plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode2 勉強会と肝冷やし

 

 

 

 

 

 

 塚井家。

 時代を遡れば、平安時代の公家にまで辿り着く。

 下級の家柄だったものの、元々商家だったものが公家としての位を貰った経緯から、商売という方面に関してはめっぽう強く、与えられた土地の運営などで頭角を現し、頭脳明晰な家柄でもあった為、政治方面や軍事などで活躍する者も現れた。

 時代が移り変わっていき、公家が華族と名前を変えてもあまり変化はなく、貴族として様々な事業と政治的活動を続けていた。

 第二次世界大戦後消え掛けるものの、その当時の当主の手腕によりなんとか立て直し、貴族としてではなく一経営者として(廃止されたので当然ではあるが)、様々な事業展開をしていった。

 超常黎明期、世間よりも早くこの個性という超常能力の有用性に主眼を置き、数代前の当主は人材派遣業で「派遣先に有用な個性を持った人材を派遣する」形で、一気に知名度と売り上げを伸ばし、塚井カンパニーという大きな会社の中でも筆頭となっていった。

 個性の使用が資格制になった現代も、申請すればその職業に利用出来る個性を限定的に利用出来る現在では、様々な場所で塚井カンパニーからの派遣社員が活躍している。

 企業としての利益も何十億と破格のものだろう。

 

「まぁ規模が違うのは良く分かる。家系自体長いんだから、家も大きいものなんだろうなぁとは思ってたし、ある意味納得したわ、うん」

 

「振武さん? 何を1人で話しておられるんですか?」

 

 焦点が合わない目線を空に向けている振武に心配そうに百が話しかける。

 

「いや、なんて言うか……こんなのが同じ世界にいるってのを、ちょっと受け入れられない感じなんだよなぁ」

 

 目の前には、かなり大きな門があった。

 文字通り門だ、家の玄関がまず門という表現をするのはそもそもおかしいような気がするが、門なんだからしょうがない。

 そのすぐ目の前には、小学校の校庭よりも広そうな庭。草木はしっかり手入れされ、季節の花が綺麗に咲いている。

 さらに奥に、お屋敷と表現するのが1番適切な大きな建物が2つ。1つはかなり歴史ある建物の雰囲気を持っていて、もう1つもここ最近の建物だとは思えない。

 6月最終週の週末。

 塚井家に、動島振武を始めて勉強会に参加するメンバーはやってきていた。

 

「うわぁ、お城だ!!」

 

「凄い凄い!!」

 

「本当に大っきいね……城は言い過ぎだと思うけど」

 

 芦戸や葉隠がキャイキャイはしゃいでいるのを、耳郎がツッコミを入れながらも驚いている。

 

「そうでしょうか? 割と普通のサイズだと思いますけど……」

 

「百、多分今回に限ってお前の普通は普通じゃない」

 

 資産家のお嬢様目線のデフォルトは一般庶民にはかなり高めだ。

 

「あれ? でも大きさで言えば、動島も轟も負けてないんじゃないか?」

 

 瀬呂の言葉に、振武も焦凍も首を振って無言で否定する。

 確かに2人とも家はそれなりの広さだが、あくまでそれなりだ。振武は格闘技の道場を開いているから、轟はヒーローとして必要なトレーニングルームなどを完備しなければいけないから広さが必要なだけで、それを差し引けば居住空間はそれほど大きくはない。

 家、と定義した途端、この屋敷は大きすぎるのだ。

 

「……と、取り敢えずインターホンを鳴らそう」

 

 何はともあれ、圧倒されっぱなしでは話が前に進まない。振武は門の横にそっと添えられるように存在する個人用の出入り口に近づき、そこにあったインターホンを押す。

 

 ピンポーンとどこの家庭でも同じ音が鳴ると(これで大仰な音とか出たら怖い)、少し間が空いてから相手が出る時特有のノイズ音が聞こえる。

 

『はい、どちら様でしょうか』

 

「は、はい、あの、塚井さんの友達で、今日勉強会の約束をしていたんですけど、塚井さんは御在宅でしょうか」

 

 歳若い女性の声。

 一瞬老齢な執事が出てくるんじゃないかと思っていたので、面食らって対応に困るが、すぐに口を開く。

 

