廃と群像のグリムガル ~不惑の幻想~   作:西吉三

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8.西町クライシス

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 ――自分の呼吸が五月蠅(うるさ)い、一体こんなに走ったのは何年ぶりなんだろう。吐きそう。

「ぶひっ、ぶひっ、キシシ、ぶひっ……」

 ハイドが豚のような呼吸になっている。

 一番、元気なのはシムラだった。とはいえ、シムラも膝に手をおいて、体を折り曲げ、頭を下げて、肩で呼吸をしている。

「あかんかったですね……。こんなん初めてー、やったわ」

 シムラが地面に座りこんだ。

 当然、グンゾウやハイドは既に地面に寝っ転がって、伸びている。

「はぁはぁ、まー、はぁはぁ、ちょっと……はぁ、はぁ、舐めてたね」

 ――そう、俺達は舐めていた。別に怪物(モンスター)だけが人を襲うわけじゃないってことを忘れていた。

 まだ数えてはいないが勉強料としてグンゾウは十数カパーを失った。

 どうしてこうなったのかを説明するためには少し時間を遡る必要がある。

 

 

 グンゾウ達は暗黒神スカルヘルの神殿を探すべくオルタナの西町を目指した。

 一旦、天望楼付近まで戻り、位置を確認してから西町の方向に向かう。西区の入り口は飲み屋っぽい飲食店があったり、美味(おい)しそうな肉屋やパン屋があったりしてちょっと味のある雰囲気の街だった。

「なんや、下町って雰囲気ですねー」

 シムラがイガグリ頭の上で手を組みながら、呑気(のんき)に鼻歌を歌っている。

「早いけど、ちょっとお腹空かない? あの美味そうな匂いがしてる屋台で、食事でもしながら情報収集しない?」

「キシ、同意!」「賛成っす!」

 グンゾウが早めの昼飯を提案すると、2人ともすぐに同意した。

 ――なんだか、食って、出して、食って。それしかしてない?

 グンゾウ達は屋台のカウンターに座る。グンゾウ、ハイド、シムラの順で腰掛けた。

 すると、屋台の店主が水の入ったカップを出しながらニコニコとした笑顔で話しかけてくる。色黒のがたいが良いお兄さんだ。

「らっしゃい! お客さん初めて?」

「そう……ですね」

 一瞬で見抜かれてしまったため、グンゾウが緊張して答える。

「そっか、じゃあ説明しとくか。うちはこの辺りでも美味くて安いで有名なガナーロ料理専門店『肉18番』だよ。元々西区にある肉屋なんだけど、それ以外にもこうして屋台で最高の肉を最高に美味い食べ方で提供してるんだ。昼飯(ランチ)はテールスープ定食か、内臓(もつ)煮込み定食のどっちか。定食って言ってもパンが付くだけだけどね。これは従兄弟がやってる『グーチョキパン屋』から毎朝焼き立てを仕入れてる。1個までお代わりできるよ。内臓煮込みは少しだけ辛いけど、そっちの子ども達でも食べられる位の辛さだ。両方とも8カパーだよ」

「なるほど……」

 ――それは美味(うま)そうだ。

「俺は内臓煮込みだな。ふたりはどっちにする?」

「キシ……テールで」「なんや、悩むなぁ……でも、ここは内臓煮込みにします」

 料理が出てくるまでの間、少しお金について考える。

 今のところグンゾウ達は16カパー使った。このまま外食生活で過ごすと仮定すると、食費だけで1日で25カパー程度かかる。すると4日で約1シルバー。例えば職業(クラス)に就くための費用が8シルバーで共通しているとすれば、余りは2シルバー。実際は宿舎代だったり、生活道具も買わないといけないことを考えると、そんなに余裕なんてないことが分かる。

 ――あいつ、しばらく生きていけるとか言ってたけど、ギリギリじゃないか。

 飲んでいた水が急にまずく感じられた。グンゾウのブリちゃんに対する怒りがふつふつと沸き出てくる。

 そうこうしていると料理が出された。

「お待たせ!」

 テールスープは白濁したスープに人間の(こぶし)位のゴロッとした肉の塊が2つも入っていた。美味そうな出汁(だし)の匂いがする。明らかに美味そうだ。

 ――ガナーロってどんな動物なんだろ。

 内臓煮込みは赤茶色をしたスープに何だかよく分からない肉がたっぷりと入っていた。こちらは出汁(だし)の匂いにスパイスの風味が加わり、これも美味(うま)そうだった。

「いっただきまーす、うまっ! 熱っ! うまっ! 熱っ!」

 シムラが木のスプーンで煮込みを掻き込みながら、出されたパンにがっついていた。少し騒がしい。グンゾウも内臓煮込みを一口食べる。

 ――確かに美味(うま)い。肉汁・肉汁・肉汁って感じだ。

「ハイド、肉をちょっとずつ交換せえへん」

「嫌だ、キシシ」

「ケチ臭いこってゆうなや」

 シムラとハイドが料理の味見で押し問答をしている。

 グンゾウは、ハイドがシムラに集中している隙に、テールスープの肉を少しだけもらって口に入れた。

 ――これも美味(うま)い!

