廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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やってしまいました18000文字……。約3話分っすよ。
まあ、今回が激戦になるのは分かってたんですけどね……。

自分の脳内では最近キャラクターが勝手に話し始めるのですが、とりあえず以下のキャラの声は決まっています。

アキ(CV.水瀬いのり)
ヨシノ(CV.佐倉綾音)
ハイド(CV.松岡禎丞)

その他のキャラにアイデア等あれば感想ください。

長らくお待たせしました、続きをお楽しみください。

「灰と幻想のグリムガル level.13 ドラマCD付き特装版」が2018年6月25日に発売です。


24.あなたが食べられる全て

「くそっ! ここじゃ音が反響して、どっちだかわかんねーよっ!!」

 リョータの声が暗い地下通路に木霊する。大声に驚いた数匹の鼠が走って逃げ去る。

「黙れ、貴様が最も五月蠅(うるさ)い。その脳髄まで筋肉なのか」

 目を閉じ、耳を澄ましていたカレンの眉間に谷より深い皺が寄る。少女のような容姿から出てくる容赦ない罵り。グンゾウがいれば涎もののご褒美だっただろうか。

 しかし、リョータの精神はその領域に達していない。

「な……っ!」

 反論しようとリョータの口が開く。その口から大きな音が出る前に、ヨシノの手が優しく塞いだ。

「キシシ……シシシシ……」

 カレンへの配慮か、ハイドの笑い声も静音モードで運用されている。

 グンゾウ達と二手に分かれた後、地下通路へ足音を追ったカレン達4人は足音の主を見失っていた。正確には聞き失っていた。

 そこは地下の十字路。目の前には四方へ暗い地下通路が伸びている。一本は今来た路だが、目を閉じて3回も回れば、どれがどれだかわからなくなる位、相似の風景だ。

 行燈(ランタン)で照らせる範囲は狭く、とても先は見通せない。

「んー、にゃーっ!」

 かわいく唸ったヨシノ。目を瞑ってふわりと飛ぶと、くるり一回転。

「なんとなくだけど、こっちかにゃ?」

 おちゃらけた姿勢(ポーズ)で指差した方角は、元に戻る通路。

「違う。それはもと来た通路だ」

 目を開いたカレンは、溜め息まじりにばっさりと一刀両断した。

「うにゃー……、地下迷宮とか苦手なんだよねー。明るくて広いところが好きー。カレカレなんとかしてー」

 地下ではヨシノの元気は出ないのか、力なく項垂(うなだ)れている。

 カレンの決断は早い。悩んだ時は単純に。

「やむを得まい。真っ直ぐ行く。戦士は左を、魔法使いは右を警戒せよ。馬鹿は帰れ」

 そう言うと、早足で前進し始めた。

「何? 馬鹿だとっ?! それは誰の……」

 興奮したリョータがカレンに後ろから掴みかかる。しかし、リョータの大きな手はカレンに触れることなく、後ろ手のスタッフに弾かれた。格闘技の達人が見せるような心眼術。

 カレンが肩越しに振り向くと、金色の柔らかな前髪の下に侮蔑するような双眸があった。

「ふん。私は、『()()()()()()鹿()()()()』と言った。貴様は自分を戦士ではなく、馬鹿だと思ったのか? なかなか殊勝なことだな。ふふふ」

 珍しく笑みを浮かべる。

 真っ赤な顔。リョータは窒息した魚のように口を開閉した。何を言っても深みにはまる、必至の言葉遊び(ダズンズ)

 一方、愚かな動物を罠にかける喜びで、カレンは湧き起こる焦燥感を紛らわしていた。

 焦りは過ちを生む。

 (いと)うべきものだ。そう思っていた。

 しかし、通路を進むにつれ、カレンの歩みは次第に速まる。手に握る金属製のスタッフも汗で滑り始めた。神官衣で汗を(ぬぐ)い、強く握り直す。

「……どこにいる、ブリセイス」

 カレンは叫んでいた。誰にも聞こえない声で、誰にも聞こえないように。

 

 

「あ……」

 ヨシノが声を上げ、立ち止まる。全員の足音が止み、辺りが静寂に包まれる。染み出た雨水がチョロチョロと石壁を伝う音だけが闇に響いた。

「どうした?」

「しっ! 静かに……っ!」

 カレンが問うと、ヨシノは左手を耳に当てながら、右手でカレンを制した。カレンにこんな態度をとれるのはヨシノだけだろう。

「……聞こえる……。こっちだ……っ!」

 突如、脱兎のごとく飛び出すヨシノ。こうなったヨシノに追い付ける人間は少ない。全員全力で後を追う。

「見えたっ!」

 ヨシノが左に曲がった通路を進むと、しばらくして、丁字路に突き当たる。

 右側が明るい。

 そこには地上へ出る階段があった。ヨシノを先頭にカレンとリョータが競って、地上への階段を上がる。

 階段は円形闘技場の外に繋がっていて、目の前には別の建物があった。石造りで入り口には鉄格子の扉がある。扉の向こうは薄暗い通路が続いていて、人影は見えない。

 ヨシノ、カレン、リョータはその建物が目的地であることを察知した。暗闇の奥から、明らかに騒がしい複数人の声がする。

 リョータが格子扉へ手を伸ばす。

「静かにね……」

 ヨシノが声をかけると、リョータは黙って頷いた。

 輪になっている金属の取っ手へ手を掛け、慎重に力を込めていくリョータ。緊張の瞬間。

「ブヒシシシシシ……ゲボォ。グジジジジジジジ……」

 遅れて地上に出てきたハイドが、階段のそばに嘔吐した。

 残りの全員が振り返り、注目する。

 しかし、全員ハイドを無視して、再度扉へ集中する。

「ぼぐにづ、冷たい……ギジジジジジ。いつか僕の奥の手を見せて、腰を抜かしてやる……キシッ」

 何を言っても無視の嵐。

 日頃の行いの報い。

「鍵は掛かってない……開くぞ」

 リョータが鉄格子の取っ手をゆっくりと引く。

 錆び付いた(とぼそ)が嫌な音を立てて、鉄格子が(ひら)く。

「歯が浮くー……」

 ヨシノが歯ぎしりをしながら、小さな声で呟く。沈黙を促すカレンの視線が刺さり、ぺこりと頭を下げるヨシノ。

 息を殺して、慎重に石造りの建物へ侵入する。

 全員を黴臭い臭いと湿った空気が包み込んだ。

 カレン達は薄暗い通路を進むにつれ、この建物が正解だという予想が確信に変わっていく。

 通路の突き当たりには、覗き窓付きの鉄扉があり、その下から灯りが漏れていた。

 中からは、リョータ小隊の襲撃について警告を発する男の声がした。

「おいっ! お前等、そんなことしてる場合じゃ無いぞっ! 敵襲だぞ。おいっ! 人質を移動させるんだ」

 ひとりの男が叫んでいるが、話しかけている相手からの反応は無い。

 カレンが背伸びをするように覗き窓に目を近付けた。

 

