plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

114 / 140
episode3 肝は試すもんじゃない 上

 

 

 

 

「うわぁ、やっぱでかいなぁ」

 

 皆で別れてこの家を見て回ろう。

 そう決まって真っ先に飛び出して行ったのは上鳴と芦戸だった。まるでこれから探検でも出かけるような気分で、大はしゃぎで家の中を歩いている。

 かなりの大きさの室内は塚井家の面々の私室、使用人の部屋や客室を除いても広く作られている。娯楽室やシガレットルームなんていう古めかしい部屋まで揃っているそうだから、大したものだ。

 

「なんかあれだなぁ、ここで「掃除大変そうだなぁ」って思っちまう時点で、結局貧乏性なんだよなぁ、俺」

 

「けち臭いこと考えないでよ上鳴、せっかく屋敷の中を歩いてお嬢様気分を満喫してんのにぃ」

 

 どこか遠い目で言う上鳴に、芦戸は頬を膨らませるが、その顔はすぐに悪戯っぽい笑みに変わる。

 

「にしてもさぁ、動島がお化け怖いとか意外だったよねぇ本当に」

 

 その言葉に、上鳴も似たような表情を浮かべる。

 

「確かになぁ、才能マンだから怖いもんなんてないと思ってたけど、意外だよなぁ」

 

 戦う才能があって、

 勉強出来て、

 ちょっと強面だけどイケメンで、

 家は大きく歴史と権威があって、、

 おまけに両親ともにかなり有名なプロヒーロー。

 そんなモテ要素の塊のような人間にも弱点らしいところがあるもので、しかもそれが意外と可愛らしいモノだと分かってしまえば、お祭り騒ぎや悪戯が好きな2人が黙っていられるはずがない。その上にさらに勉強会で厳しく教えられた恨み辛みまで篭っているのだ。

 本人からすれば前者は自覚が薄く、後者に至っては本人が聞けば「自業自得だバカコンビ」とでも言いそうだが、ここでそんな無粋な事を言う人間はいない。

 

「林間合宿やれば肝試しとかあるもんねぇ。どうやって驚かせてあげようかなフフフフフ」

 

「でもお化け屋敷は大丈夫なんだろう? 合宿近くに曰く付きの場所でもない限り難しいんじゃないか?」

 

 振武が苦手なものは「物理的な干渉が出来ない理不尽な幽霊という存在」であって「驚かされる」事ではない。相手が人間だと分かったら効果が薄いんじゃないか。そう上鳴が言うと、芦戸は意外そうな顔をする。

 

「頭良いね、バカのくせに」

 

「お前も大して変わんねぇだろうが!!」

 

「う〜ん、でもせっかく動島をギャフンと言わせられるチャンスだよ!? そこはお約束は守らないと……」

 

「聞けよ人の話……でもそうだなぁ、話聞いただけでも相当効いてたし、上手く行けば半泣きどころかガチ泣きビビり動島とか見れるかも」

 

「何それ超見たい!!」

 

「そうですねぇ、でしたら僕の良い案がありますよ?」

 

「お、凄ぇな芦戸……あれ? 芦戸いつの間にボクっ娘になったんだ?」

 

「え? あたしじゃないけど?」

 

 自然に会話に入ってきた第三者の声に、芦戸と上鳴は振り返った。

 そこには1人の少年が立っていた。水色の髪に蒼い目をした、自分たちのクラスメイトにどこか雰囲気が似ている少年。だが彼女とは違いニコニコと人に好かれそうな笑みを浮かべている。

 

「えぇっと、どちら様?」

 

「勝手に会話に入ってしまってすいません。僕の名前は塚井の役丸。姉がいつもお世話になっております」

 

「え!? 塚井ちゃんの弟さん!? うわぁ、似てるねぇ」

 

「だなぁ、表情ある分すげぇイケメンに見えるぜボク!!」

 

 バカがバカたる所以なのか、どこかマイペースに話をする2人に憤りを感じる様子も見せず、役丸は話を続ける。

 

