廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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普段なら4週分の文章量でした……( -ω-)y―~~見通しが甘かった。
校正甘いです。
最終回は、勢い重視でお読みください。



27.それを乗り越えた先の明日へ

 ハイドが雷電(ライトニング)を使う。

 それはなんらかの事態が発生したことを示していた。

 ハイドがいたのはリョータとホブゴブリンXL(エクセル)の近く、その向こうではヨシノと白甲冑が戦闘を継続していた。

「ギジジ、(かす)っただけか……」

 ハイドは悔しがった。雷電(ライトニング)は命中率が悪い。毎晩のように訓練をしているハイドであっても動いている敵への命中率は6、7割だった。

「アウアァ?」

 ホブゴブリンXLは精霊(エレメンタル)魔法を体験した事が少なかったため、不可解な突然の雷に疑問をいただいていた。左腕の傍を雷電(ライトニング)(かす)めて、少し痺れている。リョータと距離を取り、左腕の動きを確認していた。

 ――リョータが大きな怪我でもしたのかもしれない。

 グンゾウは(きし)む体を引きずるように、リョータとハイドの方に歩いて行った。全身が痛くて、なかなか速く歩けない。

 歩いている途中でリョータを見たが、特に怪我をしている様子もなく、両手剣(ツヴァイヘンダー)を正眼に構え、ホブゴブリンXLと向き合っていた。

 ――良かった、無事っぽい。逆になんか(とど)めを刺せる機会でもあったのかな?

 グンゾウは安堵をしつつ、油断無く観察を続けた。

 ――あれ? リョータの両手剣(ツヴァイヘンダー)……なんか短くね?

 事実としてリョータが正眼に構える両手剣は短かった。正確には短くなっていた。既にアキが持っている長剣(ロングソード)よりも短い。それどころか先端も四角くなっている。真ん中辺りでぽっきり折れていた。まともに戦うどころではない。

「くっそー! 安物がっ!!」

 リョータは焦りと悔しい気持ちで、歯を(きし)ませていた。傍に死んでいるゴブリンの死骸に長剣を見つけると、根元の方の両手剣を投げ捨てて拾った。

「リョータ、長剣(それ)で戦えるか?!」

 グンゾウが叫ぶ。

「見りゃ、わかんだろ?! 戦える! ……いや、正直きちぃ! あいつの攻撃は半端ねぇ。もっとデカイ得物じゃねーと渡り合えねぇ!」

 リョータは面防(バイザー)を上げて叫び返してきた。一瞬強がったが、よっぽどホブゴブリンXLが強いのか、発言を訂正した。

 ――両手剣が折れたので雷電(ライトニング)を使ったのか。ハイド、良く見てたな。

 グンゾウはハイドの傍に着くと、周囲の状況を確認する。

 ヨシノと白甲冑の戦いは継続している。タナカと紅鎧(べによろい)の戦いも継続中だった。アキの加入で子飼いゴブリン達との戦いはほぼ収束に向かっていた。残り1匹を全員で囲んでいる。

 ――リョータに代われる戦力といったら、シンジョーか? ……しかし、シンジョーの装備でホブゴブリンXLと渡り合うのは死ねというようなものだ。狩人が前線で戦うってのは無理がある。装備で言ったらアキか? ……あの疲労度のアキがリョータも苦戦するホブゴブリンXLと渡り合えるわけがない。う、選択肢が無い。

「ハイド、有効打が打てるか?」

 グンゾウがハイドに()くと、ハイドはしばらく(うな)った後、突然地面に荷物を置いて横になった。

「打てる。でも、まだ全部は使えないから、寝る!! キシ!」

 ――分かるけどさ……、寝るなよ。

 ハイドは3秒もしない内に、静かな寝息を立て始めた。

 グンゾウはショートスタッフが壊れてしまったので、ハイドが地面に置いた青い宝石が付いた杖をそっと拝借した。

 ――氷結魔法(カノンマジック)はあんまり使わないからいいよね。

「壊すなよ、キシシシシ」

 ハイドが急に寝言を言ったので、グンゾウはびっくりした。

 

 

 時間が経つとホブゴブリンXLの痺れも取れたらしく、戦闘体勢になった。

 選択肢がないためリョータが対応をしている。リョータにしてはあり得ない逃げ腰だ。ホブゴブリンXLとかなり間合いを取り、まともには組み合わないようにしていた。

「グンゾウさん!」

 アキがシムラ、シンジョー、オダを連れてグンゾウの元にやってきた。

「アキ、大丈夫だった?」

「はい。シンジョーさんが強いから全然余裕でした。皆少し怪我をしているので、治療をお願いします。私はリョータを支援してきます」

「え? いや、ホブゴブリンXL(あれ)は危なくない?」

 グンゾウが心配すると、アキはグンゾウに笑顔を向けた。

「怖いけど、大丈夫です。ヨシノとの野外訓練で唯一勝ったのは私だけですよ。無理はしません。リョータの支援ですし、防御を優先します。ほら、それにさっきの戦いで盾もすごく良いのを手に入れました」

 アキは目を輝かせながら、グンゾウがどこかで見覚えのある歩兵用の凧形の盾(ヒーターシールド)を見せてきた。

 ――これ、……黒甲冑のだ。ゴブリン装備の回収が早い、早すぎるよ! アキ!

「おお、す、すごいね、それ」

「そうっ! すごいんです。全部金属で出来ているのに軽いし、表面に装飾まで施されて……、あ、行ってきます」

 アキはゴブリン装備の解説を生き生きとしていたが、急に恥ずかしそうな顔をしてリョータの所に向かった。

「可憐で直向(ひたむ)き、そして若干の狂気(マニアック)さ……好み(タイプ)だ」

 急にグンゾウの隣に現れたオダが立ち去るアキの背中を見ながら呟いた。

 グンゾウは呆れた顔でオダを見ながら、「こいつとは二度と一緒に仕事しない」と深く決意した。

 

 

「死ぬかと思いましたわー」

 シムラは塞がった傷を眺めている。

 シムラとシンジョーは、重傷ではないが、かなりの数の怪我をしていた。特にシンジョーは結構な出血をしており、そのエラ張った大きな顔を見ながら「よく笑っていられるな」とグンゾウは思った。

