ヴェールのもたらした情報は精度が高かった。
ブリセイスが手にしていた密書には、
――ヴェールは剛胆なようで、実は几帳面な性格なんだな。
とグンゾウは思った。
セシリア救出の作戦はそれに従って立案された。
救出班はブリセイスをリーダーとして、カレンとリョータ
作戦は単純だ。
辺境軍で用意した隠密行動用の装備に着替え、最も敵との遭遇可能性が少ない経路を辿り、セシリアが居ると思われる部屋まで到達する。そして、元の経路を辿り帰る。途中で遭遇する敵は皆殺し。とても野蛮で、単純だ。
ヴェールの情報によれば、10程度の敵と遭遇する計算になる。騒がれると3倍近い敵に取り囲まれる。そのため、全ての敵を短時間で沈黙させる必要があった。
グンゾウは作戦の最優先事項に「
「私からもお願いします。どうか彼女の命を救ってください……」
渋い顔をしていたグンゾウだったが、アキの一言で折れた。
セシリアは盲目であることが分かっているため、急いで脱出する際は、担ぐ必要がある。
彼女を担ぐ役目は、装備も軽く、基本的に戦闘へ参加しないグンゾウの役目となった。
事前説明の後、グンゾウ達は装備を整えると、反攻部隊にも気付かれないよう、そっと出発した。
目の前には
最も使われていない出入り口Cだ。基地の北東にある森を抜けた先にある岩壁に開いた小さな洞穴で、周囲には草木が茂っているため、ぱっと見では洞穴があることもわからない。
洞穴の入り口付近にはゴブリンが2匹
門番を任されているのだろうが、知能も士気も低いため、真面目に職務を果たしていない。
グンゾウ達は
「ブリセイスの指示通りに動く」、これが今回の救出作戦の
黒い革鎧に身を包んだブリセイスが、ゴブリン達を2本指で差し示してから、左手で首を掻き切るような動作をした。
殺しの合図。
シムラが弓に矢を
「ビンッ」という弦の音が森に響くと、ゴブリンは糸が切れた人形のように倒れた。
即死の時は、いつも同じ動きをする。
「ギャッ!? ギャッギャッ! ギャ……」
残りの1匹が驚きの声をあげ、角笛を手にしようとした。
しかし、ゴブリンの手が角笛に届く前に、ヨシノの
ブリセイスと同じく黒い革鎧に身を包んだヨシノは、
「リョータ、気を抜いては駄目っ!」
抑えているが鋭いアキの声。
用を足しにでもでかけていたのか、森の中からひょっこりと新手のゴブリンが現れた。リョータが一番近い。
「ギャギャッ!」
仲間の惨事に気付いたのか、短い叫び声を上げた。
「オームキシシ・レル・エクトキシシ……」
グンゾウの耳にハイドの詠唱が聞こえる。
次の瞬間、ゴブリンにアキが飛び込み、盾で顔面をひっぱたいた。分厚い金属が当たる鈍い音がする。
彼女も黒い革鎧に身を包んでいる。
ゴブリンは
「……ヴェル・ダーシュキシッ!」
黒い藻のような
弾けた
振動に震えるゴブリンの背後に立ったアキは、その延髄に
長剣を
「はへぇ……、なんもすることねーわ」
リョータが呟く。
リョータとグンゾウは一連の動作を呆然と眺めていただけだった。
――……恐るべし連携。成長していないのはリョータと俺だけなのか……?
