plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode11 パーティーはこうして

 

 

 

 

 

 スマホから、いつも掛けていた番号に掛ける。

 思えば、最初に携帯端末を持つようになってから彼女は番号を変えてこなかったし、自分もこの番号から変えた事がないので、いつもこの番号だった。

 夜、なんて事の無い無駄話に花を咲かせたり、恋バナをしたり、失恋や辛い目にあって泣きそうな時にお互い頼ったりしたのもこの番号だった。

 今、その番号で挑戦状でも送ってやろうとしているのだから、人生とはよく分からないものだ。

 コール音が、1回、2回、3か、

 

『――こんばんわ、覚ちゃん』

 

 相変わらずいつもスマホを手に持っているのではないかと思うほど素早い反応に、覚は苦笑しながら返す。

 

「こんばんわ、蒔良。

 相変わらず出るの早いわね、どうやってるの?」

 

『こういうのも、ヒーローをプロデュースする人間にとっては必須技能なの。でも良かった。その様子だと吹っ切れたのね。

 信じてはいたけど、覚ちゃん意外と打たれ弱い部分があるから、このまま出てこないかと思っちゃった。元気になって本当に良かった』

 

「うん、何とかね……私、他の人よりもずっと恵まれてたんだなって改めて気付かされたわ。

 こんなのも見えてなかったのね、私。超感覚が笑わせる」

 

『ウフフ、覚ちゃんは猪武者さんですからねぇ』

 

「言い方酷いわね、せめて瓜坊あたりにして欲しいわ」

 

『武者、の部分は否定しないんだ』

 

「あら、忘れた? 私一応武家の娘なんだけど」

 

『忘れるわけないじゃない。幼稚園の時から自慢されたもん……思えばあの時から、覚ちゃんは自分の家に誇りを持っていたのよね。

 そういう所、とても羨ましかった』

 

「あら、蒔良の家だって素敵じゃない。お父さんもお母さんも優しいし、親戚付き合い良いし。

 私なんか、親戚がいないもの、羨ましいわ」

 

『普通よ、どこまでも普通。あんな一般家庭に産まれ、そりゃヒーローなんて目指せないわ。

 ヒーローにはドラマチックな展開がなきゃ』

 

「私のは、随分女っ気のないドラマチックさだけどね」

 

『そこは、否定出来ないなぁ』

 

 コロコロと、いつもの調子で笑う蒔良の声を聞くと、本当に2日以上前の事が本当の事だったのか分からなくなる。

 実は、自分が見た夢だったんじゃないかと思えてくる。

 だがそうじゃない。

 現実に、動島覚と久虜川蒔良は敵対しているのだ。

 

「……で? 決着を付ける為に、私はどこに行けば良いの?」

 

 遊びに行くのに、待ち合わせはどこなのか。そんな事を聞くような調子で聞く。

 

『町外れにあるホテルの跡地、覚えている?』

 

「ええ、覚えてる。私達が小学生の時に無くなったわよね?

 良く皆で入って遊んでた」

 

『うん。私、今そこに隠れてるの。主要な部下も手駒も、大事な情報も全部ここにあるわ。

 ――迎えに来てくれるかしら? 私のヒーロー』

 

「――ええ、待ってなさい」

 

 そう言うと、覚はスマホの電源を落とす。他の誰とも話す用事はない。あとは1人で行く。

 襲撃した時にそのまま帰って来たので、コスチュームは自宅にある。多少汚れはあるが、攻撃を殆ど受けなかったから傷ついてはいない。

 流石お気に入りのサポート会社。良い仕事をしてくれる。

 そう思いながら、コスチュームに袖を通し、少し腕を回したり足を上げたりしたりして、着心地を確認する。

 完璧だ。

 ヘルメットは置いておく。

 通信をする相手もいないし、本気を出す上でこれは邪魔……というか今まで、本気を出さない為に被っていたのだ。今回は必要がないだろう。

 ベッドの上にそれを置き、ゆっくりとした動作で部屋を出る。

 

「――行くのか、覚」

 

