廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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5.ダムローへの道

 暑い。季節は初夏といったところだが、この時間は日がどんどん高くなり、気温が上昇している。

 グンゾウが着ている神官服は基本的に長袖なので涼しくはない。そもそも義勇兵の活動をする上では怪我や虫、日焼けを避けるため長袖以外は選択しづらい。

 今は林の中に潜んでいるので日差しは直接当たらないがそれでもじんわりと汗が出てくる。虫の鳴き声が五月蠅(うるさ)い。ちょうど良い。グンゾウ達は極力音を立てないようにゆっくりと動きながら目標を視界に収めた。

 あいつらはとても醜悪(しゅうあく)な姿をしていた。

 背は子どもくらいだ。上半身は痩せているがお腹はぽっこりと出ている。緑色系の肌と尖った耳を持っている。見つめ合うとつぶらな瞳をしているが、瞳の奥に敵意と知性が存在していることに慄然(りつぜん)とする。

 やつらの名前はゴブリン。

 ゴブリンはこのグリムガルで最弱のモンスターだ。大きさも総じて人間の子ども程しかない。しかし、その戦闘能力は侮れない。まず身軽で素早い。野生動物の速度から繰り出される攻撃は、対応に手間取るとあっという間に窮地に追い込まれる。また、しなやかな体全体を使った攻撃はリーチが長く、貧弱な体格からは想像ができない程力強い。そして最も厄介なのがその生命力だ。刃物で切りつけられたり、刺された位では簡単に死なないどころか、そうそう怯まない。動きを止めるためには急所を的確に狙って、動作能力又は命を奪う必要がある。

 

 

 斜面になっている林を抜けた目の前には小川が流れている。小川は浅く、徒歩(かち)で簡単に渡ることができる。手前には河原が広がっている。その河原にはゴブリン5匹が群れをなしていた。早い昼飯なのかゴブリンは火を焚いてキャンプをしている。ゴブリンの大きさはまちまちだが、1匹だけ錆びてボロボロの鎖帷子(チェインメイル)を装備し、手槍と盾を持っている。あれがボスかもしれない。全員武器を地面に置き、寝転がり、油断している。

 小川の向こう側にも林がある。グンゾウの顔に光が当たる。向こうの林から盗賊(シーフ)のチョコが手鏡に光を反射させて、グンゾウ達に準備完了の合図を知らせてきたのだ。

 ――予定通り。

「準備は大丈夫か? ハイド」

 グンゾウは後ろを振り返りながら小声で話しかける。

「キシ……」

 ハイドが緊張した……ような、してないような面持ちで(うなず)く。

 グンゾウは林が切れている目立つ位置に立ち上がり手を上げる。神官服は白いため緑の中で目立つ。ゆっくり3秒を数えてから大きく手を振り下ろすと、ハイドが立ち上がり精霊(エレメンタル)魔法の詠唱を始める。

 同様に小川の向こう側ではノッコが精霊魔法の詠唱を始めているだろう。

「マリク・キシシ……、エム・キシシ……パルク!」

 ――なんか呪文が変わってる気がするけど大丈夫なんだろうか?

 ハイドの詠唱はいつもグンゾウ達を不安にさせるが、心配に反して普通に発動している。

 ハイドの目の前、空中に描かれた魔方陣から光弾が発せられた。光弾は弧を描きながらゴブリン達を外れ、焚火(たきび)に命中する。魔法の光弾(マジックミサイル)だ。焚火の(まき)が跳ね散らばり、煙と灰が舞い上がった。

 同じく向こう岸からノッコが放ったと思われる光弾もゴブリン達を外れ、焚火付近の地面に命中して、砂埃(すなぼこり)を巻き上げる。

 ――よし。上手くいった。

 光弾はゴブリン達を外れたのではない。実は外してゴブリンを混乱させることが目的だ。そもそも魔法の光弾(マジックミサイル)は当たったとしてもパンチ程度の威力しかなく、ゴブリン相手に致命傷を与えることができないからだ。

 グンゾウ達の読み通りゴブリン達は慌てふためき、自分達の武器を手に取ると散らばって立ち上がってこちらの林の中に逃げ込もうとした。

 ――ここからが本番。

 「ビン」という弦が弾かれる音がグンゾウの頭上からする。白い光が(きら)めいて、鎖帷子を身に着けたゴブリンの頭に矢が刺さる。ゴブリンは手に持った槍を取り落とし、そのまま崩れるように倒れた。

