廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

20 / 59
冒頭、御礼。
先週、日間ランキングに載ったらしく、UA&お気に入りが急伸し、大興奮の西です。後半の燃料になります。ご愛読いただいている方々には感謝しかありません。


19.ワンダーランドへ盗みに行こう

 (タナトス)は、突然漆黒(しっこく)の翼で現れ、無慈悲(むじひ)に生物の魂を冥界(めいかい)へ連れ去っていく。グリムガルに斯様(かよう)な神話が存在するかは別に、現実として、か弱き人間の義勇兵には、一瞬の油断が命取りとなる。

 ――危なかった。動きの素早い敵との戦いは不測の事故が起きやすいから怖い。リョータやヨシノが殺られなくて良かった。

「よし。俺等(おれら)に被害がなくて良かった。そろそろ奥に進もうか?」

 グンゾウが声をかけると、リョータが反対してくる。

「おいっ! オッサン! お前には血も涙もないのか?! こいつらの死体をこのままにするつもりなのか?」

 リョータは目にうっすらと涙を浮かべ、倒れた彼等(かれら)埋葬(まいそう)を主張した。

「あ、いや、じゃあ、端っこに寄せとく? 俺等も先を急がないといけないし」

 グンゾウが妥協案を出すと、次はヨシノから反対意見が出てきた。

「先を急ぐ? あたし、グンちんがそんな冷たい人だと思わなかったよ。彼等は最高の友達だったんじゃないの?」

 ヨシノは潤んだ、そして綺麗な目でグンゾウを睨み付ける。両手には強く槍を握り締めていた。グンゾウは、変なことを言おうものなら突き刺されそうだと感じた。

「さ、最高の友達?! ま、まあ、そ、そうだったかも知れないけど、ほら、何て言うか、その、シムラ、ちょっと助けて」

 グンゾウは助けを求めてシムラの方向を見る。シムラは通路の端に座り込んでいた。目頭を押さえながら、肩を震わせ、下を向いている。

 ――泣いてる?!

「あああ、アキぃ?」

 グンゾウはアキの方に視線を送る。アキは彼等(かれら)の死体の前で祈りを捧げていた。祈りの後、慈愛(じあい)に満ちた伏し目がちの目をしながら、彼等の頭を優しく、そっと撫でてあげている。やはり、目の端に光るものがあった。

 ――駄目だ。ハイドだ。こういう時は冷静無比(れいせいむひ)残虐非道(ざんぎゃくひどう)(?)なハイドしかいない。

「ハ、ハイドぉ?」

 グンゾウが後ろにいるはずのハイドを振り返る。そして、ぎょっとした。

 あのハイドが顔をぐしゃぐしゃに崩して、声もあげずに泣いていた。涙と一緒に鼻水が大量に()れ、正直汚い。

「ひぇっぐ、ギジジ。ひぇっぐ、ギジジ」

 ハイドは一生懸命泣きじゃくりを我慢していたようだ。

 リョータ小隊(パーティ)全体に葬儀のような湿っぽい空気が漂っていた。グンゾウは大きな溜め息をついてから、暗い天井を見上げた。

 ――俺が間違ってるのかなぁ?

 

 

「こっちは終わったよ。リョータ小隊(パーティ)はどう? タリスマンを回収したら、そろそろ行かない? 第2層に降りる井戸はもうすぐのはずだよ」

 カズヒコが向こうの通路から顔を出して、前進を促した。カズヒコの後ろからはチョコが()()()っと顔を出していた。(こぼ)れそうな大きな目で、不思議そうにこちらの風景を眺めている。チョコの服装はひらひらが増して、お洒落(しゃれ)になっていた。

 ――なんか、チョコはどんどん可愛いくなってきているな。あの格好は盗賊(シーフ)的に動きやすいのかな?

「お前もかカズヒコ。この冷血女たらしめ!」

 リョータが両手を上げて、興奮しいる。

 カズヒコは狐につままれたような顔をしてから、一言「え?」と言った。

 グンゾウはカズヒコの(そば)に行くと、背景を説明する。

「なんだか、リョータ小隊は極度の犬好きが多いらしくて、コボルドを埋葬しないとみんな前に進めないらしい」

「それは……時間がかかりそうですね」

 カズヒコは言いたかったであろう言葉を飲み込んで、色んな想いを含んだ微妙な表情をグンゾウに向けた。

 それに理解を示すため、グンゾウはカズヒコの目をしっかり見て、黙ったまま深く深く頷いた。

「ちょっと、グンちん、ちゃんとパトラッシュにお祈りをしてよ。神官のお仕事でしょー」

 ヨシノが腰に両手を当てて、怒ったように呼んでいる。

「はいっ! ありがとうございます。ただいま、お(うかが)いしますー」

 ――何だかカレン師の()()()が無意識に出てしまった。パトラッシュって誰なんだ? 俺、もう疲れたよ。

 グンゾウはヨシノに指示され、死んだコボルド達への祈りに奔走(ほんそう)した。

 

