廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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前回の投稿から8か月ぶり……、絶望的な社畜生活でした。
もし、投稿を待っていてくれた方がいらっしゃったら本当にありがとうございます。
その間に新規で読んでコメント下さった方がいたり、本当に感謝、感謝でございます。
では、エピローグを除く第2章ラストエピソードです。


27.英雄の誕生

 それは雲ひとつない蒼い空の下。

 彼女は緊張した面持ちでその栄誉の時を待っている。

 純白の神官衣に身を包んだ彼女は、その白い肌が陽光で輝き、清楚という言葉を越えて、神々しさすら漂わせた。

 グンゾウ達は遠巻きに、大切な仲間を見守っている。

 彼女の栄達に対する純粋な喜びと、遠い存在になってしまうような寂しさ。

 グンゾウの胸には相反する想いが去来していた。

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 ブリセイスを救出して基地に戻ったグンゾウ達を待っていたのは、勝利を祝う辺境軍だった。

 ザムーンインザクラウドとの戦闘において、当初、辺境軍は内部に潜伏していた密偵(スパイ)の裏切りやミーリアのような敵精鋭の活躍によって、崩れるように撤退した。

 しかし、そこは百戦錬磨のイアン・ラッティー准将。腹心のマルコを中心とした身元の確かな騎士で構成された騎馬隊を伏兵として周囲に配置し、策略によって敵軍を一掃したのだった。

 マルコはやたらと好意的にグンゾウ達を送り出してくれたが、振り返ってみれば身元の怪しい義勇兵であるグンゾウ達は部隊に居ない方が彼にとって都合が良かったのかもしれない、とグンゾウは思った。

 良い意味でも、悪い意味でもマルコはそういう損得勘定が得意そうな騎士だ。

 

 

 ようやく安全な場所に辿り着いたグンゾウ達は、水と食料を摂って人心地(ひとごこち)が付くと、車座になって離ればなれになっていた間の話題で盛り上がった。

「いやー、危なかったでー。あの時、タナカが()ーへんかったら、ゴブリン達に殺られてたわ、ほんま。……知らんけど」

 シムラが光輝くおでこを撫でながら、ほっとしたように溜め息を吐いた。

「なんや知らんのかーい! シムラ君、これで合ってる? でも、ほんと。タナカ君来てくれて良かったー」

 アキがシムラの話に乗る。

「大体あってるで」

 グンゾウはアキとシムラの息が合っているように見えた。それも気になったが、タナカがアキに褒められていることでグンゾウの中に(かす)かな嫉妬心が湧き上がる。

 アキとシムラは強敵の灰色エルフを倒した後、傷付いた状態でゴブリンの群れに襲われた。そこを後から追い付いたタナカが一掃したとのこと。タナカにしてみればゴブリンなどものの数に入らないが、救われた側から見れば颯爽と現れた正義の英雄(ヒーロー)だ。

 ――アキを守ったのは評価できるが、要らぬ得点(ポイント)を稼がせてしまった。

「あ……う、……や……」

 アキに褒められたタナカは顔を赤らめる。よく分からない声にならない声を上げながら下を向いてしまった。何を言っているか誰にも聞き取れない。

「ねえ、聞いて、聞いて。こっちはすーーーーごい、おっきいオークんがいたんだよ。こーんな、こーんななの。あたし、ひとりでは食べきれなかったー」

 ヨシノが腕と手を目一杯広げて巨大オークを表現したが、リョータ小隊(パーティ)の面々にはあまり伝わらなかった。ヨシノは相変わらず自由だ。全員、頭に疑問符(クエスチョン)が浮かべたまま微妙な笑みを浮かべる。

 ――オークは食べ物ではないぞ、ヨシノ。

「まあ、ヨシノと俺様がいなかったら勝てねぇ敵だったな。ヨシノと俺様が。ヨシノと俺様が。つまり、ふたりの共同作業のファーストバイトがあれだなっ!」

 リョータが自慢げに語っているが、ヨシノと同じく何を言っているのかグンゾウはわからなかった。小隊(パーティ)の面々もぴんとこない表情をしている。

 グンゾウはこんな時、超冷静かつ客観的なカレンの意見を聞きたいところだったが、カレンは辺境軍への報告があると言って、ブリセイスを伴って姿を消していた。

 もうひとりの目撃者であるハイドは魔法力を使い果たし、寝ていた。基地までもリョータが負ぶって運んだ。

 ハイドは戦いの日々で少し伸びた前髪が顔にかかり、幼い子どもを思われる姿で眠りこんでいた。寝ている時くらいは少し可愛らしいかと思って、怖い物見たさ半分、覗きこむグンゾウ。予想通り可愛くはなかった。

