いや、嘘です。待っててくれた人がいたらごめんなさい……、少し今の役職に慣れてきました。無限の成長力。
「えっ?! なんでっ?!」
戦争の朝。起き抜けからのグンゾウの
「いや、なんでって言うか……、今日は戦争やし、ここ一発気合い入れへんといかんかなって……イケるところまで、イキましたっ!」
シムラが勢い良く頭を撫でると、そこには青みがかった肌色の球体があった。東の空から今まさに昇り始めた太陽が反射して輝く。シムラの屈託の無い笑顔と輝く頭皮が眩しい。
「あかんかったですかね?」
シムラが上目遣いでグンゾウを覗き込む。
「ああ、いや、あー……、そ、そう……か、まあ、さっぱりして、いいんじゃないかな……。すぐ
何が起きているか。
夜明け前の早朝から
ハイドを除くリョータ
「シムちゃんまじうけるーっ! つるっつるしてるねーっ!」
早々に出発の準備を済ませたヨシノが、楽しそうにその頭皮を指先で撫でた。その指先に伝わるチクチクとした刺激に、笑顔を浮かべている。ヨシノにべたべたと頭を触られて照れるシムラ。その様子が気に入らないリョータは不機嫌そうな目でそちらを見ると、
「馬鹿だな……この馬鹿っ!」
と言い捨てた。
すっかり早起きに慣れたアキは既に装備を整え、さっきから口に手を当てて必死に笑いを
そして、雷帝ハイドはまだ起きていない。相変わらずだ。
「次、不敬な行いをした場合の罰はあれだな……」
カレンが物騒なことを呟きながらグンゾウの傍を通りすぎた。
グンゾウは慌てて、その後ろ姿に向き直る。
「え? それ、俺っすか?!
グンゾウの質問を完全に黙殺して、カレンの小さなお尻をぷりぷりさせながら、無言のまま遠ざかっていった。
ようやく起きたハイドが
「早くしろっ! このキモオタっ!」
リョータが悪態を吐いている。手が出ないのでまだ良い方だ。
ハイドの準備を待っている間、ヨシノは完全武装のまま体の動きを確認していた。
そのヨシノの視界に見知った兵士が目に入る。
「リョータぁ……、あれって
ヨシノがリョータの腕を掴んで、少し離れた場所を指差す。その指が示す先では、何人かの兵士が戦争の準備をしながら話し合っていた。
「おいおい、どうした、ヨシノ?
ヨシノから触られて、機嫌が戻ったリョータ。満面の笑みを浮かべながらヨシノが指差す先へ目を遣った。その弛緩した目が、一瞬で不愉快な目へ変貌を遂げる。ガンを飛ばすヤンキースタイル。
「けっ!
リョータの怒気に気付いたグンゾウや他の仲間も、その方向を見る。皆、
「ああ、
リョータが
あの時のリョータの暴挙を思い出して、グンゾウは胸が詰まるような緊張を覚えた。一歩間違えれば全員牢屋行きだ。オルタナの文化水準を考えると、牢屋暮らしは健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が満たされるとは思えなかった。
「相当、ポンコツまで駆り出してやがんな……っ! 辺境軍も終わってんぜっ!」
リョータは腹立たしげに装備の
「彼等は、なんだか他の隊より準備が早いですね」
アキは不思議そうにその兵士達のことを眺めていた。白い金属の鎧に包まれたアキは、さながらひ弱な女の子が大活躍してしまう非現実的な
「そう言えば、あいつ……」
グンゾウが思い出したことを口にしようとすると、
「今は関係ないことを喋っている暇は無い。辺境軍より早く動かねばならないのはわかっているのだろう?」
グンゾウの言葉を遮るように、カレンが現れた。カレンは銀白の
「これは貴様が持っていろ」
そう言ってカレンは装飾が施された金属製のスタッフをグンゾウに投げて寄越した。グンゾウの手に収まると先端の飾りがシャラリと涼しげな音を立てる。
「何も持たなくて、護身術はどうするんですか?
グンゾウが訊くと、返事の代わりにカレンは腰の辺りから伸縮式のショートスタッフを抜いた。勢いを付けて振るとショートスタッフが一瞬にして伸び、軽い金属音を立てた。
「はあ……なるほど……」
グンゾウは納得して頷く。カレンはそのショートスタッフを再び短くすると腰の辺りにしまった。その腰にどこかで見たことのある六条鞭がチラリと覗く。
――なんとっ!
