廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

51 / 59
頑張ってます……(›´ω`‹ )


21.誰かのための戦争と、ひとりだけのための戦争

「おーい、お前達ー。どうしたーうい、そんな格好で」

 基地の見張りに見つかり、ようやくグンゾウ達は基地に着いたことを実感した。一晩中降り続いた雨も止んで、朝日を迎えた曇天の空。清々しいはずの朝の空気は、グンゾウ達に冷たい。

 立っているのもやっとな程、全員が心身共に疲弊していた。

 本来であれば3時間もあれば辿り着くであろう道を、グンゾウ達は迷いに迷い、明け方近くになってしまった。辿り着けたのが奇跡だ。あまりに道を迂回したので、逆に追手に遭うことがなかった。

 迷ったのは、雨で星が確認できなかったこともあるが、一番の理由は地理を把握していた案内がいなかったからだ。

 ブリセイス。

 彼女は基地に戻れなかった。

 この旅の目的であったセシリアは、ブリセイスとの別れを知り、散々泣いていたが、今はリョータの背中で雨避けの外套(マント)を掛けられて、安らかな寝息を立てて眠っている。背負っているリョータは疲れ果て、大分前からいつもの悪態すら()けていない。

「至急、ラッティー准将に報告したいことがある。側近の者と連絡を取ってくれ。極秘任務を終えてきた」

 カレンが見張りの兵と話をつけている。グンゾウ達は本来の作戦以外で基地を抜けているため、極秘任務に就いていたことが保証されないと基地の中に戻ることができない。

 普段は凜とした立ち居振る舞いのカレンも、今はスタッフにもたれかかっているように見える。否、実際スタッフにもたれかかって立っていた。

「あかん、しんどい。もう疲れたでー」

 そう言いながらも一番元気そうなシムラ。基地の傍にある岩に座った。

「みんな……、ちょっと、ここで休もうか?」

 グンゾウがそう言った瞬間、ハイドが「ドシャっ」という音を立てて、うつ伏せに倒れた。ヨシノがハイドを仰向けにひっくり返そうとして、疲れてできないので諦めた。リョータもへたり込んだ。アキは立ったまま寝ている。本当にみんなへとへとだ。

 ――ブリセイスのことを考えたら、眠る事なんて出来ないな。

 そんなことを思いながら、目を閉じたグンゾウは、一瞬で意識が無くなり倒れた。

 

 

 女性の悲鳴が聞こえる。助けを呼ぶ悲痛な叫びだ。

 ――どこだ? 悲鳴を上げているのは誰だろう?

 必死に探すが見つからない。それどころかグンゾウは自分の居場所すらわからなかった。周りは少しも灯りの無い暗闇だ。

 次に、不快な男の声がする。傲慢で、下品で、人を蔑む響きがある。

 ――ああ、五月蠅(うるさ)い……。

 悲痛な女性の叫び声と不快の男の声。その2つの声が暗闇の中でグンゾウを責め立てる。その内、2つの声は様々な声や音と混ざり合い、()まない眩暈のように、ぐるぐると渦を巻き耳元で響き続けた。

五月蠅(うるさ)い……、やめろ……っ!」

 不快な気持ちで目が覚める。

 うっすらと目を開けたグンゾウ。目の前には見覚えのある天井。天幕の中で寝ていた。微妙な明るさのため時間が分からない。天幕の外からは騒がしい音。人の怒鳴り声や物のぶつかり合う音などだ。

 ぐっしょりと冷や汗をかいて、眩暈がする。

 悪夢の中を彷徨(さまよ)っているような不自由感に身体を包まれたまま、天幕の外へ出た。

 強い日差しが降り注ぐ天幕の外。太陽は中天を少し西に過ぎていた。

「ようやく起きたか……」

 天幕の外にはカレンが立っていた。スタッフを持ち、いつものように凜とした立ち姿で目の前の風景を眺めていた。眼前では兵士達が馬車に荷物を積み込んだり、武器や防具、果ては兵器の準備をしたりと大忙しに動き回っていた。基地内の兵士の数が、以前より明らかに多い。