 ――知ってた……。

 そのグンゾウの耳にハイドの寝言が聞こえてくる。

「……シシシ。最近は異世界転生定番のファンタジー要素が足りないのだ……キシッ!」

 ――良くわからない夢を見ているな……。

「んで、オッサンの方はどうなったんだよ……ていうか、なんだその髪の毛」

「あのなぁ、俺は『オッ』って名前じゃねーけど? こっちはこっちで超大変だったんだよ。それは髪の毛がこうなる位なっ!」

 グンゾウは自分の髪の毛を指で()まむ。今まで話題にして良いものか分からなかったヨシノとシムラは、グンゾウが自ら髪の毛に触れたことで、遠慮無く興味深そうに見詰めた。

「大変だったんですね……」

 アキだけが心配そうな顔をしている。

 ――アキは優しい……。

「アキ、ありがとう。どれ位大変だったか説明してやろうぜ、なあ、ヴェール? ……あれ? ヴェール?」

 グンゾウが見回すとそこにヴェールの姿は無かった。リョータ小隊(パーティ)の面々も見回す。ヴェールの姿は残像すら残っていなかった。彼女は挨拶もなく、音も立てず、幻のように消えていた。

「なんや、やっぱりべっぴんさんの幽霊やったんかいな」

「俺様に挨拶くらいしろってんだ!」

「あたし、元気になったら、あの夜の勝負を着けようと思ってたのにー」

「ヨシノちゃん、それはちょっと……」

 好き()きにヴェールが居なくなった感想を述べるリョータ小隊(パーティ)

 その様子を微笑ましく眺めながら、ふとグンゾウは自分の服に目を向けた。袖を中心にグンゾウの黒い士官服には、ヴェールの血液が大量に染みを作っていた。そっと袖を顔に近づける。吐き気を誘う銅の臭い。そのはずだったが、その時は何故か優しい花の香りがした。

 ――ヴェール……。君はどうして孤独を選ぶのか……、それが君の望みなのか?

 グンゾウは目を瞑り、ヴェールが絶命の淵にいた時を思い出した。ヴェールの命が消える恐怖と何もできない焦燥感で体が強張(こわば)る。腰の辺りに嫌な汗が流れた。

 ――そうだ。彼女はあの時、自ら手を握って欲しいと求めてきた。「ありがとう」と言った。誰だって孤独の中で死ぬなんて望んでないはずだ。彼女が孤独を望んでも、そんなの俺は認めないぞ。……必ず探しだしてやる!

 グンゾウは新たな決意をして、目を開ける。目の前には仲間達がいた。

「……愛だな愛、キシシシ……」

 ハイドが寝言を呟いた。

 

 

「貴様等、辺境軍のお偉いさんが呼んでいるぞ」

 それは会話も盛り上がり、シムラのボケ連発が炸裂している時だった。不機嫌な表情をしたカレンがグンゾウ達の背後に突然現れた。

 カレンは尖った小さな顎で、基地中央の天幕の方向を示した。

「おう、なんでぇ。もう俺等の仕事は終わったんじゃねーの?」

 リョータが面倒臭そうに返事をする。グンゾウはカレンの機嫌が悪くならないか気が気では無い。

「なんだ貴様は兵団指令(オーダー)の褒賞金を()らぬのか。ならば、私が受け取り、ルミアリス神殿に寄進を……」

「ぬおっっと、ちょっと待った! それはもらうっ! もらうぞ! どこだ、褒賞金はー!」

 リョータは、カレンの言葉を遮って慌てて起き上がると、辺境軍基地(キャンプ)の中心へ走り出す。その後を、ヨシノとシムラが追いかけた。

「ふわあ、あたしもそれは欲しいー。オルタナでかわいい服が買いたいよー」

「ちょ、ちょっと待ってぇな、このピーピーの話は今からが面白いところなんや、最後まで聞いてんかー?」

 呆気に取られたグンゾウ、アキ、タナカはその場に取り残されていた。カレンの眉間に縦皺(たてじわ)が増える。騒がしい周囲にもかかわらず眠り続けるハイド。

「じゃあ、俺等も行こうか、アキ」

 グンゾウがアキに声をかけ、手を差し出して促す。

「は、はい」

 アキは立ち上がると神官衣の裾とお尻についた砂埃を手で払った。細く白い指が神官衣を払う度に、その裾がひらひらと揺れ、アキの細い脚が現れた。その様子をグンゾウは感動しながら見詰めていた。