「お二人は動島振武という人間を驚かせたいんですよね? 僕がお手伝いしても良いでしょうか?」

 

「え、なになに、協力してくれるの!?」

 

 芦戸の言葉に、役丸はええと頷く。

 

「別館を使いましょう。そうすれば、動島振武さんもきっと驚いてくれると思いますし、僕個人としては1人だけじゃ面白くない。轟さん、でしたっけ? あの方も巻き込みたいと思います」

 

「轟も? なんで?」

 

「言ったでしょう、1人だけじゃ面白くありませんし、あの能め……クールな顔を恐怖と驚きに染めたいとは思いませんか?」

 

「「すっごい思うわ」」

 

 全く同タイミングで話に食いついてくる2人にクスクスと楽しそうな笑みを浮かべる役丸だが、上鳴がすぐに制する。

 

「ちょっと待って来れよ、でも話に聞くとガチであそこやばそうだぜ? 平気なのか?」

 

 その言葉に、

 

「あぁ、その事ですか、ご心配なく。何せあそこは――、」

 

 役丸は、楽しそうに返した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ったく、嫌な話聞いたぜ本当に」

 

「本当に怖がりなんだな、お前」

 

 どこか不機嫌そうに早歩きをする振武に、焦凍は物珍しそうな目で見ながらついていく。

 ここに魔女子も百もいない。魔女子が自分の部屋に案内すると言って、百はそれについて行くと言い出したのだ。流石に女子の部屋に男子が入るのは気が引けた(女子は全く気にしていなかったが)2人は、この屋敷全体を見て回ろうと歩き始めたのだ。

 

「そもそも、いるかいないかも分からないようなもん、お前が怖がるなんてな。

「現実にいないもんにビビってもしょうがないだろう」とか言いそうなのに」

 

「お前の中で俺はどうなってんだよ……まぁ、馬鹿らしいってのは分かってるんだけどさ。

 でも、そういう理性的な所と恐怖って直結していないもんだから」

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花ではないが、実際何でもないものを思い込みと恐怖心から怖い何かに変換してしまう事はままあるものだ。

 理性で考えてみればあり得ない話も、恐怖というものが支配してしまえばあり得る話になる。

 

「つまり何が言いたいかというと――怖いもんは怖い!」

 

「胸はっていう事じゃねぇと思うがな」

 

「うるせぇ! そういう焦凍はなんか怖いもんとかないのか?」

 

「怖いもの……饅頭?」

 

「落語かよっ」

 

 何で高校一年生が饅頭怖い知ってんだよと言いながら、振武は歩みを緩めて屋敷の中を見渡す。

 装飾はそう多くはないものの、そのセンスの良さと経済力、華やかさを備えている。普通は何かしらバランスが可笑しくなるものだが、成金趣味とは違い、歴史ある本物のお金持ちの家というのはこういうものなのかもしれないと納得させられる。

 華族と言えば、ハッキリ言えば貴族だ。

 貴族というものは、普通のお金持ちとは違う。イギリスの貴族社会を模倣して作られたそれは、多少の俗物さはあったものの日本古来の礼節と融合している。

 元華族のお家柄だから誰も彼も大人物だった、という訳ではないのだろうが、少なくとも今の当主である魔女子の父はそれなりに良い人そうだった。

 

「にしても、お前は塚井の部屋に一緒に行けば良かったのに」

 

「……何でそういう話になるんだ?

