廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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今日はホワイトデーやな……。
せやっ! 朝から元気になる小説投稿したろっ!

……。

既にサブタイトルがやう゛ぁい……( ̄ー ̄)ニヤリ


■「灰と幻想のグリムガル level.10 ラブソングは届かない」2017年3月25日発売決定!!


14.デッドヘッド監視砦編④ カズヒコの最期

※途中まで「カズヒコ」主観で描かれています。

 

 

 穏やかな日差しが射す義勇兵宿舎の中庭。

 グンゾウは最近読んだ古書の内容について熱く語っていた。戦略や戦術に関する本だ。

 カズヒコはその行動の裏にある本心を薄々感じていた。

 ――双頭の蛇作戦に参加させたくないんだろうな……。

 しかし、カズヒコの決意は固い。だから話を()らす。

「一番、命の危険がある時機(タイミング)っていつですかね?」

 興味本位でカズヒコは訊いてみる。

 グンゾウは少し考えこんでから話し出す。

「うーん……簡単に命を落とす時。……やっぱり“油断”した時じゃないかな? どんだけ安全に思えても戦地で油断すると命を落とすよね。そういう俺もダムローで油断して、もうちょっとでホブゴブリンに殺されかけたんだけどさ、ははは……。今思い出しても笑えないや……。まして敵の策略に落ちている時に油断しているなんて、間違いなく命を落とすよ。オルタナに戻るまでが戦争ってことかな。ちょっと違うか? カズヒコも油断せずに、気を付けてね!」

「ええ、もちろんです……」

 

 

 ――その時は、理解しているつもりだった。

 

 

 石畳の隙間に突き刺したバスタードソード。カズヒコはその腹を軽く蹴っ飛ばしていた。

 その行為に意味など無い。ただ、暇だからそうしていた。

 ――やることないから暇だな……。

 素振(すぶ)りなどして体を鍛えても良かったが、多少の疲れも有り、そんな気分にもなれなかった。

 有力な義勇兵達が監視塔に攻め登った後は、砦の1階には戦う意欲の無い義勇兵達だけが残り、その持ち帰る戦果を期待して雑談をしているといった感じだった。

 ――リホがいつ戻ってくるか分からないから、女の子の知り合いを増やすわけにもいかないしな。

 左手首に光る光の護法(プロテクション)とは色違いの少し緑がかった六芒を眺めた。カズヒコに守人の光(アシスト)をかけてくれたリホは、荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)の仲間と監視塔のひとつに登っていってしまった。

 ふと周りを見回すと、ぼーっと座っているクザクを中心として、チョコがしつこく追いかけてくるミッツから逃げ回っている。その内、バターになりそうだ。

 ――タイチとノッコの姿が見えないな?

 カズヒコが一瞬警戒してタイチとノッコを探すと、ふたりは少し離れた所にいた。屋上から降りてきた階段の付近だ。

 ノッコが何かをタイチに手渡して、タイチは照れくさそうにしている。微笑ましい風景。

 ――へえ、あの2人がね。……意外……でもないか。

 カズヒコ小隊(パーティ)が単独で行動するようになってから、戦況の見極めと判断はタイチが担っているし、チョコやノッコの護衛はタイチが護身法で頑張っている。そのような中で、ノッコが頼れる近くの男性に好意を抱いてもおかしくはなかった。ハイドには残念な結果かも知れないが。

 邪魔をするのは野暮かと思ったが、戦場で小隊(パーティ)がばらばらになっているのは良くないと思ったカズヒコは頃合いを見て、呼び戻すことにした。

 ――いつ、声をかけようかな?

 

 

 タイチとノッコは楽しげに話している。

 カズヒコはそれをぼーっと眺めていたが、次の瞬間、その視線は別のものへ奪われる。

 2人の後ろに黒い大きな影が複数姿を現わした。

 その影は明らかに人間族のそれとは異なり、巨大で凶悪な姿をしていた。

 ――な……っ!