 

 鉄扉の中は円形の広場になっていた。土の地面で、闘技の練兵場といった雰囲気だ。古くは人間と獣の格闘や、剣奴隷達の訓練に使われていたのだろうか。広場を複数の檻が囲んでいた。

 天井の中心には大きな燭台。しかし、高価な蝋燭(ろうそく)(とも)っていない。天井付近に明かり取り用の格子窓が並んでいて、そこから光が差している。周囲には複数の篝火(かがりび)が焚かれ、練兵場内を照らしていた。

 そして、練兵場の真ん中にそれはあった。

 地面に突き刺された大木の柱。そこに鎖が繋がれていた。

 鎖の伸びる先には複数の賊達が(たか)っている。賊達の中にはオークやゴブリンなどの亜人種もいた。その賊達を、少し遠巻きにさらに複数の賊達が囲んで観ていた。その数は30より多い。

 彼等の姿が異様なのは、裸の者が多かったことだ。

 カレンはその人集(ひとだか)りの中心を注視した。

「生きてる……」

 カレンは低く、静かに呟いた。すぐさま反応するヨシノ。

「え? 生きてるってどういうこと?」

「し……っ!」

 人集(ひとだか)りの中心にカレンはブリセイスを見つけた。ブリセイスは過去数多(あまた)の捕虜がそうであったかのように、賊達に囲まれ(なぶ)られていた。既にぐったりしていて、抵抗の様子は無かったが、身体の動きが死人のそれではない。

 伝令はブリセイスの傍まで行き、ブリセイスを(なぶ)っている賊達のお楽しみを邪魔する。

「うるっせぇっ! 敵襲くらい、てめえらでなんとかしやがれ! お前等は散々楽しんだかもしれねーが、俺等は今からなんだ」

「そんなこと言ってる場合じゃねーだろっ! 敵に襲われたらそれどころじゃう゛ぁっ!」

 叫んでいた伝令の声が突然消える。

「……醜い」

 カレンは目撃した。

 伝令の頭部が背後に現れたオークの大槌で潰される。それは今まで見たどの個体よりも遥に大きなオークだった。その巨躯から振り下ろされた大槌は、伝令の頭部を胴体へ埋めるのに十分な威力があった。

 カレンは練兵場の景色を優れた映像記憶(イメージメモリー)で記憶していく。

 瞬間的に練り上げられていく戦術。

「ねぇねぇ、どうなってるの? ブリちゃんは生きてるの? カレカレ教えて!」

「おいっ! カレンっ! ……さん……。どうなってんだよ。俺等にも見せろっ!」

 中を覗き込んだまま、カレンの説明が無いため、ヤキモキするヨシノとリョータ。

 カレンは(おもむろ)に振り返ると、真剣な表情で2人の口に指を当てた。

「静かにせよ。……今から御前達に大事なことを問う」

 眉間に皺が寄っていない、優しさすら(ただよ)うカレンの表情に、ヨシノとリョータは口を(つぐ)んだ。

 カレンは幼子に問うように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「ブリセイスが中に居る。……しかし、大勢の賊に囲まれている。このまま突入した場合、我々の戦力では勝てない確率が……低くない……」

 カレンは言葉を選び、そこで一度間を置く。

「ふー……。勝てなかった場合、待っているのは悲惨な運命だ。死か、それよりも苦しい結末が待っている。今からグンゾウ達を呼びに行った場合、ブリセイスを見失うだろう……永遠にだ。私は……()ブリセイスを救いに行きたい……。しかし、御前達を巻き込むことになる。それで良いだろうか?」

 一瞬、返事を躊躇(ちゅうちょ)するリョータ。ちらりと隣のヨシノを伺う。

 リョータの隣で、躊躇(ちゅうちょ)することなく何度も頷いているヨシノ。それを見て、リョータもカレンに力強く頷く。

「……御前達の若さを利用してすまない」

 あのカレンが頭を下げる。驚いて声も出ないヨシノとリョータ。カレン自身も「こんな姿をグンゾウには見せられないな」と思っていた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……」

 恥ずかしさを隠すように、カレンは光の護法(プロテクション)を唱える。4人の左手首に青白い六芒の光がもたらされ、軽い浮遊感が全員を包む。

「筋肉……、光よ、ルミアリスの加護のもとに……守人の光(アシスト)

 美しい声で祝詞が唱えられ、リョータの左手首に、もう一つ、色違いの小さな六芒が灯った。今までに感じたことの無い高揚感が、リョータの中に湧き上がる。肉厚の両手剣(ツヴァイヘンダー)が小枝のように軽い。

「これは……?」

「貴様の力を更に高める光魔法だ。……貴様が来てくれて良かった。ヨシノに生き残る道が生まれた。……その武勇、期待している」

 カレンが腕を全力に伸ばして、リョータの肩に手を置く。

「……お、ぉふぉおぅ……っ! 任せろってんだ」

「いいなー、あたしもそれ欲しー。リョータだけずるーい。カレカレ、なんでリョータなのー?」

 認めたくない嬉しさで、ニヤツキが止まらないのを必死で(こら)えるリョータ。珍しいものが欲しくて()ねるヨシノ。

 そのふたりの様子を見て、安心したようにカレンは鉄扉へ向き直る。眼鏡を指で押し上げた。きらりと光る眼鏡。

「よしっ! では、狂信者のごとく息絶えるまで私の指示に従って貰うぞ。日頃の行いが良すぎるせいか、当たりを引いてしまったようだ。我々でブリセイスを助ける。勝っても負けてもこの扉の先は英雄への道だっ!」