 男1人女2人で女の部屋に入るってかなり凄い話だぞ」

 

「いや、字面だけ見ればそうなんだろうけど……」

 

 個人的には、魔女子と焦凍を2人っきりにしたかった、と振武はどこか不思議そうな顔の焦凍を見る。

 恋愛関係には疎い振武ではあるが、魔女子は完全に焦凍に惚れている。体育祭からこっち隠しもしていないのだから分かりやすい。

 だがそこは天然魔神轟焦凍。大胆かつあからさまなアプローチも軽々とスルーして行く所は呆れを通り越して感心すらする。

 恋愛というものからとことん縁遠い生活を送ってきたのだし、それが良い悪いではないのだが……哀れ、魔女子よ。

 

「なんだろう、今猛烈に振武に「お前が言うな」と叫びたくなった」

 

「意味不明な衝動にとりつかれるなっつうの。適当に見て回ってから戻ろ……う?」

 

 またも妙なことを言う焦凍にツッコミを入れながら言いかけた言葉の最後が、不自然に上がる。

 進行方向から少し離れた曲がり角から出てきた芦戸を見つけたからだ……ちょっと妙な雰囲気の。誰かを探しているのだろうか、どこか不安そうな顔でキョロキョロしている。

 

「? 芦戸か? おい、何してるんだ?」

 

 焦凍が振武の目線の先にいる芦戸を見つけて声を掛けると、こちらの存在に気づいた芦戸はまるで短距離走でもするかのような猛スピードで走ってきて、ぶつかるかぶつからないかのギリギリの場所で急ブレーキをかけてきた。

 

「ちょっ、あぶねぇだろうがそんな長くねぇだろうがこの廊下!!」

 

 屋敷とは言え廊下は短距離走が出来るほど長くはないのだ。

 

「そ、そんな事より大変なんだよ!!」

 

 そんな言葉を無視して、芦戸は必死に叫ぶ。その語調だけで、芦戸に何かあったんだろうと言うことがわかった振武も焦凍も表情を変える。

 

「何があった? 落ち着いて説明してみろ」

 

「う、うん……実は、上鳴が「別館行ってみよう」って言い出して、私止めたんだけど聞かなくて、1人で行っちゃって、何分経っても戻ってこないし、携帯は繋がらないし、」

 

 落ち着いてと言われて簡単に落ち着けるわけがなくどこか支離滅裂だが、大筋はこうだ。

 上鳴は魔女子の話を聞いて別館に興味を持ってしまったのだろう。芦戸が止めるのも聞かずに勝手に1人で入って行った。どうせビビりの上鳴の事だからすぐに戻ってくるだろうと思っていた芦戸の当ては外れ、今現在も戻ってきていない、携帯電話も繋がらない。

 

「――馬鹿か、鍵掛かってただろうにどうやって入ったんだ?」

 

 魔女子の言葉が正しければ入っていけない場所には鍵が掛かっているはずだ。しかし、その言葉に芦戸はさらに表情に恐怖の色を浮かべる。

 

「か、上鳴が触った時は開いてて、そのまま入って行って……でも、私が確認しようと思って触っても、全然開かなかった、」

 

「……上鳴が内側から鍵かけちまったのか、それとも、」

 

 ――人間ではない何かが鍵を閉めたのか。

 焦凍の言葉に、鳥肌が立ち、妙な寒気を感じる。恐怖や不安が、振武の体に駆け巡る。

 

「ね、ねぇ、一緒に来てよ! 一緒に上鳴探そう!!」

 

「ああ、何があったか解らねぇが、普通に閉じ込められているとしてもやばいだろうしな」

 

「え、」

 

 いやいやいや、ここで探しに行ったら完全にホラー映画の展開でお決まりの犠牲者を捜しに行ったら捜しに行った連中も被害者になる「ミイラ取りがミイラになる」パターンじゃねぇか絶対やだよ!!!!

 と、本当は叫びたかった。

 だが芦戸の心配そうな顔、轟の何か決意した顔、上鳴を見捨てる事が出来ないと言う状況の所為で言い出せない。

 

「……出入り口どっちだよ。

 もし開かなかったら、他の誰かの助けを借りよう」

 

 ――本来ならこの段階でこの家の使用人なり誰なりを呼べば良いという発想になるのだが、恐怖は思考を硬くする。どこか引きつった顔で、振武はその捜索に同意した。

 

 

 

 

 

 古めかしい両開きの扉。

 それが本館から別館に入れる唯一の入口だった。

 

「ここから上鳴は入ったんだな?」

 

「う、うん、そうだよ」

 

