廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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やっちまいました17600文字……。再び約3話分っす。
しかも仕事も忙しくなってきて、連休有ったのに投稿まで1ヶ月空いちゃいました。
大変お待たせ致しました。前回までの流れを忘れてしまったと思いますが、是非読み返してみてください。

残りは後日談1話とエピローグです。
あまりに忙しくて校正が甘いので、誤字・脱字はご愛敬ということで……。


26.光の奇跡

「さて、どうするグンゾウ君」

 シャトウは(おもむろ)に話し始める。まるで学府で講義をする教師のように、ゆっくりと歩きながらグンゾウの返事を待っていた。

「……何を……?」

「なはははは、スカウトの件さ。とぼけないでくれ。それともとぼけ好き? とぼけボーイ? とぼ……」

「黙れっ! 俺がテロリストなんかになるわけないだろ」

 シャトウの小ボケが始まる前に、言葉を遮るグンゾウ。胃の痛みが和らいで、スタッフを構え直した。

 その様子を見たシャトウは渋い顔になる。グンゾウをしばらく見詰めた後、視線を外すと再び歩き始めた。

「ちっちっち……、テロリスト? それは違うな。賢くなりたまえ。別に義勇兵団へ忠誠を誓う義理もないだろう? オルタナではそれなりに理不尽な思いをしたろう? 僕は知っている。何故なら君と同じ義勇兵で、神官だったからだ。我々と来ればそんな思いは無いと約束しようっ!」

 グンゾウは頭の中で、義勇兵として過ごしてきた日々が思い浮かべた。

 ――確かに……理不尽な思いは多くある……。でも……。

「しかも、ここはザムーンインザクライドの拠点だ。今は、ヴェールちゃんもリンタ君と戦っている。もしここでリンタ君がヴェールちゃんを倒しちゃうと君はひとりぼっちの無力な神官だ……今の内に寝返った方がいいんじゃないの? うちのリンタ君結構強いぜー、勝っちゃうぜー」

 グンゾウを見てにっこりと笑顔を浮かべるシャトウ。

 グンゾウの背後では剣戟の音とリンタの下品な言葉が鳴り響いていた。

 ――嫌なことを言う……。しかし、冷静になるんだ……、さっきもそうだが、シャトウのペースに乗るとやられる。これは心理戦なんだ。熱くなるな……、熱くなるな……。

 グンゾウは深く息を()いた。

 興奮していた何かが身体から抜け落ち、いつもの冷静な自分を取り戻す。

「確かに……、義勇兵団がまともな組織運営とは思わない。それに……辺境軍自体に義理は無いし、このままの生活が良いなんて少しも思っちゃいない」

 グンゾウの言葉にシャトウは満足げに頷いた。

 そして、グンゾウは続ける。

「しかし、お前達の組織がまともだとも思えない。オルタナに火を付け、兵士達を殺め、盲目の少女を誘拐し、捕虜のブリセイスに対する虐待を認めた。俺の感覚からすれば、よっぽど人道に反する事をしている」

 シャトウはグンゾウの言葉をひとつひとつ頷いて聞く。特に動揺や感情の高ぶりは見せない。

「そうだな……。グンゾウ君の言うことはいちいちもっともだ。確かに、僕等のやっていることは非人道的だ。ただ、その中で謝らなければならないのは女騎士の件だけだ。その扱いについては配慮が欠けていた。すぐに正そう……」

「それ以外のことは?!」

 グンゾウが食ってかかろうとすると、シャトウは両手を胸の前に持ってきて()()()()という姿勢を取る。大きな顔に付いている小さな目でウインクをした。

 妙に余裕のある態度がグンゾウの気持ちを苛立たせる。

「まあ、まあ、落ち着きたまえ、グンゾウ君。慌てる乞食はなんとやらだぜー」

 そこまで笑顔で話していたシャトウの顔が急に真剣になる。

 先程から急激に変化する表情にグンゾウは恐怖を覚えていた。

「それ以外のことは、全て我々の大きな目的のために動いた手段だ。つまり、方便だよ。多少の犠牲は(いと)わない。それだけの価値がある目的だって事だ」

「目的とは……?」

 グンゾウが呟くように訊く。

「それは言えない」

 シャトウが凛とした声を出す。顔が大きいからか、声が大きいからか迫力がある。そして、すぐに顔が笑顔になり、元のとぼけた感じに戻る。

「グンゾウ君がうちに来れば、その内教えてあげられるかもしれないけどねー。それに今回の目的はあの少女にあったのだよ……、あの少女が我々の探していた鍵なんだ……」

「鍵……?」

「そう、鍵だ……。理不尽な我々の運命を変える、自由への扉のね。つまり、この戦争は自由を得ようとする者達とそれを妨げようとする者達の戦いなんだ。いつだって、革命や戦争はそんな理由で起きるだろ? そう考えると多少の犠牲など小さなものだ。……ともかく、君は自由への招待状を手に入れた。その夜会(パーティ)へ参加するかしないかは……、それも君の自由だ」

 ――話を聞けば聞く程分からなくなっていく……。シャトウは何を言っているのだろう? 大体シャトウが言っていることが全て真実だとも限らない。大嘘つきか、精神異常者か、それとも……。

 シャトウの言葉を真剣に受け止めてはいけないと思う気持ちと裏腹に、グンゾウは思考の渦に迷い込んでいた。

 

 

「どうだい? ミステリアスだろー? やっぱり、ここはひとつうちに加入して、この謎を解いてみないか? グンゾウ君なら破格の扱いをするよ。そうだな……秘書に若い女の子をひとり付けてもいい。毎日楽しいぞー。何だかわからないけど、やりたい放題だぜー」

 ――秘書……。やりたい放題……。

 何故かグンゾウの頭にアキの姿が浮かんだ。

 

 アキは神官衣に身を包んでグンゾウの横に付き従っていた。手には羊皮紙の巻物をいくつも持っている。

 アキの神官衣は丈が短く、伸ばしても膝上までしかない。神官衣の下には何も履いていないため、歩く度にアキの白くて細い太股(ふともも)が眩しい。

 アキは髪の毛は上げてまとめていて、白い(うなじ)に後れ毛が垂れて色っぽい。顔を見ると何故か黒縁の眼鏡をかけている。いつもより大人っぽい姿にグンゾウは喉が鳴る程、唾を飲み込んだ。

 何故か歯止めが利かず、グンゾウは思ったことを率直に言ってしまう。

 するとアキは少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうにグンゾウの方を向いて笑った。

 ――かわええ。

 その桜色の唇がわずかに開き、何かを言う。

 何故か音がせず、聞き取れない。何を言っているか分からず、グンゾウは唇の動きに注目する。

 アキは何度も何度も同じ口の形を繰り返す。

 ――なんだろう……。み? ん? だ? だい……? 大好き? 俺のことが大好き?!