「あたぁーりぃー!!」

 シムラが歓喜の声を上げた。

 ――上手い! 残り4ゴブ。

 正確には手斧を持ったゴブリンが2、剣を持ったゴブリンが2。手斧を持ったゴブリンの1匹だけ少し体が大きい。

「やるじゃねぇか、シムラ、後でおごってやんぜ」

「やったねー、シムちゃん」

 ガシャガシャと音を立てて、小川の上流側と下流側からそれぞれ林に隠れていたリョータとヨシノが飛び出てきた。

 ゴブリン達の混乱は極まり、小川を渡って逃げようとする。小川を渡る途中で、向こう岸の林から3人が姿を現す。カズヒコ、クザク、ミッツだ。

 ゴブリン達の足が止まる。小川の真ん中で両岸から囲まれた形だ。

 ――数の上でも有利。相手は足が滑りやすい川の中。地の利もこっちが有利だ。

 余裕の状況と判断したのか、リョータは手に持った両手剣(ツヴァイヘンダー)を肩に担いでから、ゴブリンに向かって左手で中指を立てて見栄(みえ)を切った。

「おら、こいや、このクソ共が!」

 ――あー、ヤンキーって自分が強い状況の時程いきがるよなぁ……。やだやだ。

 再び弦の弾かれる音がして、ゴブリンの左目に矢が刺さり、手斧持ちの大きい方が小川の中に倒れる。川の水が「ばしゃ」っと音を立てた。

「あっはっはー。またまた、やってしまいましたー」

 シムラが剽軽(ひょうきん)な言い方で叫んだ。

「あっ。こらぁ! やりすぎだシムラ! 俺らにも残せ! てめぇ、おごってやんねぇぞ!!」

 リョータが怒鳴ると、グンゾウ達の頭上、木の上からシムラが答える。

「あんだって? はーい、とぅいまてーん」

 ――戦闘中なんですけど……。命がけなんだから、真剣にやって欲しいなぁ……。でも言えない。言ったら皆のテンション下がっちゃうし、今は流れを大切にしたい。

「みんな、まだ戦闘中だから集中しよう! シムラ君! 混戦になるから弓はそろそろ終わりで!」

 カズヒコが声を出す。前衛5人に集中力が戻る。

 ――ナイス、カズヒコ。イケメンは伊達(だて)じゃない。

 ゴブリン達もこのまま()られてたまるかとばかりに、3匹共叫び声を上げながら突撃をしてきた。斧を持っている1匹だけが向こう側へ、剣を持っている2匹がこちら側へ来た。

 ――実力的には丁度いいかな?

「へっへっへ、ショーーータイムだぜぇ!」

 向かってきたゴブリンの1匹に対して、リョータが両手剣を横薙(よこな)ぎに大振りする。剣ゴブリンAは両手剣をくぐって(かわ)すとそのまま林、つまりグンゾウとハイド、シムラがいる方に逃げ込もうと走った。

「リョータはいっつも大振りなんだよ。ゴブチンはちっちゃいんだから、コンパクトに戦わないと」

 ヨシノが剣ゴブリンBと対峙しながら、リョータに指摘した。ヨシノには余裕がある。

 ヨシノの持っている武器は槍だ。穂も含めた長さはヨシノの身長よりも長い。180センチ程度ある。中段右前半身構えだ。

 神官も杖や鎚による護身法を習う関係でグンゾウには分かる。構えが通常と逆だ。ヨシノは左利きなので右前半身構えを基本の構えとしている。武器の長さ、構えにおいて対剣術戦で圧倒的に有利な状況だった。

「俺は威力重視なの! ()物ルーキーなんだから、()振り多少あっても、()目に見ろYO!」

 リョータは自分の失敗を即興のラップにして歌った。

 ――リョータは頼もしい時も多いんだけどなぁ。……まあ、姫にご登壇(とうだん)いただく機会を作ったから良しとするか。

 林へ逃げようとしている剣ゴブリンAはグンゾウとハイドに気が付くと、いやらしい笑みを浮かべた。

 ――ゴブリンのこういう所が嫌いだ。やばい状況なんだから、とっとと逃げればいいのに、ついでに弱そうな相手を蹂躙(じゅうりん)しようと欲をかく。

「てやー!」

 意外に低く落ち着いた声、でもかわいらしい女性の声が響く。

 林の中から鎖帷子の上に神官衣を(まと)ったアキが飛び出て、両手持ちしたロングソードで剣ゴブリンAに切りかかる。右上から左下へ振り下ろす。

 完全に油断をしていた剣ゴブリンAは驚いて、すかさず飛び退く。しかし、アキの剣を躱しきれず肩口からお腹の方までスパッと切られる。浅い傷だ。アキは興奮のせいか肩で息をしている。