 そう言い放つと、カレンは目の前の鉄扉を勢い良く蹴り開けた。

「シシシシシ、ぼ、僕の意見は訊かれない、キシシシシ」

 

 

 鉄扉が大音を立てて開く。その音に気付き、賊達に殺気と緊張が広がる。

 しかし、進入してきた人数を見て、あっという間にそれは弛緩へと変わっていった。カレン達を無視して、ブリセイスを犯し続ける賊すらいた。

「へへへ、なんだよ。敵襲って、たった4人じゃねーか。馬鹿だったのか、死んだあいつ」

「おいおい、しかも2人は貧弱な神官様と魔法使い風情だぜ」

「丁度、いいぞ。この騎士様と一緒に、その女神官も喰っちまえ!」

 ブリセイスの暴行に加われない賊達が、カレンに目を付ける。適当に手近にある武器を手に取ると4人を包囲するように動く。

「あたしも女の子なんだけどな……」

「しーっ! 静かにしてろよ、ヨシノ。ばれない方が好都合だ」

 慌てるリョータ。ヨシノは既に(ヘルム)面防(バイザー)を下げているので女性だと気付かれていないようだ。

 ブリセイスを犯し続ける賊達、カレン達を包囲しようとする半裸の賊達、楽勝の雰囲気に薄笑いで動く様子もない賊達、統一感の無い混沌とした練兵場にカレンの高く通る声が響く。

「ブリセイス! ……すまない、待たせたな。今から助けるぞ……っ!」

 カレンの声に賊達が笑い出す。

「うわっはっはっは。まじかよっ! この人数差で勝てるつもりなのか? 頭茹だってんじゃねーか」

「頭おかしい女神官なんてのも、たまにはおつだぜ」

「とりあえず、さっさとやっちまおうぜ」

 賊達の殺気が増し始め、一触即発の雰囲気となってくる。カレン達の包囲も次第に狭まってきた。ヨシノとリョータの武器を握る手が汗ばんでくる。

「おい、カレン……さん……。どうすんだよ。なんか指示しろよ。ひー、ふー、みー、結構多いな……大丈夫か?」

 カレンはリョータを無視して、返事をしない。ハイドへ何かを耳打ちしている。

 緊張で焦るリョータとは異なり、緊張で気分が高揚しているヨシノが笑い始めた。

「ふっふふっふ……ふふ。これは食べ放題だね」

「え? ヨシノ、何言ってるんだ? 食べ放題?」

「リョータ、食べ放題だよ。覚えてない? バッフェ? バイキング? うーん……何だっけ?」

「良く分からないぞ」

「つまり……、『あなたが食べられる全て』ってことよ!」

 ヨシノから食事(たと)え話が出た直後、ハイドと話し終えたカレンが叫ぶ。

「魔法使いっ! 削れるだけ削れっ!」

 カレンが賊達に向かって腕を突き出すと、ハイドは黄色の宝石が嵌まったメイジスタッフを取り出した。不敵な笑みを浮かべるハイド。前髪から覗く広い額がきらりと光る。皮脂で。

「シシシシシ……つ、遂に、遂に僕が本気を出す場面が来た……っ!」

 

 

 練兵場に眩しい程の雷光が幾筋も走る。

 その度に雷鳴が響き渡り、至る所で賊達が弾け跳んだ。

 ハイドの得意な電磁魔法(ファルツマジック)暴威雷電(サンダーストーム)。現在ハイドが覚えている最強魔法だ。

「オークが厄介だ。オーク中心に潰せっ!」

「ジェスキシシ・イーン・サルク・キシッカルト・フラム・ダルトシシシシシシ……そもそも僕は最強。僕は最強。……ジェスキシシ・イーン・サルク・キーーーーシッシッシッシッシ……」

 狂人のように暴威雷電(サンダーストーム)を唱え続けるハイド。温存していた魔法力を思う存分発散した。

 人間や亜人に対し、精霊魔法(エレメンタルマジック)は圧倒的な威力を発揮する。事実、魔法使いの瞬間最大火力は最強だった。見る見るうちに、多く賊達を無力化していく。

「くっそ、やべーぞ、あの魔法使い何とかしろ」

「散れっ! 散れっ! 固まると不味いっ! その内、すぐに魔法力が尽きる」

 倒れていない賊達は練兵場内に散開して、散り散りとなる。雷の嵐に追い立てられて、ブリセイスを嬲り続けていた賊達も短衣を履いて逃げ始めた。

「ブリセイスを救うぞ。突っ込め!」

 暴威雷電(サンダーストーム)に狼狽える賊をスタッフで叩き伏せると、隙ができた人集りの中をカレン自らブリセイス目掛けて突っ込む。

 ハイドを護衛しつつの移動。散発的に襲いかかってくる賊達をヨシノとリョータで牽制する。

 その4人の目の前を巨大な怪物が塞いだ。

「うわー、おおきーい」

 ヨシノが感嘆の声を上げる。

 それは先程伝令を殺した巨大なオークだった。

 その見た目は常軌を逸している。

 体長は通常のオークの1.5倍。横幅も同じく魁偉(かいい)だ。その姿は肉の塊と言う表現が相応しい。

 全身の筋肉には太い血管が浮き出、胸も腕もはち切れんばかりに盛り上がっていた。そして手には、血と脳漿がこびりついた長い戦槌が握られている。

 頭には逆立つ緑と金に染め分けられた髪の毛。目は赤く充血し、狂気的な怒りに満ち満ち、その下半身には巨大な陰茎がそそり立っていた。呼吸の度に大きく脈打つ。陰茎の先端はカレンの顔程の大きさがある。

「グルルルルル、フッシュー……っ!」

「不浄の化け物め。貴様もブリセイスを犯せるとでも思っていたのか? 人間にそんなデカイもの入るかっ! 魔法使い!」

 カレンは嫌悪感を顔に浮かべながら、ハイドに指示をした。

 しかし、ハイドは精霊魔法(エレメンタルマジック)の詠唱に入らない。

「シシシシシ……、駄目だ。ファ、電磁魔法(ファルツマジック)は、き、金属鎧を着ている奴には、い、威力が少ない。そ、それにもう暴威雷電(サンダーストーム)()終わりだ。キシッ!」

