それはオルタナ北区にある丘の中腹に鎮座していた。光明神ルミアリスを祀る神殿、「ルミアリス教団オルタナ
「ほぇー、なんや大層な建物が沢山やなー」
シムラが感嘆の声を上げている。素直で良い性格だとグンゾウは思った。今、グンゾウ達はルミアリス神殿の目前まできている。
広場で衛兵が言っていた通り、北区に入ってから通行人に道を尋ねたら、あっという間にルミアリス神殿の場所を教えてくれた。ついでにオルタナで神官になる人は、大体ここで修行をしているということも教えてくれた。
ルミアリス神殿は丘の中腹に点在する白く荘厳な複数の建物がそれぞれ一体となって構成されている建築群である。
「グンゾウさん、なんか屋台出てますよ。
シムラが門前通りをキョロキョロしながら歩いている。門前通りはさほど人通りはなかったが、ポツリポツリと屋台が出ていた。
「目的を果たすのを先にしよう。さっきの人の話じゃ、ここで神官になる修行ができそうだし」
「キシシ、とにかく早く建物に向かう、キシ……」
そう言うとハイドは、
目の前に、白石門が見えてくる。白石門は良く磨かれた大理石で出来た大きな門だ。門の上部にはルミアリスのシンボルであろう六芒の紋様が刻まれ、中心には宝石のようなものが埋め込まれている。
門の直前でグンゾウとシムラは立ち止まり、
門の周りは木々が森のように茂っていて、門の奥は暗い。暗い斜面に石の段があるようだ。森に光を遮られた奥の暗闇と、光り輝く前面の白い大理石のコントラストが、白石門の神々しさを強調する造りとなっている。とても邪悪な心を持ったまま通る気にはならない。頭を垂れて門を通りたくなく雰囲気が漂っていた。
暗闇のさらに奥は森が切れていて明るい。斜面に等間隔で並んだ石の段が続き、まるで天国へ続く階段を想起させる。
――「レッドツェッペリン」だな。
グンゾウは意味不明な単語が思い浮かんだが、それが何か分からず忘れることにした。
立ち止まっているグンゾウとシムラを尻目に、ハイドはプリプリとお尻を振りながら、せかせかと
――不信心な奴だなぁ。
「ハイド、くせーぞー」
シムラがゲラゲラと笑いながら追いかけた。
グンゾウもハイドに声をかける。
「ハイド、そんなに急いで、おっきいのでも漏れそうなのかー?」
2人はグンゾウから見えない位置まで行ってしまった。遅れてグンゾウは白石門をくぐり、森の道に入る。体感温度がグッと下がり、汗がひく。湿った土の匂いがした。今まで
突然、グンゾウの耳に誰かの声が聞こえる。
「……ん」
グンゾウは振り返る。振り返った先には今くぐった白石門があるだけだ。
「……さん」
また、誰かの声が聞こえた。聞き覚えのあるような懐かしい声。
――誰?
周りを見回したが、特に誰も見あたらなかった。
「誰かいますかー?」
グンゾウは薄気味悪くなって、誰も居ない空間に話しかけた。
――幻聴……かな? おかしな事だらけだからな。仕方ない。
「グンゾウさん! ハイドのやつ、ほんまに漏らしそうみたいっす!」
シムラが血相を変えてバタバタと戻ってきた。
――おお、それはまずい。ハイドの漏らした下着なんて洗いたくないぞ。
「今行く!」
グンゾウは冷静になって考えれば行ってもどうしようもないと思ったが、シムラと一緒に石の段を駆け上り、ハイドの後ろを追っかけた。
いつの間にか、夏の虫が大きな声で鳴いていた。
カラーン、コーンと時間を知らせる鐘が3回なった。
グンゾウ達は学院の外にある共有の
――心の底から良かった。
しかし、便所を眺めているグンゾウの中で不安が高まりつつあった。
――これは……。何が問題なのか分からないけど……ものすごい不安。
グンゾウが不安になっていたのは便所の清潔さであった。
見ると下水道の上に縦横30センチくらいの穴の開いた床板が置いてあっただけだ。板があるだけいいのかもしれない。もちろん上流の人が排泄をしたら、排泄物が自分の下を通過していくのを目撃することになる。排泄の狙いが外れて、穴の縁にオマケが残っているケースも多分にある。
また、お尻を拭く道具も多種多様だ。ボロ紙、ボロ布、大きめの葉っぱ、
ルミアリス神殿内の便所が特別不潔だというわけではない。
グンゾウは義勇兵団事務所で小さい方の便所しか行っていない。ブリちゃんに「そこでしなさい」と言われた場所は、事務所の裏手の下水道に直接出すだけだった。大きい方は一応木の板で囲われた
――なんだろう。俺はこれで排泄ができる気がしないぞ! これ……どうしたらいいんだろう?
