廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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やっちまった……、2万文字。
普段の4倍の投稿です(›´ω`‹ ) ハァ
中盤最後の盛り上がりなので、盛り込み過ぎちゃいました。

しかも記念すべき50話……。
俺、グンゾウさんを1年以上も書いてるのか……。


20.セシリア救出作戦③ 囚われの美女

 橙色の灯りの中に浮かんだ少女は、怯えたように震えていた。

 少女は13~4歳程に見えた。もしかしたら、もう少し幼いかもしれない。真っ直ぐで柔らかそうな金髪(ブロンド)に、透き通るような色白の肌。美少女と言って間違いない。光を失っていると聞いていた通り、明るくなった部屋でも瞼は閉ざしたままだった。

「セシリア様っ! ブリセイスでございますっ!」

 ブリセイスが叫ぶと、強張(こわば)っていた少女の表情が少し緩む。

「ブリセイス? ブリセイスなの……、私は助かるの? ……ぐずっ、ひっくひっく……」

 嬉しかったのか、または、安心したのか、突然セシリアと呼ばれた少女は泣き始めた。

「はい。もうしばらくの辛抱です。今、ここからお出しします。……くそっ!」

 ブリセイスが鉄格子を開けようとしたが、当然鍵が掛かっていて開かなかった。苛立ち、ガシャガシャと音を立てる。感情的になって、冷静さを欠いている。

 ――鍵は牢番でしょ。

 グンゾウは階下のシムラに呼びかける。アキとシムラが階下で警戒に当たっていた。

「おーい、シムラー。ゴブリンが鍵持ってない?」

「あいーんっと……、ちょっと待ってやー。……()()でっかー?」

 シムラが()()を放る。

 グンゾウ達が登ってきた穴から、鈍色(にびいろ)に光る金属製の鍵が飛び出してきた。

「それだよ、それっ!」

 鍵は尖った放物線を描いて、重力に引かれていく。再び穴に戻る寸前、カレンがスタッフの先端で上手に受け止めた。そのまま弾いて、ブリセイスの手元に飛ばす。

 見事な杖(さば)き。

「おおっ! カレカレすごーいっ! どうやるの? 教えて、教えてー」

 ヨシノが感心して、キャッキャッと騒いだ。カレンは冷静な様子を見せていたが、内心嬉しそうだった。全く共通点のないふたりだが、相性が良さそうに見えた。

 ガシャリと音がして牢の鍵が開く。

「セシリア様っ!」

 ブリセイスが牢の中に入り、セシリアの手を引く。セシリアは怖々(こわごわ)とする様子もなく、目を(つむ)ったまま歩いて牢屋を出たきた。近くで見ると、その整った容姿が分かる。そして遠目よりも幼なかった。

「ありがとう、ブリセイス。そして、従者の方々……」

 セシリアは着ている服のスカート部をつまんで軽く礼をした。服の裾はすり切れ、汚れが目立つ。これまでの旅路が快適なものではなかったことが(うかが)えた。

「従者……?」

 リョータが不満そうな声を出した。上半身裸の男は従者というより奴隷か山賊に見える。ヨシノが肘でリョータを突いて()()()()肘打(ひじう)ちはご褒美(ほうび)

「急いで脱出するぞっ!」

 ブリセイスが言う。

 すると、突然ハイドがセシリアに歩み寄り、背を向けてしゃがんだ。

「えっ?」

 異口同音。全員が同じ声を漏らした神殿最上階の牢屋前。

「シシシ……ど、どうぞ、ミミス・ヴェドイー、ワタクシの背中にお乗りください……シシ」

 ハイドはセシリアを促すように、後ろ手でセシリアの足下を触った。

「え?! わ、私のこと?」

 セシリアが突拍子もないハイドの言行に戸惑ってしまう。リョータ小隊(パーティ)もハイドの不意の行動に動きが固まってしまった。

 ――はわわわわ……。今度はお偉いさんの娘。しかもこんな幼気(いたいけ)な少女にやらかすのか……。

「こらっ! 気安く近付くなっ! 触るなっ! セシリア様のお付きはグンゾウと決めているっ! グンゾウっ! 早く背を貸すのだっ!」

 ブリセイスが慌ててセシリアの手を引くと、グンゾウの近くに連れてきた。

「はいはい。セシリア様。ルミアリス教の神官でグンゾウと申します。ここはまだ敵地で、()()()()()()()()危のうございますから、不肖私めが、セシリア様のご案内を致します。ささっ、こちらへどうぞ」

 そう言うとグンゾウはセシリアの手を取って、自分の肩を掴ませた。

「梯子を降りますので、その間だけしがみついていただけますか?」

「は、はい。よろしくお願い致します。神官さま」

 ルミアリス教が広く信仰されているアラバキアにおいて、神官は一定の信用と尊敬が得られる。セシリアはグンゾウを信用して、すぐに背中にしがみついた。

 セシリアが負ぶさると、その控えめな胸がグンゾウの背中に触れる。薄布越しに柔らかな感触が伝わってきた。素敵な感触。

 ――おっ……思ったより柔らか……、いや、いかん、いかん。俺は神官なんだぞ。それに幼すぎる……。邪念は捨てねば……、ニヤケた(つら)して、アキの所には降りられないし。

 しかし、グンゾウの反省が次回に活きたことはない。特に下半身に関しては絶望的だ。

 相変わらずの無意味な反省をしながら、グンゾウは梯子を降りた。

 セシリアは痩せているとは言え40キログラム近くある。グンゾウは1段1段、慎重に下がっていった。グンゾウの頭が完全に床の下に入る直前、ハイドが目に入る。

「キシキシ……これで十分……シシシ……深いぜ」

 ――深い? 何が?

 ハイドはグンゾウに理解できないことを呟いていたが、いつものことなので聞き流すことにした。

 ――相変わらず……変な奴。

 

 

 グンゾウを見て、アキの表情がぱっと明るく輝く。グンゾウは思わず嬉しくなって、照れ笑いしてしまった。ただ、正確にはアキはグンゾウの後ろに背負われているセシリアを見ていた。

「セシリア様っ!」

 ――ですよねー。

「その声は……アキ? 生きていたのですね。良かった……っ!」

 その後、一頻(ひとしき)りアキとセシリアで()()()について盛り上がって話していると、上の階からブリセイスやカレンとリョータ小隊(パーティ)の面々が続々と降りてきた。

「では、行きましょう。ここからは見つからないことが重要です。静かに、急いで……」

 ――なんだか……既に随分騒いだような気がするけど……。

 全員、黙って静かに出口へと向かう。

 グンゾウの予想に反して、1階まで敵に遭遇すること無く進むことが出来た。

 もうすぐ神殿の出口というところで、カレンが異変に気付く。

「待て……」

「カレカレ、どうしたのー? もうすぐ出口だよ?」

 ヨシノが首を傾げた。

「しっ……」

 カレンが目を閉じて、じっとしている。

「カレン師……早く行きましょう。賊に見つかるっ!」

 ブリセイスが焦っている。皆も敵の隠れ家(アジト)にいる緊張から逃れたいため、早く出口に向かいたい気持ちで一杯だ。カレンだけ冷静に遠い目をしている。小さな顔に少し尖ったあごが可愛らしい。

