西日の差し込みはじめた室内。
開いた窓から入ってくる微風がカーテンをゆらゆら揺らしている。
机が山積みになってる奥のスペースが、少し埃っぽい感もあるが、それが逆に居心地良く思わせてくれそう。なんというか......秘密基地、みたいな?
少しだけ、わくわくしてきた。
こほん、と誰かが咳払いをした。
そちらのほうに意識がむく。
平塚先生だ。なにか言いたそう。
「あー、二宮。比企谷とは知り合いなのか?」
「はい。そうですよ」
私が答えると、先生はなぜかすごい驚いたように目を見開いた後、気まずそうな顔で比企谷先輩をみる。
気まずそう......?ちがうなぁ。
これは.....そう、『申し訳なさそう』かも。
まぁ、先輩ってあまり女生徒と接点がある人には見えないからね。そんな感じの理由かな
「二宮さん」
今度は別の人からお声がかかった。別の人、といってもこの部室にいる人で私が話してない人はあと一人。
「はじめまして、部長の雪ノ下よ。申し訳ないのだけれど、1つ聞きたいことがあるの。いいかしら?」
雪ノ下雪乃先輩。一年の間でもよく噂になってる人だ。
眉目秀麗に文武両道の完璧美人な人らしい。
どのくらい完璧なのかは知らないけど、入学してそんなに経ってない私のクラスもこの先輩が近くを通っただけで一気に騒がしくなるくらいには有名人。
とどのつまり、適当な話はだいたい聞き流す私でも知ってる”なんかよくは知らないけどスゴい人”っていうこと。いや、これは結局知らない人ってことじゃん私..。
でもそっかーこの人があの、雪ノ下先輩か。あまり興味が湧かなかったから姿を見るのははじめてだけど......確かにキレイな人だ。
そんな先輩が私に聞きたいこと?なんだろ?入部の動機とか?......あぁ、それだ。部長だもんね。当然聞くよね。
「あ、はい。はじめまして雪ノ下先輩。二宮紗耶です。どうぞなんでも聞いてください」
「......では、そこのソレとは、どういう経緯で知り合ったのか教えてくれないかしら?」
あれ?入部の経緯とかじゃないんだ?
というか、そこ?ソレ?.....よくわかんないけど比企谷先輩すごい嫌われてるっぽい?
ま、まぁ、御二人の関係性は後で知っていくとして.....
「え、ええっと....それはですね.....」
しかし、困った。どうしよう......
入学式の日に校舎で寝ていたところを起こしてもらったんですよー。......なんてなんだか言いづらい。
はたまた、””お昼を一緒に過ごしてます’’、なんて言うと独り身教師が誤解して暴走しそう。......前に、クラスの男子が授業中にそのことで茶化した時は授業おわりまで音読させられてた。『こゝろ』を。あれは可哀想だったなー。
はてさて、なんて言ったらいいんだろ......?
「入学式の日に遭遇して、迷ってるっぽかったから式場の場所教えたんだよ」
あれこれ悩んでいると、比企谷先輩が代わりに答えてくれた。
言ってることは完全に嘘だけど、いい感じに誤魔化せそうな内容。
ナイスです先輩!
比企谷先輩がアイコンタクト。『話をあわせろ』ってとこかな。もちろんです!任せてください!
「そうですそうです。いやぁ、やっぱりはじめての場所で動きまわるものじゃないですね。あの時は、ホントに助かりました比企谷先輩」
「......おう」
む、なんだか素っ気ない返事。お礼とかは求めてないっぽい。
感謝してるのはホントなんだけどな......。
「あら比企谷君」
雪ノ下先輩が今度は比企谷先輩へ話しだした。
「あなた、入学式の日に学校でなにをしてたのかしら? 何も知らない新入生をたぶらかそうだなんて非道にも程があるわね。通報するわよ?」
............えっ!?