『少々お待ちください――……確認致しました。

 当家の執事がお迎えに上がります。門を開けますので、どうぞ敷地の中でお待ちください』

 

 そう言ったのが早いか、門が人の手を借りずに自動で開き始める。

 あ、自動なんですね……いや、いちいちそういうの分からないから驚く。

 

「ちょっとテンパり過ぎだろう動島ぁ」

 

「じゃあお前がやってみろバ上鳴」

 

「いきなり暴言酷ぇ!!」

 

 上鳴の半泣きのリアクションを無視する。

 振武は、こういう事に慣れていないのだ。

 お金持ちのお宅に訪問する事が、ではない――今世で友達の家に勉強会とはいえ遊びに行く事がだ。小学校でも中学校でも鍛錬優先で、あまり友人と遊ばなかった。

 中学校最終学年では焦凍と魔女子と連んでいたが、お互いの家に遊びに行くなんていう関係性ではなかったし、雄英に入ってからもハードな授業内容のせいで少し寄り道程度はしても、学校帰りに友達の家に遊びに行くなんて事はなかった。

 初めてなのだ……友達の家に遊びに来たのは。

 

「わぁ、中に入るとより一層凄いな」

 

 尾白の言葉で周囲を見渡せば、種類は違えど皆が感嘆の声を漏らす。

 しっかりと手入れの行き届いているのを示す庭の美しさ。和風の庭が日常の中にある振武には特に新鮮に思えた。庭というより、もはや庭園と呼称した方が良いくらいの庭であれば特にだ。

 

「芝生気持ち良さそ〜、あとでお昼寝とかしたい〜」

 

「良いなぁ!」

 

「……約2名目的を忘れていんぞ、振武」

 

「あの馬鹿どもはあとでしっかり教育するから無視!」

 

 焦凍の指差した先を見れば、呑気な事を言っている馬鹿2人。

 というより、彼奴らは今回1番勉強しなければいけないという事すら忘れていないだろうか。良いのか、林間合宿行けなくなっても。

 

「素晴らしいでしょう。当家に代々仕える庭師はとても優秀でございまして、この庭は当家自慢でございます」

 

「そうでしょうね、凄い綺麗……ん?」

 

 庭を眺めながらそう返事をしたが、直ぐにその違和感に気付く。今日のメンバーでこんなに老齢で落ち着いた声の持ち主がいただろうかと。

 隣にいる人影に注視する。

 執事、というものを絵に描いた時、人は2パターンの執事を思い浮かべるだろう。

 1つはイケメン。1つは老齢な紳士。

 彼は後者の姿をしていた。白い髪は綺麗に整えられており、肩にかかる程度の長さを1つに束ねている。モノクルの奥にある眼は優しげな灰色の瞳、だがそれだけではない力強さがある。

 しかも燕尾服の下にはそれなりの筋力を備えているだろうという印象を受ける。

 

「えっと……どちら様でしょうか?」

 

「これは失礼を――塚井家にお仕えしている、執事の聖灰洲と申します」

 

 振武がぽかんとした表情で言うと、執事服の老人――聖灰洲はまるで礼儀作法の見本と言わんばかりの綺麗なお辞儀をしてくれる。

 

「あ、ご丁寧にどうも、俺の、いや、自分の名前は、」

 

「存じております。

 動島振武様、轟焦凍様、八百万百様、上鳴電気様、芦戸三奈様、瀬呂範太様、耳郎響香様、尾白猿夫様、葉隠透様でらっしゃいますね。

 本日は当家にお越し頂き、ありがとうございます。体育祭でご活躍された次代の名ヒーローの方々にご拝謁出来るとは、この老骨には身に余る喜びです」

 

 口調は丁寧、物腰は柔らか、しかし相手に媚びる様子や無理に卑下した様子は一切見られない、相手への配慮を感じる対応。

 これが本物の執事か、と感動すら覚えてしまう。

 ……もっとも、それだけ(・・)じゃないようだけど。

 

「我が家は少々広く、皆様が迷ってしまうといけませんので、不肖私がご案内に伺いました。

 お嬢様もお待ちです、早速で恐縮なのですが、お屋敷に案内しても?」

 

「へぁ!? あぁ、ええ、よろしくお願いします」

 