 ――アキは何でいつも眩しいんだろう。

「あの、グンゾウさん……、ハイドはどうします?」

 アキが眠りこけるハイドに目を遣った。グンゾウは背負っていくのも面倒臭いと思い、少し悩む。ハイドは1度寝てしまうとなかなか起きない。

「俺……、()てる……から」

 すると、タナカがハイドの面倒を引き受けてくれることを申し出たため、悩みが解決した。

「ありがとう! タナカ君っ! タナカ君、優しいね」

「ぉ、ぉぅ……」

 アキがタナカに微笑む。アキのはにかんだような独特の笑顔は、たまらない可愛さがある。タナカは顔が茹でた蟹のように紅潮し、下を向いてしまった。

 ――むむむ。またタナカの株が上がってしまった……。まあ、タナカは良い奴だしな……、ハイドを()ぶうの嫌だと思っちゃったの俺だしな……。

 グンゾウは何だか自分がどんどんと小さい人間に思えて嫌になったきた。そのグンゾウの耳に意外な言葉が飛び込んでくる。

「アキ、先に行くが良い。グンゾウはしばらく私が借りる(ゆえ)

「え?! なんで? ……ですか?」

 カレンの発言に思わず恐れおののくグンゾウ。

「なんだ。師である私に引き留められるのが不満か?」

 怒気をはらんだ目で下から睨むようにグンゾウを見上げるカレン。

「あ、う、いや、不満ではないと申しましょうか……、なんと言いましょうか、他にやりたいことがある的な……、あー、いや、不満ではない。不満ではありません。うん、はい、(マスター)カレンと残ります。残りまーす!」

「そうか、ならば良し」

 カレンの瞳に宿る怒気が殺気に変わりつつあるのを感じ取り、グンゾウはアキとの同行を諦める。

 その気まずい空気を感じ取ったアキは、グンゾウとカレンの元から立ち去ることを決めた。

 最後に優しい一言を残して。

「じゃ、じゃあ、私はひとりでヨシノちゃん達を追いかけますね。……でも、カレンさん。……暴力はいけませんよ、愛と平和が大事です……。じゃ、グンゾウさん、健闘をお祈りしています」

 アキは手のひらを額に当てると敬礼のような姿勢をしてから、ヨシノ達の後を追った。その背中にグンゾウの手が弱々しく伸びる。

 ――あ、行かないで……。

 優しい言葉はそれを理解する能力のある人が受け取ってこそ意味を成す。つまり、理解する能力の無い人には意味が無い。

「暴力? アキは何を言っていたのだ? 私は今まで人に暴力などふるったことが無い。むしろ常に愛で満ち溢れている」

 カレンは溜め息を吐きながら「何を当たり前のことを」と呆れたような姿勢をとった。

「へ、へー……あー、そーなんですね。(マスター)ってなかなか……、うん、なかなかなんですね、おぐぉっ!」

 微妙な表現に終始して頷いているグンゾウの鳩尾(みぞおち)に、カレンのショートスタッフが突き刺さった。グンゾウの体が()の字に曲がる。鳩尾(みぞおち)を押さえて、呻くグンゾウ。

「貴様も何を言っている。五月蠅い。こっちへ来いっ!」

(マスター)! 痛い! 耳が千切れちゃうって、痛い! 坊主頭の弟じゃないんだから……」

 カレンはグンゾウの耳を掴んで、基地(キャンプ)の端の方へ引っ張っていった。グンゾウのけたたましい叫び声が遠退(とおの)いていく。

 

 

「……こ、こえぇ!」

 カレンが立ち去った後、その様子を震えながら見ていたタナカが初めて呟いた。

 

 

「あー、まだ耳が痛い……」

 グンゾウは引っ張られ真っ赤になった耳を擦りながら、その文句をカレンに直接ぶつけることもできず、独りでぶつぶつと呟いていた。

 そのグンゾウの耳を赤くした張本人、カレンはグンゾウを基地(キャンプ)の端まで連れてきたまま、特に何を始めるでもなく、遠くを見詰めていた。

「痛いなぁ……。愛溢れる誰かさんの所為で痛いなぁ……」

 ぶつぶつと愚痴を続けながら、グンゾウはカレンをちらりと覗き見る。カレンの横顔は真剣そのもので、何か重大な決意をしたような遠い目をしていた。

 グンゾウが再度ぼやきを始めようとした瞬間、カレンが急にグンゾウへ向き直る。グンゾウは恐怖で身体がびくりとなった。カレンは眼鏡の奥からその大きな眼でグンゾウを見詰める。

