中間回ですが、どうぞお楽しみください。
「……待機だ」
それが、しばらくの沈黙の後、ブリセイスの下した判断だった。
暗闇の中、全員がゆっくりと
「いつまでだよ? ……俺らは限界まで荷物を減らしてきてるから、水も少ねぇし、食料なんて持ってきてねぇ。つか、もう食った。そして、うんこしてぇ」
――うんこは関係ない……。
リョータが真っ直ぐな疑問をぶつける。リョータに善悪の判断はない。ただ、思ったことを口にする。それだけだ。ブリセイスがそれに反論する。
「
――あ、やっぱりうんこは気になったか……。
「んだとっ! 俺はこんな落ち着かない環境じゃ気持ちよくうん……」
「ブリセイス。君の指示には全面的に従う。ただ、迅速に行動したい。突入と撤退の判断基準を共有してくれないか。それくらいいいだろ? 相手の戦力が減るまで……とか。このまま朝が来たら……とか」
議論が下ネタに向かいそうだったので、グンゾウは議論の方向性を正した。
――冒頭から議論がうんこじゃ、嫌になっちゃうからな。…………なんのことだ?
「正直、あの2人を相手にこの戦力では勝てそうもない」
ブリセイスは軽く溜め息を吐いた。その語りぶりには諦念が漂っている。
「暗黒騎士のリンタは相対して生き残った兵士がいる。複数人で相手をすればなんとかなるだろう……。しかし、剣舞師のミーリアの強さは常軌を逸している。何せ、天望楼内で相対した者は手練れも含めて全員死んでいる。生き残った目撃者はセシリア様お付きのメイドのみだ。自分の恐怖伝説に箔を付けるために殺さずにおいた……という方が正しいかもしれない」
「護衛隊の大半は待機室にいましたが、通路を警備していた兵士のほとんどが反撃した様子もなく斬られていました」
アキがブリセイスの話を裏付けた。
――アキ……危なかったのね。
「だから、ミーリアがあの砦から離れれば、突入する。離れない場合は……」
そこで、ブリセイスは一息置く。悩んでいるのだろうか。主君イアン・ラッティーから至上命令を与えられた身としては、次の言葉は口にし
「撤退……?」
待ちきれないグンゾウが言葉を口にする。悩んでいる女性の話は待つものだ。せっかちは女性に好かれない。ブリセイスの返事には若干の怒気が籠もっていた。
「……仕方ないがそうなる。そして、朝までは待てない。裏口の見張りが死んでいることに気付かれれば、侵入者の捜索が始まるだろう。……つまり、2~3時間以内に必ず動きがあるはずだ……」
――うーん……、あんまり良い情報がないなー。
「……お主は密偵に期待しているのであろう?」
カレンが口を開いた。彼女の言葉は年寄り臭いが、身体が小さいせいからか、声は若い。
「……そうです、カレン師。彼女はこちらの作戦に気付いているはずです。そうすれば、
ブリセイスの説明。暗闇の中であまり表情は窺えないが、その声は弱々しく、いつものような張りはなかった。あまりにも理が
――ヴェール頼りか……、そんなに都合良くいくだろうか……? とはいえ、それを言ったところで……か。
「まあ、そういうことなら、いいわ。俺は頭
その会話でリョータなりに納得できたのか、そう言い残すと闇深い木立の奥へ消えていった。……うんこをしに。
「……リョータはん、逃げ道にせんといてやー……」
シムラが小声で呟いた。
小一時間もすると動きがあった。
リョータ
その門の方角が騒がしくなる。
複数人が出てきて、その内の1人が大声でがなり立てている。汚い声と言うより、不快になる声と言う方が正しい。
リンタだ。
松明に照らされて浮かび上がったリンタは、
リンタは誰かと口論をしているようだった。酔っているのか若干
グンゾウ達は全員門の方へ注目し、耳を
