Girls und Panzer -裏切り戦線-   作:ROGOSS

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カーベーたんの衝撃

 その部屋は隙間風に吹きさらされているまま放置されていた。

 プラウダ高校の敷地内にあるとある一室。試合中ヘマを犯した者、校則を破ったもの、カチューシャの気に食わなかった者。プラウダ高校戦車道の汚点とされる者達が強制的に連行され、半ば軟禁状態とされる場所。通称「シベリア」。

 シベリアには今、プラウダ高校戦車道始まって以来初となる、十数人同時収容という異常事態が起きており、それがカチューシャの一方的な職権濫用によるものだと言うことは周知の事実だった。だが、誰もそれをカチューシャに咎める者はいない。咎めれば自分の身がどうなるのか、皆がよくわかっていた。  

 もっとも、副隊長のノンナとクラーラだけは何か言いたそうにしている、というのが隊内で多くの生徒が持っている意見だった。

 

「寒んいな……」

 

「んだべ。今、どこら辺にいるべな……」

 

「わがんね。ここさ、窓にも鉄格子ついてるべ」

 

「だべな……」

 

 ため息をつくアリーナにニーナは大丈夫だべ、と励ましの言葉をかける。

 どうしてここに強制収容されたのかはわからない。しかし、カチューシャ様の気が収まれば必ず出られる。卒業するまで一生ここで暮らすなんてことはない……はず……。

 そう思わなくては耐えることができなかった。

 アリーナの後ろに目をやる。あの試合の日、KV-2の護衛車輌となっていたT-34-85やISの搭乗員まで一緒に収容されていた。全員が俯き、いつ終わるのかわからない恐怖に怯えている。この震えが、寒さから来るものだけではないことをニーナはよくわかっていた。

 

「アリーナ。どうすれば良いんだべな……」

 

「わがらん……1年生も収容されてるべ……」

 

「可哀想にな……」

 

「んだけど……」

 

 ニーナが口を開こうとした瞬間、突然部屋の明かりが落ちた。

 外では見張りの生徒が明かりを付けようと走り回っていた。だが、一向に再び明かりが付く気配はない。それどころか、ビリビリという電気のような音や呻き声をあげて倒れる音が部屋の外からは聞こえてきていた。

 

「な、なんだべ!」

 

「皆、一か所に固まるべ!」

 

 アリーナの号令で、部屋にいた16名は隅に肩を寄せ合った。

 一瞬の静寂のあと、部屋の扉がゆっくりと開かれた。立て付けの悪い扉から聞こえる、キーという不快音に一年生は絶叫した。

 

「やっぱり、ここに居たのでありますね」

 

「なんだべ……?」

 

 部屋の明かりが付けられる。

 目の前でニーナ達を確認するように見ていたのは、全身が黒いゴムのような物で出来た服を着て、頭に暗視装置を付けた天パの少女だった。

 ニーナにはその少女に見覚えがあった。

 た、確か! 全国大会の時に!

 

「お、大洗の人だべか?」

 

「その通りであります! 良くわかりましたね!」

 

「ニーナ、もしかしてあの時情報を話しちまったって言う……」

 

「んだべ」

 

「なるほど……」

 

 アリーナの目線に優花里は恥ずかしそうにした。

 でも、なんでだろう? あの時よりもすごい殺気をまとっているっていうか……。

 ニーナがそんな事を口にしようとすると、優花理が今の状況を話し始めた。

 

「ここの館の生徒達には眠ってもらいました。もちろん、殺してはいませんよ? さぁ、行きましょうか」

 

「行くってどこにだべ?」

 

「……もしかして、何も知らないんでありますか?」

 

 そう小さく答えた優花理の目を直視できた者はいなかった。

 誰もがその目に恐れを覚えた。見れば殺される、そう思う者までいた。

 

「あの日……KV-2が何を撃ったのか知らないと?」

 

「撃った……?」

 

 ニーナとアリーナが同時に呟く。

 あの日、突然座標を変更されて……私達は何を撃ってしまったのだろうか?

 

「Ⅳ号ですよ。あなたたちは、大洗のⅣ号を撃った」

 

「う、嘘だべ! 私達は、カチューシャ様の指示で!」

 

「えぇ、あなたたちが故意にやったとは思ってないでありますよ。ですけど、これは事実です。大々的に戦車道のニュースにもなった。故意か事故か? 大洗の車輌を撃ったKV-2と」

 

「ひっ……!」

 

 ニーナが小さく悲鳴を上げた。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だと言ってくれ! 私達が味方を……?

 そう言えば、とニーナは思い出す。

 あの日、突然外部の情報が入るラジオやTVといった情報機器をすべてを没収されてシベリア(ここ)に連れてこられたんだった……もしかして……本当に……。

 アリーナも同じく、肩を落としていた。

 そんな二人、否、同じように肩を落としている部屋の生徒を満足そうに見ると優花里は本題に入った。

 

「あの日、何の疑問も持たずに、言われたとおりに動いたKV-2の搭乗員。それをただ見ているだけだった護衛車輌の搭乗員。皆、同罪であります。ですから……償いの機会を差し上げます」

 

「償い……?」

 

「償う気はありますか?」

 

 答える者は誰もいない。

 断ろうと思えば断ることもできたはずだった。しかし、断ってしまった時、真実を知ってしまった自分の良心は耐えられるのだろうか? そこに悪意は無くとも利用されてしまった私達が犯した罪を永遠に背負っていけるのだろうか……? この衝撃を抱えていけるのだろうか?

 暗闇に飲まれた未来しか見えていない彼女達に優花理は、最後の手を差し伸べる。

 

「ここから出ましょう。そして向かうのです」

 

「どこにですか……?」

 

 一年生が声を震わせながら問いを投げる。

 

「……」

 

「そこはっ!」

 

 誰もが驚いた。そこへ行ってしまっては、二度と戻れない気がした。

 では、どこへ戻れるというのだろうか? このままプラウダに残ったとしても以前の純粋な自分に戻ることはできない。そこへ向かったとしても、学生に戻れるかはわからない。

 心か社会的な地位か。天秤にかけた者達が答えを決めるのには、意外にも十秒と必要なかった。

 

「わかったべ……行くべ」

 

「そうですね」

 

「行きます!」

 

「んだ! この罪は……償うしかないべ」

 

「その言葉を待っていたであります」

 

 優花里はそう言うと、脱出のための計画を話し始めた。

 なぜだかその時、その計画に意を唱える者はいなかった。

 単独プラウダのシベリアまでやってきた優花里が考えた策を疑うものなど、一人もいなかったのだ。

 




仲良くして!

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