なんか、すっごいドヤ顔ですごいこと言いだしたんですけど......。
「なんでだよ。俺は無罪だっつの。......その日は、式場の設営係だったんだよ。だから、手にもってる携帯はしまいやがれお願いします」
「式場設営......なるほど、それで合法的に入学式に侵入したのね」
「ねえ、なんなの?そんなに俺に罪を着せたいの?違うから。勝手に決まってただけだから」
「信用できないわ」
「こいつ......」
一触即発。そんな四字熟語の見本のような状況。やっぱり先輩って嫌われてるっぽい。
「まあまあ、二人とも落ち着きたまえ。比企谷が設営係にされたのは本当だよ。なにせ、決めたのは私だからな」
「先生のせいだったのかよ......」
「委員長がいつまでも決めきれそうではなかったのでな。まったくどうして、真面目で礼儀正しい生徒に限っていまいち決断力に欠けるのか.....。 それと、新学年最初のクラス会議中に寝てるほうが悪い」
「だそうよ。良かったわね、罪が晴れて」
「罪を着せたのもオマエだけどな」
「.....」「.....」
その後もしばらく、罵りあい、というか雪ノ下先輩がほぼ一方的に毒を吐き続けたが、割愛。
とりあえず、雪ノ下先輩って性格悪いなぁ、って思ったと言っておきます。
「......ハァ」
どうでもいいけど、そろそろ立ちっぱなしの放置しっぱなしは疲れてきました。
ーーーーーーーー
「............というわけで、これから二宮も奉仕部に加わることになった」
「よろしくお願いしまーす」
ようやくして、聞いていて不毛すぎる口論が終わり、今は平塚先生に入部の経緯を話してもらってる。
というより、先生。少年のような目で状況を見守ってないで、止めるなら最初から止めてください。
まぁ、口論聞くの飽きた時点で、勝手に椅子出して座ってたのでいいんですけど。
「呆れた......まさかサボりの言い訳に使うために入部するなんて。先生もそんな理由で勧誘しないでください」
「雪ノ下。二宮はサボりではないよ。いくら成績が良い生徒だとしても、過分な勉強を強いるのは酷だろう?」
「ですが、期待されてるのなら、それに応えるような振る舞いをしてしかるべきではないでしょうか」
「それを含めて、どうするかは当人の自由だよ」
私の今の立ち振るまいを否定して、もっと意欲的な行動をするべきだと主張する雪ノ下先輩と、個人の判断に委ねるべきという平塚先生。
どうであれ、会話の内容が完全に教師同士のそれなんですけど.....もしくは、両親?教育方針で食い違ってる、みたいな?
まぁ、私の親はその辺は緩いから口論なんておきないのでよくわかんないんだけどね。
とはいえ、流石に国語教師を口論で撃破するのは雪ノ下先輩でも厳しかったようで、先生は余裕の表情で会話を打ち切った。
「さて、二宮の紹介も済んだことだし私は職員室に戻る。これでも中々忙しい身でな」
おおげさに肩をすくめながら、先生は踵をかえす。クールですね。
どーせ、時代外れの昭和アニソンでも聴きながら、今日の授業でやった作文の評価をする、とかでしょうけど。
「二宮、なにか失礼なこと考えなかったか?」
「いいえーなにもー。お仕事頑張ってくださいー」
雑な誤魔化しかただな、と苦笑いしながら先生は去っていった。
ーーーーーーー
「ハァ......二宮さん」
「あ、はい」
「先生がご判断したことなので、あなたの入部を認めます。これからよろしくお願いするわ」
雪ノ下先輩、よろしくお願いする気がある人は、読書の片手間にそういうの済ましたりしませんよ?別にいいですけど......
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。比企谷先輩も」
「おー よろしく」
「活動日は基本的に平日の放課後よ。依頼が無ければ、ここで自由に過ごしてもらってかまわないわ。ただし、静かにね」
「わかりました」
「そう」
それっきりで、雪ノ下先輩は話を打ち切って、本のページをめくった。
反対をみると、いつのまにか比企谷先輩も小説を手にしてる。
ただ、比企谷先輩のは手にしてるだけで、まだ開いていない。
他方で私は、急遽入部したこともあって、暇潰しの道具なんてスマホくらいしかない。いや、それで充分ではあるけどね。でも入部初日をスマホぽちぽちするだけに費やすのもなんだかなぁ、って思うのですよ。
ここは思いきって話しかけてみよう。聞きたいこともあるし。
「比企谷先輩比企谷先輩」
「どうした。金なら貸さんぞ」
「いや、借りませんから。というか、その返事は軽くどん引きなんですけど......」
「軽くどん引きって意味わかんないから。程度的に軽いの?重いの? ってか、どん引きって死語じゃね?」
「じゃあ、超引きます」
「結局、引くのかよ。しかも、超って......」
「そんなことより、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんだよ?」
「この部って、どういうことする部活なんですか?先生からは依頼が無ければ自由に過ごせる部ってしか聞いてないんですけど......」
そう言うと、比企谷先輩が椅子から滑りそうになった。反対側からは、雪ノ下先輩のため息も聞こえる。さっきより重いため息だ。
「.....部のことろくに知らないで入ったのかよ......つーか、先生ェ」
だって、先生が部員に聞けっていったんですもの。と言ってもよかったけれど、
げっそりした先輩がなんだか面白くて、とりあえず写メってみた。
「撮るな」
聞こえないふりー♪