「ははは……、(マスター)……何か?」

「よもや、このような事態になるとは思わなかった……」

 カレンは溜め息を吐きながら、(かぶり)を振って、独り言のように話し始めた。

「何を……?」

 グンゾウが疑問を呈そうとすると、カレンをそれを遮った。

「貴様は()()を聞いたのか?」

「アレ? え? シムラが出撃前にお腹を壊してたって話ですか? 灰色エルフと対峙していた時に漏れそうでかいていた冷や汗がおでこに……」

「……ふざけるんじゃないっ! これは私のじ……、いやこの国の信仰に関わる重要なことなのだ」

 カレンはショートスタッフを地面に突き刺した。とても怒っているのか、カレンの白い顔が赤く染まる。普段冷静な彼女には見られない程、取り乱した様子だ。

「もう一度聞こう、貴様は()()を聞いたのか?」

 その問いに答えるのをグンゾウは悩んだ。

 カレンが聞いていることだと思い当たる事象があった。しかし、曲がりなりにもグンゾウは神官だ。帰依してから期間は短いとは言え、ルミアリスへの信仰は深い。それ故、軽々に神殿が認めていない神の奇跡を語ることはできなかった。その逡巡(しゅんじゅん)だった。

「……ふー」

 溜息がひとつ。答えは単純。恩師であるカレンに問われたことは正直に答えなければならない。それがグンゾウの辿り着いた結論だった。

「聞きました……、(マスター)カレン」

 グンゾウは感情を込めず、聞かれたことだけを端的に述べた。

 その答えを聞いたカレンの身体から力が抜けていく。

「……そうか……」

「あれは何だったのでしょうか? あの声を聞き、ヴェールを救った後、目を覚ましたら()()()()()いました」

 グンゾウは自分の髪の毛を摘まむ。

 その髪の毛は、今グンゾウの目の前にいるカレンと同じく白いまでの金髪になっていた。

 グンゾウの問いに黙ったままのカレン。

 グンゾウはずっと気になっていた。闘技場でカレンと別れる時、彼女は「……本当に困った時は、ルミアリスの声を()()」と言った。「ルミアリスを頼れ」でも「ルミアリスに祈れ」でもなく「ルミアリスの声を()()」と。

 グンゾウの目の前にいるカレンは金髪に黒い眉毛をしている。出会った当初は光明神に帰依するため、脱色をしていると思っていたグンゾウだったが、今となっては違う理由が濃厚になりつつあった。

(マスター)の髪……、(マスター)()()()を聞いたことがあるのでは?」

 核心を突くグンゾウの問いに答えないカレン。その幼い少女のようにも見える小さな横顔は真剣そのものだった。

「それ以外にも聞きたいことは沢山あります。敵首領のシャトウ。あいつはルミアリス神官で、あまつさえ(マスター)カレンの(マスター)であると言っていました。どういう事なんでしょうか?」

 立て続けに問いを投げかけるグンゾウ。カレンはその全ての問いに答えない。

 答えを催促するように、冬を予感させる一陣の冷たい風がカレンの髪を吹き上げた。

「風が出てきたな……」

 カレンは遠い目をしたまま白金の髪をかき上げると、一呼吸置いた。

「……グンゾウ、この話は長くなりそうだ。続きは神殿に戻ってからにしよう。オルタナで身体を休めたら、私の私室を訪ねるが良い」

 

 

 皆に遅れること半時程、グンゾウが基地中央の天幕に着いた時、丁度リョータ小隊(パーティ)の報奨金が運ばれてきたところだった。その量に天幕内の興奮がいや応もなく高まる。

「おおおおおおおおっ! 結構多いぞ!! ヨシノの胸よりでかいっ!」

「何、言ってるの? リョータのエッチ!」

「あかんっ! これはあかんでっ! あかーーーーーーん!! いや、むしろ、だーいじょーぶだーっ!」

 鈍い音を立てて数個の布袋がリョータ達の前に積まれていく。その大きさと重量感にリョータとシムラの歓喜の声は高まっていった。

「まあまあ、中身がシルバーか、カパーかによっても大分違うし、落ち着こう。どれどれ……」

 そこは大人のグンゾウ。冷静に振舞おうと頑張った。しかし、袋を開ける手が若干震えていて格好悪い。グンゾウが布袋の中を覗き込むと、その中には大量のシルバーが詰まっていた。グンゾウの金勘定は正確で速い。パッと見ただけでも一袋に3~400枚のシルバーが入っている。

