廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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お待たせしました。
今回からチョコ・クザクパーティ(カズヒコ小隊)視点始まるよー。
これを書くために「廃と群像のグリムガル」を始めたのに、辿り着くのに随分時間がかかりました。今となっては、こっちの話はどうでもよ……げふんげふん。

しかし、仕事の繁忙期極まる……|ι´Д`|っ

※年度末まで更新速度さらに減速します。 拝


11.デッドヘッド監視砦編① 双頭の蛇

※本話は全て「カズヒコ」主観で描かれています。

 

 

 ――見られている。

 そう、じっと見られていた。そう感じた。夜暗(やあん)の向こうにある、どろっとした(まなこ)

 “観察”という言葉がしっくりくる視線。何かを推し量るように、こちらを見つめる人物がいる。

 その視線に含まれる感情の好悪はわからない。

 カズヒコは仲間を見回すふりをしながら、気付かれないように目の端で、視線の主を確認した。

 (うつ)ろな目だ。あまり好意的なものだと思うこともできないが、特別な害意は感じられない。

 ――放っておこう……、男だし。

 カズヒコはそう判断した。

 知らない人と目が合った時、カズヒコは極上の笑顔をすると決めていた。笑顔は敵意が無いことを示すのに最も手っ取り早い。また、自分の笑顔には人の警戒心を解く特別な力があると信じていた。

 しかし、同時に「積極的に目を合わす必要はない。特に男の場合は」とも思っていた。

 この世界=グリムガルは、カズヒコが認識する()()の基準よりも荒っぽい人間が多い。あるいは辺境という土地柄なのか。

 特に義勇兵という人種は、生活環境のせいか(すさ)んでいる。または、どこか壊れている人間が多い。

 記憶を失ってこの地に現れ、毎日命懸けで、怪物と戦い続けることを()いられれば、そうなっても仕方ないのだろうか。

 ――しかし、この世界で生きていかないといけない……。そのためには、色んな意味で僕……俺は強くならないと。

 前向きなカズヒコは、今回の機会にオーク退治を経験し、義勇兵として一皮剥けようと考えていた。

 

 

 カズヒコの目の前で、チョコが()()()っと頭を下げた。

 ――誰に対してかな?

 チョコの視線の先に目を()ると、先程の視線の主。

 ゴブスレこと、ゴブリンスレイヤーのリーダーだ。もう半分寝ているのではないかと思える位、眠たそうな目をしている。

 ――確か……小柄な男の子、壊れ気味の暗黒騎士に“ハルヒリオン”とか呼ばれてたな。変わった名前だ。盗賊(シーフ)っぽいから、チョコとはギルドの知り合いってことかな? あのハルヒリオン君はチョコのことを見ていたのか。なるほどね……そういうことか。……なら、安全かな。

「よし、装備の確認をしよう」

 カズヒコは笑顔で小隊(パーティ)の仲間に声をかける。始めから、ずっとカズヒコは声をかける役目だった。あの塔を出た時から。

「へへへ、チョコー、俺が装備確認してやろーかー、へへっ」

「うぇ。やめてよー、気持ち悪い」

 相も変わらずミッツがチョコにちょっかいを出す。迷惑そうなチョコ。少し隈のある零れそうな大きな目でミッツを睨む。

「それはちょっと……というか、かなりセクハラ?」

 ノッコが帽子の被り具合を直しながら、チョコを後ろに(かば)った。

 ノッコの背中からチョコが()()()っと顔を出す。小動物的な愛らしさだ。

「うんうん、今のは完全にアウトだね」

 タイチはいつものように笑顔のまま、ノッコの意見を支持した。

「へへへっ! まじかよっ! ショーック!! 立ち直れない。立ち直れない。ハイドくらい立ち直れない」

 ミッツはへらへらしながら大袈裟に()()って、心理的な衝撃を表現した。

 “ハイド”という固有名詞が出てきたので、ノッコは顔を赤らめた。

 過去の記憶が無いノッコにしてみれば、人生で始めて告白されて、まだ数時間しか経ってないことになる。相当大胆な告白だった。嬉しかったかどうかは別にして、相手が誰であっても、明らかな好意を示されて気恥ずかしい。生理的に無理だったけれど。