修師(マスター)カレン……」

「寝ている仲間を起こせ。出発前に集まった天幕に集合だ。戦が始まる」

 カレンは淡々と告げるとグンゾウの戦棍(メイス)を投げて寄越した。ずしっとした金属の重さがグンゾウの手に伝わる。鈍く光る金属の柄頭に乾いた血糊がこびり付いていた。

 ――また戦争なのか……。

 グンゾウは溜め息を吐いた。

 

 

 出発前に集まった天幕の中。出発時とは1人以外同じ顔ぶれが集まっている。

「良くやってくれたっ! 君達のお陰でようやくこの度の戦いに終止符を打つことができる。

君達には追って報酬が与えられるだろう」

 彼はラッティーの腹心のひとりで、年齢はグンゾウに近い。グンゾウ達にお褒めの言葉を授けにきた。悪い人間ではない。名前は聞いたがすぐに忘れた。グンゾウは、心の中で「腹心1号」と呼ぶことにしていた。

 笑顔の腹心1号は上機嫌に話を続ける。

「セシリア様は我々の仲間が既にオルタナにお送りしている最中だ。君達も良ければ、我々の馬車でオルタナまで送ろう」

「え? 帰ってええんですか?」

 シムラが裏声になった。シムラは早くオルタナに帰りたかったのだろう。思わず気持ちが前に出てしまった。

 しかし、グンゾウには浮かれる前に聞きたいことがあった。

「……ブリセイスの救出はどうするんですか?」

 腹心1号は一瞬、不思議そうな顔をする。

「彼女の救出は戦に勝った後だ。彼女は騎士として立派に使命を果たした。彼女の名はオルタナの歴史に名を残すだろう」

「はぁ……、それは……」

 グンゾウは話が噛み合っていないように感じたが、言い返すことができなかった。ブリセイスを失ったのは自分達の未熟さ故だ。その尻ぬぐいを目の前の男に求めるのは、何かおかしい気がした。

 グンゾウが黙っているため、正義感の強いアキが手を挙げて質問する。

「敵からの人質交換要求とか無かったんですか?」

「有った。敵はあろうことかブリセイスとセシリア様との交換を申し出てきた。そんなもの、通るわけなかろう」

 グンゾウの後ろでハイドが「キシシ、やはり……」と呟いた。さらにリョータが口を挟む。

「おいおい、仲間なのに随分冷てーな……」

「冷たい? ブリセイスとて覚悟の上で今回の使命に望んでいる。セシリア様を救い、戦に勝てば、死したとて本望だろう。騎士が望む英雄としての死だ」

「英雄って……」

 アキは納得いかない顔だったが、それ以上言葉を継げず、口元に手を当てながら下を向いてしまった。

「死んだら……、死んだら何にもならないじゃん……っ!」

 ヨシノが小さな声で呟き、頬を膨らませた。優しい彼女が、彼女の心が、今の状況を良しとしているとは思えなかった。

 しばらく沈黙の時間が流れる。

 その気まずさを払拭するように腹心1号が話し始める。

「ともかく君達は自由だ。後は、兵団指令(オーダー)を受けて明日の戦に加わっても良し、このまま今夜馬車でオルタナに帰っても良しだ。戦は明日の朝から始まる。まあ、昼過ぎには凱歌を奏しているがなっ! はっはっはっ! 今夜までにはどうするか決めてくれ。君達は使命を果たした。一旦、オルタナに帰って休んでも恥じることはないと思うぞ……っ!」

 腹心1号が「よしっ!」と手を叩いて話を切り上げた。そそくさと去ろうとする彼を、グンゾウが手で押し(とど)める。

「ご……極秘の救出作戦とかは考えないんですか?」

 腹心1号は少し呆れたような顔をした後、溜め息を吐いた。

「君達の言いたいことは分かる。しかし、これは戦争なんだっ! 1人の命と引き替えに多くの命を危険に(さら)す訳にはいかないっ! ……そもそも君達が彼女を置き去りにしたんだろう?」

 腹心1号は言葉を荒げた後、最後にゆっくりとグンゾウ達の痛い核心を突いた。

 その後は誰も何も言えなくなる。

 ――そう……、これは()()()()()だ。

 

 