 さらに、もう少しだけもらった。

 シンプルな塩味ながら骨髄の濃厚なエキスが肉に再浸透していて、肉を噛めば噛むほど肉の線維がほぐれ、美味しいエキスが出てきた。また肉の間の脂肪もぷりぷりと弾力があり、噛むと舌の上にどろっと甘い脂が広がった。

 料理は両方とも肉の味がすごく良かった。

 蜂の巣みたいな模様の肉は弾力があり独特の風味がある。腸と思われる肉は脂がたっぷりと付いていて、その脂の甘さが抜群だった。それ以外にもよく分からない部位の肉が多数入っていたが、全体的によく煮込まれ、軽く咀嚼(そしゃく)するだけでほろっと溶けていく。一口食べると肉の甘さと味付けのピリ辛さが絶妙なバランスで口の中に広がり、幸せな状態になる。そこへ付け合わせのパンを食べる。

 ――パンもうまっ!

 付け合わせのパンはふわふわの白パン()()()()、表面はカリカリ、中は塩気のない重くて堅めのパンだ。ただし、香ばしい小麦の匂いがしっかりして、口の中の脂と混ざることによって最も美味(うま)い状態になる。後味が爽やかなので少しハーブが入っているかもしれない。

 パンが口の中の脂を持ち去ってくれるので、次のスープが新鮮な気持ちで美味(おい)しく食べられる。

 ――また来たいな、ここ。女の子も喜ぶかも。

 グンゾウの頭に女の子の顔が浮かんだ。

「キシ……、肉が……減ってる気がする」

「んなわけあるかーい。早くよこせや」

 何となくハイドの視線がグンゾウに向いている気がしたが、グンゾウは気付かないふりをして、目の前の食事に集中した。

 ――ここは黙っとこう……。稼げるようになったらおごってあげるつもりだし……。ハイドはちょっと小太りだし……。ダイエットだよ、ダイエット……。

「あ、パンお代わりお願いします」

 グンゾウ自身はダイエットする気がなかった。

 

 

 シムラとハイドは料理の攻防をしながら食事をしている。既に料理の交換よりは、攻防で遊ぶことに夢中になっている。

「興奮しすぎて、こぼすなよー」

 グンゾウは軽くたしなめておいた。

 お昼の時間なのか屋台も客が増え、簡易のベンチや机に座って10人程度の客が入れ替わり食事をしている。いつの間にか店主と同い年くらいの女性も来て、料理を出すのを手伝っている。連携の良さを見ると店主の奥さんかもしれない。

 店主は料理を出すのに一段落着いたのか、樽でできた椅子に座って煙管をふかしている。

 グンゾウはお腹も満ちたので、店の店主から情報収集をすることにした。

「あの、西町にスカルヘル神殿があるって聞いたんですが、場所をご存じですか?」

 グンゾウが聞くと、屋台の店主がぎょっとした表情になる。

「もしかしなくても、お客さん義勇兵?」

「ええ、そうです。わかりますか?」

「まあ、変な格好してるんで、そうだと思ったんだけど」

 ――変な格好……かなぁ?

「あ、お恥ずかしい」

 店主はグンゾウに顔を寄せると、小声で言った。煙草とスパイスの匂いがする。

「あんまり、西町付近では暗黒神殿と盗賊(シーフ)ギルドの話は大声でしない方がいいよ」

 グンゾウはドキッとした。店主は小声で続ける。

「おおっぴらには言えないけど、西町はそういう町さ。けして悪い意味でなく、西町の混沌(ぐちゃぐちゃ)秩序立てて(しきって)いるのは、その両組織の力が大きいってことだ」

盗賊(シーフ)って泥棒?」

「そう言われてしまえば元も子もないけど、まあ、そうした技術を持った集団かな。表向きは街の人から盗む集団ってわけじゃないよ。外には財宝を持った怪物がたくさんいるし。義勇兵の中にもかなりの人数いるぜ。オルタナ辺境伯の依頼を受けて、仕事を請け負うこともあるし。敵勢力の偵察とかね」

