廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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え? 次話投稿までに半年かかるなんて某ジャンプの漫画家のようだって? ( ゚Д゚)y─┛~~ 知らね……。

いや、嘘です。待っててくれた人がいたらごめんなさい……、少し今の役職に慣れてきました。無限の成長力。


22.それぞれの戦場

「えっ?! なんでっ?!」

 戦争の朝。起き抜けからのグンゾウの素っ頓狂(すっとんきょう)な声が朝の静寂(しじま)を乱す。目の前の景色に、寝ぼけ眼の低血圧が一気に上がった。

「いや、なんでって言うか……、今日は戦争やし、ここ一発気合い入れへんといかんかなって……イケるところまで、イキましたっ!」

 シムラが勢い良く頭を撫でると、そこには青みがかった肌色の球体があった。東の空から今まさに昇り始めた太陽が反射して輝く。シムラの屈託の無い笑顔と輝く頭皮が眩しい。

「あかんかったですかね?」

 シムラが上目遣いでグンゾウを覗き込む。

「ああ、いや、あー……、そ、そう……か、まあ、さっぱりして、いいんじゃないかな……。すぐ()えるし」

 

 

 何が起きているか。

 夜明け前の早朝から天幕(テント)の前に集まったリョータ小隊(パーティ)

 ハイドを除くリョータ小隊(パーティ)が起きて集まったところ、昨晩寝る前と違い、シムラの頭がつるつるのスキンヘッドになっていた。今までも髪の毛が長かったことはないが、五分刈り程度で坊主頭の少年といった程度だった。今回は本当につるつるだ。五厘もない。というか、髪の毛が無い。

「シムちゃんまじうけるーっ! つるっつるしてるねーっ!」

 早々に出発の準備を済ませたヨシノが、楽しそうにその頭皮を指先で撫でた。その指先に伝わるチクチクとした刺激に、笑顔を浮かべている。ヨシノにべたべたと頭を触られて照れるシムラ。その様子が気に入らないリョータは不機嫌そうな目でそちらを見ると、

「馬鹿だな……この馬鹿っ!」

 と言い捨てた。

 すっかり早起きに慣れたアキは既に装備を整え、さっきから口に手を当てて必死に笑いを(こら)えている。その姿がアキの控えめな性格を反映していて可愛らしい。

 そして、雷帝ハイドはまだ起きていない。相変わらずだ。

「次、不敬な行いをした場合の罰はあれだな……」

 カレンが物騒なことを呟きながらグンゾウの傍を通りすぎた。

 グンゾウは慌てて、その後ろ姿に向き直る。

「え? それ、俺っすか?! (マスター)、それ、俺のことっすか?!」

 グンゾウの質問を完全に黙殺して、カレンの小さなお尻をぷりぷりさせながら、無言のまま遠ざかっていった。

 

 

 ようやく起きたハイドが()()()()と背嚢の中身を確認している。とことんマイペース。本来は素直な直毛だが、今朝は凄まじいまでの寝癖がついている。静電気を帯びた子どもの髪のようだ。

「早くしろっ! このキモオタっ!」

 リョータが悪態を吐いている。手が出ないのでまだ良い方だ。

 ハイドの準備を待っている間、ヨシノは完全武装のまま体の動きを確認していた。

 そのヨシノの視界に見知った兵士が目に入る。

「リョータぁ……、あれって()()()()()()?……」

 ヨシノがリョータの腕を掴んで、少し離れた場所を指差す。その指が示す先では、何人かの兵士が戦争の準備をしながら話し合っていた。

「おいおい、どうした、ヨシノ? ()()()()()()だけじゃわからねーぞ」

 ヨシノから触られて、機嫌が戻ったリョータ。満面の笑みを浮かべながらヨシノが指差す先へ目を遣った。その弛緩した目が、一瞬で不愉快な目へ変貌を遂げる。ガンを飛ばすヤンキースタイル。

「けっ! ()()()()()()か。あんな()()まで連れて来てんのかよ……っ!」

 リョータの怒気に気付いたグンゾウや他の仲間も、その方向を見る。皆、()()の示す対象に気付いた。

「ああ、()()()()()()ね……。もう殴っちゃ駄目だぞ」

 リョータが()()と言ったのは、天望楼警備の兵団指令(オーダー)を受けに行った際、詰所で最初に応対した兵士だった。義勇兵を愚弄しまくった結果、リョータに殴られ、気絶させられた兵士だ。