 グンゾウ達の目の前には2つの選択肢が提示された。

 ひとつはオルタナに帰ること、もうひとつは戦争に加わる兵団指令(オーダー)を受けること。オルタナに帰れば報酬を得て、しばらくはのんびり暮らせる。逆に戦争に加われば、ブリセイスを救い出すこともできる()()()()()()。あくまでも可能性があるだけだが。

 どちらを選ぶかをひとりひとりで頭を冷やして考えようということになり、リョータ小隊(パーティ)は一旦解散した。

 グンゾウはひとり、自分の考えを整理するために、戦の準備で慌ただしい基地内を散策していた。

「俺はどうしたいんだろうか? ……この歳になっても迷ってばかりだ」

 すると、目の前から見知った顔が歩いてくる。多くの兵士のように目的意識を持った感じではなく、怯えた(ニャア)のように周囲をキョロキョロしながら、ゆっくり歩いている。挙動不審な感じだ。しかし、その体躯(たいく)は野獣そのもの。そして、ふさふさの眉毛。

「おっ! タナカじゃね? こんなところで奇遇だね」

 グンゾウが声を掛けると、それに気付いたタナカはグンゾウの目の前まで来た。目の前に立ったタナカは分厚い石の壁のように偉丈夫だ。それに反して精神面は硝子(ガラス)を超える(もろ)さ。

「あ、ああ、お久しぶり……です」

「お、おう、久しぶり。なんでそんなに緊張してるの? 俺、怖い?」

 タナカは頬を掻き、たまに視線を外しながら、薄ら笑いを浮かべた。

「あ、あの……久しぶりの人に会うと……少し緊張して」

 ――どんだけコミュ障やねんっ!

 グンゾウは心の中でそう思ったが、言葉に出すのはぐっと抑えた。

「どしたの? こんなとこで」

「……双頭の蛇が終わったら、あ、赤蛇隊にいたんだけど……ですけど、終わった後、寂し野前哨基地で少し稼いでて……、まあ、そんな感じで」

「は? 良くわかんねーんだけど?」

 グンゾウの少し苛ついた感情が言葉にこもってしまう。タナカは少し怯えた様子で狼狽(うろた)えた。体と心の強さが全く比例していない。

「あ、ごめんごめん。えっと、寂し野前哨基地にいたことと、今この基地にいることの繋がりが全然わからなかったのさ」

「あ、ああ、えーっと、兵団指令(オーダー)があって。明日からの戦争に加われば、1日1ゴールドっていう……。食料や生活雑貨も支給されるからいいかなって……」

「おおっ! そうなのか。いやー、そうかそうか、タナカが加わってくれればなんだか頼もしいな」

 グンゾウはタナカの肩を叩こうと思ったが、届きづらいので丸太のような二の腕を叩いた。筋肉馬鹿(リョータ)よりはちょっと細い。

「あー、んじゃ、明日の戦争頑張って。タナカなら1人でも全然大丈夫だろうけど……」

 グンゾウが別れの挨拶をすると、タナカはまだ話したそうにグンゾウの前に手を出して(とど)める。

「ん? どした?」

 グンゾウは怪訝そうな顔でタナカを見上げる。人の目を真っ直ぐ見られないタナカは目を()らした。今度は頭を掻きながら呟く。

「あ、いや、その……グ、グンゾウさんは何で?」

「ごめん、言えないんだ。戦争とは別の兵団指令(オーダー)でね」

「あ……そうなんすか……。……ちなみにアキさんは一緒に……?」

 タナカはグンゾウから目を()らしたまま、こっそりと一番聞きたかったことを聞いた。

 ――(とど)めた理由はそれか……。

 

 

「おっ! タナちゃんじゃーんっ! もぐもぐ……どったの?」

 リョータ小隊(パーティ)が寝泊まりしている天幕の前。樽の上に腰掛けていたヨシノがその長い右腕を空に目がけて伸ばした。腕から真っ直ぐに伸びた背筋が綺麗な弧を描く。左手には何かパンのような食べ物を持っている。

