plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode13 余計なもの

 

 

 

 

「ねぇ、覚えてる? 小学校3年生の時の私の誕生日の時。

 蒔良、私にチョコカップケーキ作ってくれたわよね」

 

 動島の家では、誕生日会という大仰なものをした事がなかった。母が病気がちで父1人子1人出会った事もそうだが、あまり振一郎がそういうのに積極的だった訳ではない事もあって、プレゼントを貰ってお終いというのが恒例だった。

 誕生日プレゼントを貰えるだけでも充分だと、自分も思っていた。

 でも蒔良は初めてそれを知った時、それでは可哀想だとカップケーキをお母さんと作ってきて、2人で公園でお祝いしたのだ。

 

「でも、その時は知らなかったでしょ?――私、チョコレート味ってあんまり好きじゃなかったんだよ?

 でも『覚ちゃんのために作ったの』って言われたら、私嫌いだなんて言い出せなかったの」

 

 口の中の甘ったるさが嫌いだった、あのほろ苦さが嫌いだった。

 そもそも洋菓子よりも和菓子の方が好きだった。

 でも、満面の笑みで、自分のことを真っ直ぐに見てくれるその顔や、優しい言葉で、目の前のこの子は本当に自分を思ってくれているんだなと思った。

 そんな姿を見て拒否出来る人間はいないだろう。

 結局、カップケーキはちゃんと全部食べた。

 

「……中学2年の時。

 私が武術の鍛錬もあるからって、委員会に入らなくても良いようにしてくれたじゃない? 本当だったら、保健委員にならなきゃいけなかったのに」

 

 どうしてもやりたがる人間がいなかったので、クラス総出のじゃんけん大会になったのだ。で、覚は負けてしまった。

 当時は雄英に入りたいという目的もあったので、少しでも多く鍛錬に時間を増やしたかった時期だったので、嫌々という感じだった。

 そんな時に、蒔良が言ったのだ。

『私が代わりにやるから、覚ちゃんは強いヒーローになってね』と。

 

「でも、知ってたんだから。本当は気になる男の子が保健委員になったから、自分がなりたかったんでしょう?」

 

 クラスでも結構人気のある男子だったのをよく覚えている。だからあのじゃんけん大会はある意味、出来レースというか、皆なりたいから負けたくてしょうがなかった。

 それになってしまった覚は本当に偶然だったけど……蒔良は、覚の為と言いながらちゃっかり彼の隣を確保してしまったのだ。その後、蒔良は1年ほど彼と付き合っていたっけ。

 別にその時はそんな事を考えず本当に蒔良に感謝していたし、今思い返したって可愛らしいものだ。

 

「高校3年の時も……進路どうしようって迷ってた時、蒔良が勧める事務所に入った」

 

 高校1年の時はそれほどでもなかったが、3年になったと時には覚もそれなりの実力を備えていたし、自慢出来るほどではないが沢山オファーも貰った。

 どこが良いのか悩んでいる時に、蒔良が勧めてくれたのは中堅で、かもなく不可もなくというヒーローの事務所だった。

 一瞬「なんで?」と思ったものの、当時から成績とネゴ、頭の良さで雄英高校経営科の中でも一目置かれていた彼女だったので、素直に従った。

 

「でもそれも、結局蒔良の都合だったんだよね……蒔良が所属する事務所とは親しかったから、楽にあざとくなく方向性を示せたもんね」

 

 蒔良が入ったプロデュース事務所はそのプロヒーローのプロデュースを一から担当していた事務所だった。だから影響力は大きいし、覚への指導方針に口を出せる状況を仕立て上げていた。

 ……もっとも、その当時はそんな事を気にしている余裕もなかった。ただただヒーローとして前に進む事しか考えていなかった。

 

「……こうやって思い返すと、ずっと私、蒔良の掌の上だった。

「覚ちゃんの為」って言ってやってた事って、全部蒔良の為だったんでしょ?」

 

「――そんな事、ないわ。

 私は覚ちゃんの事しか考えていないわ。だって私が心血を注いだ「全て」だもの」

 

 覚の言葉に、蒔良は笑顔を浮かべてそう言った。

 人の心の内側に入る事に長けた、人の良さそうな笑顔。男性ならば1発、女性でも彼女の立場や本心を知らなければ、きっと懐柔されてるだろうという感じの。

 だが、覚は知っている。

 それは仮面だ。他人を信用させるための、安っぽい仮面。

 