焦りと僅かな喜びが心に芽生え、
「じゃあ、みんな行ける?」
グンゾウの視線にリョータ
グンゾウとカレンは、ラッティー准将の腹心1号ことマルコに単独行動の許可を事前に取っていた。そのため、戦争前で緊張が漂う基地を円滑に出発することができた。
マルコは理解の良い男で、カレンとグンゾウの作戦を聞いて、彼ができる最大限の
「辺境軍を裏切る」と宣言したグンゾウだったが、それは言葉の通りではない。あくまでも敵側に「辺境軍を裏切って、セシリアとブリセイスの交換を持ちかける一派がいる」と思い込ませるということだった。
理由はわからないが、敵側はセシリアの確保に高い優先度を見出している。ならば敵側にブリセイスがセシリアとの交換価値があると誤解させ、ブリセイスを殺させないようにすることをグンゾウは思いついた。少なくとも戦争が始まっても、ブリセイスを殺すという判断が下るまで、時間が稼げるかもしれない。戦争開始から1時間も稼げれば、救出の可能性があるかもしれないと考えた。
この作戦にはもうひとつ
そのために上手く立ち回る最重要人物はヴェールだ。敵に悟られぬよう、上手く偽情報を信じさせる、信じるに至らなくても疑心暗鬼にさせる程度には誘導する必要がある。一歩間違えれば、あの美しい首が飛ぶ。
ヴェールには、裏切り者達ことグンゾウ達からの情報を敵側に伝達してもらうと共に、ブリセイス救出の手助けをしてもらう。事の成否は、組織における彼女の信頼性がもの言うだろう。
さらにヴェールへ、今日の戦争に関する情報を組織に流すように指示をした。既に他の密偵からも情報が伝わっているだろうが、ヴェールから裏を取る形で情報が敵側に流れる。彼女の信頼は上がるだろう。少しでも作戦成功の確率は上げておきたい。
次に、交換の時に必要な偽の人質である。セシリアの替え玉はどうするか。
それは……。
「いつもながら、貴様の不敬には感動すら覚える」
彼女は今、
「恐縮です……。昨夜はこの作戦で死んだ方が楽かも知れないと思いながら寝ました」
セシリアは小柄色白で金髪の少女だ。敵も幹部が出てこない限りはその程度の要素しか知らないと想像された。幹部は戦争の対応で手一杯だろう。つまり見た目の大まかな要素さえ合っていれば良い。
その程度でよければリョータ
小柄色白で金髪眼鏡のドSと言えばカレンだ。眼鏡とドSは余計だが。
つまり、グンゾウはカレンをセシリアに見立てて人質交換の場所まで進もうと考えた。
丘の上を駆けた風が、右から左へ、左から右へと草原の緑を揺らす。
その風は草の絨毯に波模様を作っては消えていった。
平和な時であれば、お弁当箱等持って遠足するのに丁度良い場所だろう。
だがそうではない。
ザムーンインザクラウドから指示された人質交換の場所へ向かう途中、丘の上から眼下に広がる草原が見えた。
太陽は明るさを増し、完全にその姿を東の空に現わしていた。
あと1時間もすれば戦争が始まる時間だ。周囲には両陣営の偵察が潜んでいるが、双方にグンゾウ達の存在は知れている。そのため、特に移動をさまたげられることはなかった。
「あそこが今日の戦場なんですね……」
その平地を眺め、立ち止まったアキが言った。胸の前で握り締めた手が表すアキの不安。
その不安を解くように、グンゾウはアキの肩に優しく手を置いた。
「急ごう……、ブリセイスが待ってる」
女心の分からないグンゾウにはこれが限界だった。
「……はいっ!」
少しの沈黙の後、力強い返事をしたアキはグンゾウに向き直ると、垂れた目の上にある眉毛をきゅっと寄せて、凜々しい顔になる。そして、甲冑の重さを感じさせない軽い足取りで前に歩み始めた。
グンゾウ達が通り過ぎてから1時間もすると、その草原には両陣営の兵士達が集まっていた。両陣営とも丘を背に平地戦の構えだ。