 一瞬どう答えて良いか分からず、無難に返事をしてしまう。分かっているぞ、後ろで皆笑っている。自意識過剰でもなんでもない、だって声漏れてるもん。

 後ろにキッと睨み付けると、上鳴や芦戸、瀬呂辺りが「悪い悪い」と言わんばかりに笑顔を浮かべていて、百に至ってはどこか微笑ましそうだ。

 ……正直、微笑ましく見られる方が苦痛だ。

 

 

 

 

 

 

「「「「「ようこそおいで下さいました」」」」」

 

 まるで一流ホテルのエントランスのような豪華さを備えている玄関で、綺麗に並んだメイド達が一礼する。

 メイド。そうメイドだ。

 昨今では創作物かそれを売りとしている喫茶店のような場所でしかお目にかかれない天然記念物的な存在が今目の前にいる。

 

「瀬呂、あたし、本物のメイドさん見るの初めて……」

 

「んなの俺もだよ……」

 

「なぁなぁ耳郎、あの壺って幾らくらいすると思う?」

 

「ちょっと上鳴失礼だよ……でも幾らだろう、きっと高いよね?」

 

「凄いよ尾白くん!! 探検したい!!」

 

「気持ちは分かるけどダメだよ葉隠さん」

 

 皆自分の生活では滅多に見ることが出来ない光景に動揺しているようだ。

 

「……予想外、だったな」

 

「ああ、ここまででかい家だったとは思わなかったな」

 

 振武も、普段は冷静そのものな焦凍もどこか物珍しそうにしている。

 この集団の中で唯一動揺していないのは、「この家の方の趣味は素晴らしいですわね」と周囲の調度品のセンスを褒めている百くらいなものだろう。

 

「皆さんようこそ我が家へ……何キョロキョロしてらっしゃるんですか?」

 

 いつもの制服姿とは少し違った、フリルが上品にあしらってあるブラウスと水色のロングスカートを穿いて登場した魔女子は、どこか不思議そうな顔で落ち着かないメンバーを見る。

 

「いや、まぁ、こういう家に慣れていないってのは大きいんだと思うぞ。

 俺だって普通に緊張しているし」

 

「そういうものですか。私にはあまり分からない感覚ですが……いえ、お金持ちだと自慢しているわけではなく、」

 

「分かってるっつの」

 

 こんな家に幼少期から住んでいれば感覚が違うのは当然。それを自慢だとか何だとか感じるほど、このクラスメイト達は馬鹿ではない。

 振武その言葉に、少し安心したように微笑んでから、全員に聞こえるように話す。

 

「では、大人数で使える場所で勉強会をしましょう。準備はもう済ませてあります。皆さん好きなお飲み物をメイドに言ってください、大概のものは揃います。

 では聖灰洲、私達は勉強を始めます」

 

「畏まりました、お嬢様」

 

 聖灰洲はそう言うと、メイドにテキパキと指示を出し、メイド達もその指示に合わせて動き始める。以心伝心というよりも、いつもそうしているからこそ出来るスムーズな動きだ。

 ……ダメだ、気になってしょうがない。

 

「なぁ、塚井、ここの執事さんとメイドさん達は何者なんだ?」

 

「何者、とは?」

 

 部屋に向かって歩き始める魔女子の隣を歩き、振武は小さく溜息を吐く。

 

「普通の執事やメイドがどういうもんか知らないが……少なくとも、戦闘経験がある人が多いんじゃないか?」

 

 足の運び方や足音の鳴り方、姿勢やなんかで力を推し測れる部分がある。漫画で出てくる格闘技の達人のようなことは言えないが、握手をした時にタコを感じて「野球やってる?」と聞いてしまう人と同じで、そういうのには特徴というものが現れる。

 例えば聖灰洲と名乗った老執事。

 歩き方に法則性があり、他人と自分との間合いの測り方が妙に上手い。先ほど掌を見ればタコが出来ているところがあったが、あれはゴルフをちょっとやった程度で出来るような柔いものじゃなかったし、そもそも少し形が違う。

 恐らく、剣やナイフなどの刃物を扱う手だ。

 上半身よりも下半身がしっかりしている事からも、格闘戦をするならば足技がメイン。

 メイドさん達も似たり寄ったり……まぁ何人かはそうじゃないかも、と感じる人もいたが、全員が何かしらの荒事に向いている部分はあるだろう。

 