 ふたりの怪我を治療しながら、グンゾウは周囲の状況に気を配っていた。

 リョータをアキが援護に入ってからも状況は変わらなかった。

 アキの存在は牽制(けんせい)として機能しているため、リョータが安全にはなっているが、ホブゴブリンXLに決定打を出せる訳ではなく防戦を()いられている。

 ――リョータが安全になっただけでも良しとすべきか。

 こういう行き詰まりを打開してくれるのはいつでも()()()()だ。

「ちょいやーっ!!」

 ヨシノが気合いの叫びをすると、「バチン」と音がして白甲冑の槍が宙に弾かれた。

 白甲冑の冷や汗が見えるようだ。

「もぉおおぉーーーーーーーらったぁーーーーーー!!」

 ヨシノは反時計回りの回転から、横薙ぎで白甲冑の首を()りにいく。

 素手になってしまった白甲冑は(かが)んで(かわ)そうとするが、ヨシノは既に予測済みで、槍の高さを合わせていく。

 両腕の甲冑で防御するしかなくなった白甲冑。その目論見(もくろみ)(むな)しく四散し、可動部で防備の手薄な両手首が切られてしまった。

「ギャッギャー!!」

 哀れな白甲冑は、両手を失い混乱した。彼の最大の不幸はヨシノに目を付けられたこと、最大の失敗は彼女の誘いに乗ってしまったことだろう。

「シッ!」

 混乱し、冷静な判断ができなくなった白甲冑は、最後にヨシノの突きを顎下(がくか)に受けて絶命した。ヨシノは刺さった槍はそのままに片刃の曲刀(シミター)を抜くと、首を切り落とし、白甲冑の死を確実なものとした。

 ――よし! これで打開できる。

「にゃーーー!! よーし、最後は(いちご)にゃーーー!」

 ヨシノは槍を抜くと、良く分からない感情の高ぶりのまま、興奮状態で走りだした。

「待ったー! ヨシノ、こっちに戻れー!」

 グンゾウは最大限の大声で叫ぶ。

 その声に気付いたヨシノは、一瞬(ニャア)のようにちらっとグンゾウを見たが、あえて無視して紅鎧(べによろい)の方へ行こうとした。

「こらーー! 無視するな-。早く、こっちに!」

 さらにグンゾウに呼ばれると、ヨシノは一気に肩の力を落とし、槍を引きずりながら、とぼとぼとグンゾウの元に歩いてきた。

「テンション下がるー……」

 グンゾウの元に来たヨシノはブツブツと文句を言っていた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒光(ヒール)。……何言ってんだ。完全な状態じゃなかったら紅鎧(べによろい)となんて戦えないだろ? 自分の姿見た?」

 グンゾウはヨシノの傷を治しながら、(さと)した。

「ああ、癒光(ヒール)気持ちいー。えー、何々(なになに)ー? いつものあたしでしょー?」

 ヨシノはキョロキョロと自分の姿を見た。

「いんや、全然」

 身体(からだ)の鉄板で覆われている箇所は無事だが、それ以外の箇所はほぼ全てから血が(にじ)み出ていた。長い髪の毛も乱れ、兜のあちらこちらからはみ出ている。

 鎖帷子(チェインメイル)に穴が開いている箇所も何カ所かあって、下の服や肌が露出していた。また所々革のベルトが切れて、いくつかの装備がずり下がっている。

「えっへへへへ、あれー? なんか恥ずかしいなー」

 ヨシノは皆に囲まれて装備を直してもらっている間、照れて笑っていた。乱れた髪の毛は自分でまとめて、兜を(かぶ)りなおす。そして大量の水分補給。

 応急処置が整うと、グンゾウはヨシノに向き合って話した。

「ヨシノ、連戦で紅鎧(べによろい)とやれるかい?」

「もちろん。全然、大丈夫だよ。グンちん」

 ヨシノは笑顔で(うなず)く。その笑顔には強い意志を宿した目が輝いていた。

「この日のために、あたし腕を磨いてきたんだもん。紅鎧(べによろい)はあたし達にとって絶対乗り越えなきゃいけない壁だと思うの。だから……勝つよ」

 ヨシノは愛用の槍を強く握りしめた。

 グンゾウはヨシノに、山中の森で紅鎧(べによろい)と戦った時の輝きを感じた。

「そうか。……じゃあ、勝っておいで。でも無理はしないで、俺等もすぐ傍にいるから。タナカにはこっちに戻るように伝えて」

「うん、わかったー」

「ヨシノ、きばり。いざと言う時は援護できるように、紅鎧(べによろい)をずっと弓で狙っとくわ」

 シムラもヨシノに声をかけた。

「大丈夫、シムちゃん、お姉さんに任せときなさい。危ないから離れてるんだよ。よっし、じゃあ、行ってくるー」

 ヨシノは目を閉じて2、3回呼吸を整えると、タナカと紅鎧(べによろい)が戦っている方向を向いて止まった。

「あ、これ要らないんだった」

 ヨシノは慌てて腰のベルトを外すと、片刃の曲刀(シミター)が2本とも鞘ごと地面に落ちた。

 ――やっぱり、ヨシノは紅鎧(べによろい)との戦いを槍で決めるつもりなんだ。

「んー、体が軽いー!」

 ヨシノは()びをしながら、踊るように軽くステップを踏む。最後に槍を一回転させると、飛ぶように走って敵に向かった。

 

 

 ヨシノが全力疾走で、紅鎧(べによろい)に向かっていく。

「ギャッギャッギャギャー」

 紅鎧(べによろい)もヨシノの到来を察知して、妙に嬉しそうな声を上げた。意味はわからないが、「来たか、女戦士」と言ったところか。

 紅鎧(べによろい)はタナカから間合いを取って、離れる。ヨシノに向き合うためだ。

「あたしも会いたかったよ、(いちご)ちゃん!」

 初っ端(しょっぱな)、ヨシノは上段から叩き付けるように槍を振るい、紅鎧(べによろい)はそれを受けた。鍔迫り合い(バインド)となった。

 鍔迫り合い(バインド)のままヨシノはタナカに話しかける。

「タナちゃん、グンちんが呼んでるから戻って。紅鎧(べによろい)はあたしの(ライバル)だから」

「あ……、お、はい。……わかった」

 タナカは急に女の子に話しかけられたため、戸惑いながらも紅鎧(べによろい)の元を離れて、グンゾウ達の方へ向かった。

「タナちゃん、元気ないなー。あたしは、元気もりもりなのよっ! んんっ!!」

 ヨシノは腕の力で紅鎧(べによろい)を押す。紅鎧(べによろい)も当然押し返す。その反動を利用して、ヨシノは後方に跳躍して一旦、間合いを取った。

 ヨシノと紅鎧(べによろい)は対峙したまま動かない。

「今回は1対1でも負けないんだから」

 ヨシノが中段右前半身構えの槍を(しご)くように握りしめた。対する紅鎧(べによろい)は中段左前半身構えで迎え撃つ姿勢でいた。

 2人の間には、激しい戦いの前の静かな緊張感だけが漂っていた。

 