 思うよりも早くカズヒコが大声で叫ぶ。

「タイチっ! ノッコっ! そこを離れるんだっ!!」

 カズヒコの叫びに反応して、クザク、チョコ、ミッツがカズヒコの視線の先を見つめる。そして、1階にいた多くの義勇兵達も突然の叫び声に反応していた。

 視線の先にはオーク達。最初は2匹がいただけだったが、階段からどんどんと湧いてくる。あっという間に10匹近いオーク達の群れになった。

 タイチとノッコも突然の出来事に混乱して、動くことができない。

「早くっ! 離れろっ!」

 カズヒコの次の言葉が届くか、届かないかの刹那にオーク達が階段近くの義勇兵達に襲いかかる。

 それは一瞬だった。

 オークは上段に振り上げたガハリィをタイチに振り下ろす。全力の袈裟斬り。

 そのガハリィはタイチの左肩口から体の奥深くまで斬り裂く。まさに、()いたという言葉が当てはまるような強烈な一撃だった。ほぼ半分に裂かれたタイチの体がゆっくりと倒れる。

 それを見ていたノッコの横顔が恐怖で引きつった。口元が震え、恐怖の叫びを上げたいが、あまりの恐怖で声が出ない。

「……ああ……あ……」

 言葉にならず後退(あとずさ)るノッコにもオーク達は襲いかかった。

 複数のオーク達が一斉にノッコへ斬りかかり、戦闘技術を持たないノッコは一瞬にして刃の餌食となった。

 茫然自失。

 何も出来ないカズヒコ達は、ただ小隊(パーティ)の仲間が殺されていく様子を見ているだけだった。

 空白の時間が数秒過ぎた後、義勇兵達が事態の把握をし始める。オークの伏兵が現れたのだ。

 至る所で小隊(パーティ)が戦闘準備を始め、隊列を組み始める。

 カズヒコ達は既に2人の仲間を失い、危機的状況だ。しかも神官を失うという致命的な失敗を犯している。

 突然現れたオーク達は、タイチやノッコを含む階段周辺にいた義勇兵だけを片付けると、一斉に整列し始めた。

 オーク達は全部で20匹以上いる。

 整列が終わると、全員盾とガハリィを構えた。

 ――一体、何を始めるんだ……。

 あまりの衝撃に、遠のく意識の中で、カズヒコはぼんやりと思った。

 

 

『オッシュシュシュシュ! オッシュシュシュシュ! オッシュシュシュシュ! ゾランッ!! オッシュシュシュシュ! オッシュシュシュシュ! オッシュシュシュシュ! ゾランッ!!……』

 (とき)の声と同時に打ち鳴らされるオーク達の盾。ガハリィで撃ち鳴らす即席の打楽器だ。

 一斉に踏み鳴らす足は、地響きの音楽を奏でた。

 その響きに呼応するように暗闇から巨躯のオークが一歩、また一歩と地面を踏みしめながら(おもむろ)に姿を現わした。

 2メートルは優にある体躯。通常のオークの3回りは大きい。

 毒々しい(くれない)鎧兜(よろいかぶと)を身に(まと)い、兜から黒と金に染め分けられた長髪が垂れている。

 鎧の下には、弾けんばかりに盛り上がった筋肉が見え隠れしていた。

 胸当に大書された黒い(まじな)い文字が、そのオークは触れてならない者(アンタッチャブル)だと警告していた。その姿は(まさ)殺鬼(せっき)。そして死への恐怖。それは見る者の戦う意志を奪った。

『オッシュ! オッシュ! オッシュ! ゾランッ!! オッシュ! オッシュ! オッシュ! ゾランッ!!……』

 オーク達の掛け声が一層大きくなり、速くなる。周囲の温度がどんどん上昇していく。

 熱を帯びるオーク達とは反対に、恐怖に凍り付く義勇兵達の心の温度は、どんどんと下がっていった。

「……シュフー……」

 精神統一をするかのように、巨躯のオークが大きな息を吐く。吐いた息で白い渦巻きができる。

 ゆっくりと、しかし、流れるような動作で両手を背に遣り、背負っていた湾刀を2本とも抜く。

 鞘がカランカランと渇いた音を立てて落ちる。

 片手に1本ずつ持った湾刀は通常に人間であれば両手で扱わなければならないくらい、肉厚の大刀だ。

 巨躯のオークは地面に足を踏ん張り、湾刀を2本共頭上に突き上げる。湾刀に斬られ、その場の空間が歪んだ……ように、カズヒコには見えた。それ程の迫力だった。

 そして、高い天井に目がけて大音量の唸り声。

「ウウウウォオオオオォォォォォ、ッシュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 大気が震え、その振動がびりびりと伝わる。敵味方の誰もが身震いした。唸り声の大きな響きに思わず耳を塞ぐ義勇兵。