「特にあの執事さんは相当やり手だと見た」

 

「……動島くん、貴方いったい何処を目指しているんですか?」

 

 なんか格闘漫画の主人公みたいな事言っていますよ、なんて呆れ顔で言われて、少し顔を顰める。

 

「凄い人なんだなぁ程度で、細かい強さなんてのは分からないぞ? 何となく、格闘技をやっている人ってのは分かるもんだよ」

 

「そういうもんですかねぇ……まぁ、間違っていません。

 聖灰洲も他のメイドの方も、皆さん使用人であると同時に、私達の護衛でもありますから」

 

 経済界で成功していくと、良くも悪くも敵を作ってしまう場合が多い。

 そんな時に護身の術もなしでうろつく訳にもいかないし、SPという大仰なものを付ける事も出来ない。ならば使用人を護衛にしてしまえば一石二鳥なのだ。

 

「にしたって、戦力過多な気がするけどな」

 

「現代の個性社会では、相手が何をするか分かりませんからね。多少手荒になっても構わない、という事です。

 全員個性も優秀ですが、それ以上に戦闘能力が高い方々ばかり。振武さんと気が合いそうですね」

 

「さぁ、どうだろうなぁ」

 

 そんな雑談をしながら、勉強を行う部屋に入って行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 当家の令嬢である塚井魔女子には、友人と呼べる人間が極めて少ない。

 家に友人を呼ばれる事もなく、話にも出てこないということが多かった。しかし最近になって様々な人の名前が上がり、彼女の表情にも少しの柔らかさが生まれて、執事である聖灰洲としては少し安心する部分もあった。

 そんな折にやって来た、勉強会。

 気合いが入らないわけがない。

 

「さて、一津屋(ひとつや)、昼食のお料理は?」

 

「はい、下拵えは済ませております。お客様をあっと驚かせてご覧に入れます」

 

「宜しい。リネンを整えたり掃除をする必要性はもうないから、二艘木(にそうぎ)三土師(みはし)は、四ツ辻(よつつじ)のフォローを。

 四ツ辻、お客様の、特に男性をからかうのは控えなさい」

 

「「はい、聖灰洲様」」

 

「ちょっと、私そこまで節操無しじゃありませんよ?」

 

「お前には前科があるからだろう?

 五峠(ごとうげ)は……また大事なカップを割られては困りますので、大人しく車でも磨いていなさい」

 

「酷いです聖灰洲様!!」

 

「お前も前科があるからな――さて、では皆、塚井家最高のお持て成しを」

 

「「「「「承知いたしました」」」」」

 

 聖灰洲の手を叩く合図と同時に、各々が遣るべき事に動き始める。

 彼女達はほとんどの場合聖灰洲が見出してそのようにと鍛えた精鋭達だ。この大きな家がたった5人で維持出来ているのも、塚井家の皆が安全に暮らせているのも彼女達の尽力のおかげだと言っていい。

 きっと自分が見ていなくてもちゃんとしてくれるだろう。

 

「……にしても、お嬢様は随分凄いご友人をお持ちだ」

 

 屋敷まで案内するまでに思ったが、流石その手の教育機関では最高峰の雄英高校ヒーロー科在籍だ。

 まだまだ年若く、荒いところもあるものの、皆ある一定の力量を備えている事が良く分かる。

 特に、率先していた顔に傷を持つ赤と白の髪の少年――轟焦凍と、黒髪の少年――動島振武はその筆頭だろう。

 何より魔女子を話しているのを見て――彼らは友人なのだなと分かる。

 轟焦凍、八百万百、動島振武は本当に仲が良さそうだ。不思議な感性とどこか人を突き放す対応をしがちな自分の敬愛するお嬢様の性格を理解した上で、あれだけ軽口を言い合ってくれるのであれば安心だ。

 このままもしかしたら、お嬢様は1人で生きていってしまわれるのではないか――そういう不安はもはやない。

 彼ら、彼女らがいてくれるのであれば、魔女子が孤独になる事はないだろう。

 

「聖灰洲、姉ちゃんはもう勉強会を始めてしまった?」

 

 そうどこか嬉しそうに微笑んでいると、魔女子の弟である役丸が話しかけて来た。

 