 部屋の外には、振一郎が立っていた。

 壁を背にし、まるでそこで立って瞑想でもやっていたのかというくらい静かな表情で。

 

「ええ、行くわ。

 ――ごめんね、お父さん。私がやった事で迷惑かけちゃって」

 

「さて、何の話やら。

 ……娘の事で多少の迷惑を被るのは親の義務だ。いいや、迷惑とすら思わんよ。子に頼られるというのは、嬉しいものさ」

 

 覚の言葉に、振一郎は口の端をほんの少しあげて笑みを作る。

 不器用で、武術馬鹿で、情というものが薄い父だが、それでも自分のことを慮ってくれるのを感じる。

 

「――ありがとう、お父さん。

 私をここまで育ててくれて」

 

 覚が言った言葉に、振一郎の目が大きく開かれる。

 信じられないというような表情だ……失敬な。

 

「覚――死ぬ気じゃないだろうな?」

 

「何でそんな事になるのよ……あぁ、ごめん、タイミング的にはそう聞こえるわよね。

 勘違いしないで、死ぬ気も死なせる気もさらさらないから――ちょっと決めた事を実践しただけ。それとも、お礼を言われるのは嫌だった?」

 

 首を振って慌てて否定する覚に、一瞬だけ困惑した表情をしながら――それでも振一郎は再び笑みを浮かべる。

 

「いいや。

 親が子を育てるなんていうのは、礼を言われるような事ではない。だが、嬉しいよ」

 

 正直、上手く育てられたかどうかも分からない。

 病弱な妻の代わりに娘を育てて来たが、自分のやり方が正しかったとは全く思わない。むしろ、頓珍漢な事ばかりしていたように思える。

 娘が娘っぽくないのも、自分の所為だろう。

 素直でない所は、きっと自分に似てしまったのだ。

 後悔した事はそれこそ多い、失敗した事を積み重ねればちょっとした山になる。

 しかしそれでも、娘が礼を言っても良いと思ってくれるならば――今まで彼女の側にいて良かったと思える。親として自信が持てる。

 

「まぁ、強いて言えば。

 そんな言葉は、覚が結婚するまで取って置いて欲しいな。花嫁衣装の娘に言われれば、今の数倍は嬉しいだろう。ウェディングドレスでも、白無垢でも良いから。うちはそういうのを気にする家風ではないし」

 

「……一言余計なんですけど。

 私にそういう相手がいないって、父さんも知ってるでしょう?」

 

 ここ2、3年は恋愛すらもしていないのに、というと、父は声を上げて笑い出す。

 

「あはは! 案外そういうのは分からないものさ。私だってそうだった

 だから――そういうのが見られるように、無事に帰って来なさい」

 

 事件を解決しなくても良い。

 敵の首領と決着をつけなくても良い。

 ただ娘が五体満足で無事に帰ってくる事こそ、動島振一郎(ちちおや)にとっては大事なのだから。

 

 

 

「うん……行ってきます」

 

 

 

 覚は小さく頷くと、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローライセンスには様々な特権が齎される。

 個性の使用許可やサポートアイテムの使用などだが、その中には運転免許の代替品としての機能もある。勿論講習は必要だが、どんな状況下でもどんな乗り物でも動かせるようにというのがあるのだろう。

 だがら覚もそういう機能を十全に利用する為に、いくつかの乗り物は乗っている。

 その1つがバイクだ。

 KAWASAKIのNINJA250。

 ことこの時代に至ってはヴィンテージなのだが、昔は人気があったと言うし、名前と格好良さで気に入っている。

 これを乗る時ばかりは(緊急時でもない限り)流石にヘルメットを着けて、公道を疾る。

 1人での移動の時はこちらの方が速くて便利だ。小回りも利くし、風を感じられるのが個人的には好きだった。

 エンジン音を聞きながら、何となく昔の事を思い出していた。

 ――思えば、覚と蒔良はいつも一緒だった。

 覚は幼い頃から男勝り。格闘技をやっていて、しかも間違っていると思った事は絶対に許せない質だった。喧嘩で動島流を使った事は一度もないが、それでも良く男子と殴り合いの喧嘩をしていた。