 ――まだ、こっちを見ているな……。

 カズヒコはハルヒリオンの視線が気になって仕方がない。それくらいジロジロ見られていた。

 女性やブリトニーから熱い視線を感じることは度々あったが、普通(ストレート)っぽい男の子から視線を感じるのは慣れておらず、妙な新鮮さがある。

「やっぱ……周りは慣れてそうな義勇兵が多いな。……止めといた方が良かった……かな?」

 クザクがボソボソと緊張した声で言った。戦争前で、既に雰囲気に飲まれている。相変わらず覇気(はき)が無い。

 そんなクザクの様子を見ながら、カズヒコは苦笑した。

 ――俺は人と仲良くなる“腕”はあっても、人を見る“目”はないなー。

 カズヒコはグリムガルに来たあの晩のことを思い出していた。

 最初に小隊(パーティ)に選んだ仲間がクザクだ。あの中だったら当然、体格の良さを考慮してクザクを選ぶのが妥当だと思った。

 実際、クザクの潜在能力は圧倒的に高い。

 ただし、その肉体に宿る精神があまりに薄弱だった。

 未だに盾役(タンク)としての自覚が無い。盾も買わない。(スキル)もあまり熱心に習得しようとしない。無い無い尽くしだ。

 装備はそこそこ充実してきているが、同期の聖騎士であるアキと戦っても技量の差で完敗するのではないかと思われた。アキが体格的に遙かに劣る痩身(そうしん)の女性であっても……だ。

 リョータ小隊(パーティ)と別々に行動するようになって、カズヒコ小隊(パーティ)も全員少しずつ変わってきている。だが、それでも実力差を感じない日は無かった。あの時、流石にヨシノは無理だったとしても、グンゾウやシムラ、アキが小隊(パーティ)に入っていたら、全然違ったのではないかと想像する日がある。

 後悔は先に立たない。それが人生だった。

 カズヒコの小さな後悔を吹き飛ばすように、派手な声がする。

「はいはーい! あんたたち、ちゅーもーく! ちゅーもーく! 今すぐアタシのところに集合して! 作戦についてざーっと説明するわよ! はーい! 急ぐ急ぐ!! 大至急、大至急よぉーっ!」

 義勇兵団の指揮官たるブリトニーが手を叩きながら義勇兵を呼び寄せた。

「行こうっ!」

 カズヒコは仲間急き立てるように手を振って、ブリトニーの方に向かった。

 

 

 今夜のブリトニーは一段と不気味だ。睫毛(まつげ)はいつもよりも黒々とし、頬紅(ほおべに)もいつもの1.5倍紅い。そして顎はいつもの3倍割れている。

 ――そんなことはないか……。

 闇夜の陰影が、ブリトニーの顔の凹凸に濃く反映していた。

 ブリトニーは六芒の刻まれた鎧を身に着け、片手剣を帯びている。その剣にかけた指の爪は真っ黒に塗られていた。聖騎士なのだろうか。

 ――どちらかと言えば、暗黒騎士……いや、いっそ悪魔っぽいけど……。

「デッドヘッド監視砦の外回りは今、言ったような感じ。簡単に復習すると、砦の周りに(やぐら)を中心としたキャンプが点在してて、それぞれのキャンプには2人から5人のオークがいるわけね。ま、ここにいるみんなは大体知ってると思うけど、知らない人も若干いるみたいだから、念のためめよ。このキャンプ群と砦をひっくるめて、アタシたちはデッドヘッド監視砦ってよんでるわけ。ここまではいいわよね? 何か質問は? ない? ないわね? あったら困るわよ。んじゃ、次は砦本体のほうね」

 ブリトニーは1メートル四方の大きな羊皮紙に描かれた図面を地面に広げると、洋燈(ランプ)の灯りで照らした。

 あまり綺麗ではないが、デッドヘッド監視砦の本体を描いたものらしい。

 周囲を多くの義勇兵が囲んでいるため、後方にいるカズヒコ達からはあまりよく見えない。前の方に行き、人混みに潰されかけていたチョコがよれよれで帰ってきた。

「駄目! 全然、前に行けない。197人で図面一枚とかどうかしてる!」

 ()ねたような口で頬を膨らましている。いつもの表情。

 ――さて、どうしたものか?