 

 グンゾウは忙しく指示を出していた。

「シムラはヨシノと紅鎧(べによろい)の監視、いつでも仕留められるように構えててくれ」

「了解っす!」

 シムラは飛び跳ねるようにヨシノの方へ向かう、シムラなりにヨシノのことが心配なんだろう。

「疲れているところすまないが、シンジョーはその辺りある荷馬車の縄で何本も投げ縄を作ってくれないか? ホブゴブリンXLの動きを止めたい」

 ――ハイドの雷電(ライトニング)が直撃すれば打開できるはず。

「わかった」

 シンジョーは笑顔のまま頷き、荷馬車に向かった。シンジョーは働き者だ。グンゾウは彼の姿勢に好感を持っていた。

「オダはゴブリン達から武器を回収してくれ、あの棍棒じゃ、長剣が何本あっても折られちまう」

「あの清らかな乙女のためだな。なら仕方ない」

 オダは今までに見たことがない機敏な動きで、ゴブリン達の装備を回収に向かった。

 ――まあ……、リョータのためだけどね。

「ハイド! 起きろ! そろそろ出番だ」

 グンゾウはハイドを蹴っ飛ばすと、ハイドは「ブヒっ!」と豚のような声を上げた。

「……戻って……きた、けど?」

 タナカは忙しそうにしているグンゾウに、()()ずと話しかけた。ふさふさの眉毛が汗で少し(しな)っていた。

「おお、タナカ、()い時に戻ってきてくれた。あのホブゴブリンと戦ってきて。できれば倒してくれるとすごい嬉しいけど、強いよ。ちょっと規格外だな」

「え? 突然すぎない? ……ほんと、人使(ひとづか)い荒いね、この小隊(パーティ)

「え? そう? どうせ怪我してないでしょ? それに荒いの好きでしょ」

 ――わかるんだよ、最近、ドMの()()がね。カレンのお陰で。

「……ま、確かに。……あのヨシノって女の子、動きが速いね。俺より(あか)いのに向いてるかも。俺の攻撃じゃ、遅くて当たらないわ……」

「そっか。タナカがそういうなら安心するよ。遅くてデカイのは任せたよ」

「……ああ、まあ、なんとか」

 タナカは微笑すると、面防(バイザー)を下げた。グンゾウはその肩を軽く叩いて、声をかける。

「そうだ。あのホブゴブリンは武器を折りに来るから、気を付けて」

「……厄介な敵だな」

 タナカは両手剣を肩に担ぐと、一歩一歩踏みしめるようにホブゴブリンXLへ向かっていった。

 

 

 シムラはハラハラしていた。

 シムラは、ヨシノと紅鎧(べによろい)が戦っている傍にいる。荷馬車の陰に隠れながら、戦いの行方を見守っていた。まだ引き絞ってはいないが、弓に矢は(つが)えている。

「あかん、あかんでぇ。なんやヨシノの動きが悪い。グンゾウさんかハイド呼んでこよかな」

 いつも遠くから全体を観察しているシムラは小隊の仲間の動きを知っている。

 そのシムラから見て、ヨシノの動きが良くなかった。

 シムラの頭では理由は分からない。長時間の戦闘で疲れてしまったのか、出血が多くて貧血なのか、脱水症状を起こして運動機能が落ちているのか、考えられることは沢山あった。とにかくシムラの感覚的にいつものヨシノとは技のキレや動きが若干異なるように感じられた。

 ヨシノの槍が精彩を欠いている。速度や初動の時期がいまいちなのだ。紅鎧(べによろい)も気付いているようで、余裕の表情を浮かべて対応をしている。

 どちらかと言えば、ヨシノは紅鎧(べによろい)に打ち込まれていて、防戦気味だ。

 その防戦もあまり上手くいっていない。

 ヨシノもかなりの部分で甲冑が揃ってきているため、大きな怪我にはなっていないが、紅鎧(べによろい)の攻撃が防ぎきれず、後退させられる場面が見られる。

 たった今も、紅鎧(べによろい)が仕掛けた、多段突きからの回転薙ぎの連続技(コンボ)に対応しきれず、ヨシノは紅鎧(べによろい)の槍の穂で顔を思い切り叩かれてしまった。面防(バイザー)付きの兜でなければ、重傷だったはずだ。

 ヨシノは顔面を叩かれた衝撃で、()()ってしまい、2、3歩後退をした。

「こんなんで、勝てるんかいな。……やっぱグンゾウさんのとこ行こ」

 シムラがグンゾウの所に戻ろうとすると、グンゾウがこちらに向かってきていた。

「グンゾウさーん! ヨシノが……」

 シムラが手を挙げて呼ぶと、グンゾウは走って向かってきた。しかし、足が遅い。「あんなに足が遅かったかな? やっぱりおじさんなのかな?」とシムラは思った。

「どうした? シムラ。ぜーはー、ぜーはー」

「なんや、ヨシノの動きが悪いんです。心配で」

「本当に? ぜーはー」

 グンゾウはヨシノの動きを観察した。

 ――確かに、動きが悪い……ような?

 グンゾウから見てヨシノの動きは疲れているような感じに見えた。ただし、致命的な攻撃は避けるようにしっかり防御をしているので、効率的に戦っているようにも見えた。

「ヨシノー! 大丈夫か?」

 グンゾウが声をかける。ヨシノは無言で答えない。むしろ紅鎧(べによろい)がこちらに人影があることを気にして、ちらりと視線を送ってきた。

 ――んー、どうしよう。向こうはタナカが入って少し安心だから、アキをこちらに入れるか?