 蒔良はとても男の子の扱いに長けていた。まるで女王様のような扱いに少し女の子からのやっかみはあったが、それでも天性の人誑しなのだろう、大きな問題にはなっていなかった。

 覚が喧嘩をして、蒔良が宥める。

 メインとサポート。いつもそういう関係だった。

 お互い大きな喧嘩は一度もなく、ちょっと言い合いや齟齬が生まれても直ぐに話し合いで解決出来ていた。というよりも、蒔良の言葉に納得して自分が折れたという感じが強いかもしれない。

 ならば――これはきっと初めての大喧嘩なんだろう。

 そう思いながら交差点を曲がり――急停止する。

 元ホテルに向かう大通り、そこが封鎖されていた。

 警官も中には含まれているが、多くの場合個性的なコスチュームに身を包んでいるヒーロー達だ。その先頭には――あの男が立っていた。

 一度エンジンを切り、スタンドを立ててバイクから降り、ヘルメットをハンドルに引っ掛ける。幸い検問ではなく封鎖だったおかげで車は1つもない。

 バイクと男との距離はそう離れていない。少しバイクから彼の方に歩いて、声を掛ける。

 

「お疲れ様、ブレイカー。

 なに、こんな所封鎖してなに考えてんのアンタ」

 

「――そっちこそ。

 1人で勝手に行こうとして、何をしているんだい?」

 

 ブレイカーはその不気味な仮面を外し、作った笑みで答える。

 

「決まってんでしょ。

 私は私なりのケリ付けてくる。アンタらは邪魔なの」

 

「そうは行かないのは、君もよく分かっているだろう?

 君は今回の件で責任を問われているんだよ? 何度も事情聴取に呼び出しくらっておいて無視するし、それでコスチュームを着て、犯人の情報を誰にも言わずに戦いに行くなんて、アホの極みだろう」

 

 堂々と言う覚に、ブレイカーは小さく溜息を吐く。

 事務所に在籍しているプロデューサーと相棒が犯罪に手を染め、おまけに自分も無自覚とは家加担していたのだ。責任問題にならないはずがない。

 彼女はこれから警察やヒーロー関連の役人に事情説明をする義務があるのだ。

 

「あら、私事前にアンタに連絡したんだけど?」

 

「いきなり電話を掛けてきて、『今から決着をつけてくるから邪魔をしないで。さもないと酷いから』というのは事前連絡というより事前に警告してきただけだよ」

 

「そもそも、何で私の向かう先に先回り出来たの?」

 

「ほら、人間は文明の利器を利用出来るってのが強みだからねぇ。

 君のスマホの中に特殊なアプリを入れといたんだ。会話を自動的に僕の端末にも繋げてくれるようなのをね。ついでに追跡アプリも入れておいたから、位置情報で予想を立ててたんだよ」

 

「……変態」

 

「酷いなぁ、正義の為さ」

 

「あとできっちり消してもらいますから……そこを退いてくれない?」

 

「ダメだ」

 

 ハッキリと拒否する。

 

「君を通すわけには行かない……1人では行かせない。

 なぁ、もう良いだろう? 位置は分かっている。あとは僕達だけでカタをつける。君が出て行く必要性はない。かつての仲間と戦う必要性はないんだ」

 

 仲間を倒す。

 自分の意思であっても他者の意思であっても、傷付くのは動島覚だ。どんなに彼女が強くても、仲間だった人間を、友達だった人間と戦えば心に深い傷を負うだろう。

 それに万が一……彼女が手心を加えたら、最悪の場合死に、マシな方でも前途有望なヒーローが敵になる。

 それだけは避けたい。避けなければいけない。

 

「……ごめんね。

 私、アンタに散々迷惑かけてる。本当だったら私がしなきゃいけなかった事を、アンタに押し付けている」

 

「僕は良いんだ。これが仕事だ」

 

「良くないわよ……全然良くない」

 

 拳を握り締める。

 鍛錬に鍛錬を重ねた手はボロボロで、女らしさの欠片もないと自分で分かっている手。自分の努力の証を、ブレイカーの前に差し出す。

 

