人間としての自分を引き換えに手に入れた強さであるならば。
全力を持って迎えなければ、失礼だ。
「
眼が、耳が、鼻が、舌が、肌が。
全てがまるで自分のものとは違うものになるような。世界の色がより深く、より濃厚になっていくような錯覚を起こす。
いや、錯覚ではないんだろう。
普段は感じられない光や音や匂いや味や感触を、今自分は感じているのだから。
敵は3人。
1人は
1人は
1人は
視覚からでも、数が多すぎても、ほんの少し先の事でも。
――覚の世界ではちゃんと予測出来ている。
「――フッ!!」
まずは背後から迫ってきた敵の頭上を、背面跳びの要領で飛び越える。
何故襲っているはずの相手が目の前にいないのか。それが刹那の時間の躊躇だったとしても、その時間があれば十分だった。
様々な獣が混ざり合ったその体にどんな攻撃が有効かのかも分からない。
分からないのならば、
「震撃応用――
波紋、貫鬼、追浪、……。
全ての奥義、全ての技を、その背中に数瞬の内に叩き込む。
「■■■■■!!!!」
甲羅が、毛皮が、彼の身を覆っている防具たる全ての器官が炸薬でも仕込まれたように破壊される。
短い絶叫共に、その衝撃に耐えきれず、目玉が裏返って真っ白になる。
殺さないように、細心の注意を払って放たれた衝撃は、憑己だったものを昏倒させるのみに留めた。
――それを黙って見ているほど、他の2人も甘くはない。
「■■■■■!!!!」
狂乱の絶叫。
仲間を倒された事よりも、ただ目の前の女性を残虐に殺せる事に喜びを覚えている叫び声。他の一切を必要としないからこそ、倒される場面を見ても躊躇をしない様はまさにバーサーカーだろ。
その触手は凧のように自由自在でありながら、強靭な骨とゴム状の皮膚を持つ。
故に、打撃は通らず、むしろその衝撃を吸収して攻撃することも可能なほど柔軟性に富んでいる。
だが、甘い。
それだけで、動島覚を止める事は出来ない。
「震撃――
拳を開き、手刀のような形にする。
刃を持つものだけが物を斬れる訳ではない。素早く、鋭く力を込めれば、簡単に両断出来る。
その手刀は、波のように押し寄せてくる触手をその名の通り刀のように切断し、その中を覚は進んでいく。
「――■■■■■!!!?」
何故だ。
自分の触手が、体の一部が刃すら持っていない生き物に斬られている状況が納得出来ない。自分は傷付ける側の存在であって、傷付けられる存在ではないはずなのに。
湧き上がる力と、自身の中に残った本の一欠片の自尊心。
それが、彼の邪魔をする。
「震撃――螺旋」
本体に近づき、まるでそのような切削工具のように、そのゴム状の皮膚を、頑強な骨も無効化し、衝撃がその体を穿つ。文字通り、螺旋のような衝撃が。
悲鳴すら上げられない痛みを、そのまま内部で味わう。
「■■■■■!!!!」
その様子を、酸生は黙って見ていた訳ではない。
体全体を震わせ、噴水のように強酸の液体を流す。敵も味方も消化して、全てを取り込もうという程の奔流。
一瞬で周囲に物体を溶かした後に出る嫌な臭いの煙が溢れ出す。
倒した。
食べれる。
まるで広間全体の強酸の液体をブヨブヨとした体に取り込みながら、酸生の目は歓喜に彩られていた。
「――もうお腹いっぱいでしょう? 食べ過ぎは体に良くないわ」
その声が、酸生の歓喜を消し去る。
目玉を向ければ――動島覚が宙を待っていた。
先ほど自分の酸で溶かしたはずなのに、何故ここにいる? その疑問とともに周囲を見渡せば、丁度コンクリートの台になっているような所に、自分と一緒にいた連中が積み重なっていた。
救けたと同時に、彼女は上空に跳んだのだ。流石の酸生の力でもコンクリートを一瞬で溶かし切る事は出来ないから。
だがそんな事はどうでも良い。むしろまた食べれるという喜びを抱く。
しかも、食べ物が自ら自分の所に来てくれた。
――酸生の体は、中心にさらに小さくなってしまった本体を内包する強酸の水滴のようなものだ。
表面を傷付けられてもまるで問題がなく、むしろ少しでも触ればダメージを受ける。