 

「……ゾウくーん? グンゾウくーん? グンゾウくーん?」

 白昼夢から戻ると目の前にはシャトウのデカイ顔があった。厚い一重瞼に、大きな口。

「うおっ! でっけぇ顔っ!!」

 グンゾウは驚いて後ろに跳びはねる。驚きのあまり無様にも尻餅を衝いてしまった。

 石畳にぶつけた痛みが、尾てい骨から鼻に抜ける。涙が溢れてきた。

 アキとの幻想(ファンタジー)から、おっさんとの現実(リアル)への着地は幸福度の落差が大きい。

 グンゾウは素早く立ち上がると、シャトウから離れるように後退った。

「うおい、うおい、ひどいな君は。意識が飛んだグンゾウ君を攻撃もせず、優しく介抱してあげようとしたのに、顔がデカイなんて……。まあ、正直、大抵の盾よりデカイんだけどね……ってそんなことあるかーいっ! 馬鹿にすんのもいい加減にしろよー……。とは言え、気持ちは分かるよ。僕も毎朝鏡見る度、驚きと共に1日を迎えるよ、グンちん……もう、グン……」

 ――うっかり現実逃避するところだった。……が、今の俺にとって何が大事なのか分かった気がする……。

「つまり、僕とグンゾウ君の相性ってばすごく……」

「待ってくれ、シャトウ……」

 相手の事を一切考えず、脈絡もなく話し続けるシャトウ。

 グンゾウはそのシャトウを押しとどめる。スタッフを持った手をぶらりと下げ、戦闘態勢を緩めた。

「おや? 遂に帰順してくれる気になったかい?」

 シャトウがニコニコと笑顔を浮かべながらグンゾウを見詰める。しかし、その笑顔の瞳の奥は笑っていない。何か得体の知れない意志が宿っていた。

 グンゾウは溜め息をひとつ吐くと、頭を左右に振る。

「おや?」

「……正直、俺はザムーンインザクラウドは悪の組織だと思っていた。いや、今もどちらかと言えばそうだ。しかし、今目の前にいる首領のお前と対峙して話を聞けば、その考えが正しいのかわからなくなる。シャトウ、俺はお前が何者かわからない。悪か、正義か、敵なのか、味方なのか……、好きか、嫌いか、それすらもわからない。だけど……、今俺の帰る場所、帰りたい場所はわかっている。だから、お前とは行かない。これは俺の意志だ。ブリセイスを解放して、そしてここから俺等と一緒に帰してくれ。頼む……」

 グンゾウは強い意志でシャトウを見詰め返す。シャトウはその様子を見て、クスりと笑った。

「ふふ、そうかそうか……。まあ、他でもないグンゾウ君の願いだ。義勇兵の先輩、同じルミアリス神官として、できるだけ聞き入れてあげたい。……そうだな、ブリセイスという女騎士は解放しよう。それは約束する。恐らく、まだ()()()はいるだろう……」

 そこでシャトウは1回言葉を区切る。視線をグンゾウから外し、そして、考え込むように顎に手を遣り腕を抱えた。

「うーん、後半の()()()()だが……、グンゾウ君は無事このまま帰してあげても良いかな」

「じゃあ……」

「……しかし、そこで戦っているヴェールちゃんは別だ。彼女はうちの組織を裏切っている。『裏切り者には死を』、これはうちの鉄の掟でね。そうじゃないと組織に示しがつかない」

 両手を横に上げて、シャトウは困ったと言う様子を示した。実際は困っていないだろうとグンゾウは思った。シャトウはそんなに()()ではない。

 似たもの同士の不思議な理解。

 そして、グンゾウもそんなに()()ではない。

「……そうか、利害の対立……か。お前はヴェールを殺したい。だが、……俺はヴェールを生かしたい。ヴェールは大切な……仲間なんだ」

 グンゾウは右足を後ろに引くとスタッフを中段に構える。その顔は何か吹っ切れた爽やかさがあった。

「だったら……、悲しいけど()()は敵だ」

 グンゾウは初めてシャトウに笑顔を投げかける。

 シャトウは一瞬驚いた表情をした後、すぐに普段通りの薄笑いに戻った。

「ふふふ……、短い間でぐっといい顔になったね。神官はいつも笑顔で。(しか)めっ(つら)ばかりの神官なんて駄目だよ。いつか死神に喰われちゃう。……いいだろう。少し稽古をつけてやろうじゃないか。本気で来い、()()()

 シャトウはスタッフを八相に構える。斜めに立ったスタッフの先がシャトウの頭上を遥に越える。

 ――攻撃重視の構えか……。舐められているな。見せてやろうじゃないか、カレン仕込みの操棒術を。

 相対する壮年と中年の神官。始まりの緊張感が2人を包む。

 その傍では、暗黒神の手先同士による緊張感をとうに越えた激戦が繰り広げられていた。

 

 

 面前に構えた長剣を蛇のようにすり抜け、剣先が目の前に迫る。

 ヴェールはそれを(わず)かな後傾(こうけい)(かわ)した。

 剣先が面防(バイザー)を引っ掻く。不快な金属音が両耳に届いた。

 その一撃を逃れた直後、面防(バイザー)の死角を()くように、装備の薄い脇腹を狙った短剣(ダガー)が襲ってくる。

 致命傷となる攻撃。

 咄嗟の判断で地面を蹴って、ヴェールは素早く後ろに下がった。左足から右足と素早く繰り返し蹴り下がり、グンゾウ(いわ)()()()()()()()で間合いを取る。排出系(イグゾースト)という暗黒騎士の基本的な(スキル)だ。