 ハイドの言ったことは事実だった。

 相手が金属鎧を着ている場合、電磁魔法(ファルツマジック)は金属鎧の表面を流れ、熱傷を負わすことはあっても、致命傷を与えることはできなかった。実際、ハイドの暴威雷電(サンダーストーム)で弾き飛ばされた賊達も何人か起き上がり始めている。

 人間やゴブリンのような薄い身体ならまだしも、ほぼ立方体に近い巨大オークの心臓まで電流を流すのは難しい。

 ハイドは無駄な魔法力の消費はしない。

「そうか……」

「……グモオッッシューッ!!」

 後ろを向いてハイドと話していたカレンに、巨大オークが襲いかかる。3メートル以上の高さから振り下ろされる戦槌。凄まじい威力で、周囲の空気が歪んだ。

 咄嗟に、カレンはスタッフで横薙ぎすると戦槌の落下方向をずらす。戦槌は練兵場の地面に深く突き刺さり、震動を起こす。そして、攻撃の威力を流しきれなかったのか、カレン自身も後方へ飛ばされ、一回転して着地する。

「カレカレっ! 大丈夫?!」

 ヨシノが次々に襲い来る賊達を相手にしながら心配した。ヨシノはハイドを守りながら3人も賊達を相手にしていて忙しい。

 ゆっくりと手を挙げて、無事を表わすカレン。一方、巨大オークは地面に刺さった戦槌を抜こうともがいていた。

 その様子を見ながらカレンは左手を振った。その(てのひら)に痺れを感じる。持っていた金属製のスタッフを見ると、先端の方が折れ曲がっていた。

「痺れた……。そして折れたか」

 そう言うとカレンは金属製のスタッフを放り捨て、腰から伸縮式のスタッフを勢い良く抜いた。その勢いでスタッフが伸びる。

「グモッ! グモッ! グモッシューッ!」

 戦槌を抜き終えた巨大オークが、再びカレンに狙いを定めた。

 想像以上に早い動きでカレンを襲う。

 カレンの脳裏に「受け流しきれるか?」という不安が()ぎる中、怒濤の戦槌が彼女に迫っていた。

 

 

 激しい金属の衝突音がして、目の前に火花が散る。

 一瞬、目を閉じるカレン。

 目を開いた時、目の前には静止した戦槌の先端があった。そして、戦槌を受け止めたリョータ。肉厚で野蛮な両手剣(ツヴェイヘンダー)が鈍く優しく光る。

「おい、カレンっ! 神官なんだから下がってろよ……。こんなのは俺様の餌だろ」

 驚きの表情。一瞬思考が止まったカレンだったが、すぐにいつもの機嫌の悪そうな顔に戻る。グンゾウであれば、カレンが最高に上機嫌だとわかるだろう。

「……わかった、筋肉。そのデカブツは任せた。倒さなくて良い、ヨシノが雑魚を片付けるまで生き延びろっ!」

「おうっ! 任せろってんだ」

「それに私を呼び捨てにした罰を、後できっちり受けてもらわねばならない」

「え……っ?」

 多少の疑問を感じつつ、リョータは目の前の巨大オークに集中した。戦槌を受け止めている両手に感じたことの無い圧力を感じていた。光の護法(プロテクション)守人の光(アシスト)の倍掛けでなければ耐えられないかもしれない。

「カズヒコもデッドヘッドでゾランを狩ってるかも知れないからな……、俺様もこれくらいのデカイの相手にしないと……なっ!」

 リョータが巨大オークの無防備な股間に下段蹴りを入れると、巨大オークの身体が揺らいで後退する。その隙に、後退して間合いを取る。

「戦場で汚ねーちん(ピー)とか出してんじゃねーよ、ボケッ! 弱点以外の何物でもねーだろ」

「グモモモモモ……、オッシューッ!!」

「おらっ! 来いよ、デカブツ。今日の俺様はマックス調子がいいぜ」

 リョータは両手剣(ツヴェイヘンダー)を肩に担ぐと、巨大オークに中指を立てた。

 

 

「食べ放題は忙しい……、急がないとお腹いっぱいになっちゃうし……」

 良く分からないことを呟きながら、ヨシノは次々と賊達を槍に懸けていた。

「これは食べ物……、これは食べ物……」

 ヨシノは自分に言い聞かせながら、賊達を攻撃し続けた。シムラがそうであったように、ヨシノも人間を殺すことに抵抗があった。例えそれが目の前でブリセイスにひどいことをしていた悪人であっても。

「今、二段突き(ダブルスラスト)で刺した相手は肺と腸が傷付いて、治療が遅れれば致命傷だ……」

 意図せず思ったことをそのまま口にしてしまい凍り付く。

 動きが止まったヨシノに賊のひとりが後ろから襲いかかる。

「きゃっ!」

 片手剣で背中を斬り付けられ衝撃を受ける。背当があるため損傷にはならないが、息が止まる。無意識で振り向き様に槍を横薙ぎし、賊の喉笛を斬り裂く。

 頸動脈が切れ、勢い良く吹き出す血飛沫。

 目の前が紅く染まる。

 喉を斬り裂かれた賊は、傷口を手で押さえながら口を何度か動かし、そのまま前のめりに倒れた。

「ごめんね……」

 涙が溢れ、目の前が滲む。

 その滲んだ景色の向こうに、ボロ雑巾のように倒れているブリセイスの姿が見えた。

 目の前に立ちはだかる賊はあと2人。

 この賊達を振り切ればブリセイスを救うことができる。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……癒し手(キュア)

「え?」

 ヨシノの横でカレンが先程の賊に癒し手(キュア)を施していた。軽い呻き声を上げる賊。

「そして、悔い改めよ」

 そう言って、カレンは賊の股間目掛けてスタッフを振り下ろした。全力の強打(スマッシュ)。賊は取り戻した意識を再び失う。

「ヨシノ、心置きなく戦え」

 グンゾウが聞いたことのないカレンの優しい声。

「カレカレー……」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ヨシノはカレンを抱きしめた。大きいヨシノに抱きすくめられる小さなカレン。カレンは身動きができなくなり、慌ててヨシノの甲冑を叩く。