 隣ではリョータが両手剣(ツヴァイヘンダー)を素振りしていた。それだけは真面目なのか、リョータの素振りは日々速くなる一方だ。

「お、……おぉぉぉ……お……」

 女の子に話しかけられて完全に言葉にならないタナカ。中途半端に挙げた手が腰の辺りで止まっている。しかも若干震えている。どういう成長をしたらこんなに体と心が不均等(アンバランス)に育つのだろうか。グンゾウは不思議でならなかった。

「あん? お、眉毛じゃん。なんでこんなとこにいんだよ?」

「お、おおう、おう、まあ、な」

 タナカはリョータに対してなら緊張せずに話せるようだ。それでも饒舌(じょうぜつ)ではない。キョロキョロと広い視野で周囲を確認するタナカ。その優れた目にも死角はある。

「あれ? もうみんな集まってたんだ……」

 ――来ちゃったか……。

 グンゾウとタナカの後ろからアキの声がする。アキの姿を見ないまま、タナカが「うぉ……」と声を出して固まった。

 アキは水浴びをしてきたのか、髪の毛が濡れそぼり、片側(ワンサイド)にまとめていた。鎧は脱いでいて、白い襟付きのシャツを着ている。飾り気は無いが、それがアキの清楚さを際立たせていた。

 ――はわー、可愛いー。色白小顔薄顔垂れ目……たみゃらん……。

「アキちゃん、タナちゃんが来てるよ。ふっふふふ……」

 ヨシノはタナカの気持ちに気付いているのか、愉快そうに笑う。それを聞いたアキは特に表情を変えることなく、通りすがりにぺこりと頭を下げて挨拶をした。

「ほんとー? あ、こんにちわ。久しぶりですね」

 タナカは動かない。それどころかアキと目を合わせることもなかった。口がぱくぱくして、半分魂が抜けている。

 ――死んだ……、こりゃ、全然駄目だな……。よしよし。ふふふ。

「またね、タナカ君……。打ち合わせは(なか)だよね? 私、決めたよっ!」

 アキはタナカの様子をちらっと不思議そうに見た後、何やら決心をしたように勢い良く天幕の入り口に飛び込んで行った。

 ヨシノがその様子をニヤニヤと眺めている。リョータは関心が無さそうだ。

 アキの姿が天幕に消えると、硬直が取れたタナカは大きな息を()いた。

「はああああぁぁぁぁぁ……、緊張したっ!」

 ――生き返ったっ!

「じゃあ、タナカ。そういうことで、約束通り、また後でな」

 グンゾウはまたタナカの太い二の腕を叩くと天幕に向かった。ヨシノとリョータもグンゾウの後を追う。

「は、はい。あ、あの……、グンゾウさん、あ、ありがとうございました」

 タナカはグンゾウに対してぺこりと頭を下げると、兵士達の雑踏に消えていった。

 

 

 天幕に入るとリョータ小隊(パーティ)の面子は揃っていた。居ないのはカレンのみ。

「おせーな、あの金髪眼鏡。さっさと話し合い始めちまうか?」

 リョータの大胆な発言がグンゾウを震え上がらせる。

「おいっ! なんて口を利くんだっ! そんなのカレンに聞かれたら殺されるだろーがっ! ……俺がっ!」

「オッサンが殺される分にはいいじゃん。俺にはなんも被害ねーし、はわわわわわ……」

 リョータは欠伸(あくび)をしながら、のんびりと構えていた。グンゾウだけがひとりで怒っている。

「それよりも師を呼び捨てにすることを後悔した方がいいのではないか?」

 突然、鈴の音のような美しいソプラノの声がして、カレンが天幕の入り口に現れた。グンゾウと一緒にリョータの身体がビクッと震える。本能的にはリョータもカレンが怖い。

「カ、カレン……(マスター)カレン……これはですねー、えーっと……」

「よいっ! その件は後で片を付ける。それより貴様達に客を連れてきた」

 ――後で片付けられるぅぅぅぅ……、ん? 客?

