plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode4 肝は試すもんじゃない 下

 

 

 

 

 

『――っっっ、ひぎやぁあぁああぁああぁあああぁああぁ!!!!』

 

「――プグッ、アハハハハだめだこれすげぇ面白い!!」

 

 大きなモニターの中で絶叫しながら焦凍を掴んで全力疾走する振武を見ながら、上鳴が大爆笑する。その隣で、芦戸はもはや呼吸困難に陥って寝そべり、その更に隣では役丸が涼しい顔でコーヒーを飲んでいた。

 ――役丸の作戦はこうだ。

 まず、上鳴が姿を消す。これは役丸の部屋にでも入れてあげれば良いので簡単だった。そしてそれを動島振武と轟焦凍に「別館に入った」と嘘を言い、別館に誘導する。あとは一緒に中に入って、芦戸だけは使用人が使う用の秘密の出入り口を通って本館に戻って来れば良い。

 情に篤い2人だ、友人が迷子になっているとなれば動かない訳には行かず、恐怖という一種特殊な精神状態に陥っている振武と、それを落ち着かせようと考えてしまう轟では、一度中に入った時点で連絡を取ろうとするだろう。

 そこは芦戸の誘導がどれだけ上手いかに掛かっていたのだが、思いの外名演だった。

 入ってしまえば、あとは役丸が持っている恐怖人形シリーズで怖がらせられるだけ怖がらせてやれば良い。

 ……最初、流石にそれはちょっとやり過ぎじゃないか、と上鳴と芦戸は二の足を踏んでいたが、役丸は小学生ながらも極めて優秀な頭脳の持ち主。おまけに塚井家の人間は、個性が使役系という事も有ってか人を誘導し、言い方は悪いが利用する事にも長けている。

 舌先三寸で直情的な2人の思考を誘導してあげるのは、実に簡単な事だった。

 ちなみに、あの芦戸にソックリな人形は、似たような色合いの人形にカツラと角のカチューシャを取り付けただけで、明るい所で見れば全く似ていないと言っても良いくらいのクオリティのものだ。

 だが薄暗がり、しかも片方が恐怖してすぐに逃げ出すと分かっているので、再現度は二の次だ。

 

「ひ〜お腹痛い……でも、これって本当に大丈夫なの? 最初のは話じゃ、あの話ってただのでまかせだって言うけど、にしては雰囲気満点の所だよなぁ」

 

 なんとか笑いを押し殺しながら言った上鳴の言葉に、役丸は人の良さそうな笑みを浮かべる。

 

「ご心配なく。まぁ解体しようとして怪我人が出たのは確かですが、それ以外はほぼ創作です。あの別館に入って子供が怪我をしてはいけないと、大人が作った虚構が、そのまま伝統として染み付いてしまっただけですよ」

 

 モデルになった話があるにはあるが、怪談のような話ではない。もっと綺麗なお話だ。

 そもそも次男と使用人は恋仲だったが、2人はその当時で言えば身分違い。両親に当然反対され、使用人は無理矢理塚井家の都合のいい相手との縁談を持ち込まれていた。

 なので輿入れ前夜に次男と使用人が別館の一室に立て篭もり他の塚井家の人間や使用人も巻き込んでの大喧嘩を行い、何とか結婚の許可をもらい、2人は死ぬまで仲睦まじく暮らした。

 典型的ハッピーエンドだ。

 塚井家の男子が立て続けに亡くなったのも、大半はあの別館どころか家の敷地外だったし、禁を破って死んだ人間の公式記録なんていうのも、探索していた男の子が調子に乗って二階の窓の手すりに登り、落っこちて足の骨を折っただけ。

 簡単に言ってしまえば、ちょっとオーバーに書いて、それ以降バカな真似をする人間が出ないようにするための小道具のようなものだ。

 あの家にそういう類いの怨霊などいないのだ……というか、それならばカメラなどを仕込んだ業者だって死んでいる筈だし、準備の為に何度か下見した役丸だって死んでいるはずなのだ。

 ただの物置として残っているだけの建物だ。

 

「そっかそっか、ナイス役丸くん!!」

 