「おらおらおらおらおらおらぁっ! 逃げてばっかりじゃ、その(うち)詰んじゃうぜぇっ! 俺様の手は無限に存在してるんだからさああぁぁっ!」

 実際、リンタの攻撃に対してヴェールは逃げの一手だった。追いかけてくるリンタの斬撃を剣先で逸らしながら、さらに後ろへ後ろへと後退し続ける。

 しかし、その魔手は確実にヴェールを追い詰めつつあり、余裕を持って(かわ)せていた攻撃が(わず)かながら(かす)るようになってきていた。

 理由の1つは明白。

 心身の限界だ。

 鍛え抜かれたヴェールの精神と肉体であっても、無限の持久力があるわけではない。身体の動きが少しずつではあるが、悪くなってきている。また、細い糸の上を渡るように研ぎ澄ましていた神経も疲労してきた。リンタの口撃が効果を発揮しつつあるのか、冷静なヴェールの精神に(わず)かな波が立ち始めていた。

 しかし、ヴェールだけが消耗しているわけではない。

 間合いを広く取ったヴェールを追いかけないリンタ。足を止めて、一呼吸ついている。

 ヴェールは、リンタも確実に体力を消耗していると感じていた。

「よーし、ヴェールぅ。俺様も鬼じゃねぇ。大将がお前を殺すと言っても、それは周りの奴等への筋を通すためだ。つまりお前に皆が納得できる罰さえ与えれば、それでいいってことだ。そこでだっ! お前が俺様の性奴……」

「断る」

 説明の途中でヴェールはリンタの提案を拒否した。

 (わず)かな感情も込めず、静かだが意志の強さを感じる声で短く放った。

 少しの静寂。

「てめっ! 最後まで聞きやがれっ! いいか。良く聞け、俺様専用の性奴……」

「断ると言っている」

 リンタの戯れ言に付き合うのに疲れたヴェールはその言葉を遮るように攻撃を仕掛けた。

 素早い跳躍でヴェールがリンタに刺突を繰り出す。

 予想していたかのように、リンタは仰け反ってヴェールの突きを躱すと横薙ぎで反撃した。

「うく……っ!」

 呻き声が漏れるヴェール。

 リンタの長剣が脇腹を捉えていた。鎖帷子(チェインメイル)に守られているとは言え、重たい衝撃が腹部に伝わった。内臓が大きく動かされ、不快感が込み上げる。

 ヴェールは急いでその場を離れ、思わず通常の倍以上間合いを取った。

 片膝を衝き、込み上げてくる唾液を床に垂らした。

「ばーか、ばーか。てめぇの攻撃なんざ当たるわけねーだろ。予想済みなんだよ。どうよ? 俺様の『黒王(こくおう)』は。子宮までずどーんと響いたろ? いい加減、俺様の女になれ。そしたら、その身体に飽きるまでは生かしておいてやるぜ? うへっへっへ、お前の器量ならそこそこ飽きねーよ、きっと」

 リンタの愛剣黒王(こくおう)は片刃で僅かに湾曲している。先端の方ほど剣身が幅広になっていて重い。よほど鍛えられた前腕と手首の持ち主でないと繊細な剣技は発揮できない。扱い難さと引き替えに斬撃の威力が強化されている剣だ。

「くだらないな……」

 ヴェールが呟く。誰に対してというわけでもない。

「ああん?」

 リンタが不愉快そうに聞き返す。ヴェールの呟きが期待した答えと違っていたからだ。

「そんな人生はくだらない……」

 ヴェールは(おもむろ)に立ち上がると長剣を構えた。いつもよりも体勢を前傾姿勢にし、右足に体重がかかる。石畳が踏みしめられて軋む音を立てた。

「私は生きたいように生きる! そして死ぬだけだっ!」

 普段では聞くことのできない感情的なヴェールの声が神殿内に響くと、ヴェールは射出系(リープアウト)で突撃した。

 返り討ちにする気満々のリンタは、ヴェールの動きを注視する。直線的に喉笛を狙う長剣の動きは如何(いか)にも単純で、その剣筋には感情の苛立ちが見て取れた。大きな舌舐めずりで、極上の獲物を喰らおうとするリンタ。

 しかし、リンタの間合いに入った瞬間、ヴェールの影は揺らぎ、姿が消えた。

「ぬっ! 立鳥不濁跡(ミッシング)?!」

 リンタは首と眼球を素早く、そして大きく動かして、視界を広げる。リンタは左後ろに風圧を感じて、即座に身体を半回転させると、一歩後退する。

 眼下には体勢を低くしたヴェールが、下段から斬り上げる寸前だった。

「おらぁっ!!」

 リンタは、ヴェールの斬撃を上から叩き突けるように黒王(こくおう)で防ぐ。

 飛び散る火花。

 鍔迫り合い(バインド)となり、ヴェールの動きが止まった瞬間、リンタは素早く左手の短剣でヴェールの首筋を狙った。

 定石であれば、一旦排出系(イグゾースト)で距離を置くのが暗黒騎士の戦い方だが、ヴェールはその長剣をあえて右の肩口で受ける。

 肩当と胸当の隙間から短剣がヴェールの肉へ深く食い込む。

 鮮血。

 それを見たリンタの顔がこの上ない愉悦の表情となる。

 次の瞬間、それが苦悶の表情へと変わる。

 ヴェールが左手で抜いた黒い錐状短剣(スティレット)をリンタの肩口へ突き立てた。

 錐状短剣(スティレット)は錐状となっているため、貫通力が強く、リンタの鎖帷子(チェインメイル)をゆうに潜り抜け、深々と刺さった。

「ぐわあああぁぁぁぁあっ! 畜生っ! 畜生っ! やりやがったなぁ! ぐあああああああああっ!」

 たまらず、その場を排出系(イグゾースト)で離れるリンタ。

 ヴェールは肩に刺さったリンタの短剣を抜くと地面に放り投げた。

 同時に鮮血が吹き出す。

「グンゾウっ!」

 ヴェールが声を上げると、ヴェールの近くに白く輝く神聖文字が浮かぶ。

 その光を浴びて、ヴェールの傷が塞がっていく。

 癒光(ヒール)