 集団の中でもクザクは頭ひとつ抜けている。

 チョコが何かを思いついたような顔でクザクを眺めると、話しかける。嫌そうな顔をするクザク。しかし、断るのも面倒臭かったのか、渋々しゃがむ。

 チョコはクザクによじ登ると肩の上に()()()

 ――チョコが立った!

「クザク、上向いたら()()許さないからね。おおー、見えるーっ!」

 チョコは服の裾を押さえながら言った。クザクがよたよたと前後左右に揺れる。

「そんな余裕はねえし……。こんな無茶なお願いしてるのに、何でそんな上から発言が言えんの?」

「上にいるから……かな?」

 チョコが小洒落の利いた面白いことを言う。

 クザクという上げ底靴(あげぞこぐつ)を手に入れて、身長340センチメートルのチョコは、義勇兵達の頭上から図面を眺めている。

「おいおい、クザク。なんか、羨ましいぞ」

 いつもの薄ら笑いも出ないミッツの嫉妬。しかし、隣に立つノッコに気持ち悪がられていることを気付いていない。相変わらずの失敗だ。

「いつでも代わるけど……ミッツ。……(おめ)ーし」

「失礼ね。そんなに重くないはずですけど……」

「ああ、じゃあ、僕が光の護法(プロテクション)をするよ。光よ、ルミアリスの加護のもとに光の護法(プロテクション)!」

 カズヒコ小隊(パーティ)全員の左手首に光る六芒が浮かぶ。

 いつものお気楽な様子を横目に、光の護法(プロテクション)の支援を受けたカズヒコは、なるべく集団の前方、ブリトニーの話が聞こえる位置に食い込んだ。

 姿が見えないので、完全におっさんに聞こえるブリトニーの野太い声がする。

「はいはい。砦を囲んでる防壁の高さは、正門がある南側が6メートルくらい、東側西側はこれよりも低くて約4メートル、裏門がある北側は5メートルってとこよ。防壁を越えてから砦の中に入るには、外階段を使って屋上まで上がらないといけないわ。1階には出入り口がないってわけ。で、その出入り口が、ここ」

 ブリトニーが鞘に収めた剣で屋上の一点を示した。

 カズヒコからは図面の全体が見えないため、そこがどこなのかは見えない。

 チョコを()()()()と、図面をじっと見詰めていた。チョコの目と記憶の良さは折り紙付きだ。きっと記憶したと思われた。

「……見ればわかるでしょうけど、防壁と砦の東南角が接してる造りになってる。外階段は砦の東面、ずっと南寄りの場所にあるでしょ? つまり、南側の正門から入っても右回りに1周近くしないと、砦の外階段には辿り着けないってこと。で、外階段を駆け上がって屋上階の出入り口から中に入ったら、今度は1階まで下りないといけない。なんでこんなめんどくさいことになっているのかは、わかるわね? もちろん、防御のためよ。1階まで下りれば、北西、南西、北東に、それぞれ監視塔に上がるための階段があるわ。……あ、そうそう、これも新人(ルーキー)向けの話だけど、この砦って、三本の監視塔がぬぬっと突き出しているの。これが監視砦の名の由来よ。敵の親玉、砦守(キーパー)は、三つある監視塔のうちどれかにいると予想されてるわ。だいぶイメージできたかしら?」

「ふふっ」

 カズヒコの口から小さな笑い声が漏れる。自嘲と苦笑いの混ざった笑いだ。

 ――さっぱり分からない。……不安だ。

 カズヒコは聴覚が主な情報源であったため、あまり明確に想像できなかった。

 砦守(キーパー)がいると(もく)される監視塔に入るためには、平面的にも立体的にも遠回りが必要ということだけが、漠然と把握できた。

 つい最近のように、ダムロー旧市街での戦いが思い起こされる。

 ――ダムロー旧市街戦とは情報量が違いすぎるな。あの時は何週間も監視を続けて、地理も敵の量も動きも完全に頭へ入っていたから、全然不安が無かった。計画の緻密(ちみつ)なグンゾウさんがいたしな。