 

 グンゾウ達はサイリン鉱山と呼ばれる坑道を進んでいた。

 サイリン鉱山はダムローよりさらに北西へたっぷり2時間歩いた所にある、十層にも及ぶ広大な鉱山で、かつてはアラバキア王国の管理化にあったが、人間族が大敗した不死の王(ノーライフキング)勢力との戦争後、ボッシュと呼ばれるコボルドの一派が占領している。

 このコボルドという怪物(モンスター)は犬頭の人型生物だ。毛むくじゃらで、尻尾がある。人間ほど高度な知性を有してはいないが、冶金(やきん)技術を持ち、鉱山内の資源を利用して、金属製品を生産している。

 また、犬らしく厳格な階級社会を築いている。愛らしい見た目かと言えば、人間とは敵対関係にあるため、出会えば凶暴(きょうぼう)な牙を剥いた表情を向けられることが(ほとん)どだ。鉱山内で寝ている姿を見かければ大型犬のそれと似通っているため、可愛らしく見えなくもない。

「ゴブリンよりは全然可愛い」

 これがチョコの評価だった。グンゾウもそれを聞いて深く同意した。

 鉱山内は曜華(ヒカリバナ)と呼ばれる、暗闇で発光する植物の群生地になっていて、さらにコボルドたちがこれを至る所に植えて繁茂(はんも)させているので、照明器具がなくてもそこそこ明るかった。

 何故、ダムロー旧市街の奪還を目指していたグンゾウ達がサイリン鉱山にいるか。

 理由がある。

 ダムロー旧市街攻略の方針が決まった後、課題をひとつずつ解決していこうということになった。

 ひとつめの課題である橋の破壊に関して、毎晩、全員で意見を出し合った。

 排除した案として、ハイドの魔法の光弾(マジックミサイル)に頼るのは不確実性の影響(リスク)が高いから止めようということになった。1基しか壊せない上に、発動後、疲労困憊(ひろうこんぱい)のハイドを担いで移動するのは、退却時に足枷(あしかせ)となるとの判断だ。

 次に出た案は、爆発(ブラスト)という炎熱魔法(アルヴマジック)を使う案だった。しかし、これも断念した。ハイドもノッコもまだ習得していない。さらに中上級の魔法であるため、炎熱魔法(アルヴマジック)初心者の2人には使いこなせるかどうかも不明だった。魔法使いギルドに相談をして、爆発(ブラスト)を使える魔法使いに依頼するという案も挙げられたが、新人義勇兵の護衛を信じ、新市街のゴブリン達が闊歩(かっぽ)するダムロー旧市街の最深部まで付いてきてくれる魔法使いが見つからなかった。

 結果として、火薬を使った爆発物を手に入れようということになった。

 主にシェリーの酒場と北区の市場で集めた情報によると、オルタナの遠く北方にある黒金連山には、ドワーフと呼ばれる人間族に比較的友好な種族がいるという。グンゾウ達はこのドワーフに目を付けた。

 ドワーフ達は掘削(くっさく)の技術に優れ、黒金連山にトンネルを掘り、(あり)の巣のような要塞(ようさい)を築いているらしい。また、ドワーフ達は高い冶金技術を持ち、指先も器用であるため精密機器の製造が発達しているとのことだ。ベテラン義勇兵の中にはドワーフが作った機械仕掛けの時計を持っている者もいて、時鐘でしか時間を知ることができない若手義勇兵から羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを向けられることがある。さらに鉱山の採掘作業の効率化のために火薬を使った爆発物の開発も進められている。そのため、ドワーフに頼むと大量の火薬を比較的入手しやすいとのことだ。

 グンゾウ達はオルタナ北区の市場で、定期的にドワーフの商人と交流があるという商店を見つけ、接触を持たせてもらった。

 グンゾウ達が紹介してもらったのはルドゥルフと言うドワーフの商人だった。(ひげ)もじゃで、厳めしい顔をして、見た目で取っつき(にく)そうな雰囲気(ふんいき)(かも)し出していた。