 ――なるほど、そういうものなのか。

「あの、もしかして、その盗賊(シーフ)ギルドってのに加われば、盗賊(シーフ)になれるんですかね?」

「あれ? そんなことも知らないの?」

「はい。すいません。右も左もわかってないもので。盗賊(シーフ)ギルドの場所を教えてもらえませんか? ついでに神殿の場所も……」

「仕方ないなぁ」

「ありがとうございます」

 店主は親切に繊維の荒いゴワゴワの紙へ木炭で地図を書いてくれた。

「ほんとうにありがとうございます。これ少ないけど受け取ってください」

 グンゾウは5カパー程、屋台の店主に手渡した。

「お、悪いね。じゃあ、もう少し情報を書き足しておくか……」

 店主は地図の裏に何か書き足した。

「ご馳走さま」「キシシ、満足」「ご馳走様っす!」

 シムラとハイドも食事を終えたので、グンゾウが促して出発することにした。

「毎度ありー!」「ありがとうございましたー」

 店主と女性がお見送りをしてくれた。

 グンゾウは歩き始めながらシムラとハイドに盗賊(シーフ)ギルドについて説明をした。

「キシシ、盗賊(シーフ)ギルドは大いにあり得る、キシシシ」

 ――だから、あることの説明をしてんだけどな……。

「地図を見るとそっちの方が近そうだから、盗賊(シーフ)ギルドを先に行かない?」

「おけ、キシシ」「了解っす」

 2人の同意を取り付けたので、グンゾウは地図をくるくる回転させて見ながら行く方向を探した。

 ――あっち……かな?

 その頃、肉18番の店主は少しだけ顔をくもらせながら独り言をつぶやく。

「あの旦那、ちゃんと俺の書いたこと読んだかなぁ?」

 お店の手伝いをしていた奥さんが聞く。

「どうしたの?」

「あ、いや、さっきのお客さん義勇兵らしいんだけど、何も知らない風で。盗賊(シーフ)ギルドまでの地図を書いてあげて、通っちゃ駄目な道の情報を紙の後ろに書いてあげたんだけどさ……読んだかなって」

 奥さんは少し考えてから答える。

「まあ、大人だったし、危ない場所くらいわかるんじゃないの?」

「だよなぁ」

 店主は表情をゆるめる。ちょうどお客さんが3名来たところだった。

「らっしゃい! まだランチの定食やってるよ」

 

 

「なんや、ガラ悪いなぁ」

 シムラがキョロキョロと周囲を見回している。確かに良い雰囲気の場所とはとても言えない。他の地区に比べて落ちているゴミの量が多い。食べかすの骨や割れた陶器、人の糞尿のようなものまでそこら辺に散らばっている。また、道端にボロ布にくるまったホームレスを見かける数が増えていった。

「懐かしい雰囲気やわぁ」

「え、そっち?」

 グンゾウはすこしずっこけてしまった。

「えへへ」

 シムラは鼻をこすりながら、ふざけて笑った。

 盗賊(シーフ)ギルドに近付くにつれ、さらに街の雰囲気は悪くなっていった。独りで歩くのは少し遠慮したいような感じだった。建物も元の建物を木板や煉瓦(レンガ)漆喰(しっくい)で建て増し、建て増しを続けてくっついたような良く分からない形をしたものが多い。道の上を塞ぐように2階同士が繋がっている建物もあった。

 進めば進むほど道はますます狭くなり、見通しも悪くなっていった。昼間だというのに不思議と人通りも極端に少ない。

 グンゾウは嫌な予感がしてきていた。

「しかし、盗賊(シーフ)ギルドの建物らしきものは見当たりまへんなー」

 シムラは背伸びをして道の先を見渡した。

「キシ、グンゾウ、地図……確認しろ」

 ――メイレイ スンナ。

 グンゾウは心の中で悪態を()いたが、相手がハイドなので口に出すのは止めた。

「ああ……、地図だとこの道を真っ直ぐが一番近い感じで書いてあるんだよね。道が丸で囲ってあるし」

「グンゾウさん、何か裏に書いてありますけど?」

 シムラが地図の裏側の書き込みに気付いてグンゾウに教える。

「ほんと?」

 ――そういえば、追加情報がなんとかって屋台の店主が言ってたな。

 グンゾウは地図の裏面を見た。そこには「○で囲ってある道は通ってはいけない。何故なら……。通ってしまった場合は……」と書いてあった。

「うおっ」

 グンゾウは思わず叫んでしまう。

「どうしました?」「キシシ」

 シムラとハイドの両方がともが地図の裏面を覗き込む。2人の顔から血の気が引いていく。

 周囲に人の気配を感じる。3人は小声で相談をする。

「行くぞ!」

 グンゾウが声を出すと同時に3人は元来た道を引き返すように全速力で一斉に走り出す。

 グンゾウ達が一斉に走り出したのと同時に前後の通路、また前方の左右の建物とその2階窓などから、ボロボロの服を幾重(いくえ)にも(まと)った汚い身なりの男達が一斉に飛び出してきた。ぱっと見で6人はいる。

「このイカレ×○△野郎ども、身ぐるみ剥がせ!」「わしゃー!」「待てこらぁ!」「金よこせー」「死ねー!」

 ――これはやばい! 捕まったら死ぬ!