「こらこら、そんなことをしている時間はないぞ。早くブリセイスを救うのだ」

「うんうん、あたし頑張る……」

 吹っ切れたヨシノは強かった。思い切って槍を振るい目の前の賊達を一瞬で叩き伏せた。装備の整わない半裸の賊など、完全武装のヨシノの相手ではなかった。

 

 

 カレン達は、ようやく念願のブリセイスの下へ辿り着く。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに……光の奇跡(サクラメント)

 カレンの手から放たれた光が、ブリセイスの全身を包み込む。ブリセイスの身体に複数有った傷がみるみる塞がっていく。

「ブリセイス……待たせたな……」

 ブリセイスの乱れた焦げ茶髪(ブルネット)を優しく撫でるカレンの白い手。

 カレンは素早く銀糸の外套(マント)を脱ぐと、ブリセイスの上にかけた。

 ブリセイスの手首には金属製の手枷が嵌まっている。

「魔法使い、壊せ」

「ひ、人使いが荒い……シシシシ……マリク・シシエム・パパルク……」

 輝く魔方陣から飛び出た光弾が、ブリセイスと柱を繋いでいる鎖を壊す。

「カ、カレカレー! 手伝って―。ちょっと増えてきちゃったよ。どうなってるの、ドイハっちーっ!」

 ブリセイスを治療している間、ヨシノはひとりで襲いかかる賊達と奮戦していた。4人程に囲まれている。

 リョータは今オークと対峙しており、他の賊に構う余裕がない。リョータと巨大オークの1対1(タイマン)は激しさを増し、巻き込まれるのが危ないため、賊達ですらその戦いに近付こうとはしていない。

「き、気絶してただけってことだぜー、キシシシ」

 一時的にハイドの暴威雷電(サンダーストーム)で散開した賊達は、次第に戻ってきたり、回復して起き上がったりするものが増えてきた。

 ブリセイスは身体は癒えているものの、まだ意識が戻っていなかった。

「魔法使いっ! あと何発撃てる?」

「シシ、サ、暴威雷電(サンダーストーム)で1発」

 少し逡巡したカレンだったが、すぐにショートスタッフを抜くと戦列に加わった。

「ならば、貴様は自分自身で守れっ! ブリセイスにも敵を近付けるな」

「シシシシシシ……愚問だな。キシッ!」

 カレンの指示にハイドは自信満々で答えた。魔法力の残りが少ない割に勝ち気な点がカレンを少し不安にさせる。

 

 

 ヨシノとカレンが一進一退の攻防を繰り広げている間、リョータと巨大オークの戦いは熱さを増していた。

 巨大オークはその見た目に反して機敏だった。戦闘が長引くにつれ冷静さを取り戻し、大きな戦槌を自在に繰り出してきた。

 そんな強敵と戦う最中、リョータは不思議な感覚に漂っていた。

 まず、時間がゆっくりと流れているように感じ、相手の動きが手に取るように見えていた。五感も鋭敏になり、甲冑を着ていないかのように肌で周囲の空気の流れを感じることができた。耳には相手の息遣いも聞こえる。

 光の護法(プロテクション)守人の光(アシスト)の効果なのだろうか。

 目の前には自分よりも巨躯のオークが立ちはだかっていたが、全く恐怖は感じなかった。

 むしろ、負ける気がしなかった。

「うおぉぉぉりゃあぁぁぁいぃぃっ!! 陽炎(ヘイズ)!」

 カズヒコのお株を奪う下段からの切り上げで、巨大オークの攻撃を打ち返す。

 鈍い音がして、巨大オークの戦槌の柄が折れた。

 リョータは武器を失った敵にすぐに攻勢に出ない。まずは自分の優位性を満喫する悪い癖がある。

「あっらー? これは勝っちゃったかなー? うっへっへっへっへ、ばーか、ばーか。てめえがデカくたって、獲物は俺様の方が高級品なんだよ」

 軽くステップを踏みながら、間合いを保って次の攻撃の準備をするリョータ。

 リョータの悪態が通じたのか、巨大オークの緑色の顔は紅潮し、紫色になった。

 筋肉が怒りで震えている。

 浮き出た血管は今にも血が噴き出しそうだ。

「グモグモ……グモグモ……、オルッシューーーー!」

 巨大オークは怒りに任せ、戦槌の柄を勢い良く投げる。投げた先に休んでいた賊がいて、頭に柄が刺さり倒れる。

「ひでえ奴だな……」

 リョータは余裕ぶった口調ながらも、えも言われぬ気持ち悪さを感じて、さらに巨大オークとの間合いを開けた。

 この臆病なリョータの間合いが命を救った。

 巨大オークは突然両手を背に遣り、背負っていた片手用の湾刀を2本抜く。両手構え(ヂュアルウィールド)だ。

 片手用の湾刀と言っても、巨大オークのそれは人間では両手持ち用に見える大きさだった。

 巨大オークが練習のように何度か湾刀を振るうと、湾刀の残像がリョータの感覚記憶に残った。

 その残像がリョータの本能に恐怖を伝える。

「なんか、やべえっ!!」

 リョータは後ろへ振り向くと、巨大オークから全速力で逃げた。

 後ろには暴威雷電(サンダーストーム)で受傷した賊達が、数人武器を構えていたが、リョータは体当たりをして、その隙間を抜けた。

 次の瞬間、恐ろしい咆哮がして巨大オークが湾刀を振り回しながら襲いかかってきた。

 不幸にも、リョータと巨大オークの間にいた賊達は微塵切りになる。血の上ったオークに敵味方の区別は無い。

 ぼとぼとと肉の塊が地面に落ちる音。

「くっそ、こんなの勝てるのかよ……」

 リョータは冷や汗が止まらなかった。

 

 

「シシシシシ……絶体絶命……ギジッ!」

 今までになく追い詰められるハイド。

 ヨシノやカレンが相手にしきれない賊達が5人程、後ろで眠そうにしているハイドを狙ってきた。全員暴威雷電(サンダーストーム)で受傷し、ハイドに対して腹が立っている。手足を引き摺ったりはしているが、戦闘力の無いハイドを殺すには十分だった。