「入ってこいっ!」

 カレンの声に導かれて、頭巾(フード)付きの外套(マント)に身を包んだ黒ずくめの人物が天幕へ入ってくる。

 リョータ小隊(パーティ)の全員の視線が黒ずくめの人物に集中する。

 その人物は、天幕に入ってくると(おもむろ)頭巾(フード)を取って美しい姿を現わした。

 頭巾(フード)の奥から、素直で(つや)やかな長い黒髪が流れるように広がる。豊かな黒髪の下に真珠のような白い肌。真珠白(パールホワイト)の額に凜々しい眉毛と、その下に切れ長の大きな目があり、長い睫毛が(またた)く。そして、印象的な強い眼差し。

 その強い眼差しが、リョータ小隊(パーティ)を見詰めた。睨んだ訳ではないだろうが、美人の特徴なのか、そのような印象を受ける。

「ヴェ、ヴェール?!」「ヴェールちゃん?」「ヴェールっ!」「ヴェール……」「ヴェ、べっぴんさんっ!」「シシシシシ……」

 リョータ小隊(パーティ)はそれぞれにヴェールへの驚きを口にした。

「なんで……ここに居るんだ? 君は敵側に潜入していたはずじゃ……?」

 グンゾウがヴェールに疑問を投げかけた。ヴェールは前髪の無い長髪(ロングへア)をかき上げながら返事をする。その仕草が魅力的過ぎて、グンゾウは心臓が大きく鼓動した。ヴェールの身体から何か男を惑わず物質が浮遊しているとしか思えない。

「そうだ。今も敵側の伝令として人質交換の書簡を届けにきた。なので、そこまで長くは留まれない。こちらにも内偵者がいるからな」

 強く芯の通った美しい声。その美しく強い声が端的に物事を伝えてくる。

「ヴェールちゃん、あの晩、すごかったねー、あたし死ぬかと思ったよー」

「あっ! そだ、てめぇ、よくも俺様のヨシノを殺そうとしたなっ! (ちち)揉むぞっ!」

 ヨシノが襲撃の晩、始まりの夜のことを話すと、リョータが思い出したように吠えた。

 ――(ちち)は関係ない。

「殺すつもりなら既にヨシノは死んでいる。当然手加減していた」

 ヴェールが眉ひとつ動かさずに答えた。ヨシノが「うー、ちょっとへこむぅー……」と言ってしょんぼりとした。

 ――槍装備のヨシノに手加減って、どんだけ強いんだよ……。

「ところで、あたしはリョータ()ではないんだけど? まったく……、リョータのポンポコナスっ!」

「ポンポコナスっ?! それはオタンコナスなのかっ?! それとも、ポンコツなのか?!」

「うーん……、どっちも?」

「どっちもっ?!」

 ヨシノとリョータがいつものじゃれ合いを始める。

 ――ポンポコナス……。

「しかし、キッカワもヴェールに会いたがってるで、きっと」

 そんな中、シムラがニヤニヤとしながら言うと、元々暗いヴェールの表情が一瞬暗くなったように見えた。シムラは何故かヴェールを呼び捨てだ。度胸がある。

 ――あれ? なんか、まずい話題なのかな? そう言えばあの晩に「キッカワはもう居ない」とかなんとか言ってたような?

「昔話はそれくらいにしたらどうだ?」

 カレンが睨むような目付きでグンゾウ達の会話を制した。怒っている訳ではないが、眉間に皺がある。

 ――あれ位の皺ならまだ怒ってないな……。

 最近グンゾウはカレンの眉間の皺の深さで機嫌の良さを判定していた。カレンは機嫌が()()の時でも眉間に皺がある。そして機嫌が()()時は眉間の皺が一切無い。これは余りないことだが、ヨシノと話している時は比較的眉間に皺が無いことが多いのをグンゾウは気付いていた。

 ――笑ったら、きっと可愛いと思うんだけどな……。

「カレンさんは……、どうしてヴェールをここに連れてきたんですか?」

 アキの質問にカレンの右眉毛が上がった。どうも本質を突いた質問のようだ。

「……貴様達の今後の判断に影響がある情報をもたらすからだ。ヴェール……、貴様が潜入している組織の話をしてくれ」

 カレンがそう言うと、ヴェールの暗い表情が少し和らぎ話を始める。

「ああ……。私が居るのは『ザムーンインザクラウド』という組織だ」

 ――ザムーンインザクラウド……初めて組織の名前を知った……。

「反アラバキアを標榜している組織だが、実態は反辺境軍といった趣が強い。その証拠に天竜山脈より南には興味が無いようだ。組織の首領はシャトウと呼ばれる男であまり表に姿を現さない。直接会えるのは幹部のみで、私も直接面会したことはない。組織No.2のミーリアが護衛に付いていることが多く、無理に会おうとすれば命と引き換えだ……」