 あの時のリョータの暴挙を思い出して、グンゾウは胸が詰まるような緊張を覚えた。一歩間違えれば全員牢屋行きだ。オルタナの文化水準を考えると、牢屋暮らしは健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が満たされるとは思えなかった。

「相当、ポンコツまで駆り出してやがんな……っ! 辺境軍も終わってんぜっ!」

 リョータは腹立たしげに装備の革帯(ベルト)を締め直しながら言った。

「彼等は、なんだか他の隊より準備が早いですね」

 アキは不思議そうにその兵士達のことを眺めていた。白い金属の鎧に包まれたアキは、さながらひ弱な女の子が大活躍してしまう非現実的な妄想(ファンタジー)に出てくる女性主人公(ヒロイン)のようだ。この暴力と権力が全てを支配するグリムガルでは、ただの非力な聖騎士にすぎないのが悲しい。

「そう言えば、あいつ……」

 グンゾウが思い出したことを口にしようとすると、

「今は関係ないことを喋っている暇は無い。辺境軍より早く動かねばならないのはわかっているのだろう?」

 グンゾウの言葉を遮るように、カレンが現れた。カレンは銀白の頭巾(フード)付き外套(マント)に身を包み、外からは明確に個人が特定できない。頭巾(フード)から漏れる金髪と、尖った小さな顎が見えるだけだ。

「これは貴様が持っていろ」

 そう言ってカレンは装飾が施された金属製のスタッフをグンゾウに投げて寄越した。グンゾウの手に収まると先端の飾りがシャラリと涼しげな音を立てる。

「何も持たなくて、護身術はどうするんですか? (マスター)

 グンゾウが訊くと、返事の代わりにカレンは腰の辺りから伸縮式のショートスタッフを抜いた。勢いを付けて振るとショートスタッフが一瞬にして伸び、軽い金属音を立てた。

「はあ……なるほど……」

 グンゾウは納得して頷く。カレンはそのショートスタッフを再び短くすると腰の辺りにしまった。その腰にどこかで見たことのある六条鞭がチラリと覗く。

 ――なんとっ! 六条鞭(あれ)は常時携行なのか……っ!

 焦りと僅かな喜びが心に芽生え、(ひと)り変な汗をかくグンゾウだった。

 

 

「じゃあ、みんな行ける?」

 グンゾウの視線にリョータ小隊(パーティ)全員が無言で頷いた。

 グンゾウとカレンは、ラッティー准将の腹心1号ことマルコに単独行動の許可を事前に取っていた。そのため、戦争前で緊張が漂う基地を円滑に出発することができた。

 マルコは理解の良い男で、カレンとグンゾウの作戦を聞いて、彼ができる最大限の()()をしてくれた。

 「辺境軍を裏切る」と宣言したグンゾウだったが、それは言葉の通りではない。あくまでも敵側に「辺境軍を裏切って、セシリアとブリセイスの交換を持ちかける一派がいる」と思い込ませるということだった。

 理由はわからないが、敵側はセシリアの確保に高い優先度を見出している。ならば敵側にブリセイスがセシリアとの交換価値があると誤解させ、ブリセイスを殺させないようにすることをグンゾウは思いついた。少なくとも戦争が始まっても、ブリセイスを殺すという判断が下るまで、時間が稼げるかもしれない。戦争開始から1時間も稼げれば、救出の可能性があるかもしれないと考えた。

 この作戦にはもうひとつ利点(メリット)がある。人質交換をする場所が相手からもたらされるため、ブリセイスの監禁されている位置を特定できるという点だ。行方不明になっているブリセイスを敵自身が連れてきてくれる。

 そのために上手く立ち回る最重要人物はヴェールだ。敵に悟られぬよう、上手く偽情報を信じさせる、信じるに至らなくても疑心暗鬼にさせる程度には誘導する必要がある。一歩間違えれば、あの美しい首が飛ぶ。

 ヴェールには、裏切り者達ことグンゾウ達からの情報を敵側に伝達してもらうと共に、ブリセイス救出の手助けをしてもらう。事の成否は、組織における彼女の信頼性がもの言うだろう。