 ハイドはじりじりと押され、壁際付近まで追い詰められていた。

「てめえのせいで、散々な目に遭ったぜ。きっちり御礼をしてやる」

「キシシ、御礼は現金のみで承ります……シシシ」

「この、くそガキ。たっぷり後悔するくらい苦しい殺し方で、ぶっ殺してやる」

「遠慮します……キシッ!」

「死ね! とにかく、死ね!」

「人はいつか死にます、シシシシシシ」

「お前のせいで、あの女を犯せなかったじゃねーか」

「シシシ……、今なら空いてますからどうぞ」

 賊達の脅しに一言一言返事をするハイド。

 その度に賊達の苛立ちが増していく。

「あー、もう、なんかこいついちいちむかつくっ! 早く殺してぇ!」

「ぼぼぼ、暴力は反対……なんだな。シシシシシシシ」

 ひとりの賊が叫んだせいで、ようやくヨシノとカレンがハイドの危機を認知する。

「ドイハっちがやばいよっ! カレカレ、行ける?!」

 ヨシノがカレンに目を遣ると、カレンは軽く首を振った。もう手遅れだとでも言いたげだ。

 実際、2人とも目の前には複数の敵を抱えていて、とても抜け出せない。

「やばいっ! 戦士とあのクソ強い女神官に気付かれた。さっさと殺せ」

 ハイドを囲んでいる賊達が武器を振り上げる。

「魔法使いっ!!」「ドイハっちー!!」

 ヨシノとカレンの悲鳴にも似た声が練兵場に響く。

 

 

 金属がぶつかる音がする。

 賊達が振り下ろした、または突き刺した武器は全てお互いにぶつかり、本来は仕留めているはずの人間を捉え損ねていた。ハイドは、突如として賊達の目の前から消えていた。そこには落ちた眼鏡だけが取り残されている。

「くそっ! 何処に行った、あのおかっぱ頭」

「魔法使いのガキ……消えやがった」

「あの(たる)んだ小デブが、素早く動ける訳ねー。魔法に違いない」

 賊達が口々にハイドの悪口を言う。

「シシシシシ……、言イタイ放題ダナ……」

 賊達の後ろにそれは居た。

 ゆったりと直立し、両手を左右に広げ、ふわふわと空中に揺蕩(たゆた)わせている。身体を包む布が膨らみ、時折放電の火花(スパーク)が散った。黒い髪の毛は真上に逆立ち、生え際の薄さが目立つ。以前よりも禿げて()ている。

「ドイハっち、生きてた……」

 ヨシノの安堵の声。

「奥の手とはそれかっ!? 魔法使い」

 カレンの問いに対して、ハイドが余裕の表情で答える。余裕があるせいか、心なし顔が凜々しく見える。

「ソウダ……。ボ、僕ノ究極奥義、雷神(ライジン)=R・I・S・I・N・G、シシシ……シシシシシシシ……」

 ヨシノとカレンは意味が分からず、首を(かし)げた。

「うるせぇ、このクソガキ。ぶっ殺してやる!」

 賊のひとりがハイドに斬りかかる。振り下ろされる片手剣。

 常に上からの物言いだが、普段は何を考えているかわからない表情のハイド。しかし、今日の彼の笑顔には(あざけ)りと(さげす)みの色が見て取れた。

「キシシシシシシシシシシ、馬鹿カカカカ、ボ、僕ノ、スピードニ付イテ、イテ、コレルカナ?」

 そう言うと残像だけを残して、ハイドの姿が消える。

 賊の斬撃が空を斬る。

「シーッシッシシシシ……ザーコ、ザーコ」

 ハイドは遠く後方に5メートルは離れた場所に後退していた。

「な、速い……っ! ヴェールちゃんやあたしよりも速いかも」

「このクソガキー!!」

 馬鹿にされた腹の立った賊達がハイドを追いかけ回す。ハイドは追いかけてくる賊達をからかいながら、人間わざとは思えない速さで逃げ続けた。

 目の前の戦闘に集中しなければならないのは理解しつつも、新しい出来事(おもちゃ)には気が散ってしまうヨシノは、ハイドに質問せずにいられない。

「ドイハっち、どうやってるの? 教えてー」

電磁(ファルツ)精霊(エレメント)ヲ直接操ッテ、ボ、僕ノ筋肉ニ電荷ヲカケテ、イイイイルイルイル、キシシ」

 

 このグリムガルに来てから、ハイドは脅威的な早さで精霊魔法(エレメンタルマジック)を理解していた。

 規定修練の時点で、ハイドは魔法文字が扱っているのは精霊(エレメント)ではなく、自然界に満ちあふれるマナであると予想していた。マナを用いて超常的な自然の現象を操っていると。実際、魔法使いギルドで最初に習う魔法の光弾(マジックミサイル)は何の精霊(エレメント)も使役しない、純粋なエネルギーの塊だった。

 ハイドは理解していた。精霊(エレメント)とは精霊魔法(エレメンタルマジック)を万人向けにわかりやすくするため、魔法生物という形で顕現(けんげん)しているもので、術者の認知的負担を小さくするための機能的にまとまったシステムであると。

 だから、電磁(ファルツ)精霊(エレメント)統御法(マスタリー)に熟知すれば、必ず自在に制御して、新たな性能を出すことができると信じ、日々仮説と検証を重ね続けた。

 その努力の結実が、雷神(ライジン)=RISINGだった。

 

「すごいっ! 全然分かんないけど、すごいじゃんドイハっちっ!」

 ヨシノに手放しに褒められ、満更でもない顔をするハイド。

 その内、追いかけ回している賊達が疲れて、ハイドを追いかける速度が遅くなる。

 座り込む賊も出てきた。

 ハイドはその様子を少し離れた場所から、ゆったりと眺めていた。特に攻撃に移るでもなく、ふわふわと揺蕩(たゆた)っている。

 その様子を見ているヨシノの中に素朴な疑問が浮かぶ。

「それ……、逃げる以外にすごい攻撃とかないのー?」

「……ナイ。キ、基本的ニ、僕ノ筋力ヲ超エルコトハデキナイ……、キシッ!」

 ヨシノの隣で八面六臂の戦いを繰り広げているカレンが聞こえるように大きな溜め息を吐いた。

「え? あ、そうなんだ……、そっか……、あ、うん、頑張って逃げてね、ドイハっち……」

 ヨシノもそれ以上言うことが無くなり、戦闘に集中していった。

「……シシシ……アレ?」

 