辺境軍の正規兵は騎馬兵が10~20騎程に、長槍を装備した歩兵が70~80人程の2小隊だ。反攻部隊の半数が集まっている。正規兵は2列の横陣を敷いて、整列していた。残り半数の兵は、基地の防衛に残っているのか戦場には見当たらなかった。ラッティーの腹心達の姿も見当たらない。
一方、ザムーンインザクラウド側は50人に満たない。正確には
どこからか角笛の音が鳴り響くと、戦争開始された。
辺境軍が横陣のまま、ゆっくりを歩を進める。それに呼応して、賊軍も散発的に攻撃を開始した。勢いに任せた特攻だ。
身体大きく装甲が強固な不死生物を先頭に、辺境軍の横陣に当たっては跳ね返された。後列からの長槍の餌食になる亜人種もいた。
体力のある戦闘序盤は、訓練度の高い辺境軍が陣形の高い防御力を活かして、個体差の不利を撥ね除ける形になった。
しばらくすると賊軍の後方で動きがあり、一筋の
すると突然、辺境軍の横陣に乱れが生じて、中心付近から陣形が崩れる。辺境軍の正規兵の一部が同士討ちを始めたのだ。そこから手練れの賊が突破し、陣を分断する。陣形が崩れた一角には、あの灰色エルフらしき姿が垣間見られた。さらに丘の上に陣太鼓が鳴り響き、野獣や不死生物を従えた賊の騎馬兵が30騎程現れる。
仲間の裏切りと伏兵に遭った辺境軍は混乱し、ちりぢりとなって後方の丘へ撤退を始めた。
そんな戦争が始まる30分程前、グンゾウ達は賊から指定された場所に到着していた。
そこは古代に造られた円形闘技場の遺跡だった。積み上げられた長方形の岩は
――多いな……。
グンゾウは眉を
賊の中には黒い甲冑に身を包んだヴェールの姿が見える。そのことはグンゾウ達を少し安心させた。
ヴェールの凜とした佇まい。長身に小さな顔。あまりにも周囲の人間と等身が違うため、同じ種族とは思えない。
グンゾウ達が10メートル程の距離に近付くと、賊の弛んだ雰囲気が変わる。ニヤニヤとしながらも、凶暴な雰囲気が漂ってくる。
賊の中のひとり。闘技場の外壁よりも苔生したようなひげ面の男がグンゾウ達に言い放つ。
「お前等、それ以上近付くな! セシリアとかいうガキを渡せっ!」
ひげ面は大きな片刃の剣を肩に担いでいる。
「ブリセイスとの交換が条件だ。ブリセイスの姿を見せろ」
グンゾウは叫ぶわけではないが、通る大声で話した。
すると、ひげ面をはじめとする男達は「やれやれ」とでも言いたげな様子で仲間を見回した。
「阿呆か? この状況を見て、お前等が要求を言えると思っているのか? どんだけ茹であがった頭してやがんだ。殺されないだけましだと思えっ! さっさとその小娘を渡すんだ、
グンゾウの横にいたリョータの歯が、クローズヘルムの中でギリリと音を立てた。沸点の低いリョータにしては良く我慢している。
「駄目だ。ブリセイスが生きていることの確認が先だっ!」
グンゾウが叫ぶ。
すると、ひげ面は呆れた顔をして、「しつけーぜっ!」と怒鳴る。その後、ニタニタとそのひげ面に下卑た笑いを浮かべた。
「ちゃんとは生きてるさ。さっきまで、この奥でしっかり俺等を楽しませてくれていたからなっ! はっはっはっはっはっ!」
ひげ面は隣にいる同じく汚い顔をした禿頭の男と肩を組んで笑った。
「用は
周囲にいる賊達も喜びを共有した犯罪者の笑みを浮かべて、顔を見合わせては愉快そうに笑っている。不快な表情。
グンゾウの頭の中に汚い男達の慰み者になっているブリセイスの姿が浮かんだ。
丈夫な鎖で繋がれた全裸のブリセイス。鍛え上げられ、性的にも成熟した大人の姿態。その滑らかな褐色の肌を男達の汚い手が這い回る。ブリセイスの抵抗も空しく、なすすべもないまま男達の手に委ねられ、その苦痛と恥辱に表情が歪む。その歪みすらも欲望の糧にしようとする貪欲な男達は、さらに興奮を募らせ、激しくブリセイスの敏感な部位を責め立て始める……。
――予想してたけど、ひくわっ!