「……あんま、無茶すんなよっ! 女の子なんだから……」

 グンゾウはシャトウと対峙しながら、ヴェールへ癒光(ヒール)を放っていた。

 ヴェールは始めから、自分の力量がリンタより劣っていることを理解していた。そこで、ヴェールとグンゾウはあらかじめお互いを支援すると決めていた。ヴェールが大きな掛け声を出したら、グンゾウは光魔法を準備する。たったそれだけの単純な決め事(ルール)だった。

「あらあらあら……グンちゃん、僕との教練(レッスン)の最中に味方へ光魔法なんて、余裕だ、なっ!!」

 シャトウの強打(スマッシュ)がグンゾウを襲ってくる。

「わおっ! っと……」

 グンゾウはシャトウの強打(スマッシュ)を受け流しながらも、ヴェールへの癒光(ヒール)に集中した。

「とは言え、僕もリンタ君を癒やしてあげないとねっ! 光よ、ルミアリスの加護……」

 同じくシャトウがリンタを癒やすために、光魔法を唱えようとする。

「させるかっ! 光よ、ルミアリスの加護のもとに」

 グンゾウが得意とする咎光(ブレイム)からの強打(スマッシュ)の連打。

「おわっとっと……。グンゾウ君は攻撃が荒いな。そんな攻撃、誰に教わったんだか……、けしからん修師(マスター)だ……、護身法の基本は敵の力を利用した()()なのだよ」

 シャトウはグンゾウの強打(スマッシュ)突き返し(ヒットバック)で反撃へと繋げる。

 グンゾウは恐ろしい勢いの突き返し(ヒットバック)をすんでの所で躱した。グンゾウの短い髪が数本散る。

 ――同じ神官同士、技の筋はある程度予測がつくとは言え、今のは当たってたら死んでたぞ!

「光よ、ルミアリスの加護のもとに」

 回避で体勢の崩れたグンゾウに追い打ちをすることなく、シャトウは癒光(ヒール)を唱える。膝を着き、傷を押さえるリンタの近くに癒光(ヒール)の光が輝いた。

 連携の良さを発揮しての苦しい引き分け。

 大きな実力差を感じる2対2の戦いに、ヴェールとグンゾウは(かす)かな焦りを憶えていた。

 

 

 期待していなかったと言えば嘘になる。

 仲間が必ず追いつくと。

 グンゾウも、ヴェールでさえも、タナカやカレン達、最も近くにいるはずのアキとシムラが現れることを願いながら戦いを継続していた。

 お互いの呼吸を感じ、連携に気を配りながら防いでいたが、グンゾウ達は確実にシャトウ達に追い詰められつつあった。

 グンゾウからはヴェールとリンタの力量差は分からなかった。しかし、グンゾウとシャトウの力量差は歴然だった。

 年齢を感じさせない流麗な動きでスタッフを振り回し続けるシャトウ。

 それに比べると、グンゾウの護身法は稚拙で無駄な動きが多い。グンゾウの攻撃はことごとく弾き返され、度々撃ちこまれる反撃はグンゾウの体中に打撲傷を作っていた。

 ――客観的に見て……ジリ貧だな。

 冷静な思考とは裏腹に、状況は良くなかった。

 大分前からグンゾウは肩で息をしていた。戦闘において、敵に知られてはいけないはずの呼吸は乱れに乱れている。肋骨は折れていて、息をする度に痛んだ。

 頭部への致命傷だけは避けているものの、構えで前面に出る左半身は傷だらけだった。左手は倍程に腫れていて、撃ちこまれた左の太股には裂傷ができ、士官服が貼り付く程出血している。

 ――癒光(ヒール)も使えてあと1回。これはヴェールに使いたい。

 しかし、そのことをヴェールに伝えることができなかった。彼女は彼女で目の前の敵と必死の戦いを繰り広げていた。甲冑で表情は見えないが、彼女も肩が上下に動いている。息が上がっている証拠だ。グンゾウが見ているだけで、何回かリンタに撃ちこまれ膝を着く場面があった。

 ――しかし……。

 不味い戦況とは別に、グンゾウの心の中をひとつの問いが占めていた。シャトウと打ち合う度にその問いは強くなり、今となっては確信に近い推測がある。

 我慢できずにその問いを口にした。

「はあ、はあ、シャトウ……、はあ、ひとつ教えてくれないか……」

「うん、いーよー。……降参の仕方かい?」

 グンゾウの問いに対して、シャトウは躊躇(ためら)うこと無く、冗談を交えながら快諾した。

「あんたの弟子は、はあ、はあ、オルタナのルミアリス神殿にいたりするのか? はあはあ……」

「おやー、時間稼ぎかな? まあ、いいや。どうだろう? ひとりいたけど、まだいるかなー? あの子はあんまり社交的でもなかったし、官僚主義のルミアリス教じゃ仲間はずれにされて、もう神官なんてやめちゃったんじゃないかなー? なんでそう思ったんだい? もしかして……僕の弟子になりたくなっちゃった?」

 シャトウは満面の笑みを浮かべながらグンゾウに聞き返してくる。

「はあ、はあ、きっと、俺はあんたの()()()だよ。俺の修師(マスター)はカレン。金髪の可愛い女の子だ。あんたの弟子の頃からドSかは知らないけど……」

 グンゾウは自分の推測を口にした。

 シャトウの杖捌きはあまりにカレンと似ていた。顔が大きい壮年の男性だということを除けば、その動きはカレンそのもの。時折、その影像が重なり、懐かしさすら感じる程だった。

 グンゾウが最初に気付いた共通点は、シャトウの強打(スマッシュ)だった。通常よりも軸足を先に回転させ、0.3秒程早く打ち下ろす工夫をしている。知らない者がこの攻撃を受けると、スタッフの先端が時間を超越して飛んできたと錯覚する。

 それを実現するためには膝関節、足関節の柔らかさはもちろん、素早く重心を移動させるための筋力が必要となる。グンゾウは、こんな攻撃的な工夫をしている神官をカレン以外に見たことが無かった。