「あかーーーーーーん!!」

 グンゾウにシムラの訛りが感染する。興奮のあまり、()()って尻もちをついてしまう。

「だーいじょーぶだーっ! グンゾウさん、だーいじょーぶだーっ!」

 天幕の中は異常な興奮の渦に包まれていた。

 リョータ小隊(パーティ)の眼前に立っていた辺境軍の役人ぽい兵士は、卑しい義勇兵の喜びように呆れながら事務処理を進めようとする。

「では、契約通り5人分の報奨金20ゴールドだ。確認したら、この契約書に受け取りの署名をしてくれ」

「数えろ! 野郎ども!」

「へへぇっ! だっふんだ! だっふんだ!」

「ん? 5人分? ……うちは6人小隊(パーティ)ですけど?」

 狂喜乱舞しながらシルバーを数えているリョータ達。それを傍目に冷静に戻ったグンゾウが兵士に尋ねる。兵士は(いぶか)しげな表情で羊皮紙で出来た巻物(ロール)を見ると、読み上げた。

「いや、この度の兵団指令(オーダー)を受諾したのは、ルミアリス神殿所属グンゾウ、戦士ギルド所属リョータ、同ヨシノ、狩人ギルド所属シムラ、魔法使いギルド所属ハイドの5名となっている。お前らも5人であるし、相違ないだろう」

「5人なのはハイドがいないからであって……、あれ? アキの名前が抜け……」

 グンゾウがそこまで言いかけた時、誰かがその袖をひっぱる。

 グンゾウが振り返ると、今にも泣きだしそうなアキが、その小さな唇を震わせて何かを言おうとしていた。顔面蒼白で、目には薄っすらと涙が浮かべている。まるで大切な試験の日に受験票を忘れて会場に来てしまった学生のような顔だ。

「どどどど、どうしたのアキ?」

「ぅぅぅ……、あの、その……ちょっと、あの……」

 グンゾウはアキの動揺を気遣うように、アキの腕に手を当てる。その腕が微妙に震えている。アキがこんなにも動揺するのは珍しい。

「大丈夫、アキ。落ち着いて、ゆっくり言ってごらん」

「あの、多分……私……」

「うんうん」

「あの、多分なんですけど……私……」

「うんうん、うんうん」

「多分……、ちょっとなんですけど……私」

「うんうん、うんうん、ちょっと?」

「……この兵団指令(オーダー)……受けて無いです……」

「……えっ?!」

 アキとグンゾウの間に沈黙の時が流れる。

 その背後では興奮が頂点に達したリョータとシムラにヨシノが加わり、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)しながら報奨金を数えていた。何百枚もあるシルバーを数える様は、上へ下へのどんちゃん騒ぎだ。

 事態を理解するのにグンゾウはさらに数秒を要した。アキの目に溜まった涙の量は少しずつ増えていく。

「そら…………、あかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

 あまりに興奮した周囲の状態に誘われて、中年グンゾウも思わず大声を張りあげてしまった。

 

 

「駄目だよ、グンちん。アキちゃんを泣かしちゃ。めっ!」

 ヨシノが泣きじゃくるアキの肩を抱きしめながら、グンゾウを睨んだ。たまにはカレン以外の女の子に睨まれるのも気持ちいいな、なんて思う余裕も無く、グンゾウは恐縮していた。

「ごめん。本当にごめん」

「あーあ、女子供を泣かすなんて、おっさん最低だな」

 ――お前に言われたくはない。お前にだけは言われたくない。

「ぐすっ。ぐすっ。いえ、すいません、泣いたのは自分の失敗が悔しくてなんですが……、ぐずっ。大声にびっくりして、涙が止まらなくなってしまったんです……。ぐすっ」

 アキは拭っても拭っても溢れ出てくる涙を必死で止めようとしていた。

 そのきっかけとなったグンゾウの汗も止まらない。士官服の袖で拭っても拭っても、額から汗が垂れてくる。

「ごめんね、アキ。周囲の雰囲気に飲まれて、大声を出してしまった。申し訳ない」

 時系列を整理すると次のようだった。

 天望楼襲撃の夜、リョータ達5人はイアン・ラッティーからの兵団指令(オーダー)を受けて、セシリア・ヴェドイーの救出に向かった。その時アキは既に先遣隊に混ざって賊の後を追っていた。最初にブリトニーから受けた一晩1シルバーの兵団指令(オーダー)のまま。

 それからリョータ達と無事合流できたアキだったが、特に何の手続きも行わずにその後の作戦行動に参加していたため、要は()()()()になっていた。

「まあ、ほら、これはみんなで稼いだお金だからちゃんと山分けにしようよ」

 そうグンゾウが言うと、リョータが勢いよく割り込んでくる。

「いんや、オッサン。リーダーの俺様を差し置いて、勝手に決めんじゃねぇよ。仲間に何も言わずに敵を追っかけて、俺らを巻き込んで、間抜けに兵団指令(オーダー)の手続きしなかったのはアキの失敗だ。そんなのに山分けなんておかしーんじゃねーの? 今回は勉強料として大人しく1シルバー受け取っとけばいいと、俺様は思うぜ」

