかけても、脚に力が入らないようで、ミッツは動けないでいた。

 ――まずいな。シムラがいないから、狙撃も期待できない。

 その時はリョータ、シムラ、チョコが監視役をしていた。

「カズヒコ、ヨシノ前へ。全部引き受けて。アキはふたりのサポートを。クザクはミッツを拾って後ろまで引いてくれ。ハイドっ!」

 グンゾウと目が合い、ハイドは頷く。背負った3本の杖をああでもない、こうでもないと選んだ後、精霊(エレメンタル)魔法の詠唱に入った。

 ――あれ、純粋に初動(しょどう)が遅くなってないか? 後で話し合わないと駄目だな。どうせ聞く耳持たないだろうけど。

「キシシ、デルム・エル・ヘン、キシシシシ・イグ・アルヴ、キシ」

 炎熱魔法(アルヴマジック)の初歩、火炎弾(ファイアボール)がゴブリン達目がけて複数飛んでいった。ゴブリン2匹に火が付いて狼狽(うろた)えている。

 カズヒコが淡々と狼狽(うろた)えるゴブリン達の首に刃を当て、止めを刺していく。まるで事務作業のようだ。

 ヨシノが残ったゴブリン達に(かた)(ぱし)から襲いかかる。槍を振るう度にゴブリンの数が減っていった。「やっほーい!」となんだか楽しそうだった。

 ミッツがクザクに運ばれてくる。それをタイチが治療した。ミッツはぐったりして、横たわったまま苦しそうに呼吸をしていた。

「傷は治した。ミッツ」

「へへへ。おかしいな。力が出ない。へへ。気分が……すごく悪い」

 ヘラヘラはしているが、ミッツの顔面は蒼白(そうはく)だった。

「毒なのかも……、それなら。光よ、ルミアリスの加護のもとに……浄化の光(ピューリファイ)

 タイチは浄化の光(ピューリファイ)を習得していたため、ミッツの解毒を試みた。

 タイチの手に(とも)った(あたた)かな光がミッツを包む。

 しばらくして解毒は効果をもたらしたようで、(しか)めていたミッツの顔つきが緩やかになった。

 ――あっちは解決かな。

 ミッツの無事を確認したグンゾウは、全滅されつつあるゴブリン達に集中した。

 

 

「つーことはだ。ゴブリンの中には毒を使ってくる奴がいるってことだ」

 リョータが偉そうに塔の上から見下ろして言う。

「じゃあ、その毒を消せる浄化の光(ピューリファイ)って魔法を使える奴、手ぇ挙げてくれや」

 タイチが遠慮がちに手を挙げる。

「んだと? こらっ! オッサン、アキ、ノッポ。お前ら何サボってんだよ。お前等が覚えてなかったら、タイチが監視の時、どーすんだよ? ていうか、タイチがいなかったらミッツ死んでたんじゃねーのか?」

 鬼の首を獲ったように、狂犬(リョータ)が吠える。人の弱みを握れて、心の底から嬉しそうだ。

浄化の光(ピューリファイ)は聖騎士は覚えられねーし……」

 クザクがぼそっと呟く。

「んあ? そうかよ。じゃあ、オッサンの怠慢だな」

 ――覚えても、リョータには絶対使わない。

「まあまあ、この所、休みも無く監視を続けて疲れていたし、集まった情報の整理も必要だと思うから、2、3日お休みにしよう。その間、グンゾウさんにでも浄化の光(ピューリファイ)を習得してもらって。グンゾウさん行けますよね?」

 カズヒコは爽やかな笑顔で皆を見渡した。最後はグンゾウで顔が止まる。

「あ、ああ、一応、大丈夫かな」

 ――なんとなく……()められた?

 グンゾウは他の仲間が休暇を取っている間、ルミアリス神殿で修練を積むことになった。

 

 

 ()()()()ボロボロの体を引きずって、浄化の光(ピューリファイ)を習得したグンゾウがルミアリス神殿から戻ると、宿舎の中庭で皆がダムロー旧市街の地図を囲んでいた。

 グンゾウの帰りに合わせて、カズヒコが中心となって集めた情報を整理していたようだ。

 話し合いの中心人物は、カズヒコ、タイチ、アキ、ハイドで、その周りをヨシノ、ミッツ、クザクが囲んでいる。シムラは中庭に(まと)を作って投げナイフの練習をしていて、リョータは上半身(はだか)両手剣(ツヴァイヘンダー)素振(すぶ)りをしていた。買い出しなのかチョコとノッコは居ない。

 集まった情報から見えてきたダムロー旧市街の様子は()()だった。

 主な食料庫は2箇所。それぞれに、新市街から護衛の付いた家畜やホブゴブリンが馬車で食料を運んでいる。ホブゴブリンも家畜の一種なのかもしれない。護衛のゴブリン達は(おおむ)ね20匹はいた。

 新市街と旧市街を結ぶ橋の内、荷車が通れる橋は2箇所。舗装が無事で、順調に通れる道も少なく、補給路(ほきゅうろ)も限られていた。輜重隊(しちょうたい)の列は、橋1箇所で馬車10両にも(およ)んだ。

 新市街から食料等の兵站(へいたん)が届けられるのが2週間に1回。この日は食料やゴブリン達の好きな貴重品(ひかりもの)の支給がある。兵士の補充や交替もこの時に行われているようだ。また、人間の価値基準からすると特に見たくもない(メス)ゴブリンの慰問(いもん)もあるようで、全てのゴブリン達が必ず2箇所ある食料庫のどちらかに集まる。