 ――性格がなあ……。

 グンゾウが関係ないことを思い始めた頃、カレンが呟く。

「……音がしない……」

 全員が息を飲む。

 気が付けば、1階奥の部屋から宴会の乱痴気騒(らんちきさわ)ぎの音がしない。

「もう寝ちまったんじゃねーの……」

 リョータが楽観的な意見を出したが、誰も同調しない。あれだけの大騒ぎがこの20分足らずで収まる訳が無い。となれば、理由はひとつ。

「露見したか……っ!」

 ブリセイスが唇を噛む。

「できればセシリア様をお連れして強行突破は避けたかったのだが……、致し方あるまい」

 ブリセイスが長剣(ロングソード)を抜こうとした。(はや)るブリセイスをグンゾウが抑える。

「おいおい、待て待て。西門はまずい。西門の警備が全部()られてるんだから、敵は西門に戦力を集中して構えてる確率が高い。西門以外から出よう。例えば反対の東門なんかどう? そもそも他の門はどういう状況なんだ?」

 ブリセイスは咄嗟に記憶を探る。

「東門はここから遠い。そして、この峡谷から出る洞窟も遠いのだ。南門は最も大きい門で丈夫にできている、壁に(たかどの)もあり、ここを兵で固められた場合、戦力差がないと突破が厳しい」

「どう……思いますか? 修師(マスター)カレン」

 グンゾウが訊くと、カレンは眉ひとつ動かさず答えた。

「貴様の答えは出ているのだろう?」

「まあ、そうですけど……ここは師匠の意見も聞かないとです」

「……私なら……」

 

 

「どうらぁあああーっ! バレてるならしょうがねぇ、派手にやってやんぜっ!」

 リョータが上半身裸のまま派手に突っ込む。飛び出してきた賊に斬り付けると、そのまま力で押し倒した。

「リョータは逆に賊にしか見えないから安全かも……」

 盾を構えて先頭を走るアキが的確な指摘をした。

「セシリア様、手を離さないでくださいねっ!」

 グンゾウはアキの後に続く。グンゾウの台詞(セリフ)にセシリアは黙って頷くと、グンゾウの手を強く握った。

「敵の数は少ないっ! 一太刀浴びせたら突破するんだっ!」

 ブリセイスが行燈(ランタン)を振って指揮をする。全員走って東門を突破する。

「ほら、ドイハっち、死んじゃうよっ! 走って、走って!」

「ブヒシシシ、ブヒッ、フヒンッ、キシシ……」

 ハイドのお尻を叩きながらヨシノも走っている。通りすがりに、賊の腕を切りつけて無力化した。

「シムラっ!!」

 ブリセイスの声。

「あいーんっ! 速目(はやめ)っ!」

 シムラが矢を放つと、賊の持っている行燈(ランタン)が壊れた。走って止まっての繰り返しなので、それほど命中率は高くないが、速目(はやめ)(スキル)と天性の才能で、次々と敵の灯りを奪っていった。

「松明だっ! 松明持ってこいっ!」

「西門と、南門に連絡するんだっ! 全員、東側に連れてこいっ!」

 賊は灯りを奪われて、だいぶ混乱をしている。

 カレンとグンゾウが選んだ選択肢は東門の突破だった。ふたりとも盲目のセシリアを抱えての強行突破は無理と判断したのだ。このふたりの意見の一致に反論する者はおらず、選択が採用される。

 一番の問題点は、峡谷を抜けるための洞窟までが遠いことだった。門から洞窟まで2キロメートル程ある。一旦洞窟に入ってしまえば、入り口に障害を作ったり、効率的に敵を防ぐことができるが、そこまでの平地で襲われると、囲まれる可能性があり危険だ。敵の方が数が多い。

 また、行きに通っていない道であるため、不案内だ。暗闇の中では早くとも30分はかかる。

「はあ、はあ、駄目だ……苦しい……。もう、ちょっと走れない……」

「はあ、神官さま、私も……はあ、ちょっと、休みたいです……はあ、はあ」

 グンゾウはセシリアと共に暗闇の中、止まって、息を整える。

 周囲を見渡すと、灯りが前後に見え、ずっと後方には神殿に集まる灯りが見えた。神殿の周囲に集まった灯りはまだ動き始めていない。指揮系統の乱れだろうか。

 グンゾウ達は3つに別れて逃走していた。

 前方で灯りを持っているのはブリセイス、ヨシノ、カレンの隊、後方はリョータ、アキ、ハイド、シムラの隊だ。

 グンゾウとセシリアは灯りを持たず、前後の灯りを頼りに、月明かりの中を進む。灯りを持っていなければ、敵に見つかりづらいと考えた。逆に灯りを持っている2隊は囮の役目だ。

 無防備なセシリアだけは守らなければならない。

 グンゾウは後ろの隊を見る。

 ――リョータ達がゆっくり歩いているとは言え、追いつきそうだな……。

「はあ、はあ、セシリア様、ゆっくりでいいので歩きましょう。ブリセイスの隊と離れすぎてしまいます」

「はい……、頑張ります。はあ、はあ」

 グンゾウはセシリアの手を引いてゆっくり歩き出す。

 ――癒し手(キュア)癒光(ヒール)で持久力も回復すればいいのに……。

 暗闇の中、黙々と歩き続けるグンゾウとセシリアだったが、リョータ達に追いつかれる。

「こらっ! (おせ)ーぞ、オッサンっ! 追いついちまったじゃねーか。やっぱオッサンは体力ねーな、使えねー」

 ――うるせぇ……。

「もうすぐ洞窟だから、もう合流しましょう。なんだか神殿の方の灯りは動きが無いようだし。セシリア様もお疲れでしょう?」

 アキが合流を提案したので、グンゾウはそれに甘えることにした。

「なんか、前の灯り減ってまへんか?」

 シムラがブリセイス達の方を指し示す。全員がその方向を見ると、ブリセイス、ヨシノ、カレンで3つ有った灯りが今は1つになっている。

 ――普通に考えれば、ブリセイスとヨシノが戦闘に入ったということか?