 グンゾウが善後策を考えていると、ヨシノが先程の問いに大声で答えた。

「大丈夫! あたしを信じて! 絶対、倒すから」

 ――ヨシノがここまで言うなら、答えはひとつだ。

「わかった! 信じる。思いっきり戦ってくれ!」

 グンゾウはハイドから借りている杖を握りしめた。

「はぁはぁ、ヨシノは続投させる。だけど、シムラ、悪いんだけど、念のために()()()()アキを呼んできてくれ。信じることと、備えることは別だ。ヨシノの命は絶対守りたい」

「わかりました!」

 シムラは弓と矢を置き去りにして、猛スピードで駆けていった。

 ――戦場が離れていると指揮し辛いな……。走るの疲れた。

 

 

 紅鎧(べによろい)は少し失望していた。

 期待していた槍使いの動きが、思っていた以上に悪かった。突き1つ、回避1つとってもキレがない。「もしかしたら、先の戦いで既に力を使い果たしてしまったのかもしれない。こんなことなら、さっきの戦士と真剣に戦うべきだったか?」と後悔すらしていた。

 ゴブリン側の戦況は全く良くなかった。ホブゴブリンXL以外の兵隊は全て殺されてしまった。

 しかし、ゴブリンはあっという間に増える。増えすぎたゴブリンは旧市街に送り込むなりして数を減らさなければ新市街の秩序が保てない。戦死はゴブリンの社会では織り込み済みの仕組みなのだ。

 紅鎧(べによろい)は「今回はあの戦士が強かったので、ホブゴブリンXL以外では相手にならない」と認識していた。逆に自分自身は安全であると確信していたため、「この(めす)を奴隷として持って帰るの一興(いっきょう)だな」と良からぬ妄想をして、油断しきっていた。

 しばらく、ヨシノを捕らえる方法を考えていたが、少し疲れてきた紅鎧(べによろい)は「さっさとこの(めす)を倒して、新市街に退却するか」と考えを改め、勝負を決めにかかった。

「ヨシノの動きが悪いですね」

 アキが白い顔で心配そうに言った。シムラが呼んできて、既にグンゾウの隣にいた。真剣な顔でヨシノと紅鎧(べによろい)の戦いを見守っていた。グンゾウはそのアキを見守っている。

 ――真剣な横顔がかわいい。

「グンゾウさん。ヨシノが不利な状況になった時点で飛び出します。いいですか?」

 ――声もかわいい。

「グンゾウさん?」

 アキがグンゾウの顔を怪訝(けげん)そうに覗き混んでいる。

 ――正面向いてもかわいい。

「グンゾウはん?」

 グンゾウとアキの間にシムラのイガグリ頭と顔が割り込んでくる。

「うわっ! ……ごめん、ぼーっとしちゃって。うん、そだね、危なくなったらすぐに突っ込もう」

 ヨシノは今まで見たことない位、(ゆる)い動きをしていた。1番目立つのは突きの遅さだ。命中精度も低い。紅鎧(べによろい)は先程から甲冑を使った防御しかしておらず、ヨシノの突きは反撃の切欠(きっかけ)となっている。

 突きで出来た隙を攻められて、体勢が崩されて打ち込まれるという動作が、もう3回も繰り返されている。

 紅鎧(べによろい)が猛攻を始める。遂に決めにかかったように見えた。ヨシノは防戦を強いられる。時に甲冑を使い、時に槍を使い、致命傷にならないように防御を続けていた。

 ヨシノの足が止まり気味になる。

 ――足が止まってきた。これは不味いかも?

 ヨシノは長い打ち込みでボロボロになり始めた。鎖帷子(チェインメイル)が斬られて血が出ている箇所もある。紅鎧(べによろい)は無表情でヨシノへの攻撃を続けている。攻撃の手に休みはないが、攻撃の種類(バリエーション)等は少なくなってきている。

 ヨシノは一瞬の隙を狙って、突きを繰り出す。

 しかし、この突きも非常に緩い。

 ――あんなんじゃ、駄目だ!

 グンゾウがそう感じた時、紅鎧(べによろい)はヨシノの槍を上方に弾く。

 ヨシノの体勢が前のめりに均衡(バランス)を崩す。

 それを待っていたかのように、紅鎧(べによろい)は自分の槍を大きく後ろに引いてから、全体重をかけて止めの一撃を放ってきた。

「ヨシノっ!」「ヨシノちゃんっ!」「ヨシノ姉っ!」

 異口同音でグンゾウ、アキ、シムラからヨシノを呼ぶ声が出た。

 アキが盾を構えながら、隠れていた馬車を飛び出す。

「ギャギャギャー」

 紅鎧(べによろい)は勝利を確信して、口元に()みが浮かんだ。

 

 

 紅鎧(べによろい)の槍がヨシノの身体を貫かんとする寸前、ヨシノは体勢を立て直し、後ろにステップバックしながら、槍を縦に1回転させる。

 ヨシノの槍の石突きが、飛び出してきた紅鎧(べによろい)下顎(したあご)()()()()()()()()紅鎧(べによろい)の頭が上方に叩き上げられる。頸椎(けいつい)が背中の方向へ直角に曲がる。

 紅鎧(べによろい)は倒れぬよう必死に足を踏ん張る。しかし、脳を激しく揺すられ、意識を保つのが精一杯だ。生まれたばかりの子鹿のようにふらふらとしていた。持っている槍を杖にして、辛うじて立っている。

「え?」「え?」「え?」

 再び異口同音で、グンゾウ、アキ、シムラの目が点になる。

「わーい、陽動(フェイント)成功!」

 ヨシノは諸手を挙げて跳躍し、喜びを表現した。

 数分前、ヨシノは思っていた。「やっぱり紅鎧(べによろい)は強い。でも、……()()()()()()()()()()()()」と。

 ヨシノが本気を出せば追い込むことはできそうだった。しかし、それでは高い身体能力を活かして、新市街に逃げ込んでしまうだろうと思われた。

 「紅鎧(べによろい)は倒さないと旧市街を取り戻したとは言えない」、ヨシノはそう思っていた。「多少の怪我は仕方ない。一撃必殺の機会を待たないと。そのためには、敵を誘い込む!」