 ビシッと親指を立てて賞賛する上鳴に、いつも通り人が好きになってくれそうな笑みを浮かべる。

 

(――思った以上に雄英の生徒ってバカなんだなぁ。いや、人をはなから疑ってかかるような人間じゃ、ヒーローの卵なんてならないか)

 

 内心では小馬鹿にしながら、だが。

 役丸の目的は極めてシンプルだ。

 体育祭で自分の姉をフルボッコにしながらも、なんやかんやと仲良く……いや、普通の仲の良い以上に魔女子に慕われている轟焦凍。

 そして姉に信頼され、しかも姉と彼がどういうポジションに立っているかは分からないが、姉に対して態度がぞんざいな動島振武。

 この2人をギャフンと言わせたい。

 幼い嫉妬や敵愾心、何となくお姉ちゃんをバカにするのは許さないぞ的な弟としての気持ちなどなど。出発点は実に子供らしい稚拙なものだ。

 頭がなまじ良い所為か、出てきた作戦は幼稚を超えてある意味悪趣味にまでなってしまっているが。

 

「ひーひー……ねぇねぇ、役丸くん、これって録画してたりしない? 他のクラスメイトにも見せてあげたいわぁ」

 

 呼吸困難から何とか解放されたのか、芦戸が馴れ馴れしく抱きつきながら役丸の頭を撫でる。

 やめろその悪辣な脂肪の塊を2つくっつけるな……と思いながらも、役丸は得意げな笑みを浮かべる。

 

「当然、録画しています。後でDVDにやいて差し上げますので、ぜひクラスメイト全員(・・)で見てくださいね」

 

 その流れで姉が見て2人に幻滅してくれたならば尚良しだ。

 楽しそうにハイタッチをしている2人を見て、役丸は楽しそうな笑みを浮かべる。

 塚井役丸。

 本人は自覚してはいないものの、重度のシスコンだった。

 

「――ってあれ? 動島と轟見えなくない?」

 

 はしゃぎながらモニターの覗き込んだ芦戸が、眉をひそめる。

 

「あぁ、これはカメラの死角に入ってしまいましたね、まずいな……一応、出入り口の方に人形を何体か置いておきましょう」

 

 カメラの設置も全てとはいかなかった。配線のことも考えると、集中しているところと置いていない所が出てきてしまうのだ。防犯用ではなくこういう悪戯に使っていたので、そういう杜撰なところが出る。もっとも、人形との視覚を共有出来る役丸ならば問題はない

 2人の行き先をコントロール出来ないものかと思いながらも、役丸は人形を動かし始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「振武、振武、落ち着け、取り合えずもう居ないから」

 

 焦凍の冷静な言葉に、別館の中を走り回っていた振武の足が止まる。

 

「ほんと!? ほんとにいない!?」

 

「いないよ。

 そもそも、広いって言っても大した事はない。これだけ走り回って遭遇しないって事は、引っ込んだんだろう」

 

「やめてください実際にいるみたいな前提での話」

 

 振武が青白い顔で言う言葉に、焦凍は溜息を吐く。

 

「実際見たのは確かだ……まぁ、あれは本物の芦戸って訳じゃないだろうけど」

 

 それほど親しくはないとは言え毎日会っているクラスメイトだ。疎い焦凍にだって顔や印象深い部分はちゃんと覚えている。

 髪の毛の雰囲気が少し違ったし、角の形も違う。そもそも振り返った顔があまりにも人間の風情をしていなかった。つまり偽物だ。

 しかし、あれが幽霊とも思えない。もっと物体的な印象を受けた。

 何かしらの人形……あんな用意周到に出来るもんなのか、と少し疑問には思うが。

 

「と、ととと当然だろうが!! 芦戸の首が180度回転したら怖いわ!! きっとあれは幽霊が化けたんだ!!」

 

 だが冷静さを失っている振武にはそういう考えしか思い浮かばない。

 普通だったっら幽霊が姿を変えるというのは聞いたこともないし、そもそも化けて出ている幽霊がさらに化けるという矛盾をはらんでいるのだが、そこに気付かず、焦凍も流石に説明しても聞いてもらえないのではどうしようもない。

 今度出てきた時に実際に見せたほうが早い、と判断した。

 