「少し急ごう……。アキ、セシリア様を任せてもいいかな?」

「は、はいっ! もちろんです。グンゾウさん」

「セシリア様、これからはアキが護衛します……」

 グンゾウはセシリアの手をアキに渡す。革手袋越しのアキの手に触れ、それでも少し嬉しい。

 次にその右手で戦棍(メイス)を握りしめた。

「リョータ行こう……多分、敵がいたんだ」

「お、おぅ!」

「シムラとハイドも付いてきてくれ」

「あいよっと」

「シシシシ、仕方ない……」

「アキはセシリア様を連れてゆっくり来てくれ。もし、神殿の敵が近付いてきたら、急いで欲しいけど……」

「はい、わかりました。慎重に近付きます」

 グンゾウはアキに向けて深く頷いた。

「行こう……っ!」

 ひとつ深呼吸。そして、リョータ達を引き連れると早足でブリセイス達の灯りに向かっていった。

 

 

 グンゾウ達が到着した時、洞窟の前ではまだ戦闘は行われていなかった。

 カレンがスタッフの先端に行燈(ランタン)を引っかけて、周囲を照らしている。

 ブリセイスとヨシノは抜刀し、構えた状態で一点を見据えていた。

 その視線の先には予想外の人物がいた。

「おんやーっ?! やっぱり、全員集まっちゃう感じかなー? 俺様の読みってば、やっぱ最強だな。読みきって洞窟に先回りとか、超かっこよくね? 怖い……、完璧すぎる俺様が怖い」

 行燈(ランタン)の灯りが照らすその先には、暗黒騎士のリンタがいた。

「でも、おっかしーな……あの盲目少女がいねーんじゃねーの? もしかして、もう少し待ってると来るのかなー?」

「来ないっ! もうセシリア様は先に洞窟に入った」

 ブリセイスが嘘を()く。バレバレだ。ブリセイスはあまり嘘が上手くない。人間としては好感が持てるが、真っ直ぐすぎる武人だ。当然のことながらリンタは少しも信用した様子でない。

「ふーん……。まあ、この場所が本命ってことね。まあいいわ。少し待ってたけど女は増えないし、お前等と話すのも飽きたから、そろそろ男は殺して、女は半殺しにでもして犯すか……。くっくっく、やばい……楽しくなってきた。ひゃっはーっ! 色んな意味で天国見せてやんぜっ!」

 そう言うとリンタは腰に着けていた長剣(ロングソード)を抜いた。

 次の瞬間、不思議な足捌(あしさば)きで、直線的に移動するとブリセイスに斬りかかる。

憤慨突(アンガー)っ!!」

 ――速いっ! ヴェールと同じ動きっ! あれは暗黒騎士の(スキル)なのか?

 ブリセイスがなんとか受け太刀をすると、リンタは反転して隣のヨシノに斬りかかる。

 ヨシノが慌てて両刀で斬撃を防いだ。

 そして、次の瞬間、リンタはくるくると回転しながら、5メートル程後退して離れた。流れるような一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)

「あれれー? これくらいは大丈夫か……、俺様が酔ってるからか? なんだな……まあ、そこそこ楽しめそうじゃーん?」

 リンタはヘラヘラとしながら、自分の長剣(ロングソード)を舌で舐めた。そして、再び腰を落とした戦闘態勢になる。

 張り詰めた空気が漂う。

 リンタは動きが狡猾で素早いので目が離せない。

 ――あの攻撃……。後衛は距離を取らないと危ないな……。

「グンゾウ、持っていろ……」

 カレンがスタッフの先に付けた行燈(ランタン)をグンゾウに預けてきた。

 ――カレンも戦闘に加わるのか?!

 グンゾウはその行燈(ランタン)を受け取ると近くの木の枝に掛けた。そして、そのままシムラの耳元に近付き、囁いた。

「アキに……、セシリアと暗闇に潜んでいるように伝えてくれ……。それとシムラは少し離れたところから狙えるか?」

 シムラは神妙に頷くと静かに暗闇へ消えていった。

 ――ハイドは……?

 グンゾウがハイドを探すと、相変わらず上手いこと暗がりにしゃがんで身を隠しているのを見つけた。

 ――あそこなら大丈夫か……。俺も危ないから気を付けないと……。

 グンゾウは戦棍(メイス)を両手で構えると、いつでも咎光(ブレイム)が放てるように心の中で準備した。

「グンゾウさんっ!」

 グンゾウはアキに声をかけられて驚く。しかし、その顔を見て心が安らいだ。

「ど、どうしたの? …………セシリアは?」

 最後の方は小声になる。

「シムラ君に任せました。シムラ君から、リンタが居ると聞いて……、リョータが裸ですし、装備が厚い人間も必要だと思って支援にきました」

「そっか……、ありがとう。今、加わるのはちょっと危なそうだから、誰か怪我をした時のために飛び込む準備をしておいて」

「はいっ!」

 アキは素直に返事をしてから、両手でガッツポーズをした。伏し目がちの少し垂れ目だが、眉根をぎゅっと寄せて、頑張る感じが出ている。

 ――純粋にかわいい……。

「働け、べーすけ……キシキシ」

「うわおっ!」相変わらず突然現れるハイドがグンゾウの後から話しかけてくる。「なんだよ?! どうかしたか?」

「見ろ。神殿の灯りが動き始めた……キシ。あと30分もしたら、敵に囲まれるぞ、シシシ」

「なんだと?!」

 グンゾウが神殿側を眺めると、集まっていた松明の灯りが列を成して移動し始めていた。その数はざっと見出10以上ある。

 ――やばい……。なんで位置がばれたんだ?!

「ブリセイスっ! まずいぞっ! 敵の本隊に位置がばれたっ! 囲まれるっ!」

 グンゾウが叫ぶと、返事をしたのはリンタだった。

「ひゃっはーっ! 今頃気付いたのかっ! 俺様が無駄に女に手を出さずにぶらぶらさせてる訳ねーだろっ! 雑魚達が無駄に動かないように、各出口に2人ずつ配置して、伝令を走らせたんだよ。まあ、ここに俺様がいたのは本当に読み勝ちだけどなっ!」

 ――うっ! こいつ、ただの性格破綻者じゃねーのか……。

「ならば、今、(ひと)りの貴様を倒して、進むのみっ! やーっ!」

 ブリセイスは掛け声と共に袈裟斬(けさぎ)りを繰り出す。剣の反射光が素早く円弧を描き、残像が闇に消えていく。しかし、剣先が捉えたはずのリンタの影像も同様に、揺らぐ残像のように消えていった。

「どこに……っ?!」

「だあーっしゃーっ! 憎悪斬(ヘイトレッド)ぉあぁぁぁーっ!」

 暗闇から突然ブリセイスの後に現れたリンタが、逆に袈裟斬(けさぎ)りを繰り出し、ブリセイスの背中を捉える。頑丈な革鎧が裂け、剣先が背中に達した。斬撃の鋭さの証明だ。

「がはっ!」

 ブリセイスが前に倒れ、膝と両手を地面についてしまう。

「グッバイ、ラッティーの愛人よ……」

 リンタが剣の持ち手を変えて、ブリセイスを串刺しにしようとするところを、大きく片刃の曲刀(シミター)を振りかぶったヨシノが飛び込む。

「うなーーーーーーーっ!!」

 リンタは受け太刀をしてから、ヨシノを鍔迫り合いで押し返すと、独特の動作で後退し、距離を取った。

「はははっ! 邪魔くせーな、野生児みてぇなお嬢ちゃん。でも、そういう女がベッドの上で女の部分を見せる時に興奮を覚えるぜっ! うるぅらぁーっ!」

 今後は、ブリセイスと交替したヨシノがリンタと戦っている。ヨシノは本気の攻めを見せているが、リンタはニヤついた顔をしながら、時に攻撃を(かわ)し、時に反撃する。

「ブリセイス、動くなっ! 光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒光(ヒール)っ!」

 ブリセイスを癒光(ヒール)の温かな光が包む。グンゾウはブリセイスの背中の傷を癒やした。

「くそっ! 私では奴に勝てないのかっ?!」

 ブリセイスは地面に拳を叩き付けた。

 