「ええ、もう始めてしまいましたよ。魔女子様に何か御用でしたか?」

 

 聖灰洲がそう言うと、役丸は一瞬どう言おうか迷ってから、

 

「いや、姉ちゃんの友人と自称する連中を見てやろうと思ってただけ……」

 

 その一言で、聖灰洲はなんとなく役丸の気持ちを察する。

 年齢からくる素直になれない態度であるものの、役丸は魔女子が大好きだ。俗な言葉で表すならば「シスコン」といっても過言ではないだろう。

 そんな姉が連れて来た友人達――しかも、非常に仲の良い男性がその中に混じっていれば自然と気になってくるというものだ。

 

「ご挨拶に行かれますか?」

 

「……いや、良い。ちょっと気になっただけだから」

 

 そう言うと、役丸は自室がある方向に向かって駆けて行った。

 ……不安だ。聖灰洲は少し困ったように眉間に皺を寄せる。

 役丸は時々、相手に無遠慮な悪戯を敢行する。しかも、なまじ頭が良い分、その悪戯は発想そのものは子供っぽくても非常に上手い。

 そういう部分は徒勝と似ている部分があり、将来有能な人間になる事を予感させるが……もし矛先が魔女子の友人、つまり塚井家の客人に向いてしまえば塚井家の品格にも関わってくる。

 

「厄介な事をしてくれなければ良いのだが……」

 

 一応、他のメイドにも注意を促しておこう。

 そう思って、聖灰洲は歩き始めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 勉強会はとてもスムーズに進んでいた……と言えれば良かったが、そうは行かなかった。

 そもそも講師役の上位陣4人の中で、教えられるのは2人しかいなかった。魔女子は教える事は出来るがドンドン関係ない領域にそれて行き、面白いけど最終的には無駄な話に終わってしまう。焦凍に至ってはそもそも「何故分からないのかが分からない」といった感じ。

 混ぜてみたものの、完全な失敗だった。

 おかげで、計6人いる人間の勉強を殆ど百と振武が教える形になった。

 唯一の救いは、百の教え方が非常に上手い事だろう。

 

「流石だな、百の説明は分かりやすい。

 俺も分からなかった所があったから、助かるよ」

 

「い、いえ、そんな事は」

 

 振武の言葉に、百はどこか嬉しそうな気恥ずかしそうな顔をする。

 

「今日は他の連中もいるし大変だろうから、また今度ちょっと教えて貰えるか? 俺も苦手な部分があってさ」

 

 基礎学科はさておき、ヒーロー情報学の部分はどうしても覚えきれない。そういう部分をフォローして貰えるかもと思っていうと、百の目が輝く。

 

「え、えぇ、良いですとも!!

 でしたら今度、授業が終わりましたら図書室で、ふ、2人でとかどうですか?」

 

「お、そりゃあ良いな」

 

 雄英の図書室はその蔵書量も豊富だ。

 一度行きたい行きたいと思いながらも中々足を踏み入れる事が出来なかった場所なので、少し楽しみだ。

 

「おいおいお前ら〜、イチャコラしてねぇで俺らに勉強教えてくれ〜」

 

「そうだそうだ〜、砂糖菓子みたいな甘ったるい空気だすなぁ〜」

 

「だぁれが砂糖菓子だテメェら!

 お前らがその問題解かないからだろうが」

 

 他のメンツは、分からない所を教えてやれば自然と理解出来ている。

 だが問題は、上鳴と芦戸。この2人の頭の悪さはもはや天性のものな気がして来た。

 友人を馬鹿にしたくはないが、まず理解力が足りない。百の極めて分かりやすい説明でも10回に4回は頭の上にハテナマークを浮かべる。

 それに……まぁこれは人間だからどうしようもないのだが、やる気が奮い立たない様子だ。心の底から勉強が嫌いな事が滲み出ている。

 追い詰められたって、やりたくない事はやりたくないのだ。

 

「解かないとは人聞きが悪い、解けないんだ!!」

 

「偉そうにしてんじゃねぇっつうの……」

 

「しかし動島くん、根を詰め過ぎても効率は上がりませんよ」

 

 紅茶のカップを音も立てずに置きながら、魔女子は言う。

 