「幽霊云々はさておき……方向が分からなくなっちまったのは痛いな」

 

 周囲を見渡した焦凍は少し困ったような顔をする。

 同じような作りの廊下を走り回った所為か、ここがどこだかも分かっていない。本館に比べれば狭いだけで、ここも十分に広い。最悪本館の方向だけでも分かれば良いのだが、あいにく地図はない。

 

「と、取り敢えず動き続けよう、立ち止まったってどうにもならない、し!!」

 

「……お前、怖がっている割にはそこは冷静だよな」

 

「うるせぇ俺は無事にここから逃げたいだけだ!!

 あぁ〜もう上鳴と芦戸はどこにいるんだよ〜早く出てこいよマジで〜」

 

 相変わらず腕にしがみつきながら文句を言う。

 早くここから出たいだろうに、何やかんやと上鳴と芦戸を心配しているあたりは、さすが動島振武と言えるだろう……もっとも彼らが本当にこの中にいるとは、焦凍は到底思えなかった。

 どうせ、振武とついでに焦凍自身を驚かそうと考えているだけだろうな、と早々に答えを出していた。

 状況的におかしいだろう。いくら上鳴がその一瞬一瞬の今を大事にするタイプの刹那系バカだったとしても、その家の人間から「入るな」と言われた場所に勝手に入る訳がない。一応ヒーロー志望なのだ、良いこと悪いことの考えはあるだろう。そこは芦戸も同じ。

 普通に考えたらここでこんな事はしない。しかも鍵が開いているなんてそんな御都合主義のホラー映画な展開があって良いはずもない

 ――ならば塚井家に協力者がいるはずだ。

 塚井家で上鳴と芦戸をそそのかせられる人間は塚井魔女子だけだが……こんな趣味の悪い事を、いつも自分の隣で能天気にボケをかましている、時々切れ者なあの魔女子が考えたとは、思いたくはない。

 そもそも入るなと言ったのは魔女子本人だ。

 それがある意味フリだったと言われればそうかもしれないが、魔女子が振武の弱点を知ったのはあの話をした後だったのは確認しているし、あの幽霊の用意が難しいだろう。

 

(そう言えば、弟がいるって言ってたな……でも、わからねぇ)

 

 目的が謎だ。

 自分達が怨みを買うような事は、何もしていないはずなのだが……いや、体育祭で魔女子を泣かせた事を都合よく忘れているわけではないが。

 

「ちょっ、焦凍さん!? 黙んないでマジ怖いから! あ、明るく行こうぜ!!」

 

「分かった、歌だな……か〜ご〜め〜か〜ご〜め〜、か〜ごのな〜かの、」

 

「だから!! どうしてそう怖い選曲ばっかするんだよぶん殴るぞゴラァ!!」

 

「あんま曲知らねぇんだよ」

 

 今時の歌を知らない、テレビもあまり見ない焦凍には無茶な注文だったのだ。

 ……まぁ、この状況を楽しんでいないかと言えば嘘になる。

 こういう肝試しなどの友人との遊びを経験した事がなく、しかも親友だと思っている相手の新しい一面が見れたという点に関して言えば面白い。

 本当に怖がっているので、少々申し訳ない気持ちにはなっているのだが。

 そう思っていると、ギシッと、自分達が歩いている場所からは離れた曲がり角から廊下の軋む音が聞こえる。

 

「ヒィ!? なになになになんなの!?」

 

「……向こうからなんか来るみたいだな」

 

「ちょそういう予告要らないから!!」

 

 怯える振武の事も考えず、床が軋む音は徐々にこちらに迫って来る。

 まず最初に見えるのは、黒く長い髪の毛。完全に顔を隠しているように見えるそれは、隙間から爛々と輝く2つの瞳が覗いている。

 頭の位置は非常に低く、足の脛あたりの位置。

 何故そうなってしまっているのか……それは、ゆっくりと現れた体が証明してくれた。

 ブリッジしていると言ってしまえば恐怖心も薄れてしまうだろうが、まるで苦悶の表情でベッドの上で仰け反っているかのような姿勢で、その長い髪の女はモゾモゾと奇怪な虫のようにこちらに近づいて来る。