 

「に゛ゃーーーっ!!」

 斬り付けていたはずのヨシノが、リンタの剣に吹き飛ばされて転がる。谷の岩壁にぶつかって止まった。

「いてててて……っ! 何で?! オークんにだって弾き飛ばされたことなんてないのにいっ!」

「ぎゃははははっ! 剣圧の重さがちげぇーんだよ、お嬢ちゃん。タイミング、スピード、打撃の方向、全部パーフェクツだかんなあ! 俺様の剣技は。いや、俺様という存在が……かな。良かったら、俺様の剣の秘密、ベッドでコッテリ教えてやんぜっ! えっひゃっひゃっひゃ!」

 リンタが下品に笑う。

 余分な肉は皆無とは言え、ヨシノは背も高ければ筋肉質で、女性としては線の細い方ではない。そのヨシノが転がる剣圧とはどれほどのものなのか。グンゾウは想像がつかない。

「槍なら勝てるのにーっ!! 悔しいっ! にゃーっ! ……ところで、何でベッドでなの?」

「ヨシノちゃん……」

 アキが恥ずかしそうに顔を押さえる。そんな天然なところがヨシノの可愛いところでもある。そして、そのヨシノを愛して止まない男が切れる。

「ざっけんなーっ! ヨシノに手を出したらぶっ殺すっ!!」

 リョータが上段の構えから全力で斬りかかる。

 空気が音を立てて裂ける剛剣。

 しかし、その剣はリンタの影しか捉えることができなかった。両手剣(ツヴァイヘンダー)が地面にめり込む。

 リンタは最低限のステップで(かわ)すと、リョータに冷たく言い放つ。

「うるせぇ……、俺と彼女のデートを邪魔すんじゃねーよ。裸の男はすっこんでろ」

 リンタが八の字に剣を動かし斬り付ける。派手で美しい剣技。

 リョータは地面にめり込んだ両手剣(ツヴァイヘンダー)が抜けず、回避動作が遅れる。しかも、上半身は全裸だ。額、両腕、胸、脇腹が裂け、勢いよく血が吹き出る。両腕は千切れんばかりに裂けている。

 ――やばいっ! リョータが死ぬっ!

「がは……っ!」

 リョータが血泡を噴いて仰向けに倒れる。胸の傷が肺にまで到達している証拠だ。

「首だけ守ったか……やるじゃねーか。(かて)ぇ骨しやがって、腕が落とせなかったじゃねーか。まあ、どうせすぐ死ぬけどな」

 そう言うと、リンタは長剣を振り上げた。瀕死のリョータは動くことなどできない。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、(ブレ)……」

 グンゾウが咎光(ブレイム)を唱えようとした時、リンタに白い影が襲い掛かる。

 リンタは暗黒騎士独特の足捌(あしさば)きで、5メートル程後退(あとずさ)る。リンタの居なくなった空間をカレンのスタッフが唸りをあげて通りすぎた。

「あっぶねー……。殺気がありすぎんだよ、この腐れ●●●(ピー)神官さんよっ! おわっ! と排出系(イグゾースト)っ!」

 さらにリンタは、ヨシノとブリセイスの追撃を受けて後退した。

 リンタの後退を横目に、カレンは光魔法を唱えながら、リョータの胸に手をおいた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、光の奇跡(サクラメント)

 リョータはカレンが放った光に包まれると、すぐに起き上がって、いそいそと両手剣を構えた。光の奇跡(サクラメント)の回復力は目を見張るものがある。まさに奇跡。

「裸で迂闊(うかつ)に斬りかかるでない。それに1日2回も光の奇跡(サクラメント)の世話になるな……、まあ首を守ったのは正解だ」

「うるっ……、すまねぇ……」

 カレンに反論しようとしたリョータだったが、思うところがあったのか謝罪する。慎重にリンタとの距離を詰め始めた。

 敵ながら、そして人格破綻者ながらリンタの戦いは見事だった。

 ブリセイスの斬撃を剣の峰で弾き、鳩尾(みぞおち)付近に蹴りを入れる。ブリセイスが膝を衝く。

 その反動を使って、反対側から襲ってくるヨシノの右刀を弾き、左刀は姿を眩まして(かわ)す。

 ――たまに消えるあの動きはなんなんだ? あれも暗黒騎士の(スキル)なのか? わからなすぎる。ヴェールに聞いとけば良かった。

 ヨシノの背後から現れたリンタが上段から斬りかかろうとするのを、リョータが一本突き(ファストスラスト)で防いだ。ヨシノも咄嗟に前転で逃げている。

 目を見張るような速さで戦闘が展開されていく。

 グンゾウは目で追うことが精一杯で、ブリセイスやヨシノを助力することができない。

「その暗黒騎士の目的は、仲間を追いつかせるために足を止めすることだ。足を止めず、洞窟の中に退きながら戦うのだっ!」

 カレンが一喝した。

「そうだっ! カレン師の言う通りっ! 撤退せよっ!」

 ブリセイスがカレンに指揮を譲ると、アキを先頭にセシリア、シムラ、ハイドの順で洞窟の中に入っていく。グンゾウもその後に続く。

「おんやーっ?! そんな所にいるじゃねーかっ! 盲目のお嬢ちゃんよーっ!!」

 どれだけ戦闘に余裕があるのか、リンタはブリセイスとヨシノの攻めを回避しがら、洞窟に入っていくセシリアを見つけた。

 ――くそっ……ばれたか……。

 グンゾウが洞窟の入り口で振り返ると、リンタはブリセイスとヨシノが頭を押さえている状態だった。鎧の無いリョータはなかなか戦いに加われない。その様子を油断無くカレンが見守っている。

「リョータっ! もういいっ! 下がるんだっ! 敵は洞窟の出口にもいるっ!」

 リョータは逡巡をしている。自分は役に立たないと理解しつつ、ヨシノを置き去りにすることができないようだ。その愛情は悪いことではないが、今は状況を悪くしている。刻一刻と敵の増援が迫っていた。

「リョータっ! ブリちゃんとあたしでこいつは押さえるから、アキちゃん達を守ってっ!」

「くそっ! ヨシノっ! 早く退()くんだぞっ!」

 ヨシノに頼まれたリョータは、仕方なく洞窟内に向かう。

「シシシ……ここは一旦、援護だな。ジェスキシシ・イーン・サルクシシシシ・フラム・ダルト、キシッ!」

 グンゾウの後ろから洞窟の外を見ていたハイドが、雷電(ライトニング)を放った。

 精霊魔法(エレメンタルマジック)の発動を察知したリンタは、独特の足捌(あしさば)きで(かわ)す。

 ――あの動き……。つくづく厄介。

 その隙にカレン、ヨシノ、ブリセイスが洞窟内に入ってきた。

「今の内に距離を稼ぐぞっ! 奴は洞窟内で仕留めるっ! はあはあ……」

 息を切らしたブリセイスが、グンゾウ達を先に促す。「仕留める」という言葉とは裏腹に、全員逃げるように後退をした。

「俺様を仕留める? くっくっく。せいぜい満足させろよ、雌犬(ビッチ)共っ!」

 その後から不敵な笑みを浮かべたリンタが追ってくる。

 ――躊躇(ちゅうちょ)なし……。これだけの人数差があっても、全く負ける気がしないのか?