あとは取り込み、ゆっくりと吸収すれば良いだけだ。
……良い、だけのはずだった。
真上から降りてくる覚の手は拳ではなく、掌打の形。
それを重ね、まるで心肺蘇生法を行う人間がするような動き。
「震撃、波紋――二重!!!!」
真上からの2つ重なった波紋の衝撃は、水滴そのものを潰してしまい、強酸の外装を弾き飛ばしてしまった。
しかし如何あっても液体。一滴でも触れれば怪我をする。
コスチュームを纏っている部分や、籠手などはその表面を焼くだけで無事だったものの、皮膚が露出している部分はブスブスと火傷のように焼き潰していく。
範囲がどれほど小さかろうと、大きな痛みがあるはずなのに、
動島覚の目は臆する事なく、まるでブレていない。
「もう良い加減、眠りな、さい!!!!」
剥がされた強酸の海から出撃した覚の膝くらいにしかならない本体を、そのまま蹴り飛ばす。酸生は訳も分からず、そのままコンクリートの地面を跳ね、たまたま憑己や変状が置かれている台に衝突して沈黙する。
「――ねぇ、蒔良。
これじゃあ、前菜にもならないわ」
滲んでいる頬の血を手で払いのけながら、覚は階段の上で観戦していた死歌姫を睨みつける。
◇
動島覚の最終奥義。
五段強化は、言わば感覚強化の頂点だ。鋭過ぎる五感は自分や外界のみならず、他人のものすら取り込んでしまう。
相手の視線の先、手や足の向き。
筋肉や骨が軋む音、個性を生み出す器官が動く音。
脳内物質の度合いで変化する汗の匂い。
舌が空気に触れれば人の有無が分かる。
風の流れで人の移動を察する。
――普段感じる事が出来ないその感覚を統合した情報そのものと、彼女の武術的センスを合わせて仕舞えば、相手の次の行動を読む事も出来る。視覚的な死角を突かれても状況を察する事が出来る。
機先を制し、相手がまともな行動に踏み切る前に叩き潰せる。どこをどう動けば攻撃が当たらず、どこにどういう攻撃を放てばダメージを与えられるかも分かる。
死歌姫は個人的に《サトリ》と呼んでいる、センシティの最高の状態。
動島覚の、全力。
「流石、私の覚ちゃんね。
幾ら強化した所でクズはクズだったかぁ」
チラリと倒されている自分の手駒を見ると、さも困ったわというように苦笑する。
本当は全く困っていないのに。
当然だろう? そもそも彼らは何日も前に彼女に倒されている予定の人材だったんのだ。少し遅くなったし前よりも強化しているものの、所詮は理性を失った獣でしかない。
そんなものに、覚が負けるはずもない。
「だから、私は貴女の物じゃないっつうの。
――で? とうとうメインディッシュの登場? 正直関係ない人は抜きにして戦いたいんだけど?」
覚の言葉に、死歌姫は微笑む。
「いいえ、まだよ。まぁ私がメインだっていうのは否定しないけど。
覚ちゃんは、コース料理がどういう構成か知ってる?」
「知らないわよ、そんなの。今日初めてオードブルの次がパンとスープだって知ったくらいだもの」
覚の予想通りの回答に、死歌姫はうんうんと何度も頷く。
「そうねぇ、フランス料理だとね、メインって2つあるの。
お魚のメインとお肉のメイン。この場合私がどちらか分からないけど、順番的には――まずはお魚からよ」
死歌姫がそう言った瞬間、背後に控えていた人物が死歌姫の横から跳躍し、覚の目の前に着地する。
ウィスパー。
嘗ては聴き耳ヒーローと言われた男の成れの果て。
ある意味個性において覚との相性が悪い男。
「――俺が相手です、センシティさん。
今度こそ貴女を殺して、俺が強い事を証明します」
ウィスパーの宣言に、
死歌姫は嘲笑を浮かべた。
◆
「……そっか。
そうだよね、蒔良の部下だもんね。ここにいるのは、当然か」
用意周到な彼女の事だ。
きっと彼も自分の側から離さなかったんだろう。
「……随分余裕ですね。俺には、アンタは倒せないっていうんですか?」
そんな覚の反応を見て、ウィスパーは怒りを露わにする。彼女の納得した顔が、彼には自信を馬鹿にする顔に見えているのだろう。
