廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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多忙の余り、仕事にかまけていたらいつの間にか2週間のペースも乱れていました(;´д`)=3

今話でグンゾウは死んで最終回です……(後書きに続く)


16.深夜の森で

「はああああああぁぁぁぁぁっ!」

 森に響く美しい声。意志の強さを感じるのに、優しく誘惑されるような艶がある。

 張り詰める緊張を突き破り、ヴェールが不思議な足捌きでカレンとの距離を直線的に詰める。

 迫り来る黒い剣先、ヴェールの刺突がカレンを襲う。

 既に杖と身体の向きを斜めにして待ち構え(プリペラル)をしていたカレンは、素早くスタッフでヴェールの剣先を打ち払った。

 ――速い……っ! あそこまで速いスタッフ捌きは見たことがない。本気だ。

 追撃を試みたカレンの強打(スマッシュ)。スタッフがヴェールの身体を捉えた、とグンゾウが知覚した瞬間、ヴェールの姿は霧のように消える。急な展開に身体も意識もついていけない。

 ――どこへ……?

 グンゾウは狼狽(うろた)えて、周囲を見渡した。見つからず、首を(かし)げる。少しだけ戦棍(メイス)を握る手が弛んだ。

「油断するなっ!」

 カレンの鋭い声。

 ――え……?

 グンゾウが夜陰の中に金属の輝きを感じた瞬間、黒い長剣が首に突き刺さる。

「がっ……ぐ……っ!」

 声にならない声。

 (やいば)はグンゾウの頸動脈を断ち斬ると、そのまま気管と頸髄(けいずい)を切断した。

 ――熱い……っ!

 グンゾウは首元に灼熱(しゃくねつ)の痛みを感じた。

「グンゾウっ!!」

 ――あれ……?

 どんどんと暗くなる視界の中に、初めて見るカレンの動揺した表情があった。

 ――カレン……君にそんな顔は似合わない……、戦っ……て。

 訪れた完全なる暗闇と、途切れるグンゾウの意識。

 それは突然の終わりだった。

 

 

 暗闇を照らす紅い月と行燈(らんたん)の灯り。

 その灯りの中で、白と黒の女が向かい合っている。

 周囲には漆黒に染まる夜の森が広がり、流れる小川の(せせらぎ)だけが響いていた。

 脳内で繰り返される絶望的な想定(シミュレーション)から、グンゾウは現実に戻っていた。

 ――やっべぇ。今、自分の想定(シミュレーション)の中で死んでた……。バッドエンディングBー2だぜ。俺を心配するカレンの顔に萌えるパターンだな。

 グンゾウは少しだけカレンの横顔を見る。カレンは全くグンゾウを気に止めていない様子だ。グンゾウは緊張で(にじ)み出る汗が止まらない。

 ――今の想定(シミュレーション)を踏まえて初動は何をすればいいか……?

 戦闘の初動をどうするか。グンゾウはそれを決めかねていた。

 ――俺にできることは限られている。ヴェールは最初にカレンと俺のどちらを狙うのだろうか……? わからない……。選択を誤れば、俺の命は一瞬で消える。いや、俺の命なんてどうでもいいのかもしれない。目的、目的だ。それはカレンの生存だ。カレンさえ無事であれば、ヴェールに勝てる見込みもあり、俺も命さえ失っていなければ光の奇跡(サクラメント)で助かる。ならば……。

 取るべき戦術が決まる。

 いつ始まるかもしれない死闘を予期しながら、汗が額から垂れるのをただ感じていた。

 ミシッと土を踏みしめる音がして、ヴェールが前傾姿勢になる。

 ――来るっ!!

「ひっ、光よ、ルミアリスの加護のもとに……っ!」

 グンゾウの唱えた光魔法でカレンとグンゾウの左手首に青白い六芒の光が宿る。光の護法(プロテクション)だ。

 すると、カレンがグンゾウの方向を向いて、不思議そうな顔で見詰める。普段の睨むような目付きではなく、驚いたように目を見開いている。かなり可愛いらしい。

(マスター)っ! 前っ! 前、見ないとっ!」

 グンゾウが慌てて指差した方向から、ヴェールがゆっくりと歩きながら近付いてきて、カレンに革製の袋のような物を渡した。抜刀はしていない。

 ――あれ? ……なんで?