 それを聞いたシャトウは少し驚いた表情をした後に、愉快そうに笑った。その笑いは勢いを増し、お腹を抱えて笑う程になった。

「なーっはっはっはっはっははー、だーっはっはっはっははははははははっ! まさか、グンゾウ君が生意気なカレンの弟子とは……。はははは、ふふふふふ、はーっはっはっはっは。そうかそうか、君は転職(クラスチェンジ)組だったのか。(どお)りで、歳の割には技術(スキル)不足だと思ったよ」

「別に転職(クラスチェンジ)なんてしてねーけど……。最初からおっさんなんだよ」

「……なーっはっはっはっはっははー! さいこー、さいこー、あーお腹痛い。いやー、この絶体絶命の場面でそのボケ最高だよ。笑いのセンスあるね。……ますますうちに欲しくなったな」

 ――ボケじゃねーし……。

 グンゾウの攻撃が全て読まれ、反撃されるのも当たり前だった。グンゾウの杖捌きはカレンの写しであり、そのカレンに杖捌きを教えたのはシャトウなのだから。

 グンゾウはその事実に絶望を感じ、落ち着いてきた呼吸がまた少し乱れ始めた。

 ――早く来てくれっ! カレン!!

 

 

 移動系の(スキル)を得意とする暗黒騎士のふたりの足が止まり始める。

 遂に、ヴェールとリンタの戦いは最終局面に来ていた。

「ぜー、ぜー、ヴェールぅ、てんめぇ、俺様の息が切れちまったじゃねーか……。俺様はセックス以外では汗をかかないって決めてんだよ。ぜってぇこのままお前を犯してやる。おまけによくも俺様に刃物を刺してくれやがったな……。ぜー、ぜー、俺様は刺すのは好きだが、刺されるのは大大大嫌いなんだよっ!!」

「……」

 既にヴェールは返事をする気力も体力も無かった。面防(バイザー)さえ無ければ、心のそこからうんざりした表情をリンタに見せることができただろう。

 今、ヴェールの頭の中にあるのは、この下品な生き物をどうやったら暗黒神の御許(みもと)に送れるかだけだった。それが暗黒神スカルヘルの迷惑にならなければ、だ。

 せめて、減らず口を利けない状態で送り届けなければならない。

 ヴェールは目を閉じて深呼吸をする。

「てんめぇ、無視すんじゃねーっ! いつも澄ました顔しやがって。その鎧ひん剥いて、涙と鼻水だらけの情けねぇ顔で命乞いするまで犯し……」

 リンタの濁声が響く中、ヴェールは甲冑の革帯に手を伸ばすとそれを外した。大きな音がして胸当が石畳に落ちた。

 リンタの声が止まる。

 ヴェールは、そのまま肩当、背当と甲冑を外していった。最後には面防(バイザー)を上げると、幻獣を(かたど)った兜を脱ぎ捨てた。

 兜の下から女神を彫刻したような美貌が出てくる。汗で濡れそぼり、乱れた黒髪が白い肌に貼り付き、妖艶さが増している。

「ぎゃはははは、遂に俺様に犯される覚悟が出来たか……。いいぞ、いいぞ。俺様は気分が大分良くなってきた。そのままストリップを続ければ、殺すのだけは()()()()我慢してやろう。ほら、早くその邪魔な鎖帷子(チェインメイル)も脱ぎやがれっ!」

 ヴェールはリンタの言うがままに鎖帷子(チェインメイル)を脱ぎ捨てる。

 鎖帷子(チェインメイル)の下には、綿で出来た白い襟付きのシャツが出てくる。ヴェールの見事な身体の線にぴったりの服は、痩せてはいるが女性としての胸の膨らみがそこにあることを強調していた。

 リンタは興奮のあまり、面防(バイザー)を上げてヴェールの身体を食い入るように見詰めた。

「いいじゃねーか、いいじゃねーか、たまらねーな……。早くその物騒なもんを捨てやがれっ!」

 リンタは顎でヴェールの長剣を示す。

 ヴェールは溜め息をつき、口がへの字になった。呆れた顔も驚くほど魅力的だ。それから、長剣を正面に持って行くと剣先をリンタに向けて構える。

「これで準備は終わりだ」

 その言葉を聞いたリンタの表情が一変した。凶暴な野獣の表情。額に血管が浮かび、怒りのあまり瞼が痙攣する。

「冗談は好きじゃねえぞっ!! これで最後だ……、さっさと剣を捨てて服を脱げっ!」

 返事をする代わりに、ヴェールは左手でリンタを手招きする。そのまま中指を立てて、リンタを挑発する。

「切り刻んでやるっ!!」

 リンタは刺突の構えでヴェール目掛けて飛び出す。射出系(リープアウト)からの憤慨突(アンガー)

 最後の賭け。

 ヴェールは背水の陣を敷いた。

 短い間で何度も頭の中に描いた動き。それを忠実に実施する。

 左手で腰にある錐状短剣(スティレット)を手に取り、リンタ目掛けて放つ。

 圧縮された時間の中で、錐状短剣(スティレット)がゆっくりとリンタの顔目掛けて飛んで行く。その軌跡を追うようにヴェールも射出系(リープアウト)で飛び出す。

 飛び出す瞬間にヴェールは暗黒神スカルヘルへ小さく祝詞を上げる。

 (またた)く間に縮まる2人の距離。これが恋愛だったらどれくらい幸せなことだろうか。実際には、距離が縮まる程にふたりの殺意が高まっていった。

 錐状短剣(スティレット)が左目に刺さる直前でリンタはそれを左手の手甲で弾く。手甲が眼前を通り過ぎ、視界が開けるとリンタの目の前からヴェールの姿が消えている。

 立鳥不濁跡(ミッシング)

 リンタは射出系(リープアウト)を中断して立ち止まる。全方位に警戒し、肌に触れる空気の流れと聴覚に集中した。そして、後方に気配を感じて身体を(ひるがえ)す。

「何度やっても一緒なんだよぉぉぉぉっ!!」

 自分の後ろに見つけたヴェールを見つけたリンタは横薙ぎで斬りつけた。剣先がヴェールの細く長い首を切り落としたと思った瞬間、そのヴェールの影像が揺らぎ幻のように消える。