「な、なぁ、なんで焦凍平気そうなん? 怖くないん?」

 

「幽霊なんて俺は信じちゃいないからな……というか、何故振武は関西弁チックな喋り方になってんだ。あと2人で俺にひっつくなよ、重い」

 

「き、気にすんなや」

 

 芦戸が右腕、振武が左腕に必死にしがみついている。宛ら母コアラの背中に抱きついている子コアラような姿だが、微笑ましさはカケラもない。

 

「いや、気にする。取り敢えずドアを確認するからどっちか離れてくれ」

 

「ど、動島お先にどうぞ?」

 

「い、いやいや芦戸さんこそ、ウッカリ酸性のなんかを出して焦凍の右腕を溶かしちゃいけねぇジャン」

 

「だ、大丈夫だもん制御出来るもん! 動島だって轟の左腕にバッキバキにしかねないんじゃない?」

 

「お、お前の中で俺はどんだけ、か、怪力、」

 

「…………分かった、2人とも離れろ」

 

 面倒臭そうに焦凍が2人の手を解くと(2人はそれだけで「ヒィ」と小さな悲鳴をあげた)、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。

 錆び付いた金属特有のギギギという嫌な音を立ててドアノブが回り、木で出来ているドアが軋みを上げて――開いた。

 

「……あれれ〜、芦戸さぁん。アンタ閉まってたって言ったよねぇ?」

 

「あ、あたしが触ったときは本当に閉まってたんだって!! 嘘じゃないんだって!!」

 

 振武は心の底から思った。

 今日ばかりは嘘とか悪ふざけであって欲しかったと。

 

「……で? どうする? なんだったら2人はここに残って、俺が1人で探しに行っても良いんだが「ば、馬鹿野郎! それは完全に死亡フラグだぞ!?」……だったらお前らも来るか?」

 

 その言葉に、振武は一瞬躊躇する。

 入るの?

 マジで?

 だってガチのお化けが出る確率がめちゃくちゃ高い場所(1人もう中に入って出て来ていない)ような場所に入るの? しかも野郎2人が? どう考えても幽霊の標的なのに?

 しかし、かと行って芦戸1人を向かわせる訳にも行かないのは当然だ。

 かと行って全員入って全員幽霊に殺られたらお終いじゃないか。

 考えろ動島振武、今こそ1番COOLでなければいけない時だぞ!!

 

「か、考えてる時間ないよ!! 3人で一緒に探せばきっと上鳴も見つかるかも知れないじゃん!!」

 

「え、わっ、ちょ、芦戸さん押さないでやめてやめて」

 

 芦戸の焦るような声と物理的に押され、振武は前に無理やり進まざるを得ない状況だ。

 もうちょっと考えさせて待って待って、というか芦戸意外と力強いな!!

 

「ほら、轟も入って!!」

 

「あ、あぁ」

 

 芦戸の勢いに流され、焦凍もそのまま入口から入って来る。え、なんでそこでもうちょっと踏み止まらないの!?

 振武が混乱している間に、ドアがゆっくりと軋みを上げて、閉まった。

 

 

 

 

 

 

 別館の中は、少々埃っぽいというだけでそれほど小汚い印象はない。

 遮光カーテンが締め切られ、完全に光を遮られているものの、昼間でかつ壁などに空いている隙間から光が漏れているのか、見えないというほどでもない。最初は真っ暗で何がどうなっているか分からなかったが、ちゃんと探して見てみれば思った以上に見える。

 だが寧ろ見えないくらい真っ暗であれば恐怖を感じるほどでもなかったはずなのだが、中途半端な明るさの所為で雰囲気満点だ。

 

「………………」

 

「振武、薄明かりの中でもお前がビビってんのが分かるぞ」

 

「うるさい怖くない訳ないだろこの状況!!」

 