 カレンとヴェールは耳打ちをするように小さな声で少し話すと、ヴェールはカレンから離れていく。立ち去り際に、ヴェールはグンゾウの方を向くと一言。

「なんだ、グンゾウ。私には光の護法(プロテクション)をかけてくれないのか? ふふふ……また……、な」

 ヴェ-ルは震える程に綺麗な笑顔を浮かべると、兜の面防(バイザー)を下げ、直線的に移動する足捌きで、夜の闇に消えていった。

 グンゾウは開いた口がふさがらない。ぱくぱくと下顎を上下に動かしていた。

「何を間抜けな(つら)をしている」

 カレンのスタッフの先端がグンゾウの下腹部に刺さる。脳天に突き抜ける痛み。

「はあう……っ! なんで……」

 グンゾウは股間を手で押さえながら地面に伏した。バッドエンディングC-1。

 

 

一体全体(いったいぜったい)なんだってんですか? あれは? ヴェールは敵じゃないんですか?」

 グンゾウはカレンに顔を近付けて詰め寄る。カレンは鬱陶しそうにグンゾウの顔を手で押し返した。自分が詰め寄るのは好きだが、詰め寄られるのは嫌いらしい。

「……何を言っているのだ。あれはラッティー准将の密偵だ。敵勢力に侵入して情報をもたらしている。なかなか優秀だ」

 カレンは行燈(らんたん)の傍に寄って行った。ヴェールから受け取った革袋を開けると、中に入っている紙切れを読み始める。

「いやいや、でも修師(マスター)は『忌々しい暗黒神の手先か……っ!』って言ってましたよね?」

「あれは()()だ。だから相手も『偽善の愛を語る光明神の下僕』と返しただろう?」

 カレンは紙切れを読みながら、返事をする。

「あ、いや、でも、あの、ヴェールは天望楼で兵士を殺して……」

「その場面を直接見たのか?」

「え? いや……んー、暗くて良く分からなかったですけど……死体は沢山あったし、ヨシノは殺されそうになったし……。ヴェールって何というか神秘的というか、謎が多いというか……。悪い女っていうか……遊びたい、遊ばれたい的な?」

「貴様は何を言っている」

 いつの間にか傍にいたカレンのスタッフが再びグンゾウの下腹部を捉える。

「はぐお……っ!」

 グンゾウはぴょんぴょんと周囲を跳ねて、大事なものを元の位置に戻そうとした。カレンは紙を読む時間をたっぷりと稼いだ。

 収まってくる痛み。グンゾウはカレンを指差すと抗議する。

「下腹部ばっかり責めるのやめてもらえますかねー? まだこれから結婚とかして、子どもとか作りたいんですけどー。できれば沢山」

「なっ……、ふん……っ」

 カレンは恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。

「まあ、良い。偶然に密偵と接触することとなったが、本来は貴様の調教……おほんっ! 教育が目的だからな」

 ――今この人、“調教”って言ったぜ……。

「……はい。よろしく……お願い……致しま……すん」

「なんだか歯切れが悪いな……。まあ、いいだろう」

 そう言うとカレンはスタッフの飾り部分を掌に打ち付けながら、グンゾウの目の前を左右に往復して歩き始めた。

「貴様の小隊(パーティ)は新人にしては光るモノがある。それは認める。しかし、貴様の働きは悪いっ! もう一度言おう、働きが悪いっ!」

 カレンは「悪いっ!」の部分だけ立ち止まりグンゾウを指差す。背が低いため、目一杯仰け反って、見下すように指を突き出した。その後、また歩き出すと話を続ける。

「特に攻撃(スキル)の少なさは絶望的だ。先程の光の護法(プロテクション)も悪手ではないにしても、正に命懸けだったろう?」

 ――うっ……。

「貴様の(たる)んだ醜い身体では、動きが硬くて突き返し(ヒットバック)強打(スマッシュ)もあの密偵には通用しないと踏んだのだろう。愚か者にしては一理ある選択だ。……まず初手で死ぬだろう。その後、私は貴様を回復する(いとま)などない。その気も無い。無駄死に……いや、犬死にだな」