 追憶に(ふけ)ていると、人垣の隙間からハルヒリオンの姿が見えた。

 盗賊(シーフ)らしく、すばしっこいのだろうか。集団の最前列に位置取り、ブリトニーが説明する図面を凝視しながら、小さく頷いている。

 ――眠そうな目をしているけど、盗賊(シーフ)でリーダーをやってるだけあって、こういう場面では素早く行動して、理解をしてるんだな。見習わないと。

 カズヒコのなんとか図面の全体を見ようと、さらに前へと割り込んで行った。

 

 

「カズ君っ!」

 突然、後ろから(ささや)くような声をかけられ、カズヒコは振り返った。

 そこには白い神官衣に身を包んだ、長身の女性がいた。ニコニコとした笑顔で、おでこに敬礼のような形で手を当てている。

 黒髪のボブカット。ふっくらとした色白の顔は少女と言うのは大人びていて、大人と言うには幼すぎる雰囲気だ。困ったような下がり気味の眉毛の下に、扁桃(アーモンド)型の大きな二重の目があった。

 身長は160センチ。特徴の無い白基調のぴったりとした神官衣を着ていた。

 しかし、身体的に特徴的すぎる部分があった。

 神官衣では隠しきれない程の大きな胸。胸の部分だけ妙に突っ張った神官衣が、聖職者としては不謹慎なくらい、その大きさを強調していた。その大きな胸の上に白い羽ストールが()()()()()()()。クラン・荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)の構成員である証だ。

 こそこそと人混みに(まぎ)れ、2人の距離で話す。

「リホ! ……よく俺がわかったね」

「わかるよー。カズ君のこと大好きだもん」

「さっき少し探したんだけど、どこにいたの?」

荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)のみんなと一緒にいたんだー。カズ君と一緒に行けて、嬉しいなー」

 リホと呼ばれた女性は、甘えるようにカズヒコの腕にしがみついた。押しつけられる胸の柔らかな感触が心地よい。

 彼女がカズヒコが今回の兵団指令(オーダー)を受託したもう1つの理由だった。リホはカズヒコが現在最も親しく付き合っている女性だ。リホから今回の兵団指令(オーダー)に参加すると聞かされた時に、カズヒコの中で参加が確定していた。

「そっちの小隊(パーティ)は大丈夫そう?」

 リホは記憶喪失組の義勇兵で、カズヒコよりも1年以上前にグリムガルに来ている。運良く荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)に拾われ、神官として重宝がられていた。カズヒコとの出会いは北区の市場。たまたま情報収集で聞き込みをしていた際に、意気投合し、その後親交を深めていった。サイリン鉱山の詳細な情報を教えてくれたのもこのリホだ。

「うん、大丈夫だよ。今日はクランで来てるから強い人いっぱいだもん。カジコさんとか、マコさんとか、キクノさんとか、アズサさんとか……えーっと」

「そうなんだ。いっぱいいるんだね」

「うん。いっぱい。カズ君の所は大丈夫?」

 リホは甘えたような目でカズヒコを見上げた。

「ん? 大丈夫……かな?」

「なにそれー? うけるー。マッチョなヤンキーとか、人類最強の女子とか、新人のおじさんがいるんじゃないのー?」

 リホは口を押さえながらクスクスと笑った。扁桃(アーモンド)型の目が細くなる。

 ――最高に可愛いな。……胸も大きいし。

 

 

「次。作戦のあらましについて」

 ブリトニーが作戦のあらましについて話続けている。

「アタシ達は夜明けと同時に攻撃を開始する。本体は南側正門、別働隊は二手に分かれて東側と西側を受け持つことになってるわ。はい、そこ、ビビらない! 大丈夫よ。別働隊の役目はあくまで牽制と陽動だから。先に動くのは別働隊。東西から攻め始めて、敵が防衛にあたろうとした所で、本体が正門に押し寄せて一気に突破するってわけ」

 ――え? 説明それだけ? まじか……。

 カズヒコは驚いた。作戦というにはほど遠い。端的に言えば、東西に別れて4メートルの防壁めがけて“特攻”だ。

「二手に分かれるって言ったわよね。東は20小隊(パーティ)、こっちはアタシが指揮を執るから、緑嵐(りょくらん)隊って呼ぶことにするわ。わかるでしょ? アタシの素敵な髪の色からとったのよ。西は17小隊(パーティ)、そっちはカジコに任せる。てことで、名前は荒鷲(あらわし)隊。どう? 悪くないでしょ?」