「これは私が向き合わなきゃいけない事なの。やらなきゃいけない事なの。

 伝えなきゃいけない事がある。止めなきゃいけない事がある。

 それをアンタに押し付けて、ハイそれまでよで平然として生きていたくはないのよ、私は」

 

 傷付いても、

 これから先立てなくなっても、

 それでも真っ向から、正面から突っ込んで行かなければいけないのだ。

 

 

 

「どんな結末になったとしても――そこに私がいなきゃ、意味がないじゃない」

 

 

 

 ここで目を背けて逃げ出せば、全てが嘘になる。

 今まで自分がして来た事も、今自分が抱えている思いも、これから自分が為す事も。

 どれもこれもに、誠が無くなる。無くなれば、それはヒーローとしての、動島覚としての死だ。自分は死なないと決めてここに来ている。

 体だって、心だって、生かし切るに決まっている。

 

「……力尽くで止める、と言ったら」

 

 この場にはブレイカーだけではない。エンデヴァーから借り受けた相棒達が10人近く、警官が20人ほど、今も遠くからリビングライフが待機してる。

 止められない訳がない。

 だが、その言葉を聞いても、覚は笑顔を浮かべる。

 

「そうねぇ――本番前のウォームアップには十分って感じ。

 正直、今の私、アンタに負ける気しないわ」

 

 如何あっても押し通る。

 目から、拳から、言葉から、体全体からそういう意思を感じる。

 こうなってしまえば、目の前の女性を止める事は出来ないだろう。どころか、ここにいる30人近い人間をボコボコにしてとっとと先に進んでしまうはずだ。

 非現実的な想像が、現実味を帯びて来て、壊は苦笑する。

 目の前の女性には敵わない。

 戦闘能力的な意味ではなく。

 

「……君は、こういう時にブレないね。

 そういう所は、少し羨ましいかな」

 

 自分を信じるというのは簡単なようで難しく、し過ぎれば痛い目を見てしまう事を壊は知っているし、動島覚ももう既に分かっているだろう。

 だが、しないというのも問題だ。

 自分の行いに常に疑いの目を向け続けていれば、いずれ足元から崩れて行く。

 自分の行動が本当に正義を成しているのか分からない触合瀬壊には、動島覚の生き様はとても眩しく、直視できない。

 

「行けよ。

 ただし、1時間しても君から連絡がなかったり戻ってこなかったりしたら、総員で例の場所に突撃する。それで良いね?」

 

「うん、分かってる。むしろ、1時間もいらないと思うし」

 

 そう言いながら、覚はヘルメットを手に持ち、バイクに乗ってエンジンをかける。

 

「ありがとう……アンタが居てくれなきゃ、もっとややこしい事になってたかもしれない」

 

 彼がウィスパーや久虜川蒔良の裏切りを証明してくれなければ、自分はずっと彼女達の操り人形で居続けたかもしれない。もう引き返せない所まで来て居たかもしれない。

 彼が救け出してくれなければ。

 

「よせよ、お礼なんて君らしくもない。僕は殴られてもおかしくない事を君にしたんだぜ?」

 

「ううん、あれは必要な事だったんだって、考えてみて思ったわ。

 まぁ、やり方はちょっと強引だったけど……でも、救けてくれてありがとう」

 

「………………」

 

 相手の目を見てしっかりと礼を言うと、壊は驚きの表情を浮かべている。

 ……この反応は、今日二回目だ。

 

「なによ、私の顔に何か付いてる?」

 

「……あぁ、良いや。君が礼を言うなんて言うのは、槍が降って来てもおかしくない行動だからね。特に、そんな可愛らしい笑みを浮かべてね」

 

 慌ててそう言う壊に、覚は思わず吹き出す。

 

「フフッ、そういうアンタもね。キザな台詞なんて似合わない。

 

 

 

 それにね、私は――最初っからかっこかわいいヒーローなんだから」

 

 

 