 急に現れたアキに困惑しているのか、それともアキの気迫に押されているのか、剣ゴブリンAは後退(あとずさ)る。足が止まった。そこへリョータが追い付く。八双の構えで走りながら、踏み込みと同時に剣を振り下ろす。戦士が最初に教わるスキルの憤怒の一撃(レイジブロー)だ。

「ぐぎゃっ!」

 蛙が踏みつぶされたような声を出して、剣ゴブリンAの体は斜めに切断された。

「よっしゃー!」

 リョータは両手剣にこびりついた()()()()()()()を振り払うとヨシノの支援に向かった。上半身の無いゴブリンの下半身がゆっくりと崩れ落ちて、赤黒く光る内臓が大量の血液と一緒にドロッと地面に飛び出る。

 アキはしゃがみこんで、下を向いている。もしかしたら、嘔吐(おうと)しているのかもしれない。

 ――()()はそうそう慣れないよなぁ。さて戦況はどうかな?

 ヨシノは剣ゴブリンBと互角の戦いを進めていた。無傷だ。互角というより、むしろ練習をしているように見えた。剣ゴブリンBの初動を見切って武器を槍で叩いたり、多段突きで牽制して剣ゴブリンBを小川の中まで後退させたりしていた。また、逃げられないように脚を中心に攻撃を加えており、剣ゴブリンBは既に走って逃げることはできそうにない。

 ――ヨシノも結構ド(エス)だよな。怖い怖い。リョータの支援は必要ないかも。まあ、リョータは行きたいだけか。

 むしろ1対3のはずのカズヒコチームの方が怪しい雲行きだった。いつの間にか神官のタイチが川岸に来ている。誰かが傷ついて光魔法が必要になったのかもしれない。

 バスタードソード持ちのカズヒコは上手く手斧ゴブリンと渡り合っている。

 しかし、ミッツは完全に腰が引けていて、前に出ようとするのだが、手斧ゴブリンに睨まれては後ろに下がっている。さらにクザクに至ってはあまり参戦していない雰囲気だ。ロングソードは構えているが、全然攻撃に出る気配がない。大きい聖戦士の置物といった体だ。

 ――どうしよう? 全部うちで狩っちゃうかな?

 グンゾウが考えていると、ガサガサという音がして木の上からシムラのイガグリ頭が目の前に降りてきた。

「あ、シムラ。お疲れ。皆中(かいちゅう)だったね」

「あはは、まぐれですよ」

 シムラはまぐれと言ったが、間違いなく謙遜(けんそん)だった。小隊(パーティ)の役割を決める際に体格の小ささを気にしてかシムラは自ら後衛の狩人(かりゅうど)を志願した。また弓はできそうな気がするという理由もあったそうだ。実際、狩人ギルドから戻ってきたシムラの弓の命中率は異常に高かった。時間さえかけて集中すれば、直径が40センチくらいの止まった的であればほとんど命中させてしまうのだ。それはゴブリンの頭のサイズと近いため、当小隊の中で必殺の狙撃者としての地位を確保しつつある。

「ちょっと剣鉈(けんなた)の練習をしてきます」

 シムラは剣鉈を抜くとカズヒコ小隊の方へ向かっていった。

 ――シムラはわかってるなぁ。

「アキ姫を()てくるけど、ハイドはどうする?」

 グンゾウがハイドに話かけた。

「キシシ、グンゾウの後ろに……、キシシシ」

「はいよ」

 グンゾウは慎重に歩を進めながら、アキの方へ林の斜面を降りていった。

 

 

「よっしゃーーーーーーー! 快っ勝ー!」

 リョータが雄叫びを上げた。

「よし! 野郎ども! お宝の回収だ!」

 リョータの指示でシムラ、ミッツ、タイチ、チョコ、ノッコがゴブリンの死体からゴブリン袋や装備を回収している。得られたお宝は後でカズヒコチームと山分けになる。

「せっかくゴブチンと槍の練習をしてたのに、リョータが狩っちゃうからなー」

「何言ってんだ、ヨシノ、いじめは良くないぞ」

「いじめじゃないよ。練習だよ。あたしはゴブチンを育ててたの。焼肉と一緒。あたしが焼いて、育てた肉はあたしが食べたいでしょー?」

 結局ヨシノが相手をしていた剣ゴブリンBはリョータが仕留めてしまった。ヨシノは獲物を横取りされて少し悔しかったようだ。

 ――……焼肉って。わかるけど。

 グンゾウはしゃがんでいるアキに話しかけた。

「大丈夫だった? 怪我はない?」

「はぃ。大丈夫です。ちょっと気持ち悪くなってしまって」

「まあ、そうだよね」

 アキの元々色白の顔は血の気が引いてますます白くなっていた。

「これじゃ、ダメですよね。しっかりしないと。」

 アキは下を向いて、少し落ち込んでいるようだ。

「落ち込んでる? 大丈夫だよ。まあ、良くも悪くもその内慣れるだろうし」

「はぃ……」

 アキの返事はいつも語尾が小さい。

「ほんと、大丈夫だから。作戦通りばっちりだったじゃん?」

「はぃ……」

 ――んー。難しい。

 