 カジコと呼ばれた大柄な美人の女戦士は、片方の眉毛をつり上げて「ええ。悪くない」と言った。

「隊分けはアタシがもう考えてあるわ。いい? 緑嵐(りょくらん)隊の小隊(パーティ)だけ指してくから。いいわね? はい、あんた、それからあんた、あんた……」

 ブリトニーが気味が悪い(しな)を作りながら、緑嵐(りょくらん)隊の小隊(パーティ)を選らんでいった。カズヒコは小隊(パーティ)のリーダーなので、前の方に出るように進む。後ろにリホも付いてくる。

 カズヒコが最前列に出ると、ブリトニーは気が付いたようにその顔を指差した。

「最後あんた。これで20小隊(パーティ)。残りはカジコの荒鷲(あらわし)隊よ。わかったわね?」

 義勇兵達が適当な返事をした。初めてみる顔も多い中、ブリトニーの決定に異論を挟む根拠が無い。戦力の均衡(バランス)などわからなかった。

「あーあ、別々の隊なんだねー。残念。せっかくカズ君の格好いいところ見たかったのにー」

 リホががっかりとしたように肩を落とした。

 カズヒコがリホを慰めようとすると、ブリトニーとカジコが話を始めた。リホは「あ、カジコさんに見つかったらやばいから、向こうに行くね。砦の中で会おうね。ばいばーい」と言って、そそくさと去って行った。カジコが恐ろしいようだ。

「またね」

 カズヒコはそう言って控えめに手を振った。

 ――さて、俺も仲間と合流するか。

 カズヒコは仲間を呼び寄せるように手を振って合図する。

 クザクの上に乗っていたチョコが気付いた。拗ねるような尖った口が「りょ」という形になる。カズヒコの位置から、チョコがクザクから下り始めるのが見えた。

 

 

 ブリトニーが剣で地図を指し示しながら、作戦の続きを話し始める。砦の周りにあるキャンプの上で円を描くように剣を回した。

「……それじゃ、作戦の進行について。作戦が始まったら、アタシ達は手当たり次第にキャンプを制圧しながら防壁めがけて進むことになるわ。オークがいるキャンプは全部(つぶ)すこと。もたもたしてると、キャンプからオークが出てきて囲まれちゃったりするかもしれないから、できるだけ素早く潰すのよ。これが第一段階」

 ――うーん、散開での突撃ってことか……な?

 次にブリトニーは絵図面の防壁を指し示す。

「第二段階は、防壁に取り付いて攻撃を仕掛ける。敵はたぶん、弓矢で迎撃するでしょうけど、盗賊隊の偵察によると守備についているオークの数は200ってとこよ。大した人数じゃないから、そんなに怖がらなくていいわ」

 ――そうかな……?

 カズヒコはグンゾウの言葉を思い出していた。

 

「兵の数はもちろん大事だけど、同じ位“機動(きどう)”が重要だよ。寡兵(かへい)でも分散した敵に対してなら、集中して各個撃破すれば勝てるわけだし、あまり数に頼って敵を(あなど)らない方が()い。ましてオークは全部がリョータ位の戦闘力があるわけだしね。リョータ6匹に今のカズヒコ小隊(パーティ)で立ち向かうとか、考えるだけで嫌でしょ? あはははは」

 

 ――うちの小隊(パーティ)は気を付けよう。

「そうは言っても、当たり所が悪ければ即死ってこともあるし、盾を用意してもらったから……」

 ブリトニーがクッキリ・シッカリ・ハッキリ割れた(あご)をしゃくって道脇を示す。(あご)の示す先には積み上げられた板のようなもの。

 ――あれが盾かな?