「てんめぇー、ミーリアぁ、俺様との酒が飲めねぇってどういうこったい! しかもヴェールぅ、貴様まで帰るとは
ミーリアと呼ばれた灰色エルフは
「……我々エルフ族は貴様のように下賤の者と
「うっせぇ! この
リンタがそのマントを掴むと、
その造形は人間族における美しいという基準を遙かに上回り、美の理想を具現化した彫刻のようであった。
額は緩やかで美しい弧を描き、その下にある二重の目は、切れ長で大きく、長く豊かな睫毛を蓄えていた。目の中にある黒く大きな瞳は潤み、白目は幼い少女のような
その眉間に細く高い鼻筋が続き、つんと立った小さな鼻先が付いていた。
鼻の先に下に見える薄く透き通った唇は、今目の前にいる男に対する不快感で
「……死にたいのか? 貴様など、首領の指示が無ければ今頃草木の肥やしだぞ」
「なんだとぉう……やろってのか? やろってのか? 俺様の
リンタの下ネタに呆れたのか、不愉快そうに眉を寄せたミーリアは
「……行くぞ、ヴェール。足下を照らせっ!」
「はっ……」
今まで、眉ひとつ動かさずに黙って立っていたヴェールがミーリアの後を追いかけた。そして離れ際、最後に警戒するような仕草で周囲を見渡す。誰にも違和感を抱かせない自然な動きだった。
――合図だ……。こうなることを仕組んだんだ……。ミーリアはヴェールが隔離するだろう。ヴェール……とんでもないやり手、恐ろしい子っ!
「んだこらぁらぁーっ! 無視すんじゃねーよ、傷付くだろーがっ! この傷付いた心を舐めて癒やせっ! 左乳首中心に舐めろっ! とにかく舐めろっ! ざっけんなよぉーっ!! ちょめちょめさせろってんだ、この
両手を挙げて抗議するリンタを周囲の男達が
「まあまあ、リンタさん、戻って中でやりましょうよ……」
「うっせぇっ! 野郎ばっかりの宴会なんてしたくねーんだよっ! 畜生っ! あの盲目のガキをやっちまうぞ、ごらぁっ!」
「リンタさん、首領に怒られちゃいますよ……」
「うるせー……」
――三次会の面倒臭い課長かよ………………カチョウ? 誰だっけ?
騒がしいリンタの叫び声は神殿の中に吸い込まれていき、段々と小さく聞こえなくなっていった。
「ブリセイス……」
グンゾウがブリセイスに声をかける。
辺りが静寂になるまで黙って観察していたブリセイスが暗闇の中で口を開く。
「よしっ! 突入の
賊の歩哨は眠かった。
先程、何度目かの
無駄な作業。そう感じていた。もう少し我慢すれば交替の時間で、夕飯にありつける。
眠さを抑えるために神殿の壁に取り付けられた松明の灯りをじっと見詰めた。
灯りは周囲を茜色に照らす。
照らすと言っても、15メートルも離れればそこは漆黒の闇。
つまり、光に包まれた中にいる者達は、闇に潜む者達からすれば格好の獲物だ。
最初に気付いたのは目の端に映った光るものだ。それは闇の中に潜んでいた。
「ん?」
歩哨の男は闇に向けて目を凝らした。
「どしたー?」
のんびりした声で仲間が声をかける。仲間の方を向いた歩哨は髪の毛を掻き上げた。
「あー……、いや、何か向こうで光ったような気がしたから……」
と言って振り返った男の目に、鬼のような形相の女騎士の顔が映った。
ブリセイスは一撃で歩哨の首を
リョータ
「どうなっているっ!」
ブリセイスが確認する。
「オークんはあと1匹なのよっ! ほいちょっと、よっと、 2番、はいよっと、5番っ!」
ヨシノがよく分からない番号を数えながら、
「ごめんなさいっ!」
ハイドの
賊Bもカレンの
一番苦戦をしているのは、
「なんなんだよっ……こいつっ!」
片腕だ。
2本のあった腕の内、右腕は最初の不意打ちでリョータが叩き落とした。
しかし、片腕が落ちた
「ぐわっ! あぶぶ……」
リョータは
「油断するなっ!