『ゾラーーーーンーーーーーー!!!』

 周囲のオーク達も一斉に巨躯のオークを(たた)える雄叫びを上げた。

 ――あれが、ゾラン……ゾラン・ゼッシュ! 何なんだ……初心者でも大丈夫な兵団指令(オーダー)? 話が違いすぎる……。あのオーク、桁違いの化け物じゃないか。

 悔やんでも悔やみきれない後悔がカズヒコを覆っていた。

 しかし、それよりも何よりも恐ろしい。

 恐怖が足下からカズヒコに襲いかかり、心臓を鷲掴(わしづか)みにされていた。

 ――……怖い。何なんだ、あれは。足が動かない。

 目の前で、タイチとノッコを斬殺された怒りと悲しみは、恐怖で塗りつぶされていた。

 

 

 ゾラン・ゼッシュは飛び跳ねるように近くの義勇兵に斬りかかると、その側近オーク達も周囲の義勇兵達に飛びかかっていった。ゾラン・ゼッシュに斬り付けられた義勇兵の戦士は、受け太刀をすることもなく、一瞬で頭と上半身が別れた。

 被害は拡大していく。

 ――不味(まず)いっ……! 一方的だ。逃げなくては……。でもどこへ?!

 義勇兵が進んできた屋上からの階段はゾラン・ゼッシュの側近達が固めている。そこに飛び込むのは自殺行為だ。

 ――監視塔か?!

 監視塔は当然昇るだけで逃げ道はない。しかし、監視塔には荒野天使隊(ワイルドエンジェルズ)やチーム・レンジ等の強豪義勇兵がいる。合流できれば、この規格外の怪物達を何とかしてくれるかもしれない。一縷(いちる)の望みをかけて、カズヒコは腹を(くく)った。

「クザク、ミッツ、オーク達を端から回り込んで、どこでもいいから監視塔の中に逃げ込むんだっ! チョコ! 隠形(ステルス)で隠れて、俺等じゃなくても、誰でもいいから盾にして監視塔まで逃げ切るんだ。手練れの義勇兵達と合流しよう!!」

 クザクとチョコは神妙な顔で頷く。

「いやだっ! タイチとノッコをどうすんだよー! へへへ、あいつ等まだ生きてるかもしれないじゃないかっ!」

 ミッツが泣きながら、カズヒコに食ってかかってきた。

 2人が生きている。

 そんなことは考えられなかった。

 オーク達が階段から湧いてきた時、タイチは袈裟斬りで半分になり、ノッコは数回切り刻まれ、バラバラになっていた。

 ミッツもそれは見ていたはずだ。

「俺は2人を助けに行く……へへへ、お前等は、勝手に逃げればいいじゃないか……へへ」

 既にミッツは現実を正確に認識する理性を失っているのかも知れない。

 ミッツは何かに取り憑かれたようにオーク達の方へゆっくりと歩き始めた。

 ――不味(まず)い。不味(まず)すぎる。こんなことで時間を取られている場合じゃ無い。

 聞こえてくる義勇兵達の悲鳴。

 監視砦の1階は、のんびりとした厭戦(えんせん)の雰囲気から阿鼻叫喚の地獄絵図と変わり果てていた。ゾラン・ゼッシュとその側近、そして呪術師が周囲の義勇兵に襲いかかり始めたのだ。

 1階に残っていた義勇兵の数は、出現したオークよりも多かった。そのためまだ微妙な均衡を保っている。しかし、あっという間にそれが崩れることが予想された。

 新たに現れたオーク達は明らかに強い。

「クザクっ! チョコを頼んだ! 俺はミッツを連れて後を追う!」

「で、でも……」

 チョコが不安そうな顔でカズヒコを見上げた。

「大丈夫……」

 カズヒコはチョコの頭に手を置いた。その後、クザクの顔を見詰める。無言で頷くクザク。

「チョコ、行けるとこまで行くから、俺の後ろに隠れとけよ……!」

 クザクは兜の面防(バイザー)を下げながら言った。

「うん……」

 チョコは震える両手でダガーを握りしめた。

 