 食料の支給は3~4日に1回のようで、ゴブリン達は小隊単位で食料庫を訪れては、何か食べ物を受け取っているようだった。

「ふんっ! 義勇兵より、ふんっ! 待遇が、ふんっ! いいんじゃね? ふんっ! 食料とか! 慰問とか!」

 リョータが両手剣を素振りしながら、声を出した。

「まあ、正規兵っぽいしね。ていうか、ゴブリンの(メス)でもいいのかよ、お前」

 グンゾウが驚いた。

「それは良かねーけど。人生、(ため)してみねーとわかんねーだろ、色々」

 ――それは試すなよ。

「リョータは(メス)なら、ゴブちんでもいーんだねー」

 ヨシノがリョータを見ながら、ニヤニヤと嬉しそうに笑った。

「や、ちげっ! それは誤解だっての、ヨシノ」

 リョータが両手剣を放り投げて、両手を広げてヨシノに釈明(しゃくめい)をしている。

 放り投げた両手剣が近くにいたシムラに当たりそうになった。シムラは「おわちょー!」と言いながら、慌てて穴鼠(あなねずみ)と言う狩人のスキルを使って()けていた。

「話を元に戻そう」

 カズヒコが仕切り直す。

「兵站の補給は2週間に1回。となると、2週間で食料庫はほぼ空っぽになっているってことだ。ゴブリン達に最大の打撃を与えるのは、補給直後に食料庫を焼き払うことじゃないかな?」

 それに対して、アキが手を挙げてから、低い声で話し始める。

「私は……、橋を壊して、補給物資を焼いてしまう方が、被害が大きいと思う。新市街の様子がわからないから、食料庫を焼いても、補給路が無事なら次の日には補給が届いちゃう可能性もあるし」

 ――難易度は高いけど、アキの案の方が中長期的に効果が高いな。

「キシシ、あああの橋、1個なら僕が壊せる、キシシシシ。たただし、1個こ壊したら、もう魔法は使えない、シシシ」

 ――ハイドの魔法の光弾(マジックミサイル)でも、2()は無理かぁ。

「橋を壊すのは、ダムロー旧市街の最も奥まで行かないといけないから、危険性が高くない?」

 タイチがアキに聞いた。

「そうだけど……」

 アキはいつもより、もっと伏し目がちになる。グンゾウはアキを助けるために口を開く。

「少し具体的に想像を膨らまして、出た案の議論をしよう。兵站の支給日なら旧市街中のゴブリン達は補給地点に集まっているはずだから、侵入のリスクは低くなるよね。カズヒコの案に従って、こっそり侵入して遠くから食料に火を付ければ、焼き払える可能性は高いと思う。利点(メリット)は、実行難易度が低いことだな。欠点(デメリット)は、食料を燃やされて怒り狂ったゴブリンから執拗(しつよう)に追い回される可能性があること……と、継続性に問題ありか。2週間に1回継続しないと効果が無いし、警備も強化されちゃうかもね。もちろん新市街から次の日には補給がされる可能性もある」

 グンゾウは考えを整理しながら話す。カズヒコを見ると、指で(あご)を触りながら考え込んでいた。

「次にアキの案。既に食料が無い状態で補給路の橋を壊せば、長期間士気(しき)を、士気どころか戦力を下げることができると思う。新市街にかかる橋を作り直す建築技術がゴブリンにあると思えない」

 タイチが手を挙げる。

「もし、ゴブリン達が石を積んだり、板を渡して橋を補修したらどうしますか?」

 グンゾウは答える。

「そういうこともあり得るよね。でも、個々のゴブリンは渡れても、馬車は無理じゃないかな? 危ないから輸送能力が下がるよね。物流量が半分になって、旧市街のゴブリン達の数が半分になれば、目的達成かな。今の俺等(おれら)なら、ゴブリン達の数が半分になれば、なんとかなりそうじゃない?」

「まあ、今なら1人(ひとり)で突っ込んでも負ける気しねーけどな」

 ヨシノへの釈明途中だったリョータが偉そうに議論へ参加してきた。後ろでヨシノが(あき)れた顔をしている。

 ――1人(ひとり)で勝てるなら、やっぱり浄化の光(ピューリファイ)は要らないな。

「そうですね。アキとグンゾウさんの言う通りだ。橋を壊して、輜重隊(しちょうたい)殲滅(せんめつ)するのがゴブリン達に一番打撃を与えますね」

 カズヒコが顔を上げて、グンゾウの顔を見つめる。グンゾウは頷く。

「よし、じゃあ、その路線で戦略を練ろう。大きな課題は3つだな。1つ目(ひとつめ)、どうやって橋を2()壊すか。2つ目(ふたつめ)輜重隊(しちょうたい)の護衛40匹をどうやって倒すか」

「グンちん、護衛は20匹くらいじゃないの?」

 ヨシノが首をかしげている。

「ヨシノ、それはね。2箇所の橋を渡る馬車のどっちが補給所に到着しても手痛い反撃が来るから、2箇所を同時に攻撃しないと駄目なんだよ」

「ほおー。グンちん賢いねー」

 ヨシノは納得した表情で、何度も頷いている。

「ありがとう。それで、3つ目(みっつめ)紅鎧(べによろい)とお付きのホブゴブリンが出てきた時、どうするか……だね」

 グンゾウはヨシノとリョータを見た。2人は何も言わなかったが、その目には強い意志が宿っていた。

 

 




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