「へー、あのミーリアちゃんってヴェールちゃんより強いの?」

 ヨシノが早速「ちゃん」付けでミーリアを呼んでいる。ヴェールは全く表情を変えずにヨシノの方を向いて、「ここにいる全員で立ち向かってもかすり傷一つ付けられないだろう」と言った。

「ははは……へこむー……」

 ヨシノが項垂(うなだ)れる。アキが慰めるようにその肩を抱いた。ヨシノはここにきて自分より強い敵ばかりが現れてへこんでいるようだ。しかし、その目はどこか嬉しそうだった。

 ――ヨシノがああいう目をしている時は乗り越える気満々の時なんだよな……。

「『ザムーンインザクラウド』は元義勇兵や辺境軍のあぶれものの集まりを中心として、内部紛争で負けた灰色エルフやオークの一部の氏族、ゴブリンの一部等の亜人種も取り込んで相当多くの戦力を抱えている一大勢力だ」

「なんなんだそりゃ? 何が目的なんだ?」

 リョータが思ったことを聞いた。やはりヴェールは全く表情を変えることなく、つまり飛びきりの美人のまま淡々と答える。

「私のような新入りでは組織の目的を探ることまてはできていない。ただ……、多くの戦力を抱える理由は明白だ。辺境を生き抜くには力がいる。旧ナナンカ王国領にしろ、旧イシュマル王国領にしろ、自然は過酷でおまけに勢力図は一枚岩ではない。様々に入り乱れる勢力均衡(パワーバランス)の中で、戦力を持つことは生き残る上で重要だ。それを行使するか、しないかに関わらずな……。実際、ザムーンインザクラウド以外にも『フォルガン』と呼ばれる似たような組織も存在している」

 ――フォルガン……。聞いたことないな。

「それにしては、そのシャトウって首領は、オルタナに攻め入ってまで誘拐したセシリア様は奪還され、戦争でもそろそろ追い詰められそうで、何だか今回の行動は意図が読めないな」

 グンゾウは首を(かし)げる。視界の先でハイドが鼻くそをほじって、リョータの服に付けていた。グンゾウは見なかったことにする。

「首領のシャトウは目的に対して無駄な行いはしない男だと聞いている。今回の行動にも何らか意味があったと考えるのが妥当だ」

 ヴェールがそう言い放つ。ヴェールの声は意志の強さを感じる美しい声だ。

 何も分かっていないリョータ小隊(パーティ)は全員黙った。

 そんな空気をカレンが破る。

「奴等が提示した人質の交換期限はいつになっているのだ?」

 リョータ小隊(パーティ)の全員がヴェールの方を一斉に向いた。

「明日の正午」

 ――明日の正午……。辺境軍が朝に総攻撃をかけるとして4、5時間……。その間はブリセイスは生かされている可能性があるということか……。

「ブリセイスは……、どうなってるか?」

 皆が知りたかったが、聞けずにいたことをカレンが聞いた。天幕内に雷電(ライトニング)のような緊張が走る。全員おしゃべりを止めて無言になる。

「……生きているはずだ。……よく、……頑張っていた」

 ヴェールは誰とも視線を合わさずにそう言った。相変わらずの冷たい口調だが、グンゾウ達のために言葉を選んだ。ヴェールは以前と違い、どこか血の通った人間らしさを感じさせた。

 

 

「だあぁぁらあぁぁぁ、明日の朝にはどこに捕らわれているかわかんねーんだから、救出もくそもねーだろっ! よく考えろっ! ぼけっ!」

 リョータが怒鳴り声が天幕の中に響く。

 誰に向けてか。その相手はアキだった。

 ふたりはブリセイスの救出に関して口論をしていた。

 リョータは噛みつかんばかりにアキに詰め寄り、ふたりの距離は普段では考えられないほど近い。身長差分だけ離れている位だ。

 今後、リョータ小隊(パーティ)としてどうするかを話し合い始めてから口論は始まった。

 アキはブリセイスを救出するためにリョータ小隊(パーティ)は独自に動くべきだと主張していた。それに対してリョータは闇雲に動いても仕方ないため、オルタナに帰るか、戦に参加してブリセイス救出の機会を探すかすべきとの主張だ。