 しかし、橋を壊しゴブリンを殲滅(せんめつ)するという計画を説明したところ、急に破顔(はがん)して「お前等は勇敢(ゆうかん)だ! かなり馬鹿だが、我々はそういう奴等が好きだ」と、事細(ことこま)かに相談に乗ってくれた。

 破壊を考えているダムロー旧市街の橋について、大きさや材質、形状等を説明すると、必要な火薬の量や設置する場所まで詳しく説明してくれた。最小の火薬で最も効率的に橋を壊すためには、橋の中央部で最も重量が架かっている橋脚(きょうきゃく)に爆発物を仕掛ければ良いということになった。

 ただし、その後にルドゥルフから出された条件はかなり厳しかった。

 必要な量の爆発力が高い火薬は手に入れることはできるが、ドワーフの王国でも火薬の技術は発展途上で、生産力に余裕があるものではないとのこと。また、採掘用の火薬を分けると、採掘の進捗に影響が出るため、結果として生産の下流にある鉄の鋳塊(ちゅうかい)、そこから作られる武器や防具、生活雑貨に至る生産品に影響が出てしまい、商売に響いてしまうということ。そのため、対価として火薬から得られる鉄鉱石と同量の鉄の鋳塊(ちゅうかい)、つまり(アイアン)インゴットを持ってきて欲しいとのことだった。

 普通に生活していたら(アイアン)インゴットを手にすることなどない。

 これも地道な情報収集の結果、サイリン鉱山のコボルド達は製造した(アイアン)インゴットを倉庫に貯めており、忍び込めば盗むことができるかもしれないとのことだった。

「鉄の塊400キロぉ? そら、無理だろ?」

 リョータが遠慮なく発言する。

 ――ですよねー。

「まあ、無理かもしれないけど、サイリン鉱山は行ってみたかった場所だし。第5層まで行けば溶鉱炉(ようこうろ)があるみたいだから、試しに行ってみない? 400キロ集めきれなければ、売ってお金にしよう」

 カズヒコがさわやかな笑顔を見せる。

「コボちゃんってー、顔が犬みたいなんでしょー? あたし、犬だーい好きなんだー。見てみたーい。行こー」

 ヨシノが手を祈るような形で胸の前で組み、目を嬉しそうに輝かせた。リョータは初耳だったようだ。

「う、まじかよっ! 俺も犬は……見たい……かな」

 ――ま、あなた方はそれらを倒すんですけんどね。

 流石に400キログラムを1度に運ぶのは無理と判断し、100キログラムの運搬を4回繰り返す計画とした。グリムガルに来てから、グンゾウ達の中で「面倒くさい」という言葉のハードルは恐ろしく上がっていた。

 

 

 暗い坑内の至る所で、曜華(ヒカリバナ)が熱量の無い光を(とも)していた。金緑色(エメラルドグリーン)だ。

 時折明滅(めいめつ)するその幻想的な光は、目にした義勇兵の殺伐(さつばつ)とした心を(わず)かに(なぐさ)める。

 サイリン鉱山第2層では、第1層との連絡井戸から、しばらく狭く入り組んだ通路を過ぎると、岩盤(がんばん)崩落(ほうらく)(あと)辿(たど)()く。天井は(ひら)け、地面は大きく裂けた広い空間が姿を現わす。

 サイリン鉱山では各層間の上下の移動に関して、義勇兵が「井戸」と呼んでいる縦坑(たてこう)を使う。「井戸」は本当に井戸の形をしたものもあれば、ただの穴の場合もあった。

 グンゾウは手を伸ばし、近くの岩壁に生えていた曜華(ヒカリバナ)に触れた。曜華(ヒカリバナ)が静かに(ふる)える。輝く光の胞子(ほうし)がグンゾウの掌に落ちると、雪が溶けていくように光を失い消えていった。グンゾウは何故か、ヴェールの深緑色の瞳を思い出していた。

 ――これは植物っぽいけど、実際は(きのこ)に近いんだな。

 岩壁に沿って辛うじて残った狭い通路を12人が縦に並んで通っていく。

 心癒やされる幻想的な風景に反して、ここは地獄の2丁目でもある。

 地獄の番人はコボルドだ。2層から先は労働者(ワーカー)コボルドと呼ばれる、一般労働者階級のコボルドの住処(すみか)になっている。

 通路の脇には横穴があり、グンゾウが背伸びして覗くと中で数匹の労働者(ワーカー)コボルドが丸くなって寝ていた。

「うわー、かーわいー。もふもふしてるー」

 ヨシノが労働者(ワーカー)コボルドを見て、目を(かがや)かせていた。

「どれどれ、見せてみろよ。本当だ。こいつらでかいなー。良く食べるぞー」

 リョータも横穴を覗き込んで、楽しい玩具を見つけた時の少年のように興奮している。

 ――えーっと、人肉も食べるかもしれませんよ?