「勉強が嫌い、と言う根底の感情はどうしようもありません。ですが微かでも残っているやる気を浪費してしまうのもいけません。

 適度に気持ちを入れ替えさせてあげるのも大事かと」

 

「……まぁ、それもそうだなぁ」

 

 1つの事に集中し過ぎて疲れてたんじゃいつまで経っても終わらない。

 付けていた腕時計を見てみれば、時間はあと30分ほどで昼食の時間になろうかと言う頃だ。

 

「ちょっと休憩して昼飯食ってから再開でも良いんじゃねぇか?」

 

「そうするか」

 

「「うぉっしゃあ!!」」

 

 焦凍の提案に乗った振武の声を聞いた瞬間、上鳴と芦戸が立ち上がる。

 さっきまでの疲れた顔はどこにいったんだお前ら。

 

「塚井! 家の中探検しても良いか!?」

 

 上鳴の言葉に、他のメンツも興味深そうにしている。

 これだけ大きな屋敷だ、見て回りたいと思うのは当然だろう……振武も、少し興味があったのだ。

 

「ええ、自由に見て回っていただいて結構です、入ってもらっては困る場所は事前に鍵をかけておりますので……あぁ、でも、渡り廊下の先は行かないように。あそこは別館ですから」

 

「別館って、あの古そうな建物の事?」

 

 入る時には見えなかったが、どうやら渡り廊下で繋がっているらしい。

 

「はい、あそこは大昔に建てた旧本宅なのですが、現在では殆ど物置のような状況です。何が起こるか分かりませんし……何より、あそこは〝出る〟んですよ」

 

 出る。

 その言葉に、振武の肩がピクリと反応する。

 

「え、出るって……何が?」

 

 恐怖心よりも好奇心の方が優っているのか、どこか楽しそうな声で葉隠が聞くと、魔女子は少し言いづらそうに顔を歪める。

 

「そうですね……醜聞ですが大昔の事ですし、話しても良いでしょう。

 時代は明治。まぁ塚井家の当時の次男は典型的ボンボンと言いますか、女癖が悪い方でした。使用人にも簡単に手を出してしまうような方で、あまり良く思われていませんでした。

 そんなある日、別の家に嫁入り予定だった綺麗な使用人を、その……手籠めにしまして」

 

「酷ぇなそいつ」

 

「まぁ、そういう時代だったと言う事もあるのでしょう」

 

 少し嫌悪感を表す焦凍の言葉に、百が苦笑を浮かべる。

 

「話を戻しましょう。

 嫁入り前に穢された、そう思ったその使用人は、婚姻の話もなかった事になり、次男の方に半ば監禁させるような形で囲われました……死ぬまで。

 そこまでは、まぁ言ってはなんですが百さんが仰ったように、そう言う時代だったんです。ですが、問題はその後でした。

 別館で、女の啜り泣く声が聞こえ始めました。最初は微かでしたが、日を追うごとに大きくなっていき、最後には家全体を揺する位に大きな声でした。塚井家を呪う怨嗟の声という奴です。

 それが聞こえてから、塚井家の男性のみが不可解な死をあの別館で迎えたのです」

 

 振武の体が個性も使ってないのに震える。

 耳に手を当てて聞かないようにしているものの、それなりに近い距離で話されてはあまり効果はなかった。

 

「別館を何度か解体する話も出たのですが、工事をしようとする度にトラブルに見舞われ、最終的には怪我人まで出してしまう。

 そこで、隣に本館を建ててそこに移り住み、男性は立ち入り禁止としました」

 

「話されると簡単だけど、結構すげぇ話だな」

 

「ホラーだねぇ〜……肝、試す?」

 

「試さねぇよ、ガチっぽいし」

 

 皆が口々に話の感想を言い合っている中で、振武は一言も喋らない。

 

「えぇっと、振武さん、どうしました?