 さらにヴェールへ、今日の戦争に関する情報を組織に流すように指示をした。既に他の密偵からも情報が伝わっているだろうが、ヴェールから裏を取る形で情報が敵側に流れる。彼女の信頼は上がるだろう。少しでも作戦成功の確率は上げておきたい。

 次に、交換の時に必要な偽の人質である。セシリアの替え玉はどうするか。

 それは……。

「いつもながら、貴様の不敬には感動すら覚える」

 彼女は今、頭巾(フード)を目深に被り、頭巾(フード)から(こぼ)れる金髪が見える程度だ。おまけに色白で小柄。

「恐縮です……。昨夜はこの作戦で死んだ方が楽かも知れないと思いながら寝ました」

 セシリアは小柄色白で金髪の少女だ。敵も幹部が出てこない限りはその程度の要素しか知らないと想像された。幹部は戦争の対応で手一杯だろう。つまり見た目の大まかな要素さえ合っていれば良い。

 その程度でよければリョータ小隊(パーティ)には適任者がいた。

 小柄色白で金髪眼鏡のドSと言えばカレンだ。眼鏡とドSは余計だが。

 つまり、グンゾウはカレンをセシリアに見立てて人質交換の場所まで進もうと考えた。

 (つたな)い理を繋ぎ合わせて、なんとか立てたブリセイス救出作戦だった。成功する確信なんて少しもなかったが、グンゾウ達はその(つたな)い理を信じて心を決めた。

 

 

 丘の上を駆けた風が、右から左へ、左から右へと草原の緑を揺らす。

 その風は草の絨毯に波模様を作っては消えていった。

 平和な時であれば、お弁当箱等持って遠足するのに丁度良い場所だろう。

 だがそうではない。

 ザムーンインザクラウドから指示された人質交換の場所へ向かう途中、丘の上から眼下に広がる草原が見えた。

 太陽は明るさを増し、完全にその姿を東の空に現わしていた。

 あと1時間もすれば戦争が始まる時間だ。周囲には両陣営の偵察が潜んでいるが、双方にグンゾウ達の存在は知れている。そのため、特に移動をさまたげられることはなかった。

「あそこが今日の戦場なんですね……」

 その平地を眺め、立ち止まったアキが言った。胸の前で握り締めた手が表すアキの不安。

 その不安を解くように、グンゾウはアキの肩に優しく手を置いた。

「急ごう……、ブリセイスが待ってる」

 女心の分からないグンゾウにはこれが限界だった。

「……はいっ!」

 少しの沈黙の後、力強い返事をしたアキはグンゾウに向き直ると、垂れた目の上にある眉毛をきゅっと寄せて、凜々しい顔になる。そして、甲冑の重さを感じさせない軽い足取りで前に歩み始めた。

 

 

 グンゾウ達が通り過ぎてから1時間もすると、その草原には両陣営の兵士達が集まっていた。両陣営とも丘を背に平地戦の構えだ。

 辺境軍の正規兵は騎馬兵が10~20騎程に、長槍を装備した歩兵が70~80人程の2小隊だ。反攻部隊の半数が集まっている。正規兵は2列の横陣を敷いて、整列していた。残り半数の兵は、基地の防衛に残っているのか戦場には見当たらなかった。ラッティーの腹心達の姿も見当たらない。

 一方、ザムーンインザクラウド側は50人に満たない。正確には()と数えるにはいささかそぐわない生物がいた。体長が3メートルを優に超える長い腕を持つ馬面の生物。小さな頭がふたつ生えた生物。腕が4本生えた巨人。そう言った異形のもの達がオークやゴブリンと言った亜人種の中に紛れていた。もちろん人間族もいるが武器も防具もバラバラで統一感が無い。陣形もなく、巨大な生物を中心に4~5人で徒党を組んで正規軍に野次を飛ばしている。お互いの陣営に緊張と殺気が(みなぎ)っていた。