 

 カズヒコはミッツを追う。ミッツはタイチとノッコが殺されたあの場所、屋上への階段付近に向かっていた。しかし、その手前で複数のオーク達が殺した義勇兵の死体を乱暴に片付けていた。

 吐き気のする光景。

 バスタードソードを引き摺るように、ミッツはとぼとぼと歩いてそこに突っ込んでいく。追い付くカズヒコ。ミッツの肩に手を置いて言う。

「ミッツ……。辛いのは分かる。でも、もうタイチとノッコは戻らない。それより、監視塔に逃げて生き延びよう。チョコもお前を待ってるぞ。こんな所にいたら奴等に見つかる」

 ミッツは立ち止まってから、ゆっくりとカズヒコに振り返る。

 カズヒコは戦慄した。

 ミッツの目には既に狂気が宿っていた。

「はへへへへ? 戻る? 戻るって? そうだあ、今からオルタナに戻ろう。あそこの階段を上れば、また防壁まで出られるよお、へへっ」

 ミッツはカズヒコの手を振り払うと、ふらふらと死体を片付けるオーク達に近付いていく。

「馬鹿っ! 見つか……っ!」

 カズヒコが声をかけるのと同時に2匹のオークに見つかるミッツ。

「へへへ……もーかえろうよー」

 明らかに狂気に支配されたミッツを見て、オーク達は退屈そうな顔をした。

 ゆっくりと各々のガハリィを手に取ると、気怠(けだ)そうにそれらを振るい始める。

「ミッ……っ! ああぁぁぁぁっ!!」

 あっという間に斬り倒されるミッツ。悲鳴を上げる暇もなかった。

 振り下ろされるガハリィの回数が10回を数える頃、完全にミッツはバラバラの肉塊へと化していた。

 カズヒコは、ミッツが狂気の中で殺される恐怖を感じることがなかったと信じたかった。

 ――まただ……。何も……。何も……できなかった。

 カズヒコは後悔の念で押しつぶされそうになる。

 ――俺が……、俺の誤った選択がミッツをおかしくした……。

 頭を抱えるカズヒコ。

 1匹のオークがカズヒコの存在にも気付き、新たな獲物を(ほふ)ろうと近付いてくる。ミッツを殺したオークだ。ニタニタと下卑た笑顔を浮かべている。

「グルッフシュッシュー」

 オークが声を出して、初めて気付く。オークはガハリィを構え、カズヒコをその間合いに捉えていた。

 ――しまったっ! 逃げなくてはっ!

 カズヒコは焦る。

 次の瞬間、オークのガハリィが唸りを上げて襲いかかってきた。

 

 

 ――何故?! 何でこんな事になってるんだっ!

 カズヒコはそんな疑問を心の中で繰り返しながら、眼前の敵と斬り結んでいた。

 目の前にいるオークは今まで見た中で最も体格が優れ、剣技も長けていた。

 ――今は余計なことを考えている暇はない! どうやって目の前の敵を倒すかだけを考えるんだっ!

 カズヒコは気持ちを切り替え、持てうる全ての力を出し切ることに集中した。

 激しく入れ替わる立ち位置(ポジション)

 オークの素早い横薙ぎを(かわ)すために、一歩下がる。

 何かが足に当たった。

 カズヒコが面防(バイザー)の隙間から見ると、それはかつてミッツと呼ばれた人間の一部だった。

 吐き気と憎悪が同時に湧き起こり、カズヒコが剣を持つ手に力が籠もる。

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 左手首に灯る()()()()()の影響で、カズヒコの身体はいつもより速く、力強かった。

 一本突き(ファストスラスト)から、カズヒコが最も得意とする陽炎(ヘイズ)に繋ぎ、下段からの切り上げでオークの腕を跳ね上る。そして、がら空きになった胴体を旋回破斬(トルネードスラム)で横一文字に斬り裂いた。