「油断はするな。4時間程で見張りは交替だ。行くぞっ!」
ブリセイスは短くそう言うと、洞穴の中を覗き込んだ。
洞穴の中に入ると、湿った
この
洞穴の中は暗く、所々に
ブリセイス率いるセシリア救出小隊は慎重に歩を進めていた。実は慎重に歩を進めざるを得ない。足場は藻の生えた岩だ。
ゆるやかな下り坂と上り坂が繰り返されて奥まで続いていく。
道中、ヨシノが小さな声でグンゾウに尋ねてくる。
「グンちん。なんで、ゴブちんは敵の味方してるんだろー? アラバキア王国に反対する組織と言っても人間なんだよねー? 人間なのにゴブちんと一緒にいたり、変な生き物がいたり、どうしてなんだろー?」
ヨシノの素直な疑問。
正直、グンゾウにもよく分からなかった。変な生き物は、死者の肉体を使う
「なんでだろうね?」
敵に見つからぬよう、黙って進むことが推奨されるため、グンゾウは短く応えた。
「灰色エルフだ……」
珍しくカレンが口を開く。リョータ
「ここから北北東に300キロも行けば影森がある。……そこにはエルフという種族が住んでいて、その都、樹上都市アルノートゥには、かつて5万人のエルフが暮らしていたらしい。その一派が灰色エルフだ」
「ほええええぇぇぇ……」
ヨシノが感心をしたように、少し間抜けな声をあげる。
「キシシ、半裸ダークエ
ハイドがよく分からないことを呟いて、キシキシと笑っている。
「え、エ
真面目なアキが反応した。
「……しかし、
――カレンは修行の途中でも、結構こういう世界の常識を教えてくれるんだよなあー。
「へー、そうなんだーっ! カレカレって物知りなんだねーっ!」
ヨシノが言った一言に、ヨシノ以外のリョータ
――カ、カレカレ……。やばい、どうしよう、殺される……多分俺が……。
リョータ
「しかし、真に恐ろしいのは魔物ではない。灰色エルフそのものだ。エルフの都には古来から七剣、六呪、五弓と呼ばれる十八家の名門があり、剣舞師、呪医、弓使いの達人を輩出している。そもそもエルフ達は幼少期よりそれぞれ剣、
――弓……? どこかで嫌な思いをしたような……?
「そうかー。あたし、オルタナで
「おお、ええね、ヨシノ姉さん。それならワイは、弓使い目指すでっ……! 弓の達人といえば、この……」
「うっせぇ、黙れハゲっ!」
シムラがヨシノの話題に乗っかろうとしたのが気に障ったのか、リョータがシムラの発言を制した。リョータは洞穴に入ってから緊張しているのか、少し神経質になっている。
「確かにそろそろ、おしゃべりは終わりだ。洞窟を抜ける。遺跡の周辺には敵の歩哨がいることは分かっているが、人数は不明だ。油断するな。見つけたら静かに、そして迅速に始末するんだ。繰り返すが、人間は口が
ブリセイスが指差した150メートル程先には、明るい光が射し込む出口らしきものが見えた。
――明るい? 洞窟の奥なのに?
グンゾウはその明るい出口を不思議そうにぼんやりと眺めた。
「ふわっ……」
警戒をしていたはずだが、思わず声を出してしまうヨシノ。
皆、その気持ちが良く分かる。
洞窟を抜けた先は峡谷の底だった。しかし、そこには明るく広い広場が広がっており、白く壮麗な石造りの神殿が姿を現わした。神殿は3階建て程の高さがある。神殿の周りには一層の壁があり、一部に
――昔にもこんな立派な建物を建てる技術があったのか……。その技術はどこから来たのだろう?
谷底なので周囲を高い岩壁に囲まれているが、天井部は抜けている。そこは何かの植物に覆われていて、その隙間から弱々しい茜色の木漏れ日が注がれていた。
――もうじき日が落ちる……。
「あれ、結構でかいな……」
リョータが呟く。
グンゾウ達が出た洞窟の出口は、神殿の北側に当たる位置で、神殿の全容が窺えるわけではないが、相当な広さがあることがわかる。神殿の外縁部まで200メートル程だ。
「神殿の最上部にセシリア様はいるらしい」
ブリセイスは単眼鏡を取り出して神殿を見てから、背嚢にしまった。
「ここから近い裏口から最初の門を突破するが、ここが一番の難所だ。5、6名の門番がいると密偵からの報告がある……。騒がれると後々が厄介だ。もちろん、騒ぎになったとしても我々には突撃しか選択肢は無い。セシリア様をゆっくり救う時間があるか、急いで救うかの違いだけだ。いいな」
日が暮れていく静寂の中、緊張で唾液を飲み込んだグンゾウの喉が鳴った。
リョータ
「密偵ちゃん、色々調べてすごいなー」
緊張感の無いヨシノの声。
――そういうことじゃないような……。あっ……!