「出発する前に各自、持ちなさい。盾は使い捨てて構わないわよ」

「アキちゃんとか喜びそう……」

 いつの間にかカズヒコの隣にいたチョコが呟いた。その言葉にノッコが笑って頷く。

「あはは。本当、本当、無料の盾とか大好きそうだよね」

 全員チョコに連れられて、カズヒコの元に集まってきていた。

「へへっ、お土産に持って帰っ……」

 ミッツが軽口を叩こうとしていたら、ブリトニーに睨まれ、急に黙る。

「……で、アタシ達は門が無い防壁を攻めるんだけど、梯子をかけて一気に登っちゃうことにしたわ。もちろん、そのための梯子も用意してある。と言うわけで、梯子係がいるわね。現地まで梯子を運んで、組み立てて、防壁にその梯子をかけるところまでが仕事よ。梯子はアタシの緑嵐(りょくらん)隊と荒鷲(あらわし)隊に、それぞれ4台ずつ……」

 ――4台? 1台当たり25人が殺到するの? 4メートルの防壁に? 待ち構えるオークは最大200匹。東西南北で50人いる期待値だよね? 大丈夫なのか?

 4人ずつ登った義勇兵が防壁上の50匹のオークに次々斬り落とされていく映像が浮かぶ。カズヒコはブリトニーの説明を聞く度に、どんどんと不安になっていく自分を感じた。

 ――……先頭を登るのは絶対避けたい感じだな。

荒鷲(あらわし)隊の梯子係はカジコに決めてもらうとして、我が緑嵐(りょくらん)隊の栄誉ある梯子係は……」

 考え込むブリトニーは、悪魔のような黒い爪が生えた指先を口に咥えた。甘えん坊の姿勢(ポーズ)だ。

 ――全く可愛くない。

「あんたたちと、あんたたちの小隊(パーティ)にやってもらうわ」

 そして、パパッと続けて、ゴブリンスレイヤーとカズヒコ達の小隊(パーティ)を指差した。カズヒコ達の顔前(がんぜん)に、舐められ、濡れ光る黒い指先が突き出される。その指先は、宿舎の便所で見かける不快な節足動物を連想させた。

「うぇ……」

 チョコが小さな声で呟いたのをカズヒコは聞き逃さなかった。

 ――わかるよ。チョコ。

 カズヒコがチョコに小さな同感(シンパシー)を感じていると、時空を振動させる騒音が発される。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー! なぁーんで俺等がそんなことやらされなきゃならねーんだよ! ただでさえ、盾なんか持ってかなきゃなんねーのによぉ! えっちらおっちら梯子なんて担いでられっかよ!」

 ゴブリンスレイヤーの暗黒騎士がブリトニーに子どものような抗議をする。実際、彼は少年だ。名前はランタと呼ばれていたか。

 ブリトニーも呆れ顔で対応をする。

「あのねえ。梯子係はものすごく重要な仕事なのよ? 砦にとりつくまで極力戦闘を避けなきゃいけないけど、いざその時がきたら防壁に突っ込んでバーンと梯子を掛けるわけだから、カッコイイしね」

「……カッコイイ」

 ランタはその単語を繰り返し、何度もその語感を味わっている。最初は眉根を寄せ、顎に手をやったまま疑問に満ちた表情をしていたが、自分なりの解釈が進み、徐々に気分が高揚してきたのか、その内ニヤケタ顔になる。

「ぐふふふふ……まあ、そういうことならな? しょうがねえ。やってやっか。そういう大事な仕事は、やっぱ俺くらいの格がねーと無理だろうしな?」

 ランタは胸を張り、腰に手を当てて言い放つ。

「俺等もやるんだけど」

 ()せばいいのに普段は寡黙なクザクがランタに絡んでいった。

 ――あちゃー。

 君子危うきに近寄らず。

 古いどこかの国の偉人がそんなことを言ったような記憶がある。カズヒコは、クザクの軽率な行いを見るに堪えない気持ちから、顔に手を当てた。指の隙間から恐る恐る成り行きを見守る。