 旋回破斬(トルネードスラム)は体を数回横回転(スピン)させてから横に薙ぐ(スキル)だ。リョータが輪転破斬(サマーソルトボム)を習得した時期に身に付けた。 

 蹌踉(よろ)めくオーク。

 そのオークの首元に一本突き(ファストスラスト)を撃ち込み、決定的な一撃を加えた。

 オークの両手がだらりと落ちる。 

 びくびくと痙攣(けいれん)するオークの体が完全に動かなくなるまで、カズヒコは何度もバスタードソードを押し込んだ。

 最後にオークの体を蹴って、剣を抜き去る。

 ――(かたき)は討ったぞ。ミッツ……。

 カズヒコの目に涙が光った。

 

 

 カズヒコの面防(バイザー)とオークの顔が直接押し合う。オークの生臭い息が顔にかかる。

 不愉快な豚の臭い。

 オークのガハリィは鎖帷子(チェインメイル)を貫通し、カズヒコの左肩に刺さっている。

 しかし、カズヒコのバスタードソードはオークの鱗鎧(スケイルメイル)を貫通し、腹部を貫いていた。

紅鎧(べによろい)の槍の方が痛かったぞっ! らぁあああぁぁぁっ……!」

 オークに刺さったバスタードソードを(ねじ)るように斬り上げ、同時にオークを蹴り倒す。

 ガハリィを手放し、お腹を押さえるようにしゃがみこむオーク。

 赤黒く光る内臓が飛び出ている。

 カズヒコが止めを刺そうと右腕だけでバスタードソードを上段に構えると、オークは崩れる落ちるように倒れた。

「リョータ……、俺は3匹目を倒したぞっ! 俺の圧勝だな。はははは……」

 空笑い。カズヒコは居るはずのないリョータに声を掛けた。

 ()()()2匹の側近オークを倒しただけで、既に体力は限界を迎えつつある。呼吸が乱れて、体が重い。

 バスタードソードを杖に少し息を整える。

 刺された左肩も痛い。神官に止血してもらわないと命に関わる怪我だ。

 ――これは痛いけど……抜かない方がいいな……。

 面防(バイザー)を上げ、地獄と化した監視塔1階を見回すと、義勇兵の数はぐっと減っていた。ざっと見で、オーク20匹に対して義勇兵は10人強だ。当初の4分の1になっていた。

 ――だいぶ……やられたな……。

 戦って討たれた義勇兵もいれば、どこかに隠れたのもいるだろう。今、戦っている義勇兵も遅かれ早かれ殺されることが予想された。まともに側近オークと渡り合えているのは()()()()()()()2~3人だったからだ。

 ――光の護法(プロテクション)守人の光(アシスト)が効いている内に、逃げないと……。そろそろ監視塔に入った奴等が戻ってきてもいいくらいなのに……、塔の中もみんなやられたのか? ブリトニーは? 本体はどうしたんだ?

「ミッツ、また()でな……」

 足下に転がるミッツに別れを告げて、カズヒコはクザクとチョコの後を追った。

 ――いた……っ!

 クザクとチョコは数匹のオークに行き道を(ふさ)がれ、何人かの義勇兵と一緒に立ち往生していた。2人ともほぼ無傷の様子だ。

 ――救わないと……っ! くそっ、邪魔だ!

「はっ!」

 カズヒコは左肩に刺さったガハリィを抜くと、走る激痛を我慢して、クザクとチョコの前にいるオークに投げつけた。そしてそのまま、旋回破斬(トルネードスラム)で一番手前いるオークに斬り付ける。

 斬撃自体は盾で防がれるが、オーク達は突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に隊列が乱れる。オークの混乱を衝いて義勇兵が逃げ出す。

「カズヒコっ!!」

「カズヒコ……っ!」

 クザクとチョコがカズヒコに気が付く。

 2人はカズヒコに近寄ろうとするが、カズヒコは怒鳴って2人を制した。

「行けっ! 早くっ! 今の内にっ!」

「だけど……あたし……」

「行くぞ! チョコっ! カズヒコ、……頼んだっ!」

 カズヒコは振り返ること無く、震える左手の親指を立ててクザクに合図を送った。

 正眼に構えたバスタードソード。目の前には3匹の側近オーク。左肩の傷から出血が止まらない。

 ――もう、ここで終わりかな。

 そんな感傷的な気持ちになったカズヒコに(わず)かな希望が灯る。

 カズヒコの目の前に光る神聖文字が浮かび、温かい光が身体を包んだ。……癒光(ヒール)だった。

 どこか離れた場所にいる神官がオークと相対するカズヒコを見かけて癒光(ヒール)をかけてくれたのだった。もしかしたら、さっき逃げた義勇兵の中に神官がいたのかもしれない。