「……言いそびれてたけど……、辺境軍の密偵ってヴェールだよ……」
グンゾウの説明に、リョータ
「はぁっ!? てめ、何そんな大事なこと、今言ってんだよ、オッサンっ!」
「キシシシシ……グンゾウはアホ……そして、スケベ」
「さすがや……、ものっそいボケや……」
「そうかー、ヴェールちゃんかー、だからあの時、天望楼にいたのかー」
「……びっくり……」
銘々に色々な反応。
グンゾウは噛みついてくるリョータを手で押さえながら続ける。
「ああ、ごめん。別に命に関わる話じゃなかったから。でも、もしこの先遭遇しても、『あっ!』とか言っちゃ駄目だよ。ヴェールも命懸けで潜入してるわけだからさ」
「だから、言うのが
たまに正しいことを言うリョータ。
「静かにしろっ! そろそろ行くぞっ! 門は東、西、南にあるが、我々は階段に一番近い西側を目指す」
ブリセイスが一喝し、全員黙る。
全員意識を入れ替え、岩壁に沿って一列になって動き始めた。
岩壁と神殿の間には
夜の闇はどんどんとその深さを増し、世界を黒色に変えていった。
――この
グンゾウがそう思った時、ブリセイスが左手を上げて、全員が止まる。
ブリセイスが左手を振って前方を見るように指示する。
その指示された神殿の方から声が聞こえる。その方向には門があり、誰かが騒いでいるようだ。
「うおらぁっ! 暗くなってきたから松明を点けろってんだ、このウスノロ共がぁっ!!」
声がする方に何人かの
正確には人ではなく、人ならぬ者も混ざっていた。
数人の人間が門を通ろうとしてるようだった。しかし、暗闇でよく見えない。全員その騒がしい声だけに集中していた。
「俺様がわざわざ盲目のお姫様ってのを興味本位で見に来てやったってのに、美女のお迎えもねーのかよっ! 酒くらい用意してんだろーな?! ミーリア! ヴェール! お前ら気持ちよく
――ミーリア……ヴェール?!
騒がしいその声が聞こえなくなると、しばらくして門の松明に炎が灯った。
松明に照らされた門の外には少なくとも3体の敵が見えた。実際には門の奥にもう少しいると予想された。
「よりによって……ついてないな……」
ブリセイスが呟く。
「どういうことだよ? ヴェールが居たってことは仲間がひとり増えたって事じゃねーのかよ?」
リョータにしては珍しく抑えた声で質問する。
「そのことではない……」
その質問に対して答えたのは、ブリセイスではなくカレンだった。カレンは続ける。
「さっき騒いでいた愚かで下品な暗黒騎士……リンタがいたことが問題なのだ」
その後をブリセイスが継いだ。暗闇のため表情はよく見えないが、声から動揺が伝わってきた。
「……そうだ。半分はカレン師の言う通り。暗黒騎士リンタは元義勇兵にして賞金首。敵組織の幹部と目される人物だ。辺境軍では、天望楼襲撃で最も被害を出した中庭の戦いにおいて、兵士を殺したのは奴だと踏んでいる」
「ほへぇー……、そう言えばヴェールちゃんはあたしと戦ってたもんねー」
――なるほど……俺がヴェールだと思っていた黒い影はあのリンタって暗黒騎士なのか……。リンタ……暗黒騎士リンタ……。どこかで似たような名前の暗黒騎士がいたような?
「……そして、これは辺境軍の一部しか知らされていないが、一緒に居たミーリアという灰色エルフは敵組織のNo.2……疾風とあだ名される
「え? あの惨事をひとりで……?! 私は大量の部隊が突入してきたのかと……」
アキも震えるような声で疑問の声を上げた。アキだけは天望楼内部に配置されていたため、内部の被害状況を知っていた。
「キシシ……灰色エ
ハイドがグンゾウの後ろで呟く。
思わぬ状況の変化に戸惑うブリセイス率いるリョータ
先が見えなくなる程に深まる暗闇の中、ブリセイスの双肩に重い選択肢がのしかかってきていた。
自分で言うのもなんですが、Level.2は尻上がりにストーリーが面白くなっていくはずなので、ご期待ください。なお、文章のレベルは変わらず!!
モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~