「……もうちょっと、なんというかこう、表現を包んで貰っていいですか? 余計な修飾語が多いです」

 カレンはグンゾウの言葉を完全に無視して続ける。

「これは貴様の鍛錬不足によって、戦闘における選択肢が少ないことが原因だ。今から身体を鍛えるのには年齢的且つ時間な限界があるが、せめて光魔法の選択肢を広げておけば、戦闘における貴様達小隊の優位性も変わってくるだろう」

「はあ……。しかし、回復のために魔法力を保存しなきゃいけないですし……戦闘でぱかぱか光魔法を使うのも難しいですよね? しかも俺が覚えているのは咎光(ブレイム)だけですし……。あれ、攻撃補助っていうか……少し痺れるくらいであんまり……ぐえぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 話している最中のグンゾウをカレンが放った咎光(ブレイム)の光が襲う。グンゾウは全身を痙攣(けいれん)させて、うつ伏せに倒れた。

 そのグンゾウの上にカレンが()()。いつもの様式(スタイル)

「この方が落ち着く。どうだ? これでも咎光(ブレイム)が攻撃補助と思うか? 貴様の信心が足りぬ所為とは思わぬか?」

 グンゾウは未だに痺れの取れない口で返事をする。

「へい……そのとほりてす。修師(マスター)。でも、咎光(フレイム)は燃費が悪いといいまふか……癒光(ヒーフ)の方がひひようなひがしまふ」

 カレンはグンゾウの上に座ったまま、小さな口で欠伸(あくび)をひとつ。口に手を当てる。

「あふ……。そうだな。つまらんが貴様の台詞は、まさに私の教えの通りだ。……しかし、同程度の魔法力で複数の敵に対して損害を与えられるならどうだ? 又は、複数の敵を一時的に無力化できるならどうか? 選択肢のひとつになろう」

「それは……そうですね」

 グンゾウは身体の痺れが取れてくると、四つん這いになりカレンのために椅子となる。カレンはご満悦の様子だ。

「ふむ。そのため、今夜はまず複数の敵に対して損害を与える光魔法を教えよう。貴様ならルミアリス様から天恵を得られるだけの光徳があろう」

 カレンはグンゾウの背中を台にして高く跳躍すると、空中で一回転した後に音もなく地面に着地した。

「さて、立ち上がれグンゾウっ!」

 

 

 アラバキアにおけるルミアリス信仰は厚い。国民の大多数が、程度の違いこそあれルミアリスを信仰している。

 ルミアリス信者は幸せだ。どんなに過酷な試練に(さら)されたとしても、信仰の過程で、誰もルミアリスの存在を疑うことはない。神の恩寵が得られない時、それは明らかに個人の信心や修練に不足がある時とわかるからだ。

 ルミアリスは()()()()()と異なり“沈黙”をしない。ルミアリスの聖隷である神官や聖騎士は、人々の前で度々(たびたび)ルミアリスの奇跡を起こしてみせた。多くの人々の怪我を癒やし、悪を払ってきたのだ。

 振り返ってみれば、グンゾウはグリムガルと呼ばれるこの世界にきてからずっと、カレンの起こす様々な奇跡を目の当たりにしてきた。グンゾウの信仰はカレンがいてのものかもしれない。

「まずは見ているが良い」

 カレンは小川の傍にある岩に軽々上ると、小川の方を向く。透明で穏やかな流れの水面に、紅い月とカレンの白金髪が映っていた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……っ!」

 カレンがスタッフを高く掲げる。

 すると岩の上に光る神聖文字が浮かび、カレンの周囲には色とりどりの小さな光の粒子が(またた)いた。粒子は、熱せられた空気のように渦巻きながら上昇する。

 カレンの髪の毛が柔らかく舞った。

「はっ!」

 カレンが掲げたスタッフを小川に向けて振り下ろすと、小川の水面に、半径5メートル程の大きな光る円陣が浮かぶ。

「はいっ!」

 再び、カレンが掛け声を出すと、そこへ天から光の粒子がきらきらと降り注いだ。

 ――綺麗だな……。

 揺れる水面に乱反射する光の粒子を眺めながら、グンゾウは思った。しかし、その綺麗な風景以外、特に目立った事象は起きなかった。光の粒子が小川に全て消えると、辺りには暗闇が戻った。