人の気持ちが視界を歪ませる。人の気持ちが耳を鈍らせる。
怒りを抱いている人間には、卑屈さを抱えている人間には、どんな表情でもどんな言葉でも、自分を攻撃するものと認識してしまう。
彼にはもう、優しさを込めた笑みも、慈しみを持って発せられた言葉も通じない。
通じないかもしれないけど――それでも覚は言わなければいけない。
「ウィスパー……ごめんね」
ゆっくりと、だがしっかりと、地面に額を着けんばかりに頭を下げる。
伝えたかった思いを、彼にも伝えようと、必死に頭を下げる。
「――今更、命乞いですか?」
嫌悪感に歪んだ言葉を放つウィスパーに、覚は首を振る。
「ううん。貴方が私を怒るのは当然だもの。私が貴方の立場なら、それくらい恨むのも当然だと思う。
――私は、ちゃんと貴方を見ていなかった。あんなに助けてもらったのに、私は何も貴方に返す事が出来なかった。だから、ちゃんと謝らないといけないの」
『書類仕事も出来ないんじゃ、ヒーローなんてやってられないですよ――あぁ、ほらここ間違えている』『センシティさん、もうちょっと笑顔を作ってください。貴女は優しい人なんですから、それを皆にも知ってもらいましょう?』『やり過ぎです、センシティさん。気持ちは分かるけどこれ以上やると、貴女が間違えた事になる』
『センシティさんは、凄いヒーローです。傍で見ている俺が保証します』
彼の言葉に、どれほどの救いがあっただろうか。
彼の言葉に、どれほど助けられただろうか。
戦う事しか能がない自分がここまでやってこれたのは、彼の優しさと献身のお陰だったはずなのに。いつからだろう、それが当たり前になっていた。
いつも感謝していたはずなのに、いつからありがとうの一言も言えなくなったんだろう。
なんでも言い合える部下だったはずなのに、いつの間に素直に本心を伝える事が出来なくなっていたんだろう。
自分よりずっと、彼は正しくヒーローだった。
自分が掛けられない優しい言葉を、被害者に優しく掛ける人だった。
細かい事でも良く気がつき、覚が前に進みやすいようにしてくれる人だった。
恋愛感情なんていう、見返りを求めるようなものではない。
連帯感なんていう、そんな生易しい関係であるはずもない。
彼の中と自分の中を繋げる絆のようなものが、確かにあったはずなのに。
それを覚がダメにした。
「本当は、いっつもありがとうって言いたかった。貴方がいたから私はヒーローでいる事が出来たんだって。貴方が独立するのだって、本当は全力で応援したかった。
貴方を認めていた――だから傍にいて欲しかった。
でも、私は間違えた。貴方の心を見ず、話を聞かずに、貴方の優しさに付け込んでしまった。ごめんなさい」
「――今更なんなんだ、本当に!!」
唇を噛み締め、血が溢れる。
その痛みも鉄の味も気にせず、ウィスパーは叫ぶ。
「アンタは俺を下に見ていた!! 認めようとしなかった!! 俺をただ引き立て役に、踏み台にしていたじゃないか!!
それが今更なんだ!? そんな事で俺が許すと思っているのか!?」
「――許されたいからここにいる訳じゃないの。
背負うためにここに来たの」
顔を上げ、溢れる涙を拭き取らず、真っ直ぐに潤んだ目をウィスパーに向ける。
どんなに謝っても、頭を下げても。
贖いにはならない。赦されてはいけない。
罪は赦されるものではないのだ。罪は一生背負っていくものなのだ。法律上とかそういう理屈は全部抜きにして、罪とはそういうものでなければいけないのだ。
自分が無自覚であっても、1番大事にしなければいけない相棒を蔑ろにした罪は、こんな事で帳消しにしてはいけない。
だから。
背負う為に謝る。
背負う為に――止める。
「私は貴方を止めるわ。
どんなに罵倒されても、否定されても、嫌われても――最高の相棒を、ヒーローとしての貴方を殺されたくはないから」
それが今の自分が出来る唯一の事なんだから。
「――ふざけるな。ふざけるなフザケルナ巫山戯るな!!