 どこからか角笛の音が鳴り響くと、戦争開始された。

 辺境軍が横陣のまま、ゆっくりを歩を進める。それに呼応して、賊軍も散発的に攻撃を開始した。勢いに任せた特攻だ。

 身体大きく装甲が強固な不死生物を先頭に、辺境軍の横陣に当たっては跳ね返された。後列からの長槍の餌食になる亜人種もいた。

 体力のある戦闘序盤は、訓練度の高い辺境軍が陣形の高い防御力を活かして、個体差の不利を撥ね除ける形になった。

 しばらくすると賊軍の後方で動きがあり、一筋の魔法の光弾(マジックミサイル)が空高く上がる。

 すると突然、辺境軍の横陣に乱れが生じて、中心付近から陣形が崩れる。辺境軍の正規兵の一部が同士討ちを始めたのだ。そこから手練れの賊が突破し、陣を分断する。陣形が崩れた一角には、あの灰色エルフらしき姿が垣間見られた。さらに丘の上に陣太鼓が鳴り響き、野獣や不死生物を従えた賊の騎馬兵が30騎程現れる。

 仲間の裏切りと伏兵に遭った辺境軍は混乱し、ちりぢりとなって後方の丘へ撤退を始めた。

 

 

 そんな戦争が始まる30分程前、グンゾウ達は賊から指定された場所に到着していた。

 そこは古代に造られた円形闘技場の遺跡だった。積み上げられた長方形の岩は苔生(こけむ)し、所々崩れ落ちている。その闘技場の外で賊の一味が待っていた。人間を中心に15人程が思い思いの武器を手に(たむろ)している。あまり友好的な雰囲気には見えない。

 ――多いな……。

 グンゾウは眉を(ひそ)める。

 賊の中には黒い甲冑に身を包んだヴェールの姿が見える。そのことはグンゾウ達を少し安心させた。

 ヴェールの凜とした佇まい。長身に小さな顔。あまりにも周囲の人間と等身が違うため、同じ種族とは思えない。

 グンゾウ達が10メートル程の距離に近付くと、賊の弛んだ雰囲気が変わる。ニヤニヤとしながらも、凶暴な雰囲気が漂ってくる。

 賊の中のひとり。闘技場の外壁よりも苔生したようなひげ面の男がグンゾウ達に言い放つ。

「お前等、それ以上近付くな! セシリアとかいうガキを渡せっ!」

 ひげ面は大きな片刃の剣を肩に担いでいる。

「ブリセイスとの交換が条件だ。ブリセイスの姿を見せろ」

 グンゾウは叫ぶわけではないが、通る大声で話した。

 すると、ひげ面をはじめとする男達は「やれやれ」とでも言いたげな様子で仲間を見回した。

「阿呆か? この状況を見て、お前等が要求を言えると思っているのか? どんだけ茹であがった頭してやがんだ。殺されないだけましだと思えっ! さっさとその小娘を渡すんだ、()(ども)っ!」

 グンゾウの横にいたリョータの歯が、クローズヘルムの中でギリリと音を立てた。沸点の低いリョータにしては良く我慢している。

「駄目だ。ブリセイスが生きていることの確認が先だっ!」

 グンゾウが叫ぶ。

 すると、ひげ面は呆れた顔をして、「しつけーぜっ!」と怒鳴る。その後、ニタニタとそのひげ面に下卑た笑いを浮かべた。

「ちゃんとは生きてるさ。さっきまで、この奥でしっかり俺等を楽しませてくれていたからなっ! はっはっはっはっはっ!」

 ひげ面は隣にいる同じく汚い顔をした禿頭の男と肩を組んで笑った。

「用は()()()()済んだからなっ! ガキさえもらえれば、もう返してやってもいいよな。ひっひっひっひっひ」

 周囲にいる賊達も喜びを共有した犯罪者の笑みを浮かべて、顔を見合わせては愉快そうに笑っている。不快な表情。

 グンゾウの頭の中に汚い男達の慰み者になっているブリセイスの姿が浮かんだ。

 

 丈夫な鎖で繋がれた全裸のブリセイス。鍛え上げられ、性的にも成熟した大人の姿態。その滑らかな褐色の肌を男達の汚い手が這い回る。ブリセイスの抵抗も空しく、なすすべもないまま男達の手に委ねられ、その苦痛と恥辱に表情が歪む。その歪みすらも欲望の糧にしようとする貪欲な男達は、さらに興奮を募らせ、激しくブリセイスの敏感な部位を責め立て始める……。

 

 ――予想してたけど、ひくわっ!