 グンゾウは圧倒的な数的優位にありながら、リンタの圧力(プレッシャー)を脅威に感じていた。

 

 

 洞窟の中は曜華(ヒカリバナ)のお陰で、外よりも明るい。

 その薄明るい洞内で戦いは継続する。

 少し稼いだ距離も、躊躇無く距離を詰めてくるリンタに追いつかれる。入り口まで残すところ100メートルという所で、完全に追いつかれた。

「う゛ーーーーーっ! に゛ゃーーっ!」

 鍔迫り合い(バインド)からヨシノが押し負けている。要因はリンタとの体格の差だ。身長差はさほど無いが、身体の厚みが違う。そもそもヨシノの戦いは素早い動作で翻弄するのが持ち味で、力比べになってしまっている時点で良くない。

「この外道めっ! 死ねっ!」

 足が止まったリンタへブリセイスが斬りかかる。しかし、リンタはヨシノの曲刀を弾いた反動で距離を取り、そのまま後退して(かわ)す。

「おっとっとー。そんなに嫉妬するなよ。年増の嫉妬は醜いぜ? んー、ふたり平等に扱ってあげないといけないから、3Pは難しいな。ひゃっひゃっひゃっひゃっ! お前等、奉仕(サービス)精神が足りねーぞっ! 舐めるように仕えろっ!」

「先に出口の敵を片付けるんだっ!」

 ブリセイスがリンタの攻撃を防ぎながら指示をする。

「リョータ、アキ、シムラ、ハイドで出口の敵を片付けてくれ。セシリア様は修師(マスター)お願いします。リンタはブリセイスとヨシノに任せようっ!」

 グンゾウが促すとリョータが渋々と、アキが素直に出口に向かっていく。その後にはシムラとハイドも付いていく。グンゾウもその後を追った。

 

 

 ――くそっ! 想像よりも多いっ!

 洞窟の外へ出たグンゾウが抱いた最初の感想はそれだった。

 目の前に飛び込んできた景色で敵の数は8。オークが2、人間が4、ゴブリンが2。

 ――リョータの鎧が焼けてしまったことがこんなに悔やまれるとは……。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、光の護法(プロテクション)っ! リョータはオーク達、やれるか?! アキとシムラで人間を、ゴブリンは俺がやるっ! その前に、ハイドっ! ぶちかませーっ!」

 逃走中は目立つため控えていた光の護法(プロテクション)。グンゾウはそれを解放した。リョータ、アキ、シムラ、ハイド、そしてグンゾウの左手首に青白い六芒の光が(とも)る。

「やってやんぜーっ! うおぉぉぉーっ!」

 訪れた光の護法(プロテクション)の高揚感で恐怖を消し、リョータがオークに突っ込む。

「ギジジジ……、馬鹿がっ! オークを狙えないだろ……、ジェス・ギジジ……イーン・サルク・シシッ……カルト・フラム・ダルトキシッ!!」

 ハイドが黄色い宝石の付いたメイジスタッフを振るうと、耳を(つんざ)く雷鳴と共に幾筋もの稲妻が、賊の一団を襲った。

 ゴブリン2匹が吹き飛ぶ。生死はわからないが、地面に倒れ痙攣している。

 ――もう一撃……と期待したいところだが、これで精一杯だな……。

 アキは賊AとBを相手に剣と盾を構えた。光刃(セイバー)を使ったのか、剣が青白く眩い光を放っている。非力なアキに十分な攻撃力を与える魔法だ。

 賊Cはシムラが迎え撃つ。賊Cの武器は鉈のような刃物を持ち、シムラより二回りは体格が良い。

 グンゾウは配置を誤ったと思ったが既に戦闘は始まっている。

 グンゾウにも賊Dが目の前まで迫っていた。グンゾウとの体格差はさほど無い。それでも戦棍(メイス)を持った手に力が入った。

 ――こんな最前線に立たされるのは久しぶりだな……。早めに決着してやる。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、……咎光(ブレイム)

 グンゾウの前に現れた光の輪から、七色の光りの渦が放たれる。グンゾウが神官だと油断していた賊Dは咎光(ブレイム)をまともに喰らい、痺れる。

 ――咎光(ブレイム)の有効時間は約10秒っ! その間に無力化してやるっ!

 グンゾウは素早く距離を詰めると強打(スマッシュ)を左の膝頭に打ち込む。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 戦棍(メイス)の柄頭が賊Dの大腿骨を粉砕し、飛び散った骨が皮膚を突き破って飛び出した。血飛沫が飛び散りグンゾウの顔を(あけ)に染める。

 左足が内側に曲がり、倒れこんだ賊D。

 グンゾウは賊Dが既に戦力にならないと判断したが、万が一のことを考えて戦棍(メイス)を振り下ろし、右腕もへし折った。

「悪いな……。」

「おぶぅっ!」

 賊Dは言葉にならない声を出す。オークやゴブリンならいざ知らず、流石に人間の命を奪う気にならなかったが、グンゾウは痛みに呻く賊Dの顔を蹴っ飛ばし、気絶させた。

「次……っ!」

 グンゾウが振り返ると、賊Cがシムラを壁際まで追い詰めていた。あれでは、穴鼠(あなねずみ)で逃げることもままならない。賊Cの振り下ろす鉈が勢いを増し、シムラが防ぎきれなくなる。体格差が大きすぎる。

 シムラに駆け寄るグンゾウ。

「シムラ……っ!」

 グンゾウが声を掛けるのと同時に、シムラが剣鉈を弾かれ、落としてしまう。

「シムラーーーーーーーーっ!!」

 賊Cの剣鉈が振り下ろされる。

 シムラは革の手甲で鉈を受け止めようとするが、そのまま押されて頭に鉈が当たった。

 鮮血が飛ぶ。

 シムラの頭がぐらつき、ゆっくりと横に倒れていく。

 賊Cがシムラにもう一撃、止めの一撃を加えようとする所をグンゾウの戦棍(メイス)が防いだ。賊Cは憎々しげにグンゾウを見ると、今度はグンゾウを相手に攻撃を加えてくる。賊Cはグンゾウよりも体格が良い。

 グンゾウは得意ではない護身法の基礎を思い出しながら、体力を温存して賊Cの猛攻が止むのを待つ。

 ――俺は落ち着けば大丈夫だが、シムラの傷を早く手当しないとまずい。頭部にあれだけの怪我を負っては()()()数分だ……。

 グンゾウはシムラの事が気になり、護身法に集中できない。一瞬気を逸らした瞬間に賊Cの鉈と鍔迫り合い(バインド)状態になってしまう。

 ――しまったっ!!