 言い逃げるように直ぐにヘルメットを被り、まるで封鎖線の隙間を縫うようにバイクを奔らせ、テールランプがまるで流星のように流れて行く。

 

『――……厄介なのと縁が出来ましたね、ブレイカー』

 

「……そうだね。本当に厄介だ。

 さて、事情は察してくれているようだから、封鎖線を解除。何かあった時の為に、ホテル跡地を見張れるような場所に待機だ」

 

 壊の指示に迅速に反応したエンデヴァーの部下達が、即座に警察などに指示を飛ばし始める。

 仮面を被り直し、ブレイカーは通信機がついている耳に手を当てる。

 

「最長1時間。時間内であってもセンシティに何かあれば、サポートしてあげて」

 

『分かりました、準備はしておきます……本当に良いんですか? 彼女の自由にさせて。出頭させるのが筋では?』

 

 リビングライフの冷静な言葉に、ブレイカーは少し答えに困る。

 彼の言っている事が正論だからだ。

 だが、

 

「リビングライフ。俺達は基本的にダーティーだ。真実や正義の為に、正論ではない事を当たり前のように出来る。そうしなければ見つけられないものもあるから、邪道を行く。

 今回も、例外ではない。あるとすれば――今回は、ちょっと情に比重が乗っているだけだ」

 

 彼女が前に進む為にこれが必要なのであれば、そうしてあげたい。

 ヒーローになって、義務感と独自の正義感のみで突き進んで来たブレイカーにとっては、珍しい事だった。

 

『……俺には、分かりません』

 

「うん、まだ分からなくても良い。これは俺の正義だ。君の正義は別にあるんだ、じっくり探せば良いさ」

 

 そう言うと、ブレイカーは通信を終える。

 ――結末がどうなるか。

 年甲斐もなくワクワクしている心を抑えながら、ブレイカーは指示を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ、目的地に到着する。

 それほど長い年月も立っていないはずなのに随分ボロボロだ。人から見放された建物というのはこれほど簡単に壊れてしまうものなのかと、少し悲しくなりながらヘルメットを置き、中に入る。

 何があってもおかしくはない。最悪この場での退却や、ブレイカー達の元へ誘導しなければいけない状況も考えて、エンジンは切ったもののキーは差しっぱなしだ。

 エントランスも無残な姿になっていた。

 嘗ては綺麗で、人が多く集う場所だったはずなのに、コンクリートむき出し、絨毯は埃で色を変えていて、まるで姫でも登場しそうな階段は原型を留めているものの所々が崩れている。

 ここで肝試しでもしたら雰囲気満点だろう。

 もっとも、曰くはないが。

 

「……来てあげたわよ!! 蒔良!!

 まさか客を放っておくつもりじゃないでしょうね!?」

 

 張り上げた覚の声が、エントランスに響く。

 ほんの少しの残響の名残りのような静寂の後――ハイヒールの高く硬い音が響く。

 

「大丈夫よ、覚ちゃん。

 覚ちゃんも知ってるでしょう? 私パーティー慣れしてるのよ?」

 

 階段の上から、文字通り姫が登場する。

 人を殺す、死の歌を歌う姫。

 死歌姫(ローレライ)が。

 

「あら、ヘルメット置いて来ちゃったの? あれ結構高かったのよ?」

 

「本気を出すなら邪魔なんだもん。どうせ話す相手いないし」

 

「それはそうね、それに、顔を見れて良かったわ。

 顔色も良さそう……でもちょっと肌荒れてる。寝不足?」

 

「寝不足にしたのは何処のどいつって話、今必要?」

 

「あら、ダメよ。先にメインデッシュを味わってしまったらコース料理の意味がないわ。

 折角貴女の為に特別に用意したの――まずは、オードブルとパンとスープから召し上がれ」

 