「そうね、全てだった――私は、アンタの夢を叶える代替品だった」

 

 ヒーローにはなれない。

 齢4つにして大多数の人間に突きつけられる現実。不平等に与えられる結論。

 人は誰しもがヒーローになれる訳ではない。まず最初の壁は個性。ヒーロー向きではないと判断された個性でヒーローを目指す事は出来ない。

 次に別の才能。戦闘のセンス、素の身体能力、洞察力観察力、etc.……自分の持つあらゆる才能がヒーローという職業に符合していなければ、ライセンス取得前に見込みなしと思われる。

 最後に――精神力。信念を貫き通す意地、覚悟、自信、根性、そんな精神論的なものが最後の最後に必要になってくる。どんなに個性が凄くても、才能があっても。立てる力が無ければ意味がない。

 蒔良は最初の段階で躓いた。

 彼女の個性では到底ヒーローにはなれないと、ハッキリと現実に答えを出されてしまった。

 道を歩む事すら、許されなかった。

 

「第二の夢……ハッ、笑わせないでよ。

 アンタは私を代わりに使ってただけでしょう。自分が叶えられない理想を私に押し付けた」

 

 ヒーローとは斯く有るべき。

 蒔良はいつもそこに重点を置いていた。職業的ヒーローではなく、常に理想のヒーローを覚に示し続けていた。

 自分勝手に。

 自己中心的に。

 

「――覚ちゃんだって喜んでいたじゃない。私の考えに賛同してくれた。

 今までと今と、何が違うの? これからも2人で頑張っていきましょう。本当のヒーローになる為に」

 

 動島覚と久虜川蒔良(じぶん)だったら、きっと世界だって離さない程の最高のヒーローになれる。

 蒔良は本当に、今でもそれを夢見ている。

 

 

 

「……あぁ〜!!!! 本当にアンタって奴は!!!!」

 

 

 

 怒りとともに、力任せに地団駄を踏む。

 バゴンという音とともにタイルにヒビが入り陥没する。

 どこまで自分しか見えていないんだ。どこまで動島覚(わたし)を見ないつもりだ。その事実に、そういう風になってしまわなければいけなかった状況に腹が立つ。

 

「もっと早く言えば良かった!!

 そもそもね、私、アンタの考える理想のヒーローってのが気に入らないのよ!!」

 

 理不尽から人々を守る。

 その為に不必要なものをそぎ落とし、些事は捨て置き、ただただ人の命を救い続ける。

 なにそれ? ヒーロー? 冗談ではない。機械か何かと勘違いしているのではないだろうか。そんなものがヒーローな訳がない。

 人を守るだけならばヒーローで有る必要性はないのだ。

 警察とか自衛隊に任せておけば良い。

 

「――じゃあ、覚ちゃんが考えるヒーローって何?

 適当にお仕事して文句ばっかり言ってた覚ちゃんは、どんなヒーローになりたかったの?」

 

 笑顔だが、蒔良の目は笑っていない。

 所詮、覚は彼女の中では自分の理想を体現する素材だ。しかも、覚が現実に押し潰されていく姿も良く見ている。いつも側で見ていたのだ。

 そんな人間が語るヒーローというものを、聞く前から馬鹿にしている。

 ……まぁ、そりゃそうだ。覚だってそう思う。

 つい最近までヒーローなんて辞めてしまおうかと思っていた人間が何を言い出すのか。夢はもう捨てたような事を言いながらまた拾いに行くというのか。

 嘗ての夢を、理想を。

 なんて浅はかで無様なんだろうと自分でも思っている。

 ――でも言いたい。

 言わなければいけないのだ。

 これから自分が前に進む為に。

 

 

 

「決まってんじゃないの。

 ヒーローなんてね――「余計なもの」よ!!」

 

 

 

 胸を張って宣言する。

 

「……………………え?

 えぇ〜と、覚ちゃん? 普通ここはもっとかっこいい事言うものじゃないの? なに、余計なものって」

 

 流石にその答えは予想していなかったのだろう。笑顔が崩れ、呆れるような、どこか困ったような顔をして聞いてくる蒔良に、覚は鼻を鳴らす。

 

「ハッ、何言ってんのアンタ。

 そもそもね、ヒーローなんていうのはそんなもんなのよ。余計な正義感と義侠心で人の問題に入ってくる。普通に犯罪や災害に対処するんだったらヒーローで有る必要性ないもの」

 