 賊Cが下卑た笑みを浮かべながら、力任せにグンゾウを押してくる。このまま押し込んでグンゾウを叩き切るつもりだ。

 鍔迫り合い(バインド)状態の賊Cの鉈が、グンゾウの戦棍(メイス)を押す。じりじりと力負けをしている。

 ――まずい……このままじゃ殺られる……っ! それにシムラ……。

 グンゾウは横目でシムラを見ると、シムラの頭から血が流れ続けていた。腕も変な向きに曲がっている。起き上がる気配はない。

 戦況を確認すると、リョータは裸でオーク2匹と戦っていて気が抜けない。ハイドが常に魔法で支援し続けないと危ない。アキも賊2人を相手に防戦していて、シムラを回復する余裕が無さそうだった。

 ――早く……、早くしないと。

 そう思ったがグンゾウだったが、グンゾウ自身が命の危険に(さら)されていた。咎光(ブレイム)を放つ隙が無い。賊Bの鉈は両手でないと防げない。

修師(マスター)カレーーーーンっ! 助けてくれっ!」

 グンゾウが洞窟に向かって叫ぶ。しばらくして、また叫ぶ。3度ほど繰り返した。

「へっへっへ。男が情けなく助け呼ぶんじゃねーよ。このまま大人しく斬られろ……神官さんよぉ」

 賊Cの口が汚物の臭いを漂わせながら動いた。

「くそっ……、面白いなお前……。顔に肛門がくっついてんじゃねーか。屁が漏れるから開くんじゃねーよ」

 グンゾウが悔し紛れに悪態を吐くと、賊Cは怒りに顔を紅潮させ、さらに鉈を力強く押し込んできた。

「……修師(マスター)……っ!」

 グンゾウが呟いた時、洞窟の出口にカレンが現れた。後ろにセシリアを連れている。

修師(マスター)っ!!」

 状況を確認すると、カレンはもの凄い速さでグンゾウに駆け寄り、賊Cの頭部を強打(スマッシュ)で砕いた。迷いが無い。

 脅威から解放されたグンゾウも強打(スマッシュ)を連続で繰り出し、賊Cの左鎖骨と左膝を砕いた。これで立ち上がることはできない。

修師(マスター)カレン、ありが……」

 グンゾウが礼を言っている間にも、カレンはすぐにシムラのもとに駆け寄り、光の奇跡(サクラメント)を唱えた。

 ――恐るべき状況把握能力……。

「ううーん……、あれ……、俺やられた……?」

 シムラがむくっと起き上がり、状況が分からず混乱している。

「シムラっ! 良かった……っ! 具合は悪くないか?」

 グンゾウはシムラに駆け寄ると思わず抱きしめた。

「グンゾウさん……、すいません。助かりました。何があったか覚えて無くて……。あの、グンゾウさんに抱きしめられて、ちょっとだけ気持ち悪いっす。……あっ! 思い出したっ! われっ! 舐めてんのか?! いてこますぞっ!」

 シムラは昏倒している賊Cを見つけると、グンゾウを振り払ってその腹を蹴りまくった。シムラは時に柄が悪い。

 カレンが加わり、数的優位が変わると急に戦況は良くなった。

「おうらぁっ! 輪転破斬(サマーソルトボム)!!」

 リョータが前方宙返りしながら、両手剣(ツヴァイヘンダー)をオークAに叩き付ける。実際は外れて両手剣(ツヴァイヘンダー)は地面に刺さっただけだが、オークAもオークBもその威力を恐れて、一瞬後ろに下がった。

 その隙を()()()が狙う。

「キーーシッシッシッシ、馬鹿リョータ離れろっ!」

 ハイドに言われ、リョータは両手剣(ツヴァイヘンダー)を地面に刺したまま、全速力でオークから離れる。

「ジェスキシシ・イーン・サルクシッシッシ・カルト・フラム・ダルト、キシッ」

 再びの轟音。

 両手剣(ツヴァイヘンダー)を中心に暴威雷電(サンダーストーム)が発動し、オークAとBは共に電撃による損害を受けた。蹌踉(よろ)めいて膝をついている。

 リョータはすぐに引き返すと、両手剣(ツヴァイヘンダー)を地面から抜く動作の流れで、そのままオークAの頭部に叩きつけた。オークが1匹減る。

 

 

 月も隠れた曇り空から、ぽつぽつと雨が降り始めた。

 冷たい夜の雨が疲れているグンゾウ達の体力をさらに奪う。その頃、グンゾウ達は、残り2人と1匹になった賊の一団を全員を地に伏せさせていた。

「ふぅ……」

 カレンが溜め息を吐く。普段から白い顔が今は青白い。ほとんど感情の起伏を表に出すことのないカレンが明らかに疲れた雰囲気を漂わせていた。グンゾウが知っているだけでも光の奇跡(サクラメント)を3回は使っていて、肉体的にも獅子奮迅の働きをしている。

 もちろん全員が疲れ果てていた。日の出から索敵攻撃をし、午後は少し休みがあったとは言え、夕方から出動し、緊張しっぱなしだった。現在の時刻は夜の9時か10時近いだろう。

「いかん。中に戻ってブリセイスを助力せねば。余力あるものはついてこい。セシリア様のことは……アキに任せた」

 カレンがアキをセシリアの護衛役に指名する。

 ――なんか、一瞬迷った?

「はいっ!」

 元々セシリアの傍にいたアキは素直に返事した。

「俺は中に戻るぜっ!」

 リョータが最後のオークBの死体から両手剣(ツヴァイヘンダー)を抜くと、カレンの後に付いていこうとした。

 丁度、その時、洞窟の出口からヨシノが顔を出し、行燈(ランタン)の灯りに照らし出された。とても緊張した面持ちだ。

「ヨシノっ! ……無事だっ……」

 ヨシノに会えて喜んだリョータが駆け寄ろうとする。

 しかし、次の瞬間、全員の時間が凍り付く。

「ご、ごめん、みんな……」

 洞窟から出てきたヨシノの首には後ろから長剣(ロングソード)が突きつけられていた。手首は紐のようなもので、後ろ手に縛られている。長剣(ロングソード)の持ち主は当然リンタだ。

 リンタも無傷ではなかった。左目の上が切れ、血が垂れていた。

 ヨシノは髪の毛を掴まれ、顎が上がっている。この姿勢では、すぐに首を斬られてしまう。

「へっへっへ……、いやー、気性の激しい女との3Pは疲れたぜ……、女は身動きできなくしてから一方的に犯すのが一番だな……。ま、この後、洞窟で転がってる女も回収して、たっぷり楽しむけどな」