 死歌姫はそう言ってエントランスに響くように指を鳴らすと、覚の近くにあった壁が勢いよく破壊された。

 1人はまるで獣の混合だった。

 あらゆる肉食獣、あらゆる獰猛な生き物を掛け合わせたように作られた合成獣(キメラ)。ギラギラと闘争本能の炎に染まっている眼が覚を射抜く。

 1人はまるで幻想の化け物だった。

 腕や足や変形し、増え、まるで何匹も蜘蛛を重ねたような生き物。人を殺したい、傷つけたいという嗜虐心に濡れた下品な目線で覚を見ている。

 1人はまるで不定形だった。

 周囲の物を酸っぱい匂いと気持ち悪い色の煙を発しながら溶かしているスライムのような姿。幸い原型が残っている眼が、覚を食べたいと囁いている。

 動物憑己、骨川変状、洲錦酸生。

 覚達が襲撃した時に戦ったエヴォリミット使用者は、無残な姿で現れた。

 

「エヴォリミットの多重投与。それによる変化よ。

 個性を強化し使いやすい体に変質させるこの薬を何回も打つと、異形型なんて言葉が馬鹿らしくなってくるくらいの変化を生み出すわ」

 

 エヴォリミットは薬というよりも、コンピューターウィルスのようなものだ。

 内部の性能を強化させる。強化に耐えられない肉体をも変化させる、その流れで脳の機能もドンドン破壊される。

 今や彼らは、自分の欲望しか持っていない。それを満たす為にしか行動出来ない。

 そこを死歌姫の個性で指向性を与え、目標を覚1人に絞っているのだ。

 

「――ねぇ、覚ちゃん、素晴らしいと思わない?

 ただ1つの目的の為に全機能を総動員する。とっても素敵な姿だと、私は思うの」

 

 何も答えない覚に、死歌姫は恍惚とした笑みを浮かべる。

 

「人って邪魔な物が多過ぎるって、常々思ってたの。

 目的だけを真っ直ぐ見続ける情熱と直向きさ。勿論、その人達が悪いって訳ではないの。悪いのは、複雑化してしまった今の社会よ」

 

 多種多様な欲望、お金を稼がないと一定の水準の生活は保てず、正義を成そうとしても相手を殺すことも許されず、裁判を行えば負ける可能性すらあり、子供が敵であれば躊躇し、身内が人質に取られれば身動きが取れない。

 現代のヒーローには、余分なものが多すぎる。

 

「でもこのエヴォリミットを使えば、皆純粋になれるわ。

 ただ自分の目的を達成する為の存在になれる――あぁ、なんて純粋なのかしら」

 

「……本気で言ってるみたいね。

 

 

 

 ――本気なら、そりゃあこうもなっちゃう(・・・・・・・・)わよね」

 

 

 

 今まで黙って話を聞いていた覚は、苦笑を浮かべる。

 その姿に、笑顔を浮かべていた死歌姫は逆に無表情になる。

 

「……どういう意味?」

 

「あぁ、今は言わないわよ。

 メインデッシュは後ででしょう。まずは前菜を片付けなきゃお話にならないし」

 

 構えを取り、意識を今の自分を睨みつけている相手に向ける。

 ……きっと彼らも、こうなりたくてなった訳ではないのだろう。

 力が欲しい。

 その気持ちを理解出来ない人間なんてこの世界にはいない。ヒーローという燦然を輝く星々がある中、自分には輝ける物が無いと知ってしまえば、そこには絶望しかない。

 かつて覚が、武の頂点に立つ資格はないと気付いた時のように。

 父のようにはなれないと知った時のように。

 もしその絶望している時に、目の前に希望を晒されれば。

 それを体内に取り込めば、自分も輝ける何かを手に入れる事が出来ると知ってしまったら。その誘惑に抗うには難しいだろう。毅然と拒否出来るものではないだろう。

 だから、彼らがここにいるのは自分の所為だ。

 彼らに希望を抱かせる状況を生み出してしまったのは、自分の友人の所為だ。

 だから、彼らを止めるのは――自分がしなければいけない事。したい事だ。

 

 

 

「ごめんね――出来るだけ、痛みは感じさせないわ」

 

 

 

 覚がそう言った瞬間、魔物に成り下がった3人が咆哮を上げ、突っ込んでくる。

 

 

 

 

 

 





次回!! 覚さんが宙を舞う!! お楽しみに!!



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