 なんて言うのだろうか。

「一年以上米を入れたまま放置し、開けたら絶対悲惨な事になっていると分かっている炊飯器を開けなければいけない」状況と言えば良いんだろうか。

 いや、怖いものが明らかに出るのが雰囲気と状況で分かっているのに先に進まなければいけないというのもあって、どちらかと言えばどんな選択肢を選んでも避けられないイベントシーンのような。

 何が言いたいかと言えば、

 

「帰りたい……今すぐお家に帰って暖かい布団にくるまって寝て全て忘れたい」

 

「何が言いたいか分からないが、どちらにしろ探しに行かなきゃなんねぇのは変わんねぇからな?」

 

 焦凍の冷たい一言に、振武は力が抜けたように肩を下ろす。

 ……まぁ、まだ詰んでいる状況ではない。入って目が慣れるのを待って見てみれば、雰囲気は確かにあるもののあくまで「雰囲気」!! 多少薄暗くても3人で行けば大丈――あれ?

 

「……ところで、轟くん付かぬ事をお伺いするが

 

 

 

 ――芦戸どこ行った?」

 

 

「………………」

 

 振武の言葉で不思議そうな顔で一度周囲を見渡した焦凍は、どこか困ったような顔をして、

 

「……いないな」

 

 とだけ返した。

 

 

 

 って早速1人消えてんじゃねぇか!!!!

 

 

 

「あ、芦戸〜、冗談だよなぁ、コッソリ隠れてその辺で驚かそうとしているだけだよなぁ?」

 

「あの態度から見ても、そういう演技しそうじゃなかったけどな」

 

 焦凍、焦凍ーーーー!!

 余計な事言うんじゃないよ焦凍ーーーー!!

 

「…………取り敢えず、進むか」

 

「ままま待って待って!! ほら、もう1人消えちゃったしここから歩くのは危険だって!! ほら、ここは戻るの1択でしょ!!」

 

 そう言いながら、振武は先ほど入ってきたドアのノブを掴んで勢いよく回す。

 だがいくら回しても、扉は開きそうにもない。寂しくガチャガチャと回す時特有の音だけが廊下に響いているのみである。

 

「「――――――――――」」

 

 怖がっている振武どころか、焦凍すらも何も言えない。

 さっきまで開いていたドアに鍵がかかっている。しかも良く良く見てみれば、これは両側とも鍵を使わないと開けるのも閉めるのも不可能な構造になっている。

 

「………………さて、」

 

「ちょ待って轟くん「さて」なんて一言で片付けて先行こうとしないで!!」

 

 必死に焦凍の腕を掴むと、焦凍は小さく溜息を吐く。

 

「出入り口は開かない。どんな故障でそうなったかは知らないが、どっちにしろ退路は絶たれた。俺達は先に進むしかないだろう?」

 

「だろう? じゃねぇんだよなんでお前そんなに冷静なんだよ!!」

 

「幽霊なんてのは、基本的に誰かの見間違いとか、偶然起こった事に説明をつけるもんでしかねぇよ。要は作り話だ。

 頑張れ振武、今こそ男の株をあげる時だ」

 

 何か完全にこちらを乗せるような事しか言っていない訳だが、しかし退くに退けない状況なのは確かだった。

 扉をぶち壊して外に出る事も可能だが、しかしてそれが正解なのかどうかも分からない。微かに残っている理性(役に立ちはしない)が、「流石に他人様の家をぶっ壊すのはどうだろう?」と難色を示している。

 

「ぶっ壊して脱出は最後の手段としても……取り敢えず、上鳴とどっか消えちまった芦戸を捜さねぇとな。

 なんだったら、お前だけここで待ってんのも良いけど、どうする」

 

 冷静沈着、表情1つ変えない。

 轟焦凍のそう言うところは感情的な自分からしてみれば羨ましいところで、尊敬している部分だが、今はその冷静な感じが非常に恨めしい。

 

「いられる訳ねぇだろ連れてけバカ!!」

 

 結局、振武もこの中と探索する事になった。

 

 

 

 

 

 

「床ギシギシいうぅ、――ヒッ、今のなんだ!?」

 