 リンタはヘラヘラとしながら減らず口を叩いた。しかし、目は全く笑っていない。何かあればヨシノを斬る心構えが出来ている。

「ふーっ! ふーっ!」

 荒い鼻息。

 グンゾウの隣で、リョータが憤怒の表情をしている。何も考えず、今にもリンタに斬りかかりそうな勢いだ。ヨシノの首に長剣(ロングソード)が突きつけられているため、辛うじて飛びかかりたい衝動を抑えている。

「さて、盲目のガキを渡せっ! そしたら、この女は返してやる。なんなら、洞窟の中の女もだ」

「……もう、……ここにはいない。……先に、……逃がした」

 カレンがゆっくりと嘘を()く。一瞬、アキとセシリアいた方に視線を遣る。

 グンゾウがアキとセシリアがいた場所を見ると、既に2人は暗闇に紛れ隠れていた。

 ――素晴らしい判断だ……。アキ、有能だな。

()()()()()()()()()()()ってんだっ!! 1分毎に、この女の身体を切り刻んでやるぞっ! 早くしろっ!」

 リンタの持つ長剣がヨシノの首に食い込み、僅かな傷を負わせた。表皮が切れ、ゆっくりと血が滲む。

「早くしろってんだっ!」

「シムラ、呼びに言ってくれ……」

 グンゾウがシムラの目を見ると、シムラは頷いてから、その場を離れた。

 ――……狙撃……できるかな?

「くっそ、暇だな。早くしろよー。まあ、俺様は女には優しいからな……、切り刻むと行っても、まずは手始めに鎧から……」

 そう言うとリンタはヨシノの鎧を止めている革紐を斬った。革鎧の胸当が落ちて、肌着姿になる。後ろ手に縛られているため、ヨシノの大きな胸が強調される。

「おーっ! いいねーっ! やっぱ女は鎧なんか着てちゃ駄目だな……。さーて、次はこの服を(やぶ)ってみようかな-、おいっ! お前等も見てーだろ? ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

「ふーっ! ふーっ!」

 リョータの手足がガタガタと震え始める。我慢も限界に近い。

「駄目っ!」

 ヨシノが叫ぶ。

 リンタが訝しげな顔をして、ヨシノの顔を覗き込む。

「ん? 何が駄目なんだ? もしかして恥ずかしいのか? おうおう、いいじゃねーか、そういう女戦士の恥じらいとか俺様の大好(だいこう)……」

「怒っちゃ駄目っ! リョータっ!」

「ああん?」

 リンタが訳がわからないという表情で、呆れている。

「あたしが……、あたしが何されても怒っちゃ駄目っ!」

 ヨシノの目は真剣だった。興奮している様子はなく、母親が子どもを諭すような口調だ。

「あたしがどうなっても冷静に……、隙を狙って、敵を倒すのっ! わかったリョータ?」

 ――なんてことだ……。

 グンゾウはヨシノの死をも恐れぬ勇気に目頭が熱くなった。逆にリョータは泣きそうな子どもような顔をしている。

「だって、ヨシノ……」

「こうなったのはあたしの責任だし、仕方が無いことなの。何が起きてもしっかりして。リョータは……リーダーでしょ?」

 少しの沈黙。そして、リョータがまたひとつ成長する。

「……ああ、わかった……。必ず……、必ずそいつを仕留める。お前を不安にさせてすまねぇ」

 リョータが冷静さを取り戻し、両手剣(ツヴァイヘンダー)を正眼に構えた。その様子を見て、リンタは興醒(きょうざ)めた表情をする。

「はっ! くそつまんねーっ! 俺様はそんな三文芝居を望んじゃいねーんだよっ! おい、くそ雌犬(ビッチ)。次、余計なこと言ったら、……ぶっ殺すぞ」

 リンタはヨシノの髪の毛を強く引っ張ると、左腕でしっかりと自分に抱き寄せた。その分、剣で斬り付けるには少し離れる必要がある。ある意味安全だ。

 ――くそっ! あんな汚い野郎の腕にヨシノを抱かせておく訳にはいかない。何としても打開策を考えないと……。それにしてもふたりが近すぎる……。

 その時、闇夜に身を潜めたシムラはリンタに狙いを絞って、弦を引いていた。しかし、万が一、ヨシノに当たったことを考えると矢が放てない。

「近すぎるでぇ……ヨシノ姉さん」

 それぞれの思惑が交錯し、しかし、一向に事態は前向きに進まない。

 そんな中、動きがある。

 洞窟の出口から、ブリセイスが静かに顔を覗かせた。ブリセイスの髪の毛は乱れ、唇は切れ、鼻血が出ている。立ってはいるが、長剣を杖にして、肩で呼吸をしていた。

 グンゾウと目が合うと、ブリセイスはゆっくり頷いた。

 ――生きてたっ! しかし、ボロボロだな。……俺以外に気付いている人間はいるだろうか?

 グンゾウはカレンの顔を見る。カレンはグンゾウの方を見ない。しかし、グンゾウが見ている目の前で、スタッフを逆手に持ち替えた。

 ――あの持ち手は打ち落とし(ノックオフ)の持ち手だ。ということは、カレンはリンタの長剣(ロングソード)を打ち落とす準備をしているということだ。きちんと確認できないのがもどかしいっ! しかし、ヨシノとリンタを離すのはこれしか方法がない……っ!

「リンタっ! 人質交換の方法について確認したい。セシリア様を差し出せば、ヨシノを離すんだな?」

 グンゾウがリンタに質問すると、リンタは眉を(ひそ)めながら答えた。

「ああ、だが先にあのガキを俺の傍に連れてきたらだ。同等の条件では交換しねぇ……。ガキが俺様の間合いに入ったら、このお嬢ちゃんを解放してやる」

「それでは、俺等が不利すぎる。セシリア様もヨシノも取られたらどうするんだ?」

「うるせぇっ! てめえらに選択権があると思うなっ! この女を失いたくなければ、俺様が決めたルールに、奴隷のように従順に従いやがれっ! ついでに靴でも舐めてーのか、このジジイっ!」

 ――ジジイ……。わー、ショックー。オッサンはあったけどさー、ジジイはないよねー。

 リンタへの殺意を胸に、グンゾウは判断を下す。

「わかった……。いいだろう……。アキっ! セシリア様を連れてきてくれ……」

「おいっ! いいのかよ? オッサンっ!」

 リョータがグンゾウに問う。しかし、視線はリンタから外さない。隙あらば突撃する構えだ。

俺等(おれら)はヨシノを救いたい。……そうだろ?」

「ああ……、まあ、そうだけど……な」

 ――カレンが何も言わない……。ってことは正解なんだ。

 しばらく静寂の時間が流れる。

 そして、セシリアを連れたアキがゆっくりと灯りの下に出てくる。セシリアは今にも泣きそうなくらい顔を歪めていた。

「んだよっ! やっぱいんじゃねーか……。てことは、さっきの坊主頭は俺様を狙ってやがんな。おいっ! 出てこい、禿げっ! 武器は下ろせよ。おら、全員武器を下ろせっ!」