「なっ! これは立鳥不濁跡(ミッシング)じゃねぇっ!! まさか……がはっ!!」

 リンタは初めて焦りの表情を見せた瞬間、リンタの背中をヴェールの斬撃が捉える。

 背当に阻まれ、重傷にはならないが衝撃で呼吸が止まる。

 リンタは体勢を立て直すべく、排出系(イグゾースト)でその場所を離れる。

 しかし、それを追うようにヴェールの美しい影像が迫ってくる。

「くそっ!!」

 リンタは忌避突(アヴォイド)という後退しながらの刺突を繰り出して、ヴェールを防ぐ。

 再び剣先がヴェールを捉えたと思った瞬間、ヴェールの影像は再び揺らぎ幻のように消えた。

 リンタは全神経を集中して、ヴェールの気配を探る。

「右っ!!」

 再び現れたヴェールの影像に斬り付けるが、その影像も消え、再び背後から斬撃を受ける。

 先程よりも体重の乗った全力の斬撃。

 流石にリンタの足が止まる。

 そこに四方八方から消えては現れるヴェールが斬撃を浴びせていく。

 リンタは為す術もなく、急所を守るのが精一杯だった。

 

 

 しばらくヴェールの一方的な攻撃が続いた。

 ヴェールは手を休めることなく、リンタを責め続けた。

 遂にリンタの膝が地面に着く。

 ヴェールはここぞとばかりに最大限振りかぶる。背中が綺麗な弧を描く程、仰け反る。そこから全身のバネを生かして、(とど)めの一撃を放つ。

憎悪斬(ヘイトレッド)っ!」

 ヴェールが高らかに宣言をしてから、長剣を振り下ろす。

 その剣がリンタの首筋を捉えて、頭を叩き落とした。かのように見えたが、次の瞬間、ヴェールの目に映ったリンタの影像が揺らいで消える。

「舐めんな……っ!」

 突如、ヴェールの背後に現れたリンタは剣を8の字を描くように振り回し、ヴェールの身体のあらゆる所を切り刻んでいく。

 ヴェールは手甲と脚絆を使って頭部と腹部の中央だけを守ったが全身に切り傷を負い出血する。白いシャツが血に染まった。後方に跳んでリンタから距離を取る。

 一方リンタも先程の損傷でヴェールを追うことができない。息が上がってしまってる。

「ぜー、ぜー、まさか幻影攻撃(ミラージュストライクス)まで使うとはな……」

 幻影攻撃(ミラージュストライクス)とは立鳥不濁跡(ミッシング)の応用技で、相手の視線と意識を逸らしながら行う全方位攻撃である。それを使いこなすには素早い動きを行うための鍛え抜かれた全身筋力と、相手の注意方向を常に把握する深い洞察力が求められる。

「甲冑を……着けては……できない」

 ヴェールも息を切らしながら答えた。

 ヴェールは右耳が痛いと思い触る。さらに痛みが走り、手に血が付く。右耳は真ん中で半分に千切れていた。それ以外にも脇腹が3箇所、太股が2箇所切れて、じんじんと痛んだ。出血も止まらない。

「ぜー、ぜー、しかし、てめぇは終わりだ。その体力じゃ幻影攻撃(ミラージュストライクス)は出せねぇ。それに俺様はもうお前の技は見切った。てめぇの負けだ。ぜー、ぜー、……もういい、てめぇみてーな危ない女は死んだ方がいい。死ね」

 リンタは黒王の切っ先をヴェールに向けた。

 ヴェールの顔は血塗れだった。その顔にある美しく涼しげな両眼は敗北の悔しさを見せることもなく、また動揺するわけでもなく、ただリンタを見据えていた。

「まだ死なない」

 そう言うとヴェールは長剣を石畳に捨てる。長剣が石畳とぶつかってガランと音を立てながら倒れた。

「な……っ! 巫山戯(ふざけ)てるのか!?」

「そう思うならば来いっ!」

「てんめぇーーーーーっ! 望み通り殺してやるぅぅぅっ!!」

 リンタは射出系(リープアウト)で直線的にヴェールへ向かうと、憎悪斬(ヘイトレッド)で上段から斬り下ろした。

 ヴェールは腕を顔の前で斜め十字にし、手甲で防ごうとする。

 そんな防御はお見通しのリンタは剣筋を上から下への袈裟斬りから、右から左の横薙ぎに変えようと手首を捻る。その時、リンタは石畳に映る自分の影に、自分以外の影も映っていることに気付いた。その影はひらひらと空中を舞っている小さな影だった。

 次の瞬間、リンタの首に錐状短剣(スティレット)が刺さる。

「がふ……っ!」

 リンタは動きが止まる。首元に手を遣ると突き刺さった錐状短剣(スティレット)の柄に手が触れた。

「ふふふ……。あはははは……。刺さったよ、ねえ、刺さったよ……。痛い? ねえ、痛いの? 教えて。苦しい? 怖い? それとも気持ちいい??」

 複数の子どもが笑うような声。中に老婆のような声が混ざっている

 そこには100センチメートル程の病んだ青(ペールブルー)の女の子がいた。

 黒い光沢のある生地でできたロマンティック・チュチュ揺らしながら、ヴェールの悪霊「黒い女神(アートゥラムーサ)」が宙に浮いていた。

「がう゛ぁ……い……づ?」

 リンタは黒い女神(アートゥラムーサ)の方に目を遣ると苦しそうに呻いた。

「油断? 油断大敵? 悔しい? 嬉しい? 教えて欲しいの……下品で間抜けな汚い男がどれくらい、後悔してるか。きゃはははは……」

 黒い女神(アートゥラムーサ)はふわふわと上昇下降を繰り返しながら、リンタの周りをくるくると舞い踊った。

「ぐぞ……」

 黒い女神(アートゥラムーサ)の方へ手を伸ばすリンタ。

 そのリンタの顎をヴェールが全力で殴った。全身のバネを活かした渾身の一撃にリンタは1メートル程吹っ飛び、そのまま石畳へ沈んだ。

 