ブリセイスはリョータに檄を飛ばしながら、ヨシノと戦っていたオークの
こうなるとヨシノの相手ではない。
ヨシノが両手に持った2本の
「鎧着てないオークんなんてー、シフォンケーキみたいなもんなのよー!」
ヨシノの発言に、賊Aの手足を縄で縛っていたアキが反応する。その隣には、賊Bが亀甲の紋様のような独特な縛られ方で転がっていた。
「それって……、見た目は大きくても、柔らかくてぺろっと食べられるって意味?」
「違うっ!」
ヨシノはオークの反撃を左刀の峰で滑らすと、右刀で無防備な脇腹を深々と斬り付けた。鎧では守られていない。オークは痛そうに傷口を押さえ、動きが鈍い。完全に弱っている。
「紅茶が無いとー……」
オークの後ろに回り込んだヨシノは両刀を振りかぶって、流れるような動作でオークの背中に突き立てた。
「口の中がパサパサするってことーっ!!」
ヨシノはオークの背中を蹴って、後転跳びで離れる。オークは背中に刀が刺さったまま、うつ伏せに倒れた。
「……ごめん、ヨシノちゃん。……その例え、全然意味が伝わらなかった……」
アキは疲れたように
「アキっ! 遊んでねーで、俺様とブリセイスをフォローしろっ!」
リョータがアキを呼ぶ。
「あっ! はいっ!」
アキは跳ねるように
カレンはアキの縛り方が気に入らなかったようで、アキが離れると賊Aの縄をほどき、恐ろしく慣れた手付きで新たに縛り直し始めた。
その様子をハイドが見て頷く。
「シシシシ……ドSの美学……シシ」
リョータ達が奮戦している頃、グンゾウとシムラは戦場をこっそりと抜け、神殿入り口に向かっていた。
暗闇の中、自分達の
神殿の壁の一部に光る部分を見つける。入り口だった。入り口は長方形の板を何枚か並べて作ったボロボロの木戸で出来ていた。板の隙間からうっすらと中の光が漏れている。
周囲に人が居ないことを確認してから、グンゾウは木戸の隙間から中を覗いた。薄暗い廊下が続いていて、人影は見えない。扉を入ってすぐ右手に階段らしきものがある。
――よし……、誰もいないな。
入り口の扉を慎重に引くと、蝶番が嫌な音を立てて、木戸は開いた。
「鍵も掛かっていない。これなら簡単に侵入できる。灯りを焚こう。シムラ……」
グンゾウが手を伸ばすとシムラが松明を手渡してきた。
その松明にグンゾウは
「なんや、みんなが戦っている時に、自分達だけ参加しないのは気持ち悪いですねー」
シムラが周囲を警戒しながら、イガグリ頭を掻いた。
「弓矢構えといて……。まあ、リョータ
グンゾウはシムラに声を掛けると、木戸の
木戸は経年劣化でボロボロなため、
シムラは真剣に弓矢を構えている。
時折グンゾウの耳に、神殿の奥から
――ついてるな。あれだけ騒いでれば、こちらの音は聞こえないか……。
「よしっ、
グンゾウがシムラをの方を見ていると、シムラが真剣な顔をして壁の方を見詰めている。
「どうした?」
「誰か来ますっ!」
グンゾウが見詰めると、確かに
「一旦、ここから離れよう。リョータ達じゃなかったら、やばい」
「はい……」
グンゾウとシムラは神殿入り口から離れ、暗闇に身を潜めた。
しばらく観察していると、ブリセイスを先頭にリョータ
「……大丈夫だったか?」
グンゾウが声を掛けながら現れると、一瞬全員身構えた。ヨシノは一瞬で抜刀する反応の良さ。シムラもグンゾウの後ろに続く。
「おわっと、殺さないでよ。……どうしたの? リョータ」
全員、若干暗い顔をしている。特にリョータが。
「……最期……火を噴きやがったんだよ、あの化け物」
「火……?