「俺も、俺も、俺も」

 シムラは背が足りずにあまり見えないため、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 ハイドはもっと背が足りず、跳躍力(ちょうやくりょく)もないため、ただシムラに足を踏まれていた。

「か、かわいい……かなぁ?」

 ノッコが呟くと、チョコは(こぼ)れそうに大きな目を半閉じにして、「ブリちゃんよりは全然可愛い」という名言パート2を放った。

「私は……どちらかと言えばかわいい派」

 アキが首を縦に何度も振って、(うなず)いている。

 ――確かにアキ姫は可愛い。

「興奮して、寝ているコボルドを起こさないようにね。これだけ(さわ)がしいとは言え、僕らの声で起きるかもしれないし」

 カズヒコが声を落として注意した。

 2層に降りてから、採掘の音なのか、引っ切りなしに金属のぶつかり合う音が坑道内に響いている。それにしてもリョータ小隊はコボルドに興奮しすぎていた。クザクとミッツは初めての戦場に緊張し、会話に参加すらしてこない。

「確かここには、義勇兵団事務所の掲示板に手配書の出てる悪名高い(ノートリアス)モンスター居なかったっけ?」

 グンゾウが聞くと、タイチが袋から手帳を取り出して答えた。

「それは、デッドスポットですね。手配書によると『極めて凶悪なコボルド離れしたコボルド。数々の義勇兵をその手にかけている。呼び名は、被毛(ひもう)が黒白の斑なことに由来。体格はエルダーコボルドよりもさらに大柄。少数の手下を連れて、サイリン鉱山中を回っている。』だそうです。賞金は30ゴールドですって!」

「ほおぉ、すごいね。ありがとうタイチ」

 最近、タイチはカズヒコ小隊(パーティ)においてカズヒコの副長(サブリーダー)として、情報収集や戦術指揮を担っている。グンゾウは前線で戦うカズヒコの負荷が減るので、良い傾向だと思った。

「おーっきいわんこかー。楽しみー。あたし大きい犬が好きなんだよねー」

 サイリン鉱山に来てから、ヨシノは興奮しっぱなしだ。

「デッドスポットは手練れも含めて、何人もの義勇兵が犠牲になっているらしい。悩まないようにルール()めしよう。出会ったら、すぐに逃げる。これでいいよね。ま、物語(ものがたり)の主人公みたいにそうそう強敵に出会うことなんてないだろうけどさ」

 カズヒコが爽やかに笑う。各自「はーい」などと良い返事をした。

 返事をした直後、通路の先から如何(いか)にも仕事帰りですといった感じのツルハシを持った労働者(ワーカー)コボルドが4匹姿を現わした。

「あ、コボルドだ……」

 隊列の後方にいたチョコが緊張感のない感じで敵の襲来を告げた。

「あーあ、本当にここは()()()()()()()()()()()だな」

 グンゾウは思わず独り言が口から漏れてしまった。

「グンちん、それ、いいねー! ほらー、パトラッシュー、怖がらなくてもいいんだよー、仲良くなろうよー」

 ヨシノは槍を振り回しながら、満面の笑顔でコボルド達に向かっていった。

 ――あの笑顔、コボルド達も怖いだろうな……。

「ほーら、よし、怖がるな。来い、来い、来い、来い。お座り! お座りだっつーの!」

 リョータが一生懸命、コボルドを手懐けようとしている。

「弓じゃあかんねん、弓じゃ……」

 グンゾウの後ろでシムラが意味不明なことを(つぶや)いている。

 

 

 真剣に戦うカズヒコ小隊と真剣にペットにしようとしているリョータ小隊を眺め、グンゾウは深い溜息を()いた。

 ――こりゃあ、今回の使命(ミッション)はカズヒコ小隊(だの)みだな……。

 

 




サイリン鉱山へのお散歩編に突入しました。
次回も引き続きサイリン鉱山です。

お気に入り登録、感想・励まし、推薦など引き続き熱望しております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。