 お顔が真っ青なのに凄い汗をかいて震えてしかもちょっと涙目ですけど?」

 

 百の心配そうに話しかけると、まるで油をさしていないブリキ人形のようにぎこちない仕草で首を振る。

 

「イ、 いや、ゼ、全然平気、そ、ソンナ話、信ジル方が馬鹿だね!!」

 

「――ですが、実際近代に入ってあの別館の禁を破って入った塚井家の男性が謎の死を遂げたという公式記録が残って」

 

「やめろ!!」

 

 思わず大声を上げてしまい、一斉に振武に視線がいく。

 

「……動島くん」

 

「…………なんだよ」

 

 

 

「――もしかして、そういうのが苦手ですか?」

 

 

 

 ビクッと体を震わせる。

 それだけでも、十分な答えになっていた。

 

「へぇ〜ふぅ〜んほぉ〜」

 

「そうなんだ〜、振武くんは怖いのが苦手なんだぁ〜へぇ〜」

 

「おいそこのバカコンビ笑うんじゃねぇ!!」

 

 したやったりと言わんばかりの顔でこちらを覗き込んでくる上鳴と芦戸を手で払いのけようとするが、簡単に避けてじっとこちらを見ている。

 楽しそうな顔をしているところが余計腹立つ。

 

「意外だなぁ、動島って怖いものなしな印象だけど」

 

 尾白の言葉に、百や焦凍も含めたほとんどの人間が頷く。

 

「普通どの人間にだって怖いもんがある……あぁ〜、爺ちゃんがそういう話上手くてな」

 

 良くされたものだ。

 怨念妄執とは切っても切れない縁を持っている動島家、そういう話のストックに事欠かない振一郎の話は、正直テレビでやっている心霊話も子供騙しに思えるほど怖いのだ。しかも話し方が死ぬほど上手い。

 さらに言ってしまえば――あの手の存在は物理的な力ではどうしようも出来ない存在だ。幾ら力を身につけても勝てない存在に如何立ち向かえば良いというのだ。

 

「お化け屋敷とか、偽物だと分かっているもんは平気なんだけどなぁ……本物はマジ勘弁」

 

「そういうものですか、でしたなら、別館には近づかない方が良いですね」

 

「頼まれても近づくかってんだ!!」

 

 塚井の言葉に過剰に反応する振武。

 

 

 

 だが、その場にいる全員が気付かなかった。

 その部屋の扉の向こうで、誰かが聞き耳を立てていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




塚井家使用人設定


聖灰洲(せばす)(63歳)
元々傭兵として各地を回っていた所を、先代執事に拾われて以降、執事兼護衛として塚井家に仕えている。
ナイフ術と軍隊格闘技(ソバット)の達人であると同時に、給仕などの執事業に必要なあらゆる技術を体得している猛者。
世代的には多くも少なくもない微妙な所だが、無個性である。

一津屋(ひとつや)(22歳)
メイドその1。
一流料理店でだって働けるほどの料理の腕前を持つと同時に、毒のプロフェッショナル。元々は塚井家徒勝を暗殺しにきて失敗、そのまま雇われる。
個性は「無毒」、あらゆる毒の効果を体から分泌した液体で無効化出来る。

二艘木(にそうぎ)(27歳)
メイドその2。
洗濯などのリネン担当。射撃、罠設置などの軍略行動を行えるワンマンアーミー、得意なのは遭遇戦。
個性は「適応」、様々な環境に適応し最高のパフォーマンスを発揮する。

三土師(みはし)(23歳)
掃除のプロ。一度戦場に出れば、標的を外すことがないとまで評された狙撃兵。元々紛争地帯で活躍していたのを聖灰洲に拾われる。
個性は「千里眼」、1キロ先でも敵の姿を見ることが出来る。

四ツ辻(よつつじ)(26歳)
給仕のスペシャリスト。経理なども担当している彼女は、諜報活動において右に出るものはいない。産業スパイとして潜入したものの、支払いがいい為そのまま雇われた。得意なのはハニートラップ。
個性は「魅了」、体から異性を魅了する匂いを発する事が可能。オンオフはちゃんと出来る。

五峠(ごとうげ)(18歳)
送迎担当。最近は魔女子が普通に登校するためメッキリ仕事がなくなってしまった為、他のメイドの手伝いなどをしている。プロドライバーだったのを、聖灰洲にスカウトされる。典型的ドジっ娘メイド。
個性は「操縦」、初見の乗り物でもプロ並みの運転が可能。




正直、この塚井家使用人連中は掘り下げると一本短編でも出来るんじゃないかって面子ばかりです。
……掘り下げないですよ?



次回! 動島くんが絶叫するぞ!! 喉を潤して待て!!



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