 カズヒコは体中から痛みが引いていくのを感じていた。

 ――モテル男は辛いな……。でも、まだこれで戦える……。

 しかし、カズヒコは少し目立ちすぎた……。()()()()に目を付けられる位に。

「……フッシュルルルーイゥィ」

 大きな手がカズヒコと相対する側近オークを横に押しのける。

 一瞬、不機嫌に振り返った側近オークが、慌ててその手の主に空間を譲った。

 カズヒコの近くからオークが次々と離れていく。

 響く足音。

 ――ああ、(つい)に……俺の番か……。

 目の前に現れた大山のようなオークを見上げて、諦めにも似た感情がカズヒコの中に湧き起こった。不思議と、もう怖くはない。

 ――さあ、これを倒せば敵は逃げ出すだろう。……それで戦争は勝ちだ。賞金100ゴールド。俺は英雄になっちゃうな。……義勇兵を辞めて、リホと結婚もできるかもしれない。……あの体型なら、子どももいっぱい作れそうだし……楽しいだろうな。

 楽しい妄想で、兜の中は笑顔になる。その笑顔を消し去るように、カズヒコは深く息を吐いて、そして吸った。

「来いっ! ゾラン・ゼッシュ!!」

 カズヒコはバスタードソードを八相(はっそう)に構え直した。

 

 

 それからのカズヒコは義勇兵人生最高の戦いを繰り広げた。

 しかし、その時間はあまり長くは無かった。

 防戦一方。

 淡く抱いた幻想とは異なり、勝機など見出す余裕も無く、嵐のような凶刃の中で、命の灯りが消えるのを守るのが精一杯であった。

 ゾラン・ゼッシュは二刀流。

 しかし、その一刀一刀は人間族の両手剣と同様の大剣であり、上下左右から繰り出される高速の斬撃は、質量を持った無限の雷のようにカズヒコを攻め立てた。

 甲冑の板金が至る所で飴細工のように曲がっている。

 当然、中の身体も無傷で済む訳が無い。

 カズヒコの身体は立っているのも不思議なくらいボロボロだった。

 ――あと少し……。もう少しだけ防げば、きっと監視塔から強い仲間が降りてくるはずだ……。

 その希望と左手首に光る2つの六芒だけが、カズヒコの身体を支えていた。

 ゾラン・ゼッシュの最後の連続攻撃(ラッシュ)から数秒の間があった。ゾラン・ゼッシュも最後の攻撃に備えて呼吸を整えている。むしろ、肩慣らしが終わってこれから本番という様相だ。

 普段の倍以上間合いを取るカズヒコ。疲労困憊。苦しすぎて、呼吸もままならない。

 ――これが最後だ。もう、その次は……無い。

 死を待つ、苦しい時間。

 しかし、次の瞬間、監視塔からカズヒコが想像していたのとは違う銀髪の天使(エンジェル)が舞い降りてきた。

「おぉぉぉらぁぁぁっ!!」

 1人の戦士が側近オークに斬り込む。

 動揺する側近オーク達。

 その戦士の後方から、紅い陣羽織を(まと)い、長身で銀髪の男がゆっくりと南西の監視塔から降りてきた。

 銀髪の下には睨んだものを凍り付かせる程、冷たい瞳が宿っている。

 しかし、それを見ていたカズヒコの心には不思議と無上の優しさが伝わってきた。

 ――遂に来たっ! あれはチーム・レンジのレンジだっ!!

 レンジは兜を被り直すと、近くに居る側近オークに攻めかかり、刹那の内に1体を斬り伏せた。

 その後ろからセクシーな女盗賊や眼鏡をかけた知的な魔法使いの男が姿を現わす。

 さらにチーム・レンジの後ろからは、ゴブリンスレイヤーのモグゾーとランタ、その他同じ監視塔に登った義勇兵達が姿を現わした。

 ゾラン・ゼッシュも騒ぎが気になり、レンジ達の方を向いている。

 ――これは助かった……かもしれない。

 カズヒコはほんの少しだけ戦闘中だということを忘れて喜んだ。

「フシュルッシュ、シュシュオッシュ、ガッシュシュル」

 ゾラン・ゼッシュは主菜(メインディッシュ)の前に、前菜(オードブル)を平らげてしまおうという気なのか、カズヒコに向き直る。

 ――不味(まず)いっ!