ソレが欲しいんじゃないんだ!! 俺が欲しいのはソウイウのじゃないんだよ!!!!」
頭の中が混乱しながら必死で否定の言葉を紡ぐ。
そんな欲望か彼の頭の中にあるはずなのに、そこに
認めてくれていた。
大事に思ってくれていた。
彼女の謝罪の言葉に、1つ1つの言葉に、喜びを感じてしまっている。黒の中に一点の白が混ざり、それがじわじわと彼の心を侵食する。
信じていたものが、違うもののように思い始める。
それを振り払おうと叫ぶ。
「そうやってお為ごかしで俺を騙そうってか!? 言葉が上手くなったなセンシティ」
「……上手かったら、もうちょっとマシな言い方してるわ。
本当に馬鹿よね、私。でもね、私にはこれくらいしか言えないし、これくらいしか出来ないの」
ヤメロ!!!!
ウィスパーの頭の中でもう1人の自分が叫ぶ。
それが彼女に対して言った言葉なのか、それとも自分自身に対して言った言葉なのか、ウィスパー自身にも分からない。
だが、思い出は蘇ってくる。
――そもそも、自分はヒーローとしてセンシティに憧れを抱いていたはずだった。
『考える前にまず動きなさい。1秒でも遅れると、救けられたはずの人が死ぬわ』
真っ直ぐな彼女に憧れた。
『貴方の個性は確かに実戦には向かないけど……良い個性だと私は思うわ』
彼女に褒められて嬉しかった。
『私、人を踏みにじる奴って死ぬほど嫌いなの――一緒にぶっ倒しましょう』
自分と同じ事で憤ってくれた彼女が誇らしかった。
どこから間違えたんだろう。
恋愛感情というには、あまりにも無欲で。
連帯感と言ってしまうには、あまりにも重過ぎる。
それはきっと――子供が親に憧れるような、憧憬と似た何かだったはずなのに。
「――違う、チガウちがう異う!!!!」
ウィスパーは、脳内で氾濫する矛盾する感情をかき消すように、個性を発動させた。
暴音と呼称出来る個性を使えば、感覚を最大限強化しているセンシティの耳にはそれだけで何千もの拳で殴られる以上の衝撃と痛みを与える事が出来る。
自分の個性をセンシティは防げない。
彼女の個性よりも自分の個性の方が強いと証明できると。
そう信じていた。
だが、
センシティは眉1つ動かさずに立っていた。
「――なんで、どうして!!?
あの時は、普通に効いていただろう! なんで倒れない!? なんで苦しまない!!?」
あの襲撃の時、センシティは自分の個性でダメージを受けている。同じ結末が待っているはずだったのに、状況はその真逆だった。
「……私の個性はね、単純に感覚を強化するってだけじゃないの。だってそれじゃ、ちょっとした音でも自分にとっちゃ大ダメージだもん」
鋭過ぎる感覚は自分すら傷つける。
それを防ぐ為には、「感じなければいけないもの」と「感じてはいけないもの」を選り分ける能力が必要なのだ。炎の個性を使う人間が熱に強く火傷をしないように、その個性が成立する上で必要な条件だ。
センシティの超感覚も、例外ではなかった。
だが、それはあくまで感覚を最高潮にすればの話。中途半端に強化した五感ではそれを選り分けるまでの精度を持っていない。
最大限に感覚を上げているからこそ、今のセンシティにウィスパーの個性は機能しない。
「そんな、そんなの聞いていないぞ!?
死歌姫は俺がお前を倒す切り札だと、俺の個性だったら絶対にアンタに負けるはずがないと、」
「――そう、そう聞いていたのね」
どこか悲しそうに、覚はウィスパーに向かって歩き始める。
焦りもせず、遅過ぎもしない。しっかりとした足取りで。
「や、やめろ、来るな!!
なんなんだ、なんで倒れないんだよ!! 俺はお前より強いんだ!!」
「ええ、貴方は私よりもずっと強いヒーローだった。
真面目で、真っ直ぐな……私よりもずっと凄いヒーローになるはずだったの」
距離が縮まっていく。
ウィスパーは必死で距離を取ろうと後ずさるが、後ろにあった壁に背中を打ち付け、それ以上退がる事は許されない。
「俺は、俺は、何を間違ったっていうんだ!!