 

 今回の戦闘で得た戦利品は9シルバーと綺麗な石が3個、何かの牙が2本、そしてゴブリンの装備品だった。儲けの良い戦いだった。戦術が上手くはまり、戦闘自体が楽だったこともある。

 ゴブリンの装備品は重い割には屑鉄(くずてつ)扱いで、買取価格が数カパーにしかならないことがあるので、あまり持ち帰りたくなかった。しかし、貧乏な見習い義勇兵暮らしなので全員で分担して持ち帰ることに決めた。

 街で集めた情報よりもゴブリンが持っている貴重品が多いように思われた。一部ではゴブリン狩りを一生し続けても正規の団章を得ることはできないとも言われている。

「あの、お金は要らないのでこの盾使ってもいいですか?」

 アキが皆の前で遠慮がちに申し出た。アキは聖騎士だ。聖騎士は仲間を守ることを戦いの中心に据えているので、普通は盾を常用するのだが、お金が少くまだ盾を持っていなかった。

 ボス格らしきゴブリンが持っていた盾は小さな円形の盾だった。裏は木製だったが、表面は金属で覆われていた。

「あ、クザクさんが使うなら、それでも」

「……いや、要らない」

 クザクはぼーっとしてたようで、少し間が空いてから答えた。クザクも聖騎士だ。同じく盾は持っていない。

「アキちゃん、お金や換金率が高いものはちゃんとみんなで分けよう。装備品とかは必要な人がいれば使って、残りは屑鉄屋に売って分けよう。それでいいだろ? リョータ」

 カズヒコがアキにフォローを入れた。

「おう。うちは全然いーぜ」

 リョータが答える。

「ありがとうございます!」

 アキが汚れた盾を抱えて嬉しそうにお辞儀をした。片手剣と盾を持って戦う守護剣闘術という系統を身に着けるつもりなのかもしれない。

 ――笑ってた方がかわいいよなぁ。

 グンゾウの顔もつられて嬉しそうな顔になった。

「キシシ、グンゾウ、スケベ」

「え? なんで?」

 グンゾウはハイドに突っ込まれて訳わからず狼狽(うろた)えてしまった。

 ――こいつはいつも俺の後ろにいるのに、顔が見えるのだろうか?

 

 

「しかし、今のはすごく上手くいったね。5匹は初めてだったけど、これならそろそろ行けるんじゃないかな?」

 カズヒコはリョータに視線をやった。

「おう。ダムローな。俺はいつだって良かったんだぜ。俺の、俺様の実力ならゴブリンなんて楽勝だぜ」

 リョータが愉快そうに呵呵(かか)と笑った。

「そうはいかないよー。命かかってるんだから、真剣に練習しないとー」

 ヨシノが調子に乗っているリョータに水を差した。

「今のだってグンちんが立てた作戦が上手くいったからでしょー」

 ――お、褒められた。嬉しい。

 リョータは少し渋い顔をしたが、すぐに笑顔に戻り。

「まあ、確かにオッサンの作戦はなかなかだ。しかーし、しかし、しかし、しかし、それは主に俺を中心とした俺達の実力があってこそだぜ?」

「オッサンじゃない、せめて名前で呼べ」

 グンゾウがため息をつきながら言う。ヨシノは笑顔だが、少し呆れた顔をしていた。

「ああ、悪かったな、グンゾウおじさん」

 リョータは再び呵呵と笑った。

 ――次の作戦はリョータに死地を割り当ててやろうかな?

「まあまあ、じゃあ、ダムローは明日目指すとして、今日はもうひと稼ぎしよう」

 カズヒコが上手いこと話をまとめて、全員で「おー!」と掛け声をあげた。

 

 

 グンゾウは空を見上げた。雲はほとんどなく、空は抜けるように蒼い。太陽が頂点に近い場所にあって、燦々(さんさん)と光を注いでいた。

 ――明日は遂にダムローか。良くここまで来れたな。

 あの夜、グンゾウ達がこのグリムガルに目覚めてから20日余りが経っていた。その道程を思い出してグンゾウは少し目を閉じた。

 

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