 ――うわぁ……。

 その台詞を聞いて、泣き止みそうだったアキの涙がわっと噴出(ふきだ)した。両手で顔を押さえて、塞ぎ込んでしまう。

「間抜け……ふえぇぇぇぇーん、わぁぁぁぁーん」

 リョータに周囲から冷たい視線が集まる。

「リョータ、さいてー」

「リョータはん、それは引くわ……びびって〇〇〇(ピー)漏らすかと思ったわ」

「クズオカよりクズだな……」

 リョータは周囲の冷たい反応に焦り、早口と身振り手振りで守勢に回る。

「おいおい、お前らも正直になれ。いくらなんでも1人4ゴールドの仕事を受けるの忘れてたんだぞ? 4ゴールドって言ったら何発……、いや、どれだけ命張る仕事だと思ってんだ。オッサン、お前もショック受けてただろうが。これは間抜けなアキが反省するいい機会だと思わないのか? この世界では間抜けは命に関わる。これを機にだな、アキもバージョンアッ……プルデンシャルっ!」

「もう出ていきなさい! バカリョータっ!!」

 言い訳を続けようと大口を開けたリョータの口に、ヨシノが投げた長靴(ブーツ)が上手いことはまり、リョータはもんどりうって天幕(テント)から飛び出した。

 ――あれは投げ槍(ジャベリン)スキルを使ったな。あの長靴(ブーツ)、リョータにとってはご馳走かも……。

 片方素足のヨシノが泣きじゃくるアキを慰める。

「よーし、よしよし。ほーら、バカは居なくなったから泣き止んでー。アキちゃんは間抜けなんかじゃないよー」

「間抜け……、間抜け……、えっぐ、えっぐ、ふえぇぇぇぇーん」

 間抜けという言葉に心的外傷を背負ってしまったのか、その言葉を聞くだけでアキが泣き出し、ヨシノも困ってしまう。目でグンゾウやシムラに助けを求める。

 グンゾウも慣れない状況に狼狽(うろた)えてしまい、アキにかける声が見つからない。

「あああ、アキは……アキだし、全然アキのままでアキだから……頑張ってたよ?」

 全く慰めの言葉になっていない。ただアキという単語を繰り返しただけだった。

 そこに救いの主が現れる。正確にはずっと()()()()()

「え? もしかして、そこにいる女性が聖騎士のアキ殿なのか?」

 長いこと放置されていた役人ぽい兵士が突然話しかけてきた。

「あー、そうなんですけど、見ての通り、今大変立て込み中なんで少し待ってもらっても良いですかね」

 グンゾウがやんわりと割り込みお断りの雰囲気を漂わせた。

 しかし、兵士は別の羊皮紙を鞄から取り出すとはっきりとした口調で説明を始めた。

「そうはいかない。彼女には……」

 

 

 雲ひとつない蒼い空の下、アキは緊張した面持ちで立っていた。

 アキの傍には木材で組まれた壇がある。司令部から隊全体への連絡をする際に使われていて、兵が集合する広場に備え付けられていた。

 これからアキは、そのアラバキアへの献身的な奉仕により、壇上で叙勲を受けることとなっていた。急な叙勲式の決定で正装が間に合わず、カレンに予備の神官衣を借りた。アキの体の方が大きいため、微妙に大きさが合っていない。それでも純白の神官衣に身を包んだ彼女は清楚な佇まいで神々しさすら漂っていた。

 その様子を遠巻きに見ているリョータ小隊。

「けっ! なんでぇ、間抜けが叙勲なんて……いでででででっ!」

 リョータが悪態をついた瞬間、ヨシノに頬をつねられた。

「正直に生きていると良いことあるの! リョータには一生わからないかもね!」

「シシシシシ。何がどうなっているのか、僕に説明がない。そして見えない……キシシ」

「ア、アキさん……」

 先ほどから目覚めたハイドと見守っていたタナカも加わっている。

「しかし、叙勲なんてすごい……。俺らみたいな新人の義勇兵がこんな名誉に(まみ)えることがあり得るのだろうか? アキはすごい」

 グンゾウは心の底からアキの栄達を称賛していた。それと同時に、

 ――アキの存在が遠くなってしまわないか……。

 と心配していた。

 身長の要因でアキの様子が見えないハイドとシムラは、木の台のようなものを取り合っている。じゃんけんに見せかけたシムラの目突きが決まり、ハイドは地面に倒れ、シムラが台を独占した。