 ヨシノは仲間にも秘密の決心をし、念には念を入れて、3回も陽動(フェイント)のために大きな隙を作った。見た目の身体的な陽動(フェイント)だけではなく、精神的に紅鎧(べによろい)を油断させたのだった。

「ありがとう。(いちご)ちゃんのお陰で強くなれたよー。肉体的にも、精神的にも」

 ヨシノはゆっくりと槍を構えて、紅鎧(べによろい)に声をかける。

 紅鎧(べによろい)は何が起きたか分からなかった。意識が混濁しているし、焦点も定まらない。しかし、目の前に迫ってきた影が何者であるかは分かった。

 「くそっ、何故だ。まさか、この俺が……。こんな雌を奴隷にしようなどと考えず、早く退却すれば良かった。足が……動かない……」、紅鎧(べによろい)目眩(めまい)と後悔の渦に飲み込まれている最中(さなか)、ヨシノは感謝の気持ちで槍を振るった。

 

 

「やたーーーーー! ショートケーキ完食ーーーーーー!」

 ヨシノは両手を挙げて、叫ぶと、そのまま後ろに倒れた。

「ヨシノ、大丈夫かっ!」「ヨシノっ!」「ヨシノ(ねぇ)さん死んだらあかんっ!」

 グンゾウ、アキ、シムラが駆け寄る。

 アキがヨシノを抱えて、面防(バイザー)を上げる。

 面防(バイザー)が上がると、ヨシノの顔が見えてきた。ヨシノは大鼾(おおいびき)をかいて寝ていた。口からは(よだれ)が垂れている。右の鼻の穴には鼻提灯(はなちょうちん)が膨らみ、左の鼻の穴からは鼻血が垂れていた。かなり間抜けな顔だ。

「ぷっ!」

 思わずアキの口から笑いが吹き出す。

「くくく……くっくっく、……あっはっはっはっはっは」

 グンゾウの口からも(こら)えきれなかった笑いが零れ、そして大笑いへと変わっていった。

「あちゃー、戦いだけでなく、笑いの才能でも負けてしもうてるわー」

 シムラが自分のイガグリ頭を撫でた。

「どんな怪我しているか分からないから、癒光(ヒール)で治療する。終わったら、向こうに運ぼう。ヨシノは俺が負ぶうから、2人は荷物をお願い」

 グンゾウはアキとシムラに荷物を渡すと癒光(ヒール)を唱えた。

 ――本当に……お疲れ様、ヨシノ。

 

 

 ――重かった……。

 ヨシノを運ぶ途中、グンゾウは自分でやると言ったことを少し後悔した。甲冑を着た身長170センチの女の子は想像以上に重かった。

 ホブゴブリンXLとの戦場の傍にある荷馬車の陰に、ヨシノを寝かした。

 パコーンと金属が強くぶつかったような鈍い音がする。

 何の音か確かめるために、グンゾウが視線を向けると、タナカの両手剣が折れている。

「あああー、俺の剣がー!!」

 タナカが大きな声を出す。落ち込んだ様子をしている。愛剣だったようだ。

 ――やばい、戦力大幅低下(ダウン)

「タナカ、オダから長剣を受け取るんだ。シンジョー、投げ縄は?」

 グンゾウがシンジョーを振り返ると、シンジョーは変わらぬ笑顔のまま多数の投げ縄を抱えていた。目の端でタナカとオダが長剣の受け取りで揉めているのが見えた。オダはアキのために長剣を集めているつもりなので、嫌がっているのだろう。

「10本はできている。もっと作るか?」

「あ、とりあえず、10本でいいや。ガンガン投げて、動きを封じよう。アキやシムラも手伝って!」

 リョータとタナカを除く仲間で、投げ縄を投げる。

 グンゾウやアキの投げる縄は全く引っかかる様子がないが、シンジョーとシムラが投げた縄はホブゴブリンXLの左腕や首に掛かった。

「アゥア! アゥア! ウホォアー!!」

 ホブゴブリンXLは掛かった縄を嫌がり、武器を置いて縄を引っ張り回す。

「いや、そんなんあかんてー」

 体重の軽いシムラは縄に引っ張られる度に、宙に浮いてしまう。あのシンジョーもホブゴブリンXLに引きずられている。しかし、2人ともせっかく掛かった縄なので手を離さない。

「わわ、わわわわわわ……、あかん、あかんでー」

「…………」

 シムラは騒ぎながら、シンジョーは無言のままホブゴブリンXLに引きずられている。「ゴチン」と大きな音がして、宙に浮いているシムラと、引きずられているシンジョーの頭が衝突させられる。シムラは縄を手放してしまう。シンジョーは引きずられながらも何とか縄から手を離さず、()えている。

 シムラが放した縄の端は、アキが咄嗟(とっさ)(つか)まえていた。

 ――ナイス、アキ! 相変わらず、出来る子!

「シムラっ! 大丈夫か?」

 グンゾウが駆け寄っても、シムラはうつぶせのまま起き上がらない。抱きかかえてシムラの顔を見ると、シムラは額に大きな(こぶ)ができて気絶していた。

 グンゾウが引きずられているシンジョーを見ると、いつも通りの笑顔を浮かべていた。

 ――なんて力なんだ、ホブゴブリンXL。そして、なんて堅いんだ、シンジョーの石頭。

「リョータ! シンジョーから縄を受け取るんだ」「シンジョー、リョータに縄を渡したら、右腕にも罠をかけて動きを止めてくれ!」「タナカ! アキが掴んでいる縄を受け取ってホブゴブリンの動きを止めてくれ!」