 グンゾウはカレンの後ろ姿をぼーっと眺めていた。小さなお尻の陰影が白い神官衣の下にはっきりと見える。

 一仕事終えたカレンはくるりとグンゾウの方を向くと、岩から飛び降りた。

 ――どきっ……。

「ちゃんと見ていたか? この光魔法は審判の光(ジャッジメント)と言う。この光魔法の威力は、貴様の未熟な信心に影響を受けない」

「……と、おっしゃいますと?」

「この光の粒子は触れた者の悪徳(ヴァイス)の量に応じた威力で弾ける。つまり、悪徳の者は爆発とも呼べる大きな威力の衝撃を受け、我々のような光の信徒には無害なのだ。……貴様に対して無害かどうかは知らぬが……な」

「……そう……です……ね……。素直な心の持ち主なので、無害か……と?」

 カレンは呆れたような眼差しで、グンゾウを見つめた。

 

 

 カレンが少女のようなソプラノで祝詞(のりと)をあげると、彼女の指先に光が灯った。光に照らされて、白い肌が透き通るように輝く。

 グンゾウは彼女の目の前に(ひざまず)いて、その様子を見詰めていた。

 (ささや)くような祝詞(のりと)は至近距離のグンゾウにも聞き取れない。早口で祝詞(のりと)を口にしながら、カレンは指先をグンゾウの額に近付ける。

 ルミアリス教に伝わる“秘蹟(ひせき)”のひとつ。“授光”。

 光魔法を体得するためには、いくつか方法がある。主な方法は3つ。

 ひとつは、突然ルミアリスの啓示を受けて、光魔法が使えるようになる場合。これは所謂()()と呼ばれる類いで、信徒でもなんでもない市民が突然にして神に選ばれ、光魔法を覚えてしまう場合がある。

 ふたつ目は、神の恩寵を学習し、修行や光徳を積むことによって長い時間をかけて光魔法として精錬していく場合。カレンが古文書の記載から失われた光魔法を復活させた行為等はこれに当たる。時間はかかるが神殿に所属する神官には必須の責務である。日々新たな光魔法を発見することは、神の御業(みわざ)の理解、つまり神の愛を知ることに繋がり、信仰行為そのものである。

 最後は、この“授光”。ルミアリス神殿に伝わる“秘蹟”のひとつで、高位の神官にのみ伝授され、門弟に対して自らが使える光魔法を強制的に覚えさせる儀式だ。ただし、必ずしもその光魔法を体得できるわけではなく、一定の光徳を積んだ弟子だけが覚えることが出来る。また覚えたといっても熟練度は最低であり、最低限使いこなせるようになるだけでも一定の修行期間が必要となる。

「……目を閉じよ」

 カレンが優しい口調でグンゾウに言った。儀式の時のカレンは清楚で慎み深い。

 ――可愛い時のカレンが見られなくなって残念だな……。

 そう思いながらグンゾウはゆっくり目を閉じた。

 カレンの柔らかな指先がグンゾウの額に触れると、グンゾウの額に光が宿った。

 人の体温だけではない温かさが指先から伝わり、グンゾウの頭の中に入っていく。目を閉じた暗闇の中、温かな光が自分の中に満ちていくのを感じた。

 グンゾウは、その光が自分の中に止まるように、心を穏やかにし、意識を集中させる。

 正直、今までグンゾウはこの儀式において、光に拒絶をされたことがない。難しいと言われる最初の規定修練ですらも、癒し手(キュア)を1回で受け容れた。

 ――でも、(おご)り高ぶったりはしない。……いい大人だし。それにこれはルミアリスの愛であると共に、カレンの光なんだ。それは放さないぜ。

 

 

 少しの時間が経ち、やがてグンゾウの額で輝く光が、ゆっくりと弱まり、消える。

 カレンが軽く溜め息を()いた。

「よし……っ! では始めよう。一晩で使い物にするのだ。今夜は不眠不休と思え」

 カレンが相変わらず無茶苦茶なことを言う。グンゾウが目を開けると、微笑んでいるカレンが目の前にいた。

 ――笑顔だと、こんなに可愛いのにな……。

「はいっ! 修師(マスター)! よろこんでー!」

 深夜の森の中、グンゾウは酒場の店員のように声を張り上げた。

 

 

 




……なんてな( ゚Д゚)y─~~


オリジナルキャラにオリジナル設定満載の「廃と群像のグリムガル」、今後もよろちくびっ!

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