 白いボロボロのワンピースも、もはやその姿をより一層怖くする要因の1つを担っている。

 

「――――――――――」

 

 もはや絶叫も上げられないほど怖いのか、蚊の鳴くような声を喉の奥から発しながら泣いている振武。

 確かに、これは少し焦凍にもくるものがある。

 しかもいきなり現れずにジワジワと現れる所は鳥肌が立つ。

 その髪の長い女はちょうど自分達の正面に立つ(立つと表現して良いのか焦凍には分からない)と、まるでこちらを観察するように、躊躇するように静止すると、

 

 

 

 その体勢ではどうあっても出せないレベルのスピードでこちらに迫ってきた。

 

 

 

「――――っ、――っ!!!!」

 

 焦凍の腕を掴み、またも振武の猛ダッシュが始まった。

 瞬刹などを使っていないところを見るとまだ一欠片の理性はあるようだが、焦凍がバック走の状態で走っている事には気付いていないようだ。

 

「おいっ、振武、せめて前向かせろ!!」

 

「――――――っ!!!!」

 

 ダメだ聞いていない。

 というか、ガチ泣きしている男が猛ダッシュしている姿も十分ホラーだよな、と益体も無い事を一瞬考えてから、焦凍は無理やり振武が走っている進行方向とは逆の方に走るように、足に力を込めた。

 力は強くてもまさか止められる何てことがあるとは思っていなかったのだろう。つんのめって廊下に一回転して(幸い手は離してくれた)静止する。

 

「いったぁ、ちょ、焦凍、追って来てる!! 追って来てるから!!」

 

「分かってる。だから止まったんだ」

 

 今も全力で追って来ている幽霊に向かって、焦凍は立ちはだかる。

 ちょうど良い、今この場で証明しよう。

 ――あれが幽霊なんていう、非現実的な存在では無い事を。

 

「悪いな、うちの親友がもう限界なんだ――凍れ」

 

 廊下に右手をつけ、正面からくる幽霊に向かって払いのけるように振るう。

 手に溜まっていた冷気は一瞬で廊下を駆け、避ける気も何も無い幽霊に衝突した。

 氷結の個性。

 廊下を塞がない、屋敷を壊さないレベルでの凍気は、しかしその幽霊をあっという間に氷結させ、進行方向とは逆の氷柱を発生させながら止まった。

 

「――なぁ、振武。幽霊って凍るもんか?」

 

 唖然としてその様子を見ていた親友に、焦凍はどこか誇らしげにそう言った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 さて。

 もし本当に幽霊なる存在が実在したとして、幽霊というものは実体を伴わないものだと定義出来るだろう。肉体は時とともに腐り風化しもしくは燃やされ骨になっているが、その魂のみがこの世に未練を残して残り続ける存在、それが幽霊だ。

 つまり物理干渉が一切通じない相手という前提が存在する。

 だから振武も怖いのだ。単純な強さでどうこう出来る存在では無いから。

 ――では考えてみよう。

 魂だけの存在=物理的接触が無理な存在。

 逆説すれば、

 物理干渉出来る存在=幽霊ではない。

 つまり、

 

「まぁ、騙されてたって話だな。誰がこんなもん用意したかは分からねぇけど」

 

 そう言いながら、凍った幽霊だったものを焦凍は興味深そうに眺める。

 服の上からで分かりづらいが、よくよく見れば所々人間ではあり得ない形をしていたり、部品として分解できる溝が存在する。

 幽霊だからぁとかそういうお為ごかしでは騙しきれない。

 これは人形だ。

 ……あ゛?

 

「まぁ、この流れでいけば多分上鳴と芦戸の仕業だろうが、もう1人誰かが噛んでそうだな、この人形ロボットって感じでもなさそうだし、個性の可能性はあるな」

 

 焦凍の冷静な言葉に反して、頭の中の熱が徐々に温度を上げる。

 つまり何ですか、俺が怖がる事を知っていて騙したと?

 

「どういう理由があってこんな事をしているのか分からないが、都合よく動かされている感じを見るに、監視の目とかもあるんじゃないか?」

 

 こんな人形如きに、俺は泣き叫び、狼狽えて逃げ惑っていたと?