 グンゾウが矢継ぎ早に指示を出すが、ホブゴブリンXLが暴れているので中々上手く動けない。

「きゃあっ! きゃあっ!」

「アキっ!」

 アキが持っている縄がホブゴブリンXLに引っ張られた所為で、体重の軽いアキの体は宙に浮いてしまう。結構な高さに持ち上げられ、アキは縄を手放す。

 そのまま下に落ちる所を、縄を受け取りにきたタナカがアキをお姫様抱っこする形で受け止めた。タナカとアキが見つめ合う。ふたりの顔が近い。

「あ、……ありがとうございます」

 アキがお礼を言う。

「あ……、い……、お……」

 タナカは何を言っているか分からない。アキもタナカも固まったまま動かない。

 アキの白い頬が紅を()したように赤くなっている。タナカの顔も茹で蟹のように赤い。微妙に良い雰囲気に見える。

 ――何やってんだ、タナカ! 早くアキを降ろせってんだ。

「あっ! てめぇ! この全滅眉毛! アキさんを抱いてるんじゃねー! 縄掴め、縄!」

 グンゾウが心の中に思っていることをほぼオダが代弁した。

 ――許す。オダ、好きなだけ言え。

「あの、……降ろしてもらってもいいですか?」

「あ……、お……」

 アキは地面に降ろしてもらうと、お辞儀をしてから恥ずかしそうにグンゾウの方へ走ってきた。

「おかえり、アキ」

「は、はい。あ、あの、私は軽いから、縄はもう持ちません」

「うん、そうしよう。ここにいて」

 アキは何度も首を縦に振って、首肯した。

 タナカはしばらくアキの方を眺めたまま固まっていたが、オダに頭を()()()()、慌てて縄を追い始めた。

 その間も真面目なシンジョーは淡々と縄を投げ続け、ホブゴブリンXLは両腕と首に投げ縄が掛かった状態になった。シンジョーの投げ縄は上手い。

 右腕に掛かっているは縄はタナカが、左腕はリョータが、首はシンジョーがそれぞれ掴んでいる。

「ホウァウアァー!」

 ホブゴブリンXLは暴れようとするが、3人の屈強な男達に動きを封じられ、動きが鈍い。

「キシシシシ、明らかにここで、雷帝の出番だな、キシシ」

 激しく寝癖のついたハイドが突然現れる。

「よし、動きが遅くなったから当たるだろ。頼むよ、もうお前の雷電(ライトニング)しか有効打が無い」

「フッシッシ、任せろ」

「みんな! ハイドの雷電(ライトニング)が行くぞ! ホブゴブリンの動きをしっかり抑えてくれ!」

 グンゾウが叫ぶ。タナカ、リョータ、シンジョーの縄を持つ手に力を込められる。

 ハイドが黄色い宝石の嵌まった杖を手に持つと、精霊(エレメンタル)魔法の詠唱に入る。

「キシシ、ジェス、キシシシシ・イーン・サルク……」

 中空に光る魔方陣が現れ、ハイドの顔を青白く照らす。

 激しい寝癖が電磁魔法(ファルツマジック)の影響なのではないかと思える位、頼もしい姿だ。

「キシシ・フラム・ダルト、フシシシシシ」

 ホブゴブリンXLの頭上に稲妻が走り、雷鳴が(とどろ)く。

 直撃。

 雷電(ライトニング)はホブゴブリンXLの身体を縦に貫く。ホブゴブリンXLは一瞬痙攣し、その後、首の力が無くなり、ぐったり(かたむ)く。

「おおおっ!」

 皆がその様子を見て、期待に(どよ)めきの声を上げたが、次の瞬間、その期待は打ち砕かれる。

「ガウァウアァー!」

 ホブゴブリンXLは顔を上げると天に向けて大きな咆哮を発した。そして、両手の自由を取り戻そうと、縄を力一杯引っ張り始めた。

「なっ!」

 グンゾウが驚いていると、その隣でハイドが悔しそうな声を上げた。

「ギジッ! 化け物めっ!」

「おいっ! ハイド。どんどん行け! さっさとするんだ、縄がもたねぇ!」

 小隊(パーティ)のリーダーであるリョータが適切な指示をする。

「ジェス・イーン・サルク・フラム・ダルト、キシッ!」

 2回目の雷電(ライトニング)がホブゴブリンXLの身体を貫く。

「ギャガッ! ガアァァァァァ!」

 雷電(ライトニング)に貫かれる度に、ホブゴブリンXLは激しい悲鳴を上げた。また、両手を激しく動かして暴れる。その度にリョータとタナカの巨躯が左右に引きずられそうになった。

 ホブゴブリンXLは恐ろしく生命力が強い。

「シシシシシシ、あーんど、ジェス・イーン・サルク・フラム・ダルト、キシッ!」

 ハイドも頭に来ているのか、即座に3回目の雷電(ライトニング)を放った。先程の短い睡眠で魔法力が回復していないなら、これで雷電(ライトニング)は打ち止めだ。

「ガアァァァァァ…………」

 3発目の雷電(ライトニング)を受けた後、流石のホブゴブリンXLも膝をついて動きを止めた。

 皮膚が電気で火傷を起こし、赤く(ただ)れた箇所が見える。また、体毛が焼けるような焦げた(にお)いが周囲に(ただよ)った。

 ――流石にヤったか?

 ホブゴブリンXLの丈夫さを目の当たりにしているため、全員が疑心暗鬼に陥って、緊張の糸が途切れない。

 グンゾウがオダに視線を遣ると、オダは首を横に振る。

 ――こういうのって身軽な盗賊(シーフ)が調べるんじゃないのか?

 ホブゴブリンXLに近付くため、アキが盾を構えながら歩き始めた。

 すると突然、オダが空中前転しながらアキの前に出ると、「アキさん、俺が調べますから安全な場所にいてください」と言った。

 ――感情が言葉にならない。

 オダは手を挙げて、縄を持つ3人に警戒を促すと、ホブゴブリンXLを慎重に観察しながら近付く。オダの歩みはゆっくりというわけではないが、全く足音がしない。盗賊(シーフ)(スキル)なのかもしれない。

 オダがホブゴブリンXLの傍まで辿り着く。

 オダはゆっくりをホブゴブリンXLの顔を覗き込み、脈を取るために首に手を伸ばす。

「ガアォォォォ!」

 その瞬間、ホブゴブリンXLはオダに向けて吠えると、その手を食いちぎろうと牙を剥く。

 オダは急いで手を引っ込めると、バク転で避ける。

 シンジョーも首に掛かった縄を引っ張り、ホブゴブリンXLの動きを制御する。

「ガァーウァー! アオウゥアー!」

 ホブゴブリンXLはゆっくり立ち上がると、再び両手の自由を取り戻そうと、縄を力一杯引っ張り始めた。動きに鈍った様子は見られない。腕の筋肉には血管が浮かび上がり、筋量が増大したようにすら見える。