「鎧も小手も燃えちまった……。革だったからな……。兜も……」
「なんでもありだな……、てゆうか、お前大丈夫だったのかよ?」
「
ブリセイスが割り込んだため、会話は終了。全員足早に、神殿内部へ侵入を始めることになった。
――大丈夫じゃない……。
無駄に待機の時間があったからか、ブリセイスには焦りの様子が浮かんでいる。
そして、焦るブリセイスの後を全員急ぎ足で追う。
神殿内部に入ると、湿気を含むひんやりとした空気が身体を包んだ。
宴会から漏れる声から予想して、敵のほとんどは1階の奥にある広間で宴会を繰り広げているようだった。
グンゾウ達には関係が無い。グンゾウ達は、入ってすぐ右にある階段を上り、最上階の4階を目指す。階段は石造りで、壁に沿って最上階まで作られている。
――これなら無駄なく辿り着けそうだ。
ブリセイスを中心に、ヨシノ、カレンと続く。グンゾウの前にはリョータがいた。上半身裸のリョータが
――裸……うける。
「キシシシ……裸、うける……シシシシシ」
グンゾウの後ろでハイドが呟いた。
――やべっ! ハイドと感想が被ってしまった。
グンゾウの額から汗が出た。ハイドと思考が被るのは何とも言えない気恥ずかしさがある。誰にも気付かれないように、そっと額の汗を拭った。
当初の予想通り、4階まで簡単に辿り着くことができた。
「4階のどこかの部屋から梯子を登れば、セシリア様が監禁されている部屋だ。ただし、どの部屋に梯子があるかは……わからない」
「おいおい、まじかよ……、入った部屋で敵が寝てたらどうすんだよ」
ブリセイスの説明にリョータが文句を言う。
「敵のほとんどは1階だ。寝室も2階で、4階はあまり使われていないとのことだ。それに……梯子の前には牢番くらいいるだろ。やるしかあるまい? 行くぞ、抜刀せよ」
ブリセイスは自身が抜刀すると、4階の最初の部屋を覗いた。部屋と言っても扉は無く、壁で仕切られた空間というだけだ。
奥まで続く廊下をゆっくり歩む。部屋があれば確認する。同じ作業を繰り返した。
いつ敵と戦闘になるかもしれない緊張で、グンゾウの
何度かの緊張と安堵を繰り返し、神殿4階の廊下を進む。
――長いな……。
とグンゾウが思った時、廊下の奥から光の漏れている部屋が目に入った。
「ブリ……」
グンゾウが口にすると、ブリセイスも気付いたようで手を挙げて制した。
その手を握る。
人差し指だけ残し、それを自分の口に持って行った。
「しっ……。行くぞっ!」
今まで以上に慎重に、誰ひとり声を上げること無く
左手の指が1本立つ。
――敵は1体っ!
リョータ
続いて、ヨシノとリョータが飛び込んだが、既に事は終わった後。
そこは6メートル四方程度の部屋だった。
部屋の真ん中には、胴を真一文字に斬り裂かれて死んだゴブリンが1体。
その傍には、木の机と椅子、その上には
「これだ……」
部屋の端に木でできた梯子がある。天井には四角い穴。
ブリセイスはグンゾウ達を振り返りもせずに登り始めた。
「おいおい、ちょっと焦りすぎだろーが?」
ブリセイスが登り始めたので仕方なく、リョータ
「セシリア様っ! セシリア様っ!」
ブリセイスの声が聞こえる。
グンゾウが梯子を登ると、そこは先程の部屋と同じ位の小部屋だった。部屋の半分は鉄の格子で仕切られていて、その向こう側にはベッドや机、整理
そのベッドの上で動く人影があった。
暗闇の中、ゆっくりと上半身を上げて、そのままじっとしている。
「灯りを……」
そう言って、グンゾウが
仕事は忙しいですが、頑張って書いてまーす。
ちょっと文字数多かったなー。疲れた。
セシリアの救出作戦は次話で終了です。
次話は手つかずなので少し時間かかります。
がっ! 25,26話の方は既に執筆が進んでいるという状態です。
ぶっちゃけ後半はちょっと面白くて興奮しています……自分だけ(笑)
引き続き、モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~