 ランタは大袈裟に振り向き、クザクを()め付ける。身長差約30センチ。

「黙れ! それはそれ、これはこれだ! つーか、おまえ、俺等の後輩だろうが! 先輩が良い気分に浸っている時に邪魔すんじゃねえ、タコッ!」

 瞬間風速毎秒50メートルを超えるような台風並の先輩風。

 ――ビュービュー吹いてるな。まあ、先輩らしいことしてもらったことないけどなあ。新市街のゴブリン(あんたらのちらかしたあと)を後始末したのは俺達だし。

 普段から表情の冴えないクザクだが、少し苛ついて興奮した顔になった。

「タコじゃねーし」

「だったらイカか?!」

 ランタの口撃はクザクの3倍速い。赤い上に(つの)まで生えている。おまけに顔がむかつく。

 一瞬、さらに言い返そうとしたクザクが息を吸ってから、そのまま溜め息を吐く。

「……いいや。何でも」

 クザクの顔は普段通りの冴えない表情に戻った。

「ウワハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ! 勝ったな……! 俺の勝ちだ……!」

 天パー暗黒騎士の高笑いが夜空に響き渡る。ランタの勝ち誇った顔。

 ノッコが小さく「……最低」と呟いた。

 

 

 梯子の全長は5メートル程だった。組み立て式で、中間で2分割されている。

 2小隊(パーティ)で4台の梯子を運ぶということは、実際には8台の分割された2メートル半の梯子を運ぶということだった。

「……じゃあ、半分ずつ運ぶって事でいいかな?」

 ハルヒリオンが「()()()()()()()()()」という目で、カズヒコに話しかけてきた。ランタという暗黒騎士を飼っている小隊(パーティ)のリーダーにしては、まともそうな少年だった。

「ええ、そうしましょう」

 カズヒコはいつもの最上級の笑顔で答える。ハルヒリオンは一瞬驚いたような顔をしたが、ひょこっと頭を下げると、仲間を呼んで2台の長梯子を運んでいった。少し動きがチョコに似ているとカズヒコは感じた。

 ――盗賊(シーフ)ってああなるのかな?

 カズヒコがチョコに視線を向けると、チョコは零れるような大きな目で、ハルヒリオンのことを見詰めていた。ハルヒリオンのことを見ているようで、もう少し遠くを見つめているような表情。

 チョコはカズヒコの視線に気が付くと、少し恥ずかしそうな顔をしてクザクの影に隠れた。チョコの隠れ家だ。

「へーへーへー!」

 カズヒコの隣にミッツがいる。嫉妬が言葉にならないミッツの怒気を含んだ不気味な笑い声(?)が聞こえてきた。クザクが羨ましいらしい。

「よし、男でひとつずつ持とう」

 カズヒコの声掛けで、クザク、ミッツ、タイチがそれぞれ梯子を1台ずつ持った。木製で丈夫に作られているため、重量感が手に伝わる。さらに盾を背負っているため、体が重たいことこの上ない。

 義勇兵達に盾が行き渡り、梯子係の準備が完了するのを見届けると、ブリトニーが最後の説明に入った。

「さぁーて、砦の中への突入と敵の掃討は主に本体がやることになるはずだけど、一応、敵戦力についても説明しておくわ……」

 ブリトニーは、オークの数、武装、ゼッシュという氏族であることを説明した。

 さらにゼッシュ氏族は強悍(きょうかん)であること、氏族長のゾラン・ゼッシュの見た目の特徴、氏族長の側近及び呪術師の特徴、そして、リバーサイド鉄骨要塞(ようさい)に援軍を請うための狼煙(のろし)について説明が加えられた。ただし、狼煙(のろし)が上がったとしても、リバーサイド鉄骨要塞(ようさい)には赤蛇隊が向かっているため、援軍は来ない。

 時折、ゴブリンスレイヤーの狩人である女の子が意味不明な問いを投げかけるため、()()ブリトニーが困惑させられる場面も見受けられたが、ブリトニーはなんとか説明をやり遂げた。

「……どっちにしても、難しい戦いじゃないわ。経験値低めの子達も安心なさい」

 最後にブリトニーが新人のカズヒコ達やゴブリンスレイヤーに気休めの言葉をかける。

「……へへ、良かったぜ」

 敵戦力の話を聞いて、緊張していたミッツがほっとしたような表情をする。ノッコとチョコも安堵の表情。

 そこへ急に険しい声と顔をしたブリトニーが声を出す。

「とはいえ!」

「ひゃっ!」

 ブリトニーの声に驚いてチョコが首を(すく)める。

「相手はアタシ達の天敵、不死の王(ノーライフキング)亡き今、不死族(アンデッド)を抑えて、この辺境で最大の勢力を誇るオークよ。油断したら、しっぺ返しを喰らうくらいじゃすまないわ。あっさり死ぬわよ?」