 後ろの道を塞いでいる男は1人。ボロボロ布を纏って、顔は何年お風呂に入っていないのか分からないくらい汚れて、(しわ)だらけだ。頭は白髪の長い髪の毛が(わず)かに頭皮を(おお)っている程度だ。見た目は完全に鬼だ。グンゾウ達がついていたのはその男が年寄りで、体格も貧弱であったということだ。武器も持っていない。

「さっき言った通り!」

 グンゾウは叫ぶ。

「はい!」「ぶひキシ!」

 狭い道のシムラはギリギリ左端を、ハイドはギリギリ右端を走る。グンゾウはハイドの後ろから付いていく。年寄り鬼はどっちの子どもを捕まえようか逡巡(しゅんじゅん)する。

 シムラは脚が早い。あっという間に年寄り鬼の脇をすり抜けていく。しかしハイドは脚が若干遅い。年寄り鬼がハイドに狙いを定めて捕まえようと手を伸ばす。

「させるかよ」

 グンゾウは年寄り鬼に体当たりする。目に染みそうな程、強烈に臭い体臭が鼻を突く。

「ぐじゃあぁらぁぁぁぁ」

 年寄り鬼はバランスを崩して、地面に背中から倒れ込む。体格の違いからしばらくは起き上がれなそうだ。

 後ろから追ってくるボロ布集団は何だか良くわからない悪口雑言を叫びながら、グンゾウ達に向かってくる。

「走れ! 走れ! 走れ!」

 グンゾウのかけ声でシムラとハイドはどんどん走って行く。

 ――くそー、やりたくないけど。

 グンゾウはカパーの袋に手を突っ込んで、握ったカパーをボロ布集団に投げつける。グンゾウはなるべく左右に散らばるようにカパーを投げた。

「ほらっ! 銀貨をやるぞ!」

 チャリチャリーンと派手な音を立てて、地面にカパーが転がる。

「俺の銀貨だ!」「取るな殺すぞ、俺んだ!」「そこだ、そこにもあるぞ」「畜生! これは銅貨だ、銀貨はどこだ!」「死ねー!」

 ボロ布集団は今度は銀貨と思い込んだ銅貨の奪い合いで仲間割れをしている。

 ――ひとり「死ねー!」しか言わないやつがいるな……。

 グンゾウは全速力でシムラとハイドの後を追いながら、変に冷静なことを考えていた。

 

 

 グンゾウはカパー袋の中を数え直したら、15カパー減っていた。

 ――2食分か……。死ぬよりいいけど。

 呼吸を整えたグンゾウ達3人はとても西町の奥まで入って調査を続ける気にはならず、集合の時間も近いと思われたので、とぼとぼと義勇兵団事務所までの道を歩いていた。

「キシシ……とりあえず、グンゾウが悪い。シシシシ」

 グンゾウは呆れた目でハイドを見た。目尻は下がり、口はへの字になっている。

「ハイド、次、あの年寄り鬼に捕まりそうになっても絶対助けないぞ」

 グンゾウは嫌みを言う。ハイドはしばらくの間、黙っていた。

「あーあ、あの死ぬほど臭いオッサン達に身ぐるみ剥がれて、大変な目に遭うんだろうなー」

「……グンゾウごめん」

「よし」

 ――素直に謝ったから、今回は許そう。

「しかし、盗賊(シーフ)と暗黒神系の職業(クラス)は就く気が失せました。もうなるべくあそこには近寄りたくないっす」

 シムラが苦々しい表情をして言った。

「同感だよ」

 ――正直、もう懲り懲りだ。肉18番にはまた行きたいけど。店主には助けられたし。できれば口頭で補足しておいて欲しかったけどさ……。

 

 

「おっ! グンちん、シムちゃん、ドイハっちー!」

 義勇兵団事務所の前ではヨシノがグンゾウ達3人を明るい笑顔で、手を振って出迎えてくれた。

 ――西町の後だと、女神様に見えるな。

 実際、ヨシノは絵画に描かれた凜々(りり)しい女神のような雰囲気があった。

 そして、12人が集まるのを待って、集めてきた情報交換が始まった。

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