「早く……進めましょうグンゾウさん……もう、これ以上は聞くに堪えません。どうせ……」
正義感の強いアキは甲冑の内側で、怒りに震えている。
「アキ……」
グンゾウは憤懣やるかたない気持ちを抑えながら、交渉を進めることにした。
「仕方ない……、先に渡してやるっ!」
そう言うと、グンゾウは
盗賊達の視線がカレンに集まる。
その間にグンゾウの目の端、木立の中を大きな黒い影が素早く動く。しかし、盗賊達を始め、誰も気付いていないようだ。
カレンと賊達の距離が詰まっていく。既に盗賊達はカレンを包囲するように動いている。
――あと少し……。
もうすぐカレンが賊達と接触するという時に、グンゾウは口を開いた。
「そのお姉さん凶暴だから気を付けろよっ!」
「はあ?」
グンゾウがその言葉を賊が発した瞬間、賊の注意が一瞬逸れる。
カレンは
回転の勢いで
賊達はカレンの攻撃範囲から遠ざかった。
「ふっざけんなよっ! 騙しやがったな?! てめーら、ぶっ殺してやるっ! ヴェール、やれっ!」
ひげ面が唾を撒き散らして叫ぶ。
ヴェールは腰に手をやると
「お前達みたいに信用できない奴等との取引に、ノー準備で来るわけねーだろ? 不意打ちや
グンゾウの掛け声と共に、リョータやヨシノはそれぞれ近くの敵に目掛けて切り込んだ。
それに合わせて、グンゾウは手に持っていたスタッフをカレン目掛けて槍投げのように投擲する。スタッフは、少し外れて高い位置に飛んで行ったが、カレンは高い跳躍で掴み取ると、回転しながら近くにいる賊のひとりへ襲いかかった。
使い慣れたスタッフに持ち替えたカレンは、残像が残る素早さで打撃を繰り出し、あっという間に賊を昏倒させた。周囲の賊達がさらに一歩カレンから遠ざかる。
「……『やろうか』? それは誰に言っている?」
賊を叩き終えたカレンが、呼吸を整えながらグンゾウに振り向いて言った。
「はっ! しまったっ! すいません。やらせていただきます、
脊髄反射の土下座。グンゾウはその場で地面に額をつける。
「……まあ、良かろう」
カレンからのお許し。目にも止まらぬグンゾウの土下座に若干満足げな様子だ。
カレンとグンゾウが仲良く
「ぐわっ! ……この
典型的なやられ役の
膝を着くひげ面。ヴェールは
「……最初から……貴様等の仲間ではない」
そう冷淡に言うと、右手の
「ヴェールっ! 裏切ったのか?!」
禿頭の男が叫んだ。
突然のヴェールの裏切りに動揺する賊。それでも賊は倍近くいる。数的には賊側が有利だった。
「くそっ! だが、まだまだ余裕だっ! 2、3人で1匹やれっ!」
「囲むんだっ! 逃がすなっ! あの女は殺すように、
誰かが叫ぶと賊達はグンゾウ達の周囲を取り囲むように広がり始める。そして何人かの男達が闘技場へ向かって走り出した。
「まずいっ! 伝令を走らせちゃ駄目だっ!」
グンゾウの叫びにハイドが反応する。
「……ヴェル・ダーシュっ! キシッ!」
ハイドの放った
その男の背に1本の矢が突き刺さった。数歩進み、倒れ込む男。
「シムラ……っ!」
グンゾウが振り返ると、本日最も輝いている男が怒りで顔を真っ赤に染めていた。
「人は殺したないけど、クズは別やっ!」
弓矢を構えるシムラの手が震えている。
リョータ
人を殺してはいけない。そんな今まで悩んだことも無い、当たり前を、今日は許して貰えそうになかった。
「くそっ! 後衛を先に殺せっ!」
賊の誰かが叫ぶ。
――嫌なことを言いやがる。しかも、何人かは闘技場の中へ行かせてしまった。早く追わないと……。
グンゾウは考えを巡らせた。司令塔は自分だ。
ヴェールやヨシノ、リョータは複数人を相手に善戦しているが、敵の数はそれでも多い。余った敵はカレンやアキが防いでいるが、それでも余分が出る。4人の男達がグンゾウとシムラ、ハイドを狙ってくる。周囲を囲うようにゆっくりと距離を詰めてくる。グンゾウ達はジリジリと
しかし、
――できれば、もっと効果的に手札を切りたかったが……。
カレンとグンゾウは昨夜、腹心1号ことマルコに単独行動の許可を願い出る際に、1つだけ追加のお願いをしていた。
そのお願いとは人をひとり動かす権利だ。
可能であれば、それは後半まで温存しておきたかった戦力だったが、いきなりの
「んじゃ、先生お願いしますっ!」
グンゾウが緊張感の無い声を出すと、大きな影がグンゾウ達を狙っていた4人の男達に横から襲いかかった。最初の一撃で2人の男が憐れにもボロ雑巾のように地面に倒れた。残りの2人も突然の伏兵に動揺が隠せない。
そこには、巨躯の大男が立っていた。鋼鉄の鎧に身を包み、凶悪なまでに長く厚みのある
その姿は、グンゾウ達にとっては頼もしく、賊達にとっては脅威そのものだった。
「頼りにしてるぜっ! ……タナカちゃんっ!」
大男は
「うす……」
タナカは消え入るようなか細い声で返事をすると、残りの敵に襲いかかっていった。
ブリセイスを救うために急ぐグンゾウ達。
仲間を信じ、先へ進み続ける。
灰色エルフのゴブリン使いと対峙するアキとシムラ。
また無事で会おう。
次回「23.時よ止まれ、いま君は輝いている」
お楽しみに!
引き続き、モチベーション維持のため、極めて甘い採点と優しいコメント募集中です……( ゚Д゚)y─┛~~