 小さな火程度だった熱が、マグマのようにグツグツと煮立ち始める。

 

「芦戸がここにいないと仮定すると……出口は他にもあるって事だな。取り敢えずそれを探し――おい、振武?」

 

 焦凍の言葉を無視して、振武は目の前で氷漬けになっている人形の頭部分を掴む。

 振動と、自分の力込みで行われるその逆アイアンクローは、ミシミシと氷と人形の頭部にヒビを入れ、万力で押し潰されていくように陥没し、もはや人間の形を模していた人形の顔は見る影もない。

 

「――なあ、こういう奴って他にもいると思うか?」

 

 焦凍に視線を向けずにそう聞くと、焦凍は少し生唾を飲んでから答える。

 

「あぁ、多分な。少なくとも、芦戸に似ている奴がいるし、ここまでやる奴がそれ以上用意していないなんて事はないだろう」

 

「そうかぁ、そうだよなぁ、そうなんだよなぁ。

 

 

 

 ――つまり、俺は出口探している間其奴ら全部ぶっ壊せるわけだ」

 

 

 

 何故こんな事をしたのか、どういう流れだったのか、そもそもこの人形そのものの請求書は送られてこないのだろうか。

 何ていう些細な問題を考えていられる程振武は冷静ではない。

 

「振武、怒ってるのか?」

 

 流石にここまで怒っている姿を見た事がない焦凍は動揺しながら聞くと、振武は満面の笑みを浮かべながら振り返る。

 

 

 

「何言ってんの、焦凍ぉ――当たり前の事聞くんじゃねぇよ」

 

 

 

 上鳴、芦戸、そして見知らぬ誰かは苦手な物、嫌いな物、怖い物で振武を翻弄したのだ。つまり何をされたって文句は言えない。言おうとしたらその口塞いでさっきの人形と同じようにアイアンクローしてやる。

 殺しはしないよ? 殺しはしないけど、ちょっとくらい痛い目みないとダメだよねぇ!!

 ねぇ!?

 

「まずは気に入らない人形どもだ!! それから上鳴と芦戸に痛いめに合わせなきゃ気がすまねぇ!!

 説教だけで終わると思うなよあのバカコンビがぁ!!」

 

 別館に響き渡るのではないかと思うほどの大絶叫。

 だが全く気にしない。先ほどまでの恐怖は何処へやら、今は非常に冷静だ。ああ、冷静ですとも。

 こんな事をした連中全員に天誅を食らわせるという目的しか考えていませんよ!!

 

「あぁ、うん、まぁ怒るのは当然だし、言いたい事は分かるが……憐れ上鳴と芦戸。止める気も止められる自信もないがな」

 

 焦凍の心底同情するという感じの声を無視して、振武はズンズン先に進み始める。

 

「おら、来いよ人形ども、遊んでやっからヨォ!!」

 

 先ほど怖がっていた時もそうだが、キャラが定まらなくなってきた。

 どんなものでも激情とは、人を変えてしまうものだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……参りましたねぇ」

 

 モニターを見ながら、役丸はそう呟く。

 上鳴と芦戸に至ってはもはや顔面蒼白である。そりゃあそうだ、冷静なように見せかけているが、役丸もかなり怖い。

 悪鬼羅刹なんて言葉があるが、案外あんな感じで怒り狂った人間がその正体なのではないかと思えてくる。

 

(でも、どうしようかな。ここから怒られないようにうまく立ち回るのはちょっと難しいなぁ)

 

 振武と焦凍に怒られるのは、子供という事でなんとか回避出来るかもしれない。

 だがこれが姉や執事に知られれば……間違いなく長時間耐久お説教コースのお待ちかねだ。ひと泡ふかせられたならばそれも覚悟していたが、早々のネタバレで満足のいくものではなかった。

 取り敢えずもう少し面白い絵が見たい。そういう感覚で人形を動島振武と轟焦凍の元に集め始める。もはや目的とはズレたものだったが、まだまだ子供。取り敢えず嫌な顔をさせられればなんでも良いのだ。