 ――くそ、相変わらず読みが良いな……。

 グンゾウは戦棍(メイス)を腰に戻した。カレンはスタッフを手放していない。

「シムラ……出てきていいぞ……」

 グンゾウが言うと、シムラもゆっくりと出てくる。弓は下ろしている。

「よしっ……。おらっ! ガキをこっちに歩かせろ。ゆっくりだ。転ぶんじゃねーぜ」

 そう言うと、リンタはヨシノを抱き寄せている左腕で手招きをした。

 しかし、セシリアは泣きじゃくって歩こうとしない。アキが何か小声で説得している。

 迫真の演技……ではない。本気の涙だ。グンゾウの狙いを誰にも何も説明していないのだから当然だ。付き添いのアキすら何の確信もない。ただ、今までの信頼関係の中で、グンゾウが何かを策を練っていると信じているだけだ。

「おら、ガキ……っ! さっさとこっちに来るんだ。お前は見捨てられたんだよ。仲間の方が大事だとさ……。おら、早くしろってんだよっ! ぐずぐずしてっと、お前からぶっ殺すぞっ!」

 セシリアはさらに涙を流しながら、とぼとぼとリンタの声がする方に歩いた。

 もうすぐセシリアがリンタの腕が届く範囲まで近付く。

 緊張がどんどんと高まってく。

「いいぞ……。従順な女は好きだぜ。……逆に生意気な女は嫌いだっ!」

 リンタは突然左腕で抱きしめていたヨシノの()()()()()()()と、地面に投げ捨てる。ヨシノの首から噴水のように血が吹き出る。ヨシノは受け身も取れず、顔から倒れた。

 リンタが追い打ちをするために、右手の長剣(ロングソード)を振り上げた。

 カレンが脱兎の如くリンタに詰め寄り、下から打ち上げるように打ち落とし(ノックオフ)を仕掛ける。

 それを予想していたように、リンタはセシリアを左腕で抱き寄せると、いつものように独特の後退をしようと屈む。

 その瞬間をブリセイスが見逃さなかった。全力の袈裟懸(けさが)けでリンタを背後から斬り付けた。部分鎧と鎖帷子(チェインメイル)に守られて、致命傷こそ与えられないが衝撃は防ぐことができない。

「がはっ!」

 リンタが咳き込んで、動きが止まる。そのまま膝を突き、右手に持っていた長剣(ロングソード)を落とした。

「何回使わせるんだ? 光よ、ルミアリスの加護のもとに、光の奇跡(サクラメント)

 カレンがヨシノに光の奇跡(サクラメント)を使い、ヨシノが立ち上がる。顔色は青ざめているが飛び起きたので、大丈夫だろう。

「よしっ! 全員退()けっ!」

 ブリセイスが叫ぶと、全員一斉に走り出す。

「リョータっ! セシリア様を担げっ!」

 グンゾウも叫ぶ。

「おっしゃーーーーーーーらぁっ!!」

 リョータは意味不明な雄叫びを上げると、状況がつかめず唖然としているセシリアの腕を引っ張ると肩に担いで走り出した。

 アキも、シムラも、ハイドも走っていく。

 グンゾウは傷付いているブリセイスの足が止まっているのが気になり、見守っていた。隣にはカレンもいる。

「ブリセイスっ! 君も早く行こうっ!」

 ブリセイスがグンゾウの方を向いて、「わかっている」と口が動いたような気がした。

 しかし、()はしぶとかった。

「うおらぁぁぁーっ! ふっざけんなよ、てめぇらあぁぁぁぁあああーーーーっ!」

 起き上がったリンタがもの凄い速さで前進し、足が止まっていたブリセイスに後ろから組み付く。

 そのままブリセイスは押し倒されて揉み合いなる。

 最終的に持久力が尽きたブリセイスが組み伏せられると、リンタは足下から短剣(ナイフ)を取り出し、ブリセイスの喉元に突きつけた。 

「行けっ! 私のことは置いてっ! 早く行くんだっ! 使命を果たせっ!」

 リンタに組み伏せられたブリセイスが叫ぶ。喉元には短剣(ナイフ)が光る。

「うるせぇっ! 黙れってんだ、この売女(ばいた)っ!」

 その時、洞窟内から複数人の声がし始めた。敵の本隊だ。

 これから何か策を練っている時間は無い。

 このままでは、グンゾウ達は不利な状況に追い込まれていくだけだった。

 グンゾウがカレンの顔を見ると、カレンもグンゾウを見返してくる。

 カレンの顔は眉が下がり、唇が小刻みに震えていた。瞳はグンゾウとブリセイスの間を何度か往復する。グンゾウは、かつてこんなに自信のないカレンの表情を見たことはなかった。

 ――カレンすら、判断に迷っている……。もう、カレンも光の奇跡(サクラメント)を4回も使っている。そろそろ魔法力もきついはずだ……。

「オッサンっ! 今は退()くぞっ! このままじゃ、全滅しちまうっ!」

 リョータがセシリアを担いだまま叫ぶ。

 グンゾウはブリセイスと目が合う。気が付いたブリセイスは、()()()()頷いた。

 ――くそっ! くそっ! くそっ! 無力だ……。俺は無力だ……。

「……絶対助けに来るぞっ! ブリセイスっ! 光よ、ルミアリスの加護のもとに、審判の光(ジャッジメント)

「ブリセイスっ! ルミアリスの加護があらんことを! 光よ、ルミアリスの加護のもとに、審判の光(ジャッジメント)

 グンゾウとカレンの審判の光(ジャッジメント)が周囲一帯を眩しい光の粒子で満たす。

 この密度では、暗黒騎士のリンタはグンゾウ達を追うことができない。

 その七色の光が、これから孤独と恐怖の時を迎えるブリセイスの心を慰めたかどうかはわからない。

 

 

 それから、冷たい雨は強さを増していった。

 暗闇の中、逃走を続けるグンゾウ達は全員無口だった。ただ、ひたすらに基地を目指した。

 体中が痛い。疲れている。それらもある。しかしもちろん、それが沈黙の理由ではなかった。

 使命が困難過ぎた。敵が強すぎた。苦渋の選択だった。そんな言葉達では、何も(あがな)うことはできない。

 本人が望んだこと。

 そう理解しつつも、降り注ぐ罪悪感の雨は容赦なくグンゾウ達の心を削り続けた。グンゾウ達はセシリアを救うため、自分達が助かるため、ブリセイスを置き去りにして逃げたのだ。

 ブリセイスが敵に囚われた。

 この事実は、いつまでも明けない雨空のように、グンゾウ達に重くのし掛かった。

 

 

 




戦争をする。
誰のために? 何のために?
何に縛られることもなく、俺達は自分達の意志で、自分達の敵と戦えばいいっ!
次回「21.誰かのための戦争と、ひとりだけのための戦争」
お楽しみに!


引き続き、モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~
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