「早く……進めましょうグンゾウさん……もう、これ以上は聞くに堪えません。どうせ……」

 正義感の強いアキは甲冑の内側で、怒りに震えている。

「アキ……」

 グンゾウは憤懣やるかたない気持ちを抑えながら、交渉を進めることにした。

「仕方ない……、先に渡してやるっ!」

 そう言うと、グンゾウは頭巾(フード)を被ったカレンの背中を押した。カレンは一瞬振り返り、深い眉間の皺でグンゾウを睨む。グンゾウは寿命が1年程縮むかと思った。カレンは「ちっ」っと小さく舌打ちをすると(うつむ)きながら渋々と賊の方へ歩いた。

 盗賊達の視線がカレンに集まる。

 その間にグンゾウの目の端、木立の中を大きな黒い影が素早く動く。しかし、盗賊達を始め、誰も気付いていないようだ。

 カレンと賊達の距離が詰まっていく。既に盗賊達はカレンを包囲するように動いている。

 ――あと少し……。

 もうすぐカレンが賊達と接触するという時に、グンゾウは口を開いた。

「そのお姉さん凶暴だから気を付けろよっ!」

「はあ?」

 グンゾウがその言葉を賊が発した瞬間、賊の注意が一瞬逸れる。

 カレンは外套(マント)の下から伸縮式のショートスタッフを取り出すと、横に一閃して伸ばす。次の瞬間、ショートスタッフが大きな円を描いて振り回された。「ぐわっ!」「うっ!」「ぎゃっ!」等と円周の範囲にいた賊が次々と呻き声をあげる。

 回転の勢いで外套(マント)頭巾(フード)が取れ、カレンの素顔が明らかになる。いつもの金髪が頭巾(フード)でくしゃくしゃとなって幼女のようだ。金髪の下は不機嫌極まりない表情をしている。賊達を挑発するように、回転でずれた眼鏡をぴんと立てた右手の中指で上げる。

 賊達はカレンの攻撃範囲から遠ざかった。

「ふっざけんなよっ! 騙しやがったな?! てめーら、ぶっ殺してやるっ! ヴェール、やれっ!」

 ひげ面が唾を撒き散らして叫ぶ。

 ヴェールは腰に手をやると長剣(ロングソード)(おもむろ)に抜き始める。徐々に現れる長剣(ロングソード)の鈍光がヴェールの横顔を照らした。

 

 

「お前達みたいに信用できない奴等との取引に、ノー準備で来るわけねーだろ? 不意打ちや密偵(スパイ)はお前達の専売特許じゃないんだよ。じゃあ、みんなっ! いっちょ、派手にやろうかっ!」

 グンゾウの掛け声と共に、リョータやヨシノはそれぞれ近くの敵に目掛けて切り込んだ。

 それに合わせて、グンゾウは手に持っていたスタッフをカレン目掛けて槍投げのように投擲する。スタッフは、少し外れて高い位置に飛んで行ったが、カレンは高い跳躍で掴み取ると、回転しながら近くにいる賊のひとりへ襲いかかった。

 使い慣れたスタッフに持ち替えたカレンは、残像が残る素早さで打撃を繰り出し、あっという間に賊を昏倒させた。周囲の賊達がさらに一歩カレンから遠ざかる。

「……『やろうか』? それは誰に言っている?」

 賊を叩き終えたカレンが、呼吸を整えながらグンゾウに振り向いて言った。

「はっ! しまったっ! すいません。やらせていただきます、(マスター)カレン」

 脊髄反射の土下座。グンゾウはその場で地面に額をつける。

「……まあ、良かろう」

 カレンからのお許し。目にも止まらぬグンゾウの土下座に若干満足げな様子だ。

 

 

 カレンとグンゾウが仲良く(たわむ)れに興じている一方、深刻な別れ話に直面している男女もいた。

「ぐわっ! ……この売女(ばいた)め……、裏切ったな……っ!」

 典型的なやられ役の台詞(せりふ)。ひげ面の弛んだ腹部にヴェールの長剣(ロングソード)が突き刺さっていた。

 膝を着くひげ面。ヴェールは面防(バイザー)を上げたまま、その小さな顔についた大きな目でその男を見下ろしていた。その視線はどこまでも冷たい。

「……最初から……貴様等の仲間ではない」

 そう冷淡に言うと、右手の長剣(ロングソード)をそのままに、左手で引き抜いた黒い錐状短剣(スティレット)でひげ面の眼窩(がんか)を串刺した。ひげ面は錐状短剣(スティレット)に脳を貫かれて、糸の切れた傀儡(マリオネット)のように倒れる。