 チョコは首を(すく)めたままだ。シムラが居れば「どっちやねん!」と突っ込みを入れて笑いが起きたと思われる。

「ひひひひ……だ、大丈夫だよ……チョコー」

 ミッツが強張った表情のまま、チョコに強がったところを見せたが、手足の動きがぎこちなく、見るからに挙動不審だ。

 ブリトニーが不気味な笑みを浮かべた顔で、ハルヒリオン小隊(パーティ)とカズヒコ小隊(パーティ)に視線を()った。そのままピンク色の舌が蛇のようにニョロッと飛び出し、黒い唇を舐める。

「ま、そういうことなんで、気合い入れていきましょうか、子猫ちゃん達」

 ――不気味だ。

 

 

 青蛇隊がデッドヘッド監視砦に向けて動き出す。カズヒコ達義勇兵は最後尾だ。

「よーし。じゃあ、梯子を運んで行きますか」

 カズヒコが声を掛けると、ミッツが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出す。

「うひゃあ、へへへ、蛇だー。しかも双頭の蛇だぜ、へへへ。超珍しい。双頭の蛇作戦の出発に双頭の蛇を見つけるなんて、俺ついてるー」

 ヘラヘラ笑っているのか、蛇の“へ”の字が上手く言えていないのかは分からない。

「あ、結構かわいいかも……」

「チョコは蛇とか好きなの? あ、ほんとだねー。意外」

 チョコとノッコが、ミッツの照らす行燈(らんたん)の灯りで双頭の蛇を観察している。

 カズヒコも覗き込む。

 黒く小さな双頭の蛇がどこに向かうでもなく、草むらの中で(うごめ)いていた。

 ――初めて見た。本当に珍しい……。

「双頭の蛇って頭は別人格……別蛇格かな? なので、バラバラに行動してお互いが足……胴かな? を引っ張るから早死にしてしまうらしいよ」

 タイチがどこからか仕入れてきた蘊蓄(うんちく)を語った。

 ――あんまり縁起が良くないな……。

「クザクも見るー?」

 チョコがクザクに声を掛ける。

「んー? ……ああ……すぐ行く」

 カズヒコが顔を上げる。

 クザクは少し離れた場所であさっての方向を見詰めていた。視線の先にはゴブリンスレイヤーの女神官。メリイという美人の女神官だ。

 (りん)とした振る舞いで、他の2人(ふたり)の女性と梯子を運んでいる。ゴブリンスレイヤーの女性の中では最も背が高い。リーダーのハルヒリオンと遜色(そんしょく)ない身長だ。白い神官衣を(まと)った立ち姿は、清らかで力強く、そして美しい。

 ――クザクはああいうのが好み(タイプ)か……。いいねっ!

「あー、居なくなっちゃったー」

 チョコが残念そうな声を上げる。

 双頭の蛇が暗い藪の中に消えてしまったらしい。

「へへへ、俺が見つけるぜ-!」

「おいおい、みんな。遊んでないで、そろそろ行こうよ。置いていかれちゃうぜ」

 カズヒコが藪の中に入ろうとするミッツを制した。チョコに良い所を見せたかったミッツは、ふくれ(つら)で渋々返事をした。

「へへへーい。ちぇー、仕方ねーなー」

「ぐずぐずしてると、ブリトニーに2度と笑顔になれないくらい酷いことされちゃうかもよ?」

 カズヒコが冗談を言う。

 脅しが効いたのか、ミッツは「へっへへへーいっ!」と奇声を上げ、梯子を抱えて全力疾走で青蛇隊の列に向かっていった。その様子を見るカズヒコ小隊(パーティ)の残りは、全員笑顔だ。

 

 

「うん。普通にきもい」

 チョコが笑顔のまま、全く感情のこもっていない口調で呟いた。

 

 

 

 




いやはや始まっちゃいましたね、デッドヘッド監視砦編。
一応、デッドヘッド監視砦編は3話で終了予定です。
俺に3話でまとめる力量があれば……( ̄ー ̄)ニヤリ

終わりが始まるZEEEEE!!(無駄にハイテンション)

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