 法を守らせるならば、警察や任せておけば良いのだ。

 災害から人を救うなら、消防署に任せておけば良いのだ。

 国民を守るならば、自衛隊に任せておけば良いのだ。

 命を救おうとするのであれば、医者に任せておけば良いのだ。

 そこでヒーローがしゃしゃり出る必要性は全くない。

 個性社会に国が適応出来なかった? それは最初期の彼らが愚かだっただけだ。とっとと改革でもしてヒーローを廃止し、そういうのは全部国がやれば良いのだ。

 そんな中、何人かの馬鹿が調子に乗って人を救うなんていう大きなお世話をやり始めたのがヒーローの始まりだというならば、ヒーローとはそういうものだ。

 

「ただ人を守るだけならヒーローなんていうのは邪魔なの、邪魔!!

 そんなもんが世界の平和を守るなんて、私からすれば片腹痛いわ!!」

 

「な、なら何をするの!? ヒーローって何なのよ!

 人の命を守るんじゃないなら、何で覚ちゃんはヒーローになるっていうの!?」

 

 余りの言い草に、蒔良は声を荒げる。

 人を守る以上に守るべきものはない。生きていることこそ大事なのだ。余計なものに囚われず、余計なことを考えず人を守らなければいけないのだ。

 だが、

 

 

 

「んなもん決まってんでしょう!!

 アンタが言った「余分なもの」を守る為に、こっちはヒーローやってんのよ、バカ!!」

 

 

 

 人は命さえあれば生きていける。

 食べ物を与えて日光でも浴びて、次代を生み出して行く方法をちゃんと確保すれば、生きていく事だけ(・・)は出来るだろう。

 でも、それは死んでないだけで、

 だから、生きているという事には程遠い。

 家族、友人、恋人、仲間、働く場所、遊べる場所、平和、安寧、喜怒哀楽の感情に関わってくる全ての出来事、事象。

 そんなものが全部無くなった生は生じゃない。

 そんなものを守ってくれる人間はいないだろう。

 警察は? 消防署は? 自衛隊は? 医者は?

 全てを守らないと言えば言い過ぎかもしれないが、それでは守りきれない。

 だがらヒーローがいるのだ。

 他者にとっては無駄にしか思えない。

 生存には必要がない。

 でも、大事で暖かくて優しい何かを守る為に、覚は拳をつくる。その拳が届く範囲だけでも必死で守ろうとするのだ。

 それが動島覚の――センシティの原点(オリジン)

 

 

 

 ――この身は、誰かの〝幸せ〟を守りたくて、ヒーローになったんだ。

 

 

 

 随分長い間、それを忘れていたように思える。

 

「私はね、幸せぶっ壊してまで、生きたいなんてこれっぽっちだって思わないんだから!!

 アンタが捨てようとしているものだって、残らず全部拾って背負ってやるわよ!! だって――」

 

 それが、それだけが。

 動島覚の全て。

 動島覚が、現実に押し潰されようとも、文句を言おうとも、足を止めなかった理由なんだ。

 

 

 

「私は、ヒーローなんだから!!!!」

 

 

 

「な、に、言ってるの、覚ちゃん――そんなの、ダメよ、違うよ、そうじゃないの!!

 私の覚ちゃんはそんな事言ったりなんかしないもん!! 私の覚ちゃんは、私と一緒に凄いヒーローになるんだもん!! 約束したじゃない!! 『一緒に世界を守ろう』って言ったじゃない!!」

 

 お互いの個性が分かる前。

 ほんの子供の頃の小さな約束。

 蒔良は夢を、約束を両腕で必死に守る。それが自分の原点(オリジン)だったから。

 世界を守る、人々を守る。

 ただその夢を叶える為に、覚のサポートをし続けた。どんなに地味な仕事でもやったし、彼女が前に進む為に必要ならば、どんな事もやった。汚い仕事だってやったし、好きでもない男と一晩一緒にいた事だってある。プライベートを捨て、全部仕事に費やした。

 全部はその為。

 彼女との夢を叶える為に。

 

「だぁかぁらぁ、アンタの物じゃないって言ってんでしょ人の話を聞きなさいよ!!

 勝手に私を創ってんじゃないわよ――私は、私!!」

 

 他人に道を指し示されて歩く。

 確かに楽だった。何も考えずに前を進む事を、上を目指す事は、簡単だった。

 でももう今のままではダメなのだ。

 今のままでは嫌なのだ。

 自分の足で前に進んで、自分の目で前を見続けなければいけないのだ。

 そうでなければ、背負ったものに、今まで失ってしまったもの達に顔向け出来ないから。

 

「――違う、違うわ、アナタ誰!?