 

「グンゾウっ!」

 ヴェールが心なしか嬉しそうな大声でグンゾウを呼ぶ。

「待ってたぜ、ヴェールっ! 光よ、ルミアリスの加護のもとにっ! 俺の最後の癒光(ヒール)受け取れ!」

 グンゾウは最後の魔法力を使い、ヴェールに癒光(ヒール)をかける。

 ヴェールの近くに白く輝く神聖文字が浮かび、ヴェールの傷を癒やしていく。

 ヴェールとグンゾウのやり取りを見て、シャトウはリンタの危機を知る。

「あれは光の奇跡(サクラメント)じゃないと、リンタ君死んじゃう。やばーい。じゃあ、グンゾウ君、一旦休憩ねっ!」

 そう言ってシャトウはリンタの元に走り寄ろうとする。

「あ、こらっ! ちょっと待て、シャトウ!」

 グンゾウが追いかけようとすると、それより先にヴェールがシャトウとリンタの間に立ち塞がる。ヴェールはまだ完全には傷が癒えていないが、出血は皮一枚で止まっているようだった。ヴェールは長剣を拾うとシャトウに向けて構える。

 ヴェールの傍には、黒い女神(アートゥラムーサ)が浮いている。黒い女神(アートゥラムーサ)の顔には黒い革製の目隠しがされている。目隠し以外の造りはヴェールの子ども時代を想像させる調った造りだ。

「おおっとー、これは……僕はピンチなのかな? どうかな? そこのところどうなんでしょ? ヴェール選手?」

 明らかに2人+1体(?)に囲まれた状態でも、シャトウのお気楽な感じは変わらなかった。経験がそうさせるのか余裕の態度だ。

「終わりだ。シャトウ」

 ヴェールは長剣の切っ先をシャトウに向ける。

 すると、シャトウは周囲を見渡して頭をぽりぽりと掻いた。

「なははははは。いやー、ヴェール君に追い詰められるとはな。僕も耄碌(もうろく)したかなー? でもね、すごく運が強いんだよ、僕。そうだろ? …………ミーリア。グンゾウ君は殺すんじゃないっ!」

 ――ミーリア?

 グンゾウが疑問を持った瞬間、一陣の疾風が襲った。

 全身を襲う衝撃に吹き飛ばされ、石畳に倒れるグンゾウ。

 何が起きたかわからないまま、上半身だけ起き上がる。混乱で焦点が合わないまま、ヴェールの方向を見る。そのヴェールへ黒い影が人間の領域を越えた速度で迫っていた。

 黒い影は一瞬にして、黒い女神(アートゥラムーサ)を消し去るとヴェールの襟首を掴んで止まった。

 動きが止まった状態でグンゾウは初めて黒い影の正体を認識する。

 それはセシリア救出の際に谷間の砦で見たミーリアと呼ばれた灰色エルフだった。

 その灰色エルフに襟首を掴まれているヴェールが固まっている。ヴェールは長剣を下に降ろしていた。よく見るとその長剣が震えている。あのヴェールが恐怖で震えていた。

 ――まずいっ! 動けっ! 殺されるぞっ!

 絶対的な恐怖である灰色エルフのミーリアが、唸る獣のような声でヴェールを脅す。

「よくもシャトウ様に剣を向けたな。愚か者め。裏切り者には死を……」

 そう言うとミーリアは短剣でヴェールの腹部を深く刺した。そして、掴んでいた襟首を離すと、ヴェールはゆっくりと石畳に崩れ落ちた。

「ヴェールーーっ!!」

 グンゾウはすぐに立ち上がり、(もつ)れる足でヴェールに駆け寄る。ヴェールを抱きかかえ仰向けにすると傷口を見るために服を破いた。傷口が露わになる。傷口は肋骨の間にあり、湧き水のように勢い良く血が噴き出していた。

 ――まずい、まずい、心臓は外れているが太い血管や重要な臓器のある位置だ。この出血では5分も持たないぞ。

 グンゾウは震える手でヴェールの傷口を押さえた。

「うぐ……」

 傷口を押される痛みで呻き声をもらすヴェール。ヴェールは辛うじて意識を保っていた。

 そんなグンゾウ達を冷淡な目で見下ろすミーリア。

「首領。(とど)めはいかがいたしましょう?」

「え、いいよ。もうグンゾウ君には魔法力は残ってなさそうだし。お別れを言う時間くらいあげよう。それよりリンタ君の治療が終わったから、担ぐの手伝ってよ。もう、ここは放棄して、本拠地へ帰ろう。色々片付いたし、分かったことも整理しないとだしね」

 グンゾウ達の窮状とは対照的に、シャトウはのんびりとした口調でミーリアに指示を出す。ミーリアは黙ってそれに従った。既にヴェールにもグンゾウにも興味が無い。

「シャトウ! ヴェールに光の奇跡(サクラメント)をかけてくれ! 頼む!」

 形振(なりふ)り構わないお願いをするグンゾウ。無理だと理解していても止めることができない。

 グンゾウの必死のお願いを無視して、シャトウは一方的に別れを告げる。

「それは無理な相談だ。裏切り者には死を。首領自ら組織の規則(ルール)を曲げることはできない。わかるだろ? ただし、約束通り女騎士は解放するよ。また会おう、グンゾウ君。次は必ず口説き落として見せるよ。なーっはっははははは……バイバイ、ヴェール君」

 そう言うと、リンタを担いだシャトウはミーリアを携えて神殿の奥へ消えていった。

 

 

 シャトウが去った後の神殿では、治療と言うには空しすぎるヴェールの延命行為が続いていた。

「くそっ! この出血め、止まれっ! 止まれっ!」

「……グン……ゾウ……もう、い……いんだ……」

「ふざけんなっ! ふざけんなっ! そんな簡単に仲間に死なれてたまるかっ! ヴェール! 目を(つむ)るな。意識をしっかり保つんだっ! もうすぐアキかカレンが来るはず、持ちこたえるんだっ!」