「で、でも……、戦争が終わる頃にはブリセイスは殺されているのよ。それじゃあ、あまりにもあまりすぎる。私達が弱かったせいでブリセイスは捕まった。それなら助けに行くべきじゃないっ!?」

 珍しくアキが強い口調でリョータに食ってかかっていた。眉間に皺が寄り、少し垂れた目元が今は(けわ)しい。リョータの圧力に負けじと、両腕を広げて主張している。

「ヴェールですら既にブリセイスの居場所が把握できないのでは、迂闊(うかつ)に動いても小隊(パーティ)を危険に(さら)すだけだ」

 外野を決め込んで、樽の上に座っていたカレンが珍しくリョータの肩を持つ。カレンの言う通り、ブリセイスは当初グンゾウ達が襲撃した神殿の遺跡に監禁されていたが、その後は場所を移され、今はヴェールも居場所を知らない。

「……っ!」

 アキはカレンの発言に反駁(はんばく)することができず、唇を噛む。そんなアキを(かば)うように、ヨシノがリョータとの間に割り込んだ。

「ふたりして、そんなにアキちゃんを責めることないでしょー。アキちゃんはなんとかブリちゃんを救いたいって気持ちなのよ……。なんでリョータはそんなに優しくないの? この、ヒトデナスっ!」

「ヒトデナスっ?! それはオタンコナスなのかっ?! それとも、人でなしなのか?!」

「どっちもっ!」

「どっちもっ?!」

「あぁぁ、あかんで、みんなそないに喧嘩したら……。仲良ーせな……っ! 怒っちゃやーよったら怒っちゃやーよっ!」

 その場の険悪な雰囲気に耐えられなくなったのか、シムラがびくびくしながらヨシノとリョータの周りを怯えた犬のようにうろうろとし始めた。

「うっせぇ、禿()げっ!!」

「は、禿()げちゃうわっ! 坊主やっちゅーねんっ!」

 リョータとシムラまで主題(テーマ)と関係のない口論を始めた。ハイドは騒音の中も、ぶひぶひ言いながら寝ている。

「もうっ! とにかくブリセイスを救うために私達ができる限りのことをするべきよっ!」

 アキが手近にあった木箱の上を両手で叩いた。

 堂々巡りの口論と緊張の沈黙が続く天幕の中。リョータ小隊(パーティ)が真っ二つに崩壊をしそうな時に、調整役のグンゾウは何も発言をしない。それどころか、その場の議論に関心を払うこともなく、天幕の隅でひとりブツブツと呟きながら地面に図を書いていた。

「だから……、しかし、そうすれば……。でも、その場合……んー……不安だ……あっ!」

 グンゾウは突然顔を上げると、ヴェールに話し掛ける。

「ヴェール。君とリンタはどっちが強い?」

「五分五分だ」

 ヴェールは感情のこもっていない美しい顔で答えた。

「五分五分ね。……上出来だっ! それならイケるかも?」

 グンゾウは顔を(ほころ)ばせた。それを見付けたカレンがグンゾウに問う。

「グンゾウ、思案が(まと)まったなら、この騒がしい内輪揉めを()めよ。内容次第では、先の件、見逃してやっても良いぞ」

「それはついてる。よしっ! 聞いてくれ、みんなっ! 作戦を実行しようっ!」

 グンゾウが全員に声をかけると、リョータ達の口論が止まる。

 リョータの両手が、ムラの頬を思いっきり横に引っ張ったまま止まった。

「よっしゃーっ! オッサン、(ようや)く頭使ったかっ!」

 そのリョータの手をヨシノとアキがふたりがかりで頬から外そうとしていたが、それはそれで痛い。シムラは涙を浮かべている。

「いへへへへへ、いはいっちゅーへんっ! 離してひゃーっ!」

 そのシムラの叫び声が五月蠅(うるさ)かったのか、ハイドが「ぶひっ!」と声を出して起き上がった。

 