 戦闘用に作られている人形ではないものの、人間に出来ない動き、人間に出せない速度や力を発揮する人形達だ。足止め兼、姉が信頼している人間がどれほど強いのか試して見るのも一興だろうと考えてだ。

 だが、奇妙な感覚を覚える。

 足りない。

 別館に入れている人形の数が足りない。先ほど一体は動島振武に壊されているから当然なのだが、不自然に数が足りない。

 

「いったいなにが、」

 

 その疑問が解消されるのは、ほんの少し先の話だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 まるで不出来な蚯蚓のように迫ってくる人形の頭を、力を込めた足で踏み抜いて粉砕する。

 人形はどうやら頭を潰せば動かない。きっと視界共有しているからだろう、目が見えなければ動かす事が難しいのは当然だった。

 腕の骨が粉々になっているかのようにグニャグニャな腕を鞭のように振るう人形の攻撃を一歩引くだけで避けながら、

 

「フンッ!!!!」

 

 個性もなにも使っていない、純粋な動島流の技術だけで、その人形の腹に風穴を空ける。

 

「……俺の出番なさそうだな」

 

 後ろについて行っている焦凍は呆れ顔でその姿を見る。

 まるで電動芝刈り機と芝。

 倒される前提であるものと、倒す前提であるものがぶつかり合えば非常に一方的になってくる。人形を動かしているのが誰だか知らないが少なくとも敵ではないのだろう、にしてはあまりにも稚拙な動きだ。

 そんな人形達に、振武が負けるはずもない。

 ……というより、もう良い加減人形達が壊されないように逃げても嬉々として追いかけてぶっ壊して行っているのだ。

 彼の怒りがどれほどの物か推し量るのは十分というものだろう。

 

「オラオラ逃げてんじゃねぇぞクソ人形ども!!」

 

「振武、口調が爆豪みたいになってるぞ」

 

「ウルセェ知るか!! こっちは散々コケにされてイライラしてるんだよこっちは!!」

 

 肩で息をしながら振武が怒鳴る。

 

「気持ちは分かるけど、こっから出て上鳴と芦戸に直接言った方が早いだろう」

 

「……ハァ、そうだな、すまん。ちょっとイライラしてたわ」

 

「気にするな、お前の新たな一面を見れて意外に楽しかった」

 

「これ他の奴にも言ったらお前でも怒るぞ……でもどうする? 出入り口ってのがどうも分からないんだよなぁ」

 

「取り敢えずもう一度見渡して見て、ダメだったら窓開けられるか確認。それでも開かなかったら窓ぶっ壊すしかなさそうだもんなぁ」

 

「そのような事をお客様にさせる事はございません。私めが出入り口にご案内致します」

 

「いやだから出入り口がわかんねぇ………………」

 

 いきなり会話に入ってきた声に思わず叫びそうになるが、必死で堪えて振り向く。

 燕尾服。

 老齢でありながらもしっかりとした男。

 申し訳なさそうな顔。

 

 

 

「此度は、我が家の人間が大変失礼いたしました。

 お叱りは如何様にも」

 

 

 

 塚井家執事、聖灰洲がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 




長々とやると際限なさそうなので、一応ここで肝試しそのものはお終い。
次回オチ付けてから、試験本格突入します! どうかお楽しみに。

何となく作者が思ったホラー映画見た時の反応(メイン4人組)

動島振武:必死で聞こえないように見ないようにしているけど聞こえるもんは聞こえるし、見えるもんは見えるから終始ビビる。だが1人になるのは怖いので一緒に見ている人に終始張り付く。

八百万百:多分ホラーそのものよりも映像作品の出来とかストーリーの出来とか、「映像作品としての良し悪し」として見ているのであまり怖がらないイメージ。

塚井魔女子:B級ホラーを嬉々として見て嬉々としてツッコミ入れるのが好きそう。

轟焦凍:本編とはまるで関係ないネタをめっちゃ気にしそう。「にしても髪長いな、目に入ったら痛そうだ」とか。その所為で映画の内容を覚えてなさそう。


結論:全うに怖がっている振武いがいは、まともに見てない!!



次回! 役丸が泣くぞ! ハンカチ用意して待て!!



感想・評価心よりお待ちしております。

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