 ――何て奴だ……。

「ギジジジジジッ!」

 ハイドが愛用の杖を地面に投げつけた。いつも余裕のハイドが悔しさの感情を露わにしていた。

 

 

 暴れるホブゴブリンXLが抑えられない。その上、こちらの戦力低下は著しい。

 リョータとタナカは両手剣を折られ、渡り合う手段が無い。ゴブリン達から()がした武器では折られてしまうのがオチだ。ヨシノは紅鎧(べによろい)との戦闘終了後に寝てしまい、目が覚めない。ハイドの雷電(ライトニング)も売り切れた。シムラはシンジョーとの衝突ですっかり伸びて、仰向けになってしまっている。

「頼む、踏ん張ってくれ!」

「もう、やってんだよ。いつまでやればいいってんだ!」

 リョータが不満げに抗議をしている。

「た……確かに、これはそんなに長く続かないかも」

 さしものタナカも弱気な発言だ。

 ホブゴブリンXLがリョータが持っている縄を引っ張って、リョータの体が一瞬浮きそうになる。リョータは腰を低くして踏ん張る。引っ張り合った縄が、千切れそうなくらいブチブチと音を立てている。

 リョータの言う通り、このままでは縄が切れるのが先か、縄を押さえているリョータ達の体力が尽きるのが先か、だ。

「少しの間だ。今、秘策(あれ)を出す。オダ! この罠をホブゴブリンの首に掛けてくれないか」

 グンゾウはオダに隠し持っていた金属の筒が付いた括罠(くくりわな)を見せた。

「な、なんだと? あのホブゴブリンに近付けっていうのか? 俺はさっき食われかけたんだぞ」

 オダは目付きの悪い目でグンゾウを(にら)む。

「後ろからでいいんだ。あの隠形(ステルス)とかいう(スキル)で駄目なのか?」

「簡単に言うなよ。動きまくる縄を避けながら、あの化け物に近付けってのか? そこまでの危険は冒せない!」

 オダはそっぽを向いてしまった。

 ――んー、困ったなぁ。

 グンゾウは、傍でリョータ達を心配そうに眺めていたアキに近付くと、肩を叩いた。アキがグンゾウに気が付くと、グンゾウは耳元で囁いた。耳元に近付いたグンゾウの鼻にアキの良い匂いがした。

 アキは1回嫌がる素振りをみせたが、グンゾウが頭を下げると、それを受けて動く。アキはオダに近付くと、下から見上げるように顔を覗きこむ。

「お願いします! オダさん! ホブゴブリンの首に罠を掛けてきてくれませんか? オダさんしかできません」

「わっかったー。いってきまーす!」

 オダは目に止まらぬ速さでグンゾウから罠を引ったくると、連続バク転をしながらホブゴブリンXLに向かっていった。

 ――簡単にできんじゃねーか。クソ。

「リョータ、タナカ、シンジョー、オダがホブゴブリンに近付くから、その間だけでもいいから、なるべく縄で動きを封じてくれ!」

「まじかよっ!」「うへ。人使い荒い……」「……」

 リョータ、タナカが文句を言いながら、シンジョーは無言で縄を引っ張る。辛うじて、ホブゴブリンXLの動きが止まる。

「最後だ。俺等もどんどん投げ縄を投げるんだ」

 グンゾウの指揮の下、アキやハイドまでシンジョーが作った投げ縄を投げる。グンゾウも必死に投げた。縄が複数飛んでくれば、それだけオダの存在を隠せるからという目論見(もくろみ)があった。

 

 

 

【3週間前】

 

 グンゾウは中庭で橋を爆破する箱から、火薬を慎重に抜いていた。

「シシシシシ、グンゾウ、箱から火薬抜きすぎ、橋が壊れなかったらどうする? シシシ」

「そうかぁ? 大丈夫じゃないかなー? 今日、久々にルドゥルフに会ってきたらこんな()()くれてさ」

 グンゾウは金属の筒をハイドに見せた。グンゾウには良く分からなかったが、ルドゥルフの説明では、その筒には導火線が付いており、火薬を詰めて、導火線に火を付けてから敵に投げつければ、(ドラゴン)のように大きな生き物でも死に至る大きな衝撃を与えられるとのことだった。流石に(ドラゴン)は大袈裟だとしても、甲冑を着たオークであれば倒せそうだとグンゾウは思っていた。

「何やってるんでっか? グンゾウはん?」

 狩人ギルドに出発する前のシムラが覗きにくる。

「あー、シムラ。ルドゥルフが強力な武器の部品をくれてさ。それを組み立てているんだよ」

「そーでっかー」

 シムラはさっぱりわからないという顔をしていた。

「あ、シムラ悪いんだけどさ、狩人ギルドで動物を捕まえる投げ縄みたいな罠を作れる(スキル)覚えられないの?」

「狩猟術ってのがあって、縄を使った罠は初歩の初歩でっせ。括罠(くくりわな)とか、なんとか?」

「そうなんだ。それ今回習得してきてくれない? この爆弾ってやつをその罠に付けて、導火線に火を付ければ、敵の傍で確実に爆破できると思うんだよね?」

「はあ。弓を新しくするのは決めてたんですけど、(スキル)は悩んでいたので、ええですよー」

「ありがとう。今回の作戦で役に立つといいなぁ」

 

 

【現在】

 

「掛かったぜ!」

 オダがホブゴブリンXLから前転で離れつつ、叫ぶ。

 多くの縄に紛れて、オダがこっそりとホブゴブリンXLの首にしっかりと爆弾を括ってきた。鉄の筒が2本、しっかりと延髄の下、脊髄の上部にくっついている。ホブゴブリンXLは鈍いようで気付いていない。

 そもそも腕と肩の筋肉が発達しすぎて、あの位置には手が届かないと思われた。

 ――お前に作ってもらった罠! これから役に立つぞ、シムラ!

 グンゾウは地面に横たわるシムラに目を()る。シムラは安らかな顔で気絶していた。額にできた(こぶ)が痛々しい。

「ハイドっ! 最後(フィナーレ)だ! 打ち上げろ!」

 グンゾウがハイドに合図を送ると、ハイドにしては華麗な手捌きで杖を1回転させる。赤い宝石が付いた杖だ。

「了解だぜぇ。デルムシッシッシ・エル・ヘンキシシ・イグ・アルヴ、キシシ、派手に弾けろ、シッシッシ」

 ――最近、ハイド(あいつ)のキャラ変わってないか?