 

 グンゾウは天幕の一番奥まで歩くと、そこにいる全員を見渡した。

「みんな聞いてくれ……」

 グンゾウが声調を落とした声で話し出す。

「もう聞いてるよ……てっ!」

 リョータが悪態を吐いた瞬間、カレン、ヨシノ、アキの3人に装備で叩かれる。ヴェールは溜め息を吐いた。女性陣に総スカンを喰らっている。

 グンゾウは気を取り直して、話し始める。

「みんなも知ってる通り、明日は戦争だ。辺境軍はオルタナの市民のために、ザムーンインザクラウドと戦う。……けど、明日ブリセイスのために戦ってくれる人はいない」

 リョータは下を向く。別にグンゾウはリョータを責めている訳ではないし、リョータが悪いとも思っていない。リョータもリョータなりに小隊(パーティ)を無駄に危険に(さら)したくないと考えた結果だ。それはカレンも認めている。

「ブリセイスとは出会って数日しか経っていない。短い間だったけど、でも俺達は仲間だった。そして今も仲間だ。俺達は仲間は放っておかない」

「グンちん、カッコイイっ!」

 ヨシノが褒める。グンゾウは照れを隠すように手を振って否定した。

「俺は格好良くなんてないよ。俺は弱い。そして、俺達は弱い。すごく弱い。だからブリセイスの献身的な犠牲がなければ助からなかった。カレンが居なかったら多分ヨシノも失っていた。リョータなんて2回も死んでた。俺だってどうなっていたかわからない。敵はそれくらい強い。だから、……すごく怖い」

 リョータもヨシノも真剣な表情をしている。死への恐怖は前線で直接敵と渡り合った彼等が身をもって味わっていた。

 ここでグンゾウは語調を強めて、はっきり言う。

「でもきっとブリセイスは、今もっと怖い思いをしていると思う……っ!」

 グンゾウがヴェールを横目で見ると、彼女は床に座ったまま、地面を眺めていた。垂れた髪が邪魔をして表情は伺えない。

「だから、俺達は明日ブリセイスを救うために戦おうっ!」

「グンゾウさん……。私、すごく嬉しいです。私、やりますっ!」

 アキが潤んだ瞳でグンゾウを見詰める。目の端から涙が零れ、鼻の頭がほのかに赤い。白い肌に赤みが目立つ。

 ――嗚呼、泣かしちゃった……。でも可愛い……。

「あたしも、あたしもーっ!」

 ヨシノが左手を挙げて、跳びはねる。それにシムラとハイドも乗っかる。

「俺もやるでっ! 大丈夫だあっ!」

「シシシシシ、まあ、天才の僕がいないと始まらないしな……キシシっ!」

 最後はリョータだ。リョータは仕切られて不機嫌そうな顔をしている。しばらく黙っていたが、その内、頭をワシワシと掻いてから、低い声で呟く。

「まあ、オッサンがどうしてもってーなら、乗ってやらねーこともねーわ」

 これでリョータ小隊(パーティ)の方向性が決まる。

「具体的にはどうする? 策があるのだろう?」

 カレンが静かな声でグンゾウに尋ねた。それを首肯(しゅこう)して受け止めたグンゾウはカレンと同じく静かな声で伝える。

「ある。でも、それは大きな危険を伴う。……申し訳ないが、みんなには覚悟をして欲しい……」

 グンゾウはもったいつけるように、一呼吸置いた。リョータ小隊(パーティ)の注目がグンゾウに集まり、緊張が高まる。

 

「明日、俺達は辺境軍を裏切る……っ!」

 グンゾウの発言に、そこに居た全員が唾を飲み込む。

「セシリアとブリセイスを交換するんだっ!」

 

 




始まった戦争。交錯する思惑。裏切りの戦場。
大きな戦いの渦に飲み込まれ、グンゾウ達はどう足掻くのか?!
信じている全てが君を裏切るっ!
次回「22.それぞれの戦場」
お楽しみに!


引き続き、モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~


(›´ω`‹ ) アンチは萎えるわー
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。