 貴女は、私の知ってる覚ちゃんじゃない!! 私の覚ちゃんじゃない――ブレイカーが替え玉でも用意したの、ハハッ、上手ね!! 個性までコピー出来る人って貴重よ!?」

 

「……如何あってもコッチを見ないわけね」

 

 半狂乱になり、現実を受け入れない。

 あぁ、なるほど、なんて可哀想な姿なんだろう。ちょっと前まで状況を飲み込めていなかった自分もこんな感じだったんだろうか。

 これはもう――救けなくちゃいけないよね。

 手に持っていた籠手を、地面に落とす。

 これはもう必要ない。

 

「ハハッ、私の目の前から消えてよ偽物さん!!」

 

 蒔良は、そう言うと大きく息を吸い込み、

 

『――――――――――!!!!』

 

 声を発する。

 まるで音ではないような、しかし不思議と旋律と歌詞があるように聞こえる不思議な声。パイプオルガンのような荘厳なようにも、フルートのような繊細な音にも聞こえる不思議な声。

 それが、覚の意識を揺さぶる。

 

「くっ――」

 

 視界が歪む。

 毎日自分が感じるような心地よい眠気が襲いかかってくる。

 蒔良が得た個性。人を操ると言う副次的なものではない本当の使い方。

 人の

 人の意識に直接作用する眠りの歌。耳を塞いでも骨伝導で伝わってくるこの心地良い眠りの歌は、相手に永遠の死を与える。

 そして、この個性の最大の強み。

 それは、この音そのものは「無害」そのものだと体が認識すると言う事だ。覚の能力の一端である「自分の肉体に悪影響のある音の制限」の区分には当てはまらない。

 久虜川蒔良の個性こそ、本当の意味で覚の天敵。このまま聞き続けば、覚は深い眠りにつき、呼吸も、心臓すらもその機能を停止させるだろう。

 

 

 

「――消えないわよ、バカ」

 

 

 

 一歩。

 目の前にあった階段を登り始める。

 激しい眠気は今も覚の頭の中で猛威を振るっている。音は今も耳に入っている。

 それでも前に進む。一歩でも多く彼女の前に進む。

 

『――――――――!!!!』

 

 なんで倒れない。

 自分の個性は強力だ。人間非人間を問わず、三大欲求の1つに関わってくるこれは誰も抗えない。

 なのに、目の前の彼女――動島覚の偽物さんだと思い込んでいる彼女は、尚も前に進み続ける。

 

「っ、ヒーローってのはねぇ、2、3日徹夜したって動かなきゃいけない時ってのがあんのよ、そんなもんに比べりゃ、これくらいの個性、何んて事、ないんだからっ!」

 

 一歩ずつ。

 足取りは覚束ず、頼りないものなはずなのに――確実に、覚は蒔良に近づいていく。

 

『――――――っ!!!!』

 

 なんで、

 来ないで、

 私の邪魔をしないで、

 なぜ止まってくれない。

 なぜ寝てくれないんだ。

 必死で魔性の声を張り上げ続ける蒔良の声は、完璧なものだ。なのに、彼女はそれでも前に進み続ける。

 

「良い、蒔良、ヒーローってね、最後には根性なんだよ。

 どんなにされようが、どうされようが、根性で、前に進まなきゃいけないの!!」

 

 今にも倒れそうなほど危なっかしい足で、一歩ずつ、一歩ずつ。

 確実に上に。

 確実に前に。

 確実に――蒔良に近づいていく。

 正直、もう目を開けている事さえも苦痛で、ここで眠ってしまえればどんなに楽かとも思う。眠って、死んでしまえばこんなに辛い思いはしなくて済む。

 親友が悪に染まった姿も、

 仲間を殴った事実も、

 自分が何もして来なかった現実も、

 全部捨てる事が出来る。

 ――駄目だ。

 それでは全然駄目なのだ。それでは何も変わらない。

 変えたくて、背負いたくてここに来たんだ。辛くても、もう目を逸らしても、絶対に覚は歩く事を止めないのだ。

 一歩ずつ、一歩ずつ進んでいき――蒔良の目の前に立った

 

 

 

「さぁ、蒔良――歯ぁ、食いしばんな!!!!」

 

 

 