 ハイドの目の前に光る魔方陣が浮かび、その中心から拳大の火炎球が飛び出る。

 ハイドは襲いくる眠気と戦いながら、必死で火炎球を操作する。火炎球はふらふらと飛び、ホブゴブリンXLの背中に当たると「ポシュ」っという音を立てて消えた。

「フグァァ? ウェッフェッフェ」

 ホブゴブリンXLは何が起きたか分からず、一瞬疑問に思ったが、大した魔法でないことを認識すると勝ち誇った様に(わら)った。

 ハイドはホブゴブリンXLを(あざけ)るように指差す。

「……キシシ……馬鹿……め」

 全ての魔法力を使い果たしたハイドは、杖に持たれかかるように(うずくま)り、眠りに落ちていった。

 ――良くやったハイド。今はゆっくり眠ってくれ。

 ジリジリ……ジリジリジリ……ジリジリ……。

「ウェッフェッフェ、ガァーウァー」

 ホブゴブリンXLは何事も無かったかのように、暴れて手足に絡んだ縄を左右へ引っ張る。その度に端を持っているリョータ達が振り回される。

「ウェッフェッフェ」

 ホブゴブリンXLはこのまま振り回し続ければ勝てるとおもっている。グンゾウの手に持っている縄が食い込んで、血が滲んできた。かなり痛い。

 ジリジリ……ジリジリジリ……ジリジリ……。

「ガァーウァー、ウォー、ウェイ?」

 ホブゴブリンXLが先程から背中でジリジリと小さな音が鳴っていることに気付く。

 ――やっと気付いたか。そう、お前はもう詰んでいたんだよ。ハイドの火炎弾(ファイアボール)が当たった時にな。

「20秒だ! 全員ホブゴブリンから離れろ! 走れ! 離れろ! 走れ!」

 グンゾウは叫ぶ。

 リョータ、タナカ、シンジョーが縄を手放し、ホブゴブリンから走って離れる。

 グンゾウはハイドを、アキはシムラを引きずって離れる。オダはアキの後ろに付いてくる。

 ホブゴブリンXLが異変に気付き、初めて狼狽(うろた)えた表情になる。

 ホブゴブリンXLには、何故弱っちい人間供が突然縄を手放したのか分からず、焦りがつのってきた。

「ア、アウアゥア? ウガガガァオー!」

 導火線の残りは残り(わず)かとなった。

(いの)れ!」

 グンゾウは右手を額に当てて、六芒を描く。

「ウガァアガァアアアーーー!!!」

 ホブゴブリンXLが断末魔の雄叫びを上げる。

 次の瞬間、(かす)かな閃光と爆音がダムロー旧市街に拡がった。

 

 

 

 

 

「リョーター、グンゾウさーん」

 遠くからカズヒコの声が聞こえる。

 グンゾウが目を向けると、カズヒコ小隊とクズオカ小隊の面々がリュミエール川沿いに旧市街を歩いてきていた。

 チョコが小隊を抜け出て、先行して走って近付いてくる。

「あれ? こっち、なんかゴブの死体多くない?」

 チョコが(こぼ)れそうな大きな目を白黒させて、ゴブリン達の死体の数を数えている。

「あん? そっちは何匹だったんだよ」

 リョータが折れた両手剣(ツヴァイヘンダー)を眺めながら、不機嫌に質問をした。

「予定通り20匹……くらい?」

 それを聞いて、精神的に強いグンゾウも軽い目眩(めまい)を覚えた。

「ヨシノとか、シムラとか、ハイドは? もしかして……」

「いや、大丈夫。ちゃんと生きてるよ。寝てるだけ」

 そんなやり取りをしていると、カズヒコ小隊もやってきた。

「へへへ、紅鎧いるじゃん! え? ヨシノが倒したの? すげぇ! へへ? おっきいホブゴブリンもいる! なんか新しい白いのも、黒いのもいる。へへへ、こっちにも青いのがいたけど」

 ミッツが五月蠅(うるさ)い。そしてもう1人五月蠅(うるさ)い奴。

「だからよ。俺の、いや、俺様の小隊の活躍でほとんど倒したんじゃねーか。つまり、ダムロー旧市街はほとんど俺が取り戻したようなもんだよな。所詮ゴブリン……」

 クズオカが大きな声で、大袈裟に、小さな自慢をしていた。

「タイチー、魔法力が余ってたら怪我の治療をお願いできないか? もう俺、魔法力()れー」

「はい。わかりました」

 グンゾウがタイチに回復のお願いをしていると、カズヒコがグンゾウに話かけてきた。

「なんか、こちらは大変そうでしたね」

「分かる?」

 グンゾウは笑みを浮かべた。

「分かります。こちらは違う意味で大変でしたが……」

 カズヒコはクズオカの方をちらりと見た。

「分かる。ちょっと、後を任せてもいいかな? もう気絶しそうで……」

「はい。わかりました。少し休んでてください。後は、僕等でやりますので」

「助かるよ。無事でまた会えて良かった」

「こちらも。よくご無事で」

 グンゾウはカズヒコと抱き合った。お互いを抱きしめる腕に力が込もる。

 カズヒコと離れたグンゾウは、ヨシノ、シムラ、ハイドが寝かせられた荷馬車の荷台に乗っかると、空いている場所で横になった。

 空を見上げると、澄んだ青空に眩しい太陽が輝いていた。

 その空を白い鳥が2匹飛んでいく。静かで、穏やかな午後だった。

 ――ダムロー旧市街ってこんなに静かだったんだなー。

 皆の寝息が聞こえる。

「本当にみんな良くやったよ。すごい。誇らしいよ」

 グンゾウは誰に言うでもなく、呟いた。

「……オルタナに帰ろう」

 カズヒコ達に会って安心したのか、グンゾウは目を閉じると吸い込まれるように眠りに落ちていった。

 

 




第1章は残すところエピローグのみ!
結構、疲れました。文章書くって大変なんですね。
専業小説家の方々には頭が下がる思いです。

第2章に向けて、“優しいコメント”と“だだ甘い評価”を募集します(*゚ー゚)モチベーションを貯めたい……。
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