 

 

「ヴェールっ! 裏切ったのか?!」

 禿頭の男が叫んだ。

 突然のヴェールの裏切りに動揺する賊。それでも賊は倍近くいる。数的には賊側が有利だった。

「くそっ! だが、まだまだ余裕だっ! 2、3人で1匹やれっ!」

「囲むんだっ! 逃がすなっ! あの女は殺すように、首領(ボス)へ連絡しろっ!」

 誰かが叫ぶと賊達はグンゾウ達の周囲を取り囲むように広がり始める。そして何人かの男達が闘技場へ向かって走り出した。

「まずいっ! 伝令を走らせちゃ駄目だっ!」

 グンゾウの叫びにハイドが反応する。

「……ヴェル・ダーシュっ! キシッ!」

 ハイドの放った影鳴り(シャドービート)が男達に向かって飛んで行く。黒い藻のような(ダーシュ)の塊がひとりの男に当たって弾けた。男は影鳴り(シャドービート)超振動に震えて、立ち尽くしていた。これで数秒は動くことはできない。

 その男の背に1本の矢が突き刺さった。数歩進み、倒れ込む男。

「シムラ……っ!」

 グンゾウが振り返ると、本日最も輝いている男が怒りで顔を真っ赤に染めていた。

「人は殺したないけど、クズは別やっ!」

 弓矢を構えるシムラの手が震えている。

 リョータ小隊(パーティ)はまだ人間族を殺したことはなかった。厳密に言えば、怪我は負わしているので、その傷が元で死んだ人間はいるかもしれない。しかし、意識的に(とど)めを刺したことはなかった。

 人を殺してはいけない。そんな今まで悩んだことも無い、当たり前を、今日は許して貰えそうになかった。

「くそっ! 後衛を先に殺せっ!」

 賊の誰かが叫ぶ。

 ――嫌なことを言いやがる。しかも、何人かは闘技場の中へ行かせてしまった。早く追わないと……。

 グンゾウは考えを巡らせた。司令塔は自分だ。

 ヴェールやヨシノ、リョータは複数人を相手に善戦しているが、敵の数はそれでも多い。余った敵はカレンやアキが防いでいるが、それでも余分が出る。4人の男達がグンゾウとシムラ、ハイドを狙ってくる。周囲を囲うようにゆっくりと距離を詰めてくる。グンゾウ達はジリジリと後退(あとずさ)った。

 しかし、危機(ピンチ)中でもグンゾウの表情には余裕があった。戦力不足は予想の範囲だったからだ。

 ――できれば、もっと効果的に手札を切りたかったが……。

 カレンとグンゾウは昨夜、腹心1号ことマルコに単独行動の許可を願い出る際に、1つだけ追加のお願いをしていた。

 そのお願いとは人をひとり動かす権利だ。

 可能であれば、それは後半まで温存しておきたかった戦力だったが、いきなりの危機(ピンチ)とあれば使わないわけにはいかなかった。

「んじゃ、先生お願いしますっ!」

 グンゾウが緊張感の無い声を出すと、大きな影がグンゾウ達を狙っていた4人の男達に横から襲いかかった。最初の一撃で2人の男が憐れにもボロ雑巾のように地面に倒れた。残りの2人も突然の伏兵に動揺が隠せない。

 そこには、巨躯の大男が立っていた。鋼鉄の鎧に身を包み、凶悪なまでに長く厚みのある両手剣(ツヴァイヘンダー)をひと振りし、剣に付いた血糊を払った。

 その姿は、グンゾウ達にとっては頼もしく、賊達にとっては脅威そのものだった。

「頼りにしてるぜっ! ……タナカちゃんっ!」

 大男は面防(バイザー)を上げる。豪快な眉毛の下にある優しげな目。

「うす……」

 タナカは消え入るようなか細い声で返事をすると、残りの敵に襲いかかっていった。

 

 

 




ブリセイスを救うために急ぐグンゾウ達。
仲間を信じ、先へ進み続ける。
灰色エルフのゴブリン使いと対峙するアキとシムラ。
また無事で会おう。
次回「23.時よ止まれ、いま君は輝いている」
お楽しみに!


引き続き、モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~
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