 手を大きく振り上げる。

 殴られる。

 そう思って蒔良はぎゅっと目を閉じる。

 武術を修め、強い自分の幼馴染。

 何んの訓練もしていないモヤシのような自分。

 殴られたら、きっと痛いじゃ済まないんだろうなぁなどと、頭の奥にいる冷静な自分が言う。

 ――だったはずなのに。

 来たのは衝撃や痛みなどではない――暖かく体を包み込む、柔らかい感触だった。

 

「なんっ――で、」

 

 目を開けるとそこには、自分を強く抱きしめてくれる覚の横顔があった。

 

「バカ蒔良、全然分かってないわね。

 ――殴れる訳ないじゃない。私が親友殴るほど落ちぶれてると思ってんの? ふざけんじゃないわよ」

 

 蒔良の魔性の声が無くなって意識が覚醒しているのだろう、流暢な喋り方。

 でも、その中には悲しみと、涙が混じっていた。

 

「……さっき、嫌いって言ってたじゃない。私の自分勝手な所が嫌いだって言ってたじゃない。

 なんで、殴らないのよ、何抱きしめてるのよっ」

 

 必死で突き放そうとしても、蒔良の力ではビクともしない。だが、強い力で抱きしめられているはずなのに、痛くはない。

 むしろ、暖かくて、柔らかくて――優し過ぎる抱擁。

 

「――嫌いだけど、大好きなの」

 

 覚の言葉が、蒔良の耳朶を打つ。

 自分の魔性の声なんかよりもよっぽど強力で、優しい声が。

 

「自分勝手で、私の都合気にしないし、その癖私の為って恩着せがましいし、煩いし、甘いもの好き過ぎだし、男はアンタに持ってかれるけど――それでも、好きなの、大好きなの」

 

 笑う蒔良が、

 悲しい時には慰めてくれて、一緒に泣いてくれる蒔良が、

 やる気のない自分を叱咤激励してくれる蒔良が、

 部屋に引き篭っていると遊びに連れ出してくれる蒔良が、

 何だかんだ言って側から離れない蒔良が、

 

 

 

 大嫌いで――それ以上に大好きだから。

 

 

 

「――なにそれ、

 矛盾してるよっ」

 

 頬に温かい水が触れる。

 それが覚のものなのか、それとも蒔良自身のものなのか、分からない。

 分からないまま、蒔良も覚を抱き返す。

 

「してないよ。嫌いな部分がいっぱいあっても、やっぱり好きなんだもん、親友なんだもん!!

 ねぇ、蒔良、どんな風に貴女が考えていても良い。間違えたら、こうやって私がまた止めるから――戻って来て。側にいて、また、親友になってよ」

 

 どんなに嫌いな部分があっても、

 どんなに喧嘩をしても、

 それでも大事な親友なのだ。

 家族よりも少し遠くて、

 恋人よりも少しドライで、

 でも、1番側にいて、1番大事な、自分を理解してくれる存在。

 それが親友だ――蒔良がそれを余分なものだと判断したって、覚は絶対に手放さない。見捨てたりなどしない。

 

 

 

「言ったよね? 私はアンタが捨てようとしているものだって、残らず全部拾うんだって」

 

 

 

「……覚ちゃん、バカだよ」

 

「うん、そうだね」

 

「私、覚ちゃんに嘘ついたんだよ? もう立派な(ヴィラン)なんだよ」

 

「うん、そうだね」

 

「覚ちゃんの事利用してたんだよ――私の代わりにしようとしてたんだよ?」

 

「うん、そうだね」

 

「覚ちゃんの部下も犠牲にして――最低なんだよ?

 それでも、私を救けるの?」

 

 

 

「救けてあげるわよ。アンタが救かりたいんだったら、私は何度だって救けるに決まってんじゃない」

 

 

 

 ――あぁ、なんだ。

 全然見えていなかった。

 この女の子にしては大雑把で、適当で、感情的で、その癖構ってもらえないと拗ねちゃう面倒臭い女の子――私の大っ嫌いな親友は、もうすでにヒーローだったんだ。

 久虜川蒔良の手助けも、死歌姫(ローレライ)の悪虐も必要がないほど、立派な。

 

 

 

「覚ちゃん――救け、」

 

 

 

 言葉を言おうとした瞬間――蒔良の胸に、衝撃が走る。

 あんなに自分がどうこうしても離れなかった覚の体が突き放され、温もりは消える。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……?」

 

 何が起こったか一瞬分からず、蒔良は視線を彷徨わせる。

 胸の中から――まるで木の枝のようなものが生えていた。

 複雑な模様と、複雑な枝を持つその枝。それが一体なんなのか、蒔良には分からない。

 だが――やった人間(・・・・・)なら分かる。

 