 

「やべえぞ、畜生っ! よけろっ! ヨシノ、カレンっ!」

 激しく、そして何度も金属同士がぶつかり合う音がして、リョータと巨大オークがカレン達の戦闘に飛び込んでくる。カレンとヨシノは素早く戦線を離脱する。

 巨大オークの双剣が無数の斬撃を繰り出し、リョータを打ち据える。逃げ遅れた賊達が巨大オークの斬撃の餌食となって、肉塊と化した。

 リョータも肉厚の両手剣(ツヴァイヘンダー)を玩具の竹光のように軽々と振り回し受け太刀をするが、倍の量で迫る攻撃には対応しきれず、鎧を使っての防御にならざるを得ない。

 先程からリョータは致命傷を避けるため、後退を繰り返しながら対応をしている。

「こいつ、敵も味方もねーぞ! いい感じに賊を殺しまくってやがる」

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、審判の光(ジャッジメント)

 カレンの放った審判の光(ジャッジメント)の粒子が巨大オークの周囲を七色に染める。

 空気の入った袋が割れるような軽い破裂音が響いて、巨大オークに衝撃を加えていく。

「グモオッ! グモオッ! オッシューッ! オオオッシューッ!!」

 明らかに審判の光(ジャッジメント)による損傷を嫌がっていた。

 巨大オークの足が止まる。

「はぁ、はぁ、これで少し時間稼ぎができる」

 カレンは汗に濡れた金髪をかき上げる。流石の連戦に息が切れていた。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、恵みの光陣(サークレット)

 揺れきらめく光の円陣が現れ、カレンを中心にリョータやヨシノを包む。

「この中に居れば、少しずつ傷が癒えるはずだ」

 カレンは眼鏡に付いた汗と血飛沫を神官衣で拭きながら、注意深く周囲を観察する。

 巨大オークとリョータの戦いの跡には、賊達の血溜まりが広がっていた。

 戦場の変遷が容易に把握できる。

 既に戦意のある賊はいなかった。大半は逃げだし、逃げることもできない負傷者は壁際で死への恐怖に震えていた。

 カレンはリョータへ目を遣る。その鎧は至る所で金属が曲がり、傷付いていた。壮絶な戦いを伺わせる。リョータは乱れた息を整えていた。

「よく頑張ったな、筋肉。貴様が逃げ回ったお陰で敵は既にあの化け物のみだ。……すぐに審判の光(ジャッジメント)を突破するだろう。ここからはヨシノとふたりだ。私は支援に回る。思う存分……潰せ」

「はー、はー、けっ……、どうせ逃げて回ってただけだよ……。ふっ! だが、ここからは逃げねーぜ……」

 リョータは両手剣(ツヴェイヘンダー)を正眼に構えた。

 その隣に並んで、ヨシノが右前半身構えで立つ。

「初めての共同作業だね」

 ヨシノの一言にリョータが驚きの表情をする。

「それは所謂(いわゆる)、けっこ……」

「いや、いっつもリョータが勝手にあたしの獲物を奪っちゃうってことだよ」

「なんでえ。……でも、初めての共同作業……失敗はできないな……」

「そうだよ。……ファーストバイトは女の子が先だからね、忘れないで」

 ヨシノが槍を(しご)く。

 ほぼ時を同じくして、巨大オークが両手の湾刀を振り回し、審判の光(ジャッジメント)の粒子を振り払った。

「来るよ、リョータ」

「おう……っ!」

「ウウウウォオオオオォォォォォ、ッシュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 巨大オークは双剣を構え、咆哮を上げた。

 

 

 集中力で脳内の時間が圧縮され、一瞬のような長い時間が過ぎていた。

 2対1の激しい攻防。

 無言で巨大オークを攻め続けるヨシノとリョータ。

 襲いかかる湾刀の刃が何度となくヨシノとリョータを捉えたが、お互いに援護しあって危機を回避していた。ふたりが傷付く度に、輝くカレンの癒光(ヒール)がふたりを癒やした。

 巨大オークも分散される注意に、圧倒的な力を発揮することが出来なくなっていた。特に素早く、間合いの長いヨシノの槍には翻弄されている。

 しかし、ヨシノとリョータも攻めあぐねていた。ふたりの攻撃は何度か巨大オークの身体を捉えていたが、丈夫な身体の表面を捉えるのみで、決定的な損害を与えることができないでいた。