 長い間合いを恐ろしい速度でゾラン・ゼッシュが詰める。

 正眼の構えで待ち構えるカズヒコ。

 稲妻のような斬撃の急襲。

 ――大丈夫っ! さっきまでと同じ要領で、あと1回防ぎ切れば助かるっ!

 しかし、そう思い、受け太刀をしようとしたカズヒコの左手首から青白い六芒の光が1つ消える。タイチが最後にかけた光の護法(プロテクション)の光だ。

 重たくなる身体。

 (わず)かな支援だったが、光の護法(プロテクション)の喪失によって、薄氷の上を歩むようにして防いできたゾラン・ゼッシュの攻撃に間に合わなくなる。

 動けないカズヒコ。

 左から襲ってくるゾラン・ゼッシュの湾刀が、カズヒコの両腕を共に斬り落とす。

 左手首に灯った緑色の六芒。リホが別れ際にかけてくれた守人の光(アシスト)の輝きがカズヒコの体から離れていった。

「ああっ!」

 カズヒコは両腕を失うことより、リホとの繋がりが無くなることに心が痛んだ。

 次の瞬間、首元に向かってくる疾風のような斬撃の気配をカズヒコは感じた。

 

 

 カズヒコの頭部は監視塔の1階の石畳の上を転がった。

 最後に、顔が上向きに止まる。

 首から流れ落ちる血液。

 急激に失われていく意識の中で、カズヒコは1階の高い天井を眺めながら考えていた。

 ――ああ、やられたのか……。不思議だ、何も聞こえない。苦しいけど、そんなに苦しくないや。手足が動かない。……ああ、腕は斬られちゃったっけ。

 脳内の酸素欠乏の影響で、カズヒコの記憶は混濁していた。

 ――こんなはずじゃなかったんだけどな……。何かが……間違っていたのかな? リョータや……グンゾウさんの言うことを……聞かなかったからかな? クザクやチョコは……、逃げられたのだろうか? ……わからない。リホ……、(きみ)は無事だといいんだけど……。

 

 その間、時間にして5秒程。

 

 ――ここはやけに太陽が眩しいな……。

 

 どこからか射し込む光が眩しくて、カズヒコは目を閉じた。

 

 

 

※以下は「グンゾウ」主観で描かれています。

 

 寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地に向かう馬竜車の上。

 シムラが馬車後部から輝く頭を出して、ぐったりしている。

「うおいっ!! カズ……っ!!」

 リョータが急に大声を上げて目を覚ました。

 小隊(パーティ)の仲間が全員ビクッとなる。ひとり、微動だにしないカレン。

「……修行が足りん」

 カレンは飲んでいた熱々のお茶をグンゾウの手の甲に垂らした。そのお茶は馬車の上だと言うのに、ハイドの魔法で置炉(おきろ)に火を起こさせて、お湯を沸かしたものだ。

「おわっちゃっちゃちゃ……そんな無理です。修師(マスター)

 ――ひー、(あち)い。これから兵団指令(オーダー)が終わるまで、ずっと虐待(プレイ)されると思うとたまらないな。

 グンゾウの火傷の遠因を作った当の本人は座ったまま下を向いている。

 グンゾウがリョータに話しかける。

「おい、リョータ。どうした? みんなびっくりしちゃっただろ。悪い夢でも見たのか?」

「そーだよー、リョータ。あたし、オシッコちびっちゃうかと思ったよ。ずっと我慢してるんだから。……膀胱炎になりそー」

 ――ヨシノ……、最近ぶっちゃけすぎだぞ。もう家族の会話だな、これ。

 ヨシノがリョータに近付くと、リョータはヨシノに抱きついた。お腹の辺りに顔を(うず)めている。

「こらっ! リョータ!! だから、オシッコしたいんだって、膀胱を押・さ・な・い・でーーーーっ!! 漏れちゃう…………、あっ! ……なんてね。ほんとにやばいんだってー」