 グンゾウはヴェールの出血箇所を手で圧迫した。

 しかし、溢れ出る赤い血は止まる気配が無い。

 グンゾウの指の隙間から、じわじわと鮮やかな赤が湧き出てくる。

 ヴェールの命が零れていく。

「……手……を……」

 ヴェールの右手が震えながら持ち上がる。

 一瞬何のことだか分からず、動きが止まるグンゾウ。

 ヴェールがグンゾウを見詰めて、頷く。

 グンゾウは慌てて、その手を右手で掴んだ。

「だい……丈……ぶ、怖……くな……い。……キッカワが……待ってる」

「何を言ってる。ヴェール。そんなことじゃない。そんなことじゃないんだ。俺はお前に……、誰にも死んで欲しくないんだよっ!」

 ――くそっ! 神官なのにっ! 大事な時に光魔法が使えないなんて……。

 グンゾウを怒濤の勢いで後悔と自責の念が襲った。

 ――あの時の無駄な魔法が……、あの時だって……、俺はなんて愚かなんだ……。

「く……っ!」

 グンゾウの視界が涙で曇っていく。

 

 

 絶望的に長く感じられる(わず)かな時間が過ぎた。

 アキもカレンも来ない。

 ――みんな、やられてしまったのか……?!

 ヴェールの呼吸が次第に浅く、短くなる。

「……ヴェール……っ!」

 グンゾウが声を掛けると、ヴェールはうっすらと美しい目を開き、口を動かし始めた。

「……さよ……なら……」

「何言ってるんだっ! しっかりするんだ……頼むよ……」

「最……後に……い……、ありが……と……」

 ヴェールはグンゾウを見詰めると、その唇に笑みを浮かべた。

 それは信じられないくらい()()()笑顔だった。

 静かに、そして、ゆっくりと目が閉じられた。

 

 

 掴んでいたヴェールの手から力が抜ける。

 グンゾウの手の中から何かが消える感覚。大事な記憶を失った、あの日のようだ。

「あああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」

 慟哭。

 グンゾウは声を上げて泣き崩れた。

「ヴェールっ! 戻ってこいっ! 戻ってくるんだっ!」

 グンゾウはヴェールの胸の手を置くと、何度も体重を掛けて押した。ヴェールは目覚めない。

 呼吸と心音を確認するため、ヴェールの身体に顔を埋める。傷からはまだ赤い血が流れ、ヴェールの身体はまだ温もりがあった。

「まだだっ! まだ間に合うっ! ルミアリスよっ! 俺は、俺はどうなってもいいっ! ヴェールを助けたいっ! 暗黒神の信者かなんかどうだっていい。俺はこの子を助けたいっ! 仲間を、若いやつを死なせたくないんだっ! 頼むっ! 光よっ! ルミアリスの加護の元にっ!!」

 グンゾウは自身の魔法力が切れ、無駄だと分かっていたが、全神経を集中して祈りを捧げた。

 ――頼む……っ!!

 

 

 その時、どこからかグンゾウの額に温かな光が降り注いだ。

 カレンから受け取る“授光”のようだった。

 

 

 何かを考える前に、目の前の景色が光で満たされていく。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 自分の存在すらも曖昧に光へ融けていった。

 

 

 空の世界。

 

 

 時間の感覚もなく、意識も消えかかった光の中で、グンゾウは漂っていた。

 漂っている空間の感覚もない。

 ただ、思考する何かだけがそこにあった。

 

 ――あれ? ここは? どこなんだろう? 俺は死んでしまったのか?

 

 グンゾウは溢れる光の中に、暖かな感覚を覚えた。

 

 ――暖かい……、光? いや、命? なんだっけ?

 

 グンゾウの意識が、大事なものを鮮明に思い出す。

 

 ――何か大事なことが……。ヴェール? そうだ、ヴェールを救わないとっ!

 

 融けていたグンゾウの体と心が、急速に形を取り戻すような感覚がした。

 グンゾウは、必死に手を伸ばして何かを掴もうとする。

 

 ――まだだっ! まだ、奇跡は起こせるはずっ! ヴェール……っ!

 

“……”

 

 不意に女性のような声が聞こえた気がして、グンゾウは耳を澄ませた。

 

 ――誰の声だろう? ……カレン?

 

 その(ささや)くような声は、やがてグンゾウの中に響き渡る。

 

(いち)なる光より生まれ出で、(いち)なる光に(かえ)(ことわり)。永劫の時間の中で繰り返される円環の定め。憐れな盲目の羊よ、忘却(レテ)の河を渡った刹那の牢獄に何を(こだわ)る……”

 

「何を……?」

 

 グンゾウという意識の中に響き渡る声に驚きを覚えながら、グンゾウは声の主が何を言っているのか分からなかった。

 ただ、ヴェールのことを救いたい気持ちだけが言葉として湧き出る。

 

「ヴェールは……、才色兼備で……、しかも、飛びきりの美人で、まだ、若くて……、これから結婚したり、すごい可愛い子どもを作ったり……、まだ、これから、これからなんだっ!」

 

“それもまた、人為的な仮象(エイドーラ)。同一化の誤想”

 

仮象(エイドーラ)でも、夢想でも、過ちだっていいっ! 俺は彼女を救いたいんだっ! そのためなら、俺の(すべて)を捧げてもいいっ!」

 

“……愚か。……愚かなれど、憐れな羊達よ。それもまた汝等の宿命。……ならば、汝のその願い、今1度だけ聞き入れ、力を貸し与えよう……、選ばれしものよ”

 

 声が遠退(とおの)く。

 

 

 光が急激に色を宿し、鮮明な物質の世界に引き戻される。

 グンゾウの額に注がれた光も儚く、消えていった。

 気が付けば、グンゾウはヴェールの胸に両手を乗せていた。

「……ヴェール、戻ってこい。光よ、ルミアリスの加護の元に。光の奇跡(サクラメント)……」

 グンゾウの手から輝く光が溢れ、その光がヴェールの全身を包んだ。

 




心優しき聖騎士の胸に栄光は輝く。
それは必然の結果。
何も知らないグンゾウ達は勝利と栄誉の美酒に酔う。
心の底からの幸せな時間にそれぞれは何を思うのか。
次回「27.英雄の誕生」
お楽しみに!


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