 巨大オークの間合いは広い。

 決定的な一撃を食らわすためには、その間合いに飛び込まなければならなかった。

 自殺行為寄りの命懸け。

 高速で襲いかかる凶刃の中をかいくぐって、全力での攻撃態勢を取るには万全の時機を狙わなければならない。

 3秒。最低2秒は欲しいと、ふたりとも思っていた。

 そう考えている内に、どんどんと時が過ぎていっていた。

「こいつ……ゆで蟹みたいだねっ!」

「……一応、聞いてみるぞ。どういう意味だ、ヨシノっ!」

「殻が固いし、食べる時に無言になっちゃうってことーっ!」

 今回は割と分かりやすいなとリョータは思った。

 リョータの目の先に、カレンの足下の床で寝ているハイドの姿が映る。

「こらっ! キモオタっ! てめー、休んでんじゃねー。このクソオークを止められねーのか?! 3秒でいいっ!」

 反応が無い。ただ熟睡しているようだ。

 冷めた目をしたカレンがハイドの腹部をショートスタッフで突く。

「ぐぇっ! ……ギジジジジ」

 鼻提灯を膨らませて寝ていたハイドが目を覚ます。

「ドイハっち。このオークんを止められない? 3秒。2秒でもなんとか……」

「シシシ、……す、全ての魔法力を使ってしまうと、ぼ、僕は倒れてしまう。……だ、誰か負ぶってくれるか? キシッ!」

「負ぶう、負ぶう。あたし、負ぶうよ」

「バッカ、ヨシノ、俺が負ぶうからいいよ。あんなの……」

「キシシ、わかった……イヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ」

 メイジスタッフを頼りにして、よれよれとハイドが立ち上がる。その瞬間、両足の筋肉へ焼け付くような痛みが走った。

 極度の筋肉痛。

 雷神(ライジン)=RISINGの性能は抜群だったが、筋肉を電気的に操作する負担は全て術者の身体に返ってきた。普段以上に顔色が悪いハイド。

「どこまで効くか分からないが、私も同時に咎光(ブレイム)を放つ。……時機を合わせるぞっ! 終幕(フィナーレ)だ、()()動けっ!」

 カレンが指揮を執る。カレンの顔にも疲労が色濃い。

「おうっ!」「にゃっ!」

 リョータとヨシノが返事をする。精気のある、いい返事だった。

 ハイドは息も絶え絶えにメイジスタッフを構えると、雷電(ライトニング)の詠唱に入った。スタッフの先で中空に魔法文字を書き連ねる。

「キシシ、ジェス・イーンシシシ・サルク・フラム・キシッ……」

 そこで魔法文字の記入を止め、カレンの顔を見るハイド。

 カレンはヨシノとリョータの動きに集中し、時機を見極めていた。

 時は来る。

 何度目かの攻防の後、巨大オークが双剣を大きく振りかぶって、ヨシノとリョータへ振り下ろそうとする。

 ヨシノとリョータはそれを(かわ)そうと後退(バックステップ)で間合いを作った。

「放てっ!!」

「ダルトっ!」

 カレンが叫ぶと同時にハイドの詠唱が完成し、巨大オークの頭上に光輝く魔方陣ができる。

 次の刹那、一筋の稲光がオーク目掛けて降り注ぐ。

 電子の流れが空気を斬り裂く轟音が響き、巨大オークの身体がびくりと()ぜる。

 周囲に体毛の焦げる臭いが一瞬で広まる。

 焦げた豚の臭い。

 雷電(ライトニング)の命中を確認すると、崩れ落ちるように倒れるハイド。

「光よ、ルミアリスの加護のもとに、咎光(ブレイム)

 カレンの白い顔を咎光(ブレイム)の光がさらに白く照らし出した。

 七色に輝く絹糸のような光の筋が螺旋を描き、交わりながら強い光の鎖となって巨大オークへ向かって伸びていった。

「ヴォオオオオオッジュッヴヴヴヴヴ……」

 巨大オークの動きが止まる。

 それを確認するよりも前に、獰猛な獣と化した戦士達が動き出す。

「ショーーータイムだぜぇ!!」

 リョータが左上からの袈裟懸けで両手剣(ツヴァイヘンダー)を振り下ろす。戦士の基本技、憤怒の一撃(レイジブロー)

「ヴォッシュッ!!」

 渾身の力を振り絞って、巨大オークはその斬撃を双剣で受け止める。

 飛び散る火花。

「シッ……っ!」

 両手の塞がった巨大オークの喉笛を狙って、ヨシノの槍が唸りを上げる。

 終わった。

 誰もがそう思った瞬間、巨大オークは左手で持っていた湾刀を手放し、ヨシノの槍を(てのひら)で防ぐ。恐るべき生存への渇望。ヨシノの槍は巨大オークの(てのひら)を貫いて、止まった。

 リョータの両手剣(ツヴァイヘンダー)は片刀だけでは防ぎ切れないため、肩で支える形になる。

 しかし、両者の攻撃共、致命傷にはほど遠い。

 硬直する三者。

 一斉攻撃の失敗に悔やしがるヨシノとリョータ。体力と気力の限界が一気に訪れる。

 一方、危機を(しの)いで笑みを浮かべる巨大オーク。

 巨大オークは、余裕の表情でヨシノとリョータを見下ろした。生存の喜びから、自然と鼻から笑いが(こぼ)れる。

 次の瞬間、その笑いが止む。

 ヨシノとリョータの背後で、睨み付ける眼鏡の下の双眸。その可愛らしい小さな唇に笑みを浮かべる神官がいた。

 その神官の不気味な笑みに疑問を覚え、巨大オークは不足気味な脳みそを最大限使って、笑みの理由を考えた。

 分かるはずもない。

 ルミアリス教団において辺境オルタナ(いち)の天才少女と称された神官カレンと、生まれつきの恵まれた体躯とその肉体から生み出される暴力だけで生きてきたオークとで、見えている景色が同じ訳がない。

(いの)れ……」

 静かな祈りと共にカレンが右手を額に当てると、六芒の輝きが灯った。

 その輝きを不快そうに眺める巨大オークの背後に黒い影が舞う。握り締められた鈍色(にびいろ)の白刃。

 次の瞬間、その白刃は疾風の如き速さで巨大オークの(うなじ)に突き刺さり、その脊髄(せきずい)を断ち切った。

 

 

 崩れ落ちた巨大オークの上に、銀糸の外套(マント)を羽織った全裸のブリセイスが立っていた。その手には死んだ賊のものと思われる片手剣が握られていた。

「重い……、畜生! 重いぞ。それになんか見えない。なんか良い景色が見えそうなのに、見えない……。早くどかせっ!」

 崩れ落ちた巨大オークの下敷きになって、潰されているリョータ。

「ブリちゃんっ! あたし、あたし……うえっ、うえっ、うえーーーーん」

 ヨシノが面防(バイザー)を跳ね上げ、歓喜の声を上げる。それと同時に双眸がみるみる内に涙でいっぱいになり、泣き始めた。

 リョータの声を無視して、ブリセイスはヨシノを抱きしめる。

「無理をさせたな……。もう大丈夫だから泣くなヨシノ」

 その傍にカレンが立っている。

「カレン師……ありがとうございました」

 ブリセイスは済まなそうな表情でカレンを見る。

 カレンは恥ずかしそうにブリセイスから目を逸らした。

「ルミアリス様に感謝をすることだ……。そして……、生きていて良かった」

「……はい、もう……大丈夫です」

 ブリセイスは笑顔で返事をした。

「そうか、……ならば帰ろう」

 そう言うと、後ろに振りくカレン。

 その顔には、誰にも見せたことがない優しい笑顔が浮かんでいた。

 

 




伝令を捕らえるグンゾウとヴェール。
そこは敵の本拠地へ向かう入り口だった。
遂に現れるザムーンインザクラウドの首領と暗黒騎士。
囁かれた甘言は嘘か、それとも真実なのか?
次回「25.知りすぎた神官、知らなすぎる神官」
お楽しみに!


最近立て続けに感想をいただき、嬉しい限りです。
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