「ふわー、よく見える。しかし、叙勲ってどんな美味(うま)い食べ物なんやろか?」

「シムラ。なぜ食べ物前提なのかな?」

「え? ちゃうんでっか?」

 グンゾウが叙勲の意味を説明しようとすると、後ろから声がかかる。

「相変わらず」

 グンゾウとシムラが振り返ると声の主はカレンだった。

 カレンは断りもなくシムラを木の台から突き落とすと、台に乗り、まさに上から目線でシムラに言い放つ。

(ましら)のごとき低能な会話をしておる」

「なんっ……でもないです……やん。はい」

 シムラはカレンの横暴な態度に言い返そうとしたが、眼鏡の奥にある殺人鬼が睨む目つきに恐れをなして止めた。

 ――正解だ。シムラ。どうせ反抗しても、結局は肉の台にされるだけだ。

 グンゾウは体幹訓練という口実で、人間椅子として過ごした日々を思い出していた。

 思い出から意識が戻った時、カレンの視線がグンゾウに向き、グンゾウはカレンと目が合ってしまう。

 ――ひっ!

 グンゾウは(あざけ)りと(さげす)みに満ちた視線で睨まれることを覚悟していたが、カレンの視線はグンゾウが想像していたものと異なっていた。目が合うとカレンはグンゾウから視線を逸らし、伏し目がちに遠くを見つめた。その横顔は若干紅潮し、白い肌に紅が入ったように見える。

 ――あれ? 思ってたのと違う……。もしかしら、さっきの件で答えをはぐらかしたのが悪いと思っているのかな?

 グンゾウは、カレンが目を合わせないのはグンゾウの問いに答えていない気まずさがあるのではないかと推測し、納得した。

 ――でも、油断はできない。あの人が自分が悪いなんて思うだろうか……。ここは慎重に対処せねば。

 カレンのご機嫌が悪くなさそうなことに安堵したグンゾウだったが、油断をして体罰を受けないよう、触れないことにした。触らぬ神に祟りなし。

 壇の周囲にいる人だかりに動きがある。

 壇上に一人の人物か上がり、直立不動になった。イアン・ラッティーの副官で、今回の戦争を勝利に導いた騎士マルコだ。真新しい士官服に身を包んだ彼はいつもの小賢そうな(ドヤ)顔を何倍にも膨らませ、優越感に満ち満ちている。

「あっ、始まるっ! アキちゃーん!」

 ヨシノがいつもの緩い雰囲気で壇の傍に立っているアキへ両手を振る。アキは下を向いてもじもじしているだけで、ヨシノの声は全くアキへ届いていないようだった。

 正装の兵士が壇の傍に歩み寄ると仰々(ぎょうぎょう)しく、巻物(ロール)を読み上げる。

「ただいまより、戦地による臨時の叙勲を行う。これは此度の戦いによって目覚ましい功績を挙げた者に対するイアン・ラッティー准将の特別の計らいであり、正式な手続きとは異なる。正規兵については追ってオルタナにて叙勲式が執り行われることを申し伝える。では、叙勲対象者、ルミアリス神殿所属アキ、壇上へ!」

 その名が呼ばれると、アキは緊張でカチコチのまま壇上に上がろうと動き出す。緊張で同じ方の手と足が同時に前に出ている。

「あかん、ナンバ歩きや」

 カレンに台を奪われたシムラは、ぴょんぴょんと跳ねながらアキの様子を見ている。

 アキは緊張のあまり、壇へ上がる最初の階段を踏み外し、転んでしまう。

 どっと沸き起こる笑い声。少しの静寂の後、兵士の間にくすくすと馬鹿にした笑い声が広がる。

 恥ずかしさのあまりしゃがんだまま起き上がれないアキ。

 アキの目にまた涙が滲んできた。

 

 