「あぁ、先生――流石です」

 

 全部見抜かれていたのだろう。自分が最終的には先生を裏切るという事を――いや、もっと深くまで。久虜川蒔良が改心する事も分かっていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだろう。

 なんて間抜けなんだろう。最後の最後で詰めを誤った。

 ゆっくりと倒れながら、心の中で自嘲する。

 ヒーローにもなれず、プロデュースも失敗。おまけに敵としても雑魚で終わるなんて、自分はなんて中途半端なのだろう。

 

「――!! ――、――――!!」

 

 覚が自分を抱えながら何か叫んでいる。

 涙を流して、お化粧流れちゃう――あぁ、ノーメイクだったっけ? 覚ちゃんは相変わらず女捨ててるなぁ。

 ダメだよ、せっかく可愛い顔が台無しだよ。覚ちゃんは私みたいに盛らなくても美人さんなんだから。

 閉じてしまいそうになる目を必死に開いて、優しく覚の頬を撫でる。その手を覚が掴んで、必死に握りしめる。

 痛いよ、覚ちゃん。自分がかなり力強いの、良い加減自覚しなよ。

 もう、泣き虫なんだから。

 いっつもそうだよね。私の代わりに覚ちゃんがいつも泣いてくれた。

 他人の痛みも悲しみも、全部背負える優しい子だったもんね。

 あの時は……ううん、ついさっきまでは愚かだなぁって思ってたけど、違かったんだね。

 覚ちゃんは何1つだって、取り零したくなかったんだね。

 全部を救おうとしたんだね。

 全部を守ろうとしてたんだね。

 ごめんね。

 私の言葉は余計だったんだね――ううん、それすらも、きっと覚ちゃんは背負ってくれてるんだろうね。

 

 

 

 あぁ、――なんて愚かで、愛おしいんだろう。

 

 

 

 

「――バイバイ、覚ちゃん。

 格好可愛い、ヒーローで、いてね」

 

 

 

 目がゆっくり閉じられる。

 あぁ、今度目を開けたら、

 

 

 

 

 

 

 私も、覚ちゃんみたいな、ヒーローに、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




名前:久虜川 蒔良
所属:センシティヒーロー事務所\敵連合(の構想元)
Birthday:12月24日
身長:166cm
血液型:AB型
出身地:静岡県あたり
好きなもの:覚ちゃん、お酒
戦闘スタイル:後方支援
個性:安眠(死歌)
本来は声で相手の意識に干渉して眠りをより深くする個性だった。
だがエヴォリミットの効果で、死という永遠の眠りを与える個性に変化し、副産物として人の思考や考えを誘導したりする洗脳系個性になった。
指向性は操作することが可能で、相手に一点集中で死歌を聴かせる事も可能。

性格
基本的に、日常系アニメで偶に登場する「アラアラマァマァ系お母さん(作者命名)」な感じ。物腰柔らかく、本当だったら母性豊かな人。
しかしその根底には自己顕示欲と、他人の考えを笠に着て自分の欲を満たす自己中心的な側面があった。
エヴォリミットを使う前は、ちょっとした小悪魔程度で、まだ可愛らしい方だった(少なくともこの段階で苦情は来ていない)のだが、結局その薬の副作用でその感情が暴走、覚を自分の夢を叶える為の道具にしか見ていない女王様が誕生した。
もっとも使ったのは一度だけで強化もそこまで強力ではなかった為、最後には自分の心を取り戻している。


パワー➡︎E
スピード➡︎E
テクニック➡︎E
知力➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎A
協調性➡︎E


裏話☆メモ


本当は出すはずもないキャラだった!!


当初は敵はウィスパー1人だけでした。
ただウィスパーを作ってみると「こいつ小物くさいなぁ」と思い、もう少し知略っぽい悪辣なキャラを作ろう! と考えたのがこのキャラでした。
物理的な(というか戦闘面)では覚さんめちゃくちゃ強かったので、知略+メンタル的な部分で攻撃してくれる敵というコンセプト。おかげでストーリー的には悪辣な展開を作ってくれました。
作者的には、こういうキャラ割と嫌いじゃないというか、好きです。



久しぶりにキャラ紹介でした。
あぁ〜……ちなみに、まだ悲劇は続きますよ? ここで終わらないよ?


次回 蒔良が微笑む……


感想・評価心よりお待ちしております。

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