「ハイドさぁ……どれで拭いたの? 藁とか?」
グンゾウは、排泄が無事完了し、すっきりした顔のハイドに遠慮がちな声で聞いてみた。
「キシシ、手で拭いて、洗った」
絶句。
「うおっ! きたねー! ぜっっっってぇ、俺に触るんじゃねーぞ!」
シムラが叫びながら、ハイドから5メートル位ジャンプで下がった。
「キシシシシシシ、今度みんなにおにぎりを作る、ふっふふ」
グンゾウは目を閉じてから、天に祈りを捧げた。
――ルミアリス様がいらっしゃるなら、許してください。今からこの
深呼吸をひとつ。排泄物の匂いがした。
――あの便所のヘラは洗って再利用なのかなぁ……。あれを使うのは絶対やめよう。
荘厳で白く美しいルミアリス神殿におけるほとんどの記憶が便所についてなのは残念極まりないが、ルミアリス神殿で聞き込みを行うことで、多くの情報を得ることができた。
学院という場所が義勇兵団を受け容れる窓口の機能をしているようで、受付にいた女性の神官らしき人は丁寧に説明をしてくれた。まず、ハイドの予想通り、ルミアリス神殿では神官と聖騎士という2つの
――7日間しか訓練しないのか……。大丈夫かよ。
とグンゾウは思った。
その後もハイドの質問が的を射ていたので、職業の特徴についても聞くことができた。
神官は光魔法と主に杖や鎚による護身法を中心に覚え、
次に聖騎士は光魔法と杖や鎚による護身法、また重装備で片手剣と盾を持って戦う守護剣闘術を覚え、小隊の盾となって戦う戦士であるとのこと。聖騎士の方が神官よりも職業として優れているように思えたが、光徳の関係で使える光魔法に制限があったり、自己の回復はすることができない等の制約があるとのこと。あくまで専門は小隊の守護役で、光魔法は専門の神官に任せ、支援に徹する必要があるようだ。こちらもとても重要な職業であるようにグンゾウ達には思えた。
ハイドはふんふんと鼻を鳴らしながら真剣に説明を聞きいていた。腑に落ちることがあるのか、時折「なるほど、キシシ」等と強く
「キシ……、なななんで小隊は3~6人がぉ多いんだ?」
ハイドが質問をすると、受付の女性神官は嬉しそうに説明を始めた。
「大事なのは3ではなく、6です! 1つの小隊は6人であることが望ましいのです。それはまさにルミアリス様の奇跡、
女性神官の目がキラキラしている。
――かご、あい……、なんか聞いたことあるような、全然昔の話のような? 何だっけ?
グンゾウが関係ないことを考えている間も、女性神官の話は盛り上がっていく。
「ルミアリス様の
「そうそう、ジメジメしている場所にはナメクジ出ますよねって話ズレとるやないかーい!」
興奮して話す女性神官にシムラが突っ込みを入れる。
――いまいちなノリ突っ込みだったな。
シムラも自覚しているのか「やっぱり記憶喪失のせいやで」とかぶつぶつ言っている。
「キシ……、で、ろ6人小隊と……ろ六芒の関係は?」
――おお、ハイドがまとも。
「ああ、すいません。ルミアリス様への敬愛が行き過ぎました。神官がある程度の光徳を積むと
「キシシ……なるほど。……しし神官は6人に1人はひ必要と……。ふっふふ」
「ハイド。でも、神官は制約が多くてあまり戦闘に向かないから、そんなに多くは入れられない感じだよね?」
「キシ、グンゾウ、その通り。問題は……誰が神官をやるか……キシシシシ」
――神官……か。そんな簡単に誰でもできるのかな? まあ、聖騎士の方も体力的に難しそうだけど。聖騎士はリョータ……とか?
「えーっと、少し前に鐘が3回鳴ったっけ? 鐘は朝6時から2時間おきだから、今は11時位かな。もう少し調査の時間が取れるね。次、どこ行く?」
グンゾウが話しかけると、シムラはイガグリ頭をひねった。
「見当もつきません。他にどんな職業があるんですかねー?」
「キシ……シムラは馬鹿、キシシシシ。既に1つは場所まで情報を得ている」
「なんやと! このアホゥ! ウンコ野郎!」
「こらこら、喧嘩するんじゃない。ハイドも、もう少し口を慎みなさい」
近くの木に生えている青い実をちぎって、ハイドに投げつけようとするシムラの腕を掴んで止めながら、グンゾウは話した。
「で、何の職業について情報を得たんだ? ハイド」
「キシ……職業は確かじゃないが、場所は分かった。暗黒神……の神殿が西町貧民街の……地下にある」
「あっ!」「あっ!」
グンゾウとシムラが異口同音。どっかで同じようなシーンがあったなとグンゾウは思った。
――確かに受付の女性神官がそんなこと言っていた。光明神に神官と聖騎士があるなら、暗黒神にも神官と暗黒騎士とかがあってもいいよな。ハイドは良くそんなこと聞き逃さなかったな。
「感心したよ」
グンゾウが声をかけると、ハイドは鼻息を荒くして答えた。
「ふっふふっ……これくらい当り……当たり前、ふっ」
「よし、じゃあ、西町とやらに行ってみる?」
「ふひっ!」「賛成!」
向かう方向が決まり、グンゾウ達は確かな足取りでオルタナ西町を目指した。