 そこへグンゾウが大きな通る声で叫ぶ。

「アキっ! 顔を上げて! 何回転んだって、ここまで来れたじゃないか! 君はすごい女性だ!」

 その声を聞いて、アキが顔を上げる。

 仲間の声は続く。

「アキちゃーん! がんばってー!」

「聖騎士がしゃがんで休んでんじゃねーぞ、間抜けー!」

「アキ姉さん、きばりやー!」

「シシシシシ……見えない」

 アキは勢いをつけて立ち上がると、前を向いて階段を上り始めた。晴れやかな笑顔。

 壇に上がると、アキはゆっくりと歩み、マルコと正対して「気をつけ」の姿勢となった。

 マルコはアキの顔を見て優しく頷くと、その場にいる兵士に向けて、手にした巻物(ロール)を大声で読み上げ始めた。

「ルミアリス神殿所属アキは一義勇兵の身で、此度の賊討伐の任務において、多大な功績を挙げた。しかも、アキは此度の任務へ兵団指令(オーダー)として参加したのではなく、ただ天望楼内の要人を守る一晩1シルバーの夜警の任だったにも関わらず、オルタナ襲撃という野蛮な凶行に遭遇し、賊に対する義憤に駆られ、無償で任務に身を投じたものである! ……」

 無償で任務に参加したという下りで、兵士達の間に『おおっ!』という小さな感嘆の声が上がる。先程までのアキを馬鹿にするような態度は改められた。中には拍手をしている兵士もいる。

 アキは耳まで顔を真っ赤にして、照れている。その目には今度は別の意味で涙が溜まってきていて、その雫が零れ落ちるのを必死で我慢していた。

 ――かわいい……。そして、心の底から嬉しい。

 グンゾウはその様子を見ているだけで、自分も泣きそうになっていた。

「可憐だ……」

 その様子が見てタナカが呟いた。彼の優れた視力は、アキの様子を漏らすところなく捉えていた。傍にいたカレンはタナカに名前を呼ばれたのかと勘違いし、少しムッとする。

 マルコは最後に高らかに宣言をする。

「そのアラバキアに対する献身且つ忠誠を賞して、聖騎士アキに対し、一代限りの騎士号『デイム』を与える。アラバキア軍オルタナ辺境軍准将イアン・ラッティー」

 その宣言が基地に響くと、少しの沈黙の後に、兵士達の間から雷鳴のような称賛の声が上がった。割れんばかりの拍手がアキを祝福する。

「わーーっ!! すごーーいっ! アキちゃん……え? ところでどういうことなの?」

「なんだなんだ、なんだ、わからないぞ。俺様に説明しろ!」

「デ、デイムってどんな味なんやろか?」

「騎士ッシッシッシ、騎士ダジャレ、シシシシシシ」

 状況が把握できずにリョータ小隊の仲間が混乱する中、叙勲の式は進み、介添人の指示に従って、アキはマルコからデイムの称号を受け取る儀式を行う。

 半下座でマルコの前に頭を下げるアキ。

 そのアキの頭に剣を当て、何かを言っているマルコ。

 その声も兵士達の歓声でリョータ達の耳には届かない。

「こんなことって……」

 グンゾウが呟く。

 グンゾウもアキへ下賜された褒美の大きさに理解が追い付かず呆然としていた。

「……通常ありえないな」

 グンゾウの困惑にカレンが答えを与える。カレンの方を向くと、目を丸くして驚いた表情をしていた。彼女にしては珍しく油断した顔だった。それほどに意外な出来事だったとグンゾウは理解した。

 叙勲の儀式が終わり、壇上ではアキが下賜された宝剣を掲げる。

 その様子を見て、兵士達は再び割れんばかりの歓声を上げた。既に「デイム・アキ」の掛け声が連呼されている。

 恥ずかしそうにその栄誉を一身に受けるアキの姿は、逆に男性兵士達の心を鷲掴みにした。

 

 

「ふふふふふふ……」

 お祭り状態に突入した広場でカレンが笑いだす。余りの珍しさにグンゾウは驚いて、変な汗をかいた。

「ど、どうしました? (マスター)

「あははははは。……ふふふ、愉快ではないか」

 カレンは声を出して笑いながら、グンゾウに話しかけてくる。

 その顔は年相応の女性が見せる輝く笑顔だった。

 普段見せることのない、屈託のないカレンの笑顔にグンゾウの鼓動は高鳴った。

 ――いつもこうなら良いのに。

「そうは思わないか?」

「え? あ、はい……、あ、いや、どの辺りが?」

 グンゾウもアキの栄達は嬉しかったが、()()カレンが破顔する程の面白い要素が見当たらないでいた。

 カレンはグンゾウの質問に対して不愉快になる様子もなく、グンゾウの肩を笑顔で叩いた。

「英雄の誕生がだ。たった1シルバーの夜警から英雄へ出世した義勇兵の物語。実に面白いではないか」

 そう言うとカレンは審判の光(ジャッジメント)を唱える。

 晴天の空に七色の輝きが(またた)いた。

 それは1シルバーの英雄へ捧げられる光の祝福だった。

 

 

 




次回「エピローグ.待つ者のいない凱旋」
お楽しみに!


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