「壁の穴に風が吹き込んだだけだ。女の泣き声とかそういうのじゃない」

 

「お前そういう事言うなそう聞こえてくんだろうが!!」

 

「どうしろと」

 

 相変わらず子コアラのように焦凍の腕にしがみ付く振武に、それを鬱陶しそうに、歩き辛そうにしている焦凍。

 こんな状況でもなく、しかもどちらかが女性であったら、イベントシーンとしてグラフィックコレクションに加わりそうだが、今は大絶賛ガチンコ心霊ツアーの真っ最中であり、2人とも男だ。

 

「ヂクジョウ、なんで俺がごんな目に……」

 

「泣いているのか振武」

 

「泣いてない!!」

 

「腕がめっちゃ濡れてるが」

 

「泣いてない!!」

 

 他のものが見ていればなんだこのコントという感じであるが、動島振武は本気だった。

 薄暗い、埃っぽい部屋。

 ギシギシと音を立てる廊下。

 時々聞こえる声のように聞こえる風の音。

 全てが自分の恐怖心を煽り、その恐怖心は不安を呼び、その不安がまた恐怖を煽るという悪循環に突入していた。

 

「さっきの本館よりも低いから2階建て。しかも大きさも3分の2くらいだし、全部部屋見るだけなら時間はかからねぇだろう。どっか別の所に出入り口があるかもしれねぇ」

 

 周囲を見渡して、焦凍はそう結論づけた。

 そもそも、幽霊なんていうものに恐怖心どころか興味もない焦凍にとっては、今の状況はちょっと薄暗い所で友人を探しているだけ、という状況だ。

 むしろ、振武の怖がり方のほうが異常のように思えてくるくらい。

 対して振武に、もう焦凍の中での振武への価値基準が変更されている事など気にしている余裕はない。

 怖い。

 理不尽で例え理論として成立していなかったとしても怖いものは怖い!!

 

「な、焦凍、歌歌おうぜ! 恐怖心が少しでも和らぐように!!」

 

「俺は別に怖がってねぇけど……通りゃんせー通りゃんせー、こーこはどーこの細道じゃー」

 

「お前なんで恐怖心を少しでも和らげようって話してんのに通りゃんせなんだよぶっ殺すぞ!!!!」

 

「冗談だ」

 

「状況考えろよバカ!!」

 

 恐怖心が和らぐどころかより一層不安を煽られた。

 

「もう嫌だ家帰りた…………………………」

 

「? どうした、振武」

 

 先ほどと同じような弱音を吐こうとして、振武の言葉が止まる。

 不思議そうに振武が掴んでいる腕の方を見ると、振武はまるで石のように固まって正面を凝視していた。

 焦凍もその視線に沿って正面を見ると、

 

 

 

 そこには、1人の人影が立っていた。

 

 

 

 ピンク色の髪、少し見えづらいがチラリと見える角、髪の毛と同じような色合いの肌。

 姿を見る限り、芦戸三奈だった。

 

「…………芦戸?」

 

 固まっている振武の代わりに、焦凍が声をかける。

 何故ここにいるのか。

 何故突っ立ったまま動かないのか。

 その疑問を取っ払い、とりあえず声をかけたのだ。

 ……芦戸は何も答えない。

 だが、ゆっくりとこちらを振り向こうとする。

 首を不自然なほどぎこちなく回し、

 

 

 

 首だけが180度回転して、こちらを凝視した。

 

 

 

 

 

 

 

「――っっっ、ひぎやぁあぁああぁああぁあああぁああぁ!!!!」

 

 

 

 振武の絶叫が、別館の中で木霊した。

 

 

 

 

 

 




さて、お台場の某ワールドのサウンドホラーに友人に無理やり連れて行かれてガチ泣きして皆に気を使われた作者が通りまーす。
正直ホラーものっぽく書く乗って初めてなんですけど……1人じゃ書けなかっただろうなぁ。外で書いてて良かったです。


次回! 上鳴爆笑! 拳を(マジで)構えて待て!!


感想・評価心よりお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。