 ヨシノが何度かリョータを引き剥がそうとしたが、がっちり抱きしめて離れない。

(わり)ぃ……ちょっと、このままでいさせてくれや……」

 リョータが押し殺したような声で呟く。

 ヨシノは諦めたのか、そのままリョータの頭をなでなでし始めた。

「怖い夢でも見たのかなー? 甘えさせてあげるから、寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地に着いたらなんか買ってねー」

 ――なんだ、ヨシノに甘えたかっただけか……。いいなー、俺もしてもらいたい……アキに。

 そう思ったグンゾウの股間に熱いお茶が注がれる。

「おわっちゃいちゃいちゃい! ……何すんですか?! 修師(マスター)

 カレンは素知らぬ顔で新しいお茶を茶壺(ティーポット)からカップに注ぎ、(すす)る。

「ふう……、何だかルミアリス教の神官らしからぬ(よこしま)な気配を感じたんでな。清めたのだ」

「シッシッシッシッシッシ……」

 ハイドはカレンと馬が合うのか、執事のように喜んでその小さな(あご)先で使われている。

 そこへ、ラッティー准将との連絡官(リエゾン)で馬竜車の(ぎょ)をしているブリセイスが後ろを向いて話しかけてくる。

「お楽しみ中の所、邪魔をして申し訳ないが、寂し野前哨(さびしのぜんしょう)基地が見えてきたぞ」

 それを聞いたシムラが飛び起きて、馬竜車の先頭まで来る。

 額に手をやり先を眺めると、反攻部隊の馬竜車の列の先にそれらしき村が見えてきた。

「やったでっ! やっと、この地獄から降りられるで。ほんま、良かったー!」

 ――まあ、本当の地獄はここからなんだけどね……。

 グンゾウは手に持った地図の上で、指を使って目的地までの距離を測った。

「全然、お楽しみじゃないよー。甘えん坊さんが放さないんだよね、()()()()()

 ヨシノがブリセイスに変な愛称を付ける。

 ――ブリちゃん……。

「あのさ、ヨシノ。ブリセイスのこと『ブリちゃん』って呼ぶの止めない? なんか違うの思い出すし……気分が悪い」

 グンゾウが苦笑すると、ブリセイスもブリトニーを知っているのか苦笑した。

「えー、なんでー? ブリちゃんじゃん」

「じゃあ、オカマのブリトニーのことは?」 

「ブリちゃん……んー、じゃあ、あっちは『ブリ()()』にするよ」

 ――うーん、なんだかなー。……向こうは丁度“ちん”付いてるし、それでいいか。取ってたらどうしよう?

「わかった。……まあ、区別してくれればいいや。紛らわしいし……」

 そのやり取りを聞いていたブリセイスは、呆れた顔で溜め息を()いた。

 

 

『……さん…………た』

「ん……?」

 グンゾウは誰かの声がした気がして、馬竜車の外を見上げた。

 ――こっちの世界に来てから、変な声が良く聞こえるな……。元からなのかな?

 すっきりと晴れた蒼い空。太陽が眩しく輝く。

 グンゾウの気分も急に晴れ晴れとした。

「はー。()い天気だなー。デッドヘッド監視砦の攻略はもう終わったかなー? いいなー、一晩で1ゴールド。俺等はこれから地獄だ」

 ルミアリスにカズヒコ達の無事を祈るため、グンゾウはデッドヘッド監視砦の方を向くと、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 




■本気の後書き

まあ、正直「灰と幻想のグリムガル」の二次小説を書こうと、一番最初に思ったのは……「チョコ・パーティの扱い悪すぎね?」って部分が動機でした。

原作の時系列で見れば、チョコ達はハルヒロ達がゴブリン退治に成功した時期にグリムガルに現れて、それなりに生きてこれたわけで、そうなれば主人公達がデッドスポットを倒す間、それなりに戦ってこれたはずですから、原作の呆気ない死に方は何らかの背景要因がなければならないと思ったのです。

そこで、ダムロー旧市街の沈静化等々の原作ストーリーとの整合性を考えると、ここまでの流れになりました。この話が通説になるといいなと思っています。

今後は完全にオリキャラしか出てこないので、正直続けることを悩んでいますが、読み続けていただいている方々もいらっしゃると信じて、第2章まではしっかり落ちを付けたいと思っています。
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