アンタみたいに武術の才能もない、中途半端に気配しか察せない個性で、それでも何とか資格取ってヒーローになって!! 何が足りなかったっていうんだ!? 俺の何が悪かったっていうんだ!?」
「いいえ、貴方は何も悪くない。貴方をそんな風にしたのは、私と蒔良よ。
ただ、ほんのちょっと何かが違えばそうならなかったはずなのに――私が、貴方をそうした」
片手の籠手を外し、素手で拳を作りながら歩くセンシティの姿が、悪魔にでも見えるのだろうか。子供のように泣きじゃくりながら、退がれないはずの後ろに退がろうする足が空を切る。
「お、俺を哀れむな!! 馬鹿にするな!!
勝ったと思うなセンシティ。俺は何度でも――何度でもお前を殺しに行ってやる!!!! お前に絶望を味わわせる、俺に負けたと思うまで、俺は何度でも、」
「ええ、いつでも来て――その時はまた、全力で相手をするから」
ウィスパーの正面に来た覚は、気丈に笑顔を浮かべ――ウィスパーの頬に、拳を突き立てる。
技術も何も使っていない、ただの拳。
籠手も外して――殴った痛みがちゃんと感じられるように。
「ゲハッ!?」
個性という力を強化する事に逃げた男は、結局それ以外の部分をまるで強化されず、女性の、武術も使っていない拳一撃を受けて――昏倒した。
「…………ねぇ、蒔良。
この子に嘘を教えてまで、私にこんな事させたかったの?」
殴った時に骨にぶつかったのかもしれない。少し赤くなった拳を見つめながら、鑑賞している筈の死歌姫に言う。
彼女は知っていた筈だ。
自分が全力でいけば、あの3人も、ウィスパーも簡単に倒す事が出来ると。
何せ彼女は覚をプロデュースした人間だ。覚がどう戦えるのか、どういう事が出来るのかを全て熟知している筈なのだ。なのに、ウィスパーには敢えて覚の個性の説明を雑にした。
嘘は言っていないけど、言葉が足りない。
「――ええ、そうよ、覚ちゃん。
ここで大事な教訓はね、雑魚は放っておきなさいって話よ」
踊り場で笑顔を浮かべながら、死歌姫は囁く。
「覚ちゃん、貴女は最高のヒーローになる。いずれ、あの
その為に貴女に必要なのはね――雑魚を見捨てる潔さ。無駄なものを省く効率の良さよ」
周りに蚊トンボが飛んでいたら鬱陶しくてしょうがないだろう。
それが
「合理的に考えてみて覚ちゃん。
ヒーローってのは、孤高でなければいけないの。そこら辺、オールマイトも良く分かっているわ。周囲に弱い人間がいちゃ、全力で戦っていられないもの。相棒を雇わないのは正解。
本当は最初っからセンシティ1人の事務所にしたかったくらいなのに……邪魔な引っ付き虫がいたから。ちょうど良く片付けられたわ」
死歌姫はウィスパーの事が大っ嫌いだった。
実力もないのに、妙に細かい事が出来る所為で
視界に入る事すら本当は嫌だった。
でも利用価値はあった。
彼に裏切られれば、彼女は自ずと孤高の道を選ぶだろう。
だから誘惑した
だから懐柔した。
面白いくらいに歪んで捻れて、上手い事道化になってくれた。
「「才能がある」? 「センシティより強く」? おかしいわよねぇ――私のヒーローより強い人間なんて世界には要らないの」
気絶しているウィスパーに、今にも唾でも吐きかけんばかりに苛立った視線を向ける。
「……ねぇ、蒔良。事ここに至ってって訳じゃないけどね。私ずっとアンタに言えなかった事があったの」
「あら、なぁに?」
覚の言葉に、再び楽しそうに笑顔を浮かべる。
何を言われるのだろう。
謝罪?
それとも、感謝の言葉かしら。
ウィスパーに言ったように、何か自分に声を掛けてくれるのだろう。もしかしたら自分の考えに賛同してくれるのかもしれない。
そう思いながら耳をそばだてる。
下を向いていた覚が、顔を上げる。
真っ直ぐ死歌姫の目を見て、
「私ね――アンタのそういう所、ずっと前から嫌いだった」
それはある意味、死歌姫にではなく――久虜川蒔良にとって最悪の言葉だった。
あっさり倒されているように見えるでしょうが、蒔良さんにとっては当然です。
正しい意味で、動島覚は強者であり、彼らは動島覚に倒される為にだけ用意された存在ですから。
……ちょっと可哀想に思えてきますけどね。
次回!! 女の喧嘩って